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関係の境界線



1

 今まで一日で一番憂鬱な時間は授業の時間だった。
  別に僕に限らず大抵の高校生は似たようなものだろう。
  しかし最近の僕は家への岐路につく時間が一番憂鬱になってしまった。
  自業自得といってしまえばそれまでなのだけど。
 
  チャイムが鳴った。全ての授業が終わったことへの開放感が教室に満ちていく。
  これから皆、思い思いの放課後を過ごすんだろう。
  僕――上代宏幸(かみしろひろゆき)――は部活動に参加しなければならない。
  しなければならない、とはいっても別に部活動が嫌なわけではない。
  高校に入学して10ヶ月、部にも慣れてきてそれなりに楽しく過ごせる時間になっている。
  単純に最近は早く家に帰りたいだけだった。
  だからといって部活をサボれる気概もない僕はそこそこ友達と会話を交わしつつ部室に向かった。
  後ろに感じる視線を振り切って。

 

 僕は吹奏楽部だ。
  最近ではブラスバンド部なんていう今風の呼び方があるみたいだけど
  この高校は公立校のせいか昔ながらの吹奏楽部という呼び名を使っている。
  逃げるように教室を出てきたからか部室には一番乗りだった。
  こういうときは少しだけ気分がいい。
  保管室に入って楽器――トランペット――を取り出してくる。
  一人だけの部室で組み立てを済まして楽譜を広げる。
  この時間はとても心が静かになって部室の静寂に沈んでいくような気分になれる。
  まあ、そんな大層なものじゃない。
  要は朝起きてコーヒーを飲みながら新聞を読むと優雅な気分になれる、
  みたいな感じなんだろう。うん。
  静寂に沈みながら楽譜をじぃっと見つめていると不意に視界が真っ暗になった。
「だ〜れだ?」
「白峰先輩。」
  即答した。
  一人で部室にいるときにはよくあることだ。
「もう、つまらないなぁ。」
  拗ねた口調ながらも顔は笑っている。
  白峰沙由佳(しらみねさゆか)先輩。
  二年生の先輩で現部長である。
(別に吹奏楽部は夏に大会があるというわけではないので三年が引退したというわけではないが、
  公立校の堅さ故か夏が終われば体育会系、文化系関わらず部長交代しなければならないのだ。)
「また一番乗り取られちゃったわね。これでも授業終わってからすぐ出てきたのだけど。」
  保管室から自分の楽器を取り出してきながら先輩が言ってきた。
「一年の教室のほうが部室に近いですからね。」
「最近早いわね。もうすこしゆっくりしてきてもいいのよ?」
「ええ、まあ、大会も近いですし。」
  本当の理由は教室から一秒でも早く逃げ出したかっただけだ。
「ふふ、感心ね。部長としても負けていられないわ。」
  僕の横に椅子を置いて譜面を立てながら顔を覗き込むようにして先輩が微笑んだ。
  先輩の綺麗な蒼い目で覗き込まれると心の底まで見透かされているような気分になる。

 白峰先輩は文句の付けようもないほどに美人だ。
  大きくてパッチリとし開いた瞳はそれだけでも愛らしさを出しているのに加えて
  青い瞳が不思議な美しさをかもし出している。
  スッと通った鼻梁に長い睫毛、つやつやの唇、小作りの顔立ちは
  愛されるために生まれてきたといった感じだ。
  白いヘアバンドをつけ腰まで届くウェーブのかかった髪を揺らしながら背筋をピンと伸ばして
  廊下を歩いているのを見ると、皆畏れ多いとばかりに廊下のはじによって道を譲る。
  実際その光景を見たことがあるけどまさに王族にひれ伏す民衆といった感じだった。
(先輩は背も高いから威圧感もあるのだ。)
  そんな先輩には同じトランペット奏者ということもあって
  入学当初から色々面倒を見てもらってきた。
  皆からは嫉妬の目で見られたが新入生ならではの無知っぷりでやり過ごした。
  といってもそれほど激しい嫉妬に晒されてきたわけではない。
  どうも先輩は美人過ぎるせいか近寄りがたいらしく羨ましがられても
  代わってほしいという願いは少なかった。
  曰く、あの眼で見られるとどぎまぎして何も話せない。
  曰く、高貴な雰囲気にあてられて窒息するなど。
  前述のやり取りを見れば分かるように意外と気さくな人なんだけどな。

「では先輩、今日もよろしくお願いします。」
「ええ、では第三楽章から……」
  その後ちらほらと部員が集まり始め、二十人ほど集まった。
  大体楽器ごとに分かれての個人練習を行い、
  最後に合奏練習といういつもどおりの練習を二時間ほどこなした。

