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水澄の蒼い空



プロローグ

 どこまでも透き通った蒼い空がどこまでも広がっていた。
雲もなく、今日は快晴だったが。俺の中の天気は突如来た夕立に打たれている気分だ。
  目の前にいる友人がまた一騒動を起こした模様である。
  夏の日差しが強い昼頃に出掛けて、あてもなく友人とショッピングセンターをぶらついている途中に
起きた騒動であった。
俺が友人の目を離して書店で本を立ち読みをしている隙に起きた騒動らしい。

ガラス越しで人が集まっているので俺はそのおかげで友人がガラの悪そうなお兄ちゃんに
絡まれているのがわかった。
ほとんど半泣き状態で誰かに助けを求めようとしているが、
見物人は全く彼に視線を合わせようとしない。
せっかく、第三者として面白い物を見物できるのに
わざわざ自分から火の粉の中に入り込もうとするバカは山奥のどこかで仙人か
新世界の神になればいいと俺はつくづくそう思う。

 全く、俺こと天草 月(あまくさ つき)の周囲にはトラブルメーカー以外にいないかと
思わず嘆息の一つや二つも吐きたくなる。

その友人は彼氏付き女に口説いているのが幸いして、今思い切り絡まれています。

 さて。
  ここで友人を見捨てて帰ってゆくのも面白いかもしれない。
「おい。コラ? 人の彼女に手をだして生きて帰れると思うなよ」
  ガラの悪いお兄ちゃんに友人は胸倉を掴まれて足元が少しだけ宙に浮いていた。
囲んでいるギャラリーはストリ−トファイトになることを期待しているのか
誰も止める気配は見せない。
警察もまだ到着してなさそうだし。
  さらばだ。花山田忠生。
お前と思い出は決して俺は10秒後にすっかりと忘れてやる。

「わ、わ、わ、わ、忘れないでくれよ月!!」
  うわっ。俺の心の中が読まれている。
人込みに隠れて忠生の苦しむところを思う存分に眺めてやりたいと思っていたのに。
ちくしょう。
  気を利かせて、人込みを作っていた人は俺が談笑への舞台まで道を明けてくれた。
  ありがとうよ。バカ野郎どもよ。
「あん? てめえもこいつのツレかよ。だったら、お前にも責任とってもらうぞ」
  むっ。こいつ、言ってはいけないことを。
「勘違いして欲しくないんだが、俺は花山田忠生のツレじゃあない。
ここにいる皆様方にも告げたいが、俺はこいつと友達になるぐらいなら、
カブトムシと友達になった方が100倍マシだぁ!!」
「月。お、俺とお前の友情は?」
「んなもん。最初からあるわけないだろ」

 藁をも掴みたかった忠生は失望の表情を浮かべてこれから起きることを覚悟していた。
ガラの悪い男は忠生の首をがっちし掴んで人気のない場所へと連れて行かれようとしている。
周囲の見物客も騒動に飽きてきたのか散り始めていた。

「くそぉぉぉ。今度生まれ変わってくる時は女の子だけの世界を作って、
俺は新世界の神になってやるぅぅぅぅ!!」
  と、忠生は不吉な事を言い残して強制的にこの場から姿を消した。
「熱いからそろそろ家に帰るか。夕飯の準備に取り掛からないとな」
  俺は忠生という男の存在はもう頭の片隅に残ることなく、今日の夕食の献立を何にするのか
頭が一杯一杯であった。

 

 水澄家という表札が飾られている一戸建の家が俺がお世話になっている家である。
俺は小さい頃に両親が交通事故に遭って両方とも亡くしている。
両親の親友であった人が俺を引き取ると言ってくれたおかげで俺はその頃から
水澄家に居候させてもらっている。
養子縁組をせずに俺の籍を移し替えていないのは亡くなった両親に思う所があるだろう。
詳しく聞けないまま、そのお世話になったおじさんおばさんも3年前に他界した。
  運悪く俺達姉弟妹が普段からお世話になっている両親に恩返しするために
商店街の福引き券で当てた温泉旅行の移動の最中に飛行機が墜落したのだ。
  帰らぬ両親たちに俺達は悲しんでいたが、いつまでも悲しんでられない。
難しい相続に関する手続きは叔母や祖母達が全て引き受けてくれたのは助かった。
話に聞くと両親は何かのために多額の生命保険の受取人として水澄姉妹宛てにしていたのだ。
更に俺も知らなかったことだが、俺の本当の両親も俺のために多額な遺産を残してくれていたようだ。
管理人としておじさんが俺が20才のときにこの遺産の事を話す手筈だったらしい。
  だが、いくらお金が入っても俺達が好きだった両親は戻ってはこない。
心のどこかに傷を抱えたまま3年の時が流れた。
3年も経てば表面上は以前のように振る舞えることはできるだろう。
  ただ、俺は知っている。
  俺の家族になってくれた姉妹が両親の遺影を前にして泣きそうにしていることを。

 

