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幼馴染と義妹で奏でるカルテット



1

「あたしは絶対に! あんたを認めないからね!!」
さて、突然こんなことを言われたらどうするべきだろうか?
休み時間の教室で、他のクラスの女子生徒から、という状況も付け加えておく。
俺はこの女の名前も知らない。
そしてどうやらそれは相手もそうだったらしく、
教室に入ってきた彼女は開口一番に、「鳴瀬正紀という男子はいる?」と大声で質問し、
クラス中の視線を集めた俺の前までやってきて、
先ほどの文句を言ってのけたのである。
なぜ俺はこんな事態に陥っているのか?
原因を探るためには過去を振り返ってみよう。
といっても今朝からしか回想できない自分の記憶力に情けなさを感じつつ。

高校生の身でありながら、俺は一人で家に住んでいる。
理由は一人っ子なのと、親が離婚したのと、世界を飛び回る学者が父親だからだ。
目覚ましの音で目を覚まし、着替えて簡単な朝食を一人で食べる。
寂しさを感じていたのも昔のことで、今ではこっちの方が気軽だ。
いや、俺は寂しい境遇ではないのだろう。
なぜならすぐ近くに親しい幼馴染がいるのだから。
いつもの時間に家を出ると、門の外に見慣れた二人の女性が待っていた。
一人は右隣りの家に住む1つ上の先輩、島野由香。ユカネエと呼んでいる。
もう一人は左隣りの家に住む1つ下の後背、三原亜紀。アキボーと呼んでいる。
異性の幼馴染といまだに仲良くしているのも稀有だろうが、
たまたま気が合ったということなのだろう。
同じ学校に毎朝一緒に登校するのが日課になっている。
賢明でなくともわかるとおり、俺が2年、ユカネエが3年、アキボーが1年だ。
「おはよー、ま〜くん」
「おはようございます」
爽やかな笑顔を向けて挨拶をしてくれる二人。
ちなみに『ま〜くん』という恥ずかしい呼称の相手は俺だ。
子供時代そのままの呼び名で今に至れるのも幼馴染だからこそだろう。
「おはようさん。ユカネエ、アキボー。じゃあ行くか」
「最後に出てきたくせに偉そうだよ〜」
「1分も違わないだろ。俺が靴を履いているときにお前が出てくる声が聞こえたぞ」
「ふふっ、遅刻しないように早く行きましょう」
猫のように噛み付くアキボーに相手をする俺を横からみて微笑むユカネエ。
これが長年続いている3人の関係だった。
「まーくん、きちんとご飯を食べてるの? お風呂は毎日入ってる?
  洗濯物は溜まっていない? 寝る前は歯を磨いている?」
「俺はどこの○学生なんだよ……」
「毎晩カップ麺だけで深夜までゲームをしてる学生でしょ」
「えっ、本当なの?」
「そんなわけねえだろ! アキボーはでたらめなことを言うな。ていっ!」
俺から見たらチビっこいアキボーの頭にチョップを落とす。
「ぃっ! あたしの毛根が死んで禿げちゃうじゃないの」
「ユカネエ、俺の心配することはないぞ。
  きちんと社会的文化的生活は営んでいるからな」
「無理しなくてもいいんだよ。お腹が空いたらいつでも私の家に来ていいからね」
「俺はどこのミナシゴですか……」
「あたしをノケモノにするなぁ〜」

 

…………。
あー、まあ、いつも通りといえばいつもの朝だったな。
二人とは学年が違うから昇降口で別れてそれぞれの教室へ。
そして退屈な授業を受けて、休み時間になった現在に至る、と。
あれ? いつの間にかさっきの女子生徒はいなくなっている。
「なあ鳴瀬、あの女って何だったの?」
回想に浸っていた俺にクラスメイトが訝しげに聞いてくる。
「俺もわからん。誰だあいつは?」
素っ頓狂な返事だろうが、俺が一番困惑しているのだ。
親切なクラスメイトがさっきの女子の名前を教えてくれた。
2年4組の坂木舞。記憶にない、聞き覚えもない、いや本当に全く。
これまでの人生で関わりあったことはないはずだ。
俺が都合よく昔の記憶を忘れ去っていない限りは。

