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幼馴染



1

「おはよう!」
「おふぁよう」
  欠伸交じりに挨拶をかえす。
「また寝癖ついてるよ?」
彼女はこちらへ近づくと少し背伸びをしてポンポンと秀一の髪を直す。
長い髪が風で踊り、ふわっと良い香りがする。秀一は恥ずかしさから少し顔を背けつつ
感謝の気持ちを伝える。
「・・・ありがとう」
「いえいえ♪」
彼女は秀一に笑いかけた。毎朝その笑顔を見るたびに心が落ち着く。
「今日レッスン無いよね?」
「うん、来週からだよ」
  そして学校まで他愛無い会話を続ける。

TVのニュースは日に日に悪くなっていく世界情勢を伝える。
しかし、日本の隣国による核の脅威についての特別番組を観た後でも、
宗教戦争で一触即発という国々の報道を観た後でも
二人で登校しているこのときだけは、秀一は
「世界は平和だ」
と胸を張って言えた。

 

「夫婦登校かよ、朝からラブラブだな!」

二人一緒に教室に入ると男子からやじが飛んできます。
根も葉も無い事ですが、秀君と「夫婦」と言われ嫌な気はしません。
少なくとも自分が秀君と一緒に居ても不釣り合いでは無いということです。
安心感と喜びが胸を満たします。思わず笑顔になってしまいました。
そのことを周りに悟られないように顔を伏せて自分の席へ向います。
途中、ちらりと秀君の方を見ました。困ったような顔でやじを飛ばした男子達としゃべっています。

一抹の不安が胸をよぎった。

――――秀君は「夫婦」とまで言われてどう思っているのかな・・・

彼女は顔を伏せて自分の席へと行ってしまった。朝から夫婦などと言われ、嫌だったのだろうか。
なんだか申し訳ない気持ちになった。
「朝の第一声がそれか。挨拶はどうした、挨拶は。
それに僕達は夫婦じゃなければ付き合ってもいないぞ」

おどけた調子だがしっかりと男子達に釘を刺す。
誤解や噂をそのままにしておくと、彼女を傷つけることになる。
しかしすぐに男子から疑いの声があがった。
「うそつけ。幼馴染で登下校から昼食まで一緒、
しかもその相手があの北條優奈で男がロマンス感じないわけないだろ?」
「あのなぁ・・・」
  確かに登下校も昼食も、高校入学してからこの一年間一緒だったし、これからもそうだろう。
だがそれは彼が最初に言った「幼馴染」という言葉で全て説明がつく。
「幼馴染」とはそういうものなのだ。

北條優奈。僕の幼馴染。
健康的にスラリとのびた脚。細い腰に、セーターとブレザーの上からでもはっきりと分かる胸。
決して胸が大きいというわけではないが体の線が細いため胸が強調されて見える。
肩までの黒く艶のある綺麗な髪。長いまつげと黒目がちの大きな瞳が特徴の整った顔立ち。
その容姿もさることながら、常に笑顔で誰にも分け隔てなく優しく接する人柄から
性別、先輩後輩問わず好かれていた。女子は嫉妬を超え羨望の眼差しで彼女を見ているし、
本人はまったく気付いていないがクラスのアイドル的存在だ。
まさに非の打ち所が無い。自分との接点は「幼馴染」というだけだ。

――――だがそれがいい。今の関係が自分には心地よかった。

2

生徒会の雑務を終え、教室を出ました。
文化祭まであと三週間ということもあり仕事も増えてきています。
近くの時計を見ると六時二十分をまわっています。
これならいつもの時間に間に合う、と深呼吸して落ち着きます。

高校に入学して一年が過ぎました。周りは環境が変わったと口々に言いますが、
秀君と一緒に居られるという事に変わりはなく
私にとっては大した環境の変化ではないです。

秀君が居て、幼馴染として私が居られる。それだけで幸せです。

暗くなり始めた中庭には人の気配はほとんどない。
ちょっと早かったかな、とベンチに腰を掛け秀君が来るのを待ちます。

六時三十分 中庭 

どちらともなしに決まった帰りの待ち合わせ。決して約束したわけではないです。
だけど以心伝心というか、こういうことを言葉無しで理解し合える仲が幼馴染だと思います。

・・・なぜだか分からないけど胸が苦しくなりました。

 

