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愛は両腕では足りない



1

「この戦争が終わったら、結婚しよう。」

唐突なその申し出に、僕の心は驚きと喜びに満ちながらも、照れと動揺もあったので
「そ、そういうセリフは戦場では不吉ですよ?隊長。」
とついつい斜めに構えた回答をしてしまった。
もちろん、その後セシル隊長にぶっとばされそうになって、僕は慌ててOKの返事をした。
しかし、ジンクスという奴は本当にあるものなのだ、とその後すぐ思い知らされる。
まさか本当に隊長があの後すぐ戦死してしまうなんて…。
あの日あのプロポーズがあったあと、
僕らは魔物たちの前哨基地となっている怪しげな塔に踏み込んだ。
魔法も含めた罠や敵の抵抗で1人また1人と僕ら騎士が倒れていく中、
隊長も敵の魔法にかかって…ぐつぐつ気味の悪い液体が煮えたぎる巨大な壷に落とされてしまった。
怒りに燃える僕ら隊員は敵をなんとか制圧し、その後壷の中身をさらってみたものの、
隊長の体も鎧もその中に見つけることはできなかった。溶けて…しまったのだ。

「どうしたの?…その…まだ駄目?」
愛しいアニーが不安そうな顔で聞いてくる。僕の意識は過去の回想から幸せな今に戻ってきた。
結婚という言葉をアニーから切り出されて、もう一つのプロポーズのことを思い出していたのだ。
「ごめん、ちょっと考え事しただけ。結婚、しよう。アニー。」
言って、裸の彼女をもう一度抱きしめる。
「うん…幸せになろうね、ジュリアン。」
柔らかくて暖かい体を腕の中で感じる。これ以上の幸せはこの世にないとさえ思う。
隊長の死後そう間を置かずにこうして別の女性と深い関係になっていることを、
人は冷血漢だと罵るだろうか?
だが僕には愛した人を一人思い続けて死ぬなんてストイックな男の真似はできない。
飽満な体を持つ美女が精一杯慰めてくれているのに、受け入れない奴がどこにいる?
そういうわけで、慰めてくれた衛生魔術師であるアニーと僕は親身になり、愛し合うようになった。
そして魔界との戦いもひと段落し、こうして僕らは晴れて夫婦になろうとしている。
こんな冷たくて殺風景な砦で愛し合わなければいけない日々ももうすぐ終わる。
小さくて貧乏な領地だが、この娘と二人でなら何とかやっていけるだろう。
明るい未来を描きながら、僕はもう一ラウンドがんばる気になっていた。
彼女の燃えるような赤い髪をかき分け、耳たぶを軽く噛む。
「あん…。」
彼女の喘ぎが少し寒い室内に響き、
「あん、じゃないっ!!この泥棒猫がーーーっ!!!」
この場にまったく似つかわしくない、しかしどこか懐かしい怒声がすぐ後に響いた。

 

「きゃああ!!!!」
突然の声に驚き、アニーが悲鳴を上げる。
「なっなっなっ!?誰だ!?」
がばっとベッドから起き上がった僕は、すぐにドアの方向に身を向けた。
さっきの怒鳴り声の主と思われる侵入者が、ドアのところに立っていた。
ボロボロの皮鎧に荒々しく伸びた金髪、そして頭の上に生えている犬のような耳!
どこからどう見ても魔物だ。こんな奴にこんなところまで侵入されるなんて!
まったく油断していた裸の僕だが、それでもアニーだけは守ろうと体で彼女を隠す。
「貴様!何者だ!!」
内心の焦りを必死に隠して、僕は問いかけた。
「ジュリアン…お前、上官に向かってその口の利き方はないだろう?
それとも、まさかそこの女にうつつを抜かして、私の顔を忘れたとは言うまいな?」
その魔物が発した声と口調、怒りを押し殺したような笑顔に、僕の心臓は止まりそうになった。
目の前にいるこの魔物は、セシル隊長だ。間違いない。