 家に帰ると俺は夕飯の食事の準備に取り掛かる。
水澄家には二人の姉妹がいるのだが、料理関係は恐ろしくダメで
作らせると暗黒料理やカ−ボンという人間では作れない料理を作ってしまうほどに
下手という領域を遥かに超えているのである。
一度、姉妹達にせがまれて試食した時に俺は食中毒で病院に運ばれて1ヵ月も入院するという
ありえない事態が起きてしまった。
それ以来、水澄家では虹葉姉と紗桜に料理禁止令がひかれている。
生前でも自宅を留守にするほど忙しかった両親の代わりに居候の俺が小さな頃から
台所に立たざるえなくなってしまった。
そのおかげでこの年頃になると一人前の主夫として
いいお嫁さんに貰われるまで成長してしまったのだ。
(何かが虚しいぞ)

「月君。月君。今日の夕食は何かな? かな?」
  ある程度夕食を作ることとモノロ−グに深けてしまっている間に虹葉姉が台所にやってきた。

 この人は水澄虹葉。(みずみ なのは)

 年は俺より年が一つ上。細い体に乗った小さな頭、長い髪を黄色のチェックリボンに纏めている。
雪のような白い肌に整った顔立ち。美少女というよりはだれにも気軽に話せる雰囲気を持つ
女の子であり、俺が通う学校では密かにファンクラブが設立される程の人気を持つ。
一応、この家にやってきた頃から俺は姉と慕っているが。

「つまみ食いしていい?」
「だめ」
「お姉ちゃん。お腹空いているんだよ。ちょっとぐらいいいでしょ? ねえ。ねえ」

 全然、姉らしくありませんでした。
まあ、この家に来た頃はちゃんとお姉ちゃんをやっていたはずだが、
俺がこの家に馴染めてきた頃には弟べったりな女の子になってしまった。

「はいはい。好きなだけ食べてくれ」
「わーい。月君。話わかるよ」

 俺はフライパンで炒めていた食材を皿に盛り付けると真っ先に虹葉姉の箸が素早く動いた。
口を含むと頬に手を押さえて一人別世界に旅立つ。

「うわっ。いい匂い。兄さん、今日は何を作ったの」
「適当な残っていた食材を工夫して作っただけだ。食費を節約できるなら節約した方がいいしな」
「節約したお金を兄さんが裏金作りに励むわけですね」
「そんなもんないっての」

 俺は嘆息しながら、他の食材を調理をし始める。紗桜には問等に付き合っている暇はない。
  この子は水澄紗桜(みずみ さくら)
  年は俺より一つ下。小柄な体で身長も平均の女子よりも少し小さい程度。

長い髪を真っ二つに分けている。俗に言うツインテ−ルという髪型にしていると言った方が
わかりやすい。
姉同様に恵まれた可愛い容姿に気さくで親しみやすい性格。姉同様にファンクラブが設立しているが、
本人は知れば卒倒するだろう。
  この家は虹葉姉と紗桜、そして、居候であるこの俺の3人家族で暮らしているのだ。

「今夜のニュ−スを放送します。今、社会問題とされている女性による男性の刺殺事件が
年々と増加傾向にあります。原因は男性による他の女の浮気とされ、
嫉妬した女性が精神的に病んでしまうことにあります。
その結果、男を寝取ろうした女性や恋愛の勝ち組の女性が刃物や鋸などで刺されるケ−スは
全く珍しくありません。
今月未明に起きた男性Mを懸けて争った女性の西園寺世界さんが容疑者の女性に
通学途中で刺されるというショッキングな事件も該当します。
政府はただちに問題になっている刺殺事件の対応を…」 

食卓に先程作った料理を並べて、3人仲良くテレビを見ていた。
流れているニュ−スは食事の時に見るには相応しくない内容だったが。
まだ、7時前だから仕方ないだろう。
  虹葉姉と紗桜がニュ−スを真剣な眼差しで見ていたが、
俺はできるだけ気にしないでおこうと思っていた矢先に紗桜は問い掛けてきた。

「兄さん。ど・う・し・て・男の人は浮気するんですか?」
「そうそう。ようやく、恋人同士になったり結婚したのにね」
「いやいや、待て待て。なんで、俺の方を睨んで聞くんだよ」
「別に」
「別に」
  息が合う姉妹の連携プレイ。俺を論理的に追い詰めている寸前はできている模様です。
この二人がお互いの利益のために協力し合うとさすがの俺でも勝てる気はしない。

「男は本能的にそう生物なの。種を植え付ける性欲に我慢できずにいろいろと口説いたり
襲ったりするものじゃないのかな?」

 何故か疑問係。
対面し合うテ−ブルの向こうにいる姉妹の迫力は先程よりも上回っているような気がするぞ。
外面は笑顔の冷笑を保っているけど。
「月君は女の子の気持ちとか考えないの? 好きな男の子が他の女の子の事を想っているだけで
自殺するぐらいに傷つくんだよ」
「そうそう。お姉ちゃんの言う通りだよ。兄さんは少し無神経ですっ!」

 姉妹の猛攻。俺がテレビで報道されているヘタレ男並みに軽蔑する視線が送られている気がする。
これはとんでもない屈辱だ。
何とか反論しなければ。

「でもさ。男がたかだか浮気したぐらいで鋸を持ち出して、恋敵である女の子を刺そうとするか? 
最近の女の子はちょっとおかしくなってきているよ」
「別に全然おかしくないですよ。恋敵を排除して好きな男性と幸せになるのは
  当たり前じゃないですか」
「そうだよ。月君。今も昔も恋のオウガバトルに関しては殺した者が勝者なんだよ」

