INDEX > SS > A bond and a bond

A bond and a bond



Episode1 「The person who watches it(見守る人)」

「はあぁぁぁぁ………」
城島友二(じょうしまゆうじ)は教室の自分の席に座りながら、本日何回目かの溜息をついていた。
いや、今日だけじゃない。昨日も一昨日もその前も友二は気が付くと溜息をついていた。

そう、全てが始まった「あの日」から……。

「ねえ、ちょっと」

腕をつつかれ、呼ばれたので隣を振り向くとその視線の先には幼なじみにして彼女の
「坂奈睦美」(さかなむつみ)が険しい表情で

「ねえ友ちゃん、また来てるわよ。どうするの?」
「どうするもこうするも……俺が聞きたいよ。」
そう、友二の溜息の原因。それは――

友二のクラスの廊下に出るドアがほんの僅かにに開いてて、隙間から覗く

 

「目」

 

友二の席からドアは5〜6メートルは離れているはずなので、普通なら他の生徒の喧騒によって
聞こえないはずなのに友二には聞こえていた。こちらを覗いている目から囁く声が……。

 

「友二くん友二くん友二くん友二くん友二くん友二くん友二くん……」

 

まるで呪文のように呟くその人を友二はよく知っていた。
しかしそんな光景も朝のチャイムが鳴れば終わる。だからそれまでの我慢だ……

友二は必死に自分に言い聞かせていた。

案の定

「キーンコーンカーンコーン」

「友二くん……お昼に逢いましょ」
鐘の音と共にこちらを覗いていた目はそう囁き、スーッと消えていった。
それと同時に友二にとって「授業」というささやかな休息が始まった。

そうお昼までの……。

 

お昼休み
クラスの生徒は各々弁当や食堂へ向かう者などいる中で、
友二は重い足取りで食堂へ向かおうとしていたら不意に睦美が

「友ちゃん、お弁当作ってきたんだ。一緒に食べよ」

睦美が声を弾ませながら、鞄から弁当を2個出してきた。
これも「あの日」から始まった光景だが、友二は居た堪れない気持ちを堪えて

「睦美……知ってるだろ?先輩が食堂で待ってるんだ。睦美一人で食べてて」
「ほら見てみて!友ちゃんの大好物の卵焼きも入れたんだ。美味しそうでしょ?」

涙目で卵焼きを箸に摘んで差し出してきた睦美に

「ごめん、今食べると先輩にばれて大騒ぎになるから……」
「あれ?卵焼き嫌い?だったらこのたこさんウィンナーなんてどお?」

もう何も言えない友二。だがそんな友二に睦美は溜まっていたものが爆発し

「ねえ?ねえってば!!どうして黙ってるの?!私達付き合ってるんでしょ?!
なのにどうしてお昼に弁当を一緒に食べてくれないの?!そんなにあの先輩の方がいいの?!
ねえ!!どうして……あの日から一回も弁当食べてくれないの……」
「……ごめん」

早足で教室を出る友二の耳には睦美の泣き叫ぶ声がいつまでもこびり付いていた。

食堂にやって来た友二は探すことなく窓際の席へ向かった。
そこに必ず居る指定席……居た。先輩だ。

「遅い!!5分も一人で待っちゃったわよ!!」
「先輩…………………」

頬を膨らませて怒っている先輩のテーブルには既に昼食が並んでいた。

「先輩、何度も言ってますが俺には睦美っていうちゃんとした彼女がいて、
お昼は弁当を食べるから食堂では食べない―――」
「まあいいわ。お腹空いちゃったから食べましょ。
あ、友二は今日食べたいのは「みそラーメン」でしょ?はい、頼んどいたわよ」
「最後まで話を聞いて下さい!!」

友二は力一杯机を叩き、真紀を睨みつけた。だが―――

「ひっ………酷い……そんなに怒らなくても……ただ私は……ぐすっ……
友二と一緒に……お昼を食べたいだけなのに……」

すると真紀はしくしく泣きながら、手首に着けていたリストバンドを外し、
胸ポケットから取り出したカッターを手首に当て

「友二に嫌われた……さようなら」
「待って!!先輩!!ストップ!!」
「離して!!離してよ!!私のこと嫌いなんでしょ?!だったらこんな世界に用はないわ!!
死んで来世で幸せになるわ!!!!」
「大丈夫!!大丈夫ですよ!!俺は先輩のこと嫌ってませんよ。
だからそんな物騒な物しまって下さい。」

