「どうしたの、こんな時間に呼び出して? 何かあったの?」
「ううん・・・」
放課後、夕暮れの教室。
ようやくやって来た姉を前にして、私は今更のように緊張を噛み締めていた。
・・・覚悟を決めなきゃ。今日こそ言うんだって決めてたんだから。
深呼吸して、私は口を開いた。自らの決意を告げるために。
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私には姉がいる。
ドジでうっかり者だけど、とても優しいお姉ちゃん。私の大好きな人。
私が今こうして学校に通えるのだって、お姉ちゃんのお陰だ。
私は身体が弱くて、入院を繰り返していた。
お姉ちゃんは仕事が忙しい両親に代わっていつもお見舞いに来てくれた。
なのにひねくれ者の私は、そんなお姉ちゃんをいつも邪険にした。
お姉ちゃんの時間を奪っていることが申し訳なくて。
それでも来てくれるのが、ホントはとても嬉しくて。
今思えば恥ずかしくなるくらい、子供じみた態度だった。
いつも色んなお話をしてくれるお姉ちゃん。
その中で、1人の男が話題に上るようになったのはいつからだろう。
ちょっと変わり者だけど、とても優しいクラスメートの男の子。
私のことも知ってて、お姉ちゃんに色々気を遣ってくれてるみたいで。
何日か経つ頃には、その男の話ばっかりするようになってた。
もう、『惚気てるんじゃないの?』ってくらい。
本人は気づいてないみたいだけど、お姉ちゃんはソイツのことが好きなんだってすぐに分かった。
最初は面白くなかった。大好きなお姉ちゃんを取っちゃうヤツだって。
でもそれは、段々興味に変わってきた。
ニブチンのお姉ちゃんをここまで好きにさせるなんて、一体どんなヤツだろう?
(優しくて、でも変わり者で・・・。どんな男なのかな?
お姉ちゃんはカッコいいって言ってたけど、どうせ惚気補正が入っての評価だろうしなぁ・・・)
暇な病室での日中、いつのまにか私はまだ見ぬソイツのことばかり考えるようになっていた。
そしてある日、お姉ちゃんが『次来る時は彼も一緒に連れてくるわ』って爆弾発言。
お陰でその日は眠れなくて、何度初対面の挨拶をシミュレーションしても上手くいかなくて。
「ようっ、お前があいつの妹か! これからよろしくな、俺は・・・」
「がぶっ!!」
「うぎゃあああああああああああああああああああっ!!?」
「きゃあああっ!? だ、大丈夫!?」
顔を見た瞬間、頭は完全に真っ白。言葉も出ない。
お姉ちゃんと一緒にお見舞いに来たソイツに、私はいきなり噛み付いてしまった。
いくらどう接すればいいか分からないからって、何も噛み付くことなかったのに。
ホント、最悪の初対面だったと思う。
けど、ソイツはお姉ちゃんと同じくらいおせっかいで。
初対面のせいで素直になれない私がいくら邪険にしても、めげずに笑顔で纏わりついてきた。
私も口では、お姉ちゃんに近づくなとか帰れとかバカとか散々けなしていたけど。
本心では、会いに来てくれるのがとても嬉しかったんだ。
私が今学校に通えているのはお姉ちゃんのお陰だって言ったけど、付け加えるならもう1人。
ソイツのお陰でもある。
私が、助かるために成功率の低い手術を受けるしかないと分かった時。
心が折れそうになったお姉ちゃんを支えてくれた。
手術直前になって、急に怖くなった私が姿をくらませた時。
服も身体もボロボロにして私を探し当て、私が泣き止むまで抱きしめていてくれた。
その後の手術に耐え切れたのだって、ソイツとの約束があったからだと思う。
『病気が治ったら、一緒の学校に通おう。俺もお姉ちゃんも、待ってるんだからな』
・・・あの時から、私の恋心は始まった。
ううん、もっと早く始まっていたかもしれない。
でも、動き出したのは間違いなくその時からだった。
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お姉ちゃんは昔から、何でも私に譲り、優先してきた。
そんなお姉ちゃんが見つけた、お姉ちゃん自身の宝物。
それが彼なんだと思う。
だって、アイツの傍にいるお姉ちゃんは本当に幸せそうに笑うから。
それに、きっとアイツだってお姉ちゃんのことが好きなんだと思う。
だから、この人だけは取っちゃいけないって。
分かってるのに。
だけど、もう止められないの。
アイツが私のことを大切に思ってくれてるのは知ってる。
だけど、兄としての愛だけじゃ足りなくなってしまったから。
男の人としての愛も向けてくれなきゃ、我慢できなくなってしまったから。
だから私は言うの。
「お姉ちゃんお願い! 私に、あの人をちょうだいっ!!」
・・・それが、私たち姉妹が何の理由もなく仲良しでいられた、最後の時だった。 |