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閉鎖的修羅場空間



1

「博士、実験の方は……」
「ああ、順調だ……すこぶる順調だよ。これはいい結果が得られそうだ。」
「……女性の嫉妬心がどれだけの力を秘めているか、ですか。博士も変なものが好きですね。」
「僕はね、女性が嫉妬でも悶える姿が大好きなんだ。かといって、ソレを僕に向けられるのは困る。
第三者として、対岸の火事を眺めるのが気持ちいいんだ。」
「だから自ら対岸に火を放った………大丈夫なんですか?彼女達の人権は…」
「なぁに、みんな僕が大金をはたいて買ったんだ。自分のモノをどう使おうが、勝手だろう。」
「それはそうですね……」
「ああ、君は、明日から休暇だっけか?」
「ええ、一週間ほど。実験の最中に申し訳ありませんが…」
「いや、気にしなくてもいいよ。こういうのはじっくりと一人で見ていたいんだ。
旦那さんにも、よろしくと伝えておいてくれたまえ。」
「はい、わかりました。それでは失礼します。……くれぐれも、過労で倒れないように。」
「はは、そこまで間抜けじゃないさ。……ん、また『彼』が起きるか。ふむ、次はどんな結果に……」

『目が覚めるとそこは、見知らぬ世界だった。』
そんな書き出しの小説を読んだことがある。内容は、ある日目が覚めると、
主人公の青年は全くの別世界に来てしまい、そこで初めて会った病弱な少女との恋愛物語…
最後は少女が病魔に負けて死んでしまい、そのショックに耐えられず自殺する。
だが再び目覚めると、彼は現実世界に戻っていた。そしてそこで別世界の彼女と再会…
というオチだった気がする。悲劇が好きな日本人には珍しい、ハッピーエンドだった。
まぁ、今問題なのは最後ではなく最初……目が覚めるとそこは、見知らぬ世界……
はは、まさが俺自身、そんな目に会うとは思ってもみなかったね……







「ん……朝、か……あ?」
いつものように腕時計のアラームがなり、目が覚めたが、いきなり違和感だらけのものが
目に飛び込んで来た。まずは天井。
四畳一間、トイレ共同風呂なしのオンぼろアパートとは違う、豪勢なシャンデリアが部屋を灯していた。部屋の中央に一つ、申し訳なさそうに、薄暗い光を放っている。電球が切れかかってるのか…
始めにそう思った。

次に体を起こし、部屋を見回してみる。あらゆる点で、俺の部屋とは違っていた。
煎餅布団がスプリングベットに、ストーブが立派な暖炉。壁には高価なのだろうか……
センスを理解できない絵画。なにより、テレビが置いてあるのが、大きな違いだった。
もとよりテレビが嫌いなため、部屋には置いてなかった。世間の情報は新聞で得られるし、
あの作り物染みたバラエティやドラマが肌に会わなかった。
「……どこだよ、ここ。」
視界から得た情報で叩き出された結果は、これだ。まぁ、考える前にそう思ってたが。
昨日……確かバイト仲間に嫌々誘われて飲みに行き、酔ったまま帰った……
そう、ちゃんと自分の部屋でシャワーを浴びて寝たはずだ。
ん?昨日?昨日は何月何日だ?今日もまた、何月何日?腕時計を見てみる
『2007・Dec・15』
この時計が間違ってなければ今はこの日付。昨日は………
「そうか、14日だ。」
バイト仲間がクリスマスまであと十日とか騒いでたな。じゃあやっぱりホテルにでもいるんだろうか。
悩んでいても仕方ない。とりあえずここから出てさっさと帰ろう。

ドアを開けて外に出ると、そこは長い廊下だった。
部屋を出てすぐ左には、また意味不明な絵画のある壁。右手の突き当たりには、階段が見える。
その廊下の壁には、俺が出て来た部屋と同じドアが、右に三つ、左に三つと、
互いに向き合うように連なって俺のいた。
俺の居た部屋は、階段を正面に見て一番右手前のようだ。だが、ホテルというにはあまりに殺風景。
部屋に窓がなかった辺り、ここは地下だろう。
だが、近所で地下に部屋のあるホテルなんて聞いたことがない。
いったいここはどこなのか………まさか別世界?
「はん…まさかな。」
自分の考えにあきれてしまった。下らないことを考えてないで、早く帰ろう。
日常にイレギュラーはいらない。
階段を上り、再びドアを開けると……
「うお……」
まるで映画のような、豪華なラウンジに出た。
部屋にあったシャンデリアとは比べ物にならない大きさ。
見るからに高そうなソファー、テーブル。大型のテレビ。
暖炉には火が焚いてあり、丁度良い温度が保たれていた。
しかしまぁ、ここにも趣味の悪い絵が飾られている。