「それでは本日の練習はここまでにしましょう。皆さん、お疲れ様です。」
  白峰先輩の締めの言葉と共に皆が楽器の片づけを始める。
  僕もため息をつきながら楽器の片づけを開始する。
「あら、今日の練習はそんなに疲れたかしら?」
  ため息を聞きつけたのか隣にいた白峰先輩が心配げな眼差しを向けてきた。
「いや、そんなことはないですよ。まだまだ練習し足りないな〜、なんて思ってました。」
  あわてて首を横に振りつつ答える。いやもうホントずっと続けばいいのに。
「まあ、熱心なのね。でも駄目。最近は日が沈むのが早くなってきたから早めに切り上げないと。
  ここは女の子の多い部だものね。」
  クスクス笑いながらも楽器を片付けに保管室に歩いていった。
  僕も楽器を担いでその後に続く。
  確かに僕の個人的都合で部の女性を危険にさらすわけには行かない。
「でもそうね。もうすぐ中間考査もあるし……これから練習時間はますます減ってしまうわね。」
  先輩が人差し指を唇に当てながら思案にふけっている。
  まったく関係ないけどこういう仕草が無意識に出るからこそ彼女は目立つのだろうと思う。
「朝練を全員参加にすればいいんじゃないんですか?
  コンクールが近いっていう理由なら皆納得すると思いますけど。」
「あまり厳しくするのもね……やっぱり楽器は楽しい気持ちで奏でないと良い音が出ないから。
  うん、まあそのことは考えておくわ。」
  先輩が考えておくというなら本当に考えてくるだろう。この人はホントに優秀な部長なのだ。
  そうこうしてるうちに帰宅準備がお互いに出来ていた。
  他の部員は皆帰ってしまって周りには人がいない。
  白峰先輩は非常に人気があるのになぜか最後にひとりで残っていることが多い。
  成りゆきで残っている僕と一緒に帰ることが多かった。
  先輩とは帰る方向が同じなのでわりと家に近いところまで一緒なのだ。

 

 話し上手な先輩との会話は飽きることなく楽しい時間なのだが
  やはりこの後に待っていることを考えると気が重くなる。
  ああ、帰りたくない……
「何か悩み事……?顔色が悪いみたいだけれど。」
  鋭い先輩は僕の変化に気づいたらしい。
  気遣わしげな視線を向けてくる。
  なんとなく優しさに甘えてしまいたくなるが流石にグッと我慢した。
  軽蔑はされたくない。
「う〜ん。自炊が続いているせいですかね。一人だとどうも手を抜いてしまいがちで。」
「自炊?あなた、一人暮らしだったかしら?」
「いや。親が長期の出張で家を空けてるんです。後一月ほど戻ってこないみたいです。」
「そう……大変ね。」
  あれ?余計な気を使わせてしまったかな。
  気を逸らさせるだけのつもりだったのに。
「まあ、一人だと色々気楽なんですけどね。」
  慌ててフォローする。
「特にあなたぐらいの年頃だと、かしら?」
  悪戯っ気な輝きを瞳に湛えて先輩が顔を覗き込んでくる。
  そういう仕草はやめてほしい、特にそういう言動と一緒には。
「もうすっかり秋ですね。まだ6時なのにこんなに暗くなってきたし。」
  すさまじく強引に話題転換を試みる。
  と、ちょうど別れる場所の交差点だった。
「ふふっ、そうね。それじゃあ急いで帰りましょうか。あなたも寄り道しないようにね。」
  優雅な微笑を浮かべながらこれまた優雅な足取りで去っていった。
  寄り道……したいなぁ。

 自宅の影が見えてくるにつれて家の前に立つ人間の影も見えてきた。
  もしかしたら今日は居ないんじゃないか、なんていう淡い期待はあっさりと打ち砕かれた。
  家に近づくたびに足取りが重くなる。
  ここ毎日のように繰り返されていることとはいえ――
  というより毎日のように繰り返されいるからこそ近づきたくないのだ……彼女には。
  声が届く距離になって彼女のほうから声を掛けてきた。
「宏くん……」
  弱々しい声で、すがりつくような声で僕の名を呼んでくる。
  そんな彼女――青崎舞(あおざきまい)――の姿は見ているだけで痛々しい。
  10月とはいえもうずいぶんと肌寒くなってきているのに。
「舞ちゃん……風邪引くから早く家に帰ったほうがいいよ?」
  なるべく素っ気無くなるような言い方で突き放した。
  なぜ待ってたのか、なんてことは聞かない。いつものことだからだ。
「宏くん、話があるの。」
  僕の声をスルーして舞ちゃんが僕の袖をつかんで上目遣いで訴えてきた。
  彼女の僕の袖をつかむのは昔からの癖だ。

 青崎舞。僕と同い年で同じ学校の高校一年生。
  更にいうなら同じ幼稚園で同じ小学校で同じ中学校に通ってきた昔馴染みだ。
  そして家が隣で現在同じクラス。いわゆる幼馴染というやつなんだろうけど
  僕はそういう言い方はしたことがない。
  そんな言葉で片付けられないほど長い時間を過ごして来たからだ。
  小学生、中学生ぐらいの年頃で男女が一緒に居るとたいてい冷やかしという洗礼を受けるけれど
  運が良かったのか友人に恵まれたのか仲が引き裂かれるほどの事態に陥ることはなかった。
  舞ちゃんは肩口までかかる髪に右側の髪を一房おさげにしている。
  小柄な体に白い肌に丸い眼、ふっくらとした頬が白兎をイメージさせる愛らしさを持っている。
  家事万能で真面目で穏やか、誰からも好かれる性格だ。
  白峰先輩は西洋系の美人とするならば舞ちゃんは日本系の美人なのだろう。

 僕達はずっと一緒だった。
  だからといってこれからも一緒に居られるとは限らない、男女の仲というものは特に。
  なんとなくそのことが分かっていた僕は
  高校に入学して迎える最初のゴールデンウィーク前に告白した。
「僕は舞ちゃんと居るととても幸せだ。今まではなんとなく一緒だったけど
  これからもずっと一緒に居るためにはちゃんとした関係が必要だと思う。
  もし君も同じ気持ちならこれからは恋人として付き合ってほしい。」
  舞ちゃんは涙を流しながら僕の気持ちを受け入れてくれた。

