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とある死者の魂の風景



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僕は他の人が持っていない、特殊な力があります。
それは、幽霊に触れるというものです。
霊感が強い人は沢山いますが、僕のように触ることができる人は、たぶんいないでしょう。

それはさておき、僕はこの度、一人暮らしを始めることになりました。
『……おはよう……』
始めたのですが。
『……今日みたいな雨の日だった……』
少し困ったことがありまして。

 

『……私が殺されたのも……』

 

はい……実は、新しく借りた部屋に幽霊がいましてね。
強制的に同棲生活を送らされています。
やはり、家賃月3000円、敷金礼金なしには理由がありましたか。
破格の安さに惑わされて、物件を下見することなく即決したのがまずかったようです。

彼女――あやめさんは5年前に発生した、強盗殺人事件の被害者です。
当時のことはあまり詳しく知りませんが、なんでも酷い殺され方だったようで、
その時の恐怖と苦しみのせいでいまだに成仏できずにいたのです。

「あのね、あやめさん」
『……なに……』
彼女と初対面した時にぶつけられた怨念は、それはそれは凄まじいもので。
「朝からテンション下がることは言わないでほしいなあ……なんて」
耐性のかなり強い僕でさえ、気を抜けば卒倒してしまいかねないほどでした。
『……だって……憎いから……』
確かに彼女の存在は厄介でしたが、それ以上に厄介なものがありました。
「そりゃあ、自分を殺したやつのことが憎いのは分からなくもないけど、ね?」
それは、僕の半端な優しさです。
『……違う……』
僕は自分を呪い殺さんとする幽霊に対して。
「違うって何が?」
助けてと言いながら僕に怨念をぶつけるあやめさんを。
『……憎いのは……あなた……』
大丈夫、僕が助けてあげるよと語りかけ、あまつさえその冷たい身体を抱きしめました。
「ええっ!?なんで僕が!」
その結果、僕はあやめさんに。

 

『……憎いぐらい……愛しているから……』

 

恋愛感情を持たれてしまったようなのです。

 

それ以来、僕はあやめさんにずっと憑かれています。
まあ、あやめさんは世間一般で言うところの『悪霊』なわけですが、
一緒にいてだんだん分かってきました。
彼女は純真無垢な少女のままなんです。
そりゃまあ、彼女の回りを覆う青白い光や、真っ白な死に装束には度々ビビりますけど。
それでも、何気に僕のことを心配してくれたり、家族のことを思い出して泣いたり。
本当に綺麗な心をしているんだなと思います。
最初、氷のように冷たかった身体は、日に日に温かくなっていきました。
それは、悪霊から無害な幽霊になっていることを表します。
僕のことを想ってくれて、変な言い方ですが怨念が和らいでいるようです。
良かったと思います。
このままいけば、あやめさんは成仏できるのですから。

ですが僕の予想は大きく外れ。
『……さっきの女……いつも馴れ馴れしいね……』
あやめさんは成仏するどころか。
「いや、大学生なんてそんなもんだと思うよ?」
ずっと僕と一緒に居たいなんて言い出しました。
『……私……あなたのことが誰よりも好きなのに……』
そんなことが許されるわけがないと僕は言いました。
「それは重々承知してるけどさ、女の子と喋っただけで怨念ぶつけるのはやめてよ」
すると彼女は。
『……分かった……でもね……』
最初の頃にぶつけた怨念よりも遥かに強い力で僕を縛り上げ。
「でも?」
死んだほうが楽なんじゃないかという恐怖と苦しみを与えながら。
『……前にも言ったけれど……』
動けない僕を後ろから抱きしめて、耳元でこう囁きました。

 

『……捨てられるぐらいなら……あなたを殺して……ずっと離れられないようにしてあげる……』

 

あやめさんは、これからもずっと、悪霊のままなのかもしれません。

2007/01/31 完結

 

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