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魔女の逆襲



第1話 からすおんなの逆襲

 深い森の中、一人の女が歩いていた。
  木々の間を抜けた雑草もぼうぼうと生え揃う獣道を一心不乱な様子で歩いていた。
  彼女を動かすのは一種の狂気と、一歩足を進めるごとにりぃんりぃんと鳴り響く鈴の音だった。

――あぁ。なぜ私は一人なのだろうか。

りぃん。

 まるで己の運命を呪うかのように、呟く。
  その言葉はまるで呪詛のように彼女の心の奥にこびりつき、
  ぐるぐるとアカグロイロをした思考を脳に纏わせる。
  元々は、美人であったであろうその顔は、深い悲しみと憎悪でぐしゃりとゆがんでいた。

――あぁ。どうして。私が恋焦がれたあの人は、あの鴉女の元へといってしまったのだろうか。

りぃん。

 彼女の呟きがある女への憎しみをまとわせるたび、握り締めた鈴の音がりぃんりぃんりぃんと
  その音を大きくさせる。
  森中に広がる鈴の音。けして、鳴り響くはずのないのに。

――羨ましい。
  あの人の、心も、体も、愛情も、目も、鼻も、口も、髪の毛一本でさえも自分のモノとした鴉女が。

 りぃん。

――憎い。私から、全てを奪った鴉女。憎い。私を捨てたあの人。

 りぃんりぃん。

 森に鈴が鳴り響いていた。

 

――でも……、それよりも一番憎いのは、私自身。 愛する人を奪われながら取り返すこともできず、
  自分の妄想に抱かれ身を投げ出すことにしてしまった私自身!

りぃぃぃんりぃぃぃぃん。

視界が開ける。木々を抜けるとそこは広い砂浜だった。
  波が白い砂浜を逢瀬し、彼女の黒い思考などとは別次元とも言える空間だ。
  ここは彼女が想い人と過ごした、誰にも知られていない最後の聖域だった。
  しかし、ここもじきに崩されてしまう。

――ああ、私にもうすこし勇気があれば、あの人への愛情があれば、
  鴉女から奪い返すことができたでしょうに…。

りぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん

 自分への叱責で、自らの弱い心をさらに傷つけてゆく。
  彼女は広い砂浜に立つと、履いていた草鞋を脱ぎ、砂浜へと素足を乗せた。
  焼けるような熱い砂浜だったが、彼女は熱がる様子も無く、そのまま海の中へと足を進めた。

 りぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんっ

――お父様、お母様、先立つ不幸をお許しください。
  私は、もう、鴉女の横で笑うあの人の顔を見たくないのです。

りぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん

――さようなら、さようなら、私はこのまま広い海に抱かれに逝きます。

 りぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん

 歩を進め体を海の中へ沈めてゆく。時期に足がつかなくなる深度まで行き、
  彼女は頭まで海水に浸かった。

――さいごに、あの人へ。鈴を盗んだのは私です。貴方との思い出が欲しかったので、
  鴉女との夜伽の最中に拝借しました。
――どこに探してもありません。なぜなら、私が死出の旅へと持ってゆくからです。ごめんなさい。
  ……では愛しい貴方。また来世で逢いましょう。

――さようなら。さようなら…………………………しょっぱい………。

 りぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん

 

 りぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん
  りぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん
  りぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん
  ピッ。

 早百合は布団から顔を出すと、携帯の目覚ましアラームのスイッチを切った。
  無機質なベルの音で起こされた気分ははっきり言って悪い。
「携帯電話の初期のベルってえらく不快感漂うわ…。」
  のそのそと起き上がる。持っていた携帯電話の緑の受話器ボタンを押す。
  クマのイラストの上に表示された時刻は午前7時半。ちょうどいつもの起床時刻だった。
「今日、ねねこちゃんに着メロのとり方きいとこ…」
  早百合は携帯電話のスイッチを切って、小学校から使っている勉強机に
  昨日買ったばかりの携帯電話を置くと、そのまま学校の制服に着替え始めた。
  そろそろ母親が朝食を作って、呼びに来るだろう。それまでに全て着替えておかなければ。
「それにしても…、なーんか変な夢みたなぁ……」
  早百合の頭の片隅には先ほどまで見ていた夢の断片が残っていた。
  はっきりと内容までは思い出せないが、何故か悲しい夢だったことはわかる。
「ふぁぁぁあ…。髪の毛、セットしよ…」
  着替え終わると早百合は鞄とヘアピンを持ち、携帯電話を制服の胸ポケットに入れて、部屋を出た。

 りぃん。

 女が投身自殺を図った際、左手に握り締めていた鈴は数十年の月日を経て、
  …なぜか一介の女子高生の携帯電話にストラップとしてつけられていた。

2

 鞠田早百合は織姫高校の生徒である。
  小さめの顔にショートカットの髪で女子高校生のトレードマークのミニスカートは、
  先生に嫌な目に見られない程度の丈ぐあい。
  体育球技ではクラスのお荷物的な存在だが、それ以外を除けばまぁクラスでも
  おおむね好意的に見られている。
「早百合ちゃん。見てみてー!」
「どうしたの、ねねこちゃん」
「じゃーん! ほらぁ、ついに携帯電話買っちゃったー!」
  ねねこと呼ばれた少女が早百合の机の前へつんのめるようにやってくると。
  早百合の眼前に携帯電話を見せ付けた。
  パカっと携帯電話が開くと、画面には買ってすぐ撮ったであろう、
  ねねことねねこの弟とのツーショットが表示されていた。
「へぇー…。ついにねねこちゃんも買っちゃったかぁ」
「うんっ。ソフトバンクの一昔前の機種だけどねっ」
「あー、じゃあこのクラスで持ってないのはあたしだけだね」
「あれ? 早百合ちゃん。携帯電話持ってないの?」
「うん。まだね」
「ほぇー! 持ってないなんて珍しいねー」
  アンタも昨日まで持ってなかったでしょ。と早百合はねねこのおでこをぺちんと叩いた。
  うきゅっと言って後ろにかくっと頭が傾く。
  そのまま、ねねこの頭は傾いたままかと思われたが、すぐにくかっと頭の位置を戻し、
  自分の携帯電話を意味無くパカパカさせながら会話を続ける。
「うーん。早速早百合ちゃんのアドレスを携帯のメモリに登録したかったのになぁ」
  小さな指で携帯電話を操作するねねこは、まるで旅行先で家族と離れ迷子になり
  母親のモノである携帯電話を使って連絡を取ろうとするが、
  使い方がわからず途方にくれている小学生のようだった。
  ちなみにねねこは身長は139センチで未だに子供料金で電車に乗れるほど子供っぽい。
  クラス内でのあだ名は『ロリ姉』であったりする。(本人は認めず)
「まだ3人しか登録してないもん…。弟と三郎くんとさやちゃん」
「あたしも今度の日曜買いに行くからさ。そのとき、真っ先に教えてあげるよ」
  早百合は一人っ子であるが、ねねこに対しての扱いはまるで姉のようであった。
「ほんと?」
  そして、ねねこは姉のクセに不思議と妹っぽかった。身長と比例して性格も子供っぽいのである。
「じゃあ、メモに書いとくから買ったらすぐに登録してねっ。絶対だよ?」
  ねねこはえへへっと笑うと早百合のノートのはじっこにピンクのペンで自分のアドレスと電話番号を
  携帯電話見ながら、文字列を書いた。
  電話番号と変な文字列が描かれる。メールアドレスは初期アドレスのままであった。
「わかったわ」

「とぉこぉろぉで…」
  と、ここで急にねねこの声が小さくなる。さっきまで携帯電話を覗き込んでいた顔を近づけ
  手のひらを頬に当てメガホンをつくり、早百合の耳元に寄せる。
「なに? 秘密の話?」
  傍から見れば内緒話をしていることなどバレバレであるのだが。
「…あの。早百合ちゃん」
  こうやって、普段の明るい様子を抑えて喋るねねこはちょっぴり小悪魔を連想させる。
  もしくはいたずら天使。
「兼森くんにはいつ告白するの?」
  うっ。
「ねねこぉ」
「ご、ごめん。でもさ、そろそろ2年生も終わりだし…来年3年生だよ?
  そろそろ告白したほうがいいんじゃないかな…?」
  はぁ。早百合はため息をはき頭を抑えた。

兼森良樹と鞠田早百合は小学生の頃からの友人だった。
  小学校、中学校、高校とまるで運命付けられているように同じクラスで一緒だった。
  家が数十メートルしか離れておらず、同じクラスでずっと一緒にすごせば、
  お互いにも仲良くなるもので一時期は毎日のようにお互いの家へ遊びに行っていたものだった。
  二人は親友と言っても差し支えないほど仲良しで、どちらも相手のことを想っていた。
  しかし年を重ね思春期を過ぎた頃からか、お互いに異性同士の遠慮というものが出始めてた。
中学生ごろになると同じクラスメイトでもほとんど会話をせず、話をするとしても
  大抵はクラスメイトを介してになり、小学生の頃では一緒に並んで歩いた帰り道でも
  別々で帰ることがほとんどであった。
男女なのに仲が良いということが恥ずかしくなってしまったのである。
  が、高校生になると不思議なものでその思春期特有だった恥ずかしさは消沈し、
  二人の間の溝も少しづつ埋められ、高校生となった今ではお互い良き理解者として
  友人づきあいをしていた。
「ねねこ、良樹とはそんなんじゃないって言ってるでしょ」
「でもさ、好きって言ってたじゃん」
「そういう意味で言ったんじゃないの。確かにあいつとはずっと一緒だったし、
  良樹のことは大体知ってるつもりだけど…」
「でしょ?」
  ねねこの顔は好奇心に満ちていた。同意を求める様子は間違いなくいたずら天使の顔であった。
「恋愛的に好きなわけじゃなくて、人間的に好きって意味。幼馴染みたいなものだし」
「幼馴染って大抵くっつくよ?」

「ねねこ、漫画の読みすぎ。それに…」
「それに…」
  ねねこは早百合の目をさらに覗き込んでくる。くりんくりんのどんぐりまなこはとても純粋で
『地理の長宮先生は実はコチュモモテグナ星人で授業中に生徒たちに向けて
  睡眠誘発放射線をテストを行っているんだ。
先生の奥さんはタテキヨ星人で実は二人は惑星間結婚で若い頃親に反対されて相当苦労した。
  先生の額にあるでかいほくろは親からの集中怪光線によってできた罪の印。
あの先生に近寄るなよ、キャトられるて(キャトルミューティレーションされて)
体中のお肌のうるおい成分を搾り取られるぞ』と言ったらすぐに地球防衛軍EDFに通報しそうである。
しないが。
「それに?」
「もう、良樹って彼女いるしね」
  ええーーーーーっ!? といきなり大声を出して驚くねねこにでこピンをおみまいすると、
  くわんくわんとでこピン程度でピヨるねねこを置いたままで早百合は教室を出て行った。
  ピヨり状態から開放されたねねこは、いつのまにかいなくなった早百合を探す。
「ちょ、ちょっと待ってっ。それ、初めて聞いたよ! 早百合ちゃ……あれ、いない?」
「ロリ姉、どうした、突然大声出して?」
「はしゃぎたい年頃なの?」
「違うよっ!」
が、自分の出した大声によって集まってきたクラスメイト(S系)にいじられ、
そのまま詳細を聞くことはできなかった。
  ねねこは天然のいじられキャラである。

早百合はトイレで意味無く手を洗っていた。
あまり、ねねこに詳しい話をしたくなくて逃げてきたのだ。
「ねねこも空気読めない子だよ…。だから子ども扱いされるのに…」

 兼森良樹のことは好きだった。と、思う。
  子供の頃、小学生の頃にはもしかしたら愛の告白とか結婚の約束とかしてたかもしれない。
  でも恋愛的に好きだったかと聞かれたら、そうじゃない。
  どちらかといえば自分は良樹の理解者といったほうがいい。
  たとえるなら、姉か妹みたいなもの。