「ごめん、待たせちゃった?」
秀君が少し息を切らしながらこちらへ来ます。
私は自分が出来る最大の笑顔で笑いかけます。

 

――――秀君には私のきれいな所だけを見ていて欲しいから

 

 

やっぱりきれいだな・・・
横目で隣を歩く優奈を見て思う。顔立ちだけではなく立ち振る舞い、
雰囲気からもそういうオーラが出ている。
「どうしたの?」

そんな事を考えていると視線に気付いたのか、不思議そうな顔をした優奈が
こちらをじっと見つめている。
横目で見ていたつもりが、知らず知らずのうちに見つめてしまっていたのだろう。

「別に。ボーっとしてた」
「うそだ、何か考えてたでしょ?私の顔見てたもん」
「ばれたか。 横顔に見惚れてたんだ」 本当の事を冗談めかして言ってみた。
「そうやって誤魔化そうとしたってだめだよ!」
そっぽを向いて先に行ってしまった。
後ろを追いかけながら思う。

 

自分はこんなに完璧な幼馴染がいてつくづく幸せだ。

 

また明日ね じゃあな とお互い別れの挨拶を交わし一人で帰路に着く。
優奈と別れるまでも帰路だ。
しかし今まで二人一緒の時間が長かったため、二人でいる間は生活の一部という感じで
帰路という気がしないでいた。

 

家に着いて鞄を部屋に置くと足は自然とピアノのほうへと向かっていた。
こうして距離をとってみるとやはり自分はピアノが好きなのだと実感する。
弾かなくなってからもピアノの手入れは欠かかさず、鍵盤として年季が入り若干黄色を帯びた象牙が
きれいに並んでいる。
指先を鍵盤にのせると今までの思い出が蘇ってきた。

ピアノを続けよう。 秀一は自分で答えを出した。

 

二年三組 深谷秀一先輩 二年三組 深谷秀一先輩 二年三組 深谷秀一先輩・・・
頭の中で何度も確認する。階段を上がるごとに鼓動が速くなっていくのが分かる。

ただ会いに行くだけ。会いに行って部活動のお願いをするだけだ。決して緊張することじゃない。
なのに今こうしてまるで告白をしに行く時のように緊張している。

こんなんじゃだめだと手を頬に当てるが、興奮のせいか手も顔と同じくらい熱い。
正直言って私は深谷先輩が好きだ。本人は忘れているかもしれない
先輩に恋愛感情を抱いている。緊張は当然だろう。
だがそれだけではない。この緊張の一番の原因はあの先輩だ。

北條優奈。深谷先輩の幼馴染。
成績優秀、スポーツ万能で生徒会副会長として全校生徒からの信頼も厚い。
そして何よりとてつもなく美人だ。
スタイル抜群で私のような幼児体系とは違うし、常にニコニコ誰にも優しい。

だがそれはあの先輩の本性じゃないと思う。
あの先輩、いやあの女はドス黒い本性を一見美しい外見で必死に隠しているに違いない。

私は入学当初、深谷先輩にしっかり会ってあの時のお礼を言いたいと考えていた。
そのため朝校門の前で先輩が来るのを待っていた。
しかし先輩は来ても、私が先輩に声をかけるチャンスは一度も来なかった。
朝登校している先輩の横には常にあの女がいたのだ。
それでも一度私は先輩に声をかけようと試みたことがあった。
しかし先輩からあと一メートルというところで私の体は凍りついた。
あの女から発せられる禍禍しいオーラを私は嫌というほど感じた。
まるで『世界で私に必要なのは先輩だけ』とでも言いたげなオーラだった。
思い出しても吐き気がする。
あの女はこちらを一瞥すると何もなかったかのように先輩と校舎へ入っていった。

私は悟った。この女は私と先輩との障害物だと。そしてこの女は先輩に薄汚い好意を抱いていると。
きっとこの女は邪魔をしてくる。
悔しいが私はこの女に勝てる点は少ない。 だが私は決して諦めない。
噂によるとこの女は先輩と登下校昼食まで一緒でありながら付き合ってはいないらしい。
私にも勝つ見込み、深谷先輩の隣に居られる可能性はある。
幼馴染という関係は最大の武器であるとともに最大の弱点なのだ。

 

女は度胸、私は先輩の教室のドアを思いっきり開けた。

2007/01/18 To be continued.....

 

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