 それから5ヶ月、僕達は恋人として付き合ってきた。
  そして10月初頭、僕のほうから別れを告げた。

2

「ねえ、宏くん。話を聞いて……」
  意識が現実に戻された。
  いまだ舞ちゃんは僕の袖を掴んだままだ。
「話って……いつものことだろ?なら僕の返事も同じだよ。」
  別れてからほぼ毎日続けられている話――つまるところまた恋人に戻りたいという話だ。
  舞ちゃんは毎日のように泣きながら頼んでくるので家に帰るのが非常に嫌になる。
  別に僕は舞ちゃんが嫌いになったわけではないから彼女の泣き顔は見ているのが辛いのだ。
「そんな……宏くんが気に入らないところは全部直すよ……髪型だって変えるし
服装だって好みに合わせるよ。頑張ってお化粧も覚えてもっと綺麗になれるよう努力する。
料理だってもっと上達するよう頑張るから、」
「そんなところを直して欲しい訳じゃないよ……何度も話したじゃないか。」
  舞ちゃんの言葉をさえぎって少し強い口調で言い聞かせる。
  本当に何度も話してきたからうんざりするのだ。
「何度も何度も何度もいったけど直して欲しいのはヤキモチ焼きなその性格だよ!
他の女の子と喋っただけで泣かれるんじゃやっていけないよ……!」

付き合い始めて二週間ほどした頃だろうか、彼女の変化に気づいたのは。
クラスで席が隣になった娘と仲良くなった。
とはいっても彼女持ちな僕は節度を守って休み時間ににこやかに話す程度の関係に留めておいた。
しかしそれが気に入らなかったのだろう、
家への帰り道で彼女には珍しい激しい口調で僕に迫ってきた。
「あの子とはもう話さないで!」
それを皮切りに彼女の嫉妬が眼に見える範囲で多くなってきた。
部活動でよくペアで指導してもらってきていた白峰先輩と縁を切って欲しい、
帰るときは必ず自分と一緒に帰って欲しい、昼食は必ず一緒に食べて欲しい、など。
最もそれぐらいは何とか許容範囲内だった。
自分だって彼女がイケメンとマンツーマンで部活動にいそしんでるとなればいい気はしない。
昼食だって帰宅だって一緒にしたい。
そのあたりまでは納得できる範囲だったのだ。 
付き合い始めが一番難しい、と何かの雑誌で読んだことがある。
ああ、なるほどと思ったものだ。
友達から恋人という関係に変わったのだから対応も少しずつだが変えていかなければならない。
それは今まで誰より――もしかしたら親よりもいっしょにいたかもしれない舞ちゃんでも
それは同じだ。
それでも一緒にやっていきたいと思っていたからこそ僕は舞ちゃんと恋人になったのだから。
しかし徐々に彼女の要求はエスカレートした。行動もエスカレートした。
私以外の女の子と口をきかないで、学校ではずっと自分と一緒の行動して、部活をやめて、など。
更にいつの間にか自分の携帯から女の子のアドレス(部の連絡網)が全て消されていたり、
部屋中の女性が載っている雑誌(やましい本ではない)が焼却されたりと
我慢できない行動が増えてきたのだ。
僕が言われたことに従わないと泣くことが多くなった。
正直暴れられるより泣かれるほうが辛い。
彼女と話し合って何とか解決しようとした。
こんなことでダメになりたくはなかった。しかし結局彼女の考えは変わらなかった。
だから別れた。
ずっと一緒にいたいと思えなくなってしまったから……

 そして別れて二週間、彼女はずっと僕の家の前で待っている。
「だって……いやなんだもの、宏くんが他の女の子と話しているのを見るの……
宏くん、かっこいいから眼を離してると他の子に取られちゃいそうで……」
  別にそんなに僕はもてたことはない、というか一度も告白されたことなんかない。
  むしろ舞ちゃんの人気の高さに僕のほうが嫉妬するほうが自然な流れだと思う。
  舞ちゃんは一年の中ではかなりの人気を誇る。
  中学の後半あたりから女の子としての魅力が急速に増してきた。
  特に小柄な体に不釣合いな大きさな胸は人目を引く。
  僕という彼氏がいなければ交際の申し込みが絶えなかったろう。
「とにかくそういう考え方なら僕とはやっていけないよ。お互いに不幸になるだけだと思う。」
  突き放した言い方をして背を向けた。
  どうすればやり直せるかなんてことは別れる前にもここ二週間でも散々話し合ったことだ。
  いまさら話し合うことはない。
「それじゃまた明日。風邪引かないうちに早く家に戻りなよ。」
「……やっぱりあの人のせいなの?」
  ぽつりと、今までのすがるような声と違って少しだけ低い声で聞いてきた。
  ……ん?この展開は初めてだな。
「あの人って……誰?」
「白峰先輩……」