 だから、兼森良樹が自分ではなく、別の女子を恋人を作ったときは、驚きはしたけども。
  悔しい羨ましいとかそんな気持ちは湧かなかった。
  紹介された相手が、校内でも有数の変人といわれる『魔女』であったのは
さすがに予想外だったのだが。

3

 日曜。
  ちょうど早百合の家から歩いて数分の場所に良樹の住むマンションがあった。
  兼森良樹は一人暮らしだ。父親と母親は海外出張でほとんど帰ってこず、
良樹の姉も大阪でのお好み焼き修行中により年末年始などの節目のいいときしか帰らない。
  中学生の頃からはじめた良樹の一人暮らしの生活は始めた当初こそ、さまざまな問題が
  山積みであったが、いつのまにやら良樹は料理や洗濯などの一式の家事をマスターし、
  もはや誰の助けもいらないぐらいにしっかりしたものとなっていた。
  のんびりとした独り生活を送る、身長170センチで色素薄めの髪の色と
  青フレームのメガネをした男の子。
  そんな良樹がマンションの自動ドアをくぐって外に出ると、すぐ横で待っていた早百合を見つけた。
「おっす。早百合」
「や。良樹」
  こんにちはや場流れ的な挨拶もない。いつもの学校のような挨拶を二人は交わす。
  普通なら、男である良樹が早百合の家まで迎えに行くのが甲斐性のあるやり方なのだが、
  二人ともそんなことは気にしない。
むしろ、ここから目的地までには早百合の家より良樹のマンションのほうが近いため、
  こっちの方が時間と距離の節約になる。良樹も早百合も無駄と無駄毛が嫌いだった。
「いくか」
「うん」
  挨拶もそこそこにもしないで、二人並んで歩き出した。
  時速40キロ制限の細い住宅街の道路のはじっこを肩を寄せながら二人とも黙ったまま歩き、
  そのまま国道26号線が通る大きな道路へ出た。
  歩行者道も広くなり人通りもおおくなる。二人の寄せていた肩が離れ、
  余裕を持った歩き方へと変わる。
  肩を寄せてたのは、ただ単に狭い道路では詰めなければ危ないからであった。
「機種は決めてるの?」
  歩いてしばらくして良樹が口を開いた。
「うん。親がソフトバンクだからあたしもそれにするの」
「へぇ。ソフトバンク同士だと無料だから?」
「家族割引とかもあるしね。よくわかんないけど」
  今日は早百合の携帯を買いに行くのが目的だ。
  その道中に買い物や寄り道をするといった内容である。
「良樹は?」
「AUだよ。姉がAUにしろってうるさかったからさ」
「携帯電話の機種って家族の種類に揃えちゃうから、あんましサービスとか関係ないね」
  払うの親だし、と付け加えると。良樹が笑って「そうだな」と言った。
  早百合は良樹の笑う横顔を横目でちらりと伺う。
  早百合が二人で歩くのは久しぶりかもしれない。
  最近はいろいろ忙しくて変えるタイミングが合うことがなかなかなかったからだ

 

 もしかしたら居間のあたしたちはカップルのデートみたいに見られてるのかな?
  と早百合は心の中で思う。が、すぐにその考えを中断する。
  デートではない。決してデートなんかではない。
  今日は早百合と良樹が家から出発しそのまましばらく歩いた後、魔女と合流、少し遊んでから、
  早百合の携帯電話を買うといった予定なのである。
  つまり今日は、早百合と魔女が、良樹の紹介によりはじめて表向かって会う日でもあるのだ。
「彼女さんも一緒でしょ? どこで待ち合わせしてるの?」
「ん、甘党ベッキーだよ」
  甘党ベッキーとはバームクーヘンでおなじみの全国チェーンの洋菓子屋である。
「彼女さん甘いもの好きなんだ」
「月でひろった卵とかよく食ってるよ」
  魔女の様子を話す良樹はとても楽しそうに笑った。
  その表情に「魔女相手にこんな顔?」と思う。早百合の頭には戸惑い混じりの疑問符が
  ぽつんと浮かんだ。
  早百合から横目から見た良樹の表情は、
  まるで自分のペットの失敗談を語るような顔に見えたのである。

1週間前の教室での休み時間。久しぶりに一緒に弁当を食べていたとき、
  良樹が恋人ができたと報告した。
  良樹に恋人ができるなんて…と言いそうになったが、別に良樹に恋人ができない理由が特に無い。
  普通にいいやつだし。言ったら失礼なので素直に「ほんと?」と軽く驚いておいた。
が、「相手は誰」と聞いて、良樹の口から小さく魔女の名前、『こうこういん しずる』という
  フルネームが出てきたときは思わず、箸で掴んでいたエビチリのエビを
  投げ飛ばしてしまうぐらい驚いた。
飛んだエビチリのエビは放物線をかいてねねこが飲もうとしていたカップのカルピスの中に
  ホールインワンし、エビチリ風味カルピスとなり、泣かれた。ねねこは基本的に泣き虫である。
  もしこれがエビアンだったらエビエビアンになるところだったよくわからない泣き方をするねねこを
  なだめながら、早百合は良樹と魔女のことを考えていた。
  想像できないのだ。この普通の良樹と、校内有数の変態と噂の魔女の付き合う姿を。
つーか、馴れ初めは一体なんなのかと聞きたい。
  フィーリングカップルでなったわけでは無いのは確かだ。
  なんとかねねこをなだめ、そのまま良樹と普通の会話に戻り
  良樹に携帯電話を買いに行くことを話すと、ちょうどその日魔女と街へデートに行くという。
  さらに、良樹はデートと言ってるのに「早百合を魔女に紹介したい」と言ってきたのだ。

 甘党ベッキーについた早百合と良樹。
中へ入ると店員がいらっしゃいませと明るい声をかけた。
  それが仕事だからかけるのは当たり前である。
  店内には喫茶スペースとして四角いテーブルが3台設置され小さな丸椅子4つが向かい合うように
  置いてある。
1台のテーブルには一人でケーキを食べているさびしいおじさんが居た。無視しとこう。
そしてその隣のテーブルに。
「やぁやぁ。ここだよっ。兼森良樹君。軍人らしく五分前に到着するとはさすがだねっ。
15分ぐらい待つかと思って月でひろった卵を10個買ってしまったよ。
  ひとつあげよう。ひとつだけ」
  魔女。紅行院しずるが座っていた。テーブルに。
「お客様、テーブルの上に座るのはやめてください」
「あ、失礼」
  すぐに店員に注意され、魔女はすごすごと椅子に座りなおした。早百合はわけがわからなかった。
「魔女…」
  これが運命的な鞠田早百合と紅行院しずるの邂逅である。

 ふたりの悲しい喜劇が始まりを告げる、鈴の音が静かになった。

りぃん。

4

魔女は甘党ベッキーの喫茶スペースで月で拾った卵という中国地方のとある県の
銘菓のカスタードクリームと栗の粒をスポンジ状のカステラに包んだお菓子をぱくついていた。
「しずるさん。こんにちは」
「こ、こんにちは」
  早百合がすこし警戒気味に頭を下げる。
魔女はまるで新しい仲間を歓迎するかのように大きく笑った。
「ふふふ。こんにちはこんにちわ。とりあえず二人とも座りなよ。立ち話すると足が痛くなるよ」
  魔女が顎で正面の席をさした。早百合は緊張しつつ、言われるがまま丸椅子に座る。
良樹も同じように魔女に向かい合わせで早百合の横に座ろうとして、
「あ、兼森良樹くんはこっちだ。私のとなり」
  良樹のパーカーの裾を掴み、自分の横の席に引っ張ってぽてんと座らせた。
  テーブルに良樹と魔女、その向かい合わせに早百合。早百合はアルバイトの面接みたいと思った。
「えっと……しずるさん。紹介するよ。僕の幼馴染の…鞠田早百合」
  2秒ほど変な間が空いて、良樹が魔女に少し顔を向けて早百合を紹介する。
魔女の目が早百合の瞳を捕らえた。
  その鴉のように黒い魔女の瞳に早百合は緊張してしまう。
ぴんと頭の先が洗濯ばさみで引っ張られるように感じた。
「は、はじめましてっ」
「ああ、はじめまして」
  しかし、そんな早百合とは対照的に魔女はニコニコと余裕を持った立ち振る舞い
(座っているが)である。
  大量の月で拾った卵がのったテーブルの上から魔女の手が伸びる。
緊張気味の早百合の目の前に魔女の左手が現れた。
  伸ばされた左手は握手の形をしていた。おずおずと早百合は右手を伸ばして魔女の手をつかんだ。
握手。……になってない。
「シェイクハンドをしようとして指四本を掴まれたのははじめてだね…」
「…あっ。すいません!」
  しまった。出す手を間違えたっ。あわてて右手でつかんでた魔女の手を離し、
左手でもう一度握りなおす。今度はちゃんとWikipadiaどおりの握手の形になった。
「……すいません。はじめまして、鞠田早百合です」
「ふふふ。はじめまして。紅行院しずるだ。よろしく」
  魔女の手は冷たかった。

 魔女は細い華奢な体に黒と紺を基調としたややゴシック風の服を着込んだ美少女だった。
  肩まで伸びた髪は羽をたたんだ鴉の羽のように黒く美しく、黒とのコントラストが引き立つ白い顔に
アメジストの美しい瞳がきらきら光っている。
  まさに魔法じみた、魔女のような、美少女。
  紅行院しずく。
  美少女だが、言動は奇妙、行動は奇天烈、そして摩訶不思議な。
  普段から授業にもほとんど出席せず図書室や理科室、家庭科室に篭りっぱなしで妙な本を読んだり、
妙な実験を試したり、妙な人形を作ったり。たまに放送室で昼休みに魔王をかけたり。
  休み時間は屋上に居ると思ったら更衣室のロッカーに誰にも発見されないように潜んでいたり、
放課後は校庭で一人シャドー甲子園をやってるかと思えば、普通に定時どおりに帰宅したり。
浮いた存在というより、浮きすぎてむしろ学校内の生徒全員が彼女のことを神様や天使のように
見ている状態であった。
学校側も何故か彼女の校内での自由奔放な態度には目をつぶっている。
  そんな彼女であるから魔女について、あまりいいうわさは無い。
  どこかの財閥(もしくは組)の令嬢であるとか、呪いでこれまで何人殺したとか、
原爆を作ったことがあるとか、実はあの薄い胸には悪魔の紋章が刻まれているとか、
堕天使が人間界で生きるための仮の姿だとか。 実は俺の妹だとか。
  うわさは何百も流れ、魔女の存在をさらに重厚なものにしていた。
  そんな、言わば早百合から見れば雲のような存在である魔女が自分の目の前で握手を求め、
人懐っこい笑顔で話しかけてくれる。
  早百合は何度か芸能人と道で遭遇し握手を頼んだ事はあるがそれらの時とは
くらべものにならないほど汗が流れていた。のどはすでにからからだ。
  しかし、もっと凄いのはその魔女と付き合っているのがあろうことか
自分の良く知る幼馴染であるということ。
「………」
  早百合は握手をした魔女の手を離すとそのまま俯いて黙ってしまった。
「おおっ、黙ってしまったぞ。兼森良樹」
「そりゃそうだよ。ほら、早百合。あんまり緊張しないで?」
「確かに私は、大小400あまりの噂を立てられるほどの人気者だが、
そこまで緊張するほどなのだろうかな?」
「するよ。しずるさんが話しかけてきたとき、僕もそうだったもん」
「うーん、そうか。 私は鞠田早百合ときちんとした友達づきあいをしたくて、
今日という日をセッティングしてもらったのにな…」
「え?」
  友達づきあい? 魔女が? あたしと? 早百合は顔を上げる。
魔女は優しげな笑顔を作りながら早百合の姿を見ていた。
  まるで母親のような笑顔。魔女もこんな顔をするのか?
  魔女に対して、噂で聞いただけのイメージが先行していた早百合は戸惑いを感じた。
自分の中のまがまがしい形をした魔女の像にひびが入る。ぴししっ。
「うーん、ではどうしよう。なにか共通の話題をするのがいいかな?」
  魔女はすこし思案顔で目線を上に持っていくと、一度だけうなづき。
「鞠田早百合。少女マンガは好きかな? 好きかな?」
「え?」

