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ヒトゴロシお姉ちゃん



プロローグ

「ぅえ、ぁ、あ、痛い、ぃ、ぅ、え、がっ」
  蠅の羽音にも似た、弱々しい声だった。
  当然である。
  少女は今、腹を抉られその中身を咀嚼されているのだ。
  びちゃびちゃ、血の滴る音。
  ぐちゃぐちゃ、腸を噛む音。
  罪悪感は生まれてこない。
  そもそも、こいつが悪いからだ。だから無言で食事の光景を見ていた。
「た、す、ヶ、……ぐ、ぇ」
  少女は、自分を見下ろす傍観者に手を伸ばす。指先は震えていた。
  なぜか。
  その命乞いに腹が立つ。
「ストップ」
  傍観者が挙手する。
  それは食事をやめた。巨大な口腔から鮮血が垂れている。
  傍観者はそれを横切って、血塗れの少女の傍らまで歩み寄った。
  まずは伸ばしている手を蹴り飛ばした。
  少女はうめいた。
  とても痛そうだけれど、罪悪感は生まれてこない。
  顔面を踏む。ぁぐあっ。耳障りに呻く。
「はは、ぁは、ははっ」
  自業自得だ。さらに踏む。踏む。潰すように踏む。
「ひゃ、は、ぎゃはははははっ!」
  なんだか楽しい。
  そうして何回も踏んでいるうちに、少女は喋らなくなった。
  死んだ。
「……ふ、ぅ」
  くつの裏が血塗れだった。どこかで洗おうか、捨てて新調するか。
  考えながら興奮を十分冷ます。
「ぁ、さっさと全部食べちゃってね」
  もはや傍観者ではない、ただの人殺しは傍らのそれに命令する。
  それは嬉しそうに巨大な口をあんぐりと開き、食事を再開した。
  人殺しはくつの裏の汚れを眺めながら、ああ、今日の夕飯はどうしようか、などと考えていた。

第1話

 彼、小野峰衛治は姉が嫌いである。
  その原因を過去から辿ろう。

 幼少の時分。
  年上のくせにめちゃくちゃなきむしで、いつも弟の背中に隠れる。
  言うことを聞かないと泣く。なぜか親に怒られる。
  もっぱらままごとを強要された。
「エーくんとあたしは夫婦なんだから、ずっと一緒なんだからねっ」
「ぇえ……っ」
「なんで嫌そうなのよぉっ! 返事は、ねえ、返事はっ!?」
「わ、わかったよ、わかったから泣かないで、お姉ちゃん」
「な、泣いてないもん、ぅ、うぅっ……ふ、ぇ」
  さて小学生の時分。
「えっ!? お前まだ姉ちゃんと風呂一緒に入ってんのっ!?」
「ぇ、え、だって姉ちゃんが普通はそうだって言ってるから……っ」
「普通じゃねえよっ!」
  友達に突っ込まれて盛大にからかわれた。はずかしかった。
「姉ちゃん、今日から別々に風呂入らないっ?」
「駄目」
「いや、聞いてよ、今日それ言ったら友達にめちゃくちゃからかわれてさ」
「駄目」
「……、だから聞い」
「駄目」
「……」
  そして事件は中学の時分に、起こってしまう。

