寒さで目を覚ますことが多くなってくるであろう今日この頃。
皆さんはどのようにお過ごしですか?
「……ほら、稜(りょう)。起きなさい」
ゆさゆさと俺の防寒城を切り崩す存在。
この程度では、城壁は崩れん。
「また遅刻するわよ?」
大丈夫。遅刻ボーダーまではあと10分もある。
「窓、開けとくから」
そのような脅しには断じて負けない!!
……
………
…………
……The 崩壊
「死ぬっっ!!!!」
「朝の挨拶はおはようでしょう?」
「……おはよう。姉ちゃん」
まぶたを開けばそこにいるのは我が姉こと鶴川綾音(つるかわ あやね)だ。
一応都内の大学に通っている花も恥らう(?)女子大生。
まあ、見た目がボーイッシュだから、恥らいはしないだろうな。
「朝ご飯作ってあるから、下降りてきて食べちゃって」
「ん。今日、大学は午前だけ?」
「そ。なんか夕飯に食べたいものある?」
食べたいものと聞かれれば、悩んだ末に何でもいい、と答えるのがデフォルトだけれど、
姉ちゃんの場合にそれをやると本当に「食べられそうな物体」が出てくることがある。
それだけは避けなければならない。
「んじゃあ、三ツ星チャーハン」
「その、三ツ星って何よ?」
「味、量、愛の三拍子そろったチャーハンさ!!」
「ごめん。最後の一拍子無理だわ」
「orz」
「口で言うな!」
結構努力したのにな。orzの発音。
今日の部活で流行らすか。
制服に着替え、部屋を出て階段を下りる。
この家もずいぶん狭く感じるようになったな。
廊下突き当たりのドアを開け、リビング、イン。
「夕食だけど、チャーハンでいいのね?」
「うん。よろしく頼む」
「よろしくお願いしますでしょう?」
「………よろしくお願いいたします」
「よし」
「それじゃ、いただきまーす」
「うん。食べたらお皿片付けといてね。それじゃ、いってくるから」
「いってら〜」
朝のニュースをBGMにしつつ、朝食のサンドイッチを頬張る。
先週から学校は冬休みに入ってるから、今日は午前中に部活だけだ。
俺は弓道部に所属していて、一応副主将になってる。
まぁ、腕前の方はと聞かれれば、そこそこですと言うしかないな。
ん、そろそろ家を出ないとまずいな。
ガスの元栓オッケー。電気オッケー。施錠ヨシ。
立派な一軒家だけど、住んでるのは二人だけだしな。用心するに越したことは無い。
俺たちの両親は4年前に他界してしまっている。あの時は、テレビでも大々的に報道されてたな。
死因は二人とも心臓まで達する刺し傷による失血死。何でも人間関係の縺れらしい。
父さんと母さんって恨まれるような人たちじゃなかったのにな。
そんな波乱があって一時期は鶴川家は大混乱した。生活費は両親の保険金で何とかなってるみたいだ。
そういえば、家事とか家計とか全部姉ちゃんに押し付けちゃってるなあ。
鶴川家長男として情けない。機会があれば家事でも手伝おう。
俺が通う学校までは一度バスで駅まで出てからまたバスに乗って行かなければならない。
ずいぶんと不便なところへ進学しちまったもんだ。
学力は中堅ってところ。変わった行事なども無い平凡な学校だ。
学校に着いて直ぐに弓道場へと向かう。弓道場までの道には、学校がある日でも人通りは少ない。
果たしてこの学校に弓道場があるということを何人の生徒が知っていることやら。
っと、到着。
10年くらい前の建替えと同時に新設された弓道場。
現在の部員数は男女合わせて25人。大所帯のような気もするが、
サッカー部と比べたら月とすっぽんだな。
現在時刻7時45分。何故にこのような早朝に弓道場へ来なければならないのかというと、
副主将が故にである。