真紀の手首を掴みながら、友二は必死に説得した。こんなこと一度や二度ではない。
真紀の手首には無数の切り傷が走っていて、事あるごとに手首を切りつけてきたのだ。

「……ほんとう?本当に嫌いになってない?」
「ええ、本当です。さ、先輩が用意してくれたお昼を食べましょ」
「うん……うんそうよね、友二が私のこと嫌いになるわけないもんね。食べましょ♪」

本当はとてもそんな気分じゃなかった。全く味を感じることがなく
ただ炭水化物を胃に流し込むだけだった。

「はい友二、あ―――んして♪」

昼休みが終わった後は睦美の冷たい視線を感じつつ、放課後を迎えたが
友二にはまだ大きな仕事があった。

お昼にすっかりヘソを曲げた睦美の機嫌を直すという大仕事が……

真紀は帰りは一人で帰るため、友二にとってこの帰り道は睦美の機嫌を直す数少ない時間だった。

もっとも真紀の放課後の行動の理由は、友二にとって迷惑以外の何物でも
ないのだが……

家に帰宅する途中、友二は手を繋いだり優しい言葉を掛けたりとあらゆる手を使って
睦美の機嫌を直そうとしていた。その甲斐あって少し機嫌を直した睦美が

「そりゃ……私だって分かってるわよ、あの先輩の奇行淫行悪行蛮行は。
友ちゃん優しいからね、あんな肥溜めに溜まっている汚物以下でも優しくしちゃうんでしょ」
「汚物って……まあそれはともかく今度の冬休みには旅行にいけそうだから予定空けとけよ」
「え?!本当?やったーー!!ダメだと思ってたから嬉しい!!」

はしゃぐ睦美を見ていると、友二はここ数日のバイトの苦労も報われる思いだった。
よかった、何とか機嫌が直ったようだな

「ぐふふ……、友ちゃんと二人きり、邪魔者はいない、旅行の開放感から大胆になる
友ちゃん、混浴なんかあればそのまま浴槽で……ズブリ」
「おい、睦美!!涎出てるぞ!!」
「おっとっと、じゅるり。じゃ、友ちゃんまた明日ね!!」

すっかり機嫌の直った睦美は疾風の如く走っていき、友二はそんな睦美の後ろ姿を眺めていて、
僅かな不安を感じていた

あの先輩がもしこのことを知ったら……

しかし所詮無駄なのだった。あの桝井真紀(ますいまき)に隠し事など……
それでも友二はこの時まではまだ睦美との旅行を楽しみにしていた。
もしこの時、真紀の本性を知っていたら旅行は取りやめにしていただろう。

 

 

友二の遥か後方の電柱の影にいる一人の女性……
長い髪のその女性は友二を血走った目で真っ直ぐ見つめ、一言呟いた

「…………旅行…………」

Episode供A pursuer(追跡者)」

睦美の走っていった道をただ眺めていた友二は、今回の旅行が無事に行くとは思っていなかった。
その原因は―――

多分……というか絶対先輩には勘づかれるだろうな。
そりゃあ毎日ストーカーされれば遅かれ早かれバレるだろう。

今も何処かで俺のことを―――

ゆっくりと周りを見てみた。

もちろん誰も居なかった。だが―――

 

何だろう……ねっとりというか、べったりと貼りつくような視線を感じるんだよな……。
はっ、馬鹿馬鹿しい。被害妄想も大概にしろってんだ俺。周囲に誰も居ないじゃないか。
それとも疲れているのかな……。

友二は気付かなかった。長い髪の女性が数百メートル先の電信柱の影に
隠れて友二を見つめていたのを。

 

睦美と別れた帰り道、一人で友二が暫く歩いていると壁に寄りかかって立っている女性がいた。
これも何時もの光景なのだが、今日は何故か肩でゼーゼーと息をしていた。

まるで何処からか全力疾走してきたような……

「あ、友二。ゼーゼー、き、奇遇ねハアハア、……い、一緒に…帰ろう」

先輩の言う「奇遇」は毎日起きるんだもんな……

最初の頃は文句も言っていたのに「偶然だからしょうがない」の一言で
済まして強引に一緒に帰るもんだから、最近は諦めてしまった。

「どうせ俺が何言っても付いて来るんでしょ」
「こう毎日偶然が重なるなんてこれはもう運命ね。私たちは結ばれる運命なのよ」
「それはない」
「んもう照れちゃってカワイイ♪」

 