この絵画もホテルオーナーの趣味なんだろうか。ん……ホテル?いや、ここはホテルなんかじゃない。
まるで、そう………金持ちの別荘だ。(あくまで自分のイメージだが)
だとしたら俺はなんでこんなところに?他の可能性……例えば監禁。だとしても、自由性が高過ぎる。
手足を縛られているわけでも、狭い小屋にいるわけでもない。
どちらかといえば歓迎されてるようにも見える。それならば、少しぐらいくつろいでもいいだろう。
どうせ今日はバイトも休みだ。
「ふう……」
ソファーに座り、タバコを吸いながら再度部屋を見渡す。
さっき上って来た階段へのドアから右に数メートル開いたところに、また別のドアがある。
英語でキッチンとかかれているため、調理場だろう。
また視線を右にずらすと、壁がおれて数メートル。奥へと通路があった。
なにかと思い、上半身を乗り出してみると、トイレだった。そして階段扉の向かいの壁には……
外への玄関だろうか。これまた綺麗に装飾されている。
首を回して後ろを見ると、ワイングラスやアルコールが置いてある、カウンターバーとなっていた。

まとめると……時計の方位磁石からして、北に玄関。
東にカウンターバー、南にさっき居た個室とキッチン、西にトイレだ。
そして中央にテーブルとソファーだ。テレビは階段扉とキッチンの間に掛かっている。
「へぇへぇ、金持ちの自慢か。」
タバコを一本吸い終わり、帰ろうと玄関に手を掛けた……が。
ガチャガチャ
「ん?開かない?」
鍵がかかっているのか、ノブがびくともしない。だが、見る限りこちら側に鍵は付いていない。
鍵穴も見当たらない。
「まじかよ……」
今更だが、少し焦ってきた。それから蹴ったり体当たりしてみたが、まるで鉄の壁のように動じない。
逆に自分の体の方が痛くなってきた。
「ぜぇ、ぜぇ……」
自分の体力不足が悔やまれる。そういえば地下に他の部屋もあたったが、
あそこには俺以外の人もいるのだろうか。
確かめようと立ち上がり、階段扉へ向かおうとした時…
「あ?」
扉の前に一人の女が立っていた。整った顔に、綺麗な長い髪。ドレスのような服を着ていた。
見るからに育ちがいいお嬢様、といった感じだが……
同じく見るからに、きつそうな性格だ。
「なによ、開かないの?」
高圧的に、人を見下すような声で問い掛けてくる。
質問内容からすると、この部屋の主ではないらしい。
「みたいだな。」
あまり関わりたくないタイプなので、無難な返事をしておく。
「なによ、みたいだなって。男ならこじあけるぐらいのことしなさいよね!」
「………」
どうやら何をいっても文句が帰ってくるようだ。
「あー!もうっ!クリスマスパーティーの準備しなくちゃいけないってのに、
なんでこんなことになるのよ!私を監禁するなんて……犯人を見つけたらパパにいって
二度と日の目を見せられなくしてやるんだから……」
……ふぅ、疲れるやつだ

2

「え?え?なんなのよ?これ」
金持ち女の相手をしていると、違う女の声が聞こえた。
そこに目をやると、学校で買うようなジャージを着た女が立っていた。
俺たちと違って状況が余り掴めておらず、フラフラしながら部屋を見回していた。
「あのぉ……」
「あ?」
また別の声がしたと思ったら、なんとカウンターバーから眼鏡を掛けた女が出てきた。
「ご、ごめんなさい……なんだか隠れたら出辛くなっちゃって……
わ、私達閉じ込められちゃったみたいですね……」
「そーみたいねー。」
金持ち女が不機嫌そうに答えた。この様子だとあと二人いるだろうな。
地下に部屋は六つ。一部屋に一人いるはず。
「なぁ、あんた。」
「は、はい!?」
眼鏡女が、声を掛けただけで怯える。まずいな、こういう女はどうも接しにくい。
「たぶん、下の部屋にまだ人がいると思うから、よんできてもらえないか?」
「あ、はあ…わかりました…」
まだ要領がつかめてないのか、首をかしげながら地下へ向かう。
そして案の定、あと二人……計六人が、このラウンジに集まった…………

それから六人で簡単な自己紹介を始めた。
眼鏡の女が城山美夜子(しろやま みやこ)。普通校の二年、17歳。
眼鏡を外すと、本当に何も見えないらしい。
ジャージ女が馬瀬京子(ませ きょうこ)。工業校の陸上部一年、16歳。
中学では全国大会にも出たらしい。
次に制服を着た女、姫野霧(ひめの きり)。俗に言う『お嬢様学校』の三年らしい。18歳。
見るからにおっとりとした次にスーツを着た女。
王鞍縁、22歳。とある会社のオフィスレディをやっているらしい。腰まで伸びた長い黒髪が特徴的だ。
そしてさっきから不機嫌そうな金持ち女が、聖翔子(ひじり しょうこ)、
やはりというか、有名会社の社長令嬢。20歳。
「ほら、あんたの番よ。」
言われなくても分かってるのに、催促してくる。……まったく。
「えー、御堂祐吾、24歳。一応働いてる。」
「!!」
「ん?」
俺が名前を言った途端、姫野がビクンと動いた。明らかに動揺したような動きだ。
そのまま下を見ながらも、こっちをちらちらと伺ってくる。
……自己紹介をしてみて分かったことは、誰にも知り合いや共通点がないことだ。