その後は何事もなく放課後をむかえた。
俺は帰宅部、ユカネエとアキボーは部活で青春の時間を過ごしているから、
帰りは一緒に帰ることはほとんどない。
悪友とゲーセンでも寄る日もあるが、今日の俺は早く帰って休息をとりたかった。
休み時間の意味不明な言動をした女子のことは忘れよう。
たぶん勘違いか人違いでもしたのだろう。
思い込みの激しそうな性格っぽかったし。
頭を切り替えて今日の晩飯は何を食おうかと考えながら自宅に入ると、
「あ……」
「え?」
見知らぬ女、いや、さっき忘れようと決めた休み時間の支離滅裂言動女がいた。
鍵のかかった俺の住む家の中に。
「失礼、帰る家を間違えたようだった。んじゃ」
「………」
パタン、とドアを閉める。
門の外に出て、表札を確認。確かにここは俺の住む家だ。
両隣りはお馴染みのユカネエとアキボーの家。
うーむ、だとすると、あの女はどうしてここにいる?

再び踵を返して家の中へ。
「いや、やっぱり俺の家はここで間違いなかったようだ」
「…………」
家に入るとさっきと変わらぬ立ち姿で、
玄関にいる俺をみつめている存在自体意味不明女。
いや、みつめているのではなく、『睨んでいる』な。
「なんだなんだ、その目は。
  他人の家に無断侵入した上に、居直り強盗のように開き直っても無駄だぞ」
「……何を言ってんの? あんた馬鹿?」
「おつむが弱いかどうかは第3者に判断してもらうことにしよう。
  えーと110番って、本当に1、1、0で通じるんだよな」
ケータイを取り出して警察に連絡しようとした俺に気づくと、
居直り泥棒女は血相を変えて近づいてきて俺の腕を掴んだ。
「むむっ! とうとう実力行使に出たか。
  柔道剣道合気道を併せて5級の俺に立ち向かう気か!」
「何それ? 空手の黒帯よりも弱そうじゃない。
  それよりも警察に何ていうつもりなの?」
「それはもちろん、お前がこの家に不法侵入したと」
「『家族』が自分の家に居ることが法に触れるわけないじゃない」
はぁ? 今、こいつは何を言いましたか?
『家族』だと? 最早すでにこの若い身空で親父一人しかいない俺に向かって。
呆れた感情を押し隠した俺に、女は『呆れたっ』と言い放ってきて、
「なんなの、あんた? もしかして何も聞いていなかったわけ?
  これが演技とかジョークだったら本気で怒るわよ。
  いい? あたしのママとあんたの父親が再婚したの。
  だからあたしは今日からここに住むことになった。『家族』として」
ああん? 俺は日本語を解する能力が破綻したのか?

2

いきなり俺の家に転がり込んできた同級生が義妹になったことが判明して数時間後、
俺と坂木舞はテーブルに向かい合わせで夕食を摂っている。
青天の霹靂ともいうべき事態に陥ると、時間感覚がマヒするらしい。
不意にやってきた宅配業者が坂木の荷物を手際よく客間に運び込んで退散し、
呆れるほどに手遅れになった状態で、ようやく俺に国際電話をかけてきたクソ親父に
罵詈雑言を浴びせた後、
いまだにツッケンドンな態度をとる坂木から晩飯の弁当を買いに行くよう言われ、
状況に流されるがままになっていた俺はその命令に従うのみだった。
……しかし、段々と冷静になるにつれて、この理不尽な状況に怒りが込み上げてきた。
昨日まで俺の気軽な一人住まいだったこの家に、なんでコイツは主人のように居座っている?
せめてもっと控えめな居候のような態度をとっていれば、こっちも恐縮できるというものを。
そもそも学校でのあの発言はなんだ?
俺のことを認めない、と言った割にはさっき堂々と家族と言い張ったし。
「…………」
「…………」
あ゛ーーーー! 一人なら静寂でも落ち着くのに、目の前にこの女がいると気が休まらねえ!
「なあ、舞」
と呼ぶと彼女は口をモゴモゴさせて噴飯しそうになる。
それをなんとか押し止めて水を飲み、
「あ、あんたねえ! あたしのこと勝手に呼び捨てにするな!」
「いや、だって親が結婚したのなら名字は同じになったんだろ」
「違うわよ。夫婦別姓にしたんだから、あたしの名字も『坂木』のままよ。
  やめてよね、気持ち悪い」
「ああ、そうだったのか。だったらそうしよう。
  ところで質問なんだが、坂木の誕生日は何月だ?」
「……2月だけど」
「お、そうかそうか。俺は8月だ。つまり俺の方が長く生きていると。
  これからは俺のことを『お兄ちゃん』と呼んでもいいぞ」
「ばっ……」
「ん?」
坂木はみるみると顔を紅潮させ、
「バッカじゃないの!! 誰があんたなんかを!
  あたしは絶対にあんたを兄とは認めないからね!!」
すでに2つになっていた割り箸を景気よく4つに分解させ、テーブルを立った。
怒りっぽい女の逆鱗に触れてしまったか。
「これからシャワーを浴びるから! 
  もし覗いたりしたら、頭を叩き割って浴槽に沈めるわよ!」
ドシドシと床を踏み鳴らしながら洗面所へ向かっていく。
しかし俺が不用意な発言をしたとはいえ、あの怒りは過剰に思える。
嫌われているというより、感情的に反発しているだけだなアレは。
月のモノの最中か、環境の変化によるストレスか。
そういえばあいつはこれまで住んでいたマンションを
あいつの母親に引き払われてここに来るよう言われたんだっけ。
同級生の男子と2人で同居する羽目になって、それを仕組んだ親はいま地球の裏側で
ハネムーンを楽しんでいると思うと、それは正当な怒りであろう。
問題はその怒りを受け止めるのが俺だけだということだが。
それとあいつのいう『俺を認めない』とは、家族としてではなく『兄』としてだったのか。
まあ世の中に妹を欲しがる男はいても、兄を欲しがる女はいないということだろう。

