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母子倶楽部



前編-Sideアユコ

「うああぁぁァァ!!」
  やっちまった、やらかしてしまった。
  俺はもう小六、半年後には中学校に上がってしまう年だというのに、
何てことをやってしまったのだろうか。
こんなものを見られたら、中学生になるどころか保育園に戻されるかもしれない。
いや、下手をしたら赤ん坊まで逆戻りして人生やり直しか。
  廊下を走る音が聞こえてきたので、俺は慌てて布団に潜った。
こんなもの、母さんには絶対に見られる訳にはいかない。
ここまで俺を育ててくれた母さんにこんな失態を見られるのは、
男タカヒロ(先日十二歳)の沽券に関わることだ。
「どうしたの、タカヒロちゃん!?」
  ドアを勢い良く開き、母さんが部屋に飛び込んできた。布団の隙間から様子を窺えば、
本気で心配しているのが表情で分かった。だからこそ、見られる訳にはいかない。
「何でもないから心配しないで!!」
「で、でも」
「母さんは朝御飯の準備をしてて、俺は大丈夫だから」
  母さんの目付きが変わった、普段の穏やかなものから俺に説教をするときの鋭いものに。
可愛いらしく腰に手を当て、俺の元へ大股で近付いてくる。
「母さんじゃなくで、アユコお姉さんでしょ?」
  そっちかよ。
  母さん、もといアユコお姉さんと俺は親子だが、実は血が繋がっていない。
まだ小学校の低学年の頃に、孤児院に居た俺を養子として引き取ってくれたのだ。
アユコお姉さんは児童向けの絵本作家で大の子供好きだったということと、
作品作りの為には身近に子供が必要だったというのが理由らしい。
そんな理由があるせいか少し過保護なところがあるが、俺にとっては良い母さんだ。
因みに本人曰く永遠の十八歳らしく、さっきのようにアユコお姉さんと呼ばずに
母さんと呼ぶととても怒る。
実はもう三十代半ばで、しかも旦那さんが居ないので少し焦っているのかもしれない。

「で、どうしたの?」
  言わないと、いけないんだろうなぁ。
  どうせ学校に行っている間にバレると思って、開き直ることにした。
「ごめん、アユコお姉さん。おねしょ、しちまった」
  あぁ、恥ずかしい。穴があったら入りたい、という諺を昨日授業で習ったけど、
まさか今日いきなり使うことになるとは思わなかった。幾ら何でも穴に入りたい奴なんて
居る訳ないよな、なんて友達と笑っていたけど、それは間違いだった。居る、ここに居る。
小六にもなっておねしょをしてしまった恥ずかしい男の子は、穴に入りたいと必死に思う。
  何故かアユコお姉さんは怒らなかった。いつも通りの優しい笑顔で、ゆっくりと布団を下げていく。
抵抗したけど所詮は子供の力、大人には勝てずに問題の部分を見せることになってしまった。
あまりの恥ずかしさに、泣きたくなってくる。
「あれ?」
  おかしいな、布団が濡れてない。パンツは濡れてガビガビになっているのに、
ズボンもあまり濡れていなかった。それに何だろう、この匂いは。何だか生臭くて、変な感じだ。
  首を傾げていると、アユコお姉さんは俺の頭を抱き締めた。

「大丈夫、これはおねしょじゃないの」
  不思議そうに見上げてくるタカヒロちゃん、何て可愛いんだろう。
「病気?」
「それも違うわ」
  これはもっともっと、とっても素敵なこと。この匂い、少し嗅いだだけで頭がくらくらとして
お股が熱くなる。私だけのタカヒロちゃん、もう立派な大人になったのね。
「これはね、精液、って言うのよ」
「精液?」
  そう、精液。男の人が子供を作る為の大切な種、これは大人の証。タカヒロちゃんが、
体が大人になったって教えてくれる幸せの印。そう伝えると、恥ずかしさの中に少しだけ
誇らしげな表情を浮かべて私を見上げてきた。何て可愛いんだろう、食べちゃいたい。
「ここは私が片付けるから、早くご飯を食べなさい。そろそろエミリちゃんが来るわよ?」
  タカヒロちゃんは頷いて着替えると、キッチンに向かっていった。
「とうとう、この日がやってきたのね」
  タカヒロちゃんが大人になった日、そして同時に私が子供を授かることが出来ることが決定した日。
あまりの嬉しさに、にやけた顔が戻らなくなる。タカヒロちゃんが居たときに、
こんなはしたない表情を出さなかった自分を誉めてあげたい。
そのご褒美はやっぱりタカヒロちゃんのパンツかしら、脱ぎ捨てられたパンツを鼻に当てると
たまらない匂いがしてきた。
下着の上をなぞると、まだ触ってもいないのにぐちゃぐちゃに濡れている。
「あは、もっと」
  思いっきり吸うと、また蜜が溢れてきた。
「凄い、匂いだけで妊娠しちゃいそう」