3

とりあえず、今の状況では何の手出しもできない。一通り室内を確認しようと、
ソファーから立ち上がり、男子トイレに向かう。
明るい蛍光灯に、大、小の便器一つずつ。やけに綺麗になっている。
ほとんど使われていないのだろう。部屋の隅に換気扇が回っていたが、
体を通せるような大きさではない。
「無理、か。」
吸い終わった煙草を捨て、リビングに戻ってみると、聖がなにやら騒いでいた。
「なんなのよっ!携帯も繋がらないじゃない!早くパパに連絡してこんなとこ出たいのに………
ああもうっ!パパに言って、こんなことした奴を目茶苦茶にしてやるんだからっ!!」
重度のファザコンらしいな、あいつは。さっきからパパ、パパ。
よほど父親に甘やかされてきたんだろうな。社長令嬢というぐらいなんだから。
リビングには聖と姫野、城山だけがいた。他の二人は部屋に戻ったのだろうか。
確かにあいつのヒステリックに付き合ってたら疲れるからな。俺も部屋に戻ろう。
「あ、あのっ!」
階段を下りる途中、誰かに声をかけられた。振り返ってみると、姫野が顔を赤くして立っていた。

「……何か様か?」
抑揚のない声で聞く。自分も相変わらず愛想のない奴だなと思いながら、姫野の返事を待つ。
「あ、あの……間違ってたら大変申し訳ないんですが………祐吾さん、兵馬、
又は相楽という名字を名乗ったことはお有りですか?」
「兵馬に、相楽?」
また聞くに懐かしい名前を出してくる。
「……覚えはないな。なんでそんなことを?」
「そうですか……申し訳ございませんでした。昔、私にはお兄様…とはいっても義理ですが、
いたのです。とてもお優しくて………」
「ああ、うん、で?その人が?」
「はい、それが……幼い頃に家庭の事情で離れ離れになってしまい、
私が姫野家、お兄様が相楽家に引き取られたのです。そのお兄様の名が祐吾、と申しますので…」
「じゃあ、引き取られる前は、二人とも兵馬の姓を名乗ってたのか?」
「はい、祐吾さん、と同い年ですので、もしかしたらと思ったのですが………」
「いや、悪いが別人だな。」
「い、いえっ、こちらこそ、勝手に考えを先走ってしまって……」
そう言いながら何度も頭を下げ、姫野はリビングへと戻っていった。

「ふぅ。」
部屋に入り、ベットに倒れこんで一息つく。いったいなんでこんなことになってしまったのか。
つい昨日まではなんの変わりもない毎日を過ごしていたのに。
ごろんと横になると、部屋の隅に見慣れた鞄があった。俺が仕事に持っていく物だ。
こいつも俺と一緒に連れてこられたのか。なんだか親近感がわく。
「どれ…」
ドサドサドサドサッ
鞄を開け、ひっくり返して中身をブチまける。別に割れ物や取扱に注意する物も無い。
携帯……やっぱり圏外か。煙草、ライター、眼鏡ケース、車の鍵、家の鍵、仕事関係の書類、
筆箱、免許証、財布……金やカードは取られてない。
「ん?」
その中に一つ、おかしな物を見つけた。何のラベルも張られていない、ビデオテープだった。
「こんなの、覚えねえな。」
興味をそそられ、早速部屋にあるテレビで再生してみる。
ピッ
「うあ!?」
再生したとたん、驚きで声をあげてしまった。それもそのはず。映っていた部屋の真ん中で、
女性が血まみれのまま倒れていたからだ。まだ殺されたばかりなのか、血が止めどなく流れている。
「どうも、はじめまして。」

「!?」
その光景に放心していると、ビデオから突然声がした。
それは変声機を使っているような、耳障りな声だった。
「これを見ているということは、すでに状況にお気付きかな?」
その声と共に現れたのは、片目のところに穴を開けてある紙袋を被っている人物だった。
……昔映画であった、『エレファントマン』の真似であろうか。
それだけでも異常なのに、さらに血がこびりついているのが、猟奇性を醸し出していた。
あの女性の返り血なのだろうか。
「この女かい?」
そう言って血塗れたてで、女性の死体を指差す。
「これは僕の妻だったんだけどねぇ、浮気しているって言ったら、離婚するとか言い出したんだよ……
だめだぁ、だめだなぁ………」
男はビデオカメラを掴み…ブンブンと振り始めた。
「女性は!!嫉妬に焦がれるからこそ!!!!美しいんだ!!!!!!!
なにが離婚だ!!!!!!!!嗚呼!!美しくない!!!醜い!!!!汚い!!
その離婚相手の家に包丁片手に乗り込んで!!!!!あわよくば刺すぐらいのことはしないと!!
ダメなんだよぉぉ!!」

