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やや地獄な彼女



1

「え〜、『十一月十五日――スケキヨが帰ってきてから丁度半月。
金田一耕助がやってきて、そろそろひと月になろうかという十一月半ばの日。
  この日こそは犬神家の一族の間に、最初の血が流された日であり、
悪魔がいよいよ行動開始した日であったが、しかし、ここでは、その殺人事件に言及する前に――』
  つまり、この段落ではやな……」
 
  普段だったら、とても退屈な現国の授業。
  相も変わらず眠気を誘う、初老の先生の教科書の朗読が教室に響く。
  でも今日は、それどころじゃない。居眠りなんかしてる場合じゃない。
  といってもそれは、あくまで授業に集中しているって意味じゃない。
  結論から言うと、ボクは、いつも以上に先生の声なんか聞いちゃいなかった。
  ボクが耳を澄ませて聞いていたのは、

――ぶぶぶ、ぶぶぶぶ、――うぃん、うぃん、うぃん、うぃん……。
  という、無気味な振動音と、
「……はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、……ぁぁぁぁ……くぅぅぅ……!」
  という、歯を食いしばって何かをこらえる呼吸音。

 音の発信源は、このボク――落合静香の一つ前の席。
そこで震えながらも腰を降ろす一人の男子生徒。
そのアナルで凶暴なサンバを踊り続けるパールローター。
  彼の名は柴田遼太郎――遼くん。
  ボクの幼馴染みにして、親友にして、義兄にして、恋人にして、婚約者にして、
そして命よりも可愛いボクの……奴隷クン。

 ここは席替えの際、クラスメートに小銭を払ってまで獲得した、彼の真後ろの席。
  ボクは今、吐く息すら彼の背にかかるその席で、遼くんに“罰”を与えていたんだ。
  罪状は、姦通罪。
  早い話が、浮気。
  だってしょうがないじゃない。自業自得だよ、遼くんのさ。
  ボク以外の女子生徒との接触を、厳しく厳しく禁止してあるにもかかわらず、
遼くんったら、それを守れなかったんだから。
  それも、よりによってあの女と……!
  ああ、いま思い出しても、身震いがしてくるよ、全く!
  ボクが、このクラスで一番キライな、それこそ吐き気のするほど大嫌いな、あの女……山口由利。
  よりによって、そんな女と……!!
  確かに、一瞬でも遼くんから眼を離したボクだって、全くの無責任とは思わないよ。
  でも、ボクだって仮にも女子高生なんだから、友達と行くトイレって行為が、
人間関係を保つ上で、どれだけの意味があるか、遼くんだって、分かってくれるよね?
  それなのに、ちょっとボクがいない隙に、ボク以外の女と……それも、それもよりによって、
あの、ヤマグチなんかと……!!

 許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!許せない!!
  そう思った瞬間、ボクは無意識にリモコンのつまみを最強にひねってしまっていたんだ。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」 
  びくんびくんびくん!

 遼くんの身体が、まるで魚みたいに痙攣する。
  机にがばりと伏せ、声を出さないように学ランの袖口を噛みしめる。
  やがて遼くんは、精根尽き果てたように脱力し、それまでの机にしがみつくような前傾姿勢から、
くたりと椅子に崩れ落ちた。
  ボクはそれに合わせて、リモコンの電源を切り、背中越しに遼くんの耳元に囁いた。
「イっちゃたの遼くん?」
 
  次の瞬間、耳まで真っ赤になった遼くんがボクを振り返るけど、
やがて、眼を伏せ、俯いて前を向いた。
「違うよ」
  と、呟いて。
  でも、嘘だ。
  ボクには分かる。
  遼くんはイったんだ。
  それも授業中に、ズボンとパンツの中で、おもらししちゃったんだ。
  うふふふふ……恥かしいね遼くん。
  仮にも学級委員長のキミが、授業中にこんな事をしているなんて、クラスのみんなが知ったら、
ホントどう思うんだろうねえ?
  誰も知らないキミの素顔を、このクラスで知っているのはボクだけなんだ……。

「――!」
  あっ、いっけない、そんな事考えたら今、一瞬軽くイキそうになっちゃった……。
  んふふふふ……すっごいな、ボク。遼くんの事を考えるだけで、
こんなに気持ちよくなれちゃうなんて。我ながら信じられないよ。
  こんなボクたちが結婚なんかしたら――。
  毎日毎日、こんな気分が味わえるんだとしたら――。
  あああ、すごい……ひょっとしたらボク、幸せ過ぎて狂っちゃうかもしれない……。
  でもね、遼くん、まだまだだよ。
  ボクはキミを、まだまだ許してられあげない。

 「遼くん」
  もう一回、彼の耳元で囁く。ちょうどボクの吐息が遼くんのうなじをくすぐるように。

 

「……何?」
  遼くんが青ざめた表情で、おそるおそる振り向く。
  そんなに恐がらなくてもいいのに。
「気持ちよかった?」
「……」
  顔面蒼白だった遼くんが、たちまち真っ赤になる。
  彼は俯いて何も言わなかったけれど、ボクにとって答えとしては、それで充分だった。
「じゃあ、遼くん、これが済んだら終わりにしてあげるよ」
  その瞬間、遼くんの表情がまたまた青くなった。
「……まだ、やるの?」

「え〜、では次の段落ですが――」
  その時になって、先生はようやく、一人ひっそりと挙手している遼くんの事に
気がついたみたいだった。
「ん、どうした柴田?」
「あ、その、いえ……」
「次の段落、読んでくれるんか?」
「あ……はい」
「ふ〜ん。どういう風の吹き回しや?」
「……」
「ま、ええわ。ほなら、読んでもらおか。105ページの3行目から」
  もそもそと、遼くんが立ち、教科書をひらく。

「『十一月十六日。――その朝、金田一耕助はいつになく朝寝坊をして、十時だというのに、
まだ寝床の中でモゾモゾしていた。――』……うっ……!」
「ん? どないした?」
「あ――いえ……。『耕助がそんなに朝寝坊をしたというのは、昨夜……んんんっ……』」

 うぃん、うぃん、うぃん、うぃん、うぃん、……。
  ポケットの中の、リモコンの電源を再びオンにする。
  遼くんのアナルでローターがまたもや、ビートを刻み始める。
  強、中、弱、中、弱、強、最強、オフ、最強、弱、……。
  前の席だけに、遼くんのお尻と背中が小刻みに揺れているのが、手に取るように分かる。
  いま、遼くんの全神経を支配しているのは、ボクの指先一つなんだ……!

 

 くちゅり。

 ああ、だめ。
  そんな事考えたら、あそこが疼いて疼いて、もう我慢出来ない。
  もう、指が……我慢出来ない。
  んんんんんんっっっっ!!!!!
……ああ……まただ、……また、ちょっと触っただけで、イっちゃいそうになるっ!!
  いやっ! ひとりでっ! ひとりでなんてイキたくないっ!!
  遼くんっ、 助けてっ!

「『昨日、那須神社で……ぐううぅぅっ……はぁっ、はぁっ、はぁっ、……スケキヨの手形を……
  んぐっ!!……手に……入れた……ぁぁぁぁ……、あの、奇妙な仮面を被ったお、と、こ、に……
  ぅぅぅぅぅ……!!』」
  んふふふ……遼くんも、またまたイキそうになってるよぉ。
  一緒にイこっ!
  ボクと一緒にイっちゃおっ!!
『イク時は一緒に』 
  それが、ボクが制定した“遼くん刑法”の第5条だもんねっ?
  ああああ……もう、限界ぎりぎり……っ!
  じゃあ、じゃあ、いくよっっ!!
  ボクは、リモコンのつまみを最強にした。
 
  遼くんは、膝から崩れ落ちた。
  のけぞり返り、一瞬天を仰いだ遼くんは、教科書を取り落とし、そのまま脱力して床に膝をついた。
「おい柴田、どないしたんや? オイ! しっかりせえ!?」
  嬉しい……。遼くんも……イってくれたんだね……。
  ボクもイったよ。そんな、美しいまでにブザマなキミの姿で、あそこが音を立てるくらい感じて、
……そのままイっちゃったよぅ……。
「……はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、……」

「おいシバ遼、マジで大丈夫か?」
「体調悪かったの、お前!?」

 まずい。
  遼くんがいきなりぶっ倒れたもんだから、先生やクラスのみんなが、騒ぎ始めた。
「先生、柴田君を保健室まで連れて行きます」
  そう言うや否や、つかつかと寄ってきて、遼くんに肩を貸そうとする女。
  おい、ちょっと、アンタ、――何やってんのよ!? ヤマグチィィィィ!!!!

 

「山口? お前確か……?」
「はい、この組の保健委員です。あたしが柴田君を保健室に連れて行きます」
  ヤマグチィィィィ!! 何ボクの遼くんに勝手に触ってんのよぉぉぉ!!!!
「そやな。ほんならちょっと、頼んでええか?」
「分かりました。――じゃ、行きましょう柴田君」
  そう言ってヤマグチの不潔な手が遼くんに触れた瞬間、彼はびくりと身体を震わせ、ボクを見た。
おそるおそると。
「……柴田君?」

 遼くんのその怯えた眼を見た瞬間、ボクは一目でわかったんだ。
  ああ、遼くんは‘正気’に戻ったって。
  そうだよ。
  そうだよね、遼くん。
  キミだってイヤなんだよね? こんな腐れゾーキンみたいな女の手を借りて立ち上がるなんて。
そんなのキミのプライドが許さないよね?
  分かってる。
  キミがどれだけ誇り高い人か、そんな事はボクが一番分かってる。
  だってキミは、もうボクのものなんだもの。
  いくらヤマグチが“元カノ”だっていっても、今じゃ単なるベンジョムシ。
そんなムシケラに触られるのは、耐えられないよね、遼くん?
 
「ヤマグチさん」
「……なに、落合さん?」
「柴田君はボクが連れて行くよ。委員長を助けるのは、副委員長のボクの役割だからね」
  そう言ってボクが手を差し出すと……遼くんは俯きながら、その手を取ってくれたんだ。

 ぎりっ!!
  その瞬間、ヤマグチの歯ぎしりの音が聞こえた気がした。
  だけど、無視。
  ムシケラだけに無視。
  んふふふ、だめだよ、そんな物凄い眼でこっちを睨んでも。
  ばかだなぁ。ボクと遼くんの間には、もう1ミクロンも隙間なんか無いっていうのに。
  ボクは、勝利の微笑みでヤマグチを軽くいなすと、遼くんを連れて教室を出た。
「いい子になったね、遼くん。……ご褒美はなにがいい?」
「……」
「んふふふふ……遼くんは本当に遠慮深いなぁ。それじゃあ、これから人気の無いところで、
  たっぷり可愛がってあげる。それでいいかい?」
「……うん」
「じゃあ、せめて場所くらい選ばせてあげる。どこがいい? 体育倉庫? 旧校舎裏? 音楽準備室?
  それとも屋上?」

2

 柴田君が、落合さんと教室を出てもう、30分近く経ちます。
  保健委員として名乗りをあげた時、はっきり言って私は、今度こそ彼と仲直りをしよう、
そう思っていたんです。
  でも、でも、やっぱり、柴田君が選んだのは、保健委員の私ではなく、
副委員長の落合静香さんでした。
  今頃、どこで何やってるんだろう……。
  あの落合さんが、柴田君を保健室まで連れていって、素直にUターンして帰ってくるなんて、
絶対に有り得ません。
  やっぱり、二人で……あんな事や、こんな事なんかも……。
  ああああ、何でこんな事になっちゃったんだろう!!
  分かりません! 分かりません!!

 たった一ヶ月前までは、私と柴田君は、誰はばかる事の無い彼氏彼女でした。
  朝は迎えに来てくれて、おしゃべりしながら登校して、ついでに手なんか握ったりして、
  休み時間にもおしゃべりして、お昼休みに私の作ったお弁当食を一緒に食べて、
  授業が終われば、おしゃべりしながら下校して、やっぱり手なんかつないだりして、
そのまま少し遠回りして私を家まで送ってくれる、
  そんな、高校生にしてはちょっぴり奥手な、でもどこにでもいる、
そんな普通のカップルだったはずなのです。
  幸せでした。
  その頃の私は、確実に、とてもとても幸せでした。
  でも今は違います。
  今の柴田君は、もう、私に近寄りさえしてくれません。
  さっきもそうでしたが、私が話しかけても、怯えた眼をしてすぐに行ってしまいます。
  ああ、あの眼!
  何故、柴田君は私をあんな眼で見るのでしょう!?
  あんな…恐怖に染まった、私と会話している事すら、誰にも見られたくないかのような拒絶反応!

――死にたい。
 
  そう思います。
  でも、今死ぬわけにはいかないのです。
  今、私が死んだら、一番喜ぶのは他でもない、あの落合さんだからです。
  柴田君は、少しは悲しんでくれるとは思いますが……。
  あの落合さんを喜ばせるような事は、何一つしたくはない、それが今の私の、
紛れも無い心境なのです。
  私が彼女に対して、ここまで害意を持つなど、以前では考えられませんでした。
  落合さんは一時期、私のもっとも仲のよい友達だったのですから。
  正直言うと、今でも、この現実と、自分の心が信じられません。
  でも、でも……!!