カラスの行水を終えた坂木はすぐ部屋に引っ込んでしまった。
もう今夜は話したくないのだろう。
俺も続いてシャワーを浴びるために着替えをもって洗面所へ行く。
脱衣カゴの中を覗くと昨日の俺の下着があるだけだった。
何を期待していたんだろうね、俺は。

翌日。いつもの目覚ましの音で起きた俺は、いつものように着替えをすませる。
なんというか、坂木がいるからといって、これまでの生活リズムが崩されるのは嫌なのだ。
居間に行くと坂木は既に制服を着てトーストを食べていた。
「……おはよう」
ジロリと目だけを俺に向けて挨拶をしてくる。
「おはようさん。俺もトーストを食うかな」
昨夜と同じように向かい合わせに座り、黙々と食事を摂る。
視線はつけっぱなしのテレビに固定したままで。
「ねえ」
朝の占いが終わったとき、坂木の方から呼びかけてきた。
「ん? 何だ」
「あたしたちのこと、学校では伏せておくのよ」
「どうしてって、いや聞くまでもないな。こんなデンジャラシック・スキャンダルを
  わざわざ吹聴する馬鹿はいないよな」
「わかったのなら、外であたしに話しかけたりしないでよね」
「ああ、だけど昨日の件はどう周りに説明したらいいんだ?
  ほらお前が俺の教室に来たことについては」
「そ、それはあんたの方で適当に言い訳をしておけばいいでしょっ!
  それくらい自分で処理しておきなさい」
「へいへい。あっ、でも1つ問題があるぞ。同級生はともかく、お隣りさんにはどう説明する?」
「説明する必要があるの?」
「ああ、そうか。言ってなかったか。この家の両隣りに、俺の幼馴染が住んでいるんだよ。
  ちなみに同じ学校の1年と3年。ユカネエこと島野由香と、アキボーこと三原亜紀」
「マジで? それ」
「マジモンなんだな、これが。で、毎朝俺はその2人と登校しているから、
  必然的にお前のことを説明しなくてはならないと思う」
それを聞くと坂木は嘆息して、
「あんたと一緒に登校する女子がいるなんて信じられないけど、
  それが本当なら誤解のないように説明しておいて。
  だけど絶対に他の人には言わないように念を押すのよ」
「わかった、そうしておこう」
これで話がついたのか、坂木は席を立つ。
「あたしは今から出るけど、あんたは10分以内には外に出ないこと」
「はいよ、了解。いつものようにゆっくり食後のコーヒーを楽しむさ」
舌打ちをして坂木は玄関へ去っていった。
まあ、昨夜よりかは敵対心のない会話だったはずだ。
大体この年になって家族が増えるのが問題なんだ。
でもドラマの中の嫁と姑よりかは良好的な関係だろうよ。