……俺はその奇異な映像を、理性をフル動員して見ているしかなかった。
「ハァー、ハァー、はぁーーー……だから僕は、自分で体験できないなら、
他人の修羅場をみて楽しむことにしたんだ。
………そこで君の出番さ。」
そう言ってこっちを指差す。
「その建物からの脱出方法は、二つある。一つは……」
「な、なんだ?」
脱出方法と聞こえ、ふと我にかえる。
「そこにいる女性のうちの一人を孕ませること。」
「は………あ?」
今なんていった?孕ませる、だと?
「無事に孕ませることができ、妊娠の確証が取れたら、
君と、その孕んだ女性はそこから出してあげよう。後の女性は……わからんな。」
「意味のわからんことを……」
こんなキ○ガイ野郎に耳を傾けるのも無意味だが、とりあえず二つ目の脱出方法を聞く。
「二つ目は……君自信で見つけることだな。」
「馬鹿が、消えろ。」
ピッ
頭が痛くなってきたので、全て見終える前にテレビを消す。だが、見て損はしなかった。
脱出方法は二つ……そう、一つ目みたいな馬鹿なことをしなくても、
ここから出られるのだ。それを探そう。
待っててくれ…………

4

コンコン
「ん?」
テレビを消し、ベットに横になった途端、ドアをノックする音が聞こえる。
気怠い体を引きずり、なんとかドアを開けると………
ガチャ
「……聖、か?」
部屋の前には、聖が小悪魔のような笑みを浮かべて立っていた。
こいつ、絶対年齢より下に見られるだろうな。まぁ、女にとってはうれしいだろうが。
「なんだよ。」
「いいからこっちにきなさい!」
そう言うと、俺の手を掴んで無理やり外へと引きずり出す。
そして向かった先は、俺の向かいの部屋だった。
そのドアには、『Queen』と書かれてある。部屋の名前か?
俺の部屋のドアにはあっただろうか。
「ほらっ!はいりなさい…よっ!」
力づくで部屋に押し込まれ、ドアに鍵をかけられる。
……まだなにも起きていないが、危険だということを俺の勘が告げる。
聖の部屋は、俺の部屋となんの変わりもなかった。
向かい合っているので、物の位置が正反対になっていることだけか。
「………聞いてたわよ、あんたのビデオ。」
やはり、やばい。脳が危険信号を発している。これ以上この部屋にいるのは非常に危ない。

「聞いわよ、脱出する方法。妊娠すればいいんでしょ?だったら、早く私を抱きなさい!
さっさとこんなとこ出たいんだから。」
「お前……妊娠の意味分かってんのか?たとえここから出られても、その子供はどうすんだよ?」
「妊娠の意味ぐらい分かってるわよ。子供なんて、パパに頼んで降ろしてもらえばいいじゃない。」
「てめぇ……」
ああ、久しぶりに頭にきた。ここまで感情が高まるのは初めてかもしれない。
今時こんな考え方する奴がいるとはな。
「……たとえ…というが有り得ないが、子供を作ってここから出るとしても、
絶対にお前を相手にはしない。」
「なっ、なに言ってんのよ!勝手なことをっ……」
「勝手なのはそっちだろうが。大体俺にはなぁ…」
ブン
二人で言い争っていると、突然部屋のテレビがついた。
よく見ると、聖がテレビのリモコンを踏んでいた。二人してついたテレビに目を向けると……
「ご機嫌うるわしゅう、翔子お嬢様。」
「えっ?何!?」
「こいつっ!」
テレビに映ったのは案の定、エレファントマンの格好をした変態野郎だった。

「なにが起きているのか分からないかもしれないが、はっきりと言おう。僕は、君を買ったんだ。」
「なっ……」
自分を買ったと聞き、一気に顔色が青くなる。それもそうか。こんな奴に買われたんだ。
「買ったと言っても、僕が君を好きだったからじゃない。実験に協力して欲しいからだ。」
「ば、ばっかじゃないの!?この私を買ったですって?誰に許可を得て買ったのよ。
そんなの、私のパパやママが黙ってるわけ……」
「君のお父様にはちゃんと話はつけてあるよ。
いや、この話を持ち掛けてきたのは、君のお父様からだからね。」
「え?」
「………」
「君は知らないだろうけど、君のパパは、経営に失敗したんだよ。それでも、馬鹿親と言うのかね。
君の贅沢を止めさせられなかった。」
「……う、そ……」
「だが、ついに資金も底を尽き始めた……そこで、僕の実験に協力することにしたんだ。
娘である君を売る、ということでね。」
「は、はは……」
今までの自分を支えていたものが予期せぬ形で崩れたからか、すでに聖は放心状態だった。
ま、愛するパパに裏切られたんだ、当たり前か。