 それでは、この私――山口由利――が、何故ここまでの心境を持つに至ったか、
その過程を、順を追って、皆様にお話してゆきたいと思います。

 

 そもそも私は、この1−Bというクラスに友達がいませんでした。

 ここは中高一貫教育の、名門大学の付属学校。
  高校受験の段階で途中編入してきた私にとって、周囲のクラスメートたちは、
かなり敷居の高いものに思えました。
  私にとっては初対面でも、他の人たちは(特に女子は)、すでに4年目の学園生活という事になり、
かなりの範囲で、それぞれの人間関係を確立させておられます。
  そんな中に、私のような地味で内気で、人見知りの癖がある女子生徒が入り込むのは、
かなりの勇気がいる事でした。
  案の定、四隣の席の誰とも友達になれず、気が付けば、4月も後半になってしまっていたのです。

 そんな時、私に話しかけてくれたのが、その当時私の前の席に座っておられた
落合さんだったのです。
  落合さんは、結構クラスでも目立つ側の女子だったので、名前は覚えていましたが、
実際お話したのは、その日が初めてでした。
――というより、“スポーツ万能の元気なボクっ娘”である彼女は、実はかなりのオタク女子であった
私にとって、とても気になる存在であり、
一度は会話してみたかったクラスメートの筆頭だったのです。

 彼女は気さくで活発で世話好きな、でも少し単純な、本当にいい方でした。
  内気で、地味で、家に帰ればBLモノのマンガなんか描いたり読んだりしている私と、
陽気で、元気で、運動神経抜群であちこちの体育会系部に助っ人に行ったりしている彼女。
  そんな私たちが、何故あれほど波長が合ったのか、今から思えば不可解なほどでした。
二言三言お喋りをして、さらに休み時間に、軽口を叩き合っただけで、まるで百年の知己のように
打ち解け、胸襟を開き合う事が出来たのですから。
  その日のうちに彼女は、私を自分のお弁当グループに紹介してくださり、その集団の一員として
快く私を歓迎してくださいました。
  そして私は、その集団の方々を端緒として、クラスの他の女子グループの人々とも、
会話をするようになり、結果として見れば、落合さんのおかげで、私は大して苛められもせずに
クラスの中に溶け込めるようになったのです。
  私に対する、今の落合さんの態度から考えれば、あの頃がまるで嘘のようです。
  しかし、あの頃の私には、落合静香という人間は、紛れも無く“親友”と呼んでいい存在でした。

 そんな“親友”が“仇敵”と呼ぶべき、今の関係に変化していく発端となった日。
  眼をつむれば、今でも思い出せます。
  即ち、彼女の幼馴染みにして、義兄である彼――柴田遼太郎――を紹介された、あの日。
  あの日こそ、私の学園生活を根底から引っくり返した、運命の始まりの日でした。

 

 小、中学校の9年間こそ、ありふれた公立の出身でしたが、はっきり言うと、
私は男子という存在が苦手でした。
  その悩みは、歳が長じてからも解決はされず、むしろ、同年齢の男子生徒の、
女子に対する下心満載の視線やら態度に、苦手意識は更に増幅されていきました。

 とある休日。
  その悩みを落合さんの部屋で打ち明けた時、けらけら笑って彼女は言いました。
「それは、キミが男の子を理解しようとしていないからだよ」と。
  さらに彼女はこうも言いました。
「そんな事じゃ、レンアイも満足に出来ないよ。いや、それ以前に、男子を理解していないキミが、
“ぼーいずらぶ”だっけ? そんなマンガを描けるのかい」とも。
(この当時、私は“腐女子”である自分を、もはや彼女に隠していませんでした)
  私はその言葉に、ぐうの音も出ませんでした。
  そんな私を、いたずらっぽい瞳で見ると、
「じゃあさ、ボクがイキのいいのを何人か見繕ってあげるよ。
キミだって、このままじゃいけないって、危機感ぐらいはあるんだろう?」
『やらハタ』とか『負け組』などという言葉が横行する現代です。
私だって、このまま二次元人とばかりコミュニケーションを取っていてはマズイ、
ぐらいの意識はありました。
  ちょっと恐いですが、クラスどころか学年単位で男子に顔が利く彼女なら、
私の偏見を覆す“紳士”を紹介してくれるかも知れない。そう思ったのです。
 
  その時でした。
  落合さんの部屋のドアの向こうから、
「お〜い、しずちゃん、オマエ晩飯の買出し行ったんか?」
  彼女は真っ赤になって、
「ちょっと遼くん! 人前では“しずちゃん”って呼ぶなって、あれほど言ったじゃないかぁ!!」
「何言ってんだよオマエ、それは学校行ってる間だけだろ?」
  というドア越しの声に、落合さんはさらにイラついたのか、がばっと座椅子から立ち上がり、
ドアを開けて怒鳴りつけました。
「だから、学校の友達がいる時も、だよ!!」
  部屋のドアは外開きでしたので、彼は、いきなり開いたドアに、マンガみたいに顔面をぶつけて、
うんうん唸っていました。
「いや、もうダメ! 怒った! 今日からその呼び名、全面禁止ね!
  南海キャンディーズみたいでカッコ悪いから、もう絶対にやめてよね! 分かった!?」
「だって、しずちゃんはしずちゃ――」
「分かったら返事っ!!」
「はい!」
「よぉし、なら行ってよし!」
  そう言って、叩きつけるようにドアを閉じた彼女の表情は、依然として耳まで真っ赤でした。

 その時、私は数秒ぶりに思い出しました。
  落合さんのファーストネームが“静香”であった事を。
(ああ、だから、“しずちゃん”なんだ……)
  さらに、ここまで取り乱した彼女を見るのも初めてだという事に。

 

 興奮冷めやらぬのか、まだ肩で息をしている彼女に、私は尋ねました。
  今のは誰だと。
  彼女は、一瞬あんぐりとしていましたが、
「誰って、キミ、クラスメートの顔も憶えてないの?」
  まあ、実を言えば、その当時の私にとって、三次元の男性はまだまだ記号上の存在だったので、
クラスの男子の顔と名前などほとんど一致しませんでした。
  落合さんは、そんな私を見て、
「重症だね」
  と苦笑しました。

 私はその日、落合さんの部屋で、初めて彼の個人情報を知る事になったのです。

 彼の名は、柴田遼太郎。
  彼女の家がある、この分譲マンションの一つ下の階に住む、幼馴染みだそうです。

“幼馴染み”! ああ“幼馴染み”!! 腐女子の琴線をくすぐる、この響き!

 さらに柴田君は、落合さんの義理の兄でもあるそうです。
  詳しい事情は語ってくれませんでしたが、事故で両親を亡くし、天涯孤独になった彼と、
その事故の後遺症で未だに入院中だという妹さんを、落合さんのお父様が、
養子として引き取ったんだそうです。
  彼としても、階下に自宅があるのですが、養父として、法的にも自分たちの面倒を見る覚悟を
決めてくれた、落合家のお父様に対する配慮か、滅多に自宅には帰らないそうです。
  で、学年上は一緒でも、誕生日的に柴田君が、落合さんの“兄”になってしまった、と。

“お兄ちゃん”! ああ“お兄ちゃん”!! しかも、しかも非血縁ですよ!!

 同級生にして、“幼馴染み”さらに“お兄ちゃん”!
  そんな人が“ボクっ娘”の家に同居しているなんて!! 
  まるで、二次元ドリーム文庫の世界じゃないですか!?

 すごい。やっぱり落合さんはすごい。
  私は素直にそう思いました。
  そして当然、私の興味は落合さんに留まらず、柴田君にまで及んでしまったのです。
  後から思えば、彼女にとっては、これは計算外の痛恨事だったに違いありませんでした。
  私が彼に興味を持った事がきっかけで、柴田君自身も私に興味を抱いてくれる結果と
なったのですから。

3

 山口さんに告白された。
「好きです。私と付き合って下さい」と。
  学校の帰りに寄ったファミレスで。

 最初は、またドッキリかと思った。
  こんな地味な顔して、頬を赤らめて、それでいて、またドッキリ?
  おいおいオマエら、何度同じ手口を使うつもりだよ。
  もう、中等部時代から数えて2回目…あ、いや、これで3回目、かな?
  まあ、んな事はどっちだっていい。
  ってことは、あそこのカウンターで、さりげにメシ食ってるアイツもギャラリー?
  あっちのボックス席の窓から外を見てる、あのOLも野次馬?

 いやいや、そういう事じゃないんだ。
  問題はそこじゃない。

 何で君なんだ。

 他の奴らなら、まだ分かる。
  でも、でも……、何でよりによって、君なんだ。
  オレは、オレは、……結構、かなり、割と、大分、君のことが……。
  そんな君まで、あいつらと一緒になって、オレをからかうのか……!!
  そう思ったら、涙が出そうになった。
  無論、屈辱と憤怒と、悲哀でだ。

 

 いや、被害妄想なんかじゃない。
  実際問題、オレはこの手のドッキリに関しちゃあ、ベテランだ。
  勿論、騙す方じゃなくて、騙される側なんだが。

 2度目の時のドッキリ(当時中三)なんか、そりゃあひどいもんだった。
  有頂天になってラブレターに返事を書き、指定の場所に置いて、その手紙を取りに来る子を
  今か今かと張り込んでいる姿を、迂闊にも4台ものデジカメで同時に撮影されてしまっていたのだ。
  さらに、女の子の1分後に現れたインタヴュアーに“マイク・パフォーマンス”ならぬ
“負け犬パフォーマンス”を要求され、ブチ切れたあまり、そいつをブン殴ったら
停学になってしまった。
  とどめに、停学中に、オレの女の子張り込み映像(編集バージョン)がネットで公開され、
停学明けにまたそのインタヴュアー野郎をブチのめしたら、今度は高等部進学がやばいぞと、
担任に釘を刺され、急ぎ頭を丸めて八方謝罪に回らされる始末。
  当然、怒りに震えるコブシを握り締めながら、である。

 いや、話がそれたが、実際何が言いたいかといえば要するに、“女は信用できん”という事なんだ。
  レイプ被害者の女性が、男性不信から立ち直れないというのは、オレにとっては他人事じゃない。
  力ずくでプライドを蹂躙された人間が、他者に対して、どれだけ臆病にならざるを得ないか、
オレにはハッキリと実感できる。

 とにかく、オレは、これ以上付き合っていられるかという気分だったので、きっぱり断って、
立ち去ろうと思ったのだが、
(――はて?)
  どうも、様子がおかしい。
  彼女の緊張が、どうやらリアル過ぎるのだ。
  そうだ、考えてみれば、おかしな話だ。
  これが、本当にドッキリなら、下級生なり、先輩なり、高等部以来の編入生なり、
オレと面識の無い“面の割れてない奴”を使うべきなのに、この彼女は……、
  周囲を見渡す。
  周りの客が、とりたててこっちを窺っている様子もない。

 

「山口さん」
「はっ、はいっ!?」
  緊張の余り、声が上ずってやがる。
「これ、マジでドッキリじゃないの」
「ドッ……、ドッキリっ!??」

 きょとんとしてやがる。
  そうだ。
  そうだよ。
  おれはこの子を、山口さんを知ってる。
  この子は、そんなキャラじゃない。
  人の思いを踏みにじって、くすくす笑えるような、そんな人外外道であるはずがない。
  という事は、山口さんは本当に、本当の本当に、このオレの事を……?
  そう思ったら、オレはまたまた涙が出そうになった。
  無論、今度はさっきとは違う。
  喜悦と感動でだ。

 しかし、だからといって、その感動を支えている情報が希望的観測である事は否めない。
  オレは、彼女を試してみる事にした。
「山口さん」
「はっ……は、い、……」
  今度は、上ずるどころか震えちゃってる。
(これが演技だったら、オスカー賞モンだな)
  オレはひたすらクールになろうとした。
  慎重であるに越した事は無い。
  何故ならこの手のドッキリは、標的にとって、告白者に対する思い入れが、
あればあるほど効果を発揮するからだ。
  オレがさっき、ドッキリならば面が割れていない奴を使うべきだといったが、
あくまで作戦自体の成功率を高めたいならば、標的の意中の人物を使った方がいいに決まっている。
  オレは、希望的観測を心底から願いつつ、あくまでクールを装い、背筋を正した。

「山口さんの気持ちは、すごく、すごく嬉しいです」
「……あの、じゃあ!?」
「でも、その、あの、……オレ」
「……」
「オレ……好きな人がいるんです」

 
  たっぷり1分は沈黙があった、と思う。
  山口さんは、みるみるうちに茫然自失な顔になったが、その表情をキュッと無理やり引き締め、
そのまま俯き、さらに顔を上げるまで、の所要時間。
  彼女は笑っていた。
  勿論、可笑しくて笑っていたワケではないだろう。
  何故なら、その明らかに無理に作ったであろう笑顔には、大粒の涙が光っており、
肩も小刻みに震え、何より全身から発散される絶望のオーラが、
いかに彼女の失望が巨大なものであったかを、如実に示していたからだ。