 だからさ。殺した時点で刑務所行きは確実なんだけどな。
それでどうやって幸せになるんだよと内心口から溢れそうになったが思わず引っ込めた。
油に水を注ぐ行為をすれば、地雷を踏んでしまう。

「恋人の仲介をしといて、本命のために練習台になってあげるよと言って
寝取ってしまう女の子は本当に最低だよ」
「ううん。彼女を携帯メ−ル一通で別れようとする彼氏の方も生きている価値はないと思う」
  虹葉姉も紗桜もすでにその件のニュ−スが終わっているのにいつまでもその事に関して
会話で盛り上がっていた。
俺は触らぬ神に祟りなしのことわざの通りに自分で作ったみそしるをすすりながら、
姉妹を相手にしないでおこうと思った。

 

 夕食の後片付けをしてから、最後の順番になった入浴をして疲れを癒す。
適当に玄関や窓の鍵を占めるのを確認して自分の部屋に戻る。
これで今日一日が終わる。
  姉妹の部屋を通り過ぎようとすると虹葉姉と紗桜がドアを開けてひょっこりと顔を出した。
「月君。お休みなさい」
「兄さん。お休み」
  パジャマに着替えた姉妹がお休みの挨拶を言ってくれる。
これも日常的なことになっているよな。
ちなみに猫柄のパジャマを着ているのは虹葉姉で、犬柄のパジャマを着ているのは紗桜だ。
二人の趣味はモロ出しだが、その姿が可愛くて似合うなんて言葉に出せるはずもなく。
「ああ。お休み」
  と、その一言を言ってさっさと自分の部屋に戻った。

 ベットで横になっていると俺はたまに思い出す。
  隣の家に住んでいた女の子のことを。水澄家に馴染めることができなかった頃に一緒に遊び、
いろいろお世話になってくれた女の子。
  しばらくすると引っ越してしまったが。
  今はどこで何をしているんだろうか。
  そう思いながら、深い睡魔に襲われて眠りに着いた。

第1話 『来訪者』

 第1話『来訪者』

 ねえ。約束しようよ。
  今度ね。再会することがあったら……
  わたしを。

 懐かしき情景である。俺が水澄家に引き取られてから仲良くしていた隣に住んでいた女の子。
仲良くしてから数ヵ月後に引っ越してしまったが、
彼女の存在が両親を亡くした傷心の俺を励ますようにいつも傍で支えてくれた。
  これは彼女がこの地を離れようとする時の出来事だ。

 見送りするのは俺だけで、他には誰も見送ろうとする者は来なかった。
  当たり前である。
  彼女の両親は連帯保証人で多額の借金を背負っているのだ。
この地から逃げるのは借金取りから逃げるための夜逃げである。
俺は彼女から大体な事情を聞いていたので、深夜に水澄家を抜け出して
彼女の両親と彼女を見送ろうとしていた。

 時刻は深夜。子供が起きていい時間ではない。
深淵のような暗闇に恐れずに彼女の両親は小トラックに家具や荷物を積む。
俺自身が手伝おうと思ったが、彼女と一緒にいる時間をできるだけ長く傍にいたかったので
その光景を見守りながら、彼女と手を深く握り締めた。
  まだ、子供だから。俺は彼女がどういう境遇にいるのかは全く理解することができずにいた。
彼女は涙目になりながら、俺と一緒にいた思い出を長々と語っている。

(ありがとう。月ちゃん)

 深々と頭を下げながら彼女は俺に礼を述べていた。
全く、理解できずに俺はただ慌てることしかできない。
どうして、彼女が俺に礼を述べる理由は全く検討がつかなかった。
ただ、わかっているのは彼女が俺との別れが惜しんでいることぐらいか。
  彼女の両親が家の荷物の全てを小トラックに押し込むと迅速な行動で
トラックに乗り込んでエンジンを入れるとようやく別れの時が訪れる。
  彼女は小さな小指を差し出すとこう言った。

(約束しようよ。月ちゃん)

 泣きながら笑顔を浮かべようとしている。本当は泣きたくてたまらないのに。
それを堪えて我慢とする彼女をこれ以上見るのが辛かったので俺は彼女の小指に自分の小指を絡めた。

(また、どこかで絶対に再会するの。

この広い世界のどこかで私たちは会いたいと想い続けている限り、また会えるんだよ。
だから、そのために約束しよう)
  俺は首を縦に頷いた。
  彼女の言葉通りにお互いがまた会えると信じている限り、どこかで会うことができる。
この広い世界は残酷で悲しいことが多いけれど、子供の純粋な想いだけは
誰にも汚されることなく叶うことを祈る。
(もしね。再会することができたら、私をお嫁さんにしてください)

 夢が終わる。
懐かしい夢の終わりと同時に眩しい朝日の光が部屋の隙間から細かく入ってきた。
時計が鳴る音が部屋中に鳴り響くと俺は問答無用に止めた。
本来なら、ここで二度寝タイムに入りたいところだが、俺は居候であり普通の男子学生と違った生活を
送ることはできないのだ。