「僕はお金は掃くほどあるからね。君のパパに『投資』ぐらいはできるよ。」
「うそ……うそ、ウソ!嘘!!!嘘よぉ!」
「まぁ、僕の言葉じゃあ信じられないだろうね。だから…」
まるでこっちを見ているようなビデオだな。
「君のパパから、直接話を聞くといい。」
「……え?」
そう言ってエレファントマンがカメラから消えると、それと入れ替わって一人の男性が現れた。
身なりの良い格好をし、丸く太ったオヤジだ。
「パ、パパ!パパ!助けて!…私っ…」
ビデオだということも忘れ、必死にに画面にすがる聖。
「悪いが、翔子。さっき言ったのは全て本当のことだ。…私の会社はもう、倒産寸前まできていた…
確かに、私が下手なものに手を出したのがいけなかった。
だがな!お、お前の贅沢も、今回のことに拍車をかけたんだ!
引っ切り無しにあれがしたい、これが欲しいなどと言いおって……」
自分の仕付けの悪さを娘のせいにするとは、見てられんね。
それから俺は話も聞かずに煙草を一本吸い、部屋を出た。その頃には聖も完全に潰れていたが。
今まで信じていた者に裏切られ、味方がいなくなった。しかもこんな絶望的な状況で。
まぁ、いい薬にはなっただろ。

5

リビングに戻ると、姫野だけがソファーに座っていた。ただ何をするでもなく、
うつむき、首に掛けてあるペンダントを眺めていた。
「これが……私とお兄様を結ぶ唯一の物なんです。」
俺に気付いたのか、呟くように話しかける。そのペンダントとは、姫野のようなお嬢様がつけるには
似つかわしくない、安そうなものだった。
「お兄様が、まだ私と一緒に住んでいた頃に、縁日のお祭りで買って来てくれたんです。
お兄様が私にプレゼントしてくれたのは、これが最初で最後でした……」
「そんなに尊敬する人、なのか?」
「はい……誰よりも、愛しています……お兄様…助けてっ……」
さすがに我慢の限界がきたのか、そのままうずくまって泣き始める。
……目の前で誰かに泣かれるのは苦手なんだよな。
「ふぅ……」
特に声もかけず、キッチンに入る。だいぶ本格的な作りになっており、一通り調理器具も揃っている。
部屋の隅にある冷蔵庫を開けると、かなりの材料が入っていた。
「そういや何も食ってなかったな。」
空腹は不安を増す。一応全員分作っておきますか





しばらくして……
「……丁度いい味だな。」
ようやくホワイトシチューの完成。こういった時は体の暖まるシチューやスープが一番だ。
六人分を器に盛り、とりあえずまだリビングに居るだろう姫野の分だけ手で運ぶ。
「ほらよ、飯だ。これでも食べとけ。」
炊きたての白いご飯と一緒に並べ、美味しそうな湯気を浮かせる。
泣いてはいても、目線はしっかりと食べ物を捕らえていた。
「暖まるからな。」
「えと、祐吾……さん、が作ったんですか?」
「ああ。」
「お料理、できるんですか?」
「……一応、料理関係の仕事してるからな。」
「シェフ……とかですか?」
「そんなところだ。」
料理に目がいっているのだが、何故か手をつけない。
「シチュー、嫌いか?」
「い、いえっ!ただ、こんなに作ってもらっちゃってなんだか申し訳なくて……」
くうぅ〜〜
見計らったように、小さくかわいい音がなる。
「〜〜〜〜っ!?」
やはり恥ずかしいのか、慌ててお腹をおさえる。顔は真っ赤だ……
「ほら、遠慮するなよ。俺は他の人にも配ってくるから。」
「はい……いただき、ます。」

「うわー、シチューじゃあん!すごいすごい!!いただきまーす!」
「あ、ありがとうございます。丁度お腹が空いてたんです。」
「ああ、ありがとう。君が料理をできるなんて以外だな。」
馬瀬、城山、王鞍と、味に関しては良い評判をもらえた。筋トレ、読書、仕事という、
それぞれ性格が表れたことをしていた。
さて、と。問題なのは……聖か。あれから放って置いたままだからどうなっているかは分からんが。
まぁ、荒れてるか意気消沈のどっちかだろうな。どっちにしても対応する方としては面倒だ。
コンコン
ノックしても返事はない。女の部屋に勝手に入るのはしのびないが、仕方ない。
「入るぞ。」
ノブを回してみるが、鍵はかかっていない。入ってみると、聖は布団の中で毛布を被っていた。
その顔には生気が宿っていなかった。
「ほら、食えよ。元気がでるから。」
「……なによ、笑いに来たの…」
ダメだな。自暴自棄になってやがる。
「……人を笑えるほど偉くはないさ。」
「パパにも捨てられた私に優しくしたって、なんにもないわよ……」
「なぁに、お返しだったらお前にしてもらうさ。」