「……は?何で白峰先輩が出てくるの?」
  僕ではないものを見ながら睨むような目つきで舞ちゃんは言葉を続けた。
「あの人……ずっと宏くんのこと見てるもん、わかるよ。
あの人が宏くんにわたしの悪口を吹き込んだんだ!」
  いきなり激昂した。
  しかし流石に聞き流してやるわけにはいかなかった。
  このままだと先輩にいらぬ火の粉がかかりそうだ。
「先輩は関係ないよ。あの人は冗談でも他人の悪口をいうような人じゃない。
舞ちゃんと別れたのは僕自身の判断だよ。僕に恨み言を言うのは仕方ないことだけど
先輩に変な言いがかりをつけるのはやめてくれ。」
  なるべく穏やかな声で刺激しないように諭した。
「……!!やっぱり、そんなにかばったりして酷いよ!わたしはずっと宏くんだけが大好きなのに!」
  叫んで彼女は隣の自分の家に走っていってしまった……
  対応間違えたかな?でも何を言っても駄目だった気がする。
  ため息を一つついて僕も家の中に入った。
  嫌な気分で家の中に入ると空気が余計冷たくなるものだ。
  夕食を作る気にもなれずそのまま二階の自分の部屋に上がった。
「何でこんなことになっちゃったのかなぁ。」
  なんとなく弱音が出た。
  付き合っていた頃はよく食事を作りにきてくれた。
  僕もそれなりのものを作ることが出来るのだが彼女は僕より遥かに美味い味付けをする。
  同じ本を読んで勉強したのにどうしてこんなに差があるのか聞いてみたことがある。
『わたしの味付けには愛情がこもっているからだよ……』
  恥ずかしそうに、それでも嬉しそうなはにかんだ笑顔を浮かべて答えてくれた。
  そういう笑顔があったからこそ、わずか二週間で破綻の兆しが見えたのに
  5ヶ月も頑張ってきたのだ。
  努力はした……と思う。
  なら駄目だったのは相性、ということになるのだろうか。
  友達としては最高、でも恋人としては駄目、とかそういうことなんだろうか。
  じゃあどんな人なら恋人として最高なんだろう?
「舞ちゃんにはどんな人がふさわしかったのかな……」
  眠りに落ちる前にそんなことをつぶやいた。

3 舞編

「……っすん…………うぅ…………くすん………すんっ…………すん………」
  青崎舞は自分の部屋のベッドに顔を押し付けて泣いていた。
  家族に心配を掛けたくないから夕食と入浴を済ませるでは我慢した。
  しかしパジャマに着替えて自分の部屋にこもってしまうともう限界だった。
  涙が止まらなくなる。
  ここ二週間、毎日繰り返しているこの行為はもはや日課とさえ呼べる。
「どうして……宏くん………どうしてわかってくれないの………?」
  毎日泣いても心の苦しみが消えることはない。
  毎日泣いても胸の悲しみが癒えることはない。
  彼女を慰めることは出来るのは愛しい人の温もりだけだ。
「わたしは、ただ、ずっと、ずっと一緒に居たいだけなのにっ………!!」
  叫ぶように心の裡を吐き出した。
  皮肉なことにその願いだけは上代宏幸と同じものだった。

 舞は幼少の頃からずっと宏幸のことだけを見ていた。
  幼少の頃、というより物心ついたときから、といってもいいかもしれない。
  歳が近かったためか互いの母親は仲が良かった。
  親達が楽しく談笑している間、手間のかかる幼児を二人で遊んでおけとばかりに放置しておく。
  仲良くなるのはむしろ必然だったのだろう。
  そして宏幸が四歳のとき転機が訪れる。
  父親がよそに女を作って家を出たのだ。
  同情した青崎母は女同士の結束といわんばかりにますます上代母と仲良くなった。
  働きに出なければいけなくなった母親は忙しくなり宏幸は
  青崎家で食事をご馳走になることが多くなる。
  家庭的な舞と穏やかな性格の宏幸は互いに反発することなく寄り添って過ごしてきた。
  男性よりも女性のほうが肉体的にも精神的にも早熟である。
  小学三年にあがる頃には舞は宏幸へ抱く感情が異性に対する「好き」であることに気づいていた。
(宏くん以外の人と一緒に居る自分なんて考えられない……
  宏くん以外の人に触られたくなんてないよ!)
  それでも彼女は告白はしなかった、いやできなかった。
  小学三年生ごろの年頃は成長に差がではじめる頃でもある。
  彼女の成長は精神のそれとは別に肉体的には同年代の女の子に比べてひどく遅かった。
  身長はクラスで三番目に低かったし女の子らしい体つきなど夢のまた夢、といった感じだった。
  対して宏幸の成長は早い。
  背が高くなり勉強もスポーツも人並み以上に出来た。穏やかな性格ではあったものの
  別に内向的な性格ではなく友達も多かった。彼は舞との仲を冷やかされなかったのは運が良かった、
  などと思っているが実際は彼の人徳がそうさせなかっただけのことだ。
  要するに舞は自分とは釣り合わない、と心の中で決めつけてしまったのである。
  それでも諦められなかった。だからせめて一番親しい友人としてそばに居ることを選んだのだ。
  ずっとそばにいたら周囲にはカップルのように見えたらしい。
  彼女が中学の頃から急激に成長し可愛らしくなってきたせいもあるのだろう、
  宏幸に告白しようとする女はいなくなった。
  そして県内で一番難関の名門進学校に受験を決めた宏幸についていくために猛勉強し見事合格、
  中学時代の友達は宏幸以外一人もいなかったが彼女には何の不満もなかった。
  そして入学して一ヶ月、ついに宏幸が彼女に交際を申し込んだ。

 幸せだった。幸せすぎて涙を流してしまった。
  一緒にいる為に必死で勉強してきた努力が、少しでも可愛く見せようと頑張って覚えたオシャレが、
  喜んでもらえるように磨いた料理の腕が、今までずっと育ててきた想いが、
  その全てが報われた瞬間だった。