「た、隊長?い、いやお前は魔物で。隊長は人間で金髪で恐ろしいけど綺麗な笑顔が…
え?あ、お、お前も同じ顔で同じ笑顔で…あ、あ…や、やっぱり隊長?」
動き出した心臓が脳に血液をまともに送ってくれないのか、
僕の思考は完全にパニック状態に陥っている。
ありえない。あの日、隊長は死んだのだ。跡形もなく溶けて…。
「信じられないけど…確かに隊長みたいね。」
僕の腕にしがみついているアニーは、意外に冷静に答えをはじき出した。女ってこういう時強いなぁ。
「そういうお前は、隊の衛生魔術師か…よくも私のいない間に私の下僕…
いや、恋人を寝取ってくれたな。」
歯をむき出しにして怒りを露にしている隊長。犬歯がすごく立派で、前以上に迫力がある。
いや、そもそもあんな凶悪なものは人間には生えないはず。
「まぁいい。とりあえず事情を話さなくてはならないようだな。お前ら、服を着ろ。」

隊長に促されてとりあえずそこらに散らばったものを再び着込んだ僕らは、
ベッドの上で正座させられて隊長の知られざる苦労話を聞くことになった。
あの日隊長は死んだのではなかった。確かに体は完全に分解されたが、
あの壷は元々合成魔法の途中だったものを急遽僕らの撃退に転用したものだったらしいのだ。
塔の後始末をそこそこに僕らはその後魔界のさらに奥へと進軍したため、
壷は結局そのままになっていた。
放置された壷は、隊長と、その前に魔導師たちが色々溶かし込んでいたものを合成し、
中から今の魔物と見間違う(というか半分は実際魔物だ)隊長が生まれていたというわけだ。

 

「そういうわけで、私はこうしてこの世に再び舞い戻り、お前の元に戻ってきたわけだ。
…そうしたら、お前はのん気にこうして別の女と寝て…。」
がるる、といううなり声を上げて、隊長が睨み付けてくる。こ、怖い…。
「隊長…そ、その…。隊長が生きていたと知ってたら、僕は隊長だけを愛していました。
でも、隊長が死んでしまったと思った後、僕を心配してくれたのはこの子で…。」
「そうよ、ジュリアンは悪くないわ。こうなるのは当然のことだったのよ。」
しどろもどろで弁解しようとする僕と違い、落ち着き払った声のアニーが僕にぴとっと身を寄せる。
それを見た隊長の怒りはさらにヒートアップし、今にもこちらを食い殺しそうな顔に…。
「ま、待ってください、隊長!
貴方が怒るのも分かります。僕を不義の男と思われるかもしれません。
しかしもう僕はこの娘を愛していますし…こんなこと言いたくはないですが、
貴方はもう…人間では…。」
隊長が望んでそうなったわけではない。それを分かっていながら言う僕はやはり冷血かもしれない。
でも、仕方がない。これは異文化理解とかそういう範疇をちょっと超えてしまっている。
今愛している人と、昔愛していて今魔物になってしまった人。これは選択の余地がない。
僕の言葉で再び出会えた隊長を悲しませるのは不本意だが…。
そう思って隊長の方を見ると、しかし隊長は意外にも落胆ではなく憮然とした顔をしていた。
「私を魔物と呼ぶがな、ジュリアン。お前の横にいるその女、そいつも魔物だぞ?」
「え?」
何を言い出すのだろう。あまりに唐突な言いがかりではないか。
そんな言葉で僕が心を変えると思っているのだろうか?
「…やっぱり、その鼻にはバレてたか。まぁ、いつかはバレるかもしれないことだったしね。」
そのアニーの言葉に、何を言っている?と僕が問いかける前に、
バサッという音がして、彼女の背中からこうもりのような羽が生えた。
僕の心臓は、この日二度目の停止を経験した。

 