 と、魔女は突然目の色を変えて話し出した。
「私は結構読むぞ。いろいろと良作はあるが、とくに私が好きなのは槙ようこの
『愛してるぜベイベ』だな。ゆずゆちゃんがとっても可愛いのは
太陽が東から西へ昇るごとく当然だよなぁ。
わたしは常日頃からああいう幼女や子供をこねたいこねたいと思っているぞ。
きっぺいの嫌味のなさもいいポイントだ。ゆずゆちゃんを抱えてプールで弁当を食べるシーンは
微笑ましくてニヤけが止まらない。
あぁ、あと最近読み始めたのでは別冊フレンドで連載しているライフだな。
いろいろともどかしくなる展開ばかりだ。
私はコミックス派だがこの本だけは立ち読みで読んでしまう。
ついでにその時ヤマトナデシコ七変化も読む。あの作品は白いな」
  ………。あまりのマシンガントークに早百合は呆然となった。
  なんだ、この魔女は。これではクラスのオタクと変わらない。
愛してるぜベイベが名作なのは同意だけど。
「で、君はどの少女マンガが好きなのかな? もしくは好きだったのかな?」
  魔女は戸惑う早百合にもう一度にこりと笑いかけた。
  横では良樹が苦笑していた。
「あ…赤ずきんチャチャ…」
「チャチャか! 良い良い! デスノートの竜崎も読んでいたしな!」
  魔女は手を叩いて喜んだ。

 少女マンガの話から、なつかしのアニメの話、映画の話、最近のニュースの話、
学校の話とバレーボールのようにぽんぽんと話が繋がってゆくにつれ早百合の緊張も取れていった。
  最初はしずるが一方的に話しくるみが戸惑いながら相槌を入れて
良樹がフォローを入れるという形だったが魔女の綺麗な口から放たれる軽快なトークに、
徐々に早百合のほうから話題を振ることが多くなる。
  学校の話から、学校の先生の話、ねねこの話とつなぐ頃には、最初の緊張はほとんどとれ、
気がつけば1時間近く話し込んでいた。
  この時期生まれた魔女の噂のひとつに『明石屋さんまの隠し子』が増えることとなるが、
これはこの時の様子から基づいている。もちろん事実ではないが。

「そこで、私は言ったんだ。『それではまるでシューベルトじゃないっ!』って…」
「あははっ。鞠田早百合っ。それはユニークだ!」
  この頃にはもう早百合としずるとの間に壁はなかった。
  しずるは思ったよりも、というより思った以上に話しやすく、
博識でどんな話題にも対応できるため、途中からほとんど良樹そっちのけで話していた。
「なぁ、早百合。そろそろ携帯買いに行かないか?」
  さらにしずるに話題を振ろうとした早百合を、良樹が止める。時計の針は4時を回っていた。
「あ、そうね。そういえば携帯買うんだったね」
「あぁ。忘れていた。携帯だな。よく思い出させてくれた。兼森良樹っ」
  しずるは横に居た良樹の頭を褒め称えるように撫でる。まるで100点を取った子供を
可愛がるようだったが、体系的にはしずるのほうが小さいのですこしバランスが悪く見える。
  最初に見たときは良樹と魔女が恋人になるなんて、どうしても想像もつかなかったが
今では納得できる。
  早百合の知る限り良樹は受身型である。あと少し受け口でもある。
「よし、ではここでわれわれの友情の証にみなで一斉に月で拾った卵を食べようではないか!
  桃園の誓いならぬ、月で拾った卵の誓いだ。うーむ、ごろが悪い」
「え? なにそれ。しずるさん」
「いいから、持て持て。 兼森良樹。鞠田早百合も。いいかな?
  私のいっせーのーでの合図でその月で拾った卵食べるんだ」
そして、魔女ことしずるは相手のことを考えながら引っ張てくれるような女の子だ。
少し言動はおかしいが。
  良樹がしずるに振り回されながる形だが、良樹に一番合っている。なんだ、お似合いではないか。
良樹を引っ張る程行動力が無い自分よりは。
「では食べるぞ。さん、にー、いちー…」
「ちょ、違」
「ぱくりっ」
  早百合としずるがぱくりと唇で月で拾った卵をはさみ、1テンポ遅れて良樹がぱくつく。
「あはは、これで我らは義兄弟だな。正確には義兄妹かな?
  あははっ、末永く仲良くしようではないかっ」
  しずるはからからと笑った。魔女とは思えない、爽やかな笑い方だった。

5

 ソフトバンクの携帯電話ショップでの携帯電話選びは、割とスムーズに進んでいった。
  もともと、携帯電話にそんなにこだわりを持っていない早百合は一年前に発売され
  そのまま不人気のため、発売された頃の半額の半額の半額の半額の値段で
  売り出されていた携帯電話を選んだ。
  コバルトブルーの二つ折りタイプで、Vアプリ非対応。SDカード付。
  ここの携帯ショップではすぐに使える状態にして渡してくれる為、
  早百合ははじめての自分の携帯電話をそのまま店頭で受け取った。
  店員に手伝ってもらいながら、自分のメールアドレスを設定し、電話帳に教えてもらっていた良樹と
  ねねこのメールアドレスを登録し、早速良樹とねねこにメールを送った。
  ショップ内に並ぶ最新の携帯電話を眺めていた良樹のポケットから
  GREENDAYのマイノリティが流れる。
「メール届いた?」
  早百合が聞くと、良樹はポケットから携帯電話を取り出し受信ボックスを確認する。
「ああ。届いたよ。コレ、登録しとくな」
  良樹はちょいちょいと自分の携帯電話のボタンを押していき、
  20秒たらずで早百合に電話番号を書いた返信メールを送った。
  ピピピっと、早百合の携帯電話が鳴った。ぴっぴっと人差し指でボタンを押し、確認する。
  090????????とだけ書かれたメールアドレスはとてもそっけ無かった。
「これで、早百合もマイ携帯を持つことになったな」
「そうだね。みんなにも教えとかなきゃぁね。あ、そうだ。しずるさん」
「ん? なんだね」
  しずるは店頭に袋詰めにされたストラップの前で、
  かぼちゃお化けのストラップをじっと眺めていた。
「しずるさんの番号とアドレスも教えてもらっていいかな?」
「私か? 番号は090のあとに4京でメールアドレスは魔界村ドットコムだ」
「090の、4京……アドレスはま・か・い・む・ら…どっと…」
「あ、待て。冗談だ。素直に登録しないでくれ」
  しずるは早百合と出会って初めて焦った表情を見せた。
「しずるさん。早百合は携帯電話初めてだからその冗談わかんないって」
  早百合はアドレス帳のしずるのページに電話番号0904000000000000000、
  メールアドレス『makaimu』まで入れたところで、ようやく手を止めた。
「え、これ嘘ですよね?」
「しずるさんは携帯電話持ってないんだよ」
  良樹がしずるのかわりに答えた。しずるさんはぽりぽりと鼻の頭をかきすこし自嘲気味に
  口元をゆがませた。
「え、なんで持ってないんですか?」
「私には必要ないからだよ。それに話す相手や友達なんぞ良樹と君ぐらいしか居ないからな」
  しずるさんは少し肩をすくめるポーズをする。そのポーズが何気に似合っている。
  もしかしたら、いつも肩をすくめるポーズの練習をしているのかもしれない。
  ピピピピピ。
  と、そのとき早百合の携帯電話がまた鳴り始める。
「あ、ちょっとすいません」
  早百合が自分の携帯電話のディスプレイをなれない手つきで開く。新着メール1件という文字が
  デスクトップに表示されていた。
「あ、ねねこからだ」
  先ほどメールを送ったので、すぐに返信して来てくれたようだ。開くボタンを押す。
『差出人:ロリ姉  初メールおめでとう! で、良樹君の付き合ってる人ってだれなのっ?
  おしえてー(切実) 』
  早百合は返信することなく携帯電話を閉じた。
  ねねこに話すとややこしくなりそうだから、魔女のことはずっと黙っておこう。
  早百合は心の中でそう決めた。

 その後、目的も済んだ三人は暇つぶしがてら近くのアミューズメント施設のゲームセンターで
  しばらく時間をつぶすことにした。
  日曜のゲームセンターには多くのクレーンゲームやシール撮影機が並び、
  その間をお洒落した女の子たちや小さな子供をつれた家族連れが溢れている。
  その中を三人がきょろきょろとファンシーに彩られた機械を眺めがらブラブラしていた。
「おい、兼森良樹。かわいい恋人の頼みだ。私が500円をやるからクレーンで
  このプライズをゲットしてくれないか」
「おっけい。でも500円は要らない。コレぐらい僕が出すよ。一回でとってみせてみるから!」
「それは頼もしいな! じゃあ、この手前の青いヤツと奥の黄色いヤツを取ってくれ」
「え、ふたつ!?」
「一回で見せてくれるんだよな?」
「無理だよ!」
  カップルである良樹としずるのやりとりを、早百合は後ろでおかしそうに見ていた。
  お似合いのカップルだ。このときは早百合は本気でそう思っていた。

 ちなみに、良樹はクレーンゲームの才能があったのか前世がクレーン車だったのか、
  見事に500円で青と黄2種類のかぼちゃおばけ人形をゲットした。

 その後、エアホッケーゲームでは早百合の日ごろの運動音痴が露呈し『しずるVS良樹・早百合』で
  しずるに7点差をつけられたり、音楽ゲームでは九つのボタンを三人で分けて
  肩を寄せ合ってプレイしたり、
  脳年齢測定ゲームではしずるがまさかの76歳という過疎地集落平均年齢をたたき出したり…。
(良樹28歳、早百合35歳)
  三人は一緒に楽しい時間を共有した。
最後に、シール撮影機で三人で記念写真を撮る。最近のシール撮影機は電話ボックスも大きく、
撮影した後は筐体の別スペースで加工修正ができるようになっている。
  早百合としずるは良樹を外で待たし、二人で先ほど撮影した三人の写真にタッチペンで
  文字を書いていた。
「ふふふ、プリクラというものは初めてだが、楽しいな」
  小さな加工スペースは二人がようやく入れる大きさで、
  幕が四方を囲み誰にも見られないようになっている。
「あの、しずるさん」
「なんだね? 私は今、兼森良樹をひげもじゃにするのに忙しいのだ」
  4枚録られた写真の良樹は全員が全員、しずるの手によってヒゲをつけられていた。
  しかも全て違う種類のヒゲ。
とくにお気に入りは2枚目のカイゼルヒゲのようで、何度も何度も塗りなおしている。
「さっき友達は一人も居ないって言ってましたよね?」
「いないぞ。今日友達になった君と恋人の良樹以外はな」
  平然としずるは答えた。まるで友達が居ないことなぞどこ吹く風といったようで
  ヒゲに向かっている。
「どうしてですか? しずるさんいい人だし…」
「ふふふ、いい人だろう?
  こんな気さくで陽気で可憐でおしゃまな美少女なんて見たこと無いだろう?」
  冗談めかしながら、しずるが微笑む。
  いい人だが、やはりこのつかみどころのなさは魔女そのものだ。早百合は改めて思う。
「…作らないだけだよ。その必要がないと思っているときはね」
  魔女の声のトーンが少し下がる。ファンシーな彩の幕の中でしずるはヒゲの手を止めて、
  ふうと息をついた。
  画面のキャラクターのシュラえもんが『あと90秒!』と加工時間のカウントを始めていた。
「どうして今日はあたしと友達になろうと思ったんですか?」
  しずるは良樹に早百合と友達づきあいをしたくてセッティングしてもらったと言っていた。
「あぁ、それか」
  シュラえもんの『あと60秒!』という声が加工スペースに響く。
「……ふむ。こういうことを言うのは初めてだがな、恋人ができて、毎日のように兼森良樹との
つながりを確認してるとな。…なんだかもう少し人とのつながりを欲しくなってくるんだよ」
「つながり?」
「そう。 新鮮な感覚。にゅーせんてーしょんだ。違うかな?」
  自分でもすこし言うことがまとまってないのかもしれない。しずるは「新鮮な感覚」という言葉を
  何度も呟いた。彼女の左手だけが画面の良樹のヒゲをなぞっている。
『あと40秒!』 シュラえもんの声が切羽詰まったものになってゆく。
  なんだ、なにかに追い詰められてるのか?