「ただいまぁ……あらっ?」
  姉のくつがすでに玄関に転がっていた。
  おかしい。今朝、俺今日帰るの遅くなるからといったとき、
「ぁ、あたしも」
  と続けて姉は言ったのだ。確かに。
  そして衛治はと言えば、遅くなるはずだった学校の用事が後日に流れたので
  普通に帰宅してきたのだが。
  姉も放課後の予定が流れて普通に帰ってきたのか。
  とりあえず姉が帰宅しているのならさっさと自分の部屋に退避するべきだ。
  高校生にもなってまだ弟にべたべたよってくる姉に彼氏でも出来ないだろうかと思いながら、
  階段をのぼる。
  そこで気付く。
  自分の部屋のドアが僅かに開いている。隙間から、部屋の明かりが漏れている。
  誰かがいる。
  衛治はこっそりと廊下を移動して、隙間から自分の部屋を覗いた。
「……」
  姉がいた。
  衛治のベッドの上で、衛治のトランクスを片手でかぎながら。
「ぁ、エーくん、エーくん、ひゃ、あぃ、いい、きも、ち、ぃっ」
  片手は股間に伸びていた。
  数秒だけその光景を眺めて、衛治は足音に注意しながら一階におりた。
  鞄を持ったまま玄関で再びくつを履いた。
「……キモイ」
  その一言に尽きた。
  ベッドのシーツはすぐに替えないと。汚い。
  姉ちゃんは、きもい。
  結局本屋で時間を潰して、六時過ぎに再度帰宅した。
  姉が笑顔で、おかえりといってきた。
「どけよ、きも姉」
  睨みつけていった。
  ぇ、え、と姉が慌てる。あほが。見たんだよ、お前が俺の部屋でなにやってたのか。
「お前金輪際俺の部屋に近付くなよ」
  ごめんなさいを連呼してくる。
  無視した。一階で替えのシーツを乱暴に引っ掴むと、
  衛治は泣きながら謝っている姉を横切って階段をあがった。
  シーツを早速替えた。部屋の外まで来ていた姉にそれを投げつけた。
  死ねといいかけたが、本当に死なれてはかなり困るので抑えた。

 その夜。事件の本番はこれからだった。
  深く寝入っていた衛治だったが、息苦しさを感じて意識が浮上する。
  くちもとに違和感。
  ぴ、ちゃ。
「ぁ……っ!? ぅ、あむ、ぅ」
「む、ぁ、エーくん、はあ、はあ、っ」
  姉の顔が、眼前に。
  舌を舌でなめられていた。
  この変態、と両手でつきとばそうとするがまったく動かない。衛治は焦った。
  姉は行為におよぶ直前、衛治の両手と両足をロープでベッドに結んでいた。
  それが見えない衛治には何故動かないのかわからない。わからないから怖かった。
  口内を舌で犯される。きもちわるい。やめてくれ。他人の唾液なんて飲みたくない。ぬめぬめする。
「ぷ、ぁ、はあっ」
「ぉ、げぇ、ぅげ、ぇ」
  やっと解放される。口内の陵辱から。
  透明な糸が、衛治の舌と姉の舌とで繋がり、窓からもれる月光でそれが輝いた。
「ぁ、あっ」
「ぅ、ふふ、エーくん、きもち、いいっ?」
  姉の手が優しく股間を撫でる。
  嫌なのに。それでも衛治も男なのだから、快感が走ってしまうのはどうやってもとめられない。
  きもちよかった。とても嫌で怖かったけれど射精したいと思ってしまう。
  大声を出すしかない。はずかしいが両親に助けてもらうしか。
「ぇいっ」
「……む、ぅっ!?」
  何かでくちを塞がれる。
  しまった。駄目だ。声が出せない。なんだこれは。
  混乱しているあいだに姉は衛治のズボンをずらしていた。
  いきりたった衛治の息子がトランクスから解放される。
  姉の呼吸が異常に荒い。
「はあ、はあっ……ぁ、あた、あたしね、エーくんに、どうすれば許してもらえるか、
  はあ、はあっ……。
  考えたの、はあ、はあっ。そ、それでね、思ったの、はあ、はあっ……」
  姉が震える指先で衛治のそれにコンドームをかぶせる。
  馬鹿かこいつはっ!? 嘘だろうっ!? 衛治の心の声が絶叫する。
「ぁた、あたしの、処女、あげちゃう、エーくんにあげちゃう、それで許して、はあ、はあっ。
  ねっ。エーくんも、きもちよくなったら、きっとわかる。
お姉ちゃんがあんなことしちゃった理由、きっと、わかる。
  こ、これは、ね、だから必要なことなの。
  ちっとも悪いことじゃないの、は、はあ、はあっ……ぇ、へっ」
  姉がパジャマを脱ぐ。
  衛治は、必死に首を振る。
「じゃ、じゃあ、あ、いくね、入れちゃうね、ね、大丈夫だよ、
  お姉ちゃんに任せておけば、はあ、ああっ」
  駄目だこいつ……。
  しかし自分の息子はいっこうになえない。心臓が盛んに動いてしまっている。
「エーくん、好き、好き、大好きっ」
  はいった。キスされた。
  その後は語るまい。ただ犯された弟である。