腕を絡めつつ、楽しそうに友二をからかう真紀に当の本人は口では「いやだ」とか
「やめろ」などと拒否していても、本気で拒否はしていなかった。
本気で拒否したら、また手首を切るかも……っていう心配ももちろんあるが、もう1つ理由があった。
初めて見た時から感じていた、狂気を孕んだ瞳……
もし本気で友二が真紀のことを拒否したら、逆上して友二や睦美の身に危険が訪れるかも……
そんな予感めいたことがあったために今現在真紀にはやらせたい放題させているが、
それによって今度は「彼女」の地位にいる睦美がヒステリーを起こして暴れるという
難しい状態に陥っていた。

先輩のことは早く何とかしないと……

あれこれ考えているうちに友二は自分の家に着いた。
友二の両親は二人とも単身赴任のため、家には友二が1人で住んでいた。
鍵を取り出し、ドアを開けると待っていたかのように

「おじゃましま――す♪」
「ちょっと先輩!!何で勝手に家に上がるんですか?!」

それを聞いた真紀は得意そうな表情で

「今日の夕飯は私が腕によりを懸けて作ってあげるから楽しみにしててね」
「え?夕飯??お気持ちは嬉しいんですが……」
「たしか冷蔵庫に昨日友二がスーパーで買ったジャガイモやニンジンが入ってたわね。
じゃあカレーでも作るか」
「何で冷蔵庫にジャガイモやニンジンが入ってることを知ってるんですか!!
とにかく夕飯は結構ですから帰って下さい!!!」

さすがに我慢の限界だったか、エプロンを着け始めた真紀の肩を掴んで追い出そうとした。
だが、肩を掴んだ瞬間真紀が振り向き、その眼は―――

ひ、瞳が……、瞳に光彩が無い……

色を失った瞳で、友二を睨む真紀は

「ごちゃごちゃ五月蝿いわね……。私が夕飯作ってあげるって言ってんのよ。
その私の夕飯に何か不満でもあるの?!」
「いや、不満じゃなくて、えっと……、その……」

恐怖からか上手い言葉が出なくて、どもっていたらそんな煮え切らない態度に真紀の眦が
みるみる吊り上り

「じゃあ何なの!!私のこと好きなんでしょ!!だったら手料理ぐらい作るし、
食べるじゃない!!ま、まさか……」

吊り上っていた眦が今度はみるみる下がり、色の無い瞳には涙が溢れ――

「やっぱり私のこと嫌いだったのね……、そう、それなら生きてても仕方ないわね」

台所に置いてあった出刃包丁を手に握り、首筋に当てて

「友二……さようなら」
「わ―――――!!!!!!!!!!またそれですか!!!ストップストップ!!!!
あ―――――――――――!!!!!!!もう!!!!!!分かりました!!!
先輩の好きにしてください!!だからそんな物置いてください!!」
「いいのよ……無理しなくて。私は友二の心の中で生き続けるから……」

首を見ると、赤い血がジワリと滲み包丁が少しづつ赤くなってきた。
やばい!!!

「先輩!!俺の心の中で生き続けられちゃうと俺は先輩が作ったカレーが食べられなく
なっちゃうじゃないですか!!俺はそんなのいやだ!!」
「……私の作ったカレー……食べたいの??」
「はい!!もう大好物ですよ!!先輩のカレーなら是非食べてみたいです」

手からストン、と包丁が落ち、色が無くなった瞳に光彩が戻り

「そう……そうよね。友二は私のカレー大好きだもんね!!つい私ったら早とちり
しちゃった。てへっ♪」
「そうですよ。先輩が俺の心に住まわれちゃ俺は先輩の姿が見れないじゃないですか」
「んもう口は達者なんだから……じゃあ早速仕込みを始めるわね」

友二から貰った絆創膏を首に貼り、再び台所で鼻歌交じりに料理を始めた真紀の背中を
友二は居間に座り、疲れた表情で見つめていた。

俺、先輩のカレー初めて食べるんだけどな。都合よく脳内変換されてるよ。
それに先輩が俺の心に住みつかれちゃったら身も心も支配されそうだよ。
それにしても冷蔵庫の件といい、どこまでこの家のことを知ってるんだろう……
まあカレーさえ作れば気が済んで帰るだろうから、それまでは我慢するか。
あれ?そういえば何か忘れているような……、う〜〜ん何だっけ……