「…もうひとついいですか?」
「なんだい?」
「どうして、良樹と付き合おうと思ったんですか…?」
「………」
  言って、しまった、と早百合は思った。ただの幼馴染の自分がでしゃばった真似を
  してしまったようだ。
しずるは黙ってしまう。ヒゲを書く手も止まった。
「ご、ごめんな…」
「私の一目惚れだよ。それ以上でもそれ以下でもそれ以内でもない。一目惚れ」
  早百合がとっさに謝ろうとした言葉をしずるは遮って言った。
  ずっと画面を見ていたしずるが、はじめてこちらを向く。しずるの瞳は鴉色に潤んでいた。
「ふふふ。魔女と呼ばれる私だがそんなに万能でもないし自分のことも
  コントロールできるわけじゃないよ。だから今はこの言葉で納得してくれ。
  私だってこの兼森良樹を思う心が恋なのかわからないのだからな」
「………」
  そういうと魔女は微笑んだ。その微笑に早百合はすこししずるに哀愁を感じてしまった。
「告白したのは私だが、まだちゅーもしてないし手も握ってないぞ。身持ちが堅いな、私は。
  まぁそれ以上に兼森良樹も手を出してこないしな。ヘタレめ」
『あと20秒!』
「変な空気になってしまったな。鞠田早百合、こんな私だが、これからもずっと仲良くしてくれないか。君はすでに私にとってかけがえの無いものになってしまってるのだ。
  私にとっての初めての友達であり…恋人の親友よ」
  しずるはもう一度、早百合の眼前に手を伸ばした。今度は右手。手は握手の形をしている。
  しずるの言葉はいつもの様子とはまったく違っている。しずるの真実の言葉に聞こえた。
  すくなくとも早百合にはそう感じた。
  そして、そのしずるが早百合に懇願していた。喋りは高圧的だが、態度はとても謙虚に。
  早百合は伸ばされた手をしっかりと握った。きちんと、右手で。
「…はいっ。もちろんです!」
「ふふふ。ありがとう」
  今度こそ、しずるは本当にうれしそうに笑った。
  早百合はそこで初めて、しずるが笑うと頬にえくぼができることに気付いた。

『印刷するまでちょっと待ってね!』
  筐体の外に出ると、良樹の姿が見えない。店の奥を見るとどうやら並べられた自販機で
  ジュースを買っているようだ。
  シールを待つ間、二人はシール取出口の前に置いてあった椅子に座る。
  となりの筐体では女子高生の集団がわいわい言っているのが聞こえる。日曜なのに制服?
  と思ったが頭が悪そうなのでたぶん補修の帰りなのかもしれない。
「そうだ、鞠田早百合。今日の記念にこれをあげよう」
  しずるは突然そう言い出すと、小さな鞄に手を伸ばしりぃんと音が鳴るそれを摘み上げた。
「鈴…ですか?」
  それは燕尾色に光る鈴だった。赤いリボンがつけられ、りぃんりぃんと綺麗な音を鳴らしている。
「ああ、私の祖母にもらったものでな。かなりの年代ものだが、
  とても綺麗に音を鳴らすのでもらったのだ」
「いいんですか? 結構古いものですし…なにかの形見とかじゃ?」
  早百合が遠慮するとしずるはまた肩をすくめながら笑った。
「いいのだ。このようなものはいくらでもあるしな。新しく買った携帯につけたまえ」
  そう言うとしずるは早百合の携帯電話をひょいととると、鈴をちょいちょいと付けてしまった。
  コバルトブルーの携帯電話に付けられた赤いリボンと燕尾色の鈴は合ってるようで合ってない。
  なんだか妙に変な色合いをした一品となってしまった。
「私との友情の証だよ。大切にしてくれ」
「え。えっと、ありがとうございますっ」
「ふふふ。どういたしまして」
『しゅうりょーう!!』
  シュラえもんの声が響き、ポンッと取り出し口にシールが飛び出してくる。
  出てきたシールの良樹はみんなしずる特製のヒゲを付けられていた。ダンディズム。
「なんだこれは。ヒゲが似合わない男だな。良樹は」
「自分でやっといて!?」
  三人分のジュースを買ってきた良樹は、印刷し加工されたシールを見て
  がっくしと脱力したのであった。

りぃん。

鈴が鳴った。
早百合の携帯電話に付けられた鈴がりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん

6

りぃん

 どこからか鈴の音が響いている。
  ちいさな神社の境内に早百合は立っていた。
  ここはどこだろうと辺りを見渡して気付いた。
  ここは家から近くにある溜め池の隣にあるちいさな神社だ。
  小さい頃にはよくここで良樹とかくれんぼや石蹴りとかして遊んでいた記憶がある。
  確か水道の近くのクヌギの木に良樹がよくのぼっていた。
  石の古びた鳥居は昔のまま、高く建っている。昔はこれが高さ十何メートルにも見えたものだけど、
  今こうして見てみると手を伸ばしてジャンプすれば締め縄を掴めるほどに低かった。
  懐かしさに心が躍る。
「さゆりちゃーん」
  不意に懐かしい誰かに呼ばれたような気がして、早百合は振り向いた。
  境内の向こうから小学生ぐらいの男の子がかっけて来る。半ズボンですこし小学生には
  無骨なメガネをかけた子供。
「よしき?」
  男の子は幼い頃いつも見ていた兼森良樹の顔と一致する。
  良樹だ。小学生の頃の良樹。早百合は思わず声をかけそうになる。
  だが良樹は早百合などまったく見えていないように、横を通りすぎていった。
「さゆりちゃーん!」
  早百合は良樹の走った方向へ目を向けた。走っている良樹が徐々にスピードを落としていく。
  そして止まった。
  止まった先に一人の少女の姿が見える。誰だろう? 良樹が少女に向かって話している。
  早百合は歩いて近づいていった。
  少女は泣いていた。顔はうつむきえぐっえぐっと嗚咽を吐きながらぐずっていた。
  歩みを進めて二人の声が聞こえる。
「さゆりちゃん、大丈夫? 元気だしてよ。さゆりちゃん」
「えぐっ、う…うん。だいじょう…えぐっ」
  思い出した。あの少女は私だ。
  ここは数年前の私と良樹の世界だ。
  早百合の脳髄の隅に埋もれていた懐かしき灰色の記憶が急速に光をおびてゆく。
たしかこの日、早百合は母親の大事に高い口紅をいたずら気分で勝手に使ってしまった。
良樹とのおままごとの最中に少し自分の唇に塗ってみたが、どうも気持ち悪く
そのままリップの先端をしまわないで蓋を閉めてしまい、使えなくしてしまった。
夕方買い物に出ようとしていつものように化粧をしようとした母親に口紅を見つかり、
ひどく怒られた早百合は思わず家を飛び出してしまった。
そこまで思い出して、苦笑する。あの泣いている私はあの時お母さんの悪口ばかり考えていたが、
今考えれば明らかに自分が悪い。良樹には迷惑をかけたであろう。
「ほら、帰ろう。おばさんももう怒ってないって。一緒に謝りに行こう?」
「えぐっ…一緒に?」
「さぁ、行こう?」
「…わかった。…でもお願い。一緒に謝るまで…手をつないでて…」
「うん、いいよっ」
  少女は良樹の手を掴むと、手で涙を拭いて立ち上がった。その顔は涙で赤く腫れていたが
間違いなく早百合自身だった。
  二人の子供は手を繋ぎ、また見えないかのように早百合の横を通り過ぎると
そのまま鳥居をくぐって神社を出て行った。
  残された早百合は二人が出て行った鳥居をじっと眺めていた。

りぃん。

鈴が鳴った。早百合の携帯電話に付けられた燕尾色の鈴が、風もないのに。

 気がつけば地理の時間は終わっていた。
「あらっ…」
  地理の高山先生が地図を引っさげて、教室から出て行くところだ。
  時計を見ると12時半。12時10分には確か意識はあったから、
どうやらそれから少なくとも15分は眠っていたようだ。
  ノートには自分のよだれがべったりと付いていた。テスト範囲の赤ペンでメモしたところが
  よだれでにじんでいて見えなくなってしまっている。何気に大ピンチである。
  しかし、それよりも早百合には気になることがあった。この時間に見ていた夢のことだ。
  とても懐かしい夢だ。初めて見る昔の夢。しかもたった15分の机の上でのうたた寝のくせに
  内容が鮮明に思い出せる。
  あの夢は…たしか小学校二年生ぐらいのときか。良樹がメガネをかけたのがその頃だった。
「ふわぁ~あ、早百合ちゃん。おはよ…」
  と、そこまで考えている早百合にねねこが声をかけた。
  ねねこはこの時間まるまる寝ていたのか、髪の毛には寝癖が右へ左へとついていて、
さらに後ろの席に居た空稲恒に悪戯されたからか頭のてっぺんには
お子様ランチの日の丸が刺さっていた。
「ねねこ、ハタ坊になってるわよ?」
「へ? なにそれ?」
  ねねこは赤塚作品を読んではないようだじょー。

「それよりも、早百合ちゃん! 良樹君の付き合ってる人って誰なの?」
「またその話?」
  早百合はちらりと良樹の席を見る。誰も居ない。
そういえば今日は委員会で仕事があるとかいっていた。昼休み・放課後と忙しいらしい。
「秘密よ秘密。だいいちなんでアンタそんなに気になるの?」
「気になるよ! だって早百合ちゃんの好きなひ…」
「だから違うわよ!!」
  早百合は思わず声を荒げてねねこの言葉をさえぎった。突然の大声。
しまった。あわてて、周りを見渡す。しかし、昼休みの教室は喧騒に溢れていて
だれも早百合を気にしているものは居なかった。というかもっとうるさいグループも居るため、
早百合の大声ぐらいでは全員の注目を集めるほどではない。
ただ一人、ねねこの後ろの席の空稲恒がこちらにやってきて
「ロ・リ・あ・ね! 僕ちゃんと三郎と一緒にお弁当をたべるにゃ!」
  ねねこの肩を掴み、早百合の席から引っ張っていった。
「え……、あ…、うん……。 …早百合ちゃん。ごめんね?」
「…別にいいよ」
  ねねこは申し訳なさそうに小さな眉をしゅんとさせた顔を見せ、恒に引っ張られていった。
  一人残った早百合は寝垢のついたまぶたを擦り、
「……なんだろうなぁ…」
  一人呟いた。
  ねねこの言葉についムキになって、大声を出してしまった。
  しかし、いつもいつも言っている。
  自分と良樹はただの幼馴染。小さい頃からのお互いを良く知る理解者。それだけだ。
  それ以上でもそれ以下でもない。しずる風に言うならさらに『それ以内』も混ぜる。
  以内ってなんだろう。
  …先ほどの夢を思い出す。
  そういえばあの時はいつも一緒に行動していた。早百合が良樹の後をついてゆくこともあれば、
  良樹が早百合の後をついてゆくこともあった。仲が良かった二人。仲良し。
  ふと考える。あの頃の自分はどうだったのか。
  良樹のことをお互いただの幼馴染として接していたか? そんなわけはない。
少なくとも早百合と良樹の間には幼馴染以上のなにか、つながりがあった。
  小学生の頃、ふたりはひっそりと心の奥底で恋をしていた。お互いの事を想っていた。