 起床時間は6時。
  こんなに朝早く起きる理由は俺が家事一般を任されている、
どこに出しても恥ずかしくない主夫だからだ。
ある程度目を覚ましてから急いで台所に立ち、冷蔵庫から取り出した材料を包丁で細かく刻み、
慣れた手つきでフライパンを動かして具を炒める。

料理禁止令の水澄姉妹の代わりに俺は水澄家の朝食を作る。
ついでにお弁当も俺がせっせと作っている。この時間帯に起きないとさすがに慌てて準備をするのは
あんまり好きではない。
  ある程度の作業工程を終了すると出来上がった朝食をテーブルに並べて行く。
朝食が出来上がった時点で俺は階段を上がって、姉妹の部屋に行く。

 ドアをノックするが、当然返事はない。
一応、女の子だから礼儀正しくドアをノックしているのだが、
女の子じゃなかったら問答無用に張り倒して叩き起こしているところだ。 
ドアを開けると二人は仲良く心地良く寝ていた。
ダブルベットの上で姉妹は寝息を立てている。
姉妹一緒に寝ている姿を見ているとこっちも心が癒されるような感覚に陥るが
俺は二人の布団を問答無用に取り除いた。

 それでも、起きない。ただ、乱れたパジャマがあちこち肌を露出しているし、
胸の谷間とかも見えているので慌てて俺は視界をずらした。
  姉妹が好んで着ているパジャマは彼女たちの性格を現す。

 猫柄のパジャマを着ている虹葉姉は猫が大好きで普段からにゃにゃと言っているし。
  犬柄のパジャマを着ている紗桜も犬好きだし、犬みたいな性格をしている。
  と。モノロ−グに浸っている暇はなかった。

「虹葉姉。紗桜。もう、朝だよ。いい加減に起きないと遅刻しちゃうぞ」
「うーん。もう少しだけ」
「布団気持ちいいよ」
「はいはい。とりあえず、起きような」
  体を揺らして起こそうとするが、全く起きる気配はなかった。
女性特有の柔かくて暖かい感触に喜びを感じる間もなく、俺はさっさと最終手段を使うことにした。

「起きないとキスしちゃうぞ」

 その一言の言い終えた途端に姉妹は顔を真っ赤にして眠たそうな瞳をきっちりと開けた。
俺は虹葉姉と紗桜が起きたとわかってから、面倒臭そうな足取りで台所へ戻って行く。
後片付けはちゃんと最後までやらないとな。

 

 テレビを点けて朝のくだらないニュ−スを朝ご飯を食べながら呆然としていると
騒動しい二人組が慌てて乱入してきた。
パジャマから俺達が通う学園が指定した制服へと着替えてきたらしい。
女の子は準備にいろいろと時間がかかるなら、もう少し早起きしてこればいいのにと
俺は内心思っていたりするが。
「月君。おはよう」
「兄さん。おはようございます」
  礼儀正しく丁寧に姉妹が挨拶を交わす。
先程の寝呆けた二人の姿はどこにもない。ノ−トの記憶でも甦ったような変貌ぶりである。
学園ではこの姉妹は優等生と通っているせいか、学園中では優等生の仮面を被っているのだ。
でも、家の中では仮面を剥ぎ取られてダメモードに入っているが。
「今朝のニュ−スです。
  男性を監禁した疑いで元恋人の猫崎猫乃容疑者を警察は逮捕致しました。
事の発端は恋仇であった女性に片思いの男性に寝取られてしまい、その男性に復縁を迫ったところ、
思わず、そこに遭ったフライパンで被害者の頭を殴打して、
そのまま1年9ヵ月に渡る長い監禁生活が続いたと思われます。
警視庁は記者会見で真相は捜査で明らかにすると宣言しています。
  今日のような女性による監禁事件は1日で5−6件と年々と増加傾向にあります。
  次のニュースは……」

 朝食の憩いに流れたニュースに朝食を食べずに虹葉姉と紗桜は箸を止めて、
今のニュ−スを険しい表情を浮かべて真剣に見ていた。
  嫌な予感がする。
  だが、もう遅い。俺は迫ってくる悲劇を避けられることなく、昨夜と同じように紗桜が尋ねてきた。

「兄さんは女の子による監禁事件はどう思いますか?」
「監禁自体は犯罪だから捕まって仕方ないじゃないのか」
「違いますよ。監禁は女の子による大好きな人を独り占めにできる
恋愛の最上級テクニックなんですよ。
好きな想い人を自分好みに調教できるなんて最高じゃないんですか。
監禁して調教している最中にその人も自分の事を愛するようになってくれたら。
もう、メチャクチャ幸せです!!」
「紗桜。お前、一度病院に診てもらえ」
「あうっーー!!」

 監禁生活が恋愛の最上級テクニックって頭のおかしい主張する妹は
一度黒い医者に診てもらえばいいと思う。
実際、被害に遭った男性は外部から遮断されて今まで積み重ねた物が発狂した女性によって
全て失っているだろう。
監禁から解放されたとは言え、これからの社会復帰は重く冷たく伸し掛かるはずだ。