 でも、それは駄目。やっぱり妊娠するならタカヒロちゃんのおちんちんで子宮を突かれ、
奥にたっぷりと濃い精液を出して貰って、それから子供を授かりたい。
その後も、何度も何度も妊娠していても中で出してもらいたい。
「あは、出しすぎぃ」
  いけない、その光景を想像しただけで軽くイっちゃった。
  それもこれも、全てはタカヒロちゃんが可愛すぎるせいだ。
  初めて会ったとき、私は全身に電流を流されたような衝撃を受けた。完全な一目惚れ、
この子は正に運命の相手だと理解した。当時はまだ幼かったけれど、その存在が私の心を鷲掴みにして
離さなかった。サラサラの黒髪に、小さな手。
それに私を見上げる純粋な瞳がこちらを見上げてくる度に、年甲斐もなく心をときめかせてしまった。
  次に抱いたのは恐怖。他の雌豚に貰われやしないか、薄汚い屑虫に無垢な心を
汚されてしまうのではないか、そんな想像が頭の中を支配した。この子は私が守らなきゃいけない、
そう決心した私は次の日には養子の手続きを終えていた。
  頑張って守った甲斐もあってか、タカヒロちゃんは世間の汚れを知らない、
綺麗なままに育ってくれた。私を慕い、頼ってくるときの目といったらもう、堪らないものがある。
「うふふ、待っててね」
  今夜は御馳走、そしてデザートは。
  楽しみだわ、本当に楽しみ。
  困ることなんて、何もないもの。私に任せてくれたら最初から最後まで全部しっかり、
文字通り手取り足取り教えてあげるから。だから何の心配も要らないの。
「うふ、ふふふふふ」
  愛してるわ、タカヒロちゃん。

中編 -Sideエミリ

 ゴミをまとめて机を綺麗に並べて、漸く掃除が終わった。
明日の一時間目は図工なので机が重かった、アユコお姉さんが一仕事を終えたときみたいに
背伸びをすると、なんだか気持ち良い。それを少し年寄り臭いと冗談で言ったりするけれど、
普段こうしている訳が少し分かったような気がする。これは結構癖になりそうだ。
「タカヒロ」
  腕を伸ばしたまま体を捻っていると、誰かに肩を叩かれた。
「ん、何?」
  振り向けば、口の中に何か細長いものが入ってきた。
「うわ、汚い。やめてよね」
「そっちこそ悪戯すんなよ」
  恨みがましい目付きで指先を拭っているエミリに文句を言うと、凄い目で睨まれた。
去年から伸びていないらしい小さな体だけど、妙に迫力があって恐ろしい。
けど俺の口に指が入ったのは事故だし、そもそも悪戯をしてこなければ指を食べるなんてことにも
ならなかったと思う。だから俺は絶対に悪くない。
  そう思うけれど、
「何よ?」
「う、ごめん」
  つい謝ってしまった。
「それより、タカヒロこれからヒマ? ヒマよね?」
  だったらさ、と言いながら顔を赤くしてエミリは俯いた。
何故かエミリはいつも意味が分からない悪戯を仕掛けてきたり無意味に怒ってきたりするけれど、
たまにこんな風に妙にしおらしい仕草をするときがある。
もじもじと内股で体をくねらせて、綺麗な金髪を指でいじっているときは何かを言いたいときの癖だ。
  いつもなら少しくらいは待つけれど、今の俺には時間が無かった。

「ごめん、急ぐから」
「何でよ?」
  何で、と言われても返答に困った。俺が急いでいる理由は、今朝の不思議なものの説明を
早くアユコお姉さんに聞きたかったからだ。他のものなら堂々と言うことが出来るけど、
さすがにちんこの先から出てきた変な液体のことは話せない。特別なものだってことは
朝に聞かされたし、言ったら駄目だとなんとなく思ってしまった。変態扱いされそうだし。
  黙っていると、エミリは勢い良く顔を上げた。目はさっきよりも鋭くて、
あまりの恐怖に一歩下がってしまう。腰が机に当たって転んでしまった、肘を強く打って腕が痺れる。
「何よ、そんなにあたしと遊びたくないの?」
「いや、そんな訳じゃ」
  エミリは女子だけど、他の友達よりも遊ぶのが楽しい。今日だって朝のあれが無かったなら、
一緒に遊ぼうと思っていた。けれど今は、大人の出す精液とかいうものの方が興味深いものだった。
それだけなのに、エミリは今にも殴りそうな目をして睨んでくる。
「今日は、アユコお姉さんと約束があるから」
「このマザコン!」
  ま、マザコン!?
「そんなにお母さんと一緒に居たいの? だったらマザコンよ、マザコン。
あんたはもうタカヒロじゃなくてマザヒロよ! もう良い! 帰る!!」
  友達を掻き分けてエミリはずんずんと歩き、教室から出ていった。
「ま、待てよ」
「着いてこないで!!」
  帰る方向は同じなのに、そう言われても。
  どうすることも出来なくて、俺は呆然としてしまった。

