「博士、実験の方は……」
「ああ、順調だ……すこぶる順調だよ。これはいい結果が得られそうだ。」
「……女性の嫉妬心がどれだけの力を秘めているか、ですか。博士も変なものが好きですね。」
「僕はね、女性が嫉妬でも悶える姿が大好きなんだ。かといって、ソレを僕に向けられるのは困る。
第三者として、対岸の火事を眺めるのが気持ちいいんだ。」
「だから自ら対岸に火を放った………大丈夫なんですか?彼女達の人権は…」
「なぁに、みんな僕が大金をはたいて買ったんだ。自分のモノをどう使おうが、勝手だろう。」
「それはそうですね……」
「ああ、君は、明日から休暇だっけか?」
「ええ、一週間ほど。実験の最中に申し訳ありませんが…」
「いや、気にしなくてもいいよ。こういうのはじっくりと一人で見ていたいんだ。
旦那さんにも、よろしくと伝えておいてくれたまえ。」
「はい、わかりました。それでは失礼します。……くれぐれも、過労で倒れないように。」
「はは、そこまで間抜けじゃないさ。……ん、また『彼』が起きるか。ふむ、次はどんな結果に……」
『目が覚めるとそこは、見知らぬ世界だった。』
そんな書き出しの小説を読んだことがある。内容は、ある日目が覚めると、
主人公の青年は全くの別世界に来てしまい、そこで初めて会った病弱な少女との恋愛物語…
最後は少女が病魔に負けて死んでしまい、そのショックに耐えられず自殺する。
だが再び目覚めると、彼は現実世界に戻っていた。そしてそこで別世界の彼女と再会…
というオチだった気がする。悲劇が好きな日本人には珍しい、ハッピーエンドだった。
まぁ、今問題なのは最後ではなく最初……目が覚めるとそこは、見知らぬ世界……
はは、まさが俺自身、そんな目に会うとは思ってもみなかったね……
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「ん……朝、か……あ?」
いつものように腕時計のアラームがなり、目が覚めたが、いきなり違和感だらけのものが
目に飛び込んで来た。まずは天井。
四畳一間、トイレ共同風呂なしのオンぼろアパートとは違う、豪勢なシャンデリアが部屋を灯していた。部屋の中央に一つ、申し訳なさそうに、薄暗い光を放っている。電球が切れかかってるのか…
始めにそう思った。
次に体を起こし、部屋を見回してみる。あらゆる点で、俺の部屋とは違っていた。
煎餅布団がスプリングベットに、ストーブが立派な暖炉。壁には高価なのだろうか……
センスを理解できない絵画。なにより、テレビが置いてあるのが、大きな違いだった。
もとよりテレビが嫌いなため、部屋には置いてなかった。世間の情報は新聞で得られるし、
あの作り物染みたバラエティやドラマが肌に会わなかった。
「……どこだよ、ここ。」
視界から得た情報で叩き出された結果は、これだ。まぁ、考える前にそう思ってたが。
昨日……確かバイト仲間に嫌々誘われて飲みに行き、酔ったまま帰った……
そう、ちゃんと自分の部屋でシャワーを浴びて寝たはずだ。
ん?昨日?昨日は何月何日だ?今日もまた、何月何日?腕時計を見てみる
『2007・Dec・15』
この時計が間違ってなければ今はこの日付。昨日は………
「そうか、14日だ。」
バイト仲間がクリスマスまであと十日とか騒いでたな。じゃあやっぱりホテルにでもいるんだろうか。
悩んでいても仕方ない。とりあえずここから出てさっさと帰ろう。
ドアを開けて外に出ると、そこは長い廊下だった。
部屋を出てすぐ左には、また意味不明な絵画のある壁。右手の突き当たりには、階段が見える。
その廊下の壁には、俺が出て来た部屋と同じドアが、右に三つ、左に三つと、
互いに向き合うように連なって俺のいた。
俺の居た部屋は、階段を正面に見て一番右手前のようだ。だが、ホテルというにはあまりに殺風景。
部屋に窓がなかった辺り、ここは地下だろう。
だが、近所で地下に部屋のあるホテルなんて聞いたことがない。
いったいここはどこなのか………まさか別世界?
