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嫉妬プログラム



1

「はぁ〜〜〜、暇だぜぇー。クーちゃん、どこか出かけない?暇潰しにさ。」
「その意見には賛成しかねます、マスター。いつ依頼の電話がかかってくるかわかりません。
  それに私はクーちゃんではなく、CODE-クロッカス・5030です。」
「あーあーはいよ、わかったって、クーちゃん。」
  2101年、新世紀になったとはいえ、相変わらず暇だった。別に無職ってわけではない。
職にはついているが、その職が暇なのだ。
「はぁーぁ。」
  あまりに暇なため、ソファーにねっころがりながら、胸ポケットから名刺を取り出す。
たくさん作ったは良いが、使う機会がなくて腐りそうだ。
『なんでも屋・水谷賢哉』
  そう、名刺に書いてあるように、なんでも屋をやっている。二十二歳にもなってなんでも屋ってのは
考え物だが、自分でなりたくてなったわけじゃない。
  あのクソ親父が変な遺書を残したからだ。『私の経営するなんでも屋を継ぐこと。』と。
この世界にとって、遺書というのは最重要事項になる。
  もしそれに反すると、特A級犯罪……よくて無期懲役、へたすれば死刑にまでなる。
とんでもない法律があったもんだ。

「ひ、ま、だ。」
「マスター、今ので通算二百九回、本日十回目の暇だ、の発言です。」
  顔色変えず、冗談だか本気だかのつっこみをいれたのが、さっき自分で名乗ってたように、
『CODE-クロッカス・5030』という。
  いわゆるアンドロイドだ。俺がここを継いだときに雇ったのが彼女だ。C
ODE-クロッカスというのは、そのアンドロイドの仕様タイプだ。
  クーちゃんことクロッカスは事務タイプ。他にもスズランが家事タイプ、
ゲッケイジュが戦闘タイプ、カトレアが……売女タイプだ。
  最後のソレを買いたかったが、残念。クーちゃんに財布を握られているし、
酷く冷たい目で見られたから断念した。
  まぁ、さすがは事務タイプというだけあって、そこらへんのことは完璧。
お金のやりくりまでみんな任せてある。
「しかし、本気で暇だな。こう、ドーンと一回で丸儲けができるような仕事が……」
プルルルルル……
「マスター、お電話です。」
「キタヨー!」
ガチャ
「はい、こちらなんでも屋、水谷賢哉。あなたの依頼なら、殺人、強盗、誘拐。
  法に触れること以外ならなんでも行います。」

「あ、ああ……その、依頼する前に聞きたいんだが、ここにある、依頼人の素性にいては
  いっさい知らせなくていいというのは本当か?」
「ええ、本当です。」
  町中に貼ったビラに書いてあることだ。電話先の相手は、初老かそれより少し若い男性だ。
「そ、そうか。それで、依頼についてなんだが……」
  緊張か恐れか、声が震えている。チラとクーちゃんに目を配ると、無言のままコクリと頷く。
依頼人の素姓は知らせなくていいというのは半分嘘で、
電話番号から相手の名前だけは調べることにしてる。
「それでは、依頼の方を。」
「ええ、実は……私の娘が誘拐されてしまいまして……なんとかして助けて欲しいのです。」
「誘拐、ですか?それはまた……」
  誘拐というだけで、なんとなく依頼人がわかってきた。
本来ならこういったことは警察に言うべきだ。
それをなんでも屋に依頼したとなると、警察には知られたくないということだ。
この街でそんな人間は……
ピピッ
(お?)
  丁度クーちゃんから俺のパソコンへと依頼人のデータが送られた。北原清三、五十四歳。
北原アンドロイドメーカーの社長だ。そのシェアは全アンドロイドの半分を占めるという。
クーちゃんもこの社製だ。