(なのに……)
  夢の時間は終わってしまった。たった五ヶ月で。
  慢心していたつもりはない。むしろ勉強もファッションも今まで以上に力を注いだ。
  もっともっと好きになって欲しかった。自分のことだけ見て欲しかった。
(それは……少しぐらいヤキモチ焼いちゃったかもしれないけど……)
  手に入らないと思っていたものが手に入ったことで絶対に手放したくなくなってしまった。
  彼女の自信の無さが災いしたのもある。
  想いが通じたらますます他の女の子の眼が気になってしまった。
(皆、宏くんのこと狙ってる……) 
  もちろんそれは舞の思い込みだ。
  しかし宏幸に好意を抱いている人間は確かにクラスに何人かいた。
  一人でも疑わしいものがいれば後はもう全てが疑わしい。
  彼女は溢れる嫉妬を抑えることが出来なかった。
 
(私以外の女の子と話さないで、私以外の女の子をじっと見ないで、
私以外の女の子に触ったりしないで、いつでも一緒に居て欲しいよぉ
  ……)

「ひっく…………ぅ………………っく…………」
  感情的になると泣いてしまう。
  今の舞は破裂寸前の水風船のようなものだった。

(宏くん……)
  彼女は泣き出した自分を唯一止められる『儀式』を始めた。
  涙に濡れた右手がそろそろと胸に昇っていく。
「んっ……」
  最初は表面を撫でるだけ、舞の胸を繊細な動きで手のひらが滑っていく。
  こんな微妙な刺激でも昂ぶった舞の神経は快感として受け止めてしまう。
「……っふ……………ふぅん……………………」
  空いていた左手でシャツのボタンに手を伸ばす。
  もどかしげに一つずつ外していく。ワンポイントのシンプルな白い下着が姿を現した。
  撫でるだけだった右手の動きが乳房を揉みこむような動きに変わる。
「あぁ…………」
  鈍い刺激が胸の奥にまで広がっていった。
「……ふぁあ………………あっ………ンンッ……」
  漏れそうになる声を指を甘噛みして耐える。
  右手の中で彼女の人より大きな胸が淫靡に形を変えていく。
 
  舞はこの大きな胸があまり好きではなかった。
  社交的、遊び好きな性格の女性なら自分のスタイルを武器に楽しくやっていけたのだろう。
  だが良い意味でも悪い意味でも内向的な彼女には重いものでしかなかった。物理的にも。
  中学二年生のとき、舞は生まれて初めて男子に告白された。
  自分には縁のないイベントだと思っていただけにパニックになった。
  しかしすぐにその男子の目が胸のほうをちらちら見ているのに気がついてしまった。
  女の体に一番興味のある年頃の男としては良くある反応だったのだが、
  舞は少女らしい潔癖さですぐに気分が悪くなり拒絶した。
  それ以来男性の目を意識するようになり、ますます自分を卑下していった。

(宏くんはわたしの胸がぺたんこな時からずっとそばに居てくれたもの……)
  胸を揉みしだきながらも考えるのは宏幸のことだ。
  自分のことを一番理解してくれる人、そして自分が一番理解してあげられる人。
「んんっ………んぁ……………宏くんっ……………!」
  ブラジャーのごわごわした感触が煩わしい。外すのももどかしく上にずり上げる。
  ぶるんっ、という音が聞こえてきそうなほどの勢いで乳房がまろびでた。
  人差し指と親指で初々しいピンク色の乳頭をきゅっと摘んだ。
「ンっ…………!」
  鈍い刺激から鋭い刺激に変わって声が抑えられなくなるそうになる。
(でも……宏くんも大きな胸が好きなのかな……?)
  だったらいいな、と思う。
  友達は『男はみんな巨乳が好きなのよ!!』と力説していた。
  もっとも舞の胸を親の敵のような眼でねめつける小さな胸の友人の台詞だったので
  あまり参考にはしていなかった。
「はぁ………宏くん…………宏くんも触りたかったの………?」
  想像の中で舞の手と宏幸の手がすり変わる。
  ゆっくりとした手の動きが激しいものに変わっていく。
「宏くん……いいよ。触って……」
  上にずらしたブラジャーの圧力で更に強調された舞の胸を更に絞るようにして揉んだ。
「…あん………んぁぁ……………そんなに強く揉まないで……………」
  完全に彼女の意識を離れた右手とは別に左手が腹部をつたって下半身へ降りていく。
  パジャマのズボンに入り込んだ手のひらが下着の上から彼女の秘部に覆うようにして触れた。
「ああッ……………あっ……あっ………」
  指にぬるっとした感触が伝わってくる。
  すでに下着の上からでも水気を感じ取れるほど舞の女陰は濡れそぼっていた。
「宏くぅん……………」
  甲高い鼻声を出して愛しい人の名前を呼ぶ。
  少しだけ自慰行為を中断しカーテンを開けた。
  彼女の部屋とはちょうど向かい側に宏幸の部屋がある。
  ベッドの上から窓を見れば宏幸の部屋を見ることが出来る。
  それは採光の問題でも嗜好の問題でもなんでもなく、
  寝るときでも横見れば窓越しでも宏幸を感じられるという彼女の思いが現れたベッドの配置だった。
(明かりがついている……宏くん、勉強してるの?……………
  それとも私のことを考えてくれているの……?)
  宏幸は電気を点けたまま寝ているだけだったのだがそんなことを舞が知るはずもない。
  分厚いカーテンに覆われているため中の様子まで窺い知ることは出来ないのだ。