「……え?」
「な、なんだ?じっと見て…」
「ううん、パパ目当てじゃなくて私に近付く人なんて初めてだから。変な人ね。」
「お前のパパとやらがどんなに偉い奴かは知らないけどな。ま、自分の娘を捨てて金を取るぐらいだ。
人間としては出来てないだろ。お前は悪くないさ。」
「………本当に、変な男。今までにあんたみたいな男、会ったことないわ。
なんでお金も貰えないのに、そんな私を構うのよ…」
またムスッとして、毛布を深く被る。
「……俺の大切な人にそっくりでな。なんでか構わずにはいられないんだよ。」
「え?」
きょとんとした聖に、ポケットに入れておいたペンダントを渡す。
「中、見てみろよ。」
「ん……あ、かわいい……この娘…」
「な?可愛いだろ?妻に似ててな。自分でも親バカだと思うけど、本当にかわいいんだよ。」
「妻……あなた、妻子持ちだったの!?」
「ああ、もう妻は亡くなったけどな。その妻が……お前にそっくりなんだよ。」
「そそっ、そう……わ、私に……」
「ああ。いつもは負けず嫌いで、凛々しくて、一人でも強い女だった。
けど、俺と二人きりになるとしつこく甘えてな。まるで猫みたいな彼女が好きだった。」
「……私は甘えたりしないわよ。」
声は不機嫌そうだったが、顔は笑っていた。その笑顔に、思わず妻の笑顔を重ねてしまった……

6

「ふう、ご馳走さま。まぁ、私のウチのシェフに比べればまだまだだけどね。」
「はん、よく言うぜ。おかわりまでして食ったくせに。」
「だ、誰も美味しくないなんて言ってないでしょ!?ちゃんと食べてあげたんだから、
  作った方も感謝しなさいよね!」
「はいはい、ありがとうございます。まったく、素直に美味しいって言えばいいのによ……」
「何か言った!?」
「いいや、なんにも。」
  俺が食べ終わった食器を片付けていると、聖はベットに座り、再びビデオを再生する。
「おいおい……なんだってまたそんなのを見るんだ?」
「……事実を受け入れるのよ。」
  再生されたビデオは、さっきと何変わりなく映される映像、音声。やはり聖の父親は、
自分の娘に残酷なことを告げている。まったく、なんて親なんだ。自分の娘を商品扱いだなんて。
  それにしても……
「…………」
  下唇を噛みながらもビデオを見て、それを真実として受け入れようとする強さは、
妻の強さと重なってみえてしまう。

「……!、……っと!ちょっと、祐吾ったら!」
「え?」
  いつの間にかビデオが終わっており、気付けば聖が俺の顔を覗きながら怒鳴っていた。

「あ、あんた、何泣いてんのよ?」
「え?」
  聖に言われて目元を拭ってみると、確かに濡れていた。
自分でも気付かないうちに泣いていたようだ。いかんいかん。妻の事を思い出すと……
「な、なんでもねぇ。ドライアイなんだよ。気にすんな。
  それより、もう自暴自棄になってあんなことするなよな。」
「うくっ……わ、わか、わかってるわよ!もも、もうだいひょうぶ!」
  さっきの事を思い出したのか、顔が真っ赤になったままオタオタする。
ここまで慌てるとは、相当ウブだな。
  気まずいように、顔をパタパタ扇ぎながら部屋を見渡す聖。
「あっ、ほらほら、どうせここからどう出るかわかんないんだから、暇でしょ?
  ここにあるチェスでもしましょうよ。」
「暇って……だったら脱出方法探せよなぁ……」
  その場の空気を変えたかったのか、あらかじめ駒も置かれてあったチェス盤を持ってきて、
  机に用意する。
  俺も聖もルールを知っていたので、気分転換に始める。








 
「うーぐー……」
「……俺の方が強かったな。」
「うるさい!」

「じゃあな。またなんか分かったら知らせてくれ。俺もここから出る方法を考えておくから。」
「ええ、でもいざとなったら、アノ方法で脱出するから、覚悟しておきなさいよね!」
「馬鹿言うな。」
  彼は鼻で笑ったあと、そう言い残して部屋から出ていった。
私は部屋の鍵を閉め、ベットに横になる。テレビでは既に流れ終えたテープが、砂嵐を流していた。
「ふぅ……それにしても……」
  ほんの少しの間で、とても衝撃的な事が起きた。目が覚めたら見知らぬ部屋にいて、
謎の空間に名前も顔も知らない人が集められ、最後にパパに自分を売り払われた……
  聞いたときは錯乱状態となり、自分でも何を考えているか分からなかったが、
こうやって落ち着いてみると、すべてが夢のように思える。
「でも、夢じゃないのよね……」
  さっきまで使っていたチェスを見る。さっきまでソレで一緒に遊んでいた相手、
御堂祐吾……もし彼がこの場にいなかったら私はどうなっていただろう。
  下手すれば自害、もしくは衰弱して死んでいたかもしれない。
そう考えると、彼のしてくれたことは大きい。

 彼のような男性は、初めて接した。私の通った学校はすべて女学園。
しかも登下校はすべて車だったため、街中の男性との触れ合いなんて皆無だった。
  会ってるのはいつも、どこぞの会社の御曹司。しかもみんな親に甘えたようなへタレばっか。
だから世界中の男がそんなレベルだと思ってた。
  その認識を変えたのが、御堂祐吾。彼は親に甘えるどけろか、自分がもう親なのだ。
「親……奥さんがいたって言ってたわよね……」
  なんだろう。胸がモヤモヤする。生まれて初めての感じ。
彼が他の女性と結婚し、子供までいるという事への怒り。
  反面、奥さんは既に亡くなっており、その事実に自分が喜んでいる。ということへの自己嫌悪。
「うぅ……イライラする……なんでこんな気分になるんだろう。」
  ……この気持ちが判るまで、彼と一緒に行動しようか。一人で思い悩むよりも
幾分かはマシかもしれない。
「ふぁ……その前に、一眠りかしらね……」
  泣いて、食べて、考えて。体の働かしすぎて、かなり疲れてる。ここは思いっきり寝ておこっと。
「おやすみぃ〜……」

