INDEX > SS > 水澄の蒼い空

水澄の蒼い空



第30話 『愛されるよりも愛したいです』

 水澄姉妹を異性として認識するのは、俺にとって冥王星が太陽系から剥脱されるという
  天文学の歴史が塗り替えるような学術的異変が突如起こるぐらいにありえない。
例え、虹葉姉と紗桜が俺に接する態度が微妙に変わっていたり、
姉妹の仲が少し険悪な雰囲気を漂わせているのは、
すぐにいつものように戻ると単純にそう思っていたからだ。
それが俺にとっては水澄家の日常であり、お日さまが東から西に昇ってくるぐらいに
当たり前のことだったのだ。
  現実は俺が全く知らないところで悪い方に進行していたのだ。
それは今晩の夕食時にも変化の兆しが感じられていた。

 冬子さんが大型液晶テレビ鑑賞に満足した後に俺達の夕食を食べることなく、
不気味な含み笑いを浮かべながら自分の家に帰宅していった。
一緒に食べると思っていた俺は四人前の夕食の内に冬子さんの分を冷蔵庫に入れて、
テーブルに戻ってくると。
  二つの椅子でいっぱいのはずのテーブルの席の間にもう一つ強引に椅子が
もう一個だけ追加されている。
上に置かれている夕食のおかずの配置に微妙に変更されている。
虹葉姉と紗桜が座っている席以外に中央に空席が作られていた。
  そこに俺が座れでも言いたいのか。
  無言で姉妹が強制的に作った席に座ると少し狭さと窮屈を感じるが、座れないわけではない。
ただ、少しだけ動くと隣にいる水澄姉妹の体に触れるのが唯一の問題点。
  その俺の細かい神経を使っているというのに虹葉姉は気にすることなく、俺の手を握った。

「虹葉姉っっ!?」
「うにゅ。どうかしたの?」
「手が……」
「がるる。お姉ちゃんだけ兄さんの体に触れるなんてずるいよ」
  俺側の左にいる紗桜がさっきと同じくべったりと俺の腕を組む。
今度は逃げる場所がないために紗桜の体温が温かく感じてしまう。
「そ、その紗桜?」
「もう、兄さんは楽にしていいんですよ」

 楽にするところか、俺の身体全体に硬直と緊張が同時に走った。
女の子に触れているだけで心が癒されるというか……。
ううん。ダメだ。天草月。正気を保て。二人の誘惑に負けてはいけない。
俺はクリスマスまでに恋人を作るんだろ? だったら、浅はかな抵抗でもやらなければ。

「俺はご飯を食べたいんだけど」
  その小さな呟きに反応して虹葉姉と紗桜は同時に体から一斉に離れて、
俺のためにおかずを箸を摘んでくる。
「ちょっと待て」
「月君月君。はい。あ〜んってして」
「お姉ちゃん。私も兄さんにあ〜んって食べて欲しいのに」
「だって。月君はお姉ちゃんと紗桜ちゃんのどっちのおかずを食べたいの?」
  何。このプチ修羅場?
「そ、そうじゃなくて。食べさせなくていいからっ!!」
「今日は兄さん感謝日ですから、存分に私が兄さんの世話をするんだから」
「ない。とことんないぞ。そんな日は」
「そうだよ。紗桜ちゃん。今日は弟記念日なんだから。
  お姉ちゃんが月君をにゃあにゃあする日なんですよ」

 なんだよ。にゃあにゃあってのは。

「私の2コ上の先輩の雪桜さんが愛しい彼氏さんを監禁して既成事実を作った時に
  使った業なんですって。どんな男の子もイチコロなんだって」

 監禁っていう犯罪史上に残る罪悪を平然と使う虹葉姉の先輩に畏怖を覚えながらも、
女の子の積極的なアプローチがここまで来ると男の子の社会的地位は勢いよく落下しているなぁ。

「その雪桜さんはねぇ。彼氏さんから壮絶な告白を受けて本当に涙を流すぐらいに
  嬉しかったんですって。
自分を選んだことが奇跡に近いことだって。幸せそうに語ってくれたんだから」
「いいお話ですね。奇跡は起きないから、奇跡って言うけれど。
  恋愛で奇跡って誇らしく言える恋なんて。私も一度でいいから体験してみたいです」
  紗桜が箸におかずに摘みながら、虹葉姉に聞かされた恋愛話に
自分なりの想像と妄想を脹らませている。
その話を聞く限りには雪桜さんという女性よりもその彼氏さんの方に同情できそうだ。
「というわけで月君もにゃあにゃあしましょうね」
「じゃあ、私は兄さんをわんわんしてあげます。うふふっ」
  こうして、再開されたは〜い。あ〜んタイムは開始されて俺は虹葉姉と紗桜が持ってくるおかずを
半ばヤケになって口をパクパクを開けて食べてやった。

 今晩の夕食の味は味覚障害になったかのように味わうことができずに姉妹の怒涛の攻めに
俺は常に受けることしかできなかった。
残念だが虹葉姉と紗桜が競い合うように俺に構ってくるのは仕方ないことだ。
昔を思い出すならば、虹葉姉は妹想いであり、紗桜はお姉ちゃん想いであったはずだ。
こんな風にお互いを敵視して競い合うような事は俺が水澄家に居候してから全くなかったのだ。
男の俺も嫉妬してしまう仲のいい姉妹だった。
  それが今日を境目に何かが変わったような気がする。

 散らかした後の夕食の食器を食器洗い機に押し込んで洗剤を入れてスイッチを押して。
ようやく、後片付けが終了である。今日一日で徒労した神経を癒すために俺は浴場に向かった。
  時間帯はすでに22時を過ぎた頃である。虹葉姉と紗桜もすでに入浴を終えている時間であろう。

女の子と同居すると入浴する時間とかにいろいろと気を遣わなければならない。
  水澄家では紗桜か虹葉姉が先に入浴して俺が一番最後と順番は決まっている。

 二人は最初に入れと勧めているが、俺はやらなければいけない家事が残っているので
必然と入るのは最後になる。
  二人とも長湯なので待っている時間が遅くなるのはもう仕方ない。
一日の疲れを癒すために今日は存分にゆっくりと浸かろう。
  浴槽へと繋がるドアを開くと脱衣室がある。
  そこには、俺が考えてなかった光景がそこに在った。

「に、に、兄さんっっ!?」
  バスタオルで体を隠している紗桜が顔を紅潮させて思わず悲鳴に近い声を挙げていた。
「あぅあぅあぅあぅあぅあぁう……」
  バスタオルでは隠し切れていない裸体の露出部分がはっきりと俺の目に確かに入っている。
  小さな頃と比較すると比べものにならない胸の脹らんだ部分や整っている体。
  細く綺麗な白い足。そして、ツインテールの髪を解いておろしている姿は
虹葉姉の雰囲気とよく似ている。

「兄さんのバカぁぁぁぁっっっ!!」

 動揺した紗桜は恥ずかしさのあまりに俺を突き飛ばして。急いで脱衣室から逃亡してしまった。
  俺は謝ることができずに、ただ紗桜の裸体の方をずっと見つめていた。
  やばい。義理の妹の裸体で興奮してどうする?
  性欲の激しい年頃だ。エロ本だけでは満足に発散できない物だってあるさ。

 実際に生身の女の子の裸体を見物するといかにエロ本は陳腐な物だと厳しい現実は教えてくれる。

 待て待て。
  俺は守ると誓った虹葉姉と紗桜を性の対象に見ているなんて。それは俺自身の屈辱に他ならない。
  煩悩を煩悩を消さなくては!!
  まず、お風呂に入ってから俺は水道水を洗面器に溜めて、問答無用に水浴びを決行した。

「ひ、冷えるよぉ……。さ、寒いよぉ。調子に乗りすぎて10回もやってしまった」
  煩悩を発散するために何度も水浴びを繰り返して、
  紗桜の裸体を記憶上から消去する作業は困難であった。
  お風呂に入ったが、温くもることはできずに、逆に体を冷やしてしまった。
  パジャマに着替えているが、今年の冬の寒さは容赦なく俺を襲いかかっていた。
  自分の部屋に辿り着くと虹葉姉がジト目で俺をしっかりと睨んでいた。
「つ、月君。紗桜ちゃんの裸を覗いたって本当?」
「いいや。ワザとじゃあないんだよ」
「私が自分の部屋にくつろいでいたら、物凄い勢いで裸の紗桜ちゃんが下着も着ずに入り込んだ時は
  ちょっとこの家に住んでいるオオカミが本性を現わしたのかなぁって思ったんです」
  オオカミはお前らの方だろう!! と口が裂けても言えるはずがない。
「紗桜ちゃんが月君に裸を見られた事に思わず動揺して泣きだしたんだよ。
  まさか、心から信頼をしていた月君に覗かれるなんて夢にも思っていなかったようなの」
「神様と嫉妬スレの神に誓って言おう。俺は覗いてなんかいないっっ!!」
「問題はそこじゃあないんだよね」
  どこなんだ?
「紗桜ちゃんの裸を覗いたのに!! どうして、お姉ちゃんの裸を覗かなかったのかってことなの!!
  私だってお風呂に入っていたのに。もう、月君のスケベエロエロ聖人!!」
  おいおい。
「そういうわけで月君には正座三時間の罰。女の子の裸を覗くって事は
  それなりに重い罪になるってことを思い知りなさい!!」
「だから、それは誤解だって言っているのに」
「月君。そこに正座しなさいっっ!!」
  虹葉姉の迫力のある丹に圧されて、俺は自分の部屋の前で大人しく正座していた。
  そのまま、虹葉姉の怒りが収まるまで三時間ずっと正座して足が完全に痺れてしまった。
  冷えた体を温かい布団の中に入り込んだ時には深夜二時になっていた。

 今夜はゆっくりと眠ろう。
  明日も水澄姉妹関連で体を無駄に徒労する日々は続く。
  ここ最近は特におかしくなっているような気がする。
  二人の行動は積極的で非常識そのものばかりである。
  家族という檻を飛び越え、食べてはいけない禁断の果実を得ることに必死みたいな感じ。
  それは俺にとっては都合の悪いことであった。
 
  トントン。
  ドアをノックする音が聞こえてきた。
  すでに夜が更けている時間に俺の部屋を尋ねてくるのはさっきまで勢い良く俺に説教していた
  虹葉姉ぐらいだろうか。
  俺は少し震えた声で言った。
「どうぞ」
  ベットの中に入ってしまうと凄まじい睡魔に襲われているが、
  もう少しぐらいなら相手をしてやってもいい。
  だが、俺が予想した訪問客とは違うことに驚愕する。
  義理の兄に自身の裸を覗かれた紗桜がお気にいりの犬のパジャマを着て、
  顔を真っ赤に赤面しながら入ってきた。
「兄さん」
  ツインテールの髪は就寝する前に一度解かれて、真っすぐにおろされているストレートの髪は
  虹葉姉を連想させる。
  改めて二人が姉妹だと認識しながらも、一つの疑問点が浮かぶ。
  こんな夜更けに紗桜が一体どういう用件があってやってきたんだ?
「あのね……」
  両手を胸に抑えて荒くなる呼吸を抑えている。真摯な瞳は真っすぐに俺の瞳に向けられている。
「私、兄さんの事が好きです。大好きです」
  ああ。
  俺は鈍い頭の回転を働かせて、ようやく理解した。
  ついに俺が恐れてしまっていたことがやってきたんだと。

第31話 『暴走姉妹』

 変わらない日常が変わる時。
  運命は悲劇に向かって加速する。
  人は誰かを愛することによって、人は狂ってゆく。
相手に対する想いが深ければ深い程に人は病んでゆく。
大好きな相手が自分ではない誰かに好意を向けたときに嫉妬し、
相手を奪い返すために修羅場へと転化する。待ち望んでいた長年の想いが溢れだした時に人は
自らの牙を持って、相手に死という絶対的な愛を与えることによって、
人は永遠の愛を手にすることができるのだ。

 それがずっと家族として暮らしていた義理の妹でもその流れに逆らうことができない。
ただ、激流に翻弄されて届かない想いに自らの心を傷つけてゆくだけ。
  願いは叶うはずがない。それが恋をする者の運命。

「小さな頃からずっと好きだったんだよ。兄さんのことが好きで好きでたまらないの。
でも、この気持ちを表に出すのは恐ろしかった。だって、兄さんが拒絶されたら恐いもん。
だから、ずっと言えなかったの」

 紗桜は小さな口を震わせて、顔をこれまでにない以上に赤面してゆく。

「でも、兄さんが……。幼なじみの女の子がこの家にやってきたあの日から。私はね。
ずっと、焦っていたの。だって、兄さんが他の女の子に取られるなんて嫌。嫌なの。
更に兄さんがクリスマスまでに恋人を作る宣言のおかげで。
私は兄さんを恋人を作るのをどうやって阻止すればいいのか。そればかり考えていたの。
今日、兄さんに私が裸を見られたおかげで兄さんの想いが溢れて止められなかった。
止めることなんてできなかった」

 紗桜が俺のベットの上にやってくると俺の腕を無理矢理に胸の位置に持ってきた。
紗桜の胸の鼓動の感触が確かに感じる。
「ドキドキしているでしょ。兄さんが悪いんだよ。私の裸なんて覗くから。
おかげでもう止めることなんてできない。兄さんが好きっっ!! 
水澄紗桜は天草月のことを愛しています」
「紗桜……」
  更に胸を触らせている紗桜の手の力が強く押し込められる。
男の力では簡単に引き剥がすことができない想いの力がそこに存在していた。
「に、兄さんは私のことが好きっ?」
  紗桜は瞳を潤わせて上目遣いで俺を見る。