 だがこの馳馬清三、相当悪どいことをして今の地位を手にしたらしく、
警察にも目をつけられているという噂も聞く。
警察に弱みを握られたくないために、俺の方に依頼してきたのだろう。
「はい、それでは娘さんがいなくなった時のことを詳しく……」
  電話で話を聞きながらも、それなりに犯人の目安をつける。データからすれば二つ。
まず一つ目は、同じアンドロイドメーカーの西川社社長、西川巧。
  ここもかなりの大手だが、どうしても北原社には劣る。いわばライバル同士なのだ。
それ故、互いに潰し合いをしており、それに娘が巻き込まれたという線。
  もう一つは、またまたアンドロイドメーカーの元社長、東甚助。こちらは他の二社とは違い、
とても小さな会社だった。それを北原社長による圧制により、多額の借金を背負って倒産したという。
それによる恨みのためか。
  まだこの二つに決まった訳ではないが、これを中心に調べていくことにしよう。
「はい、それではお任せください、ただちに調査に取り掛かります……はい……はい。」
ガチャン
「いよっし、クーちゃん、待ちに待った依頼だ!早速、調査に出かけるぞ!」
「了解しました、マスター。では、準備を。」
  久々の依頼に意気揚々と飛び出す俺とクーちゃん。
だがこの事件がとんでもないことになっていくとは、この時は知るよしもなかった……

2

「あちぃー、この炎天下を歩くのはやっぱり無謀だったなぁ。」
「マスター、自動車の購入を提案します。
  それにより、仕事の効率が現在より40%向上すると思われます。」
「んー、車、ねぇ。別にこの街の外まで仕事しないし、必要ないさ。それに、そんな金があるなら、
  カトレアタイプのアンドロイドでも……」
「マスター、それを購入した場合、仕事の効率が50%低下すると思われます。
  そのため、カトレアタイプの購入は反対です。」
「相変わらずその反応は早いね。」
  普通、アンドロイドはマスターの言うことには絶対に従うようになっているのだが、
この件に関してはクーちゃんは決して賛成しない。バグでもあるのか?
「クーちゃん、稼働テスト、開始。」
「了解しました、マスター。主電源オフ。」
  クーちゃんの主電源が一度落ち、再起動する。テストモードは起動時にしかできないからだ。
「……メインOS、クリア……各種体感センサー、クリア……ジェネレータ、クリア……
  関節部分、クリア……プログラムタイプ『クロッカス』、正常稼働……ウイルスチェック……
  現在、ウイルスによる汚染はありません。テスト終了、オールクリアです。」

「大丈夫なんだよなぁ。まぁ、クーちゃんは新世代アンドロイドだからな、
  人間に近い感情プログラムがはいってるらしいし……気にすることもないか。」
「おはようございます、マスター。」
「おう、おはよう。」
  毎回起動する度におはようと言うのは仕様らしい。
さて、仕事しますか。まずは聞き込みからかな……

「了解しました、マスター。主電源オフ。」
  この瞬間が、一番悲しい。マスター、あなたのことが見えなくなるから。
たとえ電源が落ちても、マスターの記録はバックアップされる。でも、マスター。
あなたが見えない。そのことが何よりも悲しい。記録にもないデータが私をかき乱す。これは、何?
「メインOS、クリア」
  マスターとの記憶が蘇る。
「各種体感センサー、クリア。」
  マスターの発する温もりが伝わる。マスターの凛々しい笑顔が見える。
マスターの優しい声が聞こえる。マスターの甘い匂いがわかる。私の音声がマスターに伝わる。
「ジェネレータ、クリア。」
  申し訳ありません、マスター。これは嘘です。
マスターが側に居るだけで、感じるだけで、この機能は正面に稼働しません。
「プログラムタイプ、『クロッカス』正常稼働。」
  マスターがタイプカトレアを購入したいという度に、私は……「怒り」しか感じません。
私以外のアンドロイドを雇うなんて、おやめください……
  マスターのお望みとあらば、カトレアタイプに換装いたします。
ですからマスター、いつまでも、私をあなた様のお側に。

「ウイルスチェック……」
  マスター、あなたがアンドロイドのカタログを見るたびに、女性から依頼の電話がかかるたびに、
大きくて黒い、バグが生じます。
  恐らくこれは、どんなことをしても消えることはないでしょう。
  依頼の電話は、あらかじめ私の内部通信に受信、電話番号を確認。
ネットワークに繋ぎ、その発信者を調べます。そしてそれが女性だった場合、毎回切っています。
  ご存じないのですか?ネット上では、マスターの人気が高いということを。
ですから決して、女性からの依頼は受けません。
「現在、ウイルスによる汚染はありません。テスト終了、オールクリアです。」
  毎回起動するたびの、マスターとのこの挨拶が、私にとって何よりも大切で、うれしいのです。
「おはようございます、マスター」
「おう、おはよう。」
  マスター、あなたとならば、いつまでも、どこまでもついていきます。ですから、私を、
『裏切らないでください』