その時、居間に飾ってあったカレンダーが目に入った。
そのカレンダーの今日の日付の所に

「カレー曜日」

カレー曜日?何だっけあれ。
え?ちょっとまって。確かあれは……先週睦美が……

(ねえねえ。毎週金曜日はカレー曜日にしない?)
(カレー曜日??)
(そ。毎週金曜日の夕飯は私の手作りカレーを振舞う日ってこと)
(まあ……カレーは好物だからいいけど……)
(じゃあ決まり!!期待しててね♪)

そうそう。そんな話をしてたっけ。それで昨日野菜とか材料買ってきたんだっけ。
ん?ということは……

これから睦美が我が家に来る。
でも先輩が既にカレーを作っている
睦美が家に来る
先輩が居る
睦美が家に来る
先輩が居る
睦美が家に来る
先輩が居る




流血

「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!!」
「きゃっ、ど、どうしたの?大声だして」

睦美と真紀が出会った時のことを想像して、大声を上げてしまった友二に
何事かと真紀が台所から来た。
その手には包丁を持って……

「うわあああああ!!先輩!!何で包丁持ってるんですか!!」
「え?何でって……お肉切ってたから……それがどうしたの?」
「あ、そ、そうですよね。お肉ですよね……ハハ」
「もう驚かせないでよ。もうちょっとで出来るから」
パタパタと小走りで台所に戻る真紀に対して、友二は青白い顔をして震えていた。

まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい
まずいぞ……どうしよう。
何か良い案は無いか……う〜〜ん。

そうだ!!睦美は確か6時に来るって言ってたから、その前にこっちから電話して
家に来ない様に言えば……。よし、それでいこう。時間は―――

6時10分

ダメだ!!もう電話じゃ間に合わない。他に方法は……

人間は追い詰められると、自分でも信じられない能力を発揮するというが、正に今の友二が
そうであった。
この時、17年生きてきた人生で最大級に脳をフル回転させて、打開策を練った。
そして導き出された答えが―――

もうちょっとマシな作戦は無いのかよ……
ええい!!ままよ!!

ピーンポーン

Episode 「Two visitors(二人の訪問者)」

玄関の前でインターホンを押していた睦美は上機嫌だった。

んっふふ――。今日は楽しいカレー曜日。
腕を振るって友ちゃんにカレーをご馳走しちゃおっと。
材料は既に友ちゃんが買ってあるって言ってたから問題なし。
最近すれ違いばかりだったから、これを機に更に親密な仲になっていかなきゃ。
でもその為には触れ合うのも大事だけど、敵の排除も考えとかなきゃ。
この後には二人っきりの旅行も控えてるから問題は無いだろうけど、
これ以上「アイツ」が干渉してくるようなら……。
って何やってんのよ。早く開けてよ。

ピーンポーンピーンポーンピーンポーン

すると暫くして、家の奥から何か物音が聞こえてきた。

もしかして、私が来たから慌てて部屋でも片付けてるのかしら。
ま、まさかまたエッチな本を買ってきたのかも……
先日隠してあったエッチな本を全部捨てた時、泣いてたからな……
大体本に載っていることをしたいんだったら私に言えば……がんばるから……
そのために今日は万が一のために勝負下着を着てきたんだからね。
ねえ、友ちゃん……私以外のメスに発情したら……分かってるわよね?

玄関前でブツブツ言ってたら、やっとドアが開き

「ハアハア……いらっしゃい。待った?」
「遅い!!早く家に入れてよ」
「ごめんごめん。ちょっと片付けてたから……」

玄関に入り、靴を脱ぎながら睦美が友二に向かって

「ねえ友ちゃん……何か隠しごとしてない?」

ギクッ!!

「イヤナニモカクシテナイヨ」
「…………………(じ〜〜〜)」
「…………」
「やっぱり何か隠してる!!声が裏返ってるもん!!またエッチな本買ったね!!」
「違う違う!!そうじゃなくて……ああもう面倒くさい、こっち来い!!」
「きゃ!!引っ張らないで!!」

案内された先は台所。そこでは鍋でグツグツとカレーのルーを煮ていた。

「いや……、今日はカレー曜日初日だろ?だから記念に今日は俺が作ろうと思って……。
いきなり見せて驚かそうと思ってな。」
「……………」
「あまり美味くは出来ないかもしれないけど、愛情なら溢れるほど入ってるから
食べて……くれるか?」
「…………しい」
「え?」
「友ちゃん!!嬉しい!!!」

嬉しさのあまり友二に抱きついた睦美は

「私のために料理を作ってくれるなんて……、誤解して御免なさい」
「い、いや分かってくれればいいよ」

ふう……何とか誤魔化せたか

さて、どうやってこのピンチを切り抜けたか。遡ること数分前―――

 