「月君。紗桜ちゃんをいじめないの」
  虹葉姉が真剣な眼差しで俺を見つめてきた。
「女の子の素直な気持ちをちゃんと受け取っていれば監禁生活も天国に変わるんだからね。
私も想いを受け取ってくれない人にはとことん調教したいとか思っているんだけど」
「姉妹揃って仲良く精神科に行けっっ!!」
  やはり、虹葉姉も紗桜もニュ−スの電波を受信して頭のどこがおかしいです。

 

 姉妹より俺は先に家を出ると夏の熱い日差しをまともに受けながら黙々と歩いた。
紗桜や虹葉姉や俺が通う学園は徒歩で15分ぐらいだろうか。
学園は至って普通の子が通う平凡な学園であるが、
俺は家からも近いことだし成績も並みのため通っている。

だが、少なくても疑問に思うのはもっと上の学校を狙えたはずの虹葉姉と紗桜は
何故かこの学園に通っているってことだ。
二人に聞いても、その理由までは教えてもらえなかった。
  とはいえ、この猛暑の中でも足取りは軽い。
昨日までの期末考査は終了して、悪夢のテスト返しを終了すればついに念願の夏休みに突入するのだ。
今日も大した授業もないし、学校に着けば寝てればいいから気楽な一日なるはずであった。

 朝のホームルームが始まると突如いきなり全校集会という校長が家で起こった出来事を
売れない小説家よりも大げさに語るという伝統行事が待っていた。
この猛暑の中で長々と語られると体育館の中ではとはいえ日射病で倒れる人間が
多数続出するかもしれない。
眠りを誘いそうな電波を発するヅラ校長の顔を思い浮かべるだけで俺は仮病を使って、
保健室へと逃げ込みたかったが担任の次の一言で俺は地獄に行くことを決めた。
  なぜなら、この学年に女の子が転校してくるからだ。
  ぜひ、こんな設備も人材も整っていない物好きな人間の容姿や性格その他の事など
もろもろ知りたいと思うのは人として当たり前のことだった。

 とはいえ。全校集会は退屈と眠気と耐久力を競う競技であった。
名前も知らない多数の人間と一緒に正しく綺麗に一直線に並んでいる。
校長先生らしきヅラはそれを見下すように国語教師に強要したカンペの内容を忠実に読み上げていた。
更にアフレコらしき校長先生の孫の自慢話になる頃には数人の犠牲者が出ていた。
  さっさと転校生紹介に入ってくれないかと心から願っていた。
恐らく、周囲の男子生徒も俺と同じことを思っているはずだ。
ヅラ校長の反射する光よりも、転校してきた女子生徒の眩しすぎる笑顔を見たいってね。
  その願いが届いたのか、ついに待ちに望んだ転校生の紹介がやってきた。

「初めまして。皆さん。わたしはK高校から転校してきた……
  鷺森音羽と言います。よろしくお願いします」
  ここまでは普通であった。
  全校生徒の前で転校生として立っていることで硬張った表情を浮かべて、
オドオドしている彼女は涼やかな声で言った。

「ただの人間には興味ありません。この中に『天草月』さんがいたら、
私のところに来てください。以上です」

 さすがに驚いたね。転校生である鷺森音羽さんは自己紹介の場で俺を名指しするなんて
一流の脚本家すらも思いつかない展開に俺はただ驚きを隠せない。
俺を知っているクラスの連中と他のクラスからの視線が一斉に向けられた。
  転校生である美少女と知り合いなのかよという男のジェラシ−が9割と
常識では考えられない紹介した奇人と同類なのかと問い詰めたい視線が1割といったところか。

 ただ、俺が危惧することはただ一つ。
  この全校集会で参加しているであろう虹葉姉と紗桜が家に帰るとどういった反応が返ってくるのか
考えるだけで思わず嘆息してしまう。
  しみじみと思う。これは夢だと信じたい、と。

第2話 『嫉妬の炎は鉄をも溶かす』

 このように転校してきた美少女らしき鷺森音羽さんは一瞬にして
全校生徒の注目を浴びると同時に彼女が主張した『天草月』という俺の名前が
全校に囁かれることになっていた。
あの全校集会の後にクラスたちが俺のところに問い詰めてきた。
当然、あの鷺森音羽さんとはどういった関係なのかと聞かれて、
俺は会ったこともなければ話を交わしたこともない赤の他人だと答えると、
男子生徒の半数から反感を買ってしまう。
  だって、本当に顔の面識もないんだぜ。
これ以上話すこともなくても、クラス半数に問い詰められるのはごめんだ。
生まれて始めて、さっさと授業開始のチャイムが鳴ればいいのにと心の奥深くに祈った。
祈りが通じたのか、チャイムが鳴り担当教師がやってきた。 
授業はテスト返しで退屈な授業だったが、今の俺は赤点や補習を気にする余裕はない。
  さっきから、ズボンのポケットに隠してある携帯電話が振動し続けている。
思っている以上に敵の動きは早い。
  すでにその敵の名はこの作品を読んでいる読者はおわかりであろう。
  俺の身を脅かす敵は、水澄虹葉と水澄紗桜である。
  電話の宛先は確認していないが、俺の本能の勘が告げる。
  まあ、水澄姉妹のことだ。授業中に俺が出れないことはすでに予想済みであろう。
  だから、これはある一種のメッセ−ジを送っているのだ。