「そうですか」 
「……」
「柴田君、好きな人がいたんですか」
「……」
「そうですよね。やっぱり、そうですよね?」
  そう言うと、ハンカチを取り出して涙を拭き、ついでに鼻をすすり、
その笑顔をさらに無理やり明るくさせて、
「やっぱり、あれですか? あの人ですか? 落合さん。ですよね?
  幼馴染みですし、妹さんですし、同居人ですし、同級生ですし、あれ? スゴイ! 
萌え要素4冠王ですよ!ここまで来たら、くっついちゃうしかないですよね? 
そうですよね? うん、こうなったら、私も応援しますよ。是非とも頑張ってくださいね!」
「……」
「あれ、……ぐすっ……どうしたんだろ……? かっ、覚悟は、ふられる覚悟は
  充分できてたはずなのに……、何で、何でこんなに、……震えが……あ、あれぇ……
  おかしいなぁ……なんでこんなに、……な、み、だ、が……」

 もう充分だった。
  もうこれ以上見たくは無かった。
  彼女は、泣きながら笑っていた。
  笑いながら、泣いていた。
  人はこんなにも哀しい顔ができるのか。
  人はこんなにも切ない表情が可能なのか。
  オレは、自分を絞め殺してやりたくなった。
  彼女にそんな顔をさせたのは、オレのせいなのだ。
  オレの不誠実極まりない返答が、この少女をここまでの悲しみの淵に蹴りこんだのだ。

 

 山口さんは伝票を握り締めると、
「あ、あの……ぐすっ……ごめん、私行きますね? ――ははっ、うん、すみませんっ、
  明日にはいつもの、いつもの山口さんに戻ってますから、ですから、
  ですから気まずくなったりとかは、うん、無しにしましょう! ねっ!
  そうですよ、その方がいいですよね?」
  そう言いながら、足早に立ち去ろうとする彼女の肩を、オレは思わず掴んだ。 
「待ってっ、待ってよっ!」
「離してくださいっ!」
「最後まで、聞いてよっ!」
「聞きたくありませんっ!!」
「オレはまだ、ノーって言ってないだろっ!!」

 山口さんが凍りついたようにオレの方を見ている。
  その顔には、もはや微塵の笑みも無く、涙と鼻水でぐしゃぐしゃに歪んでいたが、オレはちっとも、
  彼女を醜いとは思わなかった。
「オレには、確かに、好きな人がいる」
「……」
「その人は、その、いつも静かで、上品で、優しくて、けど本当はとても情熱的で、
  だから、その、――」
「……」
「君なんだ」
「……」
「オレが好きなのは、その、山口さん――」
「……」
「君なんだ」
「……」

 山口さんの瞳から、再び大粒の涙がこぼれおちた。
  一滴、二滴。
「山口……さん?」
  その瞬間だった。
  彼女がオレの胸に、いきなり飛び込んできたのは。
「ぐすっ……ぁぁぁぁ……あぁぁぁ……!!」

 そこから先は大号泣だった。
  もはや人語すら話そうとせず、そのくせオレの服を離そうともせず、
  彼女はたっぷり3分は泣き喚いた。
  オレは、そんな彼女を、とてもとても愛しいと思った。

しずちゃん編

調教一日目。

 ボクは今、遼くんの寝顔(?)を見下ろしている。
「――ん……んんんん……ぅぐぅっ……はぁっ」
  遼くんは、とても寝苦しそうに、寝返りを繰り返し、モガモガとうめき声を立て続けている。
  そんな彼を見つづけているうちに、ボクは自分がよだれを垂らしている事に気がついたんだ。

――かわいい……。

 親戚の律子叔母さんが赤ちゃんを産んだとき、おっぱいをあげながら、
「可愛くて可愛くてたまらないの。まるで食べちゃいたいくらい。……まあ、静香ちゃんには
  まだ早いわね。あなたも母親になればわかるわ」
  そう言っていたのを思い出す。

 拝啓、律子叔母さんへ。
  ボクはまだ母親にはなっていませんが、今になってようやく分かる気がします。
  あの時あなたがおっしゃった言葉の、本当の意味が。
  遼くんはもう、ボクがいなけりゃ生きていく事さえ出来ない。
  いや、いま現在そうだとは言わないけど、いずれ必ずそうなる。そうさせて見せる。
  愛しい存在の殺生与奪の権を握る事が、女にとって、文字通りここまで感動を呼び起こす事に
  なるなんて……。
  育児とは躾であり、躾とは時として調教の色合いを帯びる。
  何も出来ない、何も知らない無力で無垢な存在を、自分の色合いに染め上げ、
  思う存分自分の愛情をぶつける喜び。それこそが、女の誰もが持っている母性本能の本質。
  叔母さん、あなたは知っていたのですね?
――女の喜びとは、すなわち愛する者を調教する喜びである、と。

 

 ボクは、そっと遼くんの口に固定されたギャグボールを取ってあげる。
  大量の唾液と共に解放される、遼くんの呼気。
「ごほっ! ごほごほっ!!! ――がっはっ!」
  んふふふ、むせてるむせてる。
  口の中がよだれで溢れてるのに、いきなり大量の酸素を吸おうとするからだよ。

「しっ、しっ、ずっ、かっ! 静香っ! いるのかそこにっ!?」
「うん、いるよ」
「いるのかっ? いるんだなっ!?」
  あれ、何か会話がかみ合わない。
  ああ、そうだ、思い出した。遼くんの耳にはイヤホンを差し込んで、
  ガンガンにハロウィン(*1)を流してるんだったっけ。
「ごめんね遼くん、すぐに外してあげるよ」
  ボクは愛用のアイポッドを彼の耳から外してあげる。でも、外してあげるのはそこまで。
  まだアイマスクも手錠も足枷も、外してなんかあげない。
  だって、その方が気持ちいいって聞いたから。
  眼や耳や口や、両手両足。あらゆる感覚器官と五体を封じて、その上で味わう快感は、
  普段の数倍の感度にもなるって。
  だから、ガチガチに拘束した遼くんには、ネット通販で買った電動オナホールとパールローターが、
  それぞれペニスとアナルに仕込んであるの。
  一応言っとくと、これ結構高かったんだから、値段分くらいは感じてくれないと、
  ボクとしても困るんだけどさ。
 
  どうだい遼くん、ボクだって勉強したんだよ。
  全部キミのためなんだからね。キミに少しでもいっぱい感じて欲しくてボクは――。

「何なんだっ!? 一体どういうつもりなんだ静香っ!?
  何で、何でこんなひどい事をするんだよっ!?」
  遼くん……?
「早く外してくれっ!! 早くっ!! 静香っ!!」
  遼くん、遼くん、何を言ってるの……?
「早く外してくれないと、このままだったら、気が狂っちまいそうなんだよっ!!」
「遼くんっ!!」
  その瞬間ボクは、思わず遼くんの首を絞めていたんだ。
「し……ず……」
「何で……何でそういう事を言うの……?
  ボクはただ、遼くんに気持ちよくなってもらいたいだけなのにさ……!」
「……し……ず……、ぐ……る……!」

 気が付けば、遼くんの顔が鉛みたいな色になっている。
  ボクは、はっとして手を引っ込めた。
「ごほっ……!! ごほっ、ごほっ、ごほっ、……!!」
  またもや遼くんが苦しそうに咳き込んでいる。
  でも、でも、やっぱり怒りは収まらない。良かれと思ってした事を、
  そんな風に悪し様に言われたら、誰だって気分を害するだろう。
  ボクは遼くんに、“社会のルール”を教えてあげなきゃいけないことに気が付いた。
  勿論、ボクのためじゃない。
  常識をわきまえない人間に、世間がどれだけ白い眼を向けるか、それを厳しく躾る事こそが、
  遼くんのためであり、それが御主人様であるボクの役目なんだから。

 

「遼くん」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、……なんだよ?」
  ふいごみたいな声で遼くんが応える。

「遼くんは、今日誓ったよね? ボクのものになるって。泣いて土下座してさ」

「……うん」
「ボクのものであるはずの遼くんが、ボクの気持ちを素直に受け止めてくれないって、
  コレ、ちょっと違うんじゃない?」
「気持ち……?」
「キミを気持ちよくして、感じさせてあげようって、ボクは普通にそう思ってるのに、
  キミのその態度は何だい?」
「……」
「――お仕置き、だね。コレは……!」

 遼くんの顔色が、さっきとはまた違う意味で青くなっていくのが分かる。
  でも、もう遅い。
  もう許してあげない。
  ボクは仰向けに寝ている遼くんの足首を掴むと、膝が胸につくくらいまで前に倒し、
  そのままビニール紐で固定しようとする。
「ちょっ……やめてよっ! 何する気だよぉっ!?」
「じっとしてなさい遼くんっ!! じたばたしたら、もっと痛い事するよっ!!」
  その一言で彼は静かになった。瞳に一杯の涙をたたえて。
  ちょうど赤ちゃんがおしめを取り替える時みたいな、そんな恥かしい体勢になった遼くん。

「遼くん、痛いの、好き?」
「……きらい」
「きらい?」
「うん、きらい」
「そう、遼くんはきらいなんだ、痛いのが」 
  すごく怯えた眼でボクを見る、とても可愛いボクだけの赤ちゃん。
「でも、遼くん、これは躾なんだ。そして、躾の基本は、やっぱり飴と鞭なんだよ……」
「いっ、いやだぁ……!!」
「だめだよ遼くん、わがまま言っちゃあ。痛くないお仕置きなら、躾にならないだろう?」
  そして、びくんびくんと振動する、遼くんのお尻を、渾身の力を込めて平手打ちにしたんだ。
 

 お尻叩き。
  事故で亡くなった遼くんの御両親。中でもお母さんは、綺麗な人だったけど、
  とっても厳しいひとだった。
  遼くんが何か悪いことをする度に、よく彼のお尻を真っ赤になるまで叩いてたらしい。
  ボクは一度、それを間近で見た事がある。

 遼くんの部屋で、ボクが転んで机の角で頭を打ち、思わず泣き出してしまった日。
  ボクの泣き声にびっくりして、部屋に飛び込んできたお母さんは、
「遼太郎!! あんた女の子に何てことするの!!」
  と、怒鳴るや、遼くんの言い分などまるで聞こうともせずに、ズボンとパンツを無理やり脱がせ、
「これは罰よ! あんたの恥かしいところをしずちゃんに見てもらいなさい!!」
  そう言うや、彼のお尻を物凄い音を立てて叩き始めたんだ。
  当然、ボクとしては遼くんのせいじゃない、やめてあげてと言うべきだったんだけど、
  ……その数秒後には、ボクの脳裡には、そんな言葉なんか跡形も無かった。

 美しかった。

 綺麗な人妻が、顔を真っ赤に紅潮させて、幼い息子を組み敷いて、無理やり尻を叩く。
  そんな二人の姿は、幼いボクの眼には、まるで一幅の油絵のように美しく見えたんだ。
  そして、いつしかボクは、遼くんのお母さんが、とてもとても、羨ましくなったんだ。
  ボクの大好きだった遼くんを、自由に罰する権利を持つ、彼のお母さん。
  いますぐ彼女の元へ行って、遼くんのお尻を叩く役目を代わってもらえたら……。
  ボクは、無実の罪で泣き叫ぶ遼くんを見ながら、本気でそんな事を考えていたんだ。

 そして今、ボクは、遼くんを罰する側の立場にいる……。

 

 びっっしぃぃ〜〜ん!!
  ばっっしぃぃ〜〜ん!!
  びっっしぃぃ〜〜ん!!

「ひぃぃっ!! いだいっ! いだいよぉぉ!!!」
「そりゃあそうさ。痛くしてるんだもの」

 ばっっしぃぃ〜〜ん。
  ばっっしぃぃ〜〜ん。

「ああっ! ああ〜〜〜!! しずちゃん! 静香ちゃん!! もうっ! やめっ!!」
「あっ、ひっどぉ〜い。遼くんいま、ボクの事“しずちゃん”って呼んだよね!?
  その名前でボクを呼んじゃダメだって、言ってあったはずなのにっ!!」
「はっ、ひぃっ!! ごっ! ごめんっ!! ごめんなさいっ!!」
「15発で勘弁してあげようと思ってたけど、やっぱりダメだね。20発に追加決定っ!!」
「ゆっ、ゆるしてぇぇっっ!!」
「だめだよぉぉ〜〜〜〜んっ!!!」

 びっっしぃぃ〜〜ん!!
  びっっしぃぃ〜〜ん!!