3

「で、だ。クーちゃん。依頼人の娘さんについての情報は?」
「はい。被害者の女性の名前は、北原彩音、今年で十七歳になります。
  学校においても人気があり、交友関係も広かったようです。」
「うん。」
「彼女が失踪した当日のことですが……彼女は塾に通っており、
  その日も塾の教室に行っていたようです。」
「塾の教室?今時珍しいね。ネットによるパソコンの通信塾が流行ってるのに。」
「はい。彼女はあまり家に居るのが好きでないらしく、この塾も自分から親に頼んだとのことです。」
「へぇ。それで?その日も教室には顔を出したの?」
「はい。学校から一旦家に戻り、家政婦に一声かけてから出かけたそうです。
  それから塾の方でも普通に授業を受け、帰ったそうです。
  いつもなら夜九時には帰って来るそうなのですが、その日は……」
「帰ってこなかった、か。んー、家族関係から聞けるのはそれぐらいが限度か。
  後は地道に聞き込むとしますか。」
「マスター。まずは塾のある建物まで行くことを提案します。」
「そうだね。そこから家まで辿ってくのがよさそうだ。」

 それから歩くこと数十分。俺とクーちゃんはその塾とやらに着いた。一見普通の家なのだが、
玄関に『石田塾』と、まぁなんとも平凡な看板が掛かっている。
「ここ?結構広いとおりにあるんだね。」
  ちょうど商店街を抜けた先の住宅街に、その石田塾はあった。ここから北原宅に向かうには、
商店街を通ることになる。
「それじゃ、とりあえず商店街の人達に話を聞いてみよう。」
「マスター。私は女性から話を聞きますので、マスターは男性から話を聞いてください。」
「え?なんで?俺だって女の子と話した……」
「このような聞き込みの際、異性よりも同姓の方が会話が円滑に、
  それにより効率的に進むと思われます。また、マスターの場合、女性と会話すると
  雑談の方が長くなるため、効率が30%ほど低下すると思われ……」
「わ、わかった!わかったら!女の人には話しかけないよ!男の人だけにします!」
  クーちゃんが話す度に目が赤くなっていき、ついストップをかけてしまう。暴走するんじゃ?
というぐらい、首元から蒸気も吹き出していた。 どうして女の子が絡むと命令無視するのかなぁ。

「はい、どうも。ありがとうございました。」
  一通り商店街の店の人に聞いてみて、クーちゃんと合流し、互いの情報を聞くと、
共通してわかることがあった。
「この北原彩音って子、だいぶ有名みたいだな。いっつもこの塾に行く時、
  商店街の人達に挨拶して歩いてるんだってさ。」
「そのようですね。お年寄りから若い人まで、皆さんに愛想良く振る舞っているそうです。」
  失踪した当日も、行く時はみんな挨拶した覚えがあるというのだ、が。問題は帰りの時。
商店街は途中でL字に曲がっており、その曲がり角から塾に向かう通りではお店の人は
みんな挨拶したという。
  それとは逆に、北原宅へ向かう通りでは誰一人挨拶した覚えが無いと言う。
「……となると、この曲がり角で何かあったってことか?」
「恐らくそうでしょう。ですが、ここで何者かに襲われたとしたら、
  叫び声を聞いた人がいるはずです。」
  確かに、この曲がり角には店が無い上に見通しも悪いため、見た人がいないとしても、
女の子が叫べば聞こえる距離に店はある。
「という事は……」
「ここが怪しい、ということになります。」
  俺とクーちゃんは、曲がり角から繋る、狭い裏路地に目を向けた……