『月君』
『兄さん』

『今日のお昼休みは一緒に食べましょうね』
 
  ってな。
  考えるだけで身震いする事実だが、俺は苛酷な現実を受け入れよう。
  ついでにこのテスト表紙も何故か赤点だ。
  ちょっと泣きそうになった。

 休み時間が来た。
  意地でも自分の席を離れないように堅い意志を貫く。
  この教室から出れば、それが俺のBADENDフラグだ。
容易に誰かに話かけるのは不味いような気もするが、耳に入ってきた鷺森音羽さんの情報は
今の現状を打開するのに有り難いことであった。
  まず、鷺森音羽さんは2−D組に転入したこと。(俺のとこは2−A)
  同学年だったのは驚きだが、彼女の人気が余所のクラスからも転校生の顔を見るために
やってくるらしい。
しかも、嫌そうな顔もせずに天使のほほ笑みを周囲に浮かべているのが好印象だったらしく
密かに鷺森音羽さんファンクラブを結成するらしい。
  それ以上の情報は入ってこない。ついに昼休みの時間を迎えてしまった。
  今日は体力を温存しているため、昼休み中の逃走は可能だ。
追われる身に必要なお弁当を持ち、俺はチャイムが鳴ると同然に走った。
  陸上選手も驚愕するスタートで俺は教室の果てからドアまで辿り着き、その勢いで開けると。
目の前にいたのは、よく見知っている人物の顔がそこにあった。
「えへへ。月君。一緒に食べようね」
「本当に今日だけだからね」
  全て終わったことを悟ると俺は立ち崩れると、
俺の腕を強く掴んで姉妹に連行されるように歩いて行く。
一体、どうなってしまうんだ!!

 

 込み入った食堂で3人仲良く昼の食事を摂ることになったが、
俺は姉妹の対面する側の席を座ると二人の見えない殺気に近いオーラを感じてしまう。
「ねえ? 月君。あの鷺森音羽さんとはどういった関係かな?」
「いや、どういう関係と聞かれてもな。全然顔の面識もないって」
「ううん……。お姉ちゃんは月君が誰と付き合っても別になんの文句はないんだよ。
ただ、家族として月君が女の子に構って学業を疎かになることがあったら、
家を預かる私がはっきりと言わないとダメなんだと思う」
「何を言うんだ」
「月君。その子と別れなさい」
「いや、付き合ってもいないし知り合ってもねぇよ」
「兄さん。嘘はよくないよ。あの鷺森音羽さんは可愛い女の子だよね。
だからといって、不純異性交遊をしていいと思ってるの?」
「してません」
  圧倒的に俺は虹葉姉と紗桜の迫力に圧されていた。
  彼女たちが言う関係は男と女の関係であろう。
  ただ、あんな美人な鷺森音羽さんとそんな関係になるとは想像すらできないわけであって、
  尋常ではない姉妹の怒りに果てしなく疑問はある。
「虹葉姉も紗桜も少し落ち着いてくれ。ここは家じゃないんだぜ」
「わかってる。わかっているんだけど、月君が他の女の子に誘惑されているかもしれないって
  考えるだけで不安になるんだから」
「虹葉姉と紗桜以外にバレンタインのチョコをもらっていないのにそんな心配はご無用です」
  これは確かな事実だ。
  この世に生を受けてから女の子にバレンタインチョコなんて物を貰った覚えはない。
  毎年くれるのは家族である虹葉姉と紗桜だけである。忠生ですら義理チョコを貰っているので
  男として自信を失いつつある。
「それにどうして、虹葉姉も紗桜も俺の女性の対人関係にいちいちとそんなにうるさく言うんだ。
  二人には関係ないだろ」
「がるるるー」
「ぐるるるー」
  水澄姉妹はついに交渉不可能な獣へと変化していった。
  これ以上何を話しても彼女たちは脳内で都合良く変換して俺を追い詰めようという算段だ。
  相変わらず、女の子という生物はよく理解できない。
  俺は姉妹の殺気がこもった視線を受けつつお弁当を食べたが、
  味覚障害並みに食物の味を感じることはなかった。
  更にお昼休みの間は解放されることなく永遠に取り調べが続くことになる。

 放課後になると俺はテスト返しの点数よりも家に帰ってまでも
  虹葉姉と紗桜に問い詰められることに暗澹たる気分になってしまう。
  こんな日にまっすぐ家に帰る気もしないのでその辺にある商店街辺りに立ち寄って
  自宅に帰る時間をできるだけ遅れて帰ることが唯一の生存方法だと思えた。
  家に門限時間が定められているがこんなものを破っても俺にとっては何の支障もないし、
  怒られる相手は多分いないだろう。
  帰る準備を支度すると俺は教室に出ようとするが、昼休みと同じ悪夢が目の前に遭った。
  鷺森音羽さんらしき人物が笑顔で手を振っていた。
「あなたが天草月さん?」
「たぶん、人違いだと思います。銀河の彼方から零れ落ちてくる星の欠片並みに」
「ふふっ。嘘を言わないでください。私はずっと休み時間の間に聞き込み調査をしたんだから。
  あなたがずばり私の捜していた天草月さんってことをね!!」
  テンション良く鷺森音羽さんは俺に向かって指を刺すという人に対しては失礼な行為を
  ポーズを取りながら、まだ周囲に帰ろうとはしない生徒たちがいる前で大声で叫んでいた。
  すっかりと俺は忘れていた。
  機嫌の悪い姉妹の事ばかり考えていたが、問題の本質である鷺森音羽さんのことが
  すっきりと頭の片隅に追いやられていた。
  なんて、ドジな俺。
「あのとりあえずここではゆっくりと話はできないんで、屋上に行きましょう。
  あそこなら誰も来ないし」
「じゃあ、行きましょうか」
  多数の生徒の冷たい視線がなぜか俺に浴びられているが、
  気にすることなく覚悟を決めるしかないだろうな……。