 机の上から一つのシャーペンを手に取りベッドに戻る。
  いまだに体に灯った微熱は消えていない。
  むしろ中途半端に終わった刺激に抗議を挙げるように疼きを増していた。
「んんっ……………宏くんが触ってくれないから…………」
  下着を脱いでシャーペンを逆さまにして擦りつける。
  上部に熊のマスコットが付いている少し幼い感じのシャーペンだ。
  このペンは宏幸が小学3年生のときに誕生日プレゼントとして彼女に送ったものだった。
  宏幸に送られたものは全て舞にとっては宝物だった。
  時を重ねて子供っぽいデザインのため学校や人目の付くところでは使えなくなったが
  今でも家で勉強する時はこのペンを使っている。
  もっとも最近では別の使われかたをしているのだが。
「ふぁ!…………ンン……ンッ………ンンンッッ!!」
  熊の微妙なごつごつが彼女の秘部に予測できない刺激を与えてくる。
  加えてこのシャーペンが宏幸のプレゼントであるということも彼女の興奮に一役買っている。
(ごめんね。宏くん、ごめんね。誕生日プレゼントをこんなことに使っちゃって……
  でも宏くんも悪いんだよ。私のこと放っておくから……)
  心の中で謝罪を繰り返しながらもペンを動かす手を緩めることはない。
  むしろ謝罪を繰り返すごとに手の動きが激しくなっていく。
「あぁ!………宏くんが………宏くんが触ってくれないからぁ!
  ……………こんなものを使うしかないんだよっ……………………!!」
  心の声が現実に口から漏れ出してくる。
  本格的に昂ぶってきたせいでもう声が出ることを気にする余裕が無くなってきたのだ。
「寂しいよぅ………んぁ……………ふぅん……」
  うわ言のように呟きながら、それでもペンが彼女の大事なとこに入り込まないように
  細心の注意を払っていた。
  舞は処女だった。
  5ヶ月も付き合っていたのだから肉体関係を持ったとしても不思議ではない。
  舞だって宏幸と結ばれることに抵抗はなかった。
  自分から求めるようなことはしなかったが求められれば拒絶はしなかっただろう。
  もちろん宏幸も健全な男なのだからそういうことに興味があった。
  ただ興味はあっても舞との居心地の良い空気を壊してまで一気にそこまでの関係になろう、
  とは考えなかっただけのことだ。
  舞の変貌に頭を悩ませる日々が続いていたせいというのもあるが。
  舞自身も二人で居られればそれで幸せ、という考えだったので無理に関係を進めようとしなかった。
  結局のところ二人の関係はキス止まりだった。
  舞は今ではそれを深く後悔している。

(ちゃんと体も結ばれていればこんなことにはならなかったのかな……?)
  今となっては遅い後悔が頭をよぎる。
「んんんっ………はっ………はぁん…………!」
  後悔を振り払うかのようにペンを動かす手を激しくする。
  熊が女陰の幾重に重なったヒダヒダにふれて鋭い刺激が体中を駆けめぐる。
「宏くんっ………奪いにきてっ………舞の処女っ……捧げるからぁ!!
  ……………ぜんぶ、ぜんぶ、あげるからぁ!!」
  頭の中が白く塗りつぶされていく。
  そのとき偶然ペン先が彼女の秘芯を押し潰した。
「ふぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!……………………ンンンンンンンンンンンンッ……!!」
  頭の中が真っ白になった。
  最後の理性で声を押し殺す。
「…………はぁ…………はぁ……………はっ…………はぁ………」
  荒い息を吐きながら舞は睡魔が襲ってくるのを感じた。
  これが彼女の『儀式』。
  悲しみで押し潰されそうな心を空しい快楽で真っ白に染めてしまう。
  そうして得た肉体の疲れで睡魔に身を委ねることが出来る。
  朝になればとりあえず落ち着いた精神状態になっている。
  だが心には満たされない思いが募っていく一方だ。
(宏くん…………)
  眠りに付く直前、閉じた眼から一滴の涙が流れ落ちた。

4

 ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピピッ、
  ピピピッ、ピピピッ,ピピピッ……
  ぽち。
  『ピ』が四回続くまでに目覚しい時計を止めることが出来た。
  この目覚ましは早く止めないと『ピ』が何度も連続して続くようになりとてもうるさいのだ。
  まあ目覚ましとしてはとても優秀ということなんだろうけど。
「あ〜、電気点けっぱなしだよ……」
  溜息一つついて、電気を消してカーテンを開ける。
  意識的に外は見ないようにした。
  この部屋はちょうど舞ちゃんの部屋の向かい側にある。
  今は舞ちゃんに関するものは眼に入れたくもないし考えたくもない。
  どうしていいか分からないことを朝から考えて鬱になりたくない。
  一階に降りて朝食を取る事にした。
  そういえば夕食も取っていない。
「でも、あんまりお腹空いてないんだよな〜」
  現在6時、食欲がないのは朝早いからかもしれない。
  こんなに早く起きるのは吹奏楽部の朝練に参加するためである。
  朝練は基本的には自主参加だ。コンクール前には強制参加になったりするけど。
  事実、僕は今までは参加してなかった。
  舞ちゃんと一緒に登校するために。
  そして今は舞ちゃんと登校するのを避けるために自主練に参加する。