 この問答の答えはあっさりと出るはずがない。今まで自分が無意識に避けてきた命題なのだから。
  この問いに解を求めることは俺が今まで大切にしていた家族の絆が壊れるのだ。
少なくても、俺は孤独の恐さに襲われることはない。恋人を作る事は一人じゃないから。
でも、紗桜と虹葉姉のどちらかを選んだ場合。選ばれなかった方は独りぼっちになってしまう。
俺がトラウマになっているあの恐怖と絶望と暗闇を二人には味あわせたくなかったから。 
だから、俺は目を背けることにした。自分の気持ちも二人の気持ちも。
全て知らないフリをしていれば良かった。
  そんなことが許されたのは子供の頃だけである。
  今は違う。俺達は大人の階段を上り始めているのだ。

「俺は……」
「兄さんっ。んんっっ……」
  俺の口を塞ぐように紗桜の甘いキスによって遮られた。
生暖かい唾液が流されて、紗桜の舌が俺の舌を絡み合うように刺激する。
それはなんて背徳的な行為だ。理性が俺が守っていたモノを吹き飛ばしてしまいそうで恐い。
やみつきになりそうになるぐらい、紗桜ののキスは気持ち良かった。
「えへへ……。兄さんとキスしてしまいました」
「紗桜」
「こ、今度は抱いて。お姉ちゃんじゃなくて。私の方を選んで。お、お願いだから」
「そんなこと……」
「わんわんですぅ」

 隠し持っていた犬の人形を俺の顔に押し当てた。
俺が男性恐怖症になっていた紗桜を元気付けるためにプレゼントした犬の人形は
古ぼけているが、紗桜は今も大事に使っているのであろう。
姉妹の部屋に入る機会を滅多にないので、すっかりと忘れていた。
紗桜はずっと人形を使っていた分。俺のことを想っていたんだろうか。
「兄さん」
  俺はどちらを選んだらいいんだろうか?
  迷っている間に惨劇のシナリオは待っていたのかのように舞い降りた。

「紗桜ちゃんっっっ!!」
  その罵声と共に勢い良くドアが開かれた。
そこに立っていたのは説教していた時の数倍般若の仮面を被った虹葉姉がいた。
「どうして……。月君の部屋にいるの?」
  確かめるように虹葉姉が紗桜に尋ねてくる。
紗桜は虹葉姉の背後から溢れだしている重圧をまっすぐに受け止めて、挑むような視線で返す。
「私は兄さんのものです。だから、ここに居ても不思議じゃあないでしょう」
「……そうなの」
「虹葉姉。紗桜も悪気があって言ったんじゃあ」

「月君は黙っててよぉぉ!! これは私と紗桜ちゃんの問題なんだから」
  迫力のある声に圧されて、俺の言葉は遮られてきた。何も言うことができずに
虹葉姉が悠長に雄弁と語ってゆく。
「紗桜ちゃんは月君の妹なんだよ。それ以上もそれ以下もないのっ!!
  もし、そこから先に進んでしまったら、もう元には戻れないの」
「わ、わかってるもん」
「全然わかってないよぉぉ!! 紗桜ちゃんが境界線を踏み出すなら、私だって踏み出すよ。
  その意味がわかるよね?」
「うん」
「だったらどうして。そんなことをしたの?」

「私、兄さんのことを愛しているから」
「紗桜ちゃんっっっ!!」
「仕方ないもん。兄さんを想う気持ちが抑えることができないの。
毎日、毎日。胸が苦しくてたまらないよぉ。我慢なんてもうできない。
お姉ちゃんに取られるぐらいなら。全てが壊れても構わないよぉ」
「これ以上言ったら叩くわよぉぉ!!」
  虹葉姉が恐れる事は俺が事前に思っていたこと。
  紗桜と虹葉姉の精神的な病を患ったことがある。
それは二人の両親が飛行機の墜落事故で亡くなってから、二人の心に深い傷を背負うことになった。
二人が心の病に侵されていることは冬子さんから聞いたが。
詳しい症状や原因などは医者からも冬子さんにだって教えてもらえなかった。
理由は女の子特有の病気だと言っていた。

「本当は何かも嘘だったじゃない。お父さんやお母さんを殺したのはお姉ちゃんと私じゃない」
「や、や、や、やめてぇぇよよぉぉ。私は悪くない。悪くないんだよ。
  紗桜ちゃんだって悪く、わ、わ、悪くないんだからぁぁあ」
「やばい。病気が再発してるのか?」

 おじさん夫婦が亡くなった事件のきっかけは虹葉姉と紗桜がいつも働いて頑張っている両親に
感謝して商店街の福引きで当てた温泉旅行をプレゼントしたから。
間接的に両親を殺す起因になってしまった虹葉姉と紗桜は自分を責めた。
その結果、心に消えることのない傷をおったはずだった。
嘘もヘマチもあるか、それは二人が両親を殺したと思い込んでいるのは
両親の亡くなった悲しみから来る現実逃避だろう?
「うふふふ。お姉ちゃんと私は共犯だもんね……。
  お父さんとお母さんはいい年頃になって女の子ぽくなってきたわたしたちから
  月君を引き離そうってね」
  えっ……。
  それは聞かされてない事実。
  告白する時に健気な表情を浮かべていた紗桜は今はもういない。
ただの発狂者に近い壊れた笑みを浮かべている。原因は虹葉姉が一世一代の告白している最中に
乱入してきたせいだろう。
動揺した紗桜は水澄家の禁忌の話題を持ち出すことで虹葉姉の精神と自分の精神を崩壊させる。
  虹葉姉は乾いた笑みを浮かべて、焦点が合わせずに喋ってゆく。
「あはははっっ……。だって、お父さんとお母さん。私たちがいい年頃になって。
赤の他人の月君を家に置いていられないなって。他に人のとこに預けようかって私達に
聞いてきたんだよ。月君と私たちはこんなにも愛し合っているのに。引き離そうとしたから、
私と紗桜ちゃんはね。あっはははっっ……福引きで当てた温泉旅行の最中に事故に遭って
死にますようにと憎悪を込めて贈ったんだよ。結果は月君が知っている通りに死んだの」
  虹葉姉。それは殺したって言わないから。
「お父さんとお母さんが死んだことを利用して、思春期で私達の傍から離れていた月君を
  精神的病を患ったフリをしてまで傍に居させようとしたんだよ。
  だって、思春期のせいで月君は私達と一緒にお風呂入らなくなったり、
  一緒に遊ぶ機会も昔に比べてたくさん減ったんだよ。両親の死は好機だったの。
  心に深い傷を背負った姉妹を月君が精一杯看病してくれる。
  傍に居てくれるためなら、私たち姉妹は何でもするよ」
「おじさん夫婦が死んだ時に落ち込んで精神科を通院していたのは全て仮病だったのか」
「うん。そうだよ」
  あの頃を深く思い出すと精神的な病を抱えていたはずの沈んだ表情や
自嘲気味な笑みを浮かべていた。
それが仮病であると言うならば、虹葉姉と紗桜は今から演劇部に速効で入部し、
女優の道を志すことをお薦めする。
後、付け加えるならば、あの病院の精神科の医者をヤブ医者だと認定でもしよう。

「兄さんが悪いんだよ。私たちに構ってくれないから……」
「虹葉姉……紗桜……」
  俺の視界が一瞬だけ暗転するような感覚に陥るそうになる。
中学時代、現代の青春の盛りのほとんどを虹葉姉と紗桜のために捧げていたというのに。
この仕打ちは余りにも残酷で酷いではないかと。
  ただ、一つだけ疑問が残る。
  虹葉姉と紗桜が病気だと宣言したのは二人の自己申告であり、
医者と冬子さんから詳しい病名や症状を教えてもらうことはなかった。
ただの仮病ならば、冬子さんが俺にしつこく門限時間を守れとか、
水澄姉妹と一緒にいてやれと言わない。
二人の傍から離れると精神が不安定になるのもおかしい話だ。
  ああ。そうか。
  一つの可能性に辿り着いた。これはもっともらしいオチだ。

 虹葉姉と紗桜は仮病だと言っているが、本当は……。
  ただの自覚症状がないだけじゃん。

 更に教えてもらえなかった病名や症状なら今になってわかった。
つい、秋頃に同じ病を患った感染者に襲われたばかりである。
  虹葉姉と紗桜はヤンデレ症候群に感染していた。
それも政府が正式に発表する以前から感染していて症状が出ていた。
一人の男の子に対する異常な独占欲、近付いてくる他の女の子に対する警戒心や生まれてくる殺意。
  過去の記憶に当てはめても、二人の行動はヤンデレ症候群の感染者の症状と一致してしまう。
俺は危険な綱渡りを命綱なしで今まで歩いていたんだな。
もし、症状が進行してしまえば、俺は殺されている可能性すらもあったのだ。
  ということで。

「俺はもう眠いから寝るよ」
「にゃんですと!?」
「わわんわん!! 私の告白の返事はぁ?」
「だって、もう深夜三時になっているんだよ。問題がどんなに深刻だとしても寝る時は寝ないとね。
  じゃあ、お休み」
「月君っ!!」
「兄さんっ!!」
  二人が布団に入り込んでも、俺は悪夢から逃避するために寝ることは頑固に譲らなかった。
だって、そうだろ。寝なきゃやってやれんよ。もうっ。

第32話 『選択の時』

 ふと目が覚めた瞬間に俺は、深夜に起きた出来事が全てが悪夢で現実は何事もない平穏が
続いていればいいと思ったが、逃避できる場所は水澄家のどの場所も存在しないとわかった途端に
俺は思わず嘆息を吐いた。
俺の狭いベットに小柄な紗桜が当然ここにいるのが当たり前ですと主張するかのごとく、
俺が寝ている左の場所を独占していた。
更にその右側に現在空白の虹葉姉が寝ていたはずが。
今はどこにも見当らなかった。まさか、自分の部屋に戻って寝ているということはありえない。

虹葉姉は一人で寝ることが出来ないためにいつも紗桜が一緒に寝ているからである。
ゆえに紗桜が俺の部屋に寝ることになれば、自動的に虹葉姉がおまけとして付いてくるのだ。
その虹葉姉がどこにもいないので、俺は心配になって温かい布団から抜け出して探すことにした。
  空気はそのものが冷たくて息を吐くだけで白い息が露になる。

今年の冬も寒そうだなぁと階段を降りてリビングに向かうと焦げた匂いが漂ってくる。

 もしや。
  駆け込むと焦げた匂いと煙が充満していて、
キッチンを覗くと虹葉姉が朝ご飯らしきものを作っていた。
姉妹の料理を食べると今年の正月は寝正月を過ごすことになるか、
新年は病院の寝床で明かすかのどっちかである。

「虹葉姉。何やっているの?」
「月君のために朝食を作ろうとしたんだよ」
「虹葉姉はそんなことしなくていいんだよ。どうせ、作った物は食べられないし」
「ううっ。月君もひどいよぉ〜。せっかく、お姉ちゃんが月君のために必死に作ろうとしてたのに。
  うにゃ〜。どうせ、私は料理はヘタクソですよ」
「何で急に朝食を作ろうとしたんだ?」

「だって、紗桜ちゃんが月君に告白したから……かな?」
  その言葉にどのような重い意味が含んでいるのかは俺にわからない。
ただ、虹葉姉は紗桜が俺に告白した事に嬉しいような少し困ったような表情を浮かべていた。
「紗桜ちゃんは見た目通りに気が弱くて人見知りが激しかったんだよ。
月君が水澄家に引き取られた頃なんか全然喋れなかったでしょう? 
その紗桜ちゃんが月君に告白したのって、ずっと見守っていた私からすれば凄い進歩と思うよ。
だから、ちょっと羨ましかった。ううん。かなり羨ましかったよ」
「虹葉姉……」

「あの小さな身体でどこからそんな勇気が湧いてきたんだろうって。
私は今までの家族の関係がとても居心地が良かったから。それにずっと甘えていたんだ。
だって、私と紗桜ちゃんがどちらか一歩を踏み出したなら、もう元の関係に戻れないんだよ。
どんなに悔やんでも悲しんでも、『家族』の関係を取り戻すことができない。
そんなことは紗桜ちゃんもわかっていたのにね……」

 まさか、俺に裸を見られたのが発端だと夢にも思わないだろうね。

「月君だって悪いんだよ。私たちの気持ちを知っているくせに……
クリスマスまでに恋人を作るって言うから。
だから、抑えきれなくなっちゃったよ。月君を想う気持ちが溢れだして胸が苦しいよぉ」
  手を胸に当てて、顔全体を朱に染めて、想いを解き放つ。

「私は月君のことが好きです。姉としてではなくて。
たった一人の女の子として、月君のことが大好きです。愛しています。
紗桜ちゃんが想っている気持ちの何倍もあなたのことが大好きです」

「俺は……」
「これで壊れちゃったね。大切にしていた家族の関係が……。
ううん。私が私でいられる間に月君に本当の気持ちを告げて良かったよ」
「いつから俺のことが好きだったんだ?」
「うふふっ……。月君は覚えていないと思うけど。あれは月君と距離を置いていた子供の頃にねぇ。
恐い犬に私と紗桜ちゃんが襲われている時に月君が助けてくれた時から。
あの日からずっとずっと好きだったよ」
「えっ……犬。犬ねぇ……。あの頃からか」
「そうだよ。紗桜ちゃんもその頃から月君のことが好きだと思うよ」
「そうだったのか……」
「もう、月君は鈍すぎるよぉ〜」

 お互い軽く談笑しながら、虹葉姉の笑みはぴたりと止まる。
現実逃避する時間はもう終わりだと言わないばかりに虹葉姉の表情は陰気になってゆく。
  そうだ。何も終わってはいなかった。

 彼女たちはヤンデレ症候群感染者であり自覚症状もないのである。
今は平然と語っているのは自分たちが平常だと思い込んでいるのだ。
例外は俺が他に恋人を作ったりすると問答無用に症状が進むだけ。
今までは俺が虹葉姉と紗桜が家族の関係を望んでいるから、特に変化はなかったのだが。

 紗桜と虹葉姉が俺に告白することによって、仲のいい姉妹の関係は崩れ去り。
お互いが恋敵となる。だが、深層心理ではお互いを傷つけたくないと思っているから
不自然なヤンデレ症候群の症状が出るのだ。