 屋上に辿り着くと柔らかな風が吹き、
  緊張した足取りで俺は鷺森音羽さんに一つの疑問を問い掛けた。
  当然、朝の全校集会のことである。
「どうして、朝の全校集会ってあんなことをしたんだ?」
「全校集会って?」
「皆の前で俺のことを名指したことだよ!!」
  本当にわかっているんだろうか天然ボケ少女よ。
「その前にいつになったら私のことを思い出してくれるのかな」
「いや、思い出すって。あんたと俺は今日初めて出会ったんだろう」
  鷺森音羽さんは悲しそうな表情を浮かべてこっちを上目遣いで見つめてくる。
  そんな表情を浮かべても、俺はあんたに思い出すモノは多分ないはずだ。
「ほらほら。昔、隣同士でよく遊んだじゃない」
「隣同士って……。まさか?」
  今日の夢に出た、水澄家に引き取られた時に俺と遊んでくれたあの女の子。
(約束しようよ。月ちゃん)
  面影はある。薄れてしまった記憶の奥底にあるあの女の子が俺と同じ年令ぐらいになると
  今のように成長しているかもしれない。
「ほ、本当に音羽なの?」
「そうだよ。月ちゃん」
  ようやく、思い出してくれたことが嬉しいのか音羽は俺に抱きついてきた。
「やっと、月ちゃんに出会えたよ」
  親が連帯保証人になり多額の借金を負わされて、夜逃げしてしまった時から数年。
  おれたちはついに再会を果たした。

 積もりに積もった話は気が付いたら夕刻を過ぎていた。
  見上げた空は暗く陽は沈んでしまった。再会した音羽との会話は楽しくて、
  時間を過ぎるのを忘れていた。
「月ちゃんって、今は一人暮しなの?」
「いいや。引き取られた家で暮らしているよ」
「えっ? だって、月ちゃん。引き取られた先の姉妹と全然上手くゆかないって言っていたでしょう。
  この地から離れてもずっと月ちゃんの家庭内のことを心配していたんだからね」
「昔は上手くいってなかったけど、今は本当の姉弟妹のように暮らしているよ」
  上手くいかなかった姉妹との関係はここ数年で驚くべきに改善されている。
  いろいろ出来事があり家族として一歩一歩と近付いていったのだ。
「そうなんだ」
  残念そうに沈んだ表情を浮かべる音羽。ここは逆の反応を見せるべきかと思うんだが、
俺はあえて何も言わなかった。
「じゃあ、そろそろ遅くなってきたし。また学校でゆっくりと話しましょう」
「なんか。いっぱい昔のことを語り合っていたら遅くなってしまったな。悪かった」
「ううん。いいんです。私も久しぶりに充実な時間を過ごすことができたから」
  時計を見ていると。
  すでに門限時刻より2時間以上の時間が過ぎている。
  帰りづらかった家の家事は今日は全て放棄させてもらっている。
  まあ、虹葉姉と紗桜も子供じゃないんだから。自分たちでコンビニでお弁当を買ってくるだろう。
  ただ、二人の機嫌を良くするために二人の好物のものを買っておくか。
「帰ろうか」
「はい」

 音羽のマンションまで送ると俺はだるい足付きで虹葉姉と紗桜が好物をコンビニで買って帰り、
  少しスーパーなどに寄って足らない食材や切れている香辛料など買って帰ると家に帰ってきたのは
  それなりの時間帯になっていた。
  時刻はすでに21時頃を回っているころだろうか。
  学生なら別にこの時間帯に帰ってくることは珍しくなんともない。普通だ。
  ただ、俺はこの時間帯に帰ってくることは滅多になく、
  門限時間をとうに過ぎて帰宅するのは水澄家に引き取られてから初めてではないだろうか。
  恐る恐るとドアを開けてみると玄関から廊下に続く明かりは真っ暗で
  リビングは豆球で薄暗い明かりを照らしている。
  姉妹は自分の部屋にいるのかなとリビングに踏み込んだ瞬間。
  俺は見てはいけないものを見てしまったっっ!!

