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フタツノカノジョ



1

それは突然だった。
放課後の屋上はオレンジに染まり、時折グラウンドからの喧騒が届く。
彼女は長い髪をなびかせて言う。
「…好きなの、貴方のことが」
一瞬、意味が分からなかった。
学園一の美女、おまけに大財閥の令嬢である五代 薫が、平凡でこれといって特長もない俺に…
告白してくるなんて。
「え、あ…はぁ!?」
情けなく裏返る声。
しかし彼女の美しい瞳は、俺を捕えて離さなかった。
「…また、な…んで?」
「そ、それは」
彼女は一瞬たじろんで、語り始めた。俺なんかに想いを寄せてくれているその理由を。
「…この間、助けてくれたでしょう?保健室前の、廊下で…咳き込んでた私を」
「あ、あぁ」
一週間前。サボり目的で保健室に立ち寄った時、その前で苦しそうに座り込む彼女を見つけたのだ。
それで保健室の中まで肩を担いで運んだ。
というか、五代さんみたいな美人が倒れてたら、誰でもそうするだろう。男ならな。
「それだけで…?」
言っちゃ悪いが、あれが理由なのだろうか。あの時の自分は決してカッコよくなんかなかった筈だ。
薫さんは頷いた。珠のような白い肌が赤らんで見えるのは、夕陽のせいだけではなかった。
「…返事はすぐじゃなくても構わないから」
綺麗な髪を翻して、薫さんは足早にドアへと向かう。甘い、いい香りがした。
取り残される俺。

未だに頭が混乱している。
俺を…学園一の美女が。
理由はイマイチ納得できないにしろ、こんな夢みたいなこと…。
いや、夢なら覚めないうちに…!!
「ごご、五代さん!!」
気付くと俺は、彼女の細い腕を掴んでいた。 目を丸くする薫さん。
俺は息を吸って、血が上った頭のまま、言った。
「おっ、俺で良ければ!」
風が、二人の間を通り抜けた。

夜。都内、五代邸。
テーマパークのような広さの敷地の中に、その城はあった。
豪華な木彫の扉の前に立つ少女。
何かを決意するように、閉じていた目を開いた。
軽くノックする。すると、中年の医者が出てきた。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
「えぇ。…姉は?」
「今診察が終わって休まれています。では」
会釈して、五代家専属の医者は去っていった。
中に足を踏み入れると、
「帰ってきたの?」
少女よりも、少し高い声。妹の帰りを待っていた姉がいささか興奮した面持ちで駆けてきた。
「ちょっと、大丈夫なの?走ったりして!」
「構わないわよ、これくらい。ねぇ、それよりも…」
姉が、言う。

「…響(ひびき)、三嶋くんはなんて?」
「…」
一度息をはいて、姉は…五代 響は答えた。
「『俺で良ければ』ですって。」
花のような美貌が、その言葉に輝きを増した。
嬉しさの為、病的に白い肌が仄かに赤らむ。
その微笑みは見るもの全てを魅了するような美しさだった。
そんな姉の姿を見て、妹は言う。
「良かったわね、…薫」
…と。
その瞳の中に、秘めると決めた想いを隠しながら。