「…………パンでいいか。」
  結局、舞ちゃんのことを考えてしまった。
  それほど僕の生活で深い割合を占めていたのだ、彼女は。
  頭を振って棚から食パンを取り出しレンジに入れてトーストのボタンを押す。
  冷蔵庫からマーガリンとヨーグルトを取り出して机に置いた。他に用意するほどの気力がない。
  パンが焼ける間に二階から今日の分の教科書を詰め込んだ鞄を取ってくる。
「あっ!?そういえば数気硫歛蠅あったんだっけ……」
  まあ、いっか。今日が提出日じゃないし、授業中にでも終わらせよう。
  ピー。
  パンが焼けた。
  次のパンをセットしつつ食卓に座る。
  ホント、一人になると手を抜いちゃうんだよなぁ、家事って。
  味気ない食事はさっさと済ませてしまうに限る。
  パパッと済ませて朝風呂へ。
  うちの部活動は女子比率が異様に高いので清潔にしておかないと恐ろしいことが起こりそうだ。
  というか部の最中に『なんか変な臭いしない?』とか噂されたら
  自殺もののトラウマになること必定である。
  特に僕の席は白峰先輩の隣だし。
  念入りに体を洗って制服に着替える。
  今から家を出れば7時には学校に着くだろう。
  習慣というかなんというか鍵穴から外の様子を確かめてから外に出てしまった。
  無論、舞ちゃんが待ち構えていないか確かめるためである。
  塀の外も確かめてようやく道路へと足を踏み出す。
  いつまでこんな生活が続くのかなぁ……
  心もち肩を落としながら学校に向かった。

 学校に着くと教室へは向かわずそのまま音楽室へ直行する。
  盗まれる確率などほとんどないにしても鞄を教室に放置しておくのは心理的に嫌だった。
  自分は結構プライバシーに関しては神経質なところがあると思う。 
  だからこそ思いっきりプライベートを侵攻しようとした舞ちゃんの行為に
  ついていけなかったのかもしれない。
  ってまた舞ちゃんのこと考えてるし……

〜〜〜♪〜〜〜♪♪〜〜〜〜〜♪〜〜〜♪〜〜〜

 自己嫌悪に陥っていると進行方向から旋律が流れてきた。
  誰かなどと考えるまでもない。
  音楽室でトランペットを吹くのは僕以外には白峰沙由佳先輩だけだ。
「おはようございまーす。」
  挨拶しながら扉を開ける。
  練習の邪魔をすることになるけどこれも礼儀だ、致し方ない。
「おはよう、宏幸くん。」
  演奏を中断してニッコリとした微笑と共に挨拶をしてくれた。
  これやられたら女性に免疫がない男は大抵落とされるな……
  幸いにして慣れている僕はハートに打ち込まれる銃弾をかわす事が出来たので
  ちゃんと挨拶を返した。
「おはようございます。いつも早いですね、先輩。」
「鍵を開けないといけないでしょう?朝の一番乗りは譲れないわね。」
  昨日のことを言っているのだろう、悪戯っぽく笑いながら演奏を再開する。
  さすが先輩、朝一でも優雅なことこの上ない。
  あはは〜と愛想笑いをしながら保管室に楽器を取りに行く。
  とりあえず安らぎの時間の始まりだ。
  授業が始まってしまえば同じクラスの舞ちゃんからの視線にさらされる。
  最も僕のことを気遣ってくれているのか皆の前では恥ずかしいのか
  クラスで迫られることはなかった。
  時間の問題かもしれないが。
「また溜息?本当、最近多いわね。何か悩みでもあるのかしら?」
  気づかないうちに悩みが顔に出ていたらしい。
「え?あ……いやそれは……」
  先輩は心配そうにこちらを見ている。
  どうしよう?

 こんなことを人に相談するのは結構な恥だ。
  自分から告白して、自分のほうから別れを切り出して、元カノに付きまとわれて困っている。
  いかにも無計画な遊び人といった感じだ。
  しかし自分ではどうにも出来ないところにきているのも事実。
  先輩ならばしつこい男に付きまとわれて困った経験ぐらいあっても不思議ではない。
「悩みがあるなら相談してみない?お役に立てるかは分からないけれど秘密は絶対厳守するわ。」
  先輩の蒼い目には真摯な輝きがある。
  先輩になら……話してみようかな。
「実はですね、僕には付き合っていた彼女がいたんですけど……」
「ええ、聞いているわ。確か最近お別れしたとか?」
  あれ?何で知ってるんだ?
  先輩はおろか誰にも破局したことは教えていない。
「そういう噂は速いものよ。」
  顔から疑問を読み取ったのか先輩が答えを教えてくれた。
  僕達に流れる空気からクラスの人間なら破局を察知しても不思議ではない。
  しかし上級生のせんぱいまで知りわたっているとは……
「ま、まあ知っているなら話は早いんですけど。僕のほうから別れたいと言ったんです。
  でも彼女、それに納得してくれなくて。」
  言ってしまうと単純な問題なんだよな、コレ。
「ずっと会う度によりを戻したいって言ってくるんです。いえ、もちろん僕のほうから告白して
  僕が一方的に別れを切り出したんですから悪いのは僕のほうなんですけど……」
  動揺していたのか一息で言ってしまった。
  先輩はじっと黙って聞いていたが僕の話が一段落したのを見て相槌を入れてくる。
「それで、どうしてあなたは別れたいと思ったのかしら?」
「えぇっと、一般的には多分彼女の気持ちが重くなったとかそういう理由になるのかな?」
「一般的なんてどうでもいいの。あなたが別れたいと思った理由を順を追って話して御覧なさい?」
  ぴしゃりとはっきり先輩は言ってくれた。
  こういうことをちゃんと言ってくれるのだからそれだけでも先輩に打ち明けた甲斐が
  あるのかもしれない。
  その後順を追って彼女のヤキモチ振りを話していった。