坂木がいるからといってペースを崩すことなく、俺は昨日と同じ時間に家を出ることができた。
門の前には昨日と同じようにユカネエとアキボーが待っている。
「おはようさん、ユカネエにアキボー」
坂木と話していたさっきまでの堅さがほぐれていくのを感じる。
「おはよ〜、まーくん。ふふふふ」
「いい天気だね。あははは」
朝から満面といえる笑みを浮かべている二人。
「どうしたんだ、何かあったのか?」
「んーん、私たちには何もないよ」
「そうそう。だけどまーくんは、『何か』あったんだよね?」
あれ? もしかして既に坂木のこと知っているのか?
まあ昨日は宅配業者も来たし、坂木がこの家を出入りするのを見たのだろう。
「なんだ、これから坂木のことを言おうと思っていたのに、知っていたのか」
その言葉にユカネエは笑顔のまま首を振った。
「私は詳しく知らないよ。でも、まーくんの家から出てきたのは坂木さんっていうのね」
「で、まーくん。あの女はまーくんの何なのかな?」
なんだ、事情は知らないのか。
「ああ、実はこれは学校内ではもちろん、他の人には内緒にしてほしいんだが」
「……」「……」
固唾を飲んで俺の次の言葉を待つ二人。
「実は昨日から一緒に住むことになった」
「ぇぇぇ!!」
「っっどどど、どういうことなの!?」
「だって、仕方ないだろ。もう籍も入れちゃったみたいだし」
「にゅにゅにゅ入籍ぃぃー!?」
「無責任過ぎるよな。俺は親になったら子供を放任させることはしたくないよ」
「おおお親になる!?」
「まったく困ったもんだよ。自分たちはちゃっかりハネムーンを楽しんでるんだぜ」
「はははハネムーン!? って、どういうこと?」
「え、だから、俺の親父と坂木の母親が新婚旅行に行っているんだって」
「……」
「……ま〜くん♪」
「何? ユカネエ?」
「誰と誰が籍を入れたの?」
「俺の父親と坂木の母親だよ。さっきからそう言っているだろ」
「アキ検察官、被告人はこのように述べていますが、何か反論はありますか?」
「異議ありありです! 被告人の有罪を確信します!」
「な、なにを言って、ぐぅっ!!」
「被告人は発言を慎みなさい。判決、推定有罪。疑わしきは全て罰せよ。
  この刑は即時執行される」
「これより執行開始〜」
アキボーが俺の背後から両手を首に回してぶらさがり始めた。
こ、絞首刑!?
「さてアキ検察官。残る共犯者の処遇についてですが」
「それについてはユカ裁判官、後日の鳩首会談にて裁定いたしましょう〜」
な、なんだってんだこの状況は!?

3

【視点人物:坂木舞】

「お兄ちゃん! こっちだよ」
あたしはファミレスの店内でやや大きな声で自分の居場所を主張する。
それを聞いた相手は黙々とこちらのテーブルまで歩んできた。
「悪いな、遅刻してしまって」
縁のある眼鏡のズレを直しながら、松尾尚文、あたしの兄が席につく。
「ううん、そんなことない。卒論や就活で忙しいんでしょ?」
「それはそうだが、舞と会う約束の時間に遅れる理由にはならないさ」
頑としてお兄ちゃんは自分の非を主張する。
こういう生真面目な性格で損をしているのに、自覚しているのだろうか。
「相変わらずだよね、お兄ちゃんは」
「ん? そりゃあこっちは特に環境の変化はないからな。舞とは違って」
さりげなくあたしの生活の変化の様子を聞いてくる。
「毎日定時で終われる公務員が親だと羨ましいね。
  外国に進んで出張して、あげくに現地で出会った日本人と再婚する親とは違って」
説明するまでもなく、前者の公務員があたしたちの父、後者が母である。
考えてみるとこの2人がかつては結婚していたのだから不思議だ。
「今はその相手と長期新婚旅行をしているんだって?
  ということは舞は1人暮らし、ちょっと物騒じゃないか?」
事情を知らない故に悪意のない言葉でも、
そこを突っ込まれたあたしの頭に血がのぼりはじめる。
「それが違うのよね。再婚相手の方にも連れ子がいたの。
  でもね、それが気立てのよい姉だとか、まだ小学生以下の弟や妹なら良かったわよ。
  もしくはお兄ちゃんみたいな頼りになる兄ならまだ納得したわ。
  だけど何? 同じ学校の同級生ってふざけてない!?
  あげくの果てには、ちょっと誕生日が早いからって『お兄ちゃんと呼べ』だとか!
  いつもヘラヘラ寒いギャグばかり言って!」
「落ち着けよ、ほら水」
周囲の人間も何事かとあたしに好奇の目を送る中でも、
『お兄ちゃん』は冷静にあたしを鎮めてくれる。
「と、とにかくあたしは今、そんな最悪の状況下に置かれているの」
「そうだよな。子供同士だったらともかく、社会人同士ならまだしも、
  思春期同士は色々と大変だろうな」
「そうよ……。あたしはどうせなら1人暮らしの方がいい」
「だけどな、舞。向こうだって同じように思っているかもしれないだろ」
「はあ!? あんな馴れなれしい態度をとってくる奴が?」
「まだ出会って間もないんだ。舞との距離感を測れなかったのだろう。
  相手もそれなりに適切なコミュニケーションをとろうとしているはずだけどな」
「だったらあたしのことなんて極力、避けてくれればいいのに」
「……。」
お兄ちゃんは何かを考えこむとき、額に手をあてる。
いまもそうしながら、焦点の合わない目で下を向いて。
「今日の話を聞けて安心したよ」
「はあ!? どうして安心するのよ」
「舞は小さい頃から僕にべったりだったし、
  親父たちが別れてからは特にその傾向が強まっていたからな。
  男友達の話も聞いたことがなかったし。
  それが今日初めて聞けたんだ。
  荒療治だったかもしれないけどな」
あたしがまだ自覚したくない深層まで指摘されそうになったので、
「お兄ちゃん、以前からここで注文してみたかったメニューがあるんだ。
  ほらっ、【スーパーセレブリティサンデーVer.3 ¥5,800】なんだけど」
「悪かった……。バイト代が出る前なんだ。
  こっちのケーキセットで勘弁してくれ」
久しぶりの会話の応酬に、思わず声を出して笑っていた。