「……んぐぅっ……はぅぅっっ……ぐすっ……ぁぁぁ……ぐすっ……ぅぅぅ……」
  遼くんは泣いていた。
  お猿さんみたいにお尻を真っ赤に腫れあがらせて、女の子みたいに泣いていた。
  ボクはといえば、
「……はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、……」
  ジャスト20発のスパンキングで、肩で息をしていた。
  でも、息が荒いのは、何も疲れたからというだけじゃない。
  この程度の運動量でバテてるようじゃ、高一にして運動部の助っ人稼業は勤まらない。
  その証拠に、さんざん酷使したはずの肩も肘も掌も、ほとんど疲れを感じていない。
  分かってる。
  ボクには分かってる。
  ボクの鼓動が収まらないのは、遼くんのせいだ。
  余りの痛さに頬を泣き腫らし、更にそれ以上に腫れ上がったお尻をさらして、
  おしめスタイルのまま動く事も出来ない、そんな姿の遼くん。

――きれいだ。
  心底からそう思う。
  もう、“可愛い”なんて言葉じゃ、語り尽くせない。
  勿論、“可愛い”という言葉を、その本来の意味である『自分より下の立場の者への外面的、
  または内面的賞賛』という意味で使用するなら、ボクにとって遼くん以上に可愛い存在なんて、
  この世にありはしない。
  でも、今の遼くんが発する輝きは、ただひたすらに“美しい”と呼ぶに
  相応しい光に溢れていたんだ。まるで、あの頃のお母さんにお尻を叩かれていたあの日のように。
  そして、その時になってボクはようやく理解したんだ。
  あの日、ボクに“美”を感じさせたのは、二人じゃない。
  美しかったのは、あくまで遼くんだけだったんだ。
  彼のお母さんは、確かに綺麗な人だったけど、ボクは彼女に対しては、
  羨望か、或いは嫉妬しか感じてなかったんだ。
――美しいまでにブザマ。
――ブザマなまでに美しい。
  それこそが、遼くんの本質だったんだ。
  ボクが遼くんを選んだのは、間違っちゃいなかったんだ!

 

 やっと終わったお尻叩き20発。
  しかし、その激痛はむしろ収まる事無く、彼の神経になおも虫歯のように痛みを響かせる。
  幼少時から十数年ぶりに味わう痛覚を、母親ならぬ、その幼少時からの付き合いである幼馴染みに
  与えられる屈辱。
  ガチガチに拘束され、羞恥と苦痛に身を捩じらせながらも、流れる涙を拭う事すら出来ない。
  そんな無力な今の自分。
  でも、ようやく終わったお尻叩きに思わずホッとし、
  潤んだその瞳で、上目遣いにボクの様子をうかがう卑屈さ。
  そして何より、股間で蠢くオナホールとアナルから伸びたローターのコードという
  淫らな小道具からもたらされる快感に、なおも抗う事が出来ない、だらしない肉体。

 そう、今の遼くんの心境は、もう現実と自分自身への絶望で、何も考えられないに違いない。
  いいよ、遼くん。
  何も気にしないで、いくらでも泣いていいんだ。
  もっともっと、ボクがキミを壊してあげる。
  ボクがいなくちゃ生きていけない、本当の赤ちゃんにしてあげる。
  自分一人じゃ何も出来ない、何も決められない、そんな遼くんにしてあげる。
  だって、コレは全部、そのための躾なんだからね。
  キミを、ボクだけのお人形さんにするための、躾……。
  んふふふふ……。

「!!」
  あっ!
  まただ……。
  アソコには指一本触れてないのに、遼くんの顔を見てるだけで、
  またイっちゃった……んふふふふ……。
 

***柴リョウ君、外されてないはずのアイマスクが、いつの間にか外されてますね。
そこんところは、その、何だ、恥ずかしながら、読者諸兄の脳内補完でフォローしてやってください。
多分、iポッドのイヤホンのちょい後くらいに外されたとか、そんな感じです。

*1 ハロウィン・・・ドイツ出身のメタルバンド。ジャーマンメタルあるいは
メロディック・パワーメタルの開祖とも言われる。代表作は「守護神伝」「MasterOfRings」など。

しずちゃん編

調教一日目(後編)

「……ねえ、遼くん」
「……」
「遼くん?」
  遼くんは答えない。
  って言うか、激痛の余韻で、まだそれどころじゃないみたい。
  でも、分かっていても、ボクは少しカチンと来た。
「遼くんっっ!! お返事はっっ!!?」
「はっ、はいっ!」

 あわてて遼くんは、こっちを振り向く。
  そう、それでいいの。
  キミはそうやって、24時間ボクの事だけ考えていればいいの。
  まったく、何度言っても分からないんだねキミは
「ごっ、ごめんなさいっ!! ごめんなさいっ!!」
  とっさにボクの不機嫌な空気を読んだのか、こっちが何かを言い出す前に、ひたすら謝る遼くん。
  そんな遼くんを見て、ボクは少しばかり安心した。
「……まあ、いいわ。そんなに急ぎすぎなくとも」
  まだ初日なんだもんね? そういった反省点は、これからじっくり躾ていけばいいんだもんね。
そう、時間はまだまだあるんだもん。
  そう思いながら、ボクは真っ赤になった遼くんのお尻をなでなでした。

「〜〜〜〜〜〜!!!」
  遼くんの顔が激痛で歪む。
「あはっ? 痛いんだ遼くん。お尻やっぱり痛いんだ?」
「うんっ! 痛いっ、痛いからっ、さ、わ、ら、な、い、――あぎゃぁっ!!」
  そんな叫びを無視して、ボクはその赤い山に、じんわりと爪を立てる。
「ぃぎぃぃぃ!!! やめっっ!! おねがっ いっ! あっ! あぁぁぁ!!!」
「んふふふふ……そっかぁ、やっぱ、痛いんだぁ。――ったく、仕方ないなぁ……」
  ボクはおしめスタイルの遼くんを、そのままひっくり返し、うつ伏せにする。
  後ろ手で縛られ、おむつスタイルのままひっくり返された遼くんは、お尻を後方に突き出し、
顎と両膝を支点に重心を支えるという、これまた淫らさ満点の格好になった。
……すごい、すごいよ遼くん……イヤらし過ぎて、気が遠くなりそうだよ……。

 ボクは気を抜くと、つい彼に見惚れてしまいがちになる自分の瞳を、無理やり戻し、
「さぁて遼くん、次は何をして遊ぼうか」
「しっ、静香っ……」
  んふふふ……怯えてる怯えてる。
  ああ、また、見てるだけでイっちゃいそう……。

 

 でもね、遼くん、もう安心していいよ。痛いのは、ここまでだから。
  鞭の時間はもうおしまい。これから始まるのは、あまぁ〜い、あまぁ〜い飴の時間なんだから。

「ねえ、遼くん」
「なっ、なに?」
「遼くんは痛いのが好きじゃないんだよね?」
「……静香?」
「痛いのが嫌いなんだよね?」
「あ、う、うん」
「じゃあ、気持ちいいのは?」
「えっ?」
「気持ちいいのは、好き?」
「そっ、そりゃあ、痛いのよりは、好きだよ」
「……じゃあ、気持ちよくなりたい?」
「うっ、うん……」
「そっか。――本当にしょうがないなあ、遼くんは……じゃあ、痛いのはコレが最後だよ」

 ボクは、遼くんのベッドの上に乗ると、彼のお尻のほうに回り込んだ。
  眼前にそびえる、二つの赤い山。
  それを、そっと手に取る。
「いっっ!!」
「……ああ、ごめんね遼くん、まだ痛いんだったね」
  そう言いながらも、お尻から手を離す気は無い。
  熱い。
  まるで、肌の下にマグマが詰まっているようだ。
  気が付けば、ボクは全く自然に、その丘に舌を這わせていたんだ。
――れろり。

「ああああああ!!!!!」
  遼くんが悲鳴をあげる。
  あれ、おかしいな。遼くんたら何を騒いでるんだろう?
  折角ボクが、お口を使って、遼くんの痛いところを消毒してあげてるのに。
「どうしたの遼くん?」
「しっ、沁みるっ! 静香っ! それ沁みるよぉっ!」
「痛いの?」
「痛いっ! 痛いよっ!!」
「遼くん、わがまま言わないの。キチンと消毒しないと、後で“痔”になっても知らないよ」

 

「でっ、でもっ、終わりだって! 痛いのは終わりだって言ったじゃないかぁ!?」
「大丈夫だよっ。あと5分も続けてりゃあ、気持ち良くなってくるさ」
「ごっ、ごふんっ!?」
「あああ、もう、うるさいなぁ遼くんはっ!! 男の癖に、そんなにキャンキャン騒ぐんだったら、
  騒げないようにしてやるっ!!」
  ボクは、ベッドから飛び降りて、ギャグボールを捜したけど、
次の瞬間、もっとイイ事を思いついたんだぁ……。

――じゅるる。
  ボクのエッチなおダシで、もうじゅくじゅくになってる、このショーツ。
  それを、湿った音と一緒に脱ぎ捨てる。
  せいぜい、遼くんの眼に、ボクの姿がいやらしく映るように。
「しっ、しず……んがぐぐ!!」
  そして、彼の口の中に、その濡れた下着を無理やり捻じ込む。
「どう遼くん、ボクの特製スープのお味は?」
「んんんん……」
「力いっぱい噛んで、飲み込むんだ……」
  そう言いながら、ボクが遼くんの頭をなでなでしてあげた瞬間、
彼が、ごくりと“おダシ”を飲み込むのが見えたんだ。
「おいしい……?」
  そして、そう訊いたボクに、お尻と同じくらい顔を真っ赤にしながら、遼くんは、
こくりと恥かしげに頷いたんだ。

 ああああああああ!!!!!!!
  遼くんが! 遼くんが! 遼くんが!!!
  おいしいって!!!!
  ボクの“おダシ”、おいしいってぇぇぇぇええええ!!!!
  有頂天っていうのは、こういう時に使う言葉なんだね!!
  ボクはまさしく、天にも昇らんばかりの心地で、遼くんをもう一度おむつスタイルに戻した。
だって、さっきのポーズだと、遼くんがボクの“おダシ”を味わってくれてる表情が、
全く見えないからねっ!!
  その代わり、もう意地悪はおしまい。
  次はボクが、今度こそ、キミを本当に気持ちよくしてあげるっ!!

 

「遼くん、ありがと……。キミがそうやって味わってくれて、ボク、本当に嬉しいよ」
  そう言いながら、ボクは、真っ赤に腫れ上がったお尻ではなく、
その間の溝にあるすぼまりに舌を伸ばしたんだ。
「んぐぅっ!」
  あはっ、遼くんがびくってなってる。
  ボクはそんな遼くんの反応が嬉しかったので、なおもちろちろと、舌先でアナルをほじくる。
  無論、舌だけじゃないよ、特別サービスの一環として、
そのアナルから伸びたローターのコードの先にあるリモコン。そのつまみを最強にしてあげたんだ。
「んががががが!!!」
  いきなりの刺激に、遼くんが激しくもがき始める。
  でも、逃っがさないよぉん。
  だって、ボクは決めたんだもん。これから遼くんを徹底的に感じさせてあげるって。
  んふふふ、覚悟してね。それに、これはキミが言ったんだよぉ。気持ちいいのが好きだって。
そうだよねぇ?

「遼くん、気持ちいい?」
「んがぐぅぅ!!」
「気持ちよかったら、頷いて」
  遼くんは、半ば必死になって首を縦に振る。
「んふふふ……そう、気持ちいいんだ……」
  そう言いながらも、ボクは眼前の遼くんのとろとろになった表情に、眼を奪われていたんだ……。
  うわぁぁぁ……すごぉい。
  気持ちよさそうになってる遼くんの顔って、こんなに、イヤらしいんだぁ……。
  いいよ、遼くん、感じちゃってさ。

 苦痛の後の快感。
  快感の後の苦痛。
  これを何十回、何百回と繰り返すと、人は自然とその虜になる。
  快感だけじゃない。その苦痛に対してすらも、その対象は、耐えがたい渇きに似た
常習性を憶える事になる。まるで麻薬常用者が常に麻薬を欲するように、
それらの刺激無しの社会生活を、もはや送れなくなる。

――つまり、これこそが、世間一般に言われるところの……調教。
 

 

 とまあ、これがボクが一番最初に勉強した、調教の知識の基礎の基礎。
  要は反復。
  スポーツの練習と同じ。何度も何度も繰り返し努力すれば、それは必ず報いがある。
  ボクは、性科学書の研究序文を読んで、むしろ安心しながらそう思った。
  だって、スポーツと名の付くもので、およそボクの苦手な分野は無いからねっ。
  でも、違う。
  反復とか、努力とか、そんな次元の話じゃない。
  だって、だって、一番冷静にならなきゃだめなはずのボクが、全然自分を抑え切れないんだもん!!

 ああああああ、おいしい!!
  遼くんのアナル、超おいしいよぉ!!
  ボクは、何かに憑かれたように、アナルの奥深くに差し込まれたローターのコードを、
ぐいっと引っ張った。
「んんんんんんん!!!!!!」

――ぶぶぶぶぶぶ、ぶぶぶぶぶぶぶぶ……。
  やや、小ぶりなローターが、遼くんの菊座から転がり落ちる。
  ちょっと、茶色い物体が付着した、そのローターは、もうボクには小さ過ぎて、
一人遊びにすら使わなくなった一品。
  んふふふ……大丈夫だよぉ遼くん。すぐにキミのここも拡張してあげる。
こんな“子供だまし”じゃ、満足出来ない身体に、すぐにしてあげるからねえ。
  それと、それと、あああああ、このローターについた遼くんの、ああああ!!
  何て、おいしそうなんだろう! 
  いや、いや、いや、いや、おちつけ、おちつくんだ、ボクっ!
  分かってる、このローターに付着してるチョコレート色の物体が一体何なのか、
そんな事は百も承知。
  でも、でもぉ……ああ、だめぇ、手が止まらないっ!!
――ぱくっ!