第3話 『空腹な空鍋』

 リビングの薄暗い明かりの中、虹葉姉と紗桜の人影があった。
どうして部屋を暗くして一体何をやっているのかと注意深く疑っていると俺は驚愕する。
  紗桜はテーブルに行儀よく座りお皿にある食物らしきスプーンで口元に入れる。
その食物らしきものはよく見ていると実は皿の中身は何もなく、
ただ紗桜は常に食べる動作を繰り返し続けているのだ。
「うふふ。お姉ちゃんの作った料理は美味しいよ」
  虚ろな瞳で怪しげな笑みを浮かべて、紗桜は空の皿でスプ−ンを口元に入れる動作を繰り返す。
俺が帰ってきたということは頭には入っていないだろう。
  恐る恐ると紗桜の前を通り過ぎて、虹葉姉の様子を静かに見る。
台所にいる虹葉姉は料理禁止令を破って、料理に没頭していた。
その事実よりも俺は虹葉姉のやっていることに驚愕する。
  まな板に食材を置いているつもりだろう。不器用な仕草で包丁を上から高くから振り上げる。
もし、そこに食材があれば勢いよく食材は四方に飛んで行ってしまっただろう。
だが、そこには食材はない。虹葉姉はさっきから何もないまな板の上で
包丁を振り上げる行為を続けているのだ。
  更に驚くべきことはまだある。
「月君。紗桜ちゃん。待っててね。今すぐ美味しい料理が出来上がるから」
  虹葉姉は虚ろ瞳で壊れた笑みを浮かべる。
  包丁で材料を切り刻んでいる動作に飽きたのか、今度はガスコンロの上に置いてあったお鍋を
掻き混ぜようとしている。
何度も何度も掻き混ぜる行為を続けていた。俺は鍋の中身を確かめようとした瞬間。
背中から悪寒が走った。
  その鍋の中身は空だった。
  さっきから虹葉姉は空鍋を必死に掻き混ぜていたのだ。嬉しそうに笑い声を零しながら。
  これはもはや異常と言わずに何と言うべきだろうか?
  二人の原因の異常は俺がわかる範囲で考えると導きだされた解は一つだけである。

 俺が門限時間に帰らなかったせいで二人は晩飯を食べることができなかった。
  つまり、空腹状態が引き起こす飢えの現実逃避なのだ。

 これらの事態を収めるために俺は立ち上がる。
  現状から打開するための道具は先程買ってきたスーパーの袋とコンビニの袋の中に隠されている。

 たとえば、このスーパーの袋の中身を誰かに渡して。
  できる奴がいるか?
  そんな凄い奴がいるわけない。
  そうとも。
  俺にならできる。
  いや、俺にしかできないんだ。
  やろう!!
  ドラ焼きで
  虹葉姉と紗桜の正気を取り戻してやる!!

 その前に二人の目を覚ますためには一つの道具がいる。
うふふと奇妙な笑みを浮かべている虹葉姉の後ろを通り過ぎて一つの調理道具を取り出す。
  フライパンをしっかりと手に握り締めて、右手には綿棒を持つ。
  この時間帯では皆様のお眠りを妨げることになるが、身内の危機が迫っているので仕方ないだろう。

 俺は息を大きく吸い込むと思い切り叫んだ。

『秘技 死者の目覚め』

「 引っ越し!引っ越し!! 引っ越し!  さっさと引っ越〜し!!」

 軽くご近所の皆様から数件以上苦情が来そうな騒音を10分ぐらい続けながら。
  虹葉姉と紗桜はようやく目を覚めた。

 空気は重く冷たく沈黙を漂わせていた。
  ドラ焼きを美味しそうに食べている虹葉姉と紗桜はエネルギー充填の完了次第。
  ここは修羅場となる。
  ただ、二人とも美味しそうにドラ焼きを食べている姿に思わず和んでしまうわけだが、
時と場合を選ばなければ平穏かつ無事に終わっているはずだった。
  虹葉姉と紗桜がドラ焼きを食べ終わると本格的に空気は圧し潰される重圧のように
襲いかかってきた。
背後に黒いオーラーを背負い、睨み付ける視線で俺を見る。

「ねえ。月君。どうして、門限時間に帰ってこなかったのかな?」
「まさか。兄さん。噂の転校生の鷺森音羽さんとイチャイチャしていたんですか?」
  二人は取り調べの刑事さんよりも迫力で迫ってくる。
俺は額に脂汗を流しながら、視線を姉妹たちに逸らして少し狼狽えた声で言った。
「まあ。二人とも落ち着いてよ」
「話をごまかそうと思ったら、そうは問屋は降ろさないわ月君」
  虹葉姉はすかさずに逃さないようにガンガンと突っ込んで来る。
「お姉ちゃんの言う通りです。兄さんが白状するまでは今日は絶対に寝かせないんだからっ!!」

 今夜は徹夜してまで俺を問い詰めるつもりなのか水澄姉妹よ。
なぜ、俺の対女性関係になるとこの二人はこんなにうるさく問い詰めモードに転換するんだろうか。
虹葉姉も紗桜も恋愛関係の話題になると顔を真っ赤にしてしまう程にウブなのにね。

「一体、何を白状するんだよ。門限時間を守らずに本来やるべきはずであった家事も放棄したことに
怒っているなら謝るけど」
「そんなの問題じゃないんだよ!! 月君が私たち以外の女の子とこんな時間になるまで
遊んでいたから怒っているんだよ」
「いや、放課後に音羽に捕まったんだから仕方ないだろ」
「音羽ですって……。兄さん、鷺森音羽さんとはそんな風に呼