「この変態っ! 馬鹿かお前、俺たちきょうだいだぞっ!?
  手と足縛って、あげく口までガムテープで塞いでっ! 普通じゃないよっ!?」

「はあっ!? なに不思議そうな面してんだよ、おめでたいなほんとっ……。
  これレイプだぞお前、なあおい、わかってんの、これ」

「ああっ……? お前のことが好きかってっ? は、ははっ……?
  だいっ嫌いだよっ! この変態。死ねよ、消えろっ!
  は、ははっ……お前ってさ、ほんと」

 

 狂ってるよな。

第2話

 そして衛治は高校生に。姉の莉子は大学生。
  あんな変態でも勉強が出来るので大学にはいけるらしい。
  夏休みが近い、そんな今頃。
「エーくん、朝だよ、遅刻するよっ」
  弱々しいノック。姉の声。
  父子家庭の小野峰家では、家事はもっぱら莉子の役割だった。
  だから莉子は衛治を起こす。自分は弟の姉、兼母親だ。そう思い込んでいる。
「ぅ、ああっ……くそ、起こされたっ」
  衛治が上半身だけベッドから起こしつつ、忌々しげに呟いた。
  本当は姉より先に起きる予定だったのだが、毎日それが成功しない。姉は異常に早起きだった。
  何故早起きなのだろうか。
「エーくん、エーくん、ねえ起きて、エーくん、エーくんっ」
  がちゃ、がちゃ。
  次第にドアのノブをまわす間隔が狭まる。がちゃがちゃ、がちゃ、がちゃ……っ。
  うるさい黙れ。ちょうど起きるところだったんだよ。
  内心で暴言を吐きながら重たい体をもちあげる。
  鍵を開ける。ドアを開けると姉がいた。
「ぉ、おはようっ」
「……」
  あれからこの姉はひたすらに卑屈に、常に衛治の機嫌をうかがう態度だった。
  前みたいにわがままは絶対に言わない。
  けれど時々勝手に衛治の出したゴミを物色したり、
  風呂に入っているとなにか視線や気配を感じたりする。
  やはりきもい。衛治の見解はそれに尽きた。
  口を動かすのも面倒だったのでわざと肩をぶつけてそのまま素通りした。
「ぁ、う……ごめんなさい、ごめんなさい」
  ぺこぺこ頭を下げる気配。
  うざい。頼むから構わないでくれ。

 毎日莉子は弁当を作ってくれるが、衛治はそれを毎日ことわる。
「お弁当、今日も、いらない……っ?」
「いらない」
  こんな具合に。
「……そう、うん、わかった」
  泣きそうな顔だった。これも毎日見る。もはや見慣れている。
  何故毎日作るのだろう。いらないといわれるのはわかっているくせに。衛治にはわからない。
  わざわざ道まで出て、莉子は衛治の背中に手を振る。見えなくなるまで。
  お前はさっさと大学いけ。
  朝から苛々したので、衛治は校門をくぐると教室ではなく校舎の裏側にむかった。
  木の近く、あいつは今日もそこにしゃがみこんでいる。
「よう」
「……ああ、先輩ですか」
  肩口で切り揃えた髪を微塵も動かさず、その女子は言った。
  名前は上條七恵。一年。
  趣味は指先で蟻を潰すこと。
「……今日も朝から潰してるんだな」
「ええ。強者が弱者を虐げるのは、世の常識」
  みんみん。蝉がうるさい。
  うるさいという共通点で、蝉と莉子は似ているかもしれない。
「あ。蝉発見」
「蝉の羽と頭だけとってみてください。頭の部分だけ高く飛んでいきますから」
「……」
「蝉の裏側はきもいですよね」
  あいかわらず変なやつだった。
  ここはちょうど衛治の席から見下ろせる位置で、とある休みの時間にこいつを発見して、
  いったいなにしてんだと興味を持って近付いたのが彼女としりあったきっかけだった。
「……なんか俺も蟻潰して苛々解消しようと思ってたんだけど、やっぱりやめた」
「苛々の原因は、またあれですかっ?」
  七恵が立ち上がりながら聞いてきた。
  クラスの友人には愚痴れないきも姉の事情を、衛治はこの後輩には説明していた。
  こいつは他言しないという確信があったし、なにより愚痴りたかった。
  もちろん姉に犯された最悪の過去は一言も喋っていないが、まあ、ある程度には。
「今日もあいつよりはやく起きれなくて、あいつに起こされた」
「常々思っていたんですが、それだけでいらつける先輩は天才ですね」
  無表情の白い面が衛治を見上げる。七恵はかなり小さい。
「……」
「英語で言うと、ジーニアス」
  蝉を放してやる。短い生命を謳歌して貰いたかった。
「褒めてるのか、けなしてるのか、どっちだ」
「先輩が私に将棋で勝てたら教えますよ」
  たまに昼休み、衛治は七恵と将棋で遊んだりする。
  最初は駒の動かし方すら知らなかった七恵に初戦で圧勝された苦い経験を思い出す。
「いいぞ。やるなら購買のカレー賭けようぜっ!」
「あれ二百円じゃないですか」
「だってお前強いもん」
「……先輩は弱者、私は強者」
  七恵はやたら弱者や強者という単語を多用する。
「では、お昼にまた」
「おう」
「ちなみに、『あっ! 大変地震だぞ駒の配置が乱れる攻撃』は禁止ですから」
「……あれは最低だったよな」
  こうして衛治が前回使用した奥義は禁止された。

