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Envy at time



1

天下無敵号の食堂で、食事を終えたフェニキスはラーシュやソボルと共に雑談していた。
会話が段々とラーシュとソボルの幼い頃の話題へと移ってゆくのも、
二人の付き合いの長さを考えれば仕方のない事だった。
「あの大会の時のラーシュ兄ぃの顔ったらなかったよ。」
「なにい!?」
「だって、あんなに悔しそうに思いっきり木なんか殴りつけて―――」
昔を思い出しながら楽しそうに話す二人の隣で、フェニキスは自然と無口になってしまう。
ソボルのことは友達として大好きだが、
こういう話題の時はとても複雑な気持ちになってしまうフェニキスだった。
自分の知らないラーシュを知っているソボルが羨ましくて仕方が無くなる。
それはどうしようもない事だと分かっていても、人の心はままならない。
「・・・ん、小僧。どうした。」
ふいに声をかけられ、フェニキスはドキリとした。
慌てて心に浮かんだ想いを押さえつける。
「な、なんでも、ないよ。―――あ、僕ちょっと用事があったんだ。」
なるべく不自然にならないようにと思いつつ、席を立った。
「ごめんね、ソボル、ラーシュ。また後で。」
上手く笑うことができただろうか、と少し不安になる。
けれど、もう限界だった。

フェニキスが食堂から出ていってしまった後で、ソボルはひどく申し訳なさそうな顔をした。
気遣い屋な彼には、フェニキスのわずかな表情の変化から彼の気持ちを読みとっていたのだ
「あちゃー、フェニキスに悪かったなぁ。昔の話ばっかして。」
「ンな小せえ事を、いちいち気にするんじゃねェ!」
ラーシュは不機嫌そうに言い放ちつつも、先ほどフェニキスが去り際に浮かべた
微かな笑みを思い浮かべる。
一生懸命、無理に微笑んでいたのは気づいていた。
「チッ」
思わず席を立ってフェニキスを追いかけたい気持ちを、ラーシュはグラスの水と共に飲み込んだ。
「ほんと、フェニキスって優しいよなぁ〜。」
部屋を飛び出していった少年の先ほどの笑みを思いだして、ソボルは呟く。
「健気だし・・・ラーシュ兄には勿体ないよ、まったく。」
「フン。そりゃ反対だ。」
「あのな〜、フェニキスってばモテるんだぞ。ラーシュなんか、
  きっとあっという間に捨てられちゃうさ。」
その言葉に、ラーシュは狼狽えて飲んでいた水を霧のように噴射してしまった。
「うわ、汚いな〜っ」
「な、なに言ってんだ!てめえっ!?んな訳ねェだろうが!!」
「さてさてどうかな〜?レナ見てみろよ、レナ。あの娘は絶対フェニキスに惚れてるぞ?」
「ぐっ」
いくら小さい頃の幼なじみだといっても、普通であれば危険な事にあのぐらいの年齢の少女が
首を突っ込む筈がない。
フェニキスに対して特別な想いを抱いているのは確実だ。
「ニックも居るからなぁ。」
「・・・フン。」
確かにニックは、フェニキスとの間に何か特別な絆を感じさせる少女だった。
恋愛感情では無いようだったが、フェニキスはニックを気に掛けている。
ラーシュは腹立たしげに、コップの中の水を飲み干した。

一方、食堂を出たフェニキスは胸に溜まった苛立ちを晴らそうと、甲板に向かって歩き出していた。
「フェニキス、待って下さい。」
優しげな声に振り返ると、オクタヴィアが静かに立っていた。
フェニキスと同様に食堂を去る所だったようだ。
「私も食事を終えたところです。ご一緒にお茶でもどうでしょう?」
「えっ、お茶ですか?」
「ええ。とっても美味しい紅茶があるのですけれど・・・」
そうして、オクタヴィアはにっこりと微笑んだ。
美しい女性の頼みにフェニキスはどぎまぎしつつ、コクンと頷いた。
断る理由もなかったからだ。