「私、私、紗桜ちゃんを傷つけたくなんてないよぉ……。
でも、独りぼっちは嫌なの。寂しいよぉ……とても悲しいんだよ」

 虹葉姉はその場に座り込んで声を出さずに泣きだした。
たまに嗚咽が漏れるが俺はかける声も見つからないまま、
虹葉姉が作ろうとしていた朝食の準備に取り掛かる。
  それしか、俺は気を紛らわす方法なんてなかったからだ。

 朝食を作った後に俺は無言で虹葉姉と紗桜を置き去りにして、学校に向かうことにした。
家に居ると二人が俺のために争い事が勃発するのが恐くてたまらなかった。
朝早く来たおかげで教室に辿り着いても、誰も居なかった。
適当に暖房装置のスイッチを入れると冷えた教室が温かくなるまで
俺は自分の席でひたすら震えていた。
  その間に考えたのは当然。虹葉姉と紗桜のことであって。
二人の告白に俺がどういう対応すれば物事が上手く行くのか、
頭の回転を速くしてもいい策は思い浮かばない。
  浮かぶのは、ヤンデレ音羽と同じような惨劇が繰り広げられること。

あの時は催眠術でお茶を濁したが、今回はその手を使うわけにはいかない。
二人はまっすぐに怯えながらも自分の気持ちを伝えてきた。
だから、家族として俺は応えなければならない。
  自分の本当の気持ちを。
  だが、どっちを選ぶべきなのかは全く検討がつかなかった。

 学校が賑やかになると静寂を保っていた教室も雑音混じりの音で考え事に集中できない。
俺は暇つぶしに後ろの席にいる花山田に相談事を持ちかけようと思う。

「合コンは中止だ」
「なんですとぉぉぉお……お前は正気なのかよぉ!!」
「相手が集まらなかったら仕方ないだろ。それに合コンに行けない事情も出来たし。
今回は大人しく諦めるしかねぇだろ」
「なんてことだ。俺の黄金ハーレム伝説が始まる予定だったのに。ちくしょっ!」
  大物アーティスト全国訪問コンサートのチケット争奪戦に敗北したように
花山田は椅子の上で真っ白に燃え尽きていた。
「オレンジよ。そんなお前に朗報だ。俺の心の悩みを相談するカウンセラーの役目をくれてやるぞぃ」
「男の心の悩みなんて一生聞きたくも乗りたくはないが、親友の月なら今日の昼食を奢ってくれるなら
受けてやるぜ」
「わかった。奢ってやる」
「ようし。どんな悩みもこの名探偵花山田忠夫が30年以内に解決してみせるぜ」
  30年ってオイw
「これは例えの話なんだがな。仮に男性をLとする。Lは小さな頃から不幸一直線の
特急券のキップを生まれてつき握っている男でな。両親は交通事故で亡くなるは、
引き取られた先でいろんな苦労を背負うわと、波乱に満ちた人生を送っていたわけだ。
Lはそれでも健気に生きていたんだ」
「ほほう。結構泣ける話だな。ちょっと涙が出てくるぜ」
「ところが同居している美人姉妹というよりは性格が少し破綻しているような姉妹から
愛の告白を受けたんだ。
そこでLは嬉しいと思いながら少し困っていたりする。姉と妹。どちらを選んでいいのかわからない。
困ったことに優柔不断でいつまでも悩んでいるわけだよ」

「簡単じゃないかっっ!! そんなこともわからないのかLって奴は」
  珍しく自分に自信に満ちた表情を浮かべている花山田は俺に向かって人差し指を向けた。

「俺だったら両方を取る。姉と妹セットなら大歓迎だ。
  両方を選んで、俺は姉妹丼を頂くぞぉぉぉ!!」

「マジでそんな選択でいいのかよ」
「当然だ。月」
「いや、その辺は世間体とか近所の視線とか気にするのが普通なんじゃあ?」
「全然気にしないっっ!! 俺は退廃的な生活を望む者だ。姉妹丼こそが我が生きとし生きる道。
愚民どもの理解を得るなんて笑止千万!! 法律なんてクソくらえ!!」

 こいつ、人間としては最悪だが。そのバカは俺に対する最高の声援になったよ。
ありがとうバカ野郎。

 その後、クラスのホームルームが始まったのだが。
新担任が学校から連絡事項を発表した。
内容は学校全体の男子生徒の死亡者数が四割以上、逮捕されて確実な証拠を経て
検察庁から起訴されている女子生徒が二割以上の生徒が学園内からいなくなったので。
学校側はこれからの事を協議するために今日から学校は休校となり冬休みに入ることを決定したと
新担任は連絡を伝えた。
更に午後の7時から政府から重大発表があるので必ず見るように打診されて、俺はしみじみと思った。
嘘だろうと……。
  ホームルーム終了後に学校はお開きとなった。事態は更に深刻化となっている。
ヤンデレ症候群感染者による殺害された人は大多数の犠牲者へと上り詰めた。
もはや、政府がさっさとまともな策を打たない限りはこのまま犠牲者は増えてゆく。
最初はたったの一つの修羅場が最終的には世の中の男性を震わせる程に進展しまった。
一人の女性の健気な想いが世界をここまで動かしてしまうことになるとは。

 一体、僕らは何を間違えてしまったのか?

 学校が終わった後、病んでしまった虹葉姉と紗桜が待つ家に帰る気に
ならなかったので俺は冬子さんの家に寄っていた。
二人の症状が再発したこととその後の対応について協議する必要があったからな。
「その必要はありません」
  と、冬子さんはばっさりと俺の提案を否定した。いつもの楽しそうな笑みを浮かべている冬子さんは
何の問題がないとはっきりと答えたのだ。
「ヤンデレ症候群ですよ。精神科に強制的に入院して拘束監禁しておかないと俺の命が危ない」
「ダメですよ。月さんにはあの子たちの溢れる想いをまっすぐに受け止めないといけないんです」
「危険だ。危険すぎる。虹葉姉と紗桜が凶器を振りかざして殺し合うことになる。
そんなことになってしまえば……二人とも優しいから傷つくよ」
  互いに姉を想い、妹を想い合っているのだ。
仲の良い姉妹だからこそ、感情に身を任せて殺してしまうと絶対に傷つく。
亡き相手を想って人生の一生を罪という十字架を背負って生きることになるのだ。
そんなことに虹葉姉と紗桜が耐えられるんだろうか。

「私はヤンデレ症候群をそんな危険な病だと思っていませんよ。
元々の修羅場好きだった私だからわかるんです。
病んでしまった女の子たちはただ愛されたかっただけなんです。
想っている相手に自分だけを見て欲しい。常に一緒に居て欲しい。
あの女の元に行くのは絶対に嫌。って普通の女の子なら当然のことですよ。
それを勝手に社会が危険だと勝手な価値観や先入観のおかげでメチャクチャになってしまった」

 楽しげに笑っていた表情は沈んで、冬子さんは自嘲的な笑みを浮かべた。
懐かしい過去を語るように冬子さんの重い口を開いた。

「最初のヤンデレ症候群感染者、榊原彩。彼女は不器用な女の子だった。
好きな人に声をかける勇気もなくて、ただ片思いの男の子が彼の幼なじみと帰るのを
ただ眺めている生活ばかり送っていた。
要領も悪くて貧乏クジばかり引いても笑っていられる強さを持っていた
陰気な彼女の魅力に気付いた片思いの男の子は告白したのよ。
大好きです。僕と付き合って欲しいと。
彼女は人生で最も嬉しい出来事だと喜んでいたのもつかの間。
実はその男と友人グループが賭事で負けた罰ゲームだったのよ。
冗談半分で学年の誰でもいい女の子を選んで嘘の告白する。
それが悲劇の引き金だったかもしれません。
  賭事で決められた二週間が過ぎると男の方は彼女を振りました。
健気に彼のために毎日毎日お弁当を作っていたんですが、男は何の躊躇いもなく彼女を捨てました。
  優しくしてくれた。好きと言ってくれた彼の突如の裏切りに戸惑う彼女。
それが嘘だと決め付けた彼女は彼に問い詰めようと家にまでやってくるのですが。
彼女は彼と幼なじみが性行為に没頭している姿を見て茫然と立ち尽くします。
その光景を見て、彼女は壊れました」

 冬子さんが長々と語っているのは数年前に有名になった女子高校生による刺殺事件の内容だった。
当時はマスコミたちが面白おかしく取り上げていた。

「殺された幼なじみの女の子は無残にも包丁や鋸で何箇所もメッタ刺しにされていた。
激しい憎悪がそうさせたのは理解できないが。この出来事は後の社会に大いなる混乱を与えた。
過熱な報道が毎日取り上げられる中、彼女の真似をする模倣犯が多数に出現し、
それは恋をする女性にとっては大きな力を手に入れた」

「大きな力って……」

「それは、どんな苦況に追い込まれても決して諦めないということ。
例え、愛しい彼が振り向いてくれなくても、執念で彼を振り向かせる。
泥棒猫が彼の隣にいても、躊躇なく排除し、
手段を選ばずに彼の心そのものを手に入れることができる。
  可哀想なあの子、榊原彩が体を張って恋する女の子に教えてくれたことなの」

「……」

「女の子はとてもとても一途なんですよ。相手を想う気持ちがたまに暴走するけれど、
本当は誰かを傷つけるつもりはなくて。
ただ、愛しい人に笑っていて欲しかった。喜んで欲しかったんだと思うんです。
今まで感染した女の子たちはただの人殺しさんですか? 
死んでしまった男の子は強すぎる想いを受け取れなかった。
現実から逃げて、知らない振りをして、その果ての終局を迎えただけ。
本当は無限大の幸福の道に辿り着けることだってできたのに」

「何事も現実から逃げたらダメなんですね」
「そうですよ。男ならちゃんと受け止めてあげてください。
決してどんなに恐ろしくても、逃げないでください」
  冬子さんの考え方と世間の考えたには大きな隔てりがあると思うが、
彼女の真摯なる言葉を聞いていると二流の詐欺に騙されている気もしなくはないが。
いいだろう。俺は冬子さんの助言通りに虹葉姉と紗桜の気持ちを受け止めよう。男らしくな。

「虹葉ちゃんと紗桜ちゃんのことをよろしくお願いします。
姉さんの子供たちをどうか幸せにしてあげてください。
叔母の私から一生に一度のお願いです」

「任せてくれ。あの二人は俺が幸せにしてみせる」
「ありがとう」

 それは新たな誓いであり、俺の胸に刻み付けられた重い重い約束ごとだった。

 家に帰路を着く道で俺は楽しいことを思いついた。
  今日、ホームパーティを開催しよう。
  落ち込んでいる虹葉姉と紗桜が笑顔一杯になるまで俺が騒いでやる。
  寄り道をするために俺の足はスーパーへと向かった。

第33話 『血の雨が降るパーティ?』

 *水澄虹葉視点

 お父さんとお母さんは私が当てた温泉旅行の福引き券をプレゼントしたおかげで
帰りの飛行機が墜落して亡くなってしまった。
決して見つかることがなかった遺体は棺に収まることはなかった。
私たちの両親の死を悲しんでいる人間はいない。
泣いていたのは、私たちの家族だけ。
遠縁の親戚が私たちのことを良く言っている記憶はない。
特に酷かったのは私たちの月君に対する中傷誹謗が耳に入ってくることだ。
通夜や葬式でも月君の悪口が飛び散っている。本当に歪んでいた。何もかも。

 月君にもう一つだけ嘘をついていたことがある。
  私と紗桜ちゃんが精神的な病と偽っていた理由は月君といるためだった。
もう一つは、月君を水澄家という居場所に居させることだったんだよ……。
  親戚の連中は私たちの両親の遺産を狙っていたからね。
私たちに甘い口調で囁き、引き取ろうと必死だったんだよ。
遺産の管理人になれば私たちの知らない所で多額のお金を消費して毟り取ろうとする。
それが目的だったために赤の他人の月君まで引き取るのはさすがに嫌だったの。

 だから、私と紗桜ちゃんと冬子さんで共謀して……。
  両親の死がショックで精神的におかしくなったことを偽った。
本当に姉妹揃って精神病の患者になったのは金の亡者どもにとっては予想外だったらしい。

さすがに精神患者を養うのを躊躇っている間に
冬子さんと祖母が私たちの保護者を引き受けて。その醜い騒動は幕を閉じた。
  一度始めた嘘を、最後までやり遂げる必要があった。
思春期で離れていた月君が私たちの面倒を見てくれるのは好都合だった。嬉しい誤算だよ。
  そこまでして、私と紗桜ちゃんは。

 月君に居場所を与えてやりたかったの。
  水澄家という私や紗桜ちゃんがいる温かな揺りかごを。

 お姉ちゃんは知っているんだよ。
  月君が独りぼっちになることを恐がっている。
彼のおじさまとおばさまが亡くなった夜の日のことをお父さんとお母さんに聞いているから。
誕生日が来る度に思い出す、孤独と暗闇の時間。私はその過去も癒してあげたかった。

 

 ごめんなさい。お姉ちゃんはもう……限界。
  正気を保っている時間はあと少しだけ。
  心の奥から溢れてくる月君を独占する想いと裏腹に生まれてくる、
紗桜ちゃんの憎悪が湧いてくるのだ。
大切な妹。
可愛いくてたまらない妹の首を絞めたくなる。
その衝動に駆られる私は自分自身を嫌悪する。でも、もうダメだ抑えきれないよぉ……。

 えへへっっっ……。
  紗桜ちゃん。お姉ちゃんの幸福のために死んでね。
切れ味のあるナイフでいっぱいいっぱい切り裂いてやるんだからね。
月君の前で刺してあげよう。