「弱っ」
「……」
  そして昼。
  捨ててあった机と椅子を引っ張り出して対決。
  即効で敗北した。
  何分もったかなあ……っ。衛治はぼんやりと思った。
「集中できなかったから負けちゃった、えへっ♪」
「……」
「暑いなあ、それにしても」
  リアクションがとてもほしかったのだが。
  額を拭う仕草をやめると。
「まあ聞いてくれ。集中できなかった理由を説明するから」
「ああ……まあ、確かにそわそわしてましたしね」
  なかなか観察力が鋭くて助かる。
  衛治はポケットからそれを取り出した。
「手紙ですね」
  色はピンクで可愛らしい。いかにも、といった感じ。
「困ります先輩……私みたいな汚い女にはもったいないです」
「いや俺がもらったんだよ今朝机に入ってたのあと別にお前汚くないけどっ」
「冗談です。なに赤面してるんですか、みっともない」
「……」
  なにこいつ。
「こ、ここ、恋文なんてはじめてもらったぞっ」
「ラブレターっていってください。今時の若者のくせに」
「す、すまん。つい興奮した」
  なぜか謝ってしまった。
「今日の放課後、待ち合わせはここだと」
「じゃあ私はひたすら蟻を潰しておきますのでどうぞご自由に」
「……」
「ちなみに冗談ですから」
  衛治には冗談に聞こえなかった。
「それでその物好きはいったいどの惑星の住人ですか」
「宇宙人じゃねえよっ! 同じクラスの委員長だよっ!」
「えっ……人類なんですか」
「なにそのすげえ意外そうな表情っ!?」
  思わず歩の駒を投げつけかけた。
「どうやって先輩がその委員長の好感を獲得したのかが銀河系最大の疑問ですね」
「いちいちでかい規模だなお前はっ! 俺も委員長なんだよっ」
  男女でそれぞれ一名決まってるだろ、と衛治。
「委員長……っ?」
「何故俺を不思議そうにみつめる……」
  ちなみに衛治が立候補したのは、彼女が先に挙手してたから、という下心満載の理由だった。
「いや、俺としてはお近づきに、な程度の下心だったんだけど、
  ま、まさかこんな急展開になるとは……っ」
「なにおどおどしてるんですか、もしかしたら友人の悪質な悪戯かもしれないのに」
「えっ!? マジでっ!?」
「知りませんよ」
  そ、そうか、その可能性もあったよな。
「それはさておき、ところで……なんかお前機嫌悪くないか」
「……さて、どうでしょうか」
  七恵が駒を片付け始めた。
  ひるやすみもそろそろ終わりだった。

2007/01/13 To be continued.....

 

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