「結果的に騙すことになってしまったのは謝るわジュリアン。
でもね、戦場で貴方を見かけて一目で好きになってしまって以来、
私は貴方のために生き続けることを誓ったのよ。それだけは信じて。」
少し呆然としていた僕を、アニーが何とか説得しようとしていた。
アニーが魔物だったなんて、信じられ………る。今は。
この短い間に起こった出来事によって、僕は自分に適応力が結構あることを知った。
もう何が起こっても大して不思議ではない、と思うようになっていた。
まぁこれぐらいのものが生えていても大して不便ではないし、心も体も僕が愛したアニーのものだし。
良く考えてみたら、衛生魔術師なのに神聖系の魔法を唱えられなかったり、
回復してもらった後、なんだかやけに股間が元気になってしまったりしていたのだ。
あれは、僕の知らない何か淫猥な魔法を回復に応用していただけだったんだな。
しかし、この際どうでもいいか。過ぎたことだ。
彼女の蜜壷が他の女よりずっととろとろで気持ちいいこともどうやらそういう理由だったみたいだ。
でもそれもどうでもいい。僕は彼女を愛しているのだし。
「で、条件は同一になったわけだ。どうする?ジュリアン。」
つい忘れそうになっていた隊長が問いかけてくる。
けど隊長、残念ながらやはりそれでもアニーの方が魅力的で。
「…私もただ魔物になったわけじゃない。これを見てくれジュリアン。」
身にまとったものを素早く外した彼女の体には、胸が複数あった。
「胸が…2つじゃなくて6つあるんですね。」
犬と混ぜられた影響なのだろうか?そう気持ち悪くはないが、自然なものではない。
「これで体中を愛してやったら、さぞ気持ちいいぞ?ん?」
隊長が自分の複数の胸を撫で下ろすように触る。
…確かに、隊長のあの弾力のある胸がいくつもあるというのはいいかもしれない…。
僕の一瞬の迷いを見抜いたのか、アニーが僕の腕にすがって詰め寄ってくる。
「ジュリアン?私たち、さっきまで結婚しようって言ってたよね?
それにね、もう貴方に私のこと隠す必要がないから、全身全霊で貴方を愛してあげられるよ?
勃起が止まらないほど体中で愛して愛して愛して、もう二度と戻ってくれないくらいの快感を…」
彼女の目が少し怪しい。魔物っぽい眼になっているというか…。
今でも少し体力的にきついというのに、これ以上愛してくれても困るのだが。
「私も、その女に負けたりしないぞ。この体になって、今まで以上の持久力も手に入れたのだ。
お前の上で、この世の終わりがくるまで踊り続けることだって出来よう!」
自身満々に言い切る隊長も、僕の方に体をぶつけてきた。

両手に花…と言い切れるのか?この状況は。
「ジュリアン…こんなメス犬斬り殺して、私と一緒に人間の快楽を超えたところに旅立ちましょう?」
「ジュリアン、こんな汚れたモノ叩き殺して、獣の悦楽を共に味わおう。」
両腕にかかる圧力がどんどん増す。ああ、僕の目の前にはもう未来が見えない…。
修羅場に巻き込まれての惨死、腹上死…どう転んでも僕は死ぬ…。
1人の人間である僕に、彼女たち両方を幸せにすることは不可能だ。
そう、1人の、人間である、僕には。

僕は、一つの決心をしていた。

 

『冠省

親愛なる弟へ。突然姿を消してしまい、大変迷惑をかけた。
こうして事情を手紙で説明することになってしまうことを許して欲しい。
心配もしてくれているだろうが、私は今魔界で元気にやっている。
国を守るべき立場にいた私が無責任なことをしていることを情けなく思うだろうが、
これには今ここで書きつくせないほどの事情があるのだ。
私は私ひとりでは解決しようがなく、さりとて他の誰の手を借りることもできない事態にぶつかった。
そこで私の出した結論はと言うと、「1人では無理なら自分が増えればいい」というものだ。
意味が分からないだろうが、世の中にはこんな世迷いごとを通す手段もあるものだ。
私は、魔界に赴いてある種のスライムと融合することにした。
その試みに成功し、そのスライムの分裂能力によって目下私は5人ほど存在する。
融合したと言っても、緑色の液体だったりはしないので安心して欲しい。
魔界との関わりもある日突然出来たもので、
以前から人間を裏切っていたのではないことも付け加えておく。
増えた私は、日々私を全身で愛してくれる二人の妻を満足させることと、
融合にかかった代金や身銭を稼ぐために獅子奮迅の働きをしている。
特に前者が大変魅力的であると共に大変労力のいることであり、私は今二人ほど死にそうだ。
負担を軽減するため、さらに何人か増やそうと思うが、
しかし何人増やしても彼女たちの愛情には限りがなさそうで、少し自分の選択に後悔している。
それも数に偏りがあるとすぐに彼女達は拗ねてしまうので、数を合わせるのも大変なのだ。
こちらの苦労話を長々と書き連ねてしまった。すまない。
近々、増えた私の一人がそちらに赴くと思う。その時に正式にお前に家督を譲る算段を立てよう。
出来れば、お前の方からもこちらに出向いてくれる機会があってくれるといいと思っている。
色々と複雑な形状をした者たちが住んでいるところだが、慣れれば楽しいところでもあるし、
何より私の美しい妻をお前にも見せてやりたい。
私と容貌の似ているお前なら、二人も特に手厚く歓迎してくれるだろう。
再び会える日を楽しみに待つ。


ジュリアン・ジョーンズより
草々』

2007/03/18 完結

 

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