「はん…まさかな。」
自分の考えにあきれてしまった。下らないことを考えてないで、早く帰ろう。
日常にイレギュラーはいらない。
階段を上り、再びドアを開けると……
「うお……」
まるで映画のような、豪華なラウンジに出た。
部屋にあったシャンデリアとは比べ物にならない大きさ。
見るからに高そうなソファー、テーブル。大型のテレビ。
暖炉には火が焚いてあり、丁度良い温度が保たれていた。
しかしまぁ、ここにも趣味の悪い絵が飾られている。
この絵画もホテルオーナーの趣味なんだろうか。ん……ホテル?いや、ここはホテルなんかじゃない。
まるで、そう………金持ちの別荘だ。(あくまで自分のイメージだが)
だとしたら俺はなんでこんなところに?他の可能性……例えば監禁。だとしても、自由性が高過ぎる。
手足を縛られているわけでも、狭い小屋にいるわけでもない。
どちらかといえば歓迎されてるようにも見える。それならば、少しぐらいくつろいでもいいだろう。
どうせ今日はバイトも休みだ。
「ふう……」
ソファーに座り、タバコを吸いながら再度部屋を見渡す。
さっき上って来た階段へのドアから右に数メートル開いたところに、また別のドアがある。
英語でキッチンとかかれているため、調理場だろう。
また視線を右にずらすと、壁がおれて数メートル。奥へと通路があった。
なにかと思い、上半身を乗り出してみると、トイレだった。そして階段扉の向かいの壁には……
外への玄関だろうか。これまた綺麗に装飾されている。
首を回して後ろを見ると、ワイングラスやアルコールが置いてある、カウンターバーとなっていた。
まとめると……時計の方位磁石からして、北に玄関。
東にカウンターバー、南にさっき居た個室とキッチン、西にトイレだ。
そして中央にテーブルとソファーだ。テレビは階段扉とキッチンの間に掛かっている。
「へぇへぇ、金持ちの自慢か。」
タバコを一本吸い終わり、帰ろうと玄関に手を掛けた……が。
ガチャガチャ
「ん?開かない?」
鍵がかかっているのか、ノブがびくともしない。だが、見る限りこちら側に鍵は付いていない。
鍵穴も見当たらない。
「まじかよ……」
今更だが、少し焦ってきた。それから蹴ったり体当たりしてみたが、まるで鉄の壁のように動じない。
逆に自分の体の方が痛くなってきた。
「ぜぇ、ぜぇ……」
自分の体力不足が悔やまれる。そういえば地下に他の部屋もあたったが、
あそこには俺以外の人もいるのだろうか。
確かめようと立ち上がり、階段扉へ向かおうとした時…
「あ?」
扉の前に一人の女が立っていた。整った顔に、綺麗な長い髪。ドレスのような服を着ていた。
見るからに育ちがいいお嬢様、といった感じだが……
同じく見るからに、きつそうな性格だ。
「なによ、開かないの?」
高圧的に、人を見下すような声で問い掛けてくる。
質問内容からすると、この部屋の主ではないらしい。
「みたいだな。」
あまり関わりたくないタイプなので、無難な返事をしておく。
「なによ、みたいだなって。男ならこじあけるぐらいのことしなさいよね!」
「………」
どうやら何をいっても文句が帰ってくるようだ。
「あー!もうっ!クリスマスパーティーの準備しなくちゃいけないってのに、
なんでこんなことになるのよ!私を監禁するなんて……犯人を見つけたらパパにいって
二度と日の目を見せられなくしてやるんだから……」
……ふぅ、疲れるやつだ |