4

「あれ?行き止まり?」
「そのようですね。ここまで一度も分かれ道はありませんでした。」
  しっかり調べながら来たが、ビルの入口や怪しい場所は一つもなかった。
「うーん、ここは違ったのかなぁ。また最初からやり直し……うわっ!?」
「マ、マスター!大丈夫ですか?お怪我は?」
  帰ろうと振り返ると、何かにつまずいて思いっきり転んでしまった。
  クーちゃんにしては珍しく、言葉が詰まり気味になる。
「うん、大丈夫だから。そんなに気にしなくても……」
「いいえ、じっとしてください、マスター。念のために、医療キットを持参してきました。
  怪我をした部分をお見せください。」
「だ、だから大丈夫!ちょっと擦りむいただけだし……」
「いいえ、そこから悪化して行く可能性もゼロとはいえません。」
「ちょっ!?」
  これまた強引に腕を引っ張り、擦りむいた腕に手当てを始めるクーちゃん。ああ、くそぅ。
  いい歳してこんなことされるなんて恥ずかしい。
「もう少し自分の体を大切にしてください。自分だけの体ではないのですから。
  ……はい、これで大丈夫です。」

「う、うん。ありがと。」
  腕には一枚の絆創膏がピトっと貼ってあった。はたしてこれを治療と言うのかは疑問だが、
  黙っておこう。
「それにしても何につまずいたんだ?」
  自分が転んだ場所を振り返ってみると、マンホールが少し外れて浮いていた。
「ああ、これに引っ掛かって転んだ……って、あれ?なんで外れてんだろ?こんなとこ……」
  マンホールに書いてある文字を見ると、どうやらこれは旧下水道のものらしい。
  一昨年、この街の下水道はすべて一新され、この旧下水道はそのまま放置されている。
  それが黒い組織のアジトになってるだとか、地球外生命体の巣になっていると言う噂が
  ネットで流れているが、まぁそのほとんどがデマなわけだが。
「……誘拐犯が篭るには良い場所かもしれないな。」
「入ってみますか?マスター。」
「そーだね。なんか見つかるかもしれないし、戻ってもまた最初からだし……クーちゃん、
  この下水道の地図、ダウンロードできる?」
「はい、了解しました。」
  目をつむり、衛星から地図をダウンロードするクーちゃん。少し時間がかかりそうだ。

「さて、先に開けておくとするか。」
  少しずれた所に指を入れ、マンホールの蓋を持ち上げる。思っていた以上に重く、
ズルズルと引きずりながらずらしていく。……自分の筋力が意外と無いことに驚きだ。
「ふぅ……ん?」
ピリリリリリ……
  携帯が鳴った。見てみると、依頼人の北原氏からだった。
「はい、もしもし?」
「あ、ああ、君か?実はな、犯人から電話があったんだ。」
「え?本当ですか?内容は?」
「会話内容は録音した、君のアンドロイドの方に送っておく。……よろしく頼む!」
  それだけ言って切ってしまう。犯人から電話があったというのにいやに冷静だな。
「マスター、北原氏よりデータが送られてきました。再生しますか?」
「うん。」
「では、再生します……」
ピー
『北原清三か?お前の大切なものは預かった。
  返してほしければ一千万円を明日の夕方までに用意しろ。さもなくば、お前の大切なものは壊す。』
ピー
「はあ!?それだけなの?……なんというか平凡というか陳腐というか……
  ドラマや小説からそのまま取ったような脅迫だなぁ……」

「変声機を使っていたようですが、できる限りノイズを消してみますか?」
「ああ、頼む。」
「了解しました。」
『北原清三か?お前の……』
  しかしこうしてみると、クーちゃんによる仕事への恩恵はでかい。
クーちゃん無しではろくに仕事も出来ないだろう。……俺って役立ってるのかな?
「以上です。どうでした?マスター。」
「ん?ああ、声が女の人みたいだったね。まだ完全にノイズが取れてなかったけど。
  ……ま、ここにいても仕方ない。下水道にいってみるか。」
「あ、あの……マスター?」
  いざゆかんと梯子に足を掛けたところに、これまた珍しくクーちゃんが困った顔をして聞いてくる。
「なに?」
「もし……犯人が女性の場合……相手が反抗したら、取り押さえたりするわけですよね?」
「そりゃまぁね。ぼーっとしてやられるわけにもいかんでしょ。
  大丈夫だよ、それなりに戦えるから。」
「いえ、それはなりません、マスター。その場合は私が代わりに戦いますので。」
「いや、それはちょっと。さすがに女の子に戦わせるのは男としてまずいしね、」
「で、ですがっ!マスターが他の女の人に触るぐらいなら私が……」
「はいはい、いきますよー。」
「マスター!!」
  なんか長くなりそうなので、軽く無視して梯子を降りていった……