「そう、確かに彼女の行動はいき過ぎたものかもしれないわね……」
  白峰先輩は話を聞いて考えるように目を瞑った。
  しかし僕の主張が一方的に受け入れられるとむしろ居心地が悪くなる。
「でも愛されている証拠だと思えばそれまでですし、
  それに彼女は浮気みたいな恋人として不埒な行動は決して取りませんでしたよ。」
  なんとなくフォローした。
  最も僕も浮気なんかした事はない。
「それでも生活が乱されて困ったのでしょう?勿論、少しぐらいのヤキモチは無いより
  あったほうがいいのでしょうけど。相手の生活を思いやるのも恋人としての務めだと思うわ。」
  先輩はあくまで僕の味方をしてくれる。
  確かにそれは僕を慰めてくれるのだが僕は慰められたいわけじゃない。
「この際どっちが悪いかなんてどうでもいいんです。どうしたらしつこく迫ってくる相手から
  すっぱり縁を切れるのかお聞きしたいんです!先輩ならそういう経験も豊富だと思って。」
「そんなに別れた相手のことをかばわなくてもいいのに……
  というより今あなたが私をどういう風に見ているのかが分かったわね。」
「別に悪い意味じゃないですよ〜。先輩はもてるでしょうから。」
  先輩はツン、と横を向いてしまった。
  多分、僕の気持ちを汲んで演技してくれたのだろう。
「さすが先輩、横顔も美人ですよ。こんな美人の先輩なら今まで数多くの男を虜にしてきたんでしょ?
  その豊富な体験から僕に適したアドバイスをどうか一つ。」
「もう、しょうがないわね。」
  ふう、と溜息をついて
「私、そんな軽い女じゃないわ……」
  ぽつりと、小さな声で呟いた。
「?何です?」
「……私はそれほど経験豊富じゃないっていったの。悩みを打ち明けてくれたあなただから
  恥を忍んで私も言うけれど男の人とお付き合いしたことなんて無いもの。」
「そうなんですか?」
  激しく意外だ。
「それほど交際に興味があるわけじゃないから。確かに周りのお友達が皆お付き合いし始めて
  少し焦る様な気持ちもあるけれど、自分を安売りしたくは無いもの。
  無理に交際を始めようとは思わなかったわ。」
「へぇ、聞いてみると先輩らしくて何だか納得してしまいますね。」
「それに……」
  ちらりと先輩が僕の顔を見た。
「……それにあなたが思っているほど交際の申し込みは無いのよ?
  あまり男の人は私に近づこうとはしないから。」
  なるほど。
  高嶺の花過ぎるからかな。それとも牽制しあっているのか。
  僕も羨ましがられていても代わってほしいとは思われないしな。
「でもそうね。確かにしつこく迫ってくる男、というのは存在したわ。
  でもあまり参考にならないと思うわよ?」
「まあ、言うだけ言ってみてください。」
「二度と近づきたいと思わなくなるぐらい殴りつける。」
「全然参考になりません……」
「でしょうね……」
  お互いに溜息をつく。
  というか先輩って怖い人なんだ。薄々気付いてはいたけどね。

「はっきり言ってみるのはどう?」
「言ってますよ。君とはもう付き合えないって。」
  あれから色々と意見を出しあっている。
  そろそろ時間が無い。他の部員が出てくる頃だ。
「そうじゃなくて嫌いっていうの。」
「別に嫌いってわけじゃないですよ。
  それにはっきり拒絶しちゃうと何をするか分からない気がして……」
「そうね。関係と一緒に命まで失ってしまっては元も子もないわね。」
「やめてくださいよ。冗談にならないんですから……」
  先輩はふむ、と人差し指を口に当てて考えるポーズをとる。
「このお話は放課後にしましょうか。今は良いアイディアが出ないし、
  放課後までに考えをまとめておくわ。」
「えっと、そんなに考えていただかなくても結構ですよ?結局は僕の問題ですから。」
  ただでさえ色々と務めの多い先輩をあまり煩わせたくない。
  しかし先輩は優雅に髪をかきあげて微笑んだ。
「悩みを打ち明けてくれるぐらい信頼してくれるのでしょう?その信頼にきっと応えてみせるわ。」
  気持ちの良い空気で話を打ち切った。
  さらりとこういうことが言えるから先輩の周りには人が集まるのだろう。
  男は恐怖で近づかないかもしれないが。
「でも先輩?無理はしないでください。別に先輩にアイディアが無くても僕は気にしませんよ。」
  先輩は珍しく少しだけ驚いたような顔し、照れたような顔になって笑った。
  その後、他の部員が登校していつも通りの朝練が始まった。
  練習が終わって教室に戻る前に先輩と眼が合ってにこりと微笑んでくれた。
  うん、何だか上手くいく気がしてきた。
  もう少し自分で考えてみようかな。
  恐らくは舞ちゃんが居るであろう教室にいつもより軽い足取りで向かった。

2006/12/24 To be continued.....

 

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