「はあ……」
お兄ちゃんとの久しぶりの時間も終わり、
あたしはまたあの家へと帰らなければいけない。
つい先週までは面識のない同級生だったのに、今では義理の家族で同居人。
洗濯物とか食事中とかを気にしていると滅入ってしまう。
まあいい。どうせ帰宅しても今晩は入浴して部屋に引っ込んでしまえば、
たいして話すことはないだろう。
あたしは鳴瀬家の鍵をポーチから取り出す。
前に住んでいたマンションがもぬけの殻になっていたときに残されていた鍵。
南米縦断の旅行なんかしていないで早く帰ってきてほしい。
たとえあんな母親であろうとも。
「……」
無言で扉を開け、家に入る。
すると、玄関に見慣れない靴が2足あった。しかも女物。
「お、坂木、帰ったのか。晩飯は?」
音が聞こえたのだろうか、鳴瀬正紀が居間から出てくる。
「食べてきたわよ。それより、こんな時間まで誰か来ているわけ?」
壁時計をみると午後10時前。
「ああ、今朝話した両隣りの幼馴染だよ。
  ときどきこういうことがあるな。でも今日は坂木とも話してみたいそうだ」
と、ときどきって、この年齢になって異性の家に易々と来るもの?
しかも1人暮らし(だった)の男の家に?
「あ、あんたって……」
その幼馴染のどちらかと付き合っているの?
と聞こうとしたがやめた。そこまで踏み込んだことをたずねられない。
「ん? どうしたんだ」
「なんでもないわよ。あたしはもう入浴して休みたいから、じゃあね」
「おいおい、待てよ」
鳴瀬の脇を通り抜けようとしたが、遮られる。
「何よ」
「だからユカネエとアキボーがお前と話したがっているんだって。
  俺とは長年家族同様の付き合いをしているし、お前との事情も知っているんだから、
  一言自己紹介だけでもしてやってくれ」
そうだった。あたしがこの家にきた経緯なんかが既にその二人には伝わっている。
万が一、こいつの説明下手で何らかの誤解をしているのなら晴らしておかないといけない。
「5分だけだからね」
渋々、あたしは承諾して鳴瀬の後に続いて居間に入った。