月君。

喜ぶかな。

*水澄紗桜視点

 私は自分で大切な物を粉々に壊してしまった。
兄さんが、お姉ちゃんが守ろうとした『家族』の絆を修正修復できないぐらいに破壊してしまった。
想いを伝えること。わかっていたのに想いが溢れて止めることができなかった。
  お姉ちゃんが告白した時に怒鳴った理由がよくわかるよぉ。
兄さんが欲しかったのは失ったはずの家族の温かさ欲しかったんだよね? 
私とお姉ちゃんが家族になろうとしても、世間は私たちを別々に切り分けてしまう。
私がお姉ちゃんが天草月を『兄』として『弟』と慕っていても。
外から見ると、家族を亡くした天涯孤独の可哀想な男の子を養っている家のお嬢さんとなる。
それが兄さんの心をどれだけ傷つけているか……私はよく知っている。
  引き取られてすぐの頃に独りぼっちの兄さんが自分の部屋で泣いている所を
何度だって見たことがある。

当たり前だ。
誰だってお父さんやお母さんを亡くして間もない頃にこれまで当然だった環境から
  遠く離れた場所に居ている自分の将来と不安と寂しさに悲しみを覚えるのは無理はないだろう。

 私なら間違いなく立ち直ることはできない。
  同居している姉妹の私たちから避けられている兄さん。
  私は男性恐怖症で兄さんが恐くてたまらなかった。

 でも、兄さんは。
  こんな私たちを強く励ましていつも守ってくれた。

 私たちの前ではどんなに心が引き裂かれそうな痛みを抱えても、笑顔を絶やさない人だった。
  そんな人だから。彼の唯一の願いを叶えてあげたいと思ったんだよ。
  だから、私は兄想いの妹で在り続けた。

 例え、この心が私の知らない所で蝕まれているとしても。大切な物を見失いたくはないと思う。
  内気で引っ込み思案な私をお姉ちゃんと兄さんがいつも支えてくれた。
  未だに男性恐怖症で犬の人形を通して話すことができない自分には友達はあんまりいない。

  兄さんの孤独に苦しむ気持ちは少しだけ理解できているつもり。

 ありがとう。
  そして、さようなら。

 取り戻せない家族の絆を壊した私は大切な人を殺してしまう。
  溢れだす想いは尋常なく取り戻しができない道へと走る。

 もう、止めることなんかできない。
  ごめんなさい。

 私はお姉ちゃんをこの手で殺して。兄さんとの愛に生きます。
  大切な姉の存在が私の中でどんどんと邪魔者以下の存在に書き換えられる。

 だって、仕方ないじゃない。

 この世の中でたった一人だけ兄さんの恋人になれるんだよ。
  だから、お姉ちゃんはもういらない。

 今まで研いでいた包丁の刃の輝きに私は満足していた。
  これなら、欝陶しい姉の腹部を容赦なく突き刺せるよ。楽しみだよね。
  兄さんもお姉ちゃんが私に殺される瞬間を見ると喜ぶはずだよ
  絶対に。

 俺が帰ってきたのは夕日が真っ赤に沈む頃になっていた。
  食材を買うために2〜3店ぐらい駆け回って、今回のホームパーティに使う物を仕入れてきた。
  虹葉姉と紗桜は部屋の中に閉じ篭もっているようだが、声を掛ける暇はない。

 今から夕食のために豪勢な食事を作ることだけに俺の神経を集中させる。
  台所で買ってきた食材を切り刻み、料理として形成するために数時間も所要した。
  出来上がった料理を三人分に盛り合わせる頃には外は真っ暗になっていた。

 ケーキや二人が大好きなドラやきも用意した。
  後は、虹葉姉と紗桜を呼ぶだけ。
  俺は自分用のエプロンを元の場所に戻すと、胸一杯に呼吸をする。
  そして、少し震えた大きな声で愛しい家族の名前を呼んだ。

「虹葉姉。紗桜。晩飯だよぉぉぉぉーーー!!」

 だが、反応は全く返ってくることがなかった。
  俺は仕方なく二人が降りて来るのを待つために、暇つぶしにテレビのスイッチを入れた。
  時刻は午後6時を過ぎており、やっているのはニュ−スの報道番組ばかりであった。
  今日も恋する乙女が泥棒猫を刺した事件など珍事件満載である。

「そういや……今日は夜7時から政府からの重大発表があるって言っていたったけ?」
  ぼんやりとテレビを眺めていると階段の方から足音が聞こえてきた。
  俺はそちらの方向に振り向くと思わず絶句した。

「虹葉姉……何やってんの?」
  壊れた表情を浮かべ虚ろな瞳で俺の方を見つめている。
  その手にしっかりと握られているのは切れ味が良さそうなナイフであった。

「うふふっっ……月君月君」
  虹葉姉の異常的な行動には見覚えがある。
  あれは音羽がヤンデレ症候群の症状が最悪な方向へと走った時と同じ展開なのでは? 
  俺の不安が顕現されたかのように、その場に紗桜も現われた。

「に、に、兄さん……兄さん」

 やはり、紗桜も凶器を所持しており、彼女の場合は俺が普段から使っている愛用の包丁を手にして
  この場にやってきた。
  二人の姉妹が揃うとその場の雰囲気は重苦しい物へと変わってゆく。

 いかにも、これからホームパーティを楽しもうという雰囲気ではない。
  正にこれから始まるのは、真の修羅場であろう。

「お姉ちゃん。私のために死んでよ。兄さんとこれから誰にも邪魔されずに
  二人きりで暮らすんだからね」
「私だって紗桜ちゃんを殺して、月君と永遠に幸せになるんだから」
「おいおい、二人ともバカな真似はよせ……本気なのか?」
「兄さん月君は口出ししないでください。これは私たちの戦いなんだからっっ!!」
  二人の呼吸の合った罵声と迫力に圧されて俺はその場でおじけづいた。
「紗桜ちゃん……」
「お姉ちゃん……」
  二人は距離を取って、お互いの得物を構える。
  こうして、俺が止めようとした……
  恋のオウガバトル最終決戦が始まった。

 恋する乙女の戦闘能力は常人以下で箸より重たい物を持ったこともないかよわい腕の
  虹葉姉と紗桜が戦うならば、どこぞのボランティアでその青春を過ごした方がいいんじゃないかと
  思うぐらいに盛り下がっていた。
  ヤンデレ症候群感染者による身体能力の修正があったとしても、
  俺を苦しめたヤンデレ音羽の能力に遥かに劣る。
  家族の名誉のために言っておくさ。
  二人はこれでも真剣なんです。

「にゃあっっつ〜〜」
「あうぅぅぅ〜〜〜」
  迫り来る包丁とナイフの刃が重なり金属音が鳴るには数分ぐらいかかりそうな、
  虹葉姉と紗桜はゆっくりとゆっくりと慎重に凶器を動かしていた。

 俺は呆れてソファーに座り込んでテレビを視聴しながら、ポテトをぱくぱくと食べていた。
  後ろを振り返っても、二人の凶器はまだお互いの刃に到着することなく
  超スローモーションで動作は実行されている。

 誰か倍速ボタンを押してやれと不謹慎な事を思いながら、

 ようやく二人の刃は重なり、鈍い金属音を鳴らす。

 そして、間合いから離れるときは俺の目に移らない速さで戻して。
  攻撃するときはゆっくりとゆっくりと凶器を振り下ろす。
  これはとんでもない道化だと俺は思う。

 姉を、妹を、殺すと宣言して寒気がするような
  確かな殺意をお互いに向きながらも、実際は不器用な殺し合いをやっているのだ。

 虹葉姉は顔を真っ青になって刃が重なるたびに怯えた表情を浮かべてるし、
  紗桜はほとんど涙目になっている。
  ヤンデレ症状症候群を発症した場合は恋敵の泥棒猫なんかに容赦するはずがなく、
  躊躇なく殺してしまうというのに。
  虹葉姉と紗桜は必死に抗っているのだ。

 己れの中に巣くう悪魔と。
  大好きな姉と大切に想っている妹を傷つけたくないという二人の想いが
  今の状況を作り出しているのだ。
  見ているこちらとしては動きが鈍い。
  まるでアス○ロンがかかっている状態だよと口が裂けても言えない。

「にゃうぅぅううう!!」
「わぅぅぅぅぅぅ!!」

 虎の雄叫びと狼の咆哮が重なり戦いは少しだけ盛り下がっていた。
  更に振り落とされる速度が遅くなる凶器は互いに打ち合うまでの時間はさっきの倍以上だ。
  俺は再びニュ−ス番組に没頭し、ポテトを口の中に加えながら観戦モードに入っていた。
  止めるつもりがなくなった戦いは……油断していたところで悲劇が舞い降りた。
「いたっ!!」
  たまたまであった。
  ナイフと包丁の刃が重なる瞬間、少し刃を滑らせた勢いで紗桜の手の甲に少しだけ突き当たった。
「紗桜っっ!!」
「紗桜ちゃんっっっ!!」
  ぼんやりと傍観していた俺はソファーから飛び降り、虹葉姉は持っていたナイフをその場に捨てて。
  慌てて紗桜の元に近付いた。
「ぐすっ。……痛い。痛いよぉ……」
「ごめんね。紗桜ちゃん。私のせいで……私が」
  顔を真っ青になっていた虹葉姉が今までない以上に動揺していた。
  実の妹を傷つけたことに何からのショックを受けているようだ。

 紗桜も怪我の痛みと大好きな姉から傷つけられたことで涙を零していた。
  俺は紗桜の怪我の確認をして、嘆息を吐きながら応急箱を急いで持ってきた。
「とりあえず、消毒液を付けた後に傷の箇所に包帯を巻くからな」 
  実際に紗桜の怪我は本当に大したことはない。
  大袈裟なのだ。

 手の甲にミリミリ単位程度の小さな傷の箇所からほんのちょっっぴとだけ
  赤い血が流れているだけなのだ。
  虹葉姉や紗桜は気が弱くて臆病だから。
  少しだけ血が流れるだけで騒動を大きくしてしまう癖がある。

「い、いたいのいたいの飛んでゆけ〜〜」

 紗桜をあやすように虹葉姉が必死に怪我した箇所を優しく手で抑えて、震えた口で喋っていた。
  虹葉姉は昔から紗桜と俺にだけとことん甘かった。
  俺や紗桜が怪我した時はこうやって痛みを紛らわしてくれたさ。
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!!」
「はいはい。お兄ちゃんはここにいるからねぇ」

 ツインテールの髪を優しく撫でてと泣き叫んでいる紗桜は甘えるように俺を求める。
  小さな頃から紗桜は男の子からよく苛められて泣いて帰って来た時は髪を撫でてあげて、
  一緒に手持ちの人形で遊んだったけ?

 昔を懐かしく思いながら、俺と虹葉姉と紗桜はしばらく身を寄せ合うようにしがみ付いていた。
  お互いの温もりを確かめ合うように。

 付けっ放しにしていたテレビの画面がニュース番組が終わって、
  新たな画面が移り変わってくる。時刻は午後7時のテロップをお報せしていた。

「神聖日本帝国 第98代皇帝陛下よりお言葉を」
  皇帝を即位した若い壮年の男が王座に座り込んで、その重い口を開いた。

「今私の中にも、皆様と同様の脅え、恐怖が渦巻いています。
  何故こんなことになってしまったのか? 
  考えても既に意味のないことと知りながら、私は愛する臣民達の犠牲に心が悼まれるばかりです。

 私たちは、つい数年前にも大きな事件を経験しました。
  そして、その時にも誓ったはずでした。こんなことはもう二度と繰り返さないと。
  にもかかわらず、ヤンデレ症候群発症者は増え。

 努力も虚しくまたも犠牲者の数は増え。抑えきれない嫉妬は否応なく拡大して。
  私たちはまたも同じ悲しみ、苦しみを得ることとなってしまいました。
  本当にこれはどういう事なのでしょうか。愚かとも言える、この悪夢の繰り返しは。

 一つには、先にも申し上げた通り、間違いなくヤンデレ症候群の存在所以です。
  想い人に嫉妬し、修羅場を煽り立て、泥棒猫を殺してきた者たち。
  長い歴史の裏側に蔓延る彼女達の理解できない激しい独占欲。

 我々はようやくそれを防衛する手段を身に付けることができました。
  だからこそ、今あえて私は申し上げたい。我々は今度こそ、

 もう一つの最大の困難と戦っていかねばならないと。
  そして、我々はそれにも打ち勝ち、最大の幸福を得られなければならないのです。

 みなさんにも、すでにお判りのことでしょう。

 有史以来、人類の歴史から修羅場の無くならぬ訳を。

 常に存在する最大の恋敵。それは、いつになっても結ばれる相手が一人という、
  我ら自身の常識概念と法律だということを。

 恋を知り、愛を知り、その想いを相手に届けることで、様々な交際と結婚を繰り返した
  今でも。人は未だに想い人を争い、想い人に嫉妬し、
  三角関係の修羅場で想い人を寝取られるその不安。

 同等に、いやより多く、より沢山に、飽くなき泥棒猫の奪還に限りなく延ばされる手。
  それが、今の私達です。争いの種は、修羅場による三角関係の争奪戦、全てはそこにある。

 だがそれももう、終わりにする時が来ました。終わりにできる時が。

 我々はもはや、その全てを、克服する方法を得たのです。

 それによって泥棒猫と争わず、想い人を一緒に独占、恋敵との共存。

 これこそが、繰り返される悲劇を止める、唯一の方法です。

 私は、人類存亡を賭けた最後の防衛策として、一夫多妻制の導入実行を、今ここに宣言いたします」

 どうするよおい

 俺は茫然と二人の頭を撫でながら開いた口が塞がらなかった。

第34話 『僕達の絆』

 一夫多妻制とは我が人類がこれまで築き上げた対ヤンデレ症候群の防衛救済策です。
もし、大好きな相手の他に嫌いな泥棒猫と交戦する過程でヤンデレ症候群を発症したとしても、
殺し合う必要性がないのです。結ばれるべき相手は一人じゃなくて、その他多数なのですから

 皇帝陛下の映像から移り変わって、女性の機械声がアニメのような絵と共に
  今回の一夫多妻制の仕組みについて詳しい説明している。
  俺達は茫然とその政府が提案した新しい法律の内容を夢中になって見ていた。
結ばれる相手が一人というこれまでの常識概念がこの法案によって木っ端微塵に破壊されて、
人は新世界へと旅立って行くというのだろうか。
ヤンデレ症候群の発症者に殺される危険もなくなった。
そう、ストーカーのように寄ってくる女の子たち全てと結婚してしまえば、何の問題ない。
  ただ……。
「これで紗桜ちゃんと殺し合わないで済むし。月君と皆で一緒に幸せになれるね」
「兄さん。お姉ちゃん……」
  この法案が強制的に可決されるのは国民の大多数の支持と政府の圧力で何の問題もない。
虹葉姉と紗桜も虚ろな瞳から正気を取り戻したかのように目に輝きが戻ってきた。
お互いを抱き締めながら良かったよと泣き叫びながら歓喜の声をあげている。
  その中で俺は一人だけとてつもない不安を抱いていた。

 一体、何が解決したんだ?