7

「ふぅ。やれやれ。」
  翔子の部屋を出た途端、溜め息が漏れる。なんとか翔子のやつが立ち直り、ホッとした溜め息だ。
シチューの器を洗おうと、階段を踏み始めた時……
「あの……祐吾、さん?」
  上から俺を呼ぶ声が降ってきた。声からして姫野だろう思い見上げると、
彼女は階段を上り切ったところのドアの前に立っていた。
顔は……階段の所は暗い上、リビングからの逆光でよく見えない。
  まぁあの制服は姫野の学校のものだから間違いないだろう。あまりこいつと関わりたくないのだが。
ボロを出しそうで。
「ん?なんだ?」
「何処にいたんですか?探しても見つからなかったんですけど……」
「……なにか、用か?」
「いえ、特に用ってわけではないんですけど……ちょっと話したいかなぁって……それで、どこに?」
「ん、あぁ……」
何故か俺がなにをしていたのかを気にする姫野。どうしても答えないといけないのだろうか。
別にやましくもないからいいだろう。
「翔子のやつにシチューを持っていっただけさ。だいぶ調子取り戻したみたいだけどな。安心したさ。」

「ずいぶん、仲が良くなったみたいですね。もう名前でよんでるなんて。」
  さっきまでのお淑やかな声は消え、急に無機質な声へと変わる。
悪いことをしたわけではないのに、その声の変化に焦ってしまう。
「別に仲良くもなってねえよ。ただシチュー持ってやっただけだ。」
「お優しいんですね。聖さんに対しては。思い入れでもあるんですか?」
  表情が見えないのが怖く、少しずつ階段を登っていく。
……この角度からだと彼女のスカートの中が見えてしまうのだが……注意すべきか。
「ちょっと悲惨なことがあってな。かなりショックを受けてたから、自暴自棄になられても困るし、
  落ち着かせただけさ。」
「そうですか。やっぱりお優しいんですね。」
  階段を登り、姫野の前に立つと、やっと表情が見えた。
今は笑顔なのだが……ずっとそうだったのだろうか。
「だから優しくなんかないっての。誰だってそうするさ。」
「でも、自暴自棄になるなんて、なにかあったんですか?」
  さすがに教われただの親に捨てられただのと言えるはずもない。ここは軽く流しておくか。

「状況が状況だからな。精神的に参っちまったんじゃないか?
  あまり苦労を知らずに育ったみたいだし。」
「……じゃあ、祐吾さん。しばらく私とも一緒にいてくれます?私も不安なんです。」
「わりぃ、今は翔子のやつなだめたせいで疲れてんだ。また後でな……」
  そう言い残し、リビングの方へと入ろうとしたのだが、姫野のに服の裾を掴まれ止められる。
振り向くと、怒っているのか悲しんでいるのか。よく分からない顔をしていた。
「な、なんだよ。」
「聖さんとは一緒にいてあげてるのに……私とはいてくれないんですか!?
  休むんだったら私の部屋でもいいじゃないですか!少しだけ……話の相手をしてほしいんです。」
  姫野の掴む力がだんだんつよくなり、手には血が滲み始め、服も赤く染まる。
このままだとやばいことになりそうだ……
「わ、わかった!話すだけならな!……だから、コーヒー入れてくる。お前の部屋は、どこだ?」
「はい!階段を降りてすぐの、右側の部屋です。」
  とたんに笑顔になり、はりきって部屋の場所を言う姫野。
こいつといい、翔子といい、どうして女は表情がころころかわるのか。

「わかった。コーヒー、砂糖とミルクはいるか?」
「いえ、ブラックでいいです!」
「そうか。じゃあ先に部屋へいっててくれ。」
  そう促すと、姫野は軽い足取りで階段を降りていく。
俺はというと、コーヒーをおとしながら溜め息をつくしかなかった。
「はぁ……くそっ、あいつにばれるのも時間の問題か?」
ポケットからだしたペンダントを、上着の内ポケットに入れ、チャックをしめる。
これでそう簡単に見られることはないだろう。
もし正体がばれ、中の写真を見られたらと思うと気が重くなる。
  ……まさかこんなところで義妹に会うとは思わなかった。
兵馬家を出てから一度も会っていなかったから最初は分からなかったが、
あいつから兄の話をされて初めて気付いた。
  ……さすがに霧からもらったペンダントにアイツの写真が入ってるなんて見られたらまずい。
それどころか、俺が結婚していたなんてことも知らないだろう。
  俺は霧が昔から少しにがてだった。俺の事を兄として異常なまでに慕ってくるからだ。
優しくしてたのも、霧が怒ると何をしだすかわからないからだ。
  霧は薄々俺の事に勘付いてるらしい。自己紹介の時に嘘の名前を言っとけばよかったぜ。
ここはうまい具合に回避するしかないな……
  俺はコーヒーを持ち、自分に大丈夫だと言い聞かせ、霧の部屋へと向かった。