「今晩は。お邪魔してます」
「へえー、この人が」
部屋に入るなり二人の女があたしに言葉を発してきた。
挨拶をしてきたやや背が高くて長髪な方がユカネエとやらで、
失礼なことを言った小柄な方がアキボーというらしい。
「と、いうわけでだ。こいつが俺の義妹になった坂木舞だ。
  で、この二人がユカネエとアキボーだ」
慣れない紹介をし始める鳴瀬。だからあたしを勝手に妹扱いするな。
「よろしくね、坂木さん。私はまーくんとは小さい頃に『お医者さんごっこ』をしたくらいの
  仲だから、まーくんのことで何かあったら気軽に相談に来てね」
「ユ、ユカネエ! 何を言うんだよ」
「はいは〜い! それならあたしはまーくんと一緒にお風呂で洗いっこをしたことがあるよ!」
へえ〜? 『お医者さんごっこ』に『お風呂で洗いっこ』か。それはそれは。
あたしはその場に居座ることなく踵を返した。
「お、おい! もう行くのかよ」
鳴瀬が助けを求めるように情けない声を出す。
が、あたしの知ることじゃない。
「せっかく幼馴染同士で楽しんでいるのにあたしは邪魔しないわ。
  そこで『お医者さんごっこ』をした後に仲良く『お風呂で洗いっこ』をしたら?」
本当に腹が立つ。結局、ノロケ話を聞くために行ったようなもんだ。

4

【視点人物:鳴瀬正紀】

坂木がこの家に来て3日が経っていた。
あいつの表情や声色は不機嫌なのがデフォルトのようで、
最初はどう対応したらいいのか戸惑っていたが、
必要な会話は応じてくれるので、良しとしよう。
家事については今のところ自分のことは自分でやる、という不文律。
まあ俺が坂木の下着を洗濯したり部屋を掃除するわけにはいかないので、
当たり前だろうが。
だがあいつは俺が作った食事を食べたことはあったが、
俺はまだあいつの作ったものを食べたことはまだない。
さらに言えば坂木が料理をしている姿も見たことがない。
明日はどうするんだろうな、あいつ。

週末の朝、俺はいつもより早めに起きて弁当用の料理をしていた。
なんでも今日は学校にパンや弁当を売りに来る業者の都合で、
購買で昼飯を買うことができないらしい。
そしてこの家から学校までは一本道で10数分なのだが、
食料調達のためにコンビニを経由しようとすると、
1時間以上もかかってしまうという位置だ。
前日に適当なパンでも買っておいても良いが、
どうせなら余っている冷凍食品を使い切ろうとしただけだ。
俺が弁当を詰め終えて、朝食のトーストが焼けたとき、
坂木が起きてきた。
「おはようさん」
「朝から料理かと思えば、今日はお弁当?」
この言葉、もしかしてこいつは忘れているのではないのか。
「あー、坂木。今日は学校の購買部が休みだってこと、知ってたか?」
「え?」
驚き半分、焦り半分といった表情。
「ついでに言うと、ここからコンビニを経由して学校に行くと、
  俺の足でも軽く1時間はかかるぞ」
「うそ!」
「悪いが本当だ。うむ、だが俺も鬼ではない。
  幸いにして冷蔵庫にはまだ冷食とかが残っているから、
  可哀想な我が義妹に進呈しても吝かではない」
「……てよ」
「ん? なんと言った」
「どうせならあんたが作ってよ」
うーむ、この女はツン(ツンデレかツンツンかは未確認)だと思っていたが、
女王様属性的高慢さも持ち合わせていたとは。
「残念だが、俺にM男くん属性はないからな。自分でやってくれ。
  どうしてもと言うなら『お兄ちゃん、お・ね・が・い』とウル目で懇願を」
「誰があんたなんかに……」
大きくため息をついた坂木は冷蔵庫を物色し始めた。
ふむ、せめてもの情けに弁当の容器くらい準備してやるか。

それから数分後、電子レンジの音を聞きながら、
俺は久しぶりにミノムシロの朝グサッ!を見ていた。
坂木がいると必ずシャープシンに変えられるからな。
朝グサッ!は痴情のもつれによる事件を優先的に報道してくれる。
今日のトピックは『わたしだけのご主人様、監禁調教』、
『お兄ちゃんクサ〜イ、泥棒猫の臭い』、
『血溜りの中に沈んだ第2ボタン』か。
今日もどこかで誰かが誰かを苦しめている。
下世話な好奇心を満たしていると、画面が切り替わって、
『今朝のワンニャン占い☆』になってしまった。
くそっ、もう作り終えやがったか。
どこかのディレクターが適当にコメントを書いた予言を見て何が楽しいのやら。
無言でじっと占いを見ながらもすごい速さで朝食を口に入れる坂木は、
占いコーナーが終わるとすぐに席を立った。
よく噛まないと消化に悪いぞ。
坂木がいつものように一足先に出たのでチャンネルを切り替えたが、
既に朝グサッ!は政治談議をしていた。