 ヤンデレ症候群の防衛救済策、『一夫多妻制』を導入実行がされる。
その法案の導入と実行に文句を言うつもりはない。
ただ、相手の気持ちを無視して容赦なく自分の思い通りに相手を強制的に結婚させる法律は
一体どこに幸せを見いだすことができるのであろうか? 
自分以外その他多数と結婚できるとしても、別に好きでもない人と結婚なんかしたくないだろう。

 そう、今日起きた関連の出来事を思い出すと……。

 虹葉姉と紗桜が凶器を持ち、俺の目の前で殺しあおうとしていた。
その光景を目撃して、殺人未遂行為をなかったことにしてはしゃいでいる二人に
少しだけムカついていた。
  冬子さんとの約束通りに虹葉姉と紗桜を幸せにしようと思って、
今回のホームパーティを企画して腕を奮った料理。
自分こそが彼女たちのヤンデレ症候群を救える人間だと信じて命懸けで頑張ろうとしていたのに……。
  バカげた法案に全てを台無しにされた俺の怒り。

「認めない」
「月君?」
「兄さん?」
「認めない。こんな法案が通っても通らなくても……。
今日、起きた出来事がなくなるはずがないじゃないか。
虹葉姉が紗桜が、今まで仲良くしていた家族があんな風に殺しあって……。

法案が可決された途端にそう簡単に和解できても。その想いを受け入れる側の俺が納得すると思うか?
どんな理由があっても、自分勝手な私利私欲のために殺しあったのは確かなんだ。
そ、そ、そんな人たちとは一緒にはいられないよぉぉ!!」

「えっ……月君」
「兄さん」

 二人の体を乱暴に引き離して俺は感情に任せた言葉の撤回もしないまま、
その足で自分の部屋に逃げ込んだ。ベットの中に入り込んで、
声が出ぬように口を手で抑えて、ただ泣いていた。子供のように。

 何時間ぐらいベットの中で寝ていたことであろうか。
流れる涙腺は止まる気配が全然見えなくて、
目蓋から頬に涙の雫が零れる感触が残ったまま感じている。
目は鏡で確認しないが、兎のように目が真っ赤になっていることであろう。
部屋を真っ暗にして半ひきこもり生活を送るような精神的なショックを受けると、人間は
何事にも気弱になってしまうのだろうか。胸の奥が引っ掛かる倦怠感から抜け出すことがなく、
俺は大事な姉と妹の事を想い涙を流すことを何度も何度も繰り返している。

いい加減に立ち直れと自分を自分で叱ってやりたいが、その気力はなかった。
  単純な話。俺は姉妹が自分を取り合って死闘を繰り広げていた光景を前にして、
後々に心の傷が塵に積もって痛んでしまったのだ。
冷静に考えれば、虹葉姉と紗桜の殺意は本物であった。

だが、俺は二人を止めることができなかった。
臆病な自分、大切な居場所『水澄家』を壊す姉妹。
大切にしていた家族という檻。失った暖かな居場所は虚偽だと思い知らされたのだ。

 今更、その事に思い知らされた自分に腹が立っていた。
俺はこの家の一員じゃあなくて、ただの居候。それ以上もそれ以下もない。わかっていたのに。
  虹葉姉と紗桜が俺に告白した時点で家族ってのは粉々になくなっていたんだよ。

 終わりのない悩みを思考しているとドアをノックする音が聞こえてきた。
この時間帯に尋ねてくるのは俺を心配している虹葉姉か紗桜の両方だろう。
俺は涙の跡を拭き取ってドアを開いた。
  そこにいたのは、顔が青ざめている虹葉姉だった。

「紗桜ちゃんが紗桜ちゃんが……」
「紗桜がどうしたんだ?」
「紗桜ちゃんが凄い熱でうなされているんだよ」
「何だって……」
「一緒に寝ていたら、紗桜ちゃんのうなり声で起こされて。

おでこに手を当てたら、凄い熱なんだよ。だから、月君も私たちの部屋に来て」
  虹葉姉に無理矢理手を引っ張られて、二人の部屋まで連れてこさせると
ダブルベットの上で顔色が悪くてうなされている紗桜が苦しそうにしていた。

「大丈夫か!! 紗桜」
  おでこに手を当てると物凄い高熱で、紗桜の容態が楽観視できるものではない。
俺は動揺しながら、虹葉姉にテキパキと指示を出した。
「体温計で熱計ったか?」
「う、ううん。すぐに持ってくる」
「ついでに浴場に行って洗面器を取ってきて。とりあえず、ひ、冷やさないと」
「うん。わかったよ月君」

 虹葉姉が急いで駆け足で階段を下りる音が聞こえて、
更に大袈裟な、ハデにコケる音が耳に入ってきても。
俺はとりあえず、紗桜の手を優しく握って声をかける。

「紗桜? 大丈夫? お兄ちゃんはここにいるよぉ」
「う……ん……おにいちゃん。おねえちゃん」

「ここにいるよ。何か食べたい物ない? すぐに買ってきてやるよ」

「わたし、つ、つ、冷たいアイスクリームが食べたいよぉ」

「わかった。すぐに買いに行ってやるよ」

「わ〜い」
  と、元気のない声で紗桜は自嘲気味に笑みを浮かべた。
「月君月君。はい。体温計と冷たい水をたくさん入れてきたよ」
「よし、早速、熱を測ってみるか」

 紗桜の脇に体温計を差し込んで、数分ぐらい時間を待つ。
その間に虹葉姉が持ってきたタオルを冷水で濡らして握る。
紗桜のおでこに冷たいタオルを置くと体温計が電子音を鳴らした。
その体温計の温度を見ると俺は少し絶句した。

「39度7分。タチの悪い風邪だな」
「病院なんてこんな時間じゃあやってないよぉ。どうする、救急車でも呼ぶ?」
「今日の皇帝陛下の演説のおかげでどの施設も機能していると思えないけどな。
  まあ、明日朝早くに紗桜を病院に連れて行こう」
「そうだね。紗桜ちゃん。
昨日ね。タオルを纏った姿で、この部屋で髪も体を拭かずに動揺していたからね。
どこかの誰かさんが清き乙女の裸体を覗いたおかげで」

「この風邪は俺のせいか。後で紗桜に好きな物をおごってやるからそれで許してくれよ」
「紗桜ちゃん。月君以外に男に裸体を見られたら倒れていたかもしれないけどね」
  確かに男性恐怖症の紗桜なら大いにありえるケースだな。
話し掛けられただけで人形の腹話術でオドオドとして、まともに会話できない内気な女の子だからな。
「さてと今晩は徹夜で交替して看病しましょう」
「それなら、俺が紗桜を一晩中に看てあげるから。虹葉姉は寝ててもいいけど」
「にゃあ。そんなのダメです。私だって大切な妹が苦しんでいるのに呑気に寝ていられません。
私が最初に看るから。月君はここにお布団を持ってきて寝てちょうだい」
「いや。俺が……」
「お姉ちゃん命令です。いいですね。月君は後半戦をお願いしますねっっ!!」

 虹葉のとてつもない覇気のある声に圧されて、俺はしぶしぶと従った。
  自分の部屋に布団を取りに戻ると二人が寝るダブルベットの隣にマットレスを置いて。
枕と布団をちゃんと整えてから俺は無言で布団に入る。

「お姉ちゃん……お姉ちゃん」
「はい。お姉ちゃんはここにいますからね。紗桜ちゃん」
  仲のいい姉妹のやり取りが聞こえてきて、自然と胸の中が幸せな気分になってきた。
  今日の色んな出来事があり、体が疲労していたのであろう。布団に入って、
目を瞑ってしまうとすぐに睡魔が襲ってきて。しばしの仮眠を取るのであった。

 朝日で目が覚めると、俺は重い頭と見慣れない天井と、いつもとは違う部屋の雰囲気に
少しだけ戸惑ってしまった。
鈍い頭が回転を取り戻すと、俺は大事な事を思い出した。
  紗桜が高熱を出してしまい、虹葉姉と交代で看病を看ると決めていたのに。
寝過ごしてしまった。慌てて起きて、二人の様子を確かめた。
  虹葉姉が何度か洗面器にタオルを入れて余計な水分を絞ってから、紗桜のおでこに乗せていた。

「虹葉姉。すまなかった。あんな風に偉そうに言っていたのに寝過ごしてしまった。本当にすまない」
「月君は全然悪くないよ。だって、私。月君を起こす気はなかったんだもん」
「えっ!?」
「昨日の月君。目が真っ赤だったでしょう。一人で泣いていたのは丸分かりだし。
私たちのせいで色んな事を抱えてしまって。精神も肉体も限界だろうと思って。
起こさなかったよ。私なら紗桜ちゃんや月君のためなら一睡や二睡しなくても大丈夫です」
「でも、俺は……」
「年下の男の子が年上の女の子に気を遣うなんて生意気だぞぉ。
ここはお姉ちゃんの言うことをちゃんと聞きなさい」
  虹葉姉は優しく微笑すると、寝癖になっている俺の頭を愛しそうに撫でた。
子供扱いじゃなくて、弟扱いだな。
「さてと、病院を開く時間になると紗桜ちゃんを連れて行きましょうか!!:

 紗桜を病院に連れて行って医者に診てもらった。最近の流行の風邪に感染したらしく、
痛い注射と点滴を受けただけで2〜3日を安静に寝ていればすぐに治るらしい。
俺と虹葉姉が紗桜が元気になるまで一緒に看病していた。
ようやく、紗桜の熱が下がってくると水澄家に新たな問題が発生していた。
  二睡もしていない虹葉姉が急に体の急変を訴えだした。

身体全体に寒気がして、足がちょっと痛いと舌を出して、
てへへと俺と紗桜を心配そうに無理矢理元気そうな笑みを浮かべていた。
俺は虹葉姉が紗桜の風邪が感染したと安直に考えていたが、
足がちょっと痛いというのに違和感を感じて、
嫌がる虹葉姉の左右の足のズボンの裾をめくってみると。
  俺は紗桜がおでこを手に当てた時と同じぐらいに絶句していた。

「なに。その足は?」

 虹葉姉の膝から下の足があらゆる箇所で紫色の不気味な色に染まっていた。
いわゆる、内出血だと思われるらしいが。
いつ、どこで虹葉姉が怪我をしていたのか全くわからなかった。
「そのね。月君から体温計と洗面器を頼まれた時。ほらっ。
私、ちょっとだけ慌ててガサつに階段を降りようとしたら、少しだけ踏み外してこけたの。
まあ、痛いのは少しだけで、我慢できたから大したことがないと思ったから」
「大したことがないはずないだろ。そんな足で……」
  そんな足で紗桜の看病していたのか……。と先の言葉を言えなかった。
泣きそうになってダブルベットの上で起き上がって、
虹葉姉の痛々しい足を強張って見ている紗桜の前では。尚更だ。
「お姉ちゃん……私が高熱を出したおかげで……あぅあぅ。ごめんなさいぅぅ」
「もう、紗桜ちゃんったら。もう、泣かないの。お姉ちゃんは大丈夫なんだから」
  俺は無言で青痣ができている箇所を優しく撫でるように触ってみた。
  ズキン。
  そんなありえない音が聞こえるわけはないが、
虹葉姉の表情がやせ我慢で脆く崩れ去ろうとしているので、相当痛いものだと思われる。
「い、い、痛くないんだからねぇぇ」
「うわっっんおねえちゃぇぇぇんん」
「もう、虹葉姉は大人しく安静で寝ておきなさい。
  これは流行している風邪の症状の前触れなんだから」 

俺はダブルベットの角で体を支えている虹葉姉の首と腰を支えて、
いわゆるお姫さま抱っこの状態にして背負うと、ベットの上に寝かせてやった。
虹葉姉は風邪のせいなのか、顔から火が出たように真っ赤になっていた。
「つ、つ、つ、月君にお姫さま抱っこしてもらった。てへぇ」
「あぅっ。お姉ちゃんばかりいいなぁ」
「後で紗桜ちゃんも月君にお願いしてもらえば。
  もう、天国行きの特急券の切符を買ったような気分になっちゃうんだから」

 と、病人同士が仲良く楽しい会話で盛り上がっていた。
俺もあえて反論したい箇所が多数あったが、虹葉姉の足の負傷を少しでもやわらげるために
下へ戻って湿布でも取りに行ってやろう。
  適当な応急箱の中から数枚の湿布を抱えてまた上に戻る。
虹葉姉の足の具合は素人目に見ても腫れた青痣に目を伏せたくなるが、
俺の指示で慌てて階段から滑り落ちたのだ。
この怪我の責任は俺にあるのだから最後まで付き合ってやるさ。