……ああああああああああ、おいしい、おいしいよぉぉぉぉ!!!!
……死んじゃう……こんなにおいしいの食べたら……ボク、死んじゃうよぉぉぉ……!

 

――ああああ、いや、危なかったぁ! このまま意識が飛んじゃうところだったよ。
  んふふふ、そうだよねえ、これからもっともっとおいしい、メインディッシュが
待ってるっていうのに、オードブルのチョコレートのおいしさで眼を回すバカもいないよねえ?
  ボクは名残惜しげに、口の中のローターを取り出すと、おもむろに、遼くんのオナホールを
睾丸で固定しているベルトを外し始めた。
  オナホールの中は、もうすごい事になってた。
  真っ白い粘液が、それこそミルクの缶を引っくり返したようにどぼどぼと、こぼれ落ちた。
  あああ!! 勿体無い!! 
  ボクは、オナホールから流れ出る遼くんのスペルマを、ごくごくと、一気に喉に流し込んだ。
  おいしぃぃぃ!!!!
  さっきのチョコレートもおいしかったけど、このミルクはそれ以上だよぉぉ!!
  でも、ああ、もう無くなっちゃう! さっきベッドに流れ出ちゃった分が、ああ勿体無い……!!
  いや、いや、どっちにしろ、こんな程度の量なんかじゃ足りるワケはないんだ!
  ボクは彼のペニスにむしゃぶりついた。この甘露を一滴でも多く貪り尽くすために。
「んんんんんん!!!!、んんんんんんん!!!!!!」

 その時、ボクははっとなった。
  遼くんのペニスの硬度が、若干ながら軟らかくなっている気がしたんだ。
  そうだ。こんなところで、遼くんの大事なミルクを無駄遣いさせるわけにはいかない。
  ボクにとっての今宵一番のご馳走。調教一日目の記念すべきメインディッシュ。
  すなわち、遼くんの童貞。
  それこそが、この、ああ、この……!!!

 いやいやいや、待てボク! クールだ。クールになれ。“計画”を忘れちゃだめだっ!!

 

「遼くん」
  ボクは、彼のペニスから口を離すと、息も絶え絶えになっている遼くんの口から
ショーツを引き抜いた。
「今から、ボクたちは一つになる。いいかい?」
「……」
  遼くんは、頬を真っ赤に染めて、眼を逸らし、静かに頷いた。
  ボクはロープをほどき、手錠と足枷を外し、彼を完全に解放すると、遼くんの隣に横たわった。
「静香……」
「いいよ、遼くん」

 その瞬間、今までの遼くんとボクの立場が、完全に入れ替わった。
  遼くんは正上位の体勢で、獣のようにボクに襲い掛かり、最後の体力でボクの股間に、
自分のペニスをあてがおうとする。が、童貞の哀しさ、何度も上手くいかずに
ペニスが膣孔を上滑りしてしまう。
  でも、でも、その上滑りに焦らされる感覚すら、気持ちいいぃぃぃ!!!
「あああっ!! 落ち着いてっ! 落ち着いてよっ 遼くんっ、もっと下を見て、そうそう、
  そのまま――あああっ!!!」

 はいった。

 そのまま、腰を振り続ける遼くん。
  ボクは、両足を遼くんの腰に回して、がっちりロックして……あああああっ、気持ちいいっ!!
  ボクっ、ボクっ、遼くんの腰の一振りごとにイっちゃってるよぉぉ!!!
  何も、何も、何も考えられないっ!!!
  あああああっ、遼くん!! 愛してる!! あいしてるよぉぉぉ!!!!

「あはっ!! だめだよっ!! 遼くん、そんな、うんっ! 程度の腰使いじゃ、ひぐうぅっ!!
  全然気持ちよくなんか……
  あああああ!! もっと、もっと、ひふっ! ひゃひぃぃぃ!
  そぉ、そぉやって!! んんんん!!!」

 ああ、遼くん、気持ちいい!!気持ちいい!!気持ちいい!!気持ちいい!!気持ちいい!!
  気持ちいい!! 気持ちいい!!気持ちいい!!気持ちいい!!気持ちいい!!気持ちいい!!
  気持ちいい!!きも――

「――かはっ!! ダメだよ遼くん!!  そんなんじゃ……くふうううっ!!
  全然、先輩に、かなわないよぉぉぉ!!
  ……ぁぁぁぁぁ……せんぱいの、おちんちんは、ふぐっ!!
  もっともっと、気持ちよくてぁぁぁぁ……もっともっと、太くて、堅くて、
  おおきく――あがぁぁっ!!」

「――何だと……何だと静香ぁ!!」

 あはっ、遼くんの顔色が変わったぁっ!!
  そう!! そうだよっ!! 遼くん、その眼だよっ!!
  もっともっと嫉妬してぇっ!! もっともっと、もっともっと怒り狂ってぇ!!

「オレが、オレが、キャプテンに……黒崎さんに負けてるってのかぁっっ!!」

「だめだよぉぉ! あはっ! 負けちゃってるよぉ遼くんっ!! このままじゃボクっ、
  先輩の事忘れられないよぉぉ!! ……くぅぅぅ……遼くんが、ひはっっ!!
  遼くんがへたくそだから……あああああああ!!! せんぱいのことわすれられないよぉぉぉ!!」

 ああっ、遼くん!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!
  愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!あい……

「やめろぉっ! キャプテンの、黒崎の名前なんか出すんじゃねえ!!
  いま、オマエとやってるのは、アイツじゃなくてオレなんだっ! この柴田遼太郎なんだぁっ!!」

……そう、それでいいんだよ遼くん……。
  絆っていうのは……一方通行じゃダメなんだ……。
  ボクがキミに近付くメスネコに嫉妬するのと同じように、キミもボクの周りの男に
  嫉妬しなくちゃいけないんだ……。
  そしてキミの瞳に、その嫉妬の光が無くならない限り、ああああ!!
  キミは永久に、永遠にボクのものなんだ!!

ヤマグチ編

 あれから3日後。
  つまり、落合静香さんの家で、柴田遼太郎君と会ってから3日後。
  放課後の図書館で、ある程度の今日の復習と明日の予習を済ませた私は、いつものように、
部室棟の横の小道を通って帰ろうとしていました。

 我が校は、一応名門私立大学の付属校という事になっていますので、進学校ではあっても、
スポーツ校ではありません。
  そのためか、学校自体も体育会系にロクに力を入れておらず、顧問の先生もほとんどが
素人のかけもちばかりで、また、予算もほとんど下りてこないので、
設備も結構ボロボロだったりしてました。
  グラウンドを見ると、いかにも狭苦しい校庭の中に、幾つもの運動部が練習しているのは、
端から見てもかなり、危なっかしい眺めでした。
  野球部、サッカー部、ラグビー部、ハンドボール部などなど……。
  私は、歩く速度を落とし、グラウンドに知った顔がいないかどうか、眼を凝らしました。
  落合さんに笑われてから、ようやく私も、せめてクラスの男子の顔くらいは憶えようと、
努力する気になっていたからです。

「あれ、山口さんじゃない」
  いきなり足元から声をかけられてビックリしました。
  何とそこに、アルミのタライで、ユニフォームを洗っている柴田君がいたのです。
「しばた、くん……? 何やってるの?」

 洗濯機を使わない、手揉み洗いのお洗濯など、実は生まれて初めて見た私は、
恥ずかしながらその瞬間、彼が何をしているのか分かりませんでした。
「ぷっ……っ、君って、オジョウサマなんだねえ」
  そう言って、笑顔で私の質問に答える彼。
  しかし、眼前の行為が“洗濯”だと聞くと、更に改めて疑問が湧いてきました。

 

「でも、何で柴田君がそんな事してるんです? 練習をしなくてもいいんですか?」
「ははっ、全く、ごもっともな質問だけど、コレも一応部活の一部なんだよ」
「お洗濯が練習なんですか?」
「そういう意味じゃない。ただ、運動部ってヤツは、所属する全ての部員が
練習に参加できるわけじゃないんだ。特に一年っていうのは、
部の雑務ってヤツを全て終わらせなきゃ、練習には参加できないもんなんだよ」
「部の雑務、ですか?」
「ああ。ボール磨きやスパイク磨き、グラウンド整備、それにこの練習用ユニフォームの洗濯やら、
  色々、ね」
「そんなの、そんなの、おかしくないですか? 柴田君はサッカーをするためにサッカー部に
  いるんでしょう? なのに練習に参加できないなんて、おかしすぎます!」
「や、山口さん?」
「百歩譲って、ボール磨きやグラウンド整備を部員がやるのは理解できます!
  でも、それはあくまで部員全員でやるべき事であって、一年生だけの仕事じゃないはずです!
  そもそも部員全員で一斉にやった方が早く終わるに決まってるじゃないですかっ!?」
「……」
「ましてや、先輩の練習着の洗濯やスパイク磨きなんて、おかし過ぎでしょう!?
  そんなの、どう考えても本人がやるべき事じゃないですかっ!!?」

 彼は、いきなり私の声が荒くなったので、呆気に取られているようでした。
  その瞬間、私も
『あ、まずい。柴田君が引いちゃってる』
  という、いやな空気を読んだのですが、それ以上に、私としても、もう引っ込みが
つかなくなっていました。
  彼の言う理不尽な制度が、体育会系一般の不文律だというのなら、そんな不合理なものこそ、
この私がこの世で最も許せないものだからです。
  しかし柴田君は、最初の数秒こそ呆気に取られていましたが、やがて肩で息をする私に向かって
苦笑を浮かべると、寂しそうに言いました。
「無理が通れば、道理が引っ込む。それがこういう世界なんだよ」
  私の興奮にあっさりと肩透かしを食らわせた回答に、今度は私が絶句する番でした。
しかし、それでは、まだ言葉が足りないと判断したのでしょう。彼はさらに口を開きました。

「例えば、相撲部屋の新弟子だ。
  兄弟子にチャンコ鍋を作ったり、風呂で背中を流したりするのは、彼らだろう?
  試しに機会があれば訊いて見ればいい。自分の相撲の稽古時間を割いて、
何故そんな事をしているのか。答えは簡単だ。彼らは口をそろえて言うだろう。
『だって、そういうものなんだから』ってね」
「……」
「君が、この答えに理解も納得も出来ないのは当然だよ。だから、オレから言える事は、
もうコレくらいしかない。君には申し訳ないけどさ」
「……」

 

 それから私は、結局この話を引っ張る事無く、そのままその場を立ち去りました。

 私には、分かりませんでした。 
  後から考えれば考えるほど。
  彼は何故、こんな屈託の無い表情で、こんな発言が出来るのか。
  いえ、彼が言う以上に、彼の話す内容に妙な説得力があったのは確かです。
  全く道理には叶っていませんが、相撲の話を持ち出された時、
ああ、なるほど、と思わせる空気がありました。
  ですが、これまでの私なら、そんなおためごかしの理論で舌鋒を収めるなどという事は、
およそあり得なかったでしょう。
  私自身の、納得のいかない事に対する正義感の激しさは、自分自身が一番承知しているからです。
  しかし、そんな道理に叶わない、私の最も嫌う話を、そうと思わせずに話せる男性がいた。
その事実に、私は動揺したのです。

 柴田遼太郎。
  落合さんから、色々と彼の話は聞いていたため、他のクラスメートほど他人という感じは
しませんでしたが、それでも、まだ私にとって遠い存在であった事は否めません。
  彼となら、もっと色々な話が出来るかも知れない。
  彼ならば、私の色々な話を聞いてくれるかも知れない。
  私の親友・落合静香さんの単なる同居人。
――というだけの存在ではなく、一人の人間として、彼の存在がより大きく、
私の中でクローズアップされたのは、多分、この会話からだったのかも知れません。

 

「――え?」
「やっぱりダメ……ですか?」
「いや、その、……ボクは別に構わないけど……一体どういう風の吹き回しだい?」
「……」
「まさか、――好きなの? 遼くんの事が?」
「ちっ! 違いますよぉっ!!」

 私は、慌てて全身で否定しましたが、落合さんは、物凄く寒い眼で、観察するように、
「好きでもないなら、どうして遼くんの事を聞きたいなんて言うんだい?」
「いっ、いやっ、私は単にっ、そのっ、データとしての柴田君の話が聞きたいだけで……」
「だから、何で? 何で遼くんなの?」
「いや、その、――ちょっ、ちょっと待って下さい!!」
  私は、一度落合さんの視線を外すと、深呼吸する。

――すぅ〜〜、はぁ〜〜。
――すぅ〜〜、はぁ〜〜。
……よしっ!