弓道場の鍵は主将が持ってるから、こうして外で待たなければならない。
「はぁ〜っ。しばれるのぉ〜〜」
一人で呟くのって、寂しいな。
早く来い〜〜〜〜〜。さみい〜〜〜〜〜。
「お待たせ!!鶴川君!!!」
極寒の大地にて待つこと5分。ようやく主将様のご退場だ。
川野夏美(かわの なつみ)である。いつもポニーテールに結わいてある髪が
おろしてあるところを見ると、どうやら寝坊したらしい。
「さみいよ〜〜。川野さん〜。」
「ごめんね〜。寝坊しちゃった」
「だいじょぶさ。俺のハートは凍りはしない!!」
「鍵、開いたよ」
「orz」
道場に入って荷物を置き、道具と的のセッティングを済ませる。
こんな寒い日に袴着たらマジで凍傷になるかもな。
「あ、そうだ鶴川君。」
「うん?どうしたの?」
「今日部活終わったら午後、時間あるかな?」
「午後ならあいてるよ。何か用事でも?」
「うん。明日、部で新年会やるでしょ?それの買い物に付き合って欲しいんだけどいいかな?」
「おっけ。それじゃあ、駅で買い物かな?」
「そうだね。よろしくお願いね」
着替え終わって更衣室から出てきた川野さんは、いつもどおりのポニーテールになっていた。
お、そろそろ他の部員の来始めたみたいだな。
「それじゃ、そろそろ挨拶しようか?」
「りょーかい」
いつもどおりの練習メニューをこなしていくうちに、練習終了時間がやってきた。
「これで今日の練習を終わります。ありがとうございました」
「「ありがとうございました〜!!」」
本日の営業終了っと。あとは片付けしてから買い物だな。
全ての部員が道場を出たのを確認して、戸締り確認。道場の鍵を閉めて今日の部活はおしまい。
あとは朝に川野さんに言われた通り駅で、新年会の買い物だ。
バスに川野さんと隣同士で座る。なかなか新鮮な感じだ。
揺られること十数分、駅に到着。女の子が隣に座ってて軽く緊張していたのだろうか、少し疲れたな。
「それで、何を買いに行くの?」
「え〜とね、とりあえずは食材かな」
「よっし、じゃあ駅ビルに行こう」
駅ビルスーパーで食材を買うことにした。だって、当たり前だろ?
Side綾音
午前中は大学。教室内は暖房が利いていて集中力が散漫になる。
この講義が終わったら今日はもうお終い。
今日の夕飯はチャーハンだ。稜からのリクエスト。
リクエストするだけしておいて何も手伝わないから腹が立つ。
思えば、4年前から今の生活形態になって、家事全般をこなすようになった。
自分なりに、稜を守っていこうとして、手探りながらうまくやってこれたと思う。
そろそろ、稜にも自立していってもらおうかな。
チャイムが鳴り響き、講義の終了を知らせた。
「よっし、今日はこれでおしまい!」
「綾音、じゃあね〜」
「うん、また〜〜!」
帰りに駅で夕飯の買い物をするとしよう。
自宅からの最寄駅は一応ターミナル駅になっていて、周辺も発展しているから買い物には困らない。
特に駅ビルのスーパーは痒いところに手が届く品揃えで日ごろから利用している。
駅には冬休み中もあってかカップルが目に付く。
「私も恋人作らなきゃな〜。でも家の事が忙しいし………」
そうこうしているうちに駅ビルのスーパーに到着し、早速チャーハンの具材を探す。
左右をきょろきょろと見回していると、見知った背中を見つけた。
弟の稜だ。こんなところで何をしているんだろう。
「お〜い!!りょ……」
「鶴川君!!これなんて明日にどうかな?」
「おっ!!いいねぇ。ナイスセンス!」
目に映ってきたのは、知らない女の子と楽しそうに買い物をする弟の姿だった。
姉としての日常は、終わりを迎えようとしている。 |