「い、痛いよぉ……うにゃ、しみやがるぜぇぇ」
「打撲か打ち身程度の傷かはよくわからんが。ここまで徹底的に放置すれば、
  腫れている箇所を冷やしたらさぞかし痛いだろうね」
「お姉ちゃん……本当に大丈夫?」
「あはっはっは……たぶん」
  俺は容赦なく虹葉姉の青痣になっているところに湿布を張ってゆく。
白くて細い足が痣のせいで台無しになっているよこれ。
「虹葉姉と紗桜は安静に今日は寝ていること。明日は虹葉姉は整形外科と内科の両方の病院に
  連れていくからな」
「ありがと。月君。いつも月君は私と紗桜ちゃんに優しい」
「お世辞を言っても何もないよ」
「兄さんったら。もう、素直に私たちの好意を受け取っていればいいのに」

 その好意は充分に受け取っているつもりだが、恥ずかしいからこの姉妹の前では
  顔に出すつもりはなかった。
  虹葉姉と紗桜を寝かせた後に、俺は明日の事を考えてさっさと寝ることにした。

 翌日になると、予想どおりに風邪を悪化させて高熱が出ている虹葉姉を病院に連れて行った。
今回は足の怪我のこともあり、面倒臭い事に二つの病院を、タクシーを走らせた。
体から寒気がする虹葉姉の震える手を握り締めて、長い診察時間を待って治療が終了する頃には
すでに時刻は昼頃となっていた。
  注射を打ってもらった虹葉姉は、紗桜の看病していた疲労などで家に帰ると
ご飯も食べずにベットに入ってすぐに寝てしまった。
俺はしばらくリビングで遅い昼食を食べながら、悠長に疲れた体を休ませる。
  上から階段が降りる音が聞こえて、リビングに顔を出したのは
お気にいりの犬のパジャマを身に纏っている病み上がりの紗桜であった。

「もう、大丈夫なのか紗桜?」
「熱も下がってるし。もう、大丈夫だよ」
  冷蔵庫に仕舞っている栄養スポーツドリンクをコップに注いで、紗桜は俺の隣の席に座って、
真剣な眼差しで俺を見つめる。
「兄さん。お願いがあるんですぅ!!」
「どうしたんだ」
「わ、私に今日のお姉ちゃんの夕食を作らせてください。お願いします」
「駄目だ。紗桜はまだ病み上がりだろう。もう少しだけ安静にしないと。
それに自分の手料理が相手にどれだけの猛毒かは紗桜がよ〜く理解しているはずだろ?」
「それでも作ってあげたいの。お姉ちゃんは階段で転んで足がとても痛かったはずなのに。
そんな素振りを見せずに私のために二日も寝ないで看病してくれんだよ。
冷やしたタオルが生温くなったら、取り替えてくれたし。
それにお姉ちゃんはあの時のことを後悔していると思うの」
「あの時って……」
「お姉ちゃんと私が兄さんを巡って殺し合ったこと。
  あの時は私とお姉ちゃんは狂気に犯されていたけど……。
本当に兄さんのことを愛しているのならば、あんな事をしたらいけないのにね。
お姉ちゃんは私のために精一杯の罪滅ぼしだったんだよ。
それだけ、兄さんの言葉が胸の奥に響いていたの」
「俺の言葉?」
「ほら、兄さんが部屋を飛び出した時に言ったこと」

(認めない。こんな法案が通っても通らなくても……。
今日、起きた出来事がなくなるはずがないじゃないか。
虹葉姉が紗桜が、今まで仲良くしていた家族があんな風に殺しあって……。
法案が可決された途端にそう簡単に和解できても。その想いを受け入れる側の俺が納得すると思うか?
どんな理由があっても、自分勝手な私利私欲のために殺しあったのは確かなんだ。
そ、そ、そんな人たちとは一緒にはいられないよぉぉ!!)

「あんな法律が可決されても、お姉ちゃんと私が殺し合った事実は消えない。
それは悠久の彼方まで過ぎ去っても変わることがない事実。
兄さんが言いたかったのは、その事実から逃げずに真っ正面に受け取って欲しかったんでしょう」

「さあ。どうでしょうか……」

 紗桜や虹葉姉もヤンデレ症候群の症状は既に消え去っている。
言動や行動も本当に家族を想っていることは紗桜の話から聞いていれば充分にわかる。

「私もお姉ちゃんのために作る料理が罪滅ぼしになるの。だから、教えて」
「高熱で唸っている虹葉姉が食べれる料理は限られてくる。
紗桜がどんな料理下手でも俺の指導さえあれば誰でも作れる料理、お粥ぐらいは作れるだろう」
「ありがとうっっ!! 兄さん!!」
  と、紗桜が嬉しそうに俺に抱きついてくる。
「後、お粥を美味しく作れるコツを伝授してやるよ」
「何ですか? 美味しい作れるコツって」

「それは……相手の気持ちを想って作ること」

 紗桜が精一杯想いを込めて作ったお粥は虹葉姉は美味しいと絶賛してくれた。
誉められたことが嬉しかったのか、紗桜は照れ恥ずかしい笑みを浮かべていた。
  一度、壊れたはずの家族の絆が再び堅い結束を取り戻した。
俺の危惧する家族の居場所はここにあると再認識せねばならないだろう。
姉妹は互いを想い、一夫多妻制など頼らずにヤンデレ症候群を乗り越えた。
そんな二人の気持ちに応えるために俺も頑張らないと行けない。
  早朝。
  俺は体に重たい怠さを感じながらも、気合いで起き上がってキッチンに立つ。
あの夜にするはずだったホームパーティを……二人に気持ちを伝えるはずだった日を
もう一度やり直そう。
  そう。
  今度こそ俺達はやり直すんだ。誰も悲しまずに笑っていられるように。
「あれ……!?」
  目の前の光景が左右に揺れるに歪む。
頭に鉛を付けられたように重く、気持ち悪さと同時に俺の体はぱたんと倒れだす。
頭部を激しく打つ音が他人ごとのように聞こえる。
  体全体に寒気が走る。全身が寒くて寒くて震えていた。

(こんなとこで倒れている場合じゃないのに)

 意識が消失をするまでの間。ずっと、俺は虹葉姉と紗桜のことを想っていた。

第35話 『愛するということ』

 よくよく考えてみれば紗桜が最近流行している風邪に感染して、
ずっと看病していた虹葉姉がその菌をもらったことは、
俺にもその風邪に感染する可能性があるってことで。
B級ホラーの怪物に襲われたような派手な気絶をしていた俺は発見された
紗桜や虹葉姉の壮大なる悲鳴が水澄家全体に響き渡るまで目を覚まさなかったらしい。
病み上がりの紗桜の手厚い看病と、少し動けるようになった虹葉姉のテキパキとした処置により、
姉妹の部屋で俺は風邪が治るまで寝かされていた。
  寂しがり屋の紗桜が俺の布団に入り込んだり、甘えん坊の虹葉姉が後ろから抱き付いたりと
おいしい場面があったりと何だか幸せな病人生活であった。

 数日も経つと虹葉姉や紗桜も完全に復活し、俺もさっさと熱が下がり。
いつも通りの生活を送れるようになった。
ただ、世間では政府が提案した一夫多妻制制度の導入後も、ヤンデレ症候群感染者による殺人事件は
決してなくなったわけもないが、随分と犠牲者は減ってゆく傾向にある。

女の子による監禁事件やストーカーなどは全く減ってはいない。
交通事故に遭う確率並みに誰かが監禁されたり、ストーカーされていると考えると
少しは笑えないことではないが。
世界は格段にいい方向へと変わってゆく。

 いつもの日常を取り戻した水澄家。
  そんな唯一の俺の悩みは……。

「いつ、虹葉姉と紗桜に告白すればいいんだぁ?」
  二人が告白した時から結構経っている気もしなくはないが、紗桜や虹葉姉が風邪をひいたり、
足を怪我したりといろんな出来事が重なり、告白の返事をするタイミングが全く掴めずにいたりする。

特に虹葉姉と紗桜がちらちらと俺を意識する視線がちょっと胸を痛ませる。

ほんの少しだけ待ってくれと言いたいが。しみじみと思う。
  俺の下着が少しなくなっているのは気のせいか?

 今日も不自然に大人しい虹葉姉と、紗桜の何かを期待しているだろうと
奇異な視線に耐えた後に俺は水澄家の主夫の務めを果たして、一日の疲れをお風呂に入っていた。
風邪をひいたおかげで数日間ぐらいは入らなかったが、
入浴という行為は本当に命の洗濯だなぁと思いながら力を抜いて手足を延ばしていた。
  何故か一番風呂に入れた俺は少し疑問に思うべきだったと後にちょっとだけ後悔する。

「に〜い〜さ〜ん」
  お風呂と浴場を挟む透き通ったガラス制のドアから女性の体らしき姿が映っていた。
安からな一息の時間は見事に粉々に壊れてゆく。
俺の返事を待たずに禁断のドアは開かれて、紗桜が入ってきた。
当然、風呂に入るのに衣服を身に付けているはずもないので、生まれたままの姿でやってきやがった。

「えへへ……一緒に入っていいでしょ」
「あ、あの……紗桜さん」
「どうかしたんですか、兄さん」
「俺と紗桜はもう一緒に入っていい年頃じゃあないと思うが」
「兄妹だからいいんですよぉ」

 目の前に紗桜の裸体が、妹の裸体がある。
その姿は最後に入った時は小学生の時だったと思うが、それ以来は一緒に入るはずもなく。
立派に成長した紗桜の裸体を俺は紳士として目を瞑って煩悩を取り払おうとしたが。
紗桜は俺の手を自分の胸に押しつけた。

「んんっ……兄さんは私の裸を見たくないんですか?」
「男として兄として義理の妹を欲望の対象に見たらダメだろう。絶対に」
  それは兄の威厳を失わないための精一杯の抵抗。
理性が壊れるのは俺達の関係が兄妹じゃあなくなってからだろうね。
「ううっ……兄さんの頑固者。私とお姉ちゃんが勇気を振り絞って告白したのに。
たくさんたくさん想っているのに」
「いやぁ。待て待て。物事をマイナス思考に持ってゆくんじゃない」
「だったら、目を開けて私の裸を見てください」
  と、俺の手を更に柔らかで弾力のある奥へと誘い込む。
「わかった。わかったから」
  目隠しのプレイは想像豊かな俺には過激な妄想に飲み込まれるので堂々と目を開けて。
紗桜の裸を見る。思わず驚愕したのは紗桜の顔が真っ赤に染めて潤んだ瞳でこちらを見ているのだ。
妹と兄と関係ではなくて、一人の女として紗桜が俺に欲情している。

「そ、そ、そのおっぱいばかり見ないでください。恥ずかしいから」
「す、すまない」
「いいの。兄さんなら裸を見られても平気。初めてをあげられるもん」
  それは誘っているのか、紗桜よ……。
  理性を吹き飛ばす紗桜の一世一代の殺し文句は俺の頭の芯を震わせるが。
ふと、一人大切な存在を忘れていたので尋ねてみた。
「それで虹葉姉はここに乱入してこないんだ?」
「お姉ちゃんは酷いんだよ。そこに脱衣室にいるんだけどね。
兄さんに裸を見られるのが恥ずかしいから私に兄さんを誘惑して
さっさと既成事実を作るように誘いなさいと」
「全く。虹葉姉は……。どうせ、そこにいるんだろう?」
「うにゃ〜だって、恥ずかしかったんだもん」
  ガチャガチャとドアが開かれて、バスタオルを巻いた虹葉姉が恥ずかしそうに
顔を朱に染めて現われた。
「だからって俺に紗桜を押し付けなくても……」
「月君が悪いんじゃない。私たちの告白を保留にして。いつまでも答えてくれないからぁ」
「その件についてはお風呂を上がってから答えるよ。さっさと頭を洗うから
  大人しく自分たちの部屋で待ってろ」
「うにゃ」
「あぅ」

 虹葉姉と紗桜は珍しく俺の言う事を聞いて黙ってお風呂から上がってゆく。
俺はさっさと頭を洗うためにシャンプーを付けた。

 ついにこの瞬間がやってきた。
  胸の鼓動が鳴り止むことなく、ドキドキと息の呼吸ができない程に苦しくてたまらなかった。
思っている以上に緊張しているのか、ドアのノックがいつまで経ってもできない。 
覚悟を決めよう。天草月。もう、自分の気持ちを偽る必要がないのだから。
  姉妹の部屋のドアにノックしてから、虹葉姉が『どうぞ』と答えたので俺は遠慮なく入った。

「ちょっと待たせたな」
「月君」
「兄さん」
「虹葉姉と紗桜が俺の事を好きだって言ってくれたとき。
本当に涙が出るぐらいに嬉しかったんだ。大切に想っていた姉と妹から好きって言われるのは
誰だって嬉しいと思う。
でも、どちらかを選ぶなんて考えられなかったんだ」

 だから、悩んだ。
  虹葉姉と紗桜がヤンデレ症候群の感染者だと知ったからではなくて。
二人とも俺にとって魅力で素敵な女の子だったから。

 お姉さんぶっていながら甘えん坊の虹葉姉。

 寂しがり屋でお兄ちゃん子の紗桜。
  二人を幼少の頃から一緒に家族として育った。唯一、心を許せる間柄は知らない内に
女の子として成長して、その気持ちを伝える勇気を持っていた。

 冬子さんは、女の子の気持ちを受け止めてあげてと言った。

 親友の花山田は、俺なら姉妹丼を選ぶ。そして、食べてしまえと。

 二人の相談のおかげで俺は長い間考えていたことに答えを出す。

「虹葉姉と紗桜が二人とも好きなんだ。愛している。
例え、一夫多妻制制度がなくても、俺は虹葉姉と紗桜を選んでいた。三人なら幸せになれる!!
  これが俺の真摯なる気持ちだ」
「月君っっ!!」
「兄さんっっ!!
  パジャマ姿の二人が俺に抱きついて離そうとしない。
愛しい人から離れぬように俺の腰の方に手を回して強い力を込められている。
「私も月君と紗桜ちゃんと一緒ならずっとずっと幸せでいられると思うよ」
「うん。兄さんとお姉ちゃんと三人で幸せになれるよ」
  俺も負けないようにしっかりと二人を抱き締めて力強く込める。
その暖かな体温に安らぎすら覚えてしまう。
「ねえ……」