「おはようさん、ユカネエ、アキボー」
家を出るとお馴染みの二人がそこにいる。
坂木が来た翌日は彼女を加えることになるのかと思ったが、
あいつはいつも早めに家を出る。
朝練でもあるのだろうか? そういえば部活をしているのか?
「おはようまーくん。昨日は何もなかった?」
「あの女に何かされたのならいつでも言ってね」
変化といえば、2人から坂木の話題が出ることだ。
まだギクシャクとしている俺と坂木のことを心配しているのだろう。
「何にもないよ。家族と言っても気が合わなければ他人よりも遠いっていうじゃん?
  そういう意味では俺にとってユカネエとアキボーの方がよっぽど身近だよ」
「「ホントに? 嬉しい!」」
2人が両側からひっついてくる。
もう1つの変化といえば、なんかやたらと密着されたりすることが増えてないか?
そりゃあ、異性に触れて嬉しくないわけがないが。
「ねえ、ま〜くん。明日の予定空いてるかな?」
「あたしたちのショッピングに付き合って欲しいの」
ん? 今年になってからは初めてのお誘いだな。
アキボーが高校生になったらいつも2人で行っていたのに。
でも、断る理由はない。
「3人で出掛けるのは久しぶりだしな。いいよ、行こうか」
そう言うと、再び抱きついてくる。
やめてくれ。そろそろ周囲の視線が痛くなってきた。

このところ変化と気苦労が増している私生活と比べて、
学校内ではさして変わりがない。
日常という意味のありがたさを噛み締めつつ、
居眠りをしたり馬鹿話をしたりする。
さて次の音楽の授業も睡眠にあてるかな、と思いながら教室移動をしていると、
階段の下から大きなダンボール箱を抱えた女子がのぼってきていた。
上方は見えていないだろうし、足元も大丈夫だろうかと見ていると、
その女子が足を踏み外して転びそうになった。
「おっと、危ない、な?」
事前の観察のおかげで、右手で箱を押さえ、左手で女子の肩を支える。
と、俺はその女子の顔を見て固まってしまった。
「……ありがとう」
今朝も顔を合わせた憶えのあるそいつは、坂木舞、我が義妹である。
ここで、脳内エンジンをハイテンションにして高速演算。
こいつは見知らぬ同級生だ、同級生。
1つ屋根の下で寝食を共にするとかそういう関係ではない。
さあそういうロールが与えられたとき、俺はどうプレイングをするべきだ。
「1人で運ぶのは大変だろう? 運んでいってやるよ」
と、坂木が両脇に抱えている荷物を奪い取って階段を昇り始める。
大丈夫だよな? たまたま助けた同級生の手伝いをするぐらいは、
見知らぬ関係でも許せる範疇だろう。
坂木の方は振り返らずにスタスタと元来た階段を昇り、
以前聞いた坂木の所属する2年4組の前までもっていく。
そこで坂木に無言で渡した。
「……あたしの教室、知っていたんだね」
あ、しまった。見知らぬ同級生がどこのクラスかなんて知るはずがない。
「ヤマカンだ」
言い訳にもならない言葉を吐いてそそくさと逃げた。
多少の失敗はあっただろうけど、セーフだよな。
あれを横からみている奴がいても、俺と坂木の関係がばれることはないだろう。
え? わざわざ荷物を運ぶ必要はなかっただって?
考えてみよう。もしあそこで坂木を見捨てていたら、帰って何を言われるかを。
まだ手伝った方が言い訳がきくだろうよ。

 

さて、ミステリー小説を読み込んだ人のためにも、
ここで伏線は回収しておくにこしたことはない。
俺の今日の昼飯は散々だった。
解凍しきれていない唐揚げを口の中で溶かしたり、
生のブロッコリーにマヨネーズが塗られていたり、
噛んだらバリバリと歯ごたえのある卵焼きなど、
俺は作った記憶がない。
くそう、坂木め。俺の弁当を間違えてもっていったのか。
それとも同じ容器を準備した俺の責任か?
わざとではないだろうとそこだけは坂木の良心を信じよう。
あー今ごろ、坂木は俺の特製アスパラのベーコン巻きを食べているんだろうな。

2007/03/08 To be continued....

 

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