5

「うぁー、くっせぇ!ひどい臭いだな、これは。鼻がまがっちまいそうだ。」
「汚臭レベル8……確かに、人間にとっては辛いかもしれませんね。」
「とはいえ調べないわけにもいかないし……仕方ない、口で息をしながらいくか。」
  梯子を降りた途端、半端ない激臭が鼻を襲う。あまりの臭さに気を失うところだった。
この旧下水道、新たな下水道が出来てから放置されているらしい。
  黒組織のアジトや地球外生命体なんかよりもよっぽど質が悪い。
「ライト、ライト……っと。」
  ポケットに常備してあるペンライトで前を照らす。
ちょっと心許無いが、まさかこんなとこを調べるとは思わなかったし。
「申し訳ありません、マスター。私に照明機能があればよかったのですが……」
「いいよ、大丈夫。それよりも気をつけて。まだ水があるから、そこに足を突っ込まないように。」
  水、というよりもはやヘドロだ。なんだかゴポゴポと泡立っている。
溺れたりしたらただじゃ済まなさそうだ。
「クーちゃん、地図の方は大丈夫?」
「はい、マスター。いつでも戻れるよう、標をつけています。」







 
「はぁ、はぁ、うぇ……気持ち悪くなってきた。」
「大丈夫ですか?そろそろ外に出た方が……っ!マスター!!
  この先百メートル先に、人間のものと思われる熱源を感知しました。」
「本当か?数は?」
  クーちゃんは目をつむり、更に詳しく調べる。複数犯なら、また対処法が変わってくるのだが……
「わかりました。数は一つです。」
「えっ!?」
  意外な答えだった。少なくとも二人居ると予想していたからだ。犯人と被害者、その二人だ。
でも一人しかいないとなると……ホームレスかなんかか?
「どうしますか、マスター。」
「……一応確認だけしておこう。こんなとこに人がいるなんてちょっとおかしいし。」
そこから歩いていくと、小部屋の入口らしいドアがある。クーちゃんによると、この中にいるようだ。
バレないようにそっとドアノブをひねる、押してみる。鍵はかかってないらしい。
  こうなれば一気に突入するしかない。後ろポケットから銃を……と言ってもゴム弾だが……抜く。
クーちゃんに内部通信で合図を送る。

『いくよ、クーちゃん。』
『了解しました。マスター。』
1…2……3!
バァン!
  クーちゃんがドアを蹴り開けると同時、に銃を構えて飛び込む。
部屋には机とイスのみが置いてある。裸電球で部屋を照らされており、薄暗くも少しは見えていた。
  瞬時に部屋を見回すが、誰もいない。部屋を間違えたということもないのだが……
「マスター、あれを。」
「え?」
  クーちゃんが指差したところをライトで照らす。そこはぼろ布が丸まっていた。……ん?違う。
なにやらもそもそと動いている?
「誰だ!?」
  動く布切れに叫んで見るが、何も返事はない。
銃を向けたまま近付いてみても、何の反応も示さない。
近くに来てやっとわかったが、誰かが布にくるまって寝ているらしい。
むこうを向いていて顔は見えない。やっぱりホームレスだったか?
  起こさないよう、そっと体をこっちに向けると……
「くか〜……」
  まだ幼い顔の少女が、気持ち良さそうに眠っていた。……まさか、とは思うが。
「もしかして、この娘が北原彩音?」
「……そ、その可能性も、低くはないです。」
  さすがのクーちゃんも、少し驚いていた。