 マンションまで残り半分、といったところで振り向いた。
もしかして、と思ったけれどタカヒロの姿は見えない。
その事実にあたしは肩を落として溜息を吐いた。
「また、やっちゃった」
  どうして毎回こうなっちゃうんだろう、自分の馬鹿さ加減に悲しくなってくる。
「大好きなのに」
  それなのに、ついムキになってしまう。相手は他の女子じゃなくてお母さんだ、
好きは好きだろうけれどタカヒロが持っている気持ちは親子のそれだ。
タカヒロがよっぽど馬鹿とか変態じゃない限りは恋愛とかそんな不潔な方向に進むことは
無いと分かっているのに、それでも気になってしまう。
親子の仲が良いのは良いことだと思うし、孤児院で育ったとあたしは知っているから
家族に対する想いが強いのも分かっている。
  けど、もう少しあたしを見てくれても良いんじゃないかな、とも思う。
  タカヒロにマザコンと言ったのは悪かったと思うけど、でもそれは間違いじゃない。
「そうよ、いつもいつも」
  思い出して、少し腹が立ってきた。さっき自分で仕方ないと思ったばかりだというのに、
その考えもどこかに消えてしまう。頭に浮かんだタカヒロの笑顔が、もっとあたしをムカつかせた。
いつもそうだ、あいつは笑顔でアユコさんの話をしているし、あたしと用事が被ったときにも
アユコさんを優先させる。そんなに好きなの、と訊いたことがあったけど、
そのときも腹立たしいことにあいつは笑顔で答えてきた。
あたしはそれのせいで、いつも二番目になっている。男子より仲が良いのは嬉しいけれど、
「複雑だわ」

 女(あと二ヶ月で十二歳)としては、例え相手が好きな人のお母さんであろうとも負けるのは
気に入らない。あんな年増に負けては、この浜口エミリの名が廃るってもの。
  今のままだと駄目だ。
「よし、仲直りしよう!!」
  ついでに告白もしちゃったり、恥ずかしいけどチューもしちゃったり。
この前テレビでやってたみたいに鬼嫁になって、あの年増からタカヒロを守ったり。
でも、アユコさんが鬼姑だったらどうしよう。
普段は優しかった人が、結婚をした途端にそうなるってテレビに出てた奥さんが言っていた。
アユコさんも毎日にこにこしているけど、もしかしてそうなのかな。
お味噌汁の塩味が濃いわよ、エミリちゃん。塩分過多で殺すつもり!?
  とか、窓枠を指先でこすって、掃除がきちんと出来てないわよ、エミリちゃん。
ハウスダストで殺すつもり!? とか言われるんだろうか。考えたら、少し気分がへこんでしまった。
  でも、
「タカヒロが、守ってくれるよね?」
  そんなことを考えている内に、気付けば家の前まで来ていた。あたしの家は401号室、
タカヒロの家はすぐ隣にある。後は数十cm離れたチャイムのボタンを押せば準備は完了だ。
タカヒロが出てきたら、いつもみたいに謝って明日からまた一緒に遊べる。
さっきの妄想は何だか恥ずかしいから、まだ良いや。あたしもタカヒロも、まだ子供だし。
  響く足音。
「あら、エミリちゃん」
  ドアを開いて出てきたのは、少しがっかりしたような表情のアユコさんだった。