こうなったら少々強引だけど、しょうがない。

友二は台所に行き―――

「先輩、ごめん!!」
「ん?どうした……きゃ!!」

台所で料理をしていた真紀を、友二は強引にお姫様だっこして、居間の押入れに放り込んだ。

「何するのよ!!まだ料理の途中なのに!!」
「これも無用のトラブルを避けるためです。暫くここに入ってもらえれば
後でデートでも何でもしますから」
「え?!デデ、デート!!……暫くでいいなら……」

その後、真紀の鞄や靴などを隠し、待ちくたびれていた睦美を迎えるために玄関のドアを
開けたのであった。




「いただきま――す」
「んじゃ俺も。いただきます」

途中まで真紀が作ったカレーを友二は見よう見真似で何とか完成させた。
これが意外にも上手くいって
「美味しい!!この味が私への愛情なのね」

「ま、まあな」

先輩、ごめんなさい。勝手に先輩が作ったカレーを食べちゃって。
でもここで二人が出会うと多分、明日のワイドショーに載る事態が起きそうなんで我慢して下さい。

今睦美の背後の押入れの中に居るであろう真紀に心の中で謝っていた友二だったが、その押入れが
少しづつ開き真紀の顔が覗いていた。

殺意に満ちた表情で声を出さず、口だけ動かした。

「こ ろ し て い い ?」

「ひっ!!!」

何とか叫び声を上げるのは我慢できたが、睦美が訝しがるように

「どうしたの?変な声だして」
「なな何でもないよ、うん」
「?後に何かあるの??」

睦美が振り向くと、そこには引き戸が閉まっている押入れだけだった。

「何もないじゃない。おどかさないでよも〜〜」
「あ、ああ悪い……」

その後、美味しくカレーを食べて適当に談笑し、夜7時を回った頃に
帰る準備をした。
何故か膨れっ面の睦美を玄関で待っているように言った後、急いで押し入れの戸を開け

「先輩、睦美をちょっと送っていくので待ってて下さい」
「………ろす、絶対……す、私の………レー」

何か呟いていたようだったけどさして気にすることも無く、友二は
睦美を家まで送っていった。
この時、友二はまだ「真紀」という女の危険性を認識してはいなかった。
もし少しでも認識していたら絶対家に一人きりにはしなかっただろう。
事実、友二が家を出て行ってすぐ押し入れの戸が開き、真紀が出てきた。

今、真紀の行動を阻む物は何も無かった。

Episode 「The beginning(発端)」

友二が家を出て暫くしてから、真紀が押入れからゆっくりと出てきた。

無表情の真紀は先ず台所に向かった。
流しに無雑作に置いてあった、先ほどまでカレーを盛っていた皿を見つめていた真紀は
その二枚の皿を手に取り、匂いを嗅ぎ始めた。

「クンクン……、すんすん……」

二枚の皿を交互に嗅ぎ分け、一枚をゴミ箱に捨て、残った一枚を舐め始めた。

友二が使った皿……

自分の顔が写るぐらいに綺麗になった皿の次は、スプーンに目を付けた。
これも二本とも嗅ぎ分けられたのか、一本をゴミ箱に捨て、残った一本をしゃぶった。

友二が舐めたスプーン……

次に真紀が向かったのは、二階。
階段を上がり、とある部屋に入った。
そこは、いかにも男の部屋らしく、雑誌や服などが散乱し、壁にはコートや制服などが
掛けられていた。
周りをざっと見渡した後、ベットに目を付けてそして

ジャンプ

ボフン!!

ベットに飛び込んだ真紀は、体全体で友二を感じていた。

ああ……これが友二の匂いね。何て心地良いのかしら……

ゴロゴロとベットの上で転がったり、深呼吸したり、ギュッと抱きしめていた時
ふとベットの脇に脱ぎ捨てられていたパジャマを見つけた。

こ、これは!!!!