6

「……クーちゃん、人物照合できる?」
「はい、依頼人から送られてきたの写真と同一人物です。間違いありません。」
  かなり大きな音で飛び込んだというのに、こんなにのうのうと寝てるなんて大した奴だ。
服を見ると、どこかの学校の制服を着ている。
  確かこの付近の学校の物だったはずだ。ずいぶんと泥で汚れているようだが。
「うぅ……ん…」
「お?起きるか?」
「くか〜……」
「………」
「………」
「クーちゃん、俺は女の子に手を出せない。だから代わりに叩き起こしてくれ。」
「了解。」
ゴン!
「ぐぁ!」
  言ったと同時に、クーちゃんのゲンコツが少女の頭に落ちる。
可愛らしい顔には似合わない呻き声を発し、頭を抱えてうずくまっている。
「いてぇ〜……うぅ、誰だよぉ、人がせっかく気持ちよく寝てるってのに……ん?誰!?」
「………」
  あまりの口の悪さに、しばらく意識がとんでいた。
ふと気付くと、目の前に彩音がこちらを見上げるように睨んでいた。
  肩まで伸びた黒い髪はボサボサになっており、顔にも所々泥が付いている。
そんなみっともない格好でも可愛らしい。

 おそらく綺麗にしたらもっと可愛いのだろう。いやいや、今はそんなことを考えてるんじゃなくて。
「北原彩音だな?」
「……違うわよ。」
「は?」
「マスター、彼女が北原彩音であることは間違いないはずですが……」
「私は北原、彩音じゃない!佐伯彩音よ!」
「あぁ?」
  いまいち言いたい事がわからない。なんで苗字だけ嘘を吐くんだ?
『マスター、彼女の母親が佐伯という苗字のようです。』
『母親?なんだって母親の苗字を?』
『北原清三は複数の女性と付き合い、子供も腹違いで多数いるようです。』
  ……北原清三が憎いからそんな事を言い張るわけだ。
「あーあ、それにしても、もう見つかっちゃうなんて。ちょっと甘く見過ぎてたかなぁ。」
「見つかった?……って、おい、お前は誘拐され……」
『マスター、少し話が違うようです。ここは彼女に合わせてください。』
「……あ、ああ。そうだ、やっと見つけたぞ。ほら、早く家に帰るぞ。」
「……ふん、どうせ私なんてどうでもいいんでしょ!?こいつが無事ならさ!!」
  そう叫んで、彩音は何かを投げ付けてきた。

「ん?なんだこれ?」
  投げ渡されたのは一枚のCDの入ったケースだった。ラベルには何も書かれておらず、
内容はわからない。
「どうせあの男、私が誘拐された〜とかほざいて探すよう頼んだんでしょ。」
「………」
俺の理解出来ないところで話が勝手に進んでいる。どういうことだ?
「……マスター?如何なさいますか?」
「うん……いったん事務所に連れて帰ろうか。どうやら誘拐ってのは狂言みたいだったし。」
「あれ、アンドロイド?」
  クーちゃんを指差して『あれ』呼ばわり。ちょっとイラッとする。
俺はクーちゃんを『一人』として見たい。
まぁ、アンドロイドのことを好きなんだというと世間から異端視されるから口には出さないけど。
「そう。クーちゃん。俺の仕事のパートナー。」
「ふーん、そりゃそうよね。アンドロイドなら給料いらないし。」
  このアマ、本当にムカつくな。
「ったく、さっさとここからでるぞ!一人で勝手にいなくなってこんな臭いとこまで
  探したんだからな。……依頼料、値上げしてやる……」
  そう言って彩音を掴もうとした瞬間。
ガッ
「マスター、彼女は私が連れていきますから。」
「……はい。」
  クーちゃんが俺の腕をつかみ、阻止していた。そして彩音をヒョイと軽く持ち上げる。
「あっ!こら!はーなーしーやーがーれー!!一人で歩けるって!!」
  彩音はジタバタと暴れながら、結局事務所まで運ばれていった……