りぃん。

 早百合のポケットの中で携帯電話についた鈴が誰にも気付かれることのなく鳴った。

「いやいや、こんなところで会うなんて偶然だね、鞠田早百合」
  放課後のことである。
  ねねこと恒、三郎、さやか等からのカラオケの誘いを断り、図書室でしばらく時間をつぶした後。
さて帰ろうかと昇降口へ行くと。
体操服にブルマ姿のしずるが靴箱の前で立っていたのだ。
「しずるさんっ」
「やぁやぁ、本当に偶然だ。私が君の事を昇降口で待って居たら5分もせずに君が来た。
偶然にしては早すぎるな。つまり、ここで君と私が会うのは必然だった。あははっ」
  しずるはいつものペースでからからと笑っていた。魔女が人を待つなんて噂好きの女の子なら
誰も想像しないであろう。しかし、魔女は明らかに早百合を待っていたようだ。
「いやいや、良樹が委員会とやらでつまらない仕事ばかりしているのでな、
ちょうど暇になったので待っていたのだよ」
「しずるさん。今日体育だったんですか?」
  早百合は体操服姿のしずるを見て聞く。Vネックで綿60%、ポリエステル40%の
体操服の胸元のゼッケンにはひらがなで『こうこういんしずる』と書かれていた。

「しらん。時間割は見たこと無いから全て勘で用意してるぞ」
「では、なんで体操服?」
「今日は勝負して、マラソン大会だと思って来てみた。そしたら普通に授業をやっていた。
着替えを持ってきてないからボイコットしたよ」
授業なんてどうでもいいと考えているしずるは、いつもボイコットしている為どっちにしても
意味は無かった。万が一本当に今日がマラソン大会だとしてもしずるはボイコットするはずである。
授業にはどうやっても出席しないという噂は本当のようだ。
  それにしても、しずるに体操服とはなんとも奇妙な風貌だった。
いや、傍から見れば体操服にブルマなんて小学校の頃の体育ではよく見る普通の着こなしだ。
  しかし、しずるが着ている場合ではどうも不具合に映ってしまう。
例えるなら坊さんが車で法事へやってくるのと同じぐらい不具合だ。
迷惑だが坊さんには歩いて移動して欲しい。
  似合ってないわけではない。胸のゼッケン辺りは人並み以上に膨らんでおり、
そこから下へ流れる腰のラインは見事なS字を描いている。
  紺色のブルマから伸びる足はほっそりと細く、ふとももまで伸ばされたニーソックスが
ぴったりと張りついてとても格好良い。
  日曜に会ったときは文化部の少女に見えたしずるだが、
このときはまるで陸上選手の元気な女の子のように見えた。
早百合は思った。服がしずるに合わせているようだと。
「おっと、へんなところばかり見ないでくれよ? 親にも見せたことの無い体なのだからな」
  あまりに見惚れていたからかしずるはにやにやと胸をあたりと股の間を両手で隠し
「いやん、えっちぃ」と笑う。まるでセミヌードグラビアのアイドルである。
「しずるさん…。すっごい綺麗ですね…」
  早百合はあまりのかっこよさに思わず口に出してしまう。
「あはは、女性の綺麗という褒め言葉は信用ならないと言うが、君の言葉は全面的に信用して、
  素直に礼を言おう。ありがとう」
  からからとしずるは笑った。やっぱり魔女らしくない笑い方だった。
  もしかしたら、しずるは噂の魔女とは違う人なのかもしれない。ふと早百合はそう思った。
噂の魔女はこんな風に人に褒められて、照れくさく礼を言う人なんかじゃないはずだから。

 ブルマ姿のしずるに案内されたのは、織姫高校にひとつだけある茶道室だった。
  もともと、2年前に織姫高校に茶道部が設立された際に日当たりが悪い空き教室を改造して
作られたものだが、半年前に茶道部の部長が何故かでテロ行為を起こしたらしく茶道部は廃部。
現在では教師たちにより施錠され、茶道室は開かずの間となっていた。
「しずるさん。こんなところに案内してどうしたんです?」
「まぁ、ちょっとお茶でも飲もうと思ってな」
  お茶? しずるは茶道ができるのか? 会って数日。早百合にはしずるについて
  まだ知らないことが多い。
  だが、魔女と呼ばれる人だ。組長の娘とかいう噂もある。あのからからと笑う仮面の下には
  本当は大和撫子の精神を隠しているのかもしれない。
「でも、茶道室は鍵がかかってますよ」
  しかし、肝心の茶道室は鍵がかかっている。何度かこの茶道室の前を通ったことはあるが、
  悪戯半分に戸を引っ張っても開くことは消してなかった。
「それがどうした?」
しずるはブルマから小さな鍵を取り出すと茶道室の戸を簡単に開ける。
がちゃり。
「さぁ、はいりたまえ」
「ほぇ…」
  あまりに簡単に開いた戸に声も出ず、早百合の口から変な音が出てしまった。
「ここは私のお気に入りの場所だ。大体はここにいるから私に会いたくなったときはここに来てくれ」
「なんで、しずるさん鍵を持ってるんです?」
「鍵なんぞいくらでも用意できるさ。私は噂の魔女だぞ? 全知全能万能官能ハムの人だぞ?」
  ずるい、と早百合は思う。しずるは答えづらい質問に限って自分を魔女と言う。
  自分でも噂を流しているのかとも考えた。
「あ、君にも合鍵を渡して置こう」
  そうやって渡された鍵は、下品だがしずるの大事なところに入っていたか妙に暖かかった。
  早百合は想像して赤くなった。
「ん、どうした? おにぎり弁当のウインナーのように顔を赤くして」
「な、なんでもありません!」
「? 変なヤツだな」
  変なのはおまえだ。言いそうになるがすぐ口を抑えた。
こんな台詞はぜんぜん自分のキャラではない。

 

 

 茶道室に入ると、エアコンが付けられて室内はあたたかった。
どうやら本当にしずるはここを利用しているらしい。
  しずるは茶道室の奥まで歩く。早百合も遠慮がちに進む。しずるは座布団を持ってくると
「すわりたまえ」と早百合に促した。ちいさな茶釜を挟んで二人は向かい合った。
しずるが茶釜から二人ぶんの茶碗に湯をとくとくと注ぐ、
ぽかぽかと香ばしいコーヒーの香りが茶道室に溢れる。
「コーヒーでいいかな?」
  茶釜に入っていたのは何故かコーヒーだった。ええー。
「え、あ、はい。ありがとうございます…」
  すかしと言える高等技術でボケられたみたいだ。
早百合はそう感じつつ、茶碗に注がれたコーヒーを口に含む。程よい苦味が口の中を支配する。
  少しの間の無言が茶室を支配した。
「あ、そうだ。君に報告したいことがあったんだ」
  数秒ほどしてしずるがいつもの顔で喋りだす。
「なんですか?」
「昨日良樹とついにちゅーをしたぞ」
「え?」
  しずるはくちびるをつんと尖らせ、早百合に微笑んだ。

 りぃん りぃぃん
  鈴の音が大きくなる。

7

 茶室に入り、座布団を渡された早百合は茶室という厳格な雰囲気からか、正座をして座布団に座る。
対するしずるはまるで自分の家のようにリラックスして座布団の上であぐらをかくと、
茶釜から注いだコーヒーを一口飲んだ。
「自分の部屋だと思ってくつろぎたまえ」
「は、はい」
  楽にしたまえと言うが、ここはしずるの部屋でもないだろ。単にしずるが勝手に使っているだけだ。
  出されたコーヒーを一口飲む。熱くて少ししか飲めない。独特の苦味が口の中を漂った。
コーヒーは飲めなくは無い。ただ早百合は紅茶の方が好きだった。
  ふぅと一息つく。
対面しているしずるはあぐらのまま茶碗を口元で傾けていた。のどがこくこくと動いている。
あれだけ熱いコーヒーを一気飲みするとは、しずるの喉はもしかしたら
瞬間冷却装置でも内蔵されているのかもしれない。
  やがて、全てを飲みきったしずるは恍惚そうな笑みを浮かべると、空になった茶碗を置く。
「あぁ、そうだ。君に報告したいことがあったんだ」
「なんですか?」
  魔女はくちびるをつんと尖らし、微笑んだ。
「昨日良樹とちゅーをしたぞ」
「え?」
「ちゅー、きっすだな」
  早百合は呆然となった。キス? 魔女が? 良樹と?
「なんだね。その想像付かないというような顔は」
  しずるが少し不機嫌そうに眉を寄せた。口元はいつものにやけた微笑のままだ。

 刹那、早百合の胸に弓矢で射抜かれたような痛みが走る。
さらに、早百合の心の中が泡立つように揺れる。
昼間に見た良樹との昔の夢が小骨のように心にひっかかって、妙な不快感が早百合の心に訪れた。
  しずるに対する不快感…?
  早百合は自分の心に突然現れた不快感に驚く。
  なぜ、自分は不快感を感じているのだろうか? 目の前にいるのはしずるという良樹の恋人だ。
恋人同士がキスすることなんて普通のことだ。普通のことのはずだ。
  …それが幼馴染としか良樹と接することができなかった私の遥か上空を飛びさって、
良樹を手中に収めた魔女だとしても。

りぃ…ん 

なに考えてるのだ。自分は。
これではまるで良樹の唇を奪ったしずるに嫉妬する雌犬だ。
早百合は自分の心に現れた何かを精神で打ち消した。
携帯電話の鈴がなったような気がしたが、気のせいだろう。
「そうですか」
  早百合は努めて冷静な声を出したつもりだった。すこし声がうわずっていたような気がして
慌ててしずるの顔を確認するが。
「そうだよ。良樹との初ちゅーとレモン味はしなかったぞ。むしろ良樹と一緒に食べた
のど飴のミントの味がしたな。どちらにしても甘酸っぱい味だった」
  魔女は早百合の内面には気付かなかったようだ。
「どうして私に報告を?」
「ふふん。いやな。はぢめての恋人との大きな一歩を誰かに報告したくてたまらなかった。
いやぁ、キッスだぞ? さくらんぼキッス。鼓動の波打つ早さは急上昇だ。
たぶん200は振り切ったな、あの時は……うへへ」
  あぐらをかいたしずるは、良樹とのキスをもう一度想像したからか、ほんのり桜色になった頬を
いやいやんと押さえた。噂の魔女とは思えないほどの純情っぷりに早百合は呆れてしまう。
  恋人のことを考えて赤面する姿は、まるで中学生のようだ。
  数年前まで早百合もしずるも中学生だったけども。
「あのキスを受けてからは私の中での良樹の好感度はこいのぼりだよ」
「こいのぼりじゃなくてうなぎのぼりですよ?」
  魔女はからからとひとしきり笑った後、一拍置いて早百合に微笑んだ。
  早百合はコーヒーをもう一口含んだ。苦味がもう一度口に広がる。
「まぁ、それはいいとしてだ。物は相談なのだが」
「相談?」
  この流れからして、良樹がらみの相談だろう。幼馴染である早百合に良樹について
  知りたいことがあるのか。
  恋愛についての質問ならできれば遠慮したいところだった。
恋愛なんてマンガや映画やドラマの世界でしか見たこと無い。
  これでも早百合は彼氏いない歴17年だ。いまだに告白経験はゼロ。
恋愛に関してはしずるの方が一歩二歩も先だ。相談されても困るのだが…。
「良樹のことだよ」
「それなら本人に聞いたほうがいいんじゃないんですか?」
  早百合は思わずトゲついた言い方をしてしまう。先ほどの心の泡立ちが再発しそうだった。
「いやいやいや、良樹にはすこし聞きづらいことなのでな。だから君に聞こうとしてるのだよ」
「はぁ…」
「君は良樹のことについてなんでも知っているだろう?」

 はい、
  良樹のことなら趣味や生年月日、好きな食べ物、嫌いな食べ物とか…なんでも知っていますよ。
  そう早百合は言おうとして…。
(あれ…?)
早百合はひとつの事実に気付く。それは理解者と自認していた自分に衝撃を与える事実だ。
(…私が知っていることは、良樹の中学生のことまでだ)

 きっかけは目の前にいる魔女。
  そういえば、どうして良樹は魔女と付き合うことにしたのだろう?
良樹は魔女の一目惚れという言葉にどう思ったんだろう?
  良樹は魔女をどれくらい理解しているのだろう。

 …どうやって二人は好きあってるのだろう?