「ですから、同年代の男子生徒のリサーチをするためのモデルとして、ちょっと彼のことを
知りたいな、と思ったんですよ。柴田君は落合さんの幼馴染みでもあるし、いざとなれば、
男性としてでなく、人間としての彼の情報をあなたから入手する事が出来ますしね」
「……ふぅ〜〜ん」
  落合さんは、やはりイマイチ納得いかない表情を崩さない。
「それに柴田君個人も、この組の他の男子に比べて、かなり話しかけ易い人物に見えますし、
  何より、あなたが協力してくれれば、私としても結構心強いですし・・・・・・」
「・・・・・・」
「それとも落合さん、私の依頼に添えない事情が、何かおありになるんですか?」

「なっ、ちょっ、何言ってるんだよっ!! そんなのあるわけ無いじゃないかっ!?」
  それまで氷のような瞳をしていた彼女が、たちまち真っ赤になってしまいました。
  まあ、そうなる事くらいは計算していましたが・・・・・・。
  彼女が、柴田君にどういう感情を持っているのか、そんな事は、あの日の落合家の二人のやりとりを
見た瞬間に見当は付きました。
  ですから、この協力要請も本当のところ、恐くて恐くて仕方が無かったのですが、
それでも、大事には至るまいという楽観論が私の脳中にはありました。

 何故なら、この時点での、私の柴田君への興味は、あくまで人間観察の対象の域を未だ出ておらず、
この視線を恋愛関係に発展させていく気など、つまり落合さんの邪魔をする気など
毛頭無かったのですから。

7

 ハッキリ言わせてもらうと、このオレ――柴田遼太郎――は、あまりモテるタイプの男ではない。
  それは分かってる。
  改めて言われるまでも無いくらい、分かってる。
  女子生徒の間で、実は密かに人気がありましたとか、そんな気配すら、まるで感じた事は無い。
  そもそも、交友関係からして、静香と妹以外の女の知り合いなんて、ほとんどロクにいやしない。
でも、それを改めて気にするつもりはさらになかった。
  だって、同年代の連中なら、女といるより、男同士で騒いでいる方が、どう考えても楽しいからだ。

 それと、オレが、現状に危機感を持たずに、あぐらをかけるもう一つの理由。
  それが幼馴染みである落合静香の存在だった。
  あいつが、このオレをどういう眼差しで見ているか、そんな事は百も承知だった。
  だから、オレは他のどんな女たちに相手にされなくとも、気にする必要すらなかった。
  年端もいかねえガキの時分には、チラシの裏に婚姻届すら書いた仲なのだ。
  いずれは、静香との仲をハッキリさせて、ヤツを喜ばせてやらんとな。
くらいに考えていたのだから。

 しかし今、オレは男女交際の告白を受けた。
  それも、静香以外の女性から。

 以前のオレなら、間違いなく一蹴していただろう。
『気持ちは嬉しいけど、オレには好きな女がいる。だから付き合えない』
  そう言っていたはずだ。
  アイツの中にオレが居るように、オレの中にも、確かな存在感を持って、
アイツが根を張っていたのだから。
  いつからだろう?
  オレの中の落合静香という女に対する不信感が、抜き難いものに変化していったのは。

 

 アイツの態度は変わらない。
  アイツの視線は変わらない。

 相変わらず、幼馴染みとして以上の媚びを含んだ、ねっとりとした“女”の眼差しで、
オレに語りかけてくる。
  いつになったら、誘ってくれるのさ?
  もういい加減、焦らすのはやめてよ。
  ボクはいつでもOKなんだよ……。

 だからこそ、オレはアイツが理解できない。
  そんな落合静香が、何故“あんなもの”を持っている?
“あんなもの”を持っている静香が、何故いつもと変わらない態度で、オレと接する事が出来るんだ?
  その不可解なアイツの日常態度が、オレの、静香に対する距離を生ませ、
そこに図ったように現れたのが、山口由利さんだった。
  やがて、静香の不可解な態度に疑問を深めるのと反比例して、
オレの中で山口さんの存在がクローズアップされていった。
  何故なら、静香と妹以外で、このオレに関心を持ってくれた唯一の異性こそが、彼女だったからだ。
  オレは、山口さんに惹かれていく自分を、もう抑え切れなくなっていた。

 オレは、山口さんの告白を受諾した。
  しかしそうなると、その交際の一番の妨げとなるのは、やはり彼女、
――落合静香、だった。

 

「――え?」
「だから、そういう事だ」
「そういう事って……遼くん?」
「今日、女の子に告白された。――付き合うつもりだ」

 最初は、ぽかんと話を聞いていた静香だったが、やがて話の内容を理解すると、肩を震わせ始め、
「静香……?」
「――ぷっ……くすくすくす……くはっ! ――はっはっはっはっはっ!!」
「……」
「ひぃっ、ひっひっひっひっひっ……!!」
「……そんなに可笑しいか、静香?」
「――そっ、そりゃあ、可笑しいかってっ……!? こっ、これが笑わずにいられようかって……!!
  きゃははははははっ!!」
「お前がオレを馬鹿にすんのはいつもの事だけどな、そこまで爆笑される筋合いは――」
「スジアイ? スジアイって、何言ってんのさ遼くん。――あそこまで笑いモンにされて、
  まだ懲りないのかい、キミは?」
「じゃあ、今度の告白も、誰ぞのドッキリ企画だって言うのか」
「決まってるじゃないか、そんなもんっ!! 
  この武州大付属中等部における、伝説の“血のヴァレンタインデー”の立役者、
“実録トゥルーマンショー”の和製ニコラス=ケイジ。『そのリアクションっぷりは出川を超えた』
  とまで言われたキミに、本気で告白する女なんて……くくくっ……いるわけないじゃないか」
「……」

 

 確かに、オレもそう思う。

 中三の時のヴァレンタインデー。
  つまり今年の冬は(そう、現実にはあれからまだ、半年余りしか経っていないのだ!)
オレにとってはトラウマどころか、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になりそうな大恥を、
中等部高等部含めた全校生徒に、ネットでばらまかれてしまっていた季節だからだ。
  こんな、すっかりイロモノ化してしまってるこのオレに、愛の告白なんて罰ゲーム以外で
してくる女子生徒が存在するわけが無い。
  基本的には、その意見にオレも同意だ。
  こうやって差し向かいで言われると、腹も立つが。
  だがコイツは、一つ、大きな事実を忘れている。
「でもな、静香。今年の冬にウチにいなかったが、今は平気でクラスメートってヤツもいるんだぜ。
  例えば、高等部以降からの編入生とかな」

 静香が一瞬、ぎくりとした顔でこっちを見る。
「編入生って……まさか……遼くん、告られた相手って……」
「山口さんだ」

 その時の静香の表情こそ見物だったろう。
  てっきり、また笑い飛ばすかと思いきや、まじまじとオレに眼を見開き、
息子が癌だと知らされた母親のような、何も考えられない顔をしていた。
「ヤマグチが……? まさか、嘘だろ遼くん……!? だって、アイツはボクの親友で、
  そんなボクから……そうだよ、嘘だよ! 嘘に決まってるよっ!!
  遼くん騙されてるんだよアイツにっ!!!」
「……」
「許せないよ……うん、絶対許せないよねえ……うん!!
  あんな大人しい顔して、ボクの遼くんをそんな、そんな酷いからかい方をしてさぁ……!!
  これはアレだね? お仕置きだね? そう思うよね遼くん!?」
「静香」
「ボクからも、ボクからもきつく言っておくよっ!
  ボクの遼くんにそんなふざけた真似しちゃダメだって。
  いくら遼くんが優しくても、やっていい事と悪いことがあるって――」
「静香っ!!」
  オレは声を荒げた。
  静香に対して大きい声を出すのは実に久しぶりだったが、
静香の怯えが、そんな事に起因していない事は、傍目にも一目瞭然だった。

 

「……」
「……」
「……遼くん」
「……なに?」
「……返事は、し、た、の?」
「……」
「返事はしたの? 遼くん!?」
「……したよ」
  静香のコブシが、ぎゅうっと音を立てたのを聞いたが、オレは気にしなかった。
「――こっ、こんな質問、するだけ無駄なんだけどさ……。
  だって、だってボクは遼くんを信じてるし、遼くんだって……」
「OKしたよ」

 静香の相貌が、今まで見た事も無いくらい醜く歪む。
「なんで……?」
「……」
「何でキミが、ボクを裏切るの……?」
「……」
「だって、だって、――あり得ないでしょう? ボクとキミは結婚の約束までした仲で、ボクはもう、
  ず〜っとず〜〜っと、キミの事しか見てなかったんだよ……! それを、それを何で……」
「……」
「何で今さら裏切るんだよぉぉっ!!」
「だったらオマエは、オレを裏切ってないって言うのかっ!!」

 最初、オレにそう言われた時、アイツは瞬間、何の事か分からないようだった。
  だがオレとしても、もうアイツにずっとおとぼけを許しておく気は無かった。
「遼くん……一体何の事を言ってるの?」
「静香」
「ボクは別にキミの事を裏切ってなんか……」
「じゃあ、お前のパソコンの、あの画像データは何だ?」
  その途端、静香の顔色が蒼白になった。

 

「静香、オレは知ってるんだよ」
「りょうくん……!」
「あの日、このオレを、出川以上のリアクション芸人に仕立ててくれた張本人は、
  オレがブン殴った放送部のクソ野郎なんかじゃない。ここにいる落合静香、お前だって事をな」

 もう静香の顔は死体のように鉛色だった。
「いっ、いやそのっ、違うよっ! 違うんだよ遼くんっ!! ボクはっ!
  ボクはその……、これだってキチンと説明すれば分かる事なんだよっ!」
「じゃあ、説明してくれ。このオレが、キチンと、心底から納得のいくようになっ!」
「……」
「おかしかったか? 一日かかってブザマを垂れ流したオレが、
  普通にお前と日常生活を送ってるのは、さぞかし笑えたんだろう?
  で、今度はいつ発表されるんだ?
  新作が出たらオレにも知らせてくれよ。印税の徴収に行くからよ」
「……遼くん」
「……」
「……」
「……でてけよ」
「えっ?」
「もう、いいから出て行けよ!」

調教二日目(前編)

「ええ、その、往診のお医者様がどうしても風邪が酷いって言うもんですから……。
  はい、でも、ボクまで学校に行っちゃうと、遼くん――あ、いや、
  柴田君がウチで独りになっちゃいますし、どうしても……はい。
  すみません。どうも有難うございます。では……」
  そう言ってボクは、担任にかけた電話を切った。
「ふう。さて、と……これでよし」
「静香」
「なぁに?」
  声のした方角を振り返ると、素っ裸にひん剥かれた遼くんが、心細そうにボクを見ている。
  まあ、ひん剥かれたといっても、剥いたのはボクなんだけどさ。
  その、いかにも不安気な表情が、ボクの子宮をくすぐる……。

「オレをこれから……どうすんの?」
「んふふふ……どうなると思う?」
「また痛い事、するのか?」
「そうだねぇ。まあ、それは遼くん次第っていうところかなっ」
  ボクはそう言いながら、電話の傍らに、メモ帳と一緒に置いてあったペンを取り出し、
遼くんに見せつけるように、ゆっくりとペンにキャップを嵌め込む。
「ひぃっ!!」
  思わず後ずさる遼くん。
  でも、彼の足枷に嵌められた肩幅ほどの鎖。それが、遼くんの進退を妨げる。
  どさりと尻もちをつく遼くんに、ボクはにっこり笑いながら近付く。
ペンをぺろり、ぺろりと舐めながら。
  彼は知っているんだ。ボクの手にかかれば、こんなボールペン一本だって、
充分遼くんを責め上げる凶器になるって事を。

「遼くん、痛い事と気持ちいい事。どっちがいい?」
「しっ、静香っ……!」
「答えてくれないなら、ボクが勝手に決めちゃうよ」

 

 そう言いながら、ボクはペンからキャップを外し、きらりと光る先端部分を彼にかざす。
  ああ、今日はこのまま遼くんのアナルを、一日かけて開発してあげたい……。いや、だめだだめだ。
そんな事はいつだって出来る。それより、彼の調教を“計画”通りに進める事の方が優先事項だっ。

「安心していいよ遼くん」
「えっ?」
「今日はもう、これ以上いやらしい事はしないよ。
  その前に色々と考えなきゃいけない事が一杯あるからね」
「考える……事?」
「例えば“遼くん刑法”の制定とかね」
「――なに? それ?」
「だぁからぁ、ボクと遼くんの間だけの法律だよぉ」
「ほっ、ほーりつ?」
「法律違反は当然ハンザイだよぉ。犯罪者には、きつーいきつーい“罰”が科せられますからねぇ」
「“罰”って、静香……」

「さぁ〜てと、それじゃあ行きましょうか。まずは栄光の第一条! これはもう決まりでしょう!
『遼くんは、浮気をしてはならない』うん、これで決定!! どう遼くん?」
「どうって……基準は?」
「基準?」
「だから、オレが浮気したっていう基準だよ。
  お前以外の女との、どの程度までのコミュニケーションが許されるんだ?」
「何言ってるんだよ遼くん、そんなの決まってるじゃないか」

 

「決まってる……? 性行為かい?」
  おずおずと、そう切り出す遼くんを、ボクは思わず笑い飛ばした。
「性行為って……そんなワケないじゃない。空気だよ、空気」
「くっ? くうきぃ?」
「ムードって言った方が伝わるかなぁ。キミがボク以外のメスと楽しそうにしてたら、
  それだけで立派な“浮気”だよ」
「っっっ!! だから、その基準を訊いてるんだよっ!
  空気とかムードとかっていうのは、あくまで主観的な視線であって、
  客観的な物の見方じゃないだろう!?」
「基準は、ボクの独断と偏見だよ。当然だろ?」
  あっさりと言い放つボクに、遼くんは、瞬間言葉を失ったようだった。