「三人で幸せになりましょう」

 

 ズボンが姉妹の手によって躊躇なく下ろされた。
そこから現われたのは我が分身。もちろん、この状況で二人を意識して勃起している。

「これが月ちゃんの……」
「兄さんの……ピクピク言ってますねこれ」
「うっ。ジロジロ見るなぁ〜」
「大丈夫…んんっ。私たちが気持ち良くするから」
「あっんん、ん、ん、ちゅ。に、兄さん」
  虹葉姉と紗桜のぎこつきない舌使いが俺に快楽を与えてくれる。
ほ、本当に初めてなのかと問い詰めたいぐらいに二人は熱心に肉棒を舐め回す。
「あっんんんっちゅちゅ」
「はぁはぁ……兄さんの堅くて太くなってきたよぉ」
  虹葉姉と紗桜は先端部分を優しく舐めると奪い合うように口に含んでくる。
唾液が潤滑剤となり滑るように二人は舐め合う。
「月君の先っぽからちょっと濡れてきたよ。感じているの?」
「ああ……とてもいい」
「兄さんが感じているところって、とても可愛い。食べてしまいたいぐらいに」
「うふふ。私たちが舐めているだけで感じてるんだよ。あっ……ちゅんんちゅちゅ。
私も変な気分になっちゃった」

 二人とも激しく頭を上下にして動かす。口唇愛撫による快感が俺の理性を遥かに狂わせる。
すでに我慢しようとした射精の絶頂は近い。
だが、俺は最初の初めては二人の中に出してあげたかったのだ。

「もういいよ。これ以上やっちゃうと出ちゃうから」
「うにゃ?」
「あぅぅ」

二人は名残欲しそうに肉棒から唇を離すと彼女たちの唾液が糸を引いた。
それを見て、俺は虹葉姉と紗桜の独占欲が溢れだす。
二人を抱き締めると……彼女たちの耳に優しく囁いた。

「二人の処女をどっちから貰えばいい? その前にたっぷりと愛撫しなくちゃならないけど」
「うんっ……んんっ。紗桜ちゃんから貰ってあげてぇぇ……」
「いいの。お姉ちゃん? 私から先に貰っても」
「うふふ。お姉ちゃんだから可愛い妹から先に譲ってやります。
んんんっ。その前にしっかりと愛撫してあげるから」
「お姉ちゃん。んんふっ」

 虹葉姉と紗桜の女の子同士のディープキスが繰り広げられている。
さすがの俺だってこんな光景を見たことがなくて、二人は互いの唾液を交換しながらキスを続ける。
  とろんとした欲情を求める紗桜の犬柄のパジャマが虹葉姉によって脱がされる。
風呂場ではしっかりと見ていなかった豊満な胸が現われた。

「は、恥ずかしいよぉ」
「気にしない気にしない」
  更に虹葉姉の容赦のない下のショ−ツまで脱がされるとそ
  こには愛液でしっかりと染みが出来ていた。
「紗桜ちゃん。月君のあそこを舐めていただけで感じてたの? もう、Hな女の子さんだね」
「ち、違うもん。違うもん」
「うにゃ〜……体は正直だよね」

 大きなじっくりと揉みながら、乳首を舐め回す。
虹葉姉の大胆な行為に紗桜は羞恥を隠せずに荒い呼吸を漏らす。

「あんっっんんっ……」
「ほらっ。月君も黙って見ないで。紗桜ちゃんのおっぱいを舐めてあげて」
「あっ……うん」
「に、兄さん。お願い。私の体をしゃぶって」
  二人の行為に圧倒されながら、俺は心苦しい立場になっていたが、
紗桜の胸を優しく揉んでから虹葉姉と同時に乳首を舐め回す。
マシュマロのように柔らかいそれに俺は無我夢中で吸い付く。
舌を転がして、唾液たっぷりに粘着する乳首攻めに、紗桜は悲鳴のような喘ぎ声を上げる。

「き、気持ちいいよぉ……」

 顔を真っ赤にして感じている紗桜が愛しい。虹葉姉も妹の乱れている姿に刺激されてか、
猫柄のパジャマを脱ぎだす。

「し、下の方は?」
「お、お、お願いします。に、兄さん」
  勇気を振り絞って紗桜は顔を両手に伏せて言った。その仕草が可愛らしくてたまらない。
「じゃあ、私は紗桜ちゃんの胸の方を担当っと。月君。
紗桜ちゃんのクリストスを徹底的に攻めたら喜ぶよぉ」
「お、お、お姉ちゃん。兄さんにそんな嘘を教えないでよぉ。本気にしたら、あんっつ」
「どうやら、かなり感じているらしいな」
「ち、ちがうわん」

 と、否定の声を出しても、紗桜の膣口からは愛液が溢れだしてくる。
俺は夢中になって紗桜のクリストスを攻めると敏感に反応を示す。
充分に濡れてきたので、俺は勇気を持って言った。

「もうそろそろ入れていいか?」
「えっ!?」
「紗桜ちゃんの。これだけ濡れていたら多分大丈夫だと思うけど」
「わ、わ、私。兄さんと一つになれるんだよね……」
「そうだ。これで俺と紗桜は一つになるんだ」
「うんっ……」
「私は紗桜ちゃんの痛みを出来る限り減らすために愛撫をたっぷりとしてあげるよぉ」

 と、虹葉姉は優しく紗桜にキスをするとまた胸の方にいやらしく舌使いで舐め始めた。
俺は慎重に紗桜の未開の入り口を探し当てて、自分の股間の分身をゆっくりと膣へ押し込めて行く。

「んぐっ……。 んんんんっっ!!」
  全身が強張り、紗桜は押し殺した苦痛の声を上げた。
狭く窮屈な膣肉が抉じ開けられ、処女たる証のたる先を拒む障害を打ち破れて。

「あっ、あっ、ああ……んっくぅぅぅ……っはああああっっっ!!」
  紗桜は絶叫の声を高らかに叫んだ。

「おめでとう。紗桜ちゃん……」
  虹葉姉は自分の事のように嬉しがって紗桜に深い深いキスで唾液と唾液を交換する。
絡め合う舌と舌を見ているだけで俺の股間は更に膨張する。

「んんっ……あっはぁぁぁ……わ、わたし。兄さんと……んっつ。つ、つながってる?」
「ああ。繋がってるよ」
  灼熱の肉棒を吸い取られるようにして紗桜の膣口が加え込み、紗桜の秘裂から赤い雫が滴った。
「んんっっ……痛いけど、平気だよ……兄さんの……好きな風に動いていいよ……わんわん……だよ」

 俺は紗桜の健気な言葉に従いながら少しだけ腰をゆっくりと動かす。
下半身だけで動かすと、紗桜の苦痛を犠牲にしてこれまで感じたことがない快感を得る。
虹葉姉も紗桜が喘ぎ請えを聞いて感じているのか、自分の指で箇所を責めていた。

「に、にいさん……あんっつ……んんっつ……はぁはあぁん……いいよ」
「紗桜……紗桜……」
  苦痛の声よりも紗桜は快楽を感じているのか色っぽい喘ぎ声が溢れだしている。
俺は初めての性交と二人に乱れた姿ですでに射精するのを我慢していたが、もう限界だ。

「中で出していいのか?」
「あんっつ……。んんんっつ……えっ?」

「月君。出してあげて……紗桜ちゃんなら月君の子供を孕ませても本望だよ」

 いや、ダメだろ……とツッコミを入れようと瞬間。
  紗桜の足がしっかりと俺の腰を掴み離れさせないように締めてくる。
急激な締め上げで俺は……紗桜の中へと男の精を吐き出せた。

「はあ、はあ……お腹のなかに兄さんのが出てる……熱いんっ……ヤダ……溢れちゃうよ……」
「良かったね紗桜ちゃん」
  虹葉姉は紗桜の頭を優しく撫でると気持ち良さそうに目を瞑った。
「今度は……お姉ちゃんの処女を貰ってくれる?」

 性行為に疲れ果てた紗桜を隣で休ませて俺は虹葉姉との行為に没頭する。
普段からお姉さんぶっている虹葉姉は俺が乳房を掴むだけで甘い喘ぎ声で俺を誘惑する。

「つ、つ、月君。よろしくお、お、おねがいね……」
「紗桜の時と違って、マグロ状態じゃないか……」
  虹葉姉は仰向けに寝かせて、乳首を舐めて揉みながら。
虹葉姉は紗桜の時とは別人のように大人しかった。
「あ……んっ……だって、私はお姉ちゃんなんだよ……」
「だから?」
「わ、私は月君と紗桜ちゃんからお姉ちゃんぶらないと恥ずかしくて生きていけないよぉ」

 顔を火山が爆発するように、顔をこれほどにまで真っ赤にしている姉の姿が、
俺には無性に可愛らしく思えて仕方なかった。

「虹葉姉の裸。とっても綺麗だよ……」
「う、うにゃ……言わないでよぉぉ」

 と、虹葉姉を徹底的に言葉責めをする。紗桜と虹葉姉もM属性をお持ちのようで。
音羽がとんでもないSの持ち主だったので逆に新鮮だ。

「下も触るよ」
「ダメぇぇ……」
「やっぱり、俺と紗桜のヤッている姿を見て興奮したの? もう、虹葉姉はムッツリスケベだな。
  最近、俺の下着がなくなっているのは虹葉姉と紗桜のせいなんでしょ?」
「あ〜ん。ダメぇ……聞かないで。は、恥ずかしいから」
「俺の下着でなにやってたの?」
「そ…れ…は…月君の下着で……温もりを感じてたの……」
  予想外の答えに俺は少しだけ戸惑った。
思わず、人の下着でてっきり性欲を処理していたと思い込んでいただけだが。
「月君の下着をぎゅぅぅって抱き締めると月君の……匂いがするの。
月君が着ていた時の温もりを感じて……幸せな気分になれるんだよ」
「虹葉姉……」
「私と紗桜ちゃんはとても寂しがり屋なんだよ。これからはもっともっと大切にしてね」
「ああ。大切にする」
「じゃあ、甘い甘い優しいキスをして……」
  そのキスはとても甘く気持ち良かった。虹葉姉と俺の唇が重なり唾液を交換する。
べったりと粘着するそれは解け合うように絡み合う。
  今まで遮られていた姉と弟の関係。
それは取り除かれて、二人はどこまでも依存していい、どこまでも独占していい関係となった。
激情を物理的に本能的に表現しても許される関係。
「んぅっぅう。ん、……んぅぅぅ……」
  足りない。もっともっと欲しい。もっと、愛を、愛情を虹葉姉にぶつけたい。
その俺の心理を読み取ったかのように虹葉姉は優しく微笑した。
「いいよ。月君。私の中で気持ち良くなって……」
「でも、まだ、全然。虹葉姉に愛撫を……」
  虹葉姉は無言に俺の手を自分の股間のところに持って行く。
驚くことに虹葉姉の秘所は洪水のようによく濡れていた。
「女の子にとってはね……愛する人にキスしてもらうだけで何よりの愛撫なんだよ」
「虹葉姉……」

「私の中に来て、月君」
  俺は閉じこもっている虹葉姉の股を抉じ開けて、愛液が濡れている秘所を確認する。
先端の入り口を押し当てると虹葉姉はギクっと全身を震わせ、
俺は更に膣口を無理矢理引き裂くように押し込んだ。
要領は先程の紗桜と同じだが、処女の証たる場所を貫くには神経を使ってしまう。

「あっつ……んんっ……くっ……」

 虹葉姉は声にならない悲鳴を上げ、目尻に涙を浮かべていた。
繋がっている俺の肉棒と虹葉姉の膣口の間には赤い雫が絡み付いていた。

「やったぁ……月君と……はぁはぁ……繋がってるよぉ」
「おめでとう。お姉ちゃん」
「紗桜ちゃん」

 隣で寝ていた紗桜が起き上がるぐらいに体力が回復して俺と虹葉姉の行為を見つめている。

「これで私たちは兄さんと結ばれたんだよ」
「うん。私たち。これからはずっと一緒だよ」

 紗桜が虹葉姉に唇を奪うとお互いに唾液を貪っている。
いつ見ても女の子同士のキスは甘美で禁断の恋愛というものを感じてしまう。
欲情した瞳で紗桜は虹葉姉の頬を犬ようにペロペロと舐めだした。これも親愛を表現する行為だろう。

「やだぁ〜。紗桜ちゃん。くすぐったい。あ〜んっ」
  俺は容赦なく虹葉姉の奥深くを突き刺す。こっちはこっちで楽しませてもらおう。

「だ……めぇ……月君……あんんっつ……好きぃぃい」
  紗桜の唾液でベトベトになっている虹葉姉の姿も可愛らしくてたまらない。
性欲を抑え切れずに腰を振って、虹葉姉の奥と外を何度も交互に行き来している。

「あ…んんっつ……つ、つきくん……激しいよぉぉ……感じちゃう……」
「虹葉姉……き、気持ちいいぞぉぉ」
「つ、あ……あんっつ……月君に喜んでもらって……うれ……しいぉぉ」
  いやらしく乳首を勃起させて、涎や愛液をたっぷりと流して
快楽に沈む虹葉姉を更に絶頂に突き進むために俺は必死に動く。絶頂はもうすぐだ。
「虹葉姉ぇぇ……もうすぐイクぞぞぉぉ」
「出して……月君の精子を、んっんっつ……お姉ちゃんんっっつ……の中に出してっっ!! 
私を孕ませるぐらいに……た、た、たっぷりんとんんんっつ……
あんっ……精液をお姉ちゃんに……だしてぇぇぇぇぇぇっっっっ!!」