オクタヴィアが普段過ごしている部屋で、フェニキスはベッドに腰掛ける。
元々は海賊達の部屋だったのだろうが、今の部屋の主はオクタヴィアだ。
女性らしく整頓され、花などが飾られている。
普通なら男性を自分の部屋へ招くなど奥ゆかしいオクタヴィアは決してしないのだが、
優しい顔立ちと性格のフェニキスは特別に扱っていた。
「あ、この花は―――」
「ええ。この前ソボルと貴方がくださったものです。」
「ソボルが、オクタヴィアさんは花がとても好きだって言うから・・・」
少し照れたフェニキスの前に、オクタヴィアは紅茶のカップを置いた。
「ありがとうございます、フェニキス。」
「ちょうどついでだったから・・・その、気にしないでくださいっ」
「ふふ。」
良い香りが部屋を漂う。
「ラーシュやソボルと、小さい頃からの付き合いなんですよね?」
「ええ。」
「ラーシュが一番仲が良かったのは、やっぱりダリオさんとソボルなんですか?」
「あら、やっぱりラーシュのことが気になるのですか?」
少し悪戯っぽい笑みを浮かべたオクタヴィアに、フェニキスは顔を真っ赤にした。
「そそっそんなんじゃありませんけどっ、あの、なんとなく―――っ」
恥ずかしさに耐えきれず、フェニキスは自分の足元へ視線を泳がせた。
「ごめんなさい。貴方があまりに可愛らしいから、ついついからかいたくなってしまって・・・
  許して下さいね。」
『か、可愛い!?』
ちょっとだけ傷つく、多感なお年頃なフェニキスだった。

「あの、ダリオさんの事を聞いても良いですか・・・?」
フェニキスはおずおずと、目の前の女性のもっとも大切な人の名前を口にする。
彼女と同じ世界のダリオは既にこの世にいない。
オクタヴィアの気持ちを考えると彼の名前を余り口にしてはいけないような気もしたが、
思い切って聞いてみることにした。
「はい。何でも聞いて下さい。」
この異世界の少年が愛するダリオの魂を救ってくれたのだから、そんな事は造作もない事だ。
確かにダリオのことを思い出す時、胸に悲しみ故の痛みが走るのも事実だった。
けれど、オクタヴィアはダリオをいまだに愛している。
愛する人について話すのは、とても幸せなことだと彼女には思えた。
「小さい頃から、ずっと好きだったんですか?」
「ええ。大好きでしたよ。」
きっぱりと、誇りを持って肯定する彼女がフェニキスには眩しい。
「ずうっと、長い間好きになるって・・・どんどん想いが強くなるものなんですよね。」
「フェニキス。人の想いに時間など関係ないと、私は思うのです。」
いくら離れていても、たとえダリオが死んでいても、彼女の想いは変わらなかった。
「私の想いは、最初から同じ。変わらないのですよ。」
その言葉にフェニキスも思い出した。
胸が苦しくなる程のラーシュへの想いは、変わらない。

「それと、貴方はレナさんと幼なじみなんですってね?」
「うん、そうです。」
「ラーシュはそのことを随分と気にしているみたいですよ。」
「え、そんな風に見えないけどなぁ。」
フェニキスが目をまん丸くして驚いている。
オクタヴィアは何やら思い出しつつ、クスクスと笑った。
「私はラーシュとは付き合いが長いので、すぐに分かるのですよ。」
「へー・・・凄いや。」
フェニキスは素直に感心している。
「皆同じに不安なのです。ラーシュも、そう。」
「そんな、ラーシュが―――まさか。」
いつも自信に溢れ、強引なラーシュが・・・と、フェニキスは驚く。
「皆、好きな人のために喜んだり苦しんだり。忙しいことですよね。」
そう言って微笑むオクタヴィアが、フェニキスには眩しく映った。