2

『大丈夫ですかっ!?』 
『肩、貸しますから保健室まで頑張って下さい!』

『…先生いないみたいだけど、少ししたら戻ってくると思いますよ』

『え、俺?…えと、三嶋です。C組の、三嶋 大輔です』

『…じ、じゃあ。俺はこれで』

この日が、全てだった。
‐‐‐‐‐‐‐‐

「いってきます、…っと」未だはっきりと頭が目覚めてないまま、
薄汚れたスニーカーを履いて家を出た。目の下には隈がある。昨日ほとんど寝れなかった証拠だ。
学園を経営している大財閥・五代家の令嬢からのまさかの告白。
漫画やアニメでしか有り得ないと思ってたのに。
勢いで返事をしてしまったあの後、両手で足りないほど自分の顔をつねった。
そして母親に赤く腫らした情けない顔を見られ、何事かと騒がれた。それでも。
現実味が全くない。
実は、ドッキリなんかじゃないのか。
いや学園のカリスマ、五代 薫に仕掛人なんかさせる訳もないか…。キキィ…ッ!
「ぉわっ!!?」    突然、黒い巨大な影が大輔の目の前で急停車した。
倒れこむ大輔。なんて車だ…っ!?
「リ、リムジンっ!!」
映画とかでしかお目にかかったことのない超高級車。
こんな住宅街ではこの上なく浮いてしまっているが。
「おはよう」
スモークガラスの窓が静かに開いた。そこにいたのは、一度見ると二度忘れられない美貌の少女。
「…あ、ご、五代さん?」
くすり、と笑う五代 薫。
「えぇ。おはよう、大輔」
大輔、って…もう呼び捨てなのか…。

学園に到着した大輔が一番最初に見たのは、友人の驚愕した顔だった。
「…だだ、大輔?お、ぉお前…っ!」
鞄を手から落としてこちらを指差す悪友。古典的ながらも、それは当然のリアクションだった。
他の生徒達も足を止めてこちらを凝視する。
あの学園一の高嶺の花が、どんな良家の子息からの愛もはねつけてきた五代 薫が、
男子と登校してきたのだ。
「大輔のご友人?」
さすが、と言うべきか。
氷つく大輔を含めた連中のことなど、意も介していない薫。
『ご友人』であるところの葉山。薫は彼に優雅に歩みより、言った。
「…昨日から、大輔とお付きあいをさせていただいてるの。よろしくね」
花が咲きこぼれる様な微笑み。
そして、大地を揺るがすどよめき。

 五代邸のある一室。
五代 響は、気を紛らせようとするかの様に読書をしていた。
シェイクスピアから、その果ては倫理学の教本に至るまで。
しかし。
消えない。どうしても、大輔の顔が。
赤らんだ表情、動揺した声、そして、自分の腕を掴んだ大きな手。
分かっている筈なのに。
病弱な双子の姉の影武者として学園に在籍する以上、
『響』の心は捨てなければならないと、…なのに。
薫は、知らないのだ。
自分も、いや、自分の方が先に大輔と出会っていたことを。
自分も…五代 響も三嶋 大輔を愛していることを。

「嘘だろ!?なぁ、大輔ぇっ!」
「畜生畜生畜生畜生…!」「いつ告白したの!?」
「三嶋君から?そっそれとも…五代さんなら!?」
興味と憧憬と憎しみと嫉妬…。なんとも忙しい様子のクラスメイト達は、
まるで芸能記者の如く詰問してくる。
時間は昼休み。四時間目が終わる五分前からダッシュの準備をしていたが、やはり相手は手強かった。
襟首を掴まれ、強制的に椅子に着席させられた大輔。そして始まる質問タイム。
「だーかーら、俺にもよく分からねーんだっ!」
そう。正直、一緒に登校までしておいて、まだイマイチ実感もなければ状況も分かっていないのだ。
「…だから、もうそろそろ解放してくれよ…」
『駄目だ(よ)!』
「し、食堂が…」
『駄目だ(よ)!』
殺気だってやがる。
これはもう飯ぬきかな、なんて諦めかけた時だった。
「大輔」
綺麗な、そして耳に残る声。
薫さんだ。弁当を持ってドアの近くに立っていた。
  すると、まるで何かの映画のワンシーンの様に人波がまっぷたつになる。
「行ったのに。昼休みは私のクラスに来て、って」
「いやちょっと…」
こいつらのせいで身動きがとれなくなっていたのだ。
「行きましょう?」
「あ、あぁ。うん」
「お弁当も。うちのシェフに教えて貰って作ったの」
「えっ、お、俺の為に?」
「当たり前でしょう?」
受け取った弁当箱を片手に廊下に出た。背後から雄叫びが聞けえたしたが、多分気のせいだろう。
「…行きましょう」
  廊下を歩くたびに突き刺さる視線もな。

………はぁ。

2007/03/10 To be continued....

 

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