素早く手にとり、早速匂いを嗅いだ。

は、はうう……す、すごい

ベットの数倍は有ろうかという濃厚な匂いに、さすがの真紀も眩暈を覚えた。
この濃厚な匂いを身体に染み付けるため、真紀は服を脱ぎ、友二のパジャマに着替えた。
ところが着替えた瞬間

ポタッ、ポタッ……

立ったままイってしまい、しかも鼻血を出してしまった。





血まみれのパジャマを脱ぎ、畳んで片付けると、他に何かないか探した。
ふと目に入ったのは、机の上に置いてあった携帯電話だった。

素早く手にとり、電話番号の登録を見てみると男友達の番号の中に
「坂奈睦美」の名があった。

…………………

無言のまま、電話番号の登録を全て消し、別の番号を登録した。

桝井真紀 090ー△△△△ー□□□□
桝井真紀 090ー△△△△ー□□□□
桝井真紀 090ー△△△△ー□□□□
桝井真紀 090ー△△△△ー□□□□
桝井真紀 090ー△△△△ー□□□□
桝井真紀 090ー△△△△ー□□□□
桝井真紀 090ー△△△△ー□□□□
桝井真紀 090ー△△△△ー□□□□
桝井真紀 090ー△△△△ー□□□□
桝井真紀 090ー△△△△ー□□□□
桝井真紀 090ー△△△△ー□□□□




もちろんメールアドレスも「桝井真紀」のみにした。

そこまでして、真紀は次に携帯の画像フォルダを開いた。

やっぱり……

そこには友二と睦美の仲睦まじい写真やデートの写真などが保存されていた。
真紀はもちろんこれらの写真も消去し、そして―――

もっと良い写真をあげるから……

自慢のロングの黒髪……
顔のどアップ……
手のひらじゃ掴みきれない胸の谷間……
スカートを上げて、露にした太股……

自分の自慢の部位を写真に収め、最後に

設定を……こうして……っと。これでOKね。
友二の喜ぶ顔が目に浮かぶわ……

すっかりご満悦の真紀は、一階に降り洗面所へ行った。
そこには一組の歯ブラシとコップがあり、真紀はそれで歯磨きをし、
居間で友二の到着を待つことにした。
でもただ座って待つのも暇なので、目に入った棚の引き出しや小物入れなどを漁って見た。
すると―――

あったあった♪

それはこの家の玄関の合鍵だろうか、小物入れに無造作に置かれていた。
何の躊躇も無くそれをポケットに仕舞い、散らかした引き出しなどを綺麗に元に戻した。
そこまでして、真紀は居間のソファーに座り、瞑想するかのように瞳を閉じた。

…………友二は……ここから……50メートル先……こっちに向かってる……

友二を感じた真紀は先ほどまでの上機嫌は消えうせ、漆黒のオーラが漂い始めていた。






「ただいま……先輩居ますか?」

睦美を送っている間、終始膨れっ面の睦美を訳が分からないまま宥めて家まで送り、
疲労困憊の表情で帰ってきた。

一体何なんだよ……、「友ちゃんのヘタレ!!意気地なし!!」なんて言われて
しまいにゃ泣かれる始末だもんな……。
こっちは先輩が凶行に走らないか心配してるのによ……。
おっと、それよりも先輩は……

真っ暗な居間の電気を付けると、何故か電気が付かなかった。

あれ?おかしいな……、電球切れちゃったかな?

だが、その時

「友二」
「うわっ!!!び、びっくりした――。驚かさないで下さいよ」

真っ暗な部屋から真紀の声が聞こえ、それと同時に部屋の電気が付いた。

「………………………」
「ど、どうしたんですか?先輩……え?ち、ちょっと」

友二の鼻先まで顔面を近づき、微笑んだ。
だが、その瞳は……怒りの炎が燃えていた

「先輩?……がはっ!!」

突然友二は腹に衝撃を覚え、体がくの字に折れ曲がった。
見ると真紀の拳が友二の下腹部にめり込んでいたのだ。

「な、何をするんで、すか先輩……」
「友二、そのお腹に入ってるのは「アイツと一緒に食べたカレー」よね。
そんな物は出しちゃいなさい」
「そんなこと言っても……」
「つべこべ言うな!!出すったら出すの!!」

二発、三発と連続して腹に拳を突き出し、暫くすると友二が口を押さえて台所に行き

「お、おえええええぇぇぇぇぇぇ………げほっ、げほっ……」
「やっと出たわね。ごめんね友二、乱暴な真似して。これも友二の為だから。
「私が作ったカレー」を「私と一緒に」食べなきゃダメだから」
「そ、そんな無茶な……」

友二は本当は腹の痛みで食べるどころじゃなかったが、
今の真紀を宥めるには食べるしかないと思った。

考えるな俺。考えたらダメだ!!全ての思考を停止して、一つのマシーンとなれ。
ただ目の前にあるカレーをスプーンで掬い、口に入れろ。それだけだ。それだけだ。

「はい友二。い〜〜〜っぱい食べてね♪」

2007/01/28 To be continued.....

 

inserted by FC2 system