オクタヴィアの部屋から出てきたフェニキスを認めて、ラーシュは酷く驚いていた。
『なんでオクタヴィアの部屋から小僧が出て来る!?』
フェニキスは可愛い顔をしていようが、一応男だ。
まさかオクタヴィアと・・・
などと恐ろしい考えが浮かんでしまう。
『なに馬鹿な事考えてんだっ』
慌ててそんな不埒な考えを吹き飛ばし、少年へと歩み寄る。
「オイ、小僧・・・さっきは、その―――」
じっと見上げるフェニキスの大きな瞳にどぎまぎしつつ、ラーシュは言葉を探した。
『妬いてたのか?』・・・ダメだ、これだと怒りそうだ。
『俺の許可無しに離れるんじゃねえ!』・・・って俺はコイツの亭主か!
などと言葉を探すが、見つからない。
唐突に、フェニキスはラーシュの背中に腕を回し、思い切りしがみつく。
そうして、ぽかんとしているラーシュに、小さな声で胸元で囁いた。
「僕の初恋の相手って、誰だと思う?」
「・・・知るかよ。」
少し不機嫌な声でラーシュは答えた。
子供のような態度に、フェニキスは笑みを浮かべる。
「はじめて好きになった人って、凄く特別だよね。」
フェニキスが珍しくも、意味深に笑う。
その笑みにラーシュの顔色が変わった。
両腕が翼のように大きく広がり、フェニキスの身体を捕らえる。
「うわ!?」
「誰の事を言ってやがるんだ!?」
痛みを感じるほどの強い抱擁に、フェニキスは思わずじたばたと暴れる。
しかしそんな抵抗は、ラーシュの前では無駄な事だった。
「てめえまさかレナが好きだって言うのか!」
「ち、違うって!」
「お前の初恋ってのは誰だ!?幼なじみのレナか?言いやがれってんだ!」
「ラーシュだよ!」
「・・・は?」
「ラーシュに決まってるじゃないか!!バカ!」
青い銀髪を一束掴んで、引っ張りつつフェニキスは叫ぶ。
「初めてだったんだ、こんな気持ちになるなんて!」
「小僧・・・」
「すぐそうやってガキ扱いばっかりして、僕を困らせて・・・」
小さく呟く胸元の声に、ラーシュは腕の力を少し弱めた。
「俺が、はじめての相手か。」
「はじめて好きになって、はじめて抱きしめられて・・・はじめて、された。」
「フェニキス・・・」
「レナも確かに好きだけど、ラーシュとは違うんだ。」
独占したい、なんて初めての気持ちだった。

「オラオラ、通行の邪魔だ。どけよ。」
呆れ顔のニックが、邪魔なものを払うように手をヒラヒラさせている。
「――!!」
瞬時に真っ赤になって、フェニキスはラーシュから飛び離れた。
「まったくお前ら飽きねぇのかよ、いつでもどこでもイチャつきやがって。」
「き、ニック!!」
全く動じていない少女は、二人の脇を通り過ぎてゆく。
ラーシュは流石にばつが悪そうな顔で、髪を掻き上げている。
「そういえば、な。」
くるりと振り向いたニックが言葉を続ける。
「オレを育ててくれた姉ちゃんが言ってたんだけどよ―――
『幼なじみとの恋が成就する確率は低い。』らしいぜ。」
「・・・・・・!」
「その姉ちゃんも、そうだったんだとさ・・・変なことばっか覚えてんな、オレも。」
幼い頃の思い出で、なぜか印象に残っていた台詞だ。
余程何度も聞かされたのだろうか。
「だから安心しろよな、ラーシュ?」
にんまりと笑ったニックが、からかいを含んだ瞳でラーシュを見やる。
「て、てめえっ!聞いてやがったのか!?」
「聞こえるもクソもねえだろ。そんなバカでかい声でイチャつけば、船の外にでも聞こえるぜ。」
ラーシュはぐうの音も出ないで、ニックを睨んでいる。
「い、イチャつくって―――」
「自覚がねえ、なんて言ったら殴るぜ。フェニキス?」
「!!」
「オレは腹が減ってんだ。じゃあな!」
言い終えると、ニックは風のように去ってしまった。

その瞬間、腕が引かれてしまう。
ラーシュがフェニキスの腕を掴んで、歩き出す。
「ラーシュ?」
「部屋に行くぞ。」
前を向いたまま、そっけなく言い放つ。
しかし、腕を握る手の力は痛いほどに強い。
「まだ部屋に戻るには早いと思うけど。」
「うるせえ。」
だいたい、この天下無敵号の部屋といえば、ベッドしか置かれていない狭い部屋なのだ。
ラーシュの意図を察して、フェニキスの頬が少しだけ赤く染まった。
恥ずかしさに俯いて、よろよろとラーシュについて行くしか出来ない。
扉の前でラーシュはピタリと足を止め、ようやく振り向いた。
「30分でいい。おまえを俺の自由にさせろ。」
そんな乱暴な言葉に胸がときめいたりするのだから、かなり重症だとフェニキスも思った。
もっともっと、一緒に。
誰よりも長く、そう願っていた。

『30分じゃ、足りないよ・・・』
胸の中で、こっそり呟いたフェニキスだった。

2007/02/27 To be continued....

 

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