 りぃん
  鈴が鳴る。
  早百合はなにか変な方向に行きそうな自分の思考を戻す。
が、頭の中の思考の電車はどんどん違う方向へ進路を変えてゆく。
  おかしい。
最近は妙に良樹と魔女の二人のことについて考えている気がする。二人のことを考えただけで
どんどん胸が苦しくなって、自分が二人とは比べ物にならないほどちっぽけな存在かもしれないという
考えが頭を支配していってしまう。
なんだろう? なんだろうこの気持ちは。
魔女と初めて出会って、良樹と魔女の二人のやり取りを見ていた私は
こんなに卑屈ではなかったハズだ。
二人のことを近くに感じながら、お似合いだと思っていたハズだ。魔女の純粋な気持ちを知って、
彼女に良樹を任せようと決心したハズだ。
二人の並んで歩く姿に微笑ましさを感じたハズだ。なのにどうして、なのにどうして、今はこんなに。
感情が震えて爆発しそうなほど、自分は疎外感を感じているのだろう?
  泣きながら良樹に引っ張られ、一緒に謝りにいったあの夢がまた鮮明に思い出されてゆく……。

『よしきくん…』
『なぁに? さゆりちゃん』
『ありがとう。一緒に謝ってくれて…』
『いいんだよ。べつに、ともだちでしょ?』
『…うん。本当にありがとう。よしきくん』
『えへへ…』

『ねぇ、よしきくん。すき、大好き………』

りぃぃん

「鞠田早百合? どうした?」
  気付くと、早百合は一人で涙を流していた。
  あれ? 私はいったいどうしてたんだろう?
  眼前にはしずるの心配そうな顔があった。あぐらを崩しひざ立ちでこちらの顔を覗き込んでいる。
「…あ…あれ?」
「突然泣き出してどうしたのだ? もしかしてコーヒーが嫌いだったのか?」
  自分の涙に驚いて、早百合は呆然とする。
「い…いえ。違います…コーヒーではないです…」
「………」
  しずるはさらに眼前に近づくと、いきなり早百合の鼻をぺろりと舐めた。
「ひゃっ!」
  突然の湿りに早百合の体がぶるりと震える。
「しょっぱいな。涙か」
「な…なにするんですかっ。いきなり…」
「君は今、感情がゆらいでいるよ」
  魔女の瞳が鴉色に光る。しずるの瞳と早百合の瞳がぶつかりそうなほど近づく。
「なにか、君に異変がおきはじめている。心の中の君が暴れている」
  急速に早百合の心に魔女の言葉が突き刺さった。
早百合ははじめて魔女に畏怖の念を抱いた。魔女の瞳は早百合の心の中をスキャンするように
光を突き刺し、体や心が裸にされていくような感覚を
「なにかあったのか? 私でよければ相談に乗るぞ? どうだ、お金は取らないから話してみては?」
  ただ、話すわけには行かない。話したくない。

 

 それを話してしまうと…。
どうなる?
「話してくれないか? われわれはつながりをもった友人だろう?」
たぶん、しずると良樹の関係が崩れてしまうかもしれない。
ダメだ。それはダメだ。早百合と良樹としずる、月で拾った卵で誓った友情は、壊してはいけない。
決して壊すことの許されないつながりだ。
心の中で、早百合は強く感じた。
しずるが、孤独な魔女がはじめて作ったつながりを、私が壊すわけにはいかない。
「い…いいえ、…大丈夫です……」
  早百合は涙を抑えて静かに呟いた。
  涙を手で拭こうとして…、しずるが黒いハンドタオルを早百合に手渡した。
「これで拭きたまえ」
  早百合はありがたく受け取ると、それでごしごしと涙をふき取った。
ただ、いまだ感情が抑えつかない早百合は目元に黒いハンドタオルを抑え顔を塞いでしまう。
  そのまま十数秒。茶室の中を沈黙が支配した。
  外から聞こえるのは野球部の掛け声。

 最初に口を開いたのはしずるだった。
「…今日は相談できる雰囲気ではないな…」
「す…すいません」
「いや、いい。私はこのまま消えよう。なにかあったらまたここに来てくれ。
いつか君が私に相談くれることを切に願ってるよ」
「はい…」
  しずるの残念そうな声が届く。どんな顔をしているのか。顔を塞いだ早百合からは見えない。
  突然泣き出した自分に怒っているのであろうか。
自分に相談をしてくれなかった早百合に失望しているのか。
  ただ、早百合にはひとつ確信はあった。しずるはこんなことでつながりを断ち切る人ではない
ということは。しずるはクールで変で魔女だが、とても友人想いだ。
  しずるが立ち上がる音がする。空気が震える様子で早百合にはわかった。
自分の横を通り過ぎてしずるは茶道室のドアを開けた。ガチャリという音。
「しずるさん?」
「また会おう。鞠田早百合。あ、そのブルマはいつか返してくれ」
  冷たい空気がドアから流れる。早百合はハンドタオルから顔をあげて、
振り向くがすでに戸が閉まりしずるの姿は消えていた。
茶室に残っているのは冷たくなった風とコーヒーのにおい。
  そして、涙を拭いた早百合。
  しずるは冷静でオトナだ。話をできなかった私に配慮して一人にしてくれた。
  涙を拭いて、一人落ち着く。と、
「ブルマ?」
  早百合はしずるの最後の言葉に引っかかる。ブルマとはなんのことだ?
  もう一度、顔を拭こうとして…。手にしていたものを見て、早百合は絶句した。
  早百合がハンドタオルだと思って顔をうずめていたのはしずるの紺ブルマだった。
  しかも明らかに今脱いだものである。 …何を考えているのだ。魔女は。
  もっと他に渡すものがあったろうがっ。
  一気に脱力する。
  自分は脱ぎ立てブルマに顔をうずめて泣いていたのか。傍から見れば明らかに変態である。
しずるのブルマは芳醇な香りを漂わせ同姓だけど思わずラッキーとしか……って、違う。
自分はレズでもないし、ブルセラ趣味なんぞ持っていない!
「…なんなのよ…、もう…」
  早百合は茶道室で大の字に倒れた。自分に生まれたおかしな感情としずるの行動に、
早百合の精神は大きく疲労したのであった。

現在午後4時半。いまだ外では野球部の掛け声が聞こえてくるし、吹奏楽部の合奏の音も響いている。
  ふと、ここで早百合はあることに気付く。しずるの脱いだブルマがここにあるということは。
ヤツは体操服にぱんつ一丁で外へ出て行った。
いまだ人が残る校舎で、体操服にぱんつ一丁…。
「…………魔女だ…」
  ブルマを手に、早百合はひとり呟いた。

8

りぃん。
りぃん。りぃん。

 夕暮れ。
遠くに伸びる早百合と良樹の影。
幼い早百合と良樹が手をつなぎ歩いていた。
「ほら、さゆりちゃん。もうすぐでおうちだよ」
「…うん。わかってる…」
「そろそろ泣き止んで。泣きながらおばさんに謝ったんじゃかっこわるいでしょ?」
「…うん」
  ぎゅっと手を握る。
  母親に謝りに帰る途中の道だった。
  いつも通っていたお地蔵さんの前を通る。腰の曲がったおばあちゃんが熱心にお地蔵さんの前で
  何かを拝んでいた。
「二人で謝れば、きっと許してくれるよ…」
「えぐっ…。一緒に謝るよね?」
「そう。一緒にだよ」
  ぎゅっと手が握られる。それだけで早百合の心の中は安堵感でいっぱいだった。
この帰り道が永遠に続けばいいのに。
二人で歩く道は茜色に染まり、二人の影は長く伸びてコンクリートで固められた歩道に
大きな姿を映した。
  涙を拭きながら歩く早百合と手をつなぎ励ましながら引っ張る良樹の姿。
まるで微笑ましい兄妹ような姿。そう見えるだろう。
「…一緒…だもんね」
「うんっ」
早百合はようやく泣き止んだ顔を手でこすり、前を歩く良樹の姿を見た。
青色のTシャツを着た良樹は早百合を引っ張って堂々とした様子で歩を進めている。
ちょっと前までは同じぐらいだった良樹の背丈も、成長期だからかみるみるうちに伸びてき、
気が付けば早百合の身長を追い抜いていた。自分より少しづつ高くなってゆく良樹の後姿。
  いや、自分よりはるかに高い。瞬きをすればすほど良樹の背はどんどん高くなってゆく。
  良樹はどんどん変わってゆく。後姿の良樹はどんどんと大きくなっていき、
握った手と指はがっしりと角ばってゆく。
  あっというまに小学生だった良樹の姿は、織姫高校の制服を着た高校生の良樹へと変化した。
「…よしきくん?」
  早百合は突然の良樹の成長に驚き、おもわず彼の名前を口にする。
  良樹の顔は見えない。ただ、早百合はこの成長した良樹の姿をなぜか知っていた。
  自分の小さな手を握り締める良樹。
手を話さなかったのは、いまこの手を離したら良樹が、
もしくは自分の体が魂となって消えてしまいそうで怖かったからだ。
「さゆりちゃん。おうちについたよ…」
  良樹の声。口調…早百合への呼び方は幼少の良樹のままだが、その声はその姿相応に低い。
  着いた先は自分の家ではなく、なぜか良樹のマンションの前。
良樹は早百合を手をつかんだまま、無言でそこで立ち止まる。
  急に早百合の感情の中に孤独感が溢れる。
「い…いっしょ……一緒だよ…? 一緒…」
  気が付けば早百合は傷ついたレコードのように「一緒」という言葉を繰り返していた。
その言葉を言うたびに早百合の心の孤独感はカビのように黒く増えてゆく気がして、
早百合はさらに恐怖する。
  早百合は返事を待っていた。今、良樹が振り向いて笑顔で「ああ、ずっと一緒だよ。早百合ちゃん」
と肯定してくれれば、自分はどんなに楽になるだろうか。
  お願いだ。私を救ってください。
「兼森良樹」
  え?
  聞きなれた声が早百合の耳に響く。
  マンションの前、植え込みの傍から一人の少女が現れた。
  セミロングの伸びた髪で、首に巻いたペンギン柄のマフラーを風になびかせ、
良樹に近づいてくる冬服の美少女。
  織姫高校の魔女こと、魔女っ子こと、紅行院しずるだった。
  なぜか小学生の早百合にもわかった。
  え? 何故こんなところにしずるさんが?
  不意に、良樹の手が離れた。握っていた左手が空を掴む。
良樹が早百合の手を振りほどいたのだ。振りほどき、しずるのそばへ走ってゆく。
「え…」