7

「……なあ、いい加減答えてくれよ。君が自分で自分を誘拐しただなんて電話したんだね?」
「……しーらないっ。」
「くそぅ……」
  この事務所に着いてからずっとこんな調子。しらばっくれてばかりだ。まともに答えてもくれない。
「マスター、いかがいたしますか?」
「だいたい!あんたたちに私が何をしたかなんて関係ないでしょ?
  あなたはあの男に私を探すようにいわれただけでじゃない?」
「そーだねー。……君がしたことは犯罪、だからね。俺達じゃなくて警察に任せた方がいいかな。」
「は?なんで?警察なんて関係な……」
「あります。」
  クーちゃんが彩音の言葉を遮る。
「えっ?」
「たとえ身内が相手だとしても、狂言誘拐により身代金を要求した場合、
  それは十分に犯罪となります。」
「ちょ、ちょっと……」
「そうだね。俺達は家族の問題に首を突っ込む理由もないし、後の処理は依頼人に……」
「ま、まったぁ!やっぱりだめ、あの男には連絡しないで!」
「マスター、私達は仕事をこなすだけです。早く依頼人にお知らせしましょう。」
「だめ!お願い!」
「マスター!」

 二人にステレオで責められる。確かにさっさと終わらせてお金をもらいたいが……
「そ、そうそう!そのCDの中身見てからでも遅くないから……ね?」
  そう言ってCDケースを渡してくる。……そういえば何が入っているんだろう。
ちょっとだけ興味がわき、ドライブに入れてみる。
  さっそくデータを展開し、画面に表示してみると。
「な、なんだ!?これって……」
  マシンガンの砲身……ミサイルの火薬成分……防御機能のためのシールド……
何やら物騒なことが書いてあるが、なんなんだ?
  画面をスクロールしていくと、一番下に最悪な文字を見つけてしまった。
『軍用アンドロイドについて』
  軍用アンドロイド……って確か……
「おいおい、アンドロイドを軍事用に改造するのは違法なはずだろ?なんだってこんなデータを……」
  そう自分で言った途端思い出した。北原清三には黒い噂が断たないと聞いた。
こんなことをしていても不思議ではないが。
  ちなみに戦闘タイプのゲッケイジュはあくまで護衛用であり、
銃や刃物といった危険物を使うのではなく、素手で戦うのだ。

 クーちゃんが事務所のパソコンにアクセスし、データを消そうとするのだが……
「マスター、申し訳ありません。このデータを消すことは不可能です。」
「不可能?なんで?」
「このデータはプロテクトがかかっている上、一度ドライブにいれると、
  自動的に接続してあるパソコンにデータが書き込まれるようです。」
「はぁっ!?なんだよそれ?ということはもしかして……」
「そ、あなたも犯罪に荷担したってこと。」
  彩音が嫌味ったらしい笑みを浮かべ、机に体を乗り出していた。……やっちまった。
こいつにハメられたか。
「お前の親父さん、なんつープログラム作ってんだよ……」
「あの男が作ったのはその戦闘プログラムだけよ。勝手に書き込むデータは私が自分で作ったの。」
「……なんのために?」
「もちろん、こういう時の交渉材料にするためよ。」
「交渉の内容は?」
「そうねぇ、あなた、何でも屋だったわよね。」
  そうだと頷くと、考えるように手を顎に当てる。そして……
「私と、そのCDを護衛する事。決して誰にも渡しちゃいけないわ。
  報酬は、あなたのパソコンから軍事用データの削除。どう?悪くないでしょ?」

「くぅっ……」
「当然、あの男との契約も打ち切る事。」
  せっかくこいつを見つけたってのに、おめおめと金を見逃すのか……
でも、もし警察にばれたら一級犯罪だし。
「マスター、先の依頼を優先すべきだと思います。」
「……なんで?」
「理由は…理由は、ありませんが……」
  クーちゃんが理由も考えずに意見するなんて珍しい。
こうなるとクーちゃんの意見もアテにならない。
「……あ〜、仕方ない。クーちゃん、契約切替え。手続きお願い……」
「マスター……っ。……北原彩音さん、なぜそこまでマスターを苦しめるのですか?
  これはあなたの我が儘でしかないのでは?」
「く、クーちゃん?」
  クーちゃんが人間に対して、反抗している。本来アンドロイドは、たとえマスターでなくても、
意見はするが問い詰めるなんて事はしない。
「な、なによ。アンドロイドのくせに威張っちゃって。あなたのマスターがいいって言ってるんだから
  いいでしょ!」
「………」
  俺の名前をだされたからか、うつむいて黙るクーちゃん。
ここまで感情を露にするなんて初めてだ。……いったいどうしたんだ?

2007/03/16 To be continued....

 

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