 虹葉姉の甲高い絶叫と共に、俺は物凄い勢いで中へと精液を放出する。

「あっんんっ……つ、月君の……な、中で、出てるぅぅ……。熱いよ」
  満足そうに虹葉姉は意識を失うと、俺は虹葉姉の膣から抜くと
膣口から出した精液がたっぷりと出てきた。

「兄さん。今度は私を……お姉ちゃんみたいにして」

 甘えるように抱きついてきた紗桜に、俺は今晩は寝れそうにないと断言する。
  二人を満足させながら、性に溺れる堕落な日々が始まる予感が脳裏をよぎる。

 だが、俺は全くそれを嫌がってはいない。

 だって、虹葉姉と紗桜を愛しているからな。

 これからもずっと一緒に幸せに暮らしていけるさ。

最終話 『水澄の蒼い空』

 白い白い雪がゆっくりと粉のように舞い散ってゆく。
  窓から見える光景はただ白一色に染められた世界。
  冷たい空気、白い息を吐くはしゃいでいる子供たち。家の前であちこち作られる雪だるま。
  積もりに積もった雪は……銀色世界を作り出した。
  刹那。
  たくさんの鞄を背負った少女は何ヵ月も住んでいたアパートを見上げた。
  この街に来る目的は長年想い続けていた少年と再会するため。
  ずっと胸の中で温めていた約束を果たすため。
  そのためだけに生きていた。ずっとずっと独りぼっちな少女に残されたたった唯一の約束。
  それを彼は先程……約束の破棄を申し出た。
  仕方ないであろう。
  その約束を最終的にメチャクチャに壊してしまったのは愚かな私。
  一時の温もりに浸るために彼を自分のだけのモノにしようとした。
  彼の気持ちなんて考えずに心に巣食う悪魔に囁かれて、彼を襲おうとした。
  本当にどうしようもないことだ。
  約束を、生きる目的をなくした私はこの街にいるのは辛い。
  出ていこう。
  ここにあった楽しい思い出の全てを置いて……。

「さようなら。月ちゃん」

 少女はこっそりと街を出て行くつもりであった。

 雪が深々と積もって行く。家のあちこちまで積もった雪を見て、俺はうんざりと嘆息した。
外はこんなにも寒いのに後で買物に出掛けるなんて、雪を少しを気を遣って降らせと
  高らかな声で叫びたかった。
  虹葉姉と紗桜と結ばれてから二週間の月日が経った。
周囲はクリスマス気分で賑やかなお祭り騒ぎと言ったところであろうか。

今日は12月24日でクリスマス・イヴなら尚更仕方ないと思う。
一年で唯一働くであろう赤い派手な服を身に纏った白い髭のジジイが日本の国債並みの予算で
子供たちにタダ同然に気前良くプレゼントを配りまくっているであろう。
ちなみにこき使われるトナカイさんはジジイに時給を上げてくれと交渉しても、
トナカイカラーエゼディクションが施行されたおかげで、いくら残業しても残業代は0だと歎いて、
動物愛護団体に動物虐待だと集団で訴えるぐらいに今日は忙しい。
  冬子さんの思い付きで始まったホームパーティは日時を今日に変更されて、
  あの年齢不詳は大いに騒ぐつもりでいるらしい。

そりゃ、恋人と過ごすと俺は断言した騒動は、最終的に虹葉姉と紗桜という
  ちゃんとした恋人ができたおかげで目的は達成されたもんだが。
  水澄家にとって冬子さんという存在は絶対的な力の象徴であり、
  虹葉姉や紗桜や居候の俺ですら逆らうことができない。

「やっぱり、冬はこたつにみかんだよな」
「コラァ。一人だけサボっているんじゃないの。今日は皆でパーティをするんだから。
  月君はさっさと買物に行くの」
「はいはい。わかりましたよ」
  家の中をクリスマスのツリーに飾りを付けている虹葉姉から頭を軽く叩かれた。
パーティの料理をするのは俺なんだけどなと呟きながら、コートを着て玄関に向かう。
「兄さん。私も行こうか?」
「別にいいよ。大抵の買物は昨日の内に買ってきているし、
  予約していたクリスマスケーキを取りに行くだけだし」
「そうなんだぁ。早く帰って来てよね?」
「わかってる」

 玄関を開けると白一色に染まった世界に凍える風が吹いてくる。
思わず、身を縮めて震えたくなるが、俺は見送ってる紗桜の前では格好いい姿を見せたかったので
大きな一歩を踏み出した。

 予約していたクリスマスケーキを取りに行った後は真っすぐに家の帰り道を早足で歩いていた。
寒さに弱い俺は一分でも外に居たくなかったので自然と動きは早くなってゆく。
その道を歩いていると俺は偶然顔見知りの人物と出会った。

「月ちゃん……」
  たくさんの荷物を背負った鷺森音羽と偶然にも遭遇してしまったのだ。
どこかにお出かけというレベルではなくて、この街を去って行きそうな雰囲気である。

「もしかして、音羽……」
「わ、私はこの街を出ていこうと思うの」
「やっぱり、俺が約束を破棄をするって言ったせいなのか?」
「もちろん。そうだよ」

 虹葉姉と紗桜と結ばれてから俺はヤンデレ症候群の再発することも恐れずに全てを告白した。
二人と付き合ったこと、過去に約束した音羽をお嫁さんに貰うことの破棄を。
音羽は目尻に涙を浮かべて、無理矢理に笑顔を浮かべて、たった一言だけ『わかった』と。
  ヤンデレ症候群を再発はなかった。一度発症しているので最大限の警戒をしていたが、
女の子の心は海より深いのか男の俺では全く見当がつかなかった。

「そんな急に街から出ていかなくても」
「もう、決めたんだよ。約束が私にとっては全てだったから。
月ちゃんの事を想うだけでこの心の闇がどんどんと深まってゆく。
今は自我を保っていられるけど、想いが暴走したら月ちゃんを殺してしまうわ」
「ヤンデレ症候群は催眠術で対処できたぞ」
  虹葉姉や紗桜はヤンデレ症候群をすでに超越してデレモードに入っているから全く効かないけどな。
「そういう問題じゃないよ。月ちゃんを傷つけてしまったから。
  だから、私はちゃんと責任を取らないといけないわ」
「責任なんか取らなくてもいい。親しい知人がいなくなるとそれはそれで寂しいぞ」
「ありがとう。月ちゃん」
  微笑する音羽が俺に手を差し出す。
「最後にもう一度だけ約束しましょう。今度はこの広い世界のどこかでまた再会をしましょう。
  それまでには私の内に眠る悪魔を飼い馴らしてみせますからね」
「ああ。約束しよう。またどこかで会おう」
「はい。会いましょう」

 しっかりと手を握ってお互いに笑顔を浮かべたまま、二人は背を向いて別々の道を歩いた。

俺は水澄家へ。

音羽は自分の悪魔を追い払うための旅と言ったところだろうか。
数年ぶりに再会した幼なじみとの別れは呆気なく終わりを告げたのだ。

 家に帰ってくると嬉しそうに出迎えてくれているのは、猫と犬。
いや、失礼。虹葉姉と紗桜であった。
俺は二人に予約したクリスマスケーキを渡すとコートの上で積もっている雪を取り払った。
「月君月君。ほらほらっ。紗桜ちゃんと一緒にクリスマスの飾りを付けるの頑張ったんだよ。
  誉めて誉めて」
「あぅぅ。お姉ちゃんばかりせこいよ。私だって頑張ったもん」
「はいはい。二人ともケンカしないの」
  尻尾を振っている虹葉姉と紗桜の頭を優しく撫でてやると俺は靴を脱いで家に上がった。
リビングに向かうとクリスマスの飾りが見事に完成していた。
「おおっ……飾りをすると今年もクリスマスがやってきたって感じがするなぁ」
「そうでしょそうでしょ。お姉ちゃんが心を込めてにゃあにゃあしたんだから」
  そのにゃあにゃあとは一体何かね? 
と尋ねることができない俺のヘタレさは歳を重ねる事に増しているのは気のせいだろうか。
ソファーに少し座り込んでから買物に出掛けた時に虹葉姉と紗桜にわからないように買ってきた品物。

つまり、クリスマスプレゼントを二人に渡そう。
  音羽との別れ……。
  幼い頃にたっぷりとお世話になったのに俺は恩返しすることができなかった。
約束していたのに、音羽のお嫁さんに貰う約束は、それよりも大切な虹葉姉と紗桜を選んだ時点で
  破棄してしまっていた。
そのことに罪悪感を覚えていたと言えば嘘ではない。少しだけ胸の奥に引っ掛かりを感じていた。

 だが、偶然に音羽に会って、彼女は自分自身で答えを見付けだしていたようだ。
  俺と交わらない道を突き進むだけ。
  ならば、俺も自分の信じる道を進む。虹葉姉と紗桜に幸せにするということ。
  これはそのための誓い。
  想いを込めたプレゼントは思い出の中に置き忘れた物にこそ相応しい。

 俺は少し緊張していたので息を思いきり吸って吐いてから。二人の名前を呼んだ。
「虹葉姉……紗桜。大切な話があるんだ」
  真面目な表情を浮かべて俺は虹葉姉と紗桜をまっすぐな眼差しで見つめた。
普段の俺に似合わない顔に二人は何事かと狼狽えながらも耳を傾ける。
「渡したい物があるんだ。クリスマスプレゼントって奴だ……」

 俺はクリスマスケーキを囮にして隠し持っていた包装された手提げの箱を二人に差し出された。

 3つの袋……。

 一つは、虹葉姉。

 一つは、紗桜。

 最後の一つは、俺自身に当てたプレゼント。

「月君。中を開けていい」
「兄さんからのクリスマスプレゼントって何かな」
  年頃の女の子にプレゼントするような物じゃないってことは充分にわかっている。
虹葉や紗桜も若い女の子が欲しがっている物を欲しいと思っているはずだ。
でも、俺はあえてそうしなかったのは原点に戻ってみたかったのだ。
  俺と虹葉姉と紗桜が初めて三人で笑い合った最初の思い出を。

 綺麗に包装された紙を破って、そこから出てきた物を見て、虹葉姉や紗桜は思わず絶句していた。
そこには二人が予想すら出来なかった物があるのだから。
「月君……これは」
「もしかして……兄さん」
「これは俺が虹葉姉と紗桜に送るプレゼント」
  二人が取り出したのは……。
 
  猫と犬の人形であった。
  手にはみ込んでよく三人で遊んだ俺にとっては大切な思い出。
  俺は自分の分を取り出して、兎の人形を動かしていた。

「昔、これでよく遊んだよな。確か、紗桜が男性恐怖症で俺に近付けられなかった頃にね」
「わ、忘れるはずないじゃない……」
  虹葉姉は愛しそうに猫の人形を大切そうに抱き締めていた。
紗桜に至っては瞳が潤んで今にも泣きだしそうになっていた。
「今でも私は大切に保管しているよ。月君と紗桜ちゃんの思い出だもん」
「虹葉姉……」
「私は兄さんとお姉ちゃんが貰った犬の人形のおかげで、どれだけ心を慰められたかはわからないよ。
今も大切に使ってる。これがないと男の人と喋れないんだから」
「ごめんな。本当はもっといいプレゼントを贈るべきなんだろうけど。
虹葉姉と紗桜と恋人になった最初のクリスマスプレゼントはこれしか浮かばなかった」
「ううん。これ以上のプレゼントなんてないよぉ。ありがとう。月君」
「お姉ちゃんの言う通りだよ。兄さんとお姉ちゃんと過ごした日々は
  お金で決して買えることができない幸せなんだよ。
  ありがとう。大切な事を思い出させてくれて」
  二人とも涙を流しながら猫と犬の人形を被ってお互いにじゃれ合っている。
  原点の回帰。
  変わらない想い。大切な家族の絆がここにあると確認をする。

「久々に月君と紗桜ちゃんと私で人形劇でもしましょうよ」
「それいいアイデアだよ。お姉ちゃん」
「その前にご馳走を用意しておかないと五月蝿い人間が一人やってくることだし」

 ピンポ〜ン。

 噂をすると絶対的な支配者が家にやってきた。やれやれ。
  お互いに嘆息しながら、三人でお迎えに行く。そうしないと冬子さんは拗ねるし。
  玄関の扉を開けると勢いよく入ってくる冬子さん。
  年齢不詳のご婦人はクリスマスイヴのおかげでテンションは高くなってる。

「ねぇねぇ……さっき商店街で福引き券を引いたの。当たったの。
  特賞の温泉旅行三泊4日の4名様ご招待。
うわっ。これは私の中で遺伝子が騒ぐわ。年末はそっちで過ごしましょうね?
  いいでしょう。いいでしょ」
「冬子さんは……それはちょっと」
「どうしたの? 虹葉ちゃん。蛙のように顔色を緑色にしちゃって。
もしかして、私に黙って月さんの奢りのご馳走を勝手に食べたの?」

 冬子さんが指摘する通りではないが、虹葉姉の顔色が少しだけ真っ青になっている。
無理もない。二人の両親は今と同じ温泉旅行の途中で飛行機を墜落して死んだのだ。
どうしても、忘れ去った痛みが戻ってくるのは仕方ない。

「喜んで行こうぜ。年末は温泉旅館に過ごすのも悪くないだろ? 虹葉姉、紗桜」
  虹葉姉と紗桜の肩に手を回して、励ますように力強く言った。
「大丈夫。俺がちゃんと付いているからな」
「月君」
「兄さん」
  過去はいい加減に振り切らないと駄目なのだ。

音羽が長年待ち望んでいた約束を忘れるためにこの街を旅立ったように。

「よしゃあっっ!! 決まりね。3人とも26日から行くからちゃんと準備しておきなさいよ。
その前に月さんの奢りのクリスマスを楽しみましょうね」

 やれやれと嘆息をする。

 人の心の闇はいつか必ず晴れる。
  そう、澄み渡った蒼い空のようにな。

 水澄の蒼い空 完

2007/03/27 To be continued.....

 

inserted by FC2 system