 

「やぁ、兼森良樹…」「しずるさんっ、どうしたんですか…こんなところで」
「なにちょうど君と…」「そんな…」「…」「…」

握られた手が離れていたとき。ちょうど早百合が住む世界と、
良樹の住む世界がきっぱりと別れたような気がした。
つないでいた手は唯一の通信手段。早百合の小学生の世界と良樹の現在の世界との架け橋。
それが途切れた。
その瞬間、彼女の居た夕焼けの世界が崩壊を始めた。
「!」
電信柱はぐにゃりとひん曲がり、茜色の空はジグソゥパズルが崩れたように
闇へばらばらになってゆく。鳥の鳴き声、車の雑音、すべてが音もなく消えてゆく。
「よしきくん! 助けて!!」
  早百合は目の前に居た良樹に助けを求めた。
  崩壊する世界は早百合の背後に迫り、早百合の視界までも奪ってゆく。
  しかし、目の前の良樹は気付かない。しずるもまるで早百合のことなど見えないかのように、
二人は楽しく話している。二人の世界は明るく、そしてまぶしかった。
  対して早百合の世界はどんどんと闇に変化してゆく。
この闇に飲まれると、二度と良樹と会えない。なぜかそう感じる。
「よしきくん! 助けて! 良樹! 私を一人にしないでよぉ!!
  いつも一緒だって約束したじゃないぃぃ! ひとりはいやぁぁぁぁ! よしきぃぃ! たすけてぇ!
  よしきぃぃぃぃぃぃぃ!!」
  大声で叫ぶ早百合。必死で、切実で、そして奇声まじりの金切り声。
  それに気付かず談笑する良樹としずる。
  もはや彼女の切実な声など聞こえはしない。早百合の頭が完全に闇へととりこまれた。
  薄れゆく景色の中で、暗くなってゆく視界の中で、最後に早百合が見たのは

「んちゅぅ…」

 自分で擬音を出して、良樹と唇を重ねる魔女の姿だった。

 りぃんりぃぃん。

燕尾色の鈴が見せた夢は早百合の精神を大きく揺さぶっていた。
  鈴の音が響くたび、彼女の頭の隅にある忘れていた記憶を掘り起こされ、
夢として早百合を責めたてる。
早百合は鈴が作り出した、想いの監獄に囚われていた。
無意識下に響く鈴の音。まるで早百合に何度も囁きかけているようだ。
しずると良樹が愛し合う姿をお前は本当に見たいのか、と
あの雌鴉に最愛の人物を奪われて良いのか、と。

 りぃぃん りぃぃん りぃんん
  りぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん

「嫌な夢だわ…」
  ベッドの中で目が覚める。見えるのは変わらぬ天井。
  ぐっしょりと布団がぬれていた。寝汗が下着にくっついて気持ち悪い。
  早百合は体を起こそうとして、突然の頭痛に頭を抑えた。
「頭がぐらぐらする」
  もうすぐ、母親が起こしに来るだろう。
  起きて着替えなければ…。
  ふらふらの意識のままベッドから這い出し、パジャマを脱いだ。
  体は熱く、ふうふうと垂れる汗がべっとりと衣類を濡らしている。
  部屋のスタンドミラーの前に立つと、寝癖はぼさぼさ、目はとろんと下がり
真っ赤な頬をした自分の姿が写った。
  とりあえず制服に着替えねば。パジャマを脱ぐ。そのまま畳まずくしゃくしゃのまま床へ。
同時に肌にくっついたブラジャーも脱ぐ。自分のお椀形の胸が露わになった。
小ぶりに張ったおっぱい。あと数年すればこの色気の無い胸も小さいまま垂れてゆくのだろうか。
  濡れて青が蒼色になったショーツも脱ごうとして…、
「あれ?」
  スタンドミラーの前に自分の携帯電話が置かれていることに気付いた。
「……」
  こんなところに置いたっけ?
  床に置かれた自分のコバルトカラーの携帯電話。
ストラップにはしずるからもらった鈴が付けられている。
  しずるは床に置かれた携帯電話を手に取った。りぃんと鳴る鈴。
「…」
  なにか不自然に早百合は感じた。

 何気なく携帯電話を開いてみる。ディスプレイにペパーミント調の女の子のイラストが表示された。
昨日、良樹とさやかに教えてもらいダウンロードした壁紙だ。
(最初はねねこに聞いたのだが、パケ代を無駄にしただけだった)
  さらにその上にデジタルで時刻が表示される。
  午前10時15分。
「え? 午前10時15分って…!」
  今日は土曜でも日曜でもない。普通の平日だ。
「が…学校! やばい! 寝てる場合じゃない!」
  二時間目が終わりそうな時間っ。しまった、完璧に遅刻だ!
「お母さん! お母さん!」
  慌てて二階の自室から飛び出した。
  廊下に出ると、火照った体にひんやりとした風が当たる。
  階段をだんだんだんと音を立てながら下りて、台所へ。どうして起こしてくれなかったんだっ!
  一言母親に文句を言おうと、台所の入り口にかけられたすだれを開けて中に入る。
  台所には誰もいなかった。…そりゃそうだ。この時間は母親と父親は仕事に行っていて
いつもいない時間だ。ということはこの家にいるのは自分ひとり?
  慌てて自分の部屋から飛び出したからか、早百合は汗で濡れたショーツ一枚のままだった。
まぁ誰も居ないし。体が熱くて裸のほうが涼めて気持ちがいいし。早百合は特に気にしない。
  ふと、台所のテーブルの上を見ると、小さな鍋と薬瓶がある。
母親が100円ショップで買ってきた一人なべ用の小さい土鍋と市販の風邪薬だった。
中を開けると母の作ってくれた雑炊が入っていた。白菜とニンジンと米を白だしで炊いた簡単なもの。
別に家族ゲームの家庭のような家族じゃないから、こんな個人用の鍋家族で使うわけ無いと
思っていたが、こういうときに使うのか。
  鍋とテーブルの間にメモ用紙が挟まっていた。いつも使う広告の裏の白い部分を短冊状にして
再利用した母親特製の貧乏性メモだ。昔は早百合も手伝いで作ったことがある。
  メモには母の字で簡単に内容が書かれてあった。すでに学校に休みと連絡していたこと。
雑炊は楽になったら自由に食べてもいいこと。母はいつもの時間には帰るということ。
昼3時にやるドラマの再放送を覚えてたら録画してほしいこと。
  だんだんと記憶が定かになってくる。たしかに今日の朝、一度起きていた。
朝食を食べようとしてたらだんだんと頭が熱っぽくなり……そこから意識が途切れている。
眠った自分を母親が運んでくれたのか。
  なんだか、最近は昔のことを思い出したり忘れたりと記憶の反流が激しいような気がする。
「そっか…風邪かぁ…小学生のとき以来だわ…」
  なかなか自分が風邪だとは気付きにくいものだ。
  早百合は台所の流しで薬を飲んだ。熱い体に飛び散る水が冷たくて気持ちいい。
ぺたぺたとフローリングの床を歩き、そのままリビングへ。
頭はくらくらしているが、一度起きたときよりだいぶ楽になっている。
  リビングに入る。そのまま新聞を見ようとしてコタツに入る。コタツの電源は切れていたが、
まだ温もりが少々残っていて早百合の火照った体にはちょうどいい。
  コタツの上にあった毎日新聞を手に取った。一面トップにある芸人の写真。
県知事に当選と書かれている。
「ふぅーん……東がねぇ…」
  特に何も感じない。
  早百合はコタツに体をつっこんでごろんと横になった。
  早百合の肌に直接当たるコタツ布団。裸で布団に入るのはこんな感じなのか。
なかなか妙な感じだなと早百合はひとり呟いた。
  そこへ、眠気が襲ってくる。
  コタツで寝ると風邪を引く。母親から口をすっぱくされて言われていた早百合は、
のそのそとコタツから這い出ると、リビングを出、階段を上り、自分の部屋のドアを開け、中へ。
  床に散乱し、くしゃくしゃになったパジャマをひろって着ようとしたが。
「あー…だるい。眠い…」
面倒くさくなって、ショーツ一枚のままベッドに倒れこんだ。
早百合はそのまま羽毛布団を簀巻きのように体に巻く。
ベッドで芋虫のように丸くなると、早百合はまぶたを閉じて、一瞬で眠りについた。
りぃん。
  早百合の携帯電話に付けられた燕尾色の鈴が、静かに一度だけ鳴った。

 りぃん。

 織姫高校の自分の教室で、
  早百合は良樹たちの姿を眺めていた。しかし、見えるのは良樹やねねこ、さやか、恒、三郎、
クラスメイト達の頭。
早百合は教室の様子を天井から眺めていたのだった。
  誤解しないようにしておくが、早百合が天井に張りつける芸当は持ってはいない。
彼女は蝙蝠でもスパイダーマンでもエイリアンソルジャーでもゲンバリングボイでもない。
  早百合はまるで空を飛ぶかのように体が浮いて、天井から教室の様子を眺めていたのだ。
幽体離脱で自分の体を眺めている状態…と思っていただければわかりやすいだろう。
「これは…夢…?」
  早百合はなぜか今見ているこの光景が夢だということを自覚することができた。
  クラスメイトたちは頭上に浮かぶ早百合に気付くことなく会話を続けている。

「良樹ぃ。お見舞いに行くのかにゃ?」と、恒。
「そうだよ」と、良樹がかえす。
  ここで、ねねこがにやにやしながら良樹を見て言う。
「良樹君がお見舞いに行ったら早百合ちゃんすぐ元気になるねっ」
「おおぅ! らぶらぶぱわーで風も吹き飛ぶのかにゃっ!?」と、恒。
「そうそう!」ねねこが笑いながら恒に言う。
  そこで、良樹。ねねこの頭をくしゃっとして、苦笑しながら言う。
「そんなんじゃないよ。今日の課題渡すついでみたいなもんだよっ」

「ついで…か…」
早百合は小さく呟く。まぁ、そうか。魔女という恋人がいる良樹に私に対するラブラブパワーなんて
あるわけないしね…。

「ついでなの?」と、ねねこが不満そうに良樹に言う。
「みたいなものだって。それに、あいつとは…」

「「幼馴染」」

 早百合と良樹の言葉が重なった。
「幼馴染…か…」
  自分の自嘲するような呟きとともに彼女の意識はまた落ちていった。

りぃんりぃんりぃん。

9

りぃんりぃん

 ピンポーン。
  インターフォンが鳴る。
  早百合は自分の体に巻いた羽毛布団に、顔だけ出した状態で目を覚ました。
  カーテンの隙間から差し込む光は、先ほど起きた時の方向とは反対側に差し込んでいた。
  今何時ぐらいだろうと思い、ベッドの棚にある携帯電話を取ると時刻は午後4時。
  どうやら結局簀巻きのまま6時間も寝ていたようだ。
  昨日寝たのが午後12時、今が4時。もしかしたら自分は24時間連続睡眠ということが
  できるのかもしれないと思ってみる。
  意識ははっきりしている。朝みたいな頭のくらくらは無い。
  ただすこし喉は痛いがこれも明日にはだいぶひくだろう。
  ピンポーン。
  もう一度鳴るインターフォン。
  早百合はその音に起こされたことに気付いた。
  二階の窓のカーテンの隙間から玄関を見ると、
  学校指定のスポーツかばんを持った学生服の良樹が立っていた。
  良樹がお見舞いに来てくれたようだ。早百合はなぜか心の底からうれしくなってきた。
  良樹が自分のために行動してくれる。そう思うと気分が高揚して、もっと何か良樹に
  何かしてほしくなってくる。
  早百合はカーテンを開け、窓を開け、縁に手をかけて体を乗り出した。
外は無風で肌に当たる日の光が暖かくて気持ちよい。
「よしきぃ!」
  インターフォンを押して反応を待っていた良樹は、
早百合に突然呼ばれて二階の窓の方へ顔を向けた。なんども家に遊びに来ていた頃は窓から呼ばれて、
玄関と二階の窓で会話することも多かった。
  早百合はこうやって良樹を二階から呼ぶのは久しぶりかもしれないと思った。小学生ぶりか。
「良樹ぃ。私のお見舞い?」
「え…? あ、早百合……ぶっ!」
  良樹は早百合を見るなり、いきなり噴出した。そしてあわてたように目をそらす。
  顔を向けた二回の窓には上半身裸の早百合が窓から体を出していたからだ。
「ん、どうしたの? もしかして鍵開いてない? あ、すぐ開けるわ!」
「そんなことより服を着ろって!」
「え…? きゃぁっ!」
  自分の状態に気付く。そうだった、自分はショーツ一枚で布団に包まっていた。
そして声につられてそのまま体を出してしまった。
おっぱいまるだしのまま。なんてことだ、人様に、しかも良樹に貧相な体をさらしてしまったっ。
  慌てて胸を押さえてカーテンを閉めると、早百合は自分のあまりの情けなさと恥ずかしさに
一気に紅潮した顔を抑えて、床に散乱していたくしゃくしゃのパジャマに袖を通す。
「なんで、私こんな恥ずかしいことしちゃったの!」
  真っ赤になって早百合は叫んだ。
  カーテン越しに見ていたときは、少なくとも自分がショーツ一枚だということに
気付いてたはずなのに、気付いてたはずなのに、
良樹が来たとわかった途端……そんなことは忘れて反射的に窓を開けて呼んでしまった。
 
