早朝6時00分――
ボロい
他に表現のしようがない木造2階建てアパート(築不明家賃1万5千円)の入り口に
明らかに場違いな黒塗りの高級車が停まっていた。
運転席から黒いスーツを違和感なく着こなした美女が降りて後部座席のドアを開けると、
清潔感溢れる制服に身を包んだ美少女が降りてくる。
深窓の御令嬢という表現以外何物も当てはまらない少女と黒塗りの高級車+美人運転手
かたや国が定めた防災基準や耐震基準を鼻で笑うかのような木造アパート
シュールである
「ご苦労様、市川」
凛とした声で労いの言葉をかけるその姿は、自然と周りを傅かせるカリスマと年頃の少女特有の儚さを
自然と融和させている。
「は、では駅前でお待ちしております」
「ありがとう。では行ってきますわ」
「行ってらっしゃいませ郁乃お嬢様」
市川と呼ばれた美女は深々とお辞儀をして郁乃を見送り、車を発進させた。
若宮郁乃
アパートの玄関をくぐり郁乃は1号室と表記されたポストの中を覗く。
何も入っていないのを確認して廊下を進む。
廊下を進んで一番奥の1号室――大場太郎と油性マジックで走り書きされたプレートをぶら下げた
木製のドアをノックする。
コンコン
いつも通り返事が無いのを確認してドアノブを回す
ガチャリ――
鍵はかかっていない。これもいつも通り。
中に入ってドアを閉める。
カーテンが閉められているので薄暗いがそれなりに片付いているのはわかるし以外に広い印象がある。
TV、折りたたまれたちゃぶ台、ベッド、そして壁に吊り下げられた学ラン――
家具と呼べるものはそれだけしかないのだから広く見えるのは当たり前かもしれない。
郁乃はそっとベッドに歩み寄り、横向きに丸まって眠るこの部屋の主たる少年の寝顔を覗きこんだ。
まだあどけなさの残る寝顔は郁乃より幾分年下の印象がある。
「……あらあら、涎が」
ポケットからハンカチを取り出し口の周りを拭う。
上質なシルクのハンカチは太郎の安眠を妨げる事のない肌触りで役目を果たした。
「…ふふっ」
我が子の眠りを見守る母親もこの表情をするのであろうか。
「また一つ宝物が増えましたわ」
そう呟くと丁寧にたたみ直し壊れ物を扱うかのようにポケットにしまい込む。
寝返りのお陰で四方に跳ねた太郎の髪に指を通してみる。
自分の髪とは違う、ざっくりとした感触が指に伝わる。太郎は目を覚ます気配は無い。
さらに梳いてみる。もう一度、もう一度――………愛しげに何度も何度も。
ふと、枕の下にある何かが、郁乃の視界に入った。
「…?」
太郎が目を覚まさぬようにゆっくりと慎重に何かを引き抜く。
「…………」
雑誌である。本屋に行けば売っているしコンビニでも買える極普通の雑誌である。
際どい、殆ど紐といっても良い水着を着けた、郁乃とそう年も変わらないでろう綺麗な女性が
その豊満な胸をことさら強調するポーズで表紙を飾っているというだけの何の変哲もない雑誌。
昨夜市川の報告の中に太郎が学校の帰りに
駅前の書店に立ち寄ったというくだりがあったのを思い出す。
ページをめくってみる。表紙の女性がどこかの砂浜で表紙そのままの水着で寝そべり。
誘うような視線でこちらを見ている。
ページをめくる。殆ど用を成していなかった水着が透けている。
なまじ裸になるよりも卑猥で扇情的な雰囲気をかもし出している。
ページを次々とめくるとそこには色々な衣装を着た女性が載っており、
そのどれもが男性の劣情を刺激するのに不足の無いものばかりだった。
雑誌を閉じる。太郎は気持ち良さげに眠っている。夢をみているのだろうか?
それはどんな夢で誰の夢を見ているのか。
郁乃は太郎の寝顔に息がかかるくらいに顔を近づけまじまじとその寝顔を見入る。
そのまなざしはどこまでも優しげで慈愛に満ちていた。
「かわいい寝顔ですわ」
蚊の鳴くような細い声でそう呟く
「誰の夢をみているのですか?わたくしですか?それともあの本の女性ですか?」
「もしかしてわたくしにあの女性のような水着を着せている夢なのですか?」
「ふふふ……わたくしあのような破廉恥な水着はもっていませんが太郎ちゃんが見たいというならば
今日にでも市川に用意させますわ」
「太郎ちゃんも男の子ですもの…ああいうものに興味を持つ年頃…わたくしすっかり失念いたして
おりましたわ…」
「でも太郎ちゃん?」
「確かにあの本の女性は綺麗な方ですがわたくしより胸は小さいように見受けられましたわ」
「腰周りもわたくしより幾分ふくよかですし、お尻もわたくしのほうがほんの少し大きいですわ」
子供を寝かしつけるように優しく語り掛ける
郁乃の言葉に嘘はない。確かに雑誌の女性はグラビアを飾るに不足の無いプロポーションではあるが
それでも郁乃にはわずかに及ばなかった。
顔に関しても好みにも拠るであろうがやはり軍配は郁乃に上がる
「太郎ちゃんが一番大好きなのはここ…」
制服のブラウスのボタンを外すとそこには純白の下着に包まれた、
下着の白さにも負けない乳白色の小山があった
下着からはちきれんばかりに包まれた二つの小山の間の深い谷間に太郎の頭を抱きかかえる
「んぅ・・・」
少し息苦しいのか太郎はかすかな声をあげる
「ふふ…この部屋は少し寒いです」
「でもこうすればほら…暖かい」
胸に埋まった太郎の頭を郁乃の手が優しく撫で回す
「太郎ちゃんは甘えん坊で…以前はこうしてわたくしのおっぱいに
自分から擦り寄って着てくれたのに」
「高校に入ってからは郁乃に遠慮しているようで…寂しいですわ…」
「それなのに…」
太郎を優しく撫でていた郁乃の腕が強張る。
「それなのにあんな…あんな端女の身体に興味を持つなんてっ……!」
床に放った雑誌を睨みつける。そこには太郎に向けていた春の陽気を宿したまなざしは微塵も無い
あるのは永久氷壁を閉じ込めた凍えるような視線と能面の如く表情を抹消した
美しくも見る者の背筋を凍えさせる貌であった
「んぅぅ…」
太郎が苦しげな声を上げると郁乃ははっとしたように腕の力を抜いた。
「あらあら…ごめんなさいね太郎ちゃん…苦しかったですか?」
よしよしと赤子をあやすように太郎の頭を撫でる
「わたくしったら…悪いのは太郎ちゃんが年頃だということを失念していたこのわたくしなのに
太郎ちゃんに当たるなんで…」
「でも一番悪いのは…」
放り出した雑誌に微笑む郁乃
しかしそれは太郎に向けるそれとは似て非なる微笑み
「そのような貧相な身体でわたくしの大事な太郎ちゃんを誑かそうとした貴女ですわね…」 |