8

コンコン
「あ、待ってください。今開けますね。」
  ノックするとほぼ同時に、姫野の声が聞こえる。何気なくドアを見てみると、
趣味の悪い王冠の絵が掘ってあった。そういえば翔子の部屋にもなんか書いてあったな。
  俺の部屋にも書いてあっただろうか。
ガチャ
「どうぞ、お入りください。」
  促されて部屋に入ると、これまた趣味の悪いインテリアで飾られた部屋だった。
翔子や俺の部屋とは少し違うようだが、何か意味はあるのだろうか。
「ここに座ってください。コーヒーはここに。」
  そう言ってイスを引き、俺からコーヒーを受け取って置く姫野。
その細い指には、シンプルな指輪がついていた。
「大きい手ですね。男の人らしい、逞しい手です。」
「そうか?まぁ、他の奴等よりは少し大きかったからな。」
  実は自分の指が少し長いというのは自慢だった。しかし結婚指輪は外しておいてよかったな。
こうやって指を見られてるし。
  ……しばらくスキを見せられない攻防(俺だけだが)が続くとなると少し鬱になりそうだ。
「どうしました?座らないんですか?」
「あ、ああ。座るよ。」

「それにしても……本当に、大変なことになってしまいましたね。」
「ああ、なにか出る方法でも見つかったか?」
「いえ、この部屋も調べてみましたけど、隠し通路みたいなものもありませんし……」
「ああ……」
  姫野の話を聞くフリをしながら、横目で部屋の様子を探る。
ざっと見た感じ、彼女の荷物といえるのは、ベットの上にある学生鞄だけのようだ。
  次にテレビの下にある、ビデオデッキを見る。
電源は点いておらず、ビデオが入っているマークもついていない。
あのビデオ……人の心を壊すビデオは、恐らく全員分あるのだろう。
  俺は鞄があったから鞄の中に。翔子は手荷物がなかったため、あらかじめデッキの中に入っていた。
となると、姫野のビデオは鞄の中にあるはずだ。
  内容は……大体予想はできる、俺と姫野の関係、俺が結婚していること。
直接は言わなくても、暈したように伝えるだろう。こんな精神状況でそんなことを知れば……
もし、姫野が子供のころから変わってなければ……
「………みたいなんですけど……って、聞いてますか?祐吾さん?」
「んん?あ、あぁ、隠し通路はないんだろ?」

「それ、最初に言った事です。やっぱり聞いてない。いいですか?ダイニングに……」
  今度はちゃんと姫野の話を聞きながら、昔のことを思い出していた。
霧の昔……あれは、今思い出しても恐ろしい……。









 
「お兄さまー!お帰りなさぁい!」
「ただいま、霧。」
  あれはまだ霧と離れ離れになる前のことだった。霧は風邪をひき母と留守番を。
俺は父と買い物に出かけた。風邪をひいた霧のため、なにかお土産を買おうとした。
  もらったばかりのお小遣いで、熊……だかパンダだかの縫いぐるみを買ったんだ。
たかが子供の小遣い。小さな手のひらサイズの縫いぐるみだった。
  でも、それを霧に渡すと……
「お兄さま……本当にありがとう……絶対、大切にするからね!」
と、予想以上に喜んでくれた。その時はまだ、霧のその笑顔を見て、俺も素直に嬉しかったのだが……
  変異はその一週間後……霧の風邪が治り、いつものように家の庭で遊んでいた時のことだった。
霧は、「お兄さまがくれたから。」という理由で、縫いぐるみを常に持って遊んでいたのだ。

 当時ウチでは、犬を飼っていた。霧が飼いたいといって買った雑種犬だ。
その日も俺と霧、犬の二人と一匹で遊んでいた。
だが、霧がはしゃぎ過ぎて縫いぐるみを落とした時……
バウッバウッ!!
  犬がその縫いぐるみに噛み付いた。きっと目の前に落ちてきて驚いたのだろう、
「お兄さまからもらった縫いぐるみ!!なにするのっ!!やめてぇっ!!」
  霧は泣きながら縫いぐるみを取り返そうそうとしたが、犬の噛む力の方が強く、
なかなか取れなかった。結局俺と二人がかりで取り返したのだが、すでに縫いぐるみはボロボロ。
中の綿は飛び出していた。
「お兄さまの縫いぐるみ……うぅ…うぅ……ひっく……」
  その時の霧の悲しみ様は見ていられるものではなく、
なんとか慰めようとしたが全く泣きやまなかった。父が代わりの縫いぐるみを買え与えても、
全然喜ばなかった。そして………それから、どれ程してからだろうか















    犬は、消えた

2007/05/09 To be continued.....

 

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