  りぃん

 パジャマを着ると、赤い顔をクールダウンさせるように一段づつ、階段を降りる。
  自分の家はちょうどクレヨンしんちゃんにでてくる野原家のガス爆発でなくなった家の間取りと
似ていて、階段を下りた先にすぐ玄関がある。まぁどこの家も玄関のすぐ横に階段があるが。
  ぱたぱたと降りて、玄関の鍵を開けた。
「やぁやぁ。兼森良樹! よくきたね。うれしいよ。うんうんっ!」
  早百合は先ほど自分のおっぱいをまるごと見られた動揺からか口調がしずる調になっていた。
  良樹の顔はまだ赤かったが、ちゃんとパジャマを着てきた早百合に安心して
「あ、うん。 プリント渡すついでにお見舞いに…」
  と、言いかけ、早百合の姿をもう一度見て…赤い顔をさらに赤くして一言。
「ズボンも履けよ!!」
「ふぇ…。ひゃっ!」
  慌てた早百合は、パジャマのズボンをはき忘れていた。
さらに早百合はスウェットタイプのパジャマを使っていた。
故にシャツタイプとは違い、自分の水玉のショーツは一切隠れることなく、
逆三角形の形をまるまると晒していたのだった。しかも、色気が無いという救いようの無さ。
「ご…ごめんっ。すぐに着てくる!」
  またどたどたと階段を駆け上がる早百合。
  結局早百合は、良樹におっぱいからパンツまでかなりの部分見られてしまったのであった。

りぃんりぃん。

 早百合が慌ててパジャマのズボンを履こうとして倒れ、
スタンドミラーに頭をぶつけ悶絶している頃。
早百合の家からかなり離れた町の大きな高級スーパーで
しずるは買い物籠を片手にフルーツの品定めをしていた。
「こっちの林檎は赤いが…ツルが萎びているな…。
  やはりこっちにするか…、しかしこっちも捨てがたい…」
  何十個も綺麗に整頓された高級スーパーの棚のピカピカの林檎を見比べ、赤さや大きさを調べ、
さらに香りや、指ではじいた音などおいしい林檎の見分け方を全て実行し、念密に見分けていく。
そして棚の中でも一番良いと思ったものだけを自分の籠へ。
  ひとつの果物を選ぶのに5分以上も時間かけている。だいぶこだわっているようだ。
  ようやく、満足するものを選ぶとそれを買い物カートの中へ綺麗に並べる。
籠の中には美しい果物が山ほど並んでいた。
「メロンにマンゴーに林檎に…。…うむむ、柿は果物にはいるのか?
  トマト姫の柿っ八はたしか野菜扱いだった気が…」
  しずるはカートを押すと今度は柿の棚へ。
  そこでまたひとつひとつ柿を検閲してゆくのだ。
  普通ひとつの果物の前に、ましてやセレブご用達とも言われる高級スーパー、
  味も品質も一級どころか特級品の棚の前に5分も10分もいれば他の客に迷惑になり
注意されるものである、それにしずる自身も選ぶのに気が散る。
  しかし、彼女は果物を選ぶのに全神経を集中して選ぶことでできた。
  何故か? 彼女の周囲に人が近づかないからである。というか近づけないのである。
  しずるが鬼も金棒抱えて金縛りになりそうなほど、
目を光らせて果物を選ぶ姿に怖気づいたわけではない。(一応それもあるのだが)
  原因は単純に彼女の服装である。
「むぅ、柿は良いものがないな…。仕方がない、柿っ八を信用して、
  柿は果物と数えないことにしておこう」
  彼女は真冬だというのに体操服だった。ジャージでも着ればいいのに、
そんなダサいモノは着てられるかという態度である。寒くないのだろうか。
  さて、上は体操服なら下にはいているのは割れ鍋に綴じ蓋のごとく、ご想像通り定番中の定番、
 
紺のスクール水着である。

 …いや、待て。
  しずるはスクール水着を着たさらにその上に白の体操服を着た格好であった。
  ぱっつんぱっつんの若干キツめで股に少し食い込む紺のスクール水着、
そしてその上に野暮ったく袖を通している体操服。さらにスクール水着の紺が目立つためか
白の体操服の表面にぴっちりとしたしずるの胸ラインが紺色に浮かんでいた。
  そして、そんな女の子が高級スーパーでものすごい眼力で果物をチョイスしているのである。
  そりゃ、誰も近づかねぇよ。
  しかし、しずるは自分の格好なぞどこ吹く風、周りの視線など完全無視で
買い物を続けているのであった。
  歩くごとに磁石のように避けてゆく人々。着物姿で白く白粉を塗った上品なおばあちゃんや
場違いなところに来てしまった紫に染まった髪のおばちゃんでさえも
彼女の半径4メートルを綺麗に避けて通る。
「これぐらいにしておくか。あんまり買いすぎるとかえって迷惑だからな…」
  自分の買い物に満足したしずるはカートをくるりんと反転すると、そのままレジへと闊歩する。
  体操服にスクール水着という格好で店内を堂々とレジへと向かってくる少女
(しかもかなりの美貌である)にこの店の支配人も唖然とした表情であった。
「会計。コレ全部だ」
  どしんとレジに置かれる買い物籠。顔が引きつるレジ打ちの従業員。
  が、そこはさすがに高級スーパーのサービス業店員である。動揺の顔は一切隠して、
いつもの爽やか営業スマイルでひとつひとつレジを通してゆく。
「全部で2万4890円です」
「これで。釣りはいらん。外に居る赤い羽根共同募金の箱につっこんどいてくれ」
  しずるは諭吉が描かれたピン札を三枚、体操服のVラインの中から取り出し
(ということはスクール水着の胸部分に挟んで仕舞っていたのか?)レジに置くと、
そのままカートを押し、袋も受け取らずにスーパーを出て行った。
  残されたのはピン札を前にした従業員と客である。慌てて従業員は札が偽札ではないかと
透かしやナンバーを調べてみたが、正真正銘の日本銀行が平成16年に発行した
日本銀行券の一万円三枚だった。

 これが隣町でじきに噂になる「スク水体操服の魔女」の根源である。

りぃん

10

りぃん

「風邪は大丈夫?」
「ええ。もうだいぶいいわ。一日寝てればすっかり治るものなのね」
「そっか。でもそういう気が抜けたときが一番危ないみたいだよ」
「そうみたいね。でも大丈夫よ」
  早百合の部屋に案内された良樹は、先ほどまでの騒動を気にしてないような口ぶりだった。
  まぁ、早百合としてもあんな醜態をいつまでも覚えておかれるとかなりダメージが
溜まってくるため、そうしてくれることはありがたかった。
  早百合の自屋は綺麗に整頓されていて、早百合自身良樹を部屋に入れることはあまり抵抗無かった。
部屋はテレビが無いだけで、普通の女の子の部屋となんら変わらない。
そういえばこの部屋に良樹を入れたのは6年ぶりぐらいだ。
  良樹は床にあぐらをかいて座っていた。対する早百合はベッドに上半身を起こした状態だ。
喉が痛いだけでほとんど抵抗無く動けるが、一応病人らしくしている。
「えっと…。これ、今日もらったプリントと……、貸すって言ってたCDな」
  鞄から良樹が取り出したのは、ボランティアの募集という別に持ってこなくても、
早百合には関係なさそうなプリントと奥村愛子のアルバムCD。タイトルは万華鏡。
  昭和ノスタルジーごちゃまぜ妄想オシャレ歌謡という、一言では言いづらいジャンルで雰囲気的には
スカオーケストラのビッグバンドに大人の香りが漂う歌声の曲が主。
たまたま良樹のMDプレイヤーで聴いてみて興味を持った歌手だった。
  プリントとCDを受け取ると、早百合はベッドの棚に置く。プリントはすぐに捨てるけど、
今良樹の目の前で捨てちゃったらさすがに失礼に当たる。CDは後で聴こう。
BGMとしては向かないだろうし。
「ありがと。明後日ぐらいに返すわ」 
「いや、べつにいいよ」
「そう? じゃあ、しばらく借りるわね」
「うん」
  一瞬、会話が途切れる。が、雰囲気を察してすぐに良樹が話題を切り出した。
「早百合、今日のことなんだけどさ…」
「へぇ、なに?」
「藤咲がさ」
「ねねこが?」
「……」
「…」
  ……。
  ……。
  会話が続いてゆく。
  良樹は今日学校であった珍事件(弁当の中身をぶちまけ事件ねねこ)を話すと、
早百合もそれに続いてねねこの過去の事件(鰯の読み方をマグロと回答事件)を披露する。
  それに続いて話がどんどんと飛んでゆく、幼馴染の会話は三〇分ほど続いた。

 りぃんりぃん

 時刻も4時半を過ぎた頃。
「もう4時半か。あんまり長居しちゃ悪いから、僕はそろそろ帰るよ。」
  良樹が立ち上がる。
「え、もう帰るの? まだ居てよ」
  早百合の口から出たのは良樹を引きとめようとする言葉だった。早百合は自分で言って
すこし照れそうになる。このセリフは彼氏を自分の部屋に引きとめようとする恋人の言葉じゃないか。
  まるで早百合の心に直接口がくっついて喋ったように自然に出ていた。
「いやいや。お前は病人だろ? それにあんまり無理させると悪いからさ」
「え、ええ……」

りぃん

 目の前でコートを着込み帰る準備をはじめる良樹を見てると、
早百合の体の奥から焦燥感と寂しさが襲ってきた。
不安が体中に悪性ウイルスのように広がり早百合の精神を締め付ける。
何故? どうして、良樹が帰ろうとすると自分はこんなに不安になるのだ?
  どうして、良樹にこんなに傍に居て欲しいのだ?
  どうして、どうして……。

りぃんりぃん

 どうして、こんなにも。こんなにも、こんなにもこんなにもこんなにもこんなにもこんなにも、
良樹を独占したいと思っているのだ?

りぃんりぃんりぃんりぃん

 頭の中で鈴が鳴る音がする。早百合に警告を与えるように鳴り響く鈴の音。

りぃんりぃんりぃんりぃん

To be continued.....

 

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