「だって、そうだろ? この“遼くん刑法”の法廷に於ける検察官はボク。裁判官もボク。
  弁護士も陪審員もボク。そして遼くん、キミに許された役割といえば……」
「おっ、オレの……役割は……?」
  遼くんが、血の気を失い、今にも気絶しそうな顔色をしている。
  そんな彼にボクは慰めるような笑顔を向け、
「被告人にして、受刑者――ってところかな?」
「いやだぁぁぁぁぁっっ!!」

 んふふふふふ……、遼くんの反応はいちいち新鮮だなぁ。全く飽きないよ。
  でも、残念な事に、どうやら遼くんは、この“遼くん刑法”の本質を
未だに理解していないようなのだ。
  どうしてなんだろうねえ? キミは成績はいいのに、何故かそういう事態の本質の理解力に欠ける。
  つまり、頭が堅い傾向にある。
  まあいいさ。
これから、その脳髄を蕩かして、すぐにボク以外の事は考えられないようにしてあげる……。
  でも、その前にこの“遼くん刑法”の草案をまとめないとね。
 
  第二条から第五条までは、案外すんなり決まった。
  まあ、僕の頭の中で、あらかじめ、いくつかの腹案を練っていたからなんだけどさ。

 第二条『遼くんはボクの命令に絶対服従しなければならない』
  第三条『遼くんの肉体は、その血の一滴に至るまで、占有権と所有権はボクにある』
  第四条『遼くんはベッドインの際、絶対に、ボクが満足するまでイカせねばならない』
  第五条『遼くんは絶頂の際、可能な限りボクと一緒にイカねばならない』
  第六条『遼くんは将来に於いて、必ずボクと法的に結婚せねばならない』

 これだけの条文を一気に書き上げ、彼に見せる。

 

 勿論、いまさら承諾を得る気なんか無い。
  これはもう、“決定事項”なんだから。
  遼くんは、尻餅をついたままのブザマな姿勢でこれを読み、もう何もかも諦めたかのような表情で、
ボクを見上げた。
「ボクは……静香と、結婚できるの?」

 その、ボソリと呟いた一言は、ボクを電流のように貫き、一瞬、眼前が真っ白になった。

……ああ、ボク、また遼くんの言葉だけでイっちゃったの?
  だって、だって、仕方ないよっ!!
『結婚できるの?』と呟いた遼くんの顔は、うっすらとだけど、明らかに頬が朱く染まって、
喜びを隠しているのがバレバレなんだもんっ。
  結婚したいよぉっ! 本当なら、今すぐにでも市役所に駆け込んで、婚姻届を提出して、
その足で教会に駆け込んで、神様に誓いを立てたいよぉっ!!
  ビシッと正装で決めたキミのお尻を、カッターで破いて剥き出しにして、
ぺニバンを使ってイエス様の前で犯し抜いてあげたいよぉっ!!
  披露宴のお客さんの前で、花嫁姿のまま、キミにたっぷりフェラチオをして、
ウェディングケーキをさらに白くデコレートしてあげたいよぉっ!!、
  でも、でも、まだダメなんだっ!!
  キミを“完全に”ボク独りの虜にするためには、まだまだやらなきゃいけない事があるんだよっ。
 
  ボクは、昂ぶる身体を無理やり理性で静めながら振り向き、あえて、その質問には答えなかった。
「勿論、この法案はこれで完成ってワケじゃない。当然これからも付け足されていくだろうし、
  場合によっては消されていく事もある。ボクと遼くんの関係性の変化によってね」
  遼くんは、またもやボクの言わんとする事が分からなかったみたいだ。

「だから、当然ボクが――遼くんに飽きた場合の事も考えておかないとね?」

調教2日目(後編)

調教二日目(後編)

 遼くんは何も言わなかった。
  ただ、あんぐりと口を開き、その数秒後に俯き、悔しそうに肩を震わせ、鼻をすすり始めた。

「泣かないでよぉ、遼くん。むしろこれは当然ありうる事じゃないか」
  あり得る訳なんかない。ボクが遼くんを捨てるなんて。そんな事は天地がひっくり返っても
あり得ない。ボクが遼くんの前から姿を消す時は、それはボクが死ぬ時で、
遼くんがボクの前から姿を消す時は、それはボクがキミを殺す時だけだ。
  でも、ここで、そんなボクの本音を匂わすわけにはいかない。

「――ったねえよ。きたねえよ……」
「え?」
「人をここまで……といて……飽きたら捨てるって……何なんだよ、それ……!?」
「……」
  そう言いながら、肩を震わせうずくまる遼くんを、ボクは可能な限り冷たい眼で見下ろす。

 そうなのだ。
  負けちゃいけない。
  ここで、遼くんに一歩譲って優しくしたら、
  彼はまたもや、間違いなく他のメス豚に眼を移すだろう。
  そのためには、どうすべきか?
  彼を追い詰めなければならない。
  捨てられないためには、自分から喜んでボクに奉仕する。そんな遼くんにしてしまわねばならない。
  ボクは、あの日の事を無理やり思い出す。
  遼くんから別れを告げられた、あの忌まわしい日の事を。
  彼は一度、ボクを裏切った。
  ボクを裏切り、他のメス豚の元へ行こうとした。
  思い出せ。
  思い出せ。
  許せるか?
――許せない。
  許せるわけなどない。

「遼くん」
  ボクは、法案の下に、新たに書き連ねた条文を彼に見せた。

 第七条『遼くんは、御主人様であるボクの一切の男女関係に関与する事を禁ずる』
  第八条『“遼くん刑法”に於ける新法の考案、採用、または旧法の削除、
  抹消などの権限もボクが有する』

「静香……」
「んふふふ……、この法案、ボクが帰ってくるまでに暗記しといてね」
「帰ってくるまでにって、どこか行くのか?」
「うん。先輩のところ」

 

「しっ、静香ぁぁっ!!」
「いちいちうるさいよっ、遼くんっっ!!」
  殺意すらこもった眼でボクを睨みつける遼くん。
  その凛々しさに、思わずうっとりしそうになるけど……でも、だめだよ。
  躾は躾。きちんとしなきゃ。
「忘れちゃダメだよ遼くん。最初にボクを裏切ってヤマグチのところへ走ったのは、
  キミなんだからね」
「……」

 んふふふふ……効果覿面ってやつだね。
  さっきまでの凛々しいお顔が、だ、い、な、し。
  でも、安心していいよ遼くん。ボクが黒崎先輩に会いに行くのは本当だけど、
キミが考えてるようなようじゃない事も、確かだから。

「さて、と」
  ボクは、ドレッサーの引き出しにある南京錠を外し、オナホールとパールローターを取り出し、
遼くんに放り投げる。
「……」
  ボクは、無言で座り込む遼くんの傍に腰を下ろすと、
彼のおちんちんにオナホールをはめ込み、固定した。
「うっ」
「まだだよん」
  さらに身体を起こさせ、いかにも安産型(?)な遼くんのお尻に、ローターを突っ込む。
「くううっ!」
  そして……、
「静香!? ちょっ、まだ入れるの?!」
「うん。今日から二個同時にね。キミも早くこっちで楽しめるようになった方がいいでしょう?」
「でっ、でも――あうううっ!!?」
  ぶびびびびび……がっ……びびび……ががっ……びびぶぶぶ……!!
「あああっ!! あああああぁぁぁっ!!?」
  遼くんのお尻の中で二つのローターが同時に振動し、ぶつかり合い、
相乗効果で更なる刺激が彼の肛門に与えられているのは、見るも明白ってやつ?
  そこに、このオナホールのスイッチを入れたらどうなるんだろう……?
「どうなると思う?」
「しっ、しずかっ……ぁぁぁぁあああ!!!」
  ああ、やっぱり、スイッチを入れたらこうなるんだねぇ。

 

 正直、予想はしてたけど……本当にいい感度をしてるよ、遼くんのアナルは。
今でさえこの感度なのに、本格的に開発したら一体どのくらいの……?
  んふふふふふ……ひょっとすると、ボクのアソコよりも気持ちいいかも知れない……。
  羨ましい……ったら全く。

「遼くん」
「ぅぅぅぅぅ……はぁっ、はぁっ、はぁっ……くくぅぅぅ……」
「聞こえないの?」 
「はうぅぅぅっ! 聞こえてるよぉっ!!」
「んふふふ……そっかぁ。じゃ、一応言っとくけど、今日は足枷はしても手錠は無しだよ」
「な……んで?」
「だって、手錠なんかしたらこれを外せないでしょう?」
  また、遼くんがぽかんとした顔でボクを見る。こういう“比喩表現”っていうの?
  こういう言い方が、どうにも遼くんは苦手みたいだ。
「だぁからぁ、こういうオモチャを前後に仕込んでボクは出かける。
  でも、キミの両手は自由だから、その気になったらいつでも外せる。でもね、でもね、遼くん」
「うん」
「――外したらどうなると思う?」

 その瞬間、快感にあえぎつつボクを見ていた遼くんの顔が、さぁっと青くなった。
「遼くん。あくまでボクは、キミの自由意志を尊重するからね。
  だからこのオモチャを外すも外さないも、キミの自由なんだ。でも、外せば一体どうなるか。
  ――分かってるよね?」
「……分かりません」
「んふふふふ……そうだね。分からない方がキミのためかも知れないねぇ」

 遼くんはもう、ボクの方を見てすらいなかった。
  ただ背を丸めて、肩を震わせていたんだ。
  その震えが快感のためか、それとも恐怖のためか、ボクには分からなかったけども。

 ボクは、そんな遼くんを置いて、ケータイを開き、わざとらしく電話をかける。
  当然、遼くんに聞こえるようにネ。
「――あ、黒崎先輩ですか? はい、ボクです、静香です。
  今からそっちへ向かいますんで、約束の場所で待っていて下さい。ええ、じゃあ」
「しっ……静香……」
「じゃあ、遼くん行ってくるよ。お留守番しっかりね」
「お前、お前本気で、本気でキャプテンに……!?」
  ボクはその問いには答えず、遼くんに背を向けた時、彼の、血を吐くような絶叫が聞こえた。
「静香ぁぁぁぁ!!」

 

「別れたい……?」
「はい」
「それは落合、オレと、かい?」
「はい」

 最初にそう言われた時、サッカー部のキャプテンである黒崎さんは、
何を言われたのか分からない顔をしていた。
  遼くんも、よくそんな表情をするけど、やっぱり違う。
先輩は遼くんほど可愛くなければ、苛めてオーラも出ていない。
  そりゃあ、遼くんよりは多少もてるのかも知れないけど、良くも悪くもフツーの人だ。

「何で、イキナリそうなるんだ!? 3日ぶりに連絡が取れたと思ったら、授業時間中だし、
  口を開けば別れ話だし……オレは別に、お前と痴話喧嘩をしてた記憶は無いんだがな」
「……」
「聞かせろよ。納得のいく説明ってやつをよ」
  そう言いながら、先輩は冷めかけたコーヒーを一口すすった。

 ここは、学校の近くのファミレス。
  実はこの場所は、ヤマグチのクソ女が遼くんに告白した店でもあるのだが、
不覚にも、現時点で、ボクはそんな事実を知らなかった。
  まあ、それはいい。
  それはいいとして、ヤバイのはボクの用件だ。
  黒崎先輩は、決してオンナノコに暴力をふるうような人じゃない。
  でも、それも限度によりけりだろう。
  特にこの先輩は、学内でも野球部の池波先輩と並ぶモテ男で、
こういう形での一方的な絶縁宣言なるものは経験した事が無いはずだ。
だから、交渉次第では、遺恨を残す可能性がある。
  つまり、ボクだけじゃなく、遼くんにもとばっちりが行く事もあり得るという事だ。

 でも、でも、やっぱり何と説明したらいいかなんて、見当もつかないよぉ。

 

「落合」
「はっ、はいっ!」
「お前、何を隠してるんだ?」
「かっ、隠してなんかっ……!」
「本当か?」
「本当ですっ!」
「……」

 先輩がボクの顔を覗き込む。
  まるで、心の奥底まで覗かれちゃうみたいな、そんなおっかない眼だ。
  ボクは無意識に俯き、先輩の視線を避ける。
  何だろう。丸裸にされちゃいそうな眼差しなのに、なぜかボクは、こういう視線にデジャヴがある。

――あっ、あれだ!
  遼くんだ。
  昔、遼くんがミステリー小説を読みながら、よくしていた目付きだぁ。
  最近、遼くんったら、そんな小説じゃなくて、時代物ばかり読んでるから、
  しばらく見てなかったけど、久しぶりに、遼くんのあの表情を見てみたいなぁ……。

「落合」
「はっ、はいっ!!」

 最悪だ。
  ボクって、最悪だ!
  眼の前の人と、こんな真面目な話をしようって時に、ボク、ボク、
  全然関係ないはずの遼くんの事とか考えてるっ!!
  そう思って、思わず顔を上げた時、先輩の貫くような視線に射抜かれちゃったんだ。

「落合、もう一回だけ訊くぞ。お前、オレに何か隠してないか?」
「かっ…かくして…」
  だめだ、だめだ、だめだ……! もう誤魔化せないよっ!!
「ま……す……」
「隠してるんだな?」
「……はい」
「何を?」
「……」
「何を隠してる?」
「……言えません」
「言えないのか?」
「はい」
「そうか」