Sideアユコ

「どうしたの? タカヒロちゃんはまだ帰ってないけど」
  あぁタカヒロちゃん、いつ帰ってくるんだろう。早く帰ってきてほしいのに、
せっかく御馳走を作って待っているのに。一秒が一時間に感じられる程に、心が狂おしい。
「ところでそれ、何ですか」
「あら嫌だ、私ったら」
  慌てて手に持ったパンツをポケットに入れると、笑みを浮かべた。
「お掃除してたんだけど、恥ずかしいからタカヒロちゃんには黙っててね?」
  ごめんね、タカヒロちゃん。本当はこれで気持ち良くなってたの。自分でも驚いたわ、
まさかご飯の用意する以外はずっとオナニーしてたなんて。チャイムが鳴った後で時計を見て、
こんなに時間が経っていたなんて思わなかった。
「あの、タカヒロだけじゃなくて、アユコさんにもお話があるんですけど」
「何かしら?」
「あの、あんまりタカヒロにベタベタすんの良くないと思います」
  今、この娘は何を言ったのかしら。最近年のせいか、すっかり耳が遠くなって。違うわ、
私はまだ若いもの。戸籍の上ではもう34歳だけど、精神的にはまだ十八だし、これからも
十八だし。シャワーを浴びても辛うじてだけど水を弾くし、メイクの乗りも悪くないし、
とにかく私はきっとまだまだ若いわ。更年期障害とは、きっと無縁の筈!!!!
  一瞬で壊れかけた笑みを直すと、エミリちゃんに向き直った。
「どうして?」
「小六にもなって、ベタベタするのは駄目だと思います」
  黙れ糞餓鬼。
  よっぽど張り倒してあげようかと思ったけれど、腕を組み、肘を掴んでやりすごす。
「このままだと、本格的なマザコンになります!!」
「良いじゃない、最近の家族を蔑しろにする子供よりずっと良いわ」

 少し腰を屈めて目線の高さを合わせ、目を覗き込むとエミリちゃんは言葉を詰まらせた。
やっぱり子供ね、テレビでも見て覚えた言葉を使ってみたかったのかしら。
少しおませな頃は私にもあったもの、なんとなくエミリちゃんの気持ちも分かるわ。
そうだ、今の作品は少し背伸びをしたがる女の子のお話を書いてみようかな。
  さっき怒りかけたのが馬鹿みたい、私はエミリちゃんの頭を撫でると玄関のドアを開け
背中を軽く押した。タカヒロちゃんもエミリちゃんが来ると喜ぶし、外で待つのも寒くて大変だろう。
そう思ったけれど、何故かエミリちゃんは動かなかった。
「どうしたの?」
「ちょっとタカヒロと喧嘩したんですけど、早く謝りたくて」
  良い娘ね、と思う。
  それに、と言いながらエミリちゃんは俯いて、顔を赤く染めた。
内股になって、前髪をくるくると指先でいじっている。
タカヒロちゃんに聞いた話だと、何か言いたがっているときのサインらしい。
それを思い出して私は顔を覗き込み、
  殺意が沸いた。
  そうね、そうよね。今までは子供だと思って油断していたけれど、
小学六年生になれば充分に大人だわ。何で気付かなかったのかしら、こんな近くに雌豚が居たことに。
エミリちゃんの顔は、まさしく恋する乙女のそれだった。
貧相な体を使い天使のようなタカヒロちゃんを誘惑しようとする、薄汚い悪魔の表情。
絶対に許せない、生かしておけない。
「大丈夫よ、エミリちゃん」
  私は笑みを浮かべ、
「死んだら、喧嘩とか関係無いから」
  細い体を、突き落とした。

 エレベーターから出ると、待っていたのかアユコお姉さんがこちらに振り向いた。
「おかえりぃ、タカヒロちゃん!!」
  何だかよく分からないけれど、とても機嫌が良さそうだ。最近スランプ気味だと言っていたけれど、
それが解消されたんだろうか。にこにこと笑って、軽い足取りでこちらの方に近付いてくる。
その笑顔を見ていると、エミリと喧嘩をしたことを忘れてしまいそうだ。
「アユコお姉さん、エミリ見た?」
「ん? 知らないけどどうしたの?」
「何でもない。それよりさ、さっき凄い音がしたけど何だった?」
  何だか肉が潰れたような、鈍い嫌な感じの音だった。
「何か、下の橋本さんのお爺ちゃんが赤がどうとか毛沢東がどうとか叫んでたわよ」
  またあの爺さんか。基本的には良い人なのに、飛行機の音とかがする度に第二次の記憶を思い出して
竹槍を振り回すんだよな。それさえなければ飴もくれるし、結構好きなのに。
やっぱり、年を重ねるのは残酷なことなんだな。
「まぁ良いじゃない、いつものことだし。それより今夜は御馳走よ?
  タカヒロちゃんが大人になったお祝い、デザートなんかとっても豪華よ?」
「マジで? よっしゃ!!」
  やっぱり大人になるって良いことだな。
「それで、エミリちゃんがどうしたの?」
「何でもない」
  悪戯っぽい目をして頭を撫でてくるアユコお姉さんに、俺も笑みを返す。
  明日はエミリと、しっかりと仲直りしよう。

2007/02/23 To be continued....

 

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