 もう、ボクは何を喋っていいか、分からなかった。
  何を話しても、話すソバから墓穴を掘ってしまいそうで。
  自分が恐くて、もう口を開く事が出来なかったんだ。
「確か一昨日から、柴田が部活を休んでるんだよ」
「っっ!!」

 

「お前が何も話したくないのは分かった。だから、俺が話す。いいか?」
「……」
「かなり想像を交えた話だから、最後まで聞いて、その上で完全にズレてたら教えてくれ」
「……」
  ボクはもう、先輩が恐くて、眼を開ける事すら苦痛になってしまっていた。

「結論から言えば、お前が、俺に近付いたのは、俺が好きだったわけでも何でもない」
  思わずビクリとなるボクの反応を見て、先輩が溜め息混じりの苦笑を浮かべているのが、
  ボクには分かった。
「目的はただ一つ。柴田に自分の存在をアピールするためだ」
「……」
「一年の柴田が、クラスの女と付き合ってるっていうのは聞いた事がある。
  だからお前は、柴田に最も近しい、それでいて最も逆らえない存在である、この俺に近付いたんだ。
  柴田が所属する部のキャプテンである、この俺にな」
「……」
「俺に近付き、俺と交際し、俺にキスも、バージンも、アナルも、フェラも、ほとんど何もかも
  俺に捧げ、その上で、その事実すらも、お前は柴田を嫉妬させる材料に使ったんだ。
  アイツに1ミリでも、お前に対する未練が残ってる可能性に賭けてな」
「……」
「その結果、アイツはお前への未練に屈服し、いまお前のとこにいる、のか?」
「……はい」
「……そうか。やっぱりな」
「……」
「まんまとダシに使われたってわけだ」
「っっ!!」
  ボクは再度俯き、先輩の視線から思わず身を逸らした。

 先輩が怒ってる。
  ボクは先輩を怒らしてる。
  当たり前だ。あんな酷いことをしておいて、先輩の男としてのプライドをズタズタにしておいて、
  怒られないわけが無い。怒らない人がいるわけが無い。
  ボクは最悪だ。
  先輩の言った事は間違っちゃいない。
  ボクは先輩をダシに使ったんだ。
  遼くんを振り向かせるためとはいえ、ボクが先輩にした事は、絶対に許されざる行為だ。
  それを分かってて、ボクはやったんだ。
  ボクは、ボクは、やっぱり、最悪だ……。

 

「落合」
「……」
「最後に一つ、聞かせてくれ」
「……」
「もしもだ。もしも、おまえの作戦が実を結ばなかったら。
  ――つまり、お前が俺と交際しても、柴田がそれを割り切って、
  クラスの女の子と別れてなかったら……俺は、お前と今でも付き合えてたのかな……?」

 そう言った先輩は、少し照れ臭そうな、今までボクが見た事の無い表情をしていた。
  怒ってないの?
  こんなボクを、先輩をまんまと利用したこんなボクを、――何で、何でそんな切なそうな顔で……。
  まさか、許してくれるの、このボクを……?
  中等部時代から、女泣かせでならした黒崎先輩が、こんな表情をするなんて……
  ボクは思わず自分の罪の深さに、胸が痛くなる。
  だって、そんな先輩だからこそ、なおさら嘘は…先輩が喜ぶような答えは返せない。

「それは、ない……です」

 先輩はもう、ボクの答えを半ば予想してたみたいだ。
  でも、やっぱり寂しそうな顔で、
「そっか……、やっぱ無いか」
「はい……」
「もし、柴田が彼女と別れなかっても?」
「その時は、何か別の手を考えたと思います」
「そっか……。じゃあ、もともと俺の眼は無かったんだ」
「……すいません」
「……」
「……」
「仕方、ないよな」
「先輩、あの――」
  何かを言いかけようとするボクを制して、レシートを取ると、先輩は立ち上がった。
まるで、憑き物でも落ちたかのように、サッパリとした表情だった。
「俺に何かできる事があったら、いつでも言いに来い。いつでもいいぜ」
  そう言って先輩は出て行った。

 ボクは……先輩に対する恥かしさと、後ろめたさと、ありがたさで、
  自分が泣いている事すら気が付かなかったんだ……。

ヤマグチ篇(前編)

 その時、私たちの眼前で寝息を立てていた妹さんが、ようやく眼を覚ましたようでした。
「あ……れ……?」
「元気してたか美百合(みゆり)、これ、差し入れのバームクーヘン」
「……にい、さん? 来てたんなら起こしてくれたら良かったのに」
  そう言う彼女の寝ぼけ眼が、たちまち情熱に満ちた彩りを取り戻します。
そんな妹さんを、柴田君は軽く制し、

「構うな、寝てろ。お前の寝顔を見ながら飲むお茶は、うまかったぜ」
「あ! また勝手にあたしの玉露なんか飲んで! それ高かったんだよっ」
  そう口を尖らせて、可愛いオレンジのパジャマ姿をベッドから起こす妹さん。
それを苦笑いしながら柴田君は、湯飲みを一口すすりました。
「何言ってやがる。もとをただせば、オレが持って来た茶葉じゃねえか」
「ぶっぶ〜〜。この茶葉は、もうその時の玉露じゃないも〜〜ん。
  あたしが下の売店に頼んで取り寄せてもらったヤツだも〜〜ん」
「でも、そのゼニはお前の小遣いだろ? その小遣いはオレのバイト代が化けたもんだから、
  この茶を飲む権利はオレにもある。異議は?」
「……ないっス」
「よろしい」

 そう言いながら、彼は湯飲みを妹さんに手渡しました。
「え……?」
「何だ? いらないのか?」
「え? あの、でも、兄さんのは?」
「オレ? オレの茶は、また淹れる」
「だからぁ、そうじゃなくて――」
「要らなきゃ、返せ」
「……飲む。ありがと」

 耳まで真っ赤にしながら、妹さんは受け取った湯飲みを大事そうに抱えると、
所在なさげに湯飲みを、掌の中で、茶道みたいに回していましたが、
やがて、ちびり、と一口お茶をすすった表情は、玉露どころか上等のワインでも飲んだかのような、
うっとりとしたものでした。
――端から見ていた私には、彼女は湯飲みを回しながら、兄が口をつけた箇所を探していたようにすら
見えましたが……、多分、間違いはないでしょう。

(なるほど。確かにこれは……)
  柴田君から、妹はかなりの“ブラコン”だと聞いてはいましたが、彼女の態度は、
確かに“兄妹”と呼ぶには、やや違いすぎるニュアンスが含まれすぎていました。
  慣れているのか、柴田君はそんな妹さんの態度にも、全く動じる事もなく、
むしろ飄々とした態度で、彼女をいなしている感じでした。

 

 ここは、市内の総合病院。
  今、私こと山口由利は、クラスメートの柴田遼太郎君と二人で、彼の妹である、
美百合ちゃんの見舞いをかねつつ、彼女の本を借りに来たのです。
  6人部屋の病室は暑苦しく、その一角でしかない彼女の区画は狭苦しいものでしたが、
そこを更に狭く見せているのは、一見病室にそぐわないほど巨大な一個の本棚であり、
そこに大量に並べられた蔵書の数々でした。

 いや、それだけじゃありません。
  本棚の横にあるのは、最新型のパソコンに、衛星チャンネル内蔵型のデジタルチューナー。
どれもこれも、一つ10万以上は軽くする、高価なシロモノばかりでした。
  そして、妹さんが眠っている間に聞いたのですが、これらは(本も含めて)全て、
柴田君本人が中学生時代に年齢を誤魔化してバイトで稼いだお金で、購入した物なのだそうです。
  入院中の妹さんに、少しでも退屈な、寂しい思いをさせないために。
  それだけ聞けば、この柴田君自身も、充分シスコンの資格は持っていると思いましたが、
あえて私は口に出しませんでした。

 あれから――サッカー部での洗濯談義以降、私は柴田君と、急速に話をするようになりました。
  私は(何度か本文中で触れたように)自ら認める“腐女子”ですので、マンガや小説を書いたり、
読んだりするのは大好きです。
  そして、そんな私の最大の悩みは(例の男性恐怖症はともかく)、
同年代の女の子たちと話が合う話題が、ほとんど無い、ということです。
  この年代の女の子たちの会話といえば、やはり1に恋愛、2にファッション、
といったところだけど、そのいずれも、私にとっては不得意分野以外の何者でもありません。
  また、それとは別に“他人の噂”という一大ジャンルがあるのですが、
高等部以来の編入生である私にとって、彼女らの口から出る名前は、
その半数以上が聞きなれない名前ばかりですので、やはり参加は困難でした。
  ですから、女の子たちと会話している時は、聞き役に徹するか、
第三者として客観的な意見を述べるかぐらいしかする事がなかったのです。
  もっとも、男子が苦手な私が、恋愛の客観的な意見を述べるなんて、滑稽の極みですが。

 で、話を戻すと、そんな私が唯一趣味を語り合えたのが、
何とこの、意外な事に、柴田君だったのです。
  彼の知識は豊富であり、昭和初期の少女小説から、SF、推理、ハーレクイーン、歴史、伝奇、萌え、
その他様々なジャンルに於いて通暁しており、まさしく『私が知るものにして彼の知らざるは無し』
というほどのものでした。
……さすがにボーイズラブは読まないようでしたが。

 

 彼が言うには、死んだ両親が二人して読書家だったそうで、
幼い頃に彼は、その大量の蔵書を読破しろと、母に言われ(言う方も言う方ですが……)、
それを中一にして達成したという、折り紙つきの本の虫だったというのです。
  妹さんも当然、そんな兄の薫陶を受けて、かなりの読書家だという話でしたが、
なるほど、この本棚を見る限りは、嘘では無さそうでした。
  そんな妹さんが、持っていると聞いたのです。
  私が読みたくて仕方が無い作家にもかかわらず、
もうどこにも売っていない“幻の長編”を持っていると。
  で、私は彼に頼み込んで、彼女の入院先までついてきたというわけです。

「この人は山口さん。オレのクラスメートだ」
「あ、あの、山口です。はじめまして。柴田君には、いつもお世話になってます」

 それまで、うっとりと酔ったような眼差しを、兄ばかりに向けていた彼女は、
紹介されて初めて私の存在に気付いたようでした。
  ピクニックの最中に、いきなり蜂に刺されたかのような表情で、
私をまじまじと見つめ、一言ぼそりと、

「――カノジョ?」

 と呟きました。
  私は思わず寒気がしたのですが、やはり兄は偉大です。全く動じずに、
「いや、別に」
「だったら何で、二人だけなの? 付き合ってるからじゃないの?」
「いや、今日はお前にもこの人を紹介しようと思ってな」
「どういう事?」
「つまり――」
  立ち上がった柴田君は、本棚から一冊の文庫本を取り出し、私に渡してくれました。
「こういう事さ」
  その本こそが、私が読みたくて仕方が無かった一冊、平井和正の『アンドロイドお雪』でした。
「あっ、これっ!?」
  思わず私は、声を立ててしまいました。

『アンドロイドお雪』
  嫉妬、修羅場系の伝説の逸品。
  主人公を心配する恋人を尻目に、ひたすら主人公を篭絡、破壊してゆく“お雪”の凄まじさや、
クライマックスの、恋人と“お雪”の主人公を巡る修羅場は、
一種の爽快感さえ与えてくれる救いの無さだと言われているという……。

「SF系だけじゃねえぜ。オレと『妖説太閤記』の話で、半日盛り上がれるヤツが、
まさかお前以外にいるとは思ってもみなかったよ。……つまり“こっち側の人間”ってわけだ」

 

 あっちゃぁ〜〜。
  もうちょっと、言葉を選んでくださいよ。
  ほら、見てる見てる。私いま、視線だけで殺されそうですよ?
“こっち側”って……そんな嬉しそうに言わなくてもいいじゃないですか、
  そう柴田君に主張したかったのですが、ハッキリ言って、私は、
長年探しつづけた一冊の内容が気になって仕方が無かったので、それどころではありませんでした。

「つまり……私の本を貸してあげてくれって……?」
「まあな」
「……」
「だめか?」
「……」
  本を見た瞬間の、私の反応に嘘はないと思ったのか、妹さんは、ようやくさっきの、
瞳孔の開いたような眼差しを、戻してくれました。

「……いいよ、兄さんがそう言うなら」
「あっ、有難うございますぅぅ!!」
  気が付けば、柴田君が口を開く前に、私が直接、もう抱きつかんばかりに御礼を言っていました。
  それにビックリしたのか、或いは気を良くしてくれたのか、彼女の態度は、急に軟化していき、
30分もすると、私たちが3人でしている会話は、全くぎこちなさの無い、
自然なものになっていきました。

「――あ、トイレ」
  そう言って、柴田君が席を立ったとき、私と美百合ちゃんは、
昨日の夜中に某民放で流された萌えアニメの話をしていました。

――が、兄を見送ったその瞳が、こっちに向いた瞬間、その眼差しは先程までの殺気を孕んだものに
変わっていました。
(こっ、こわっ……!!)

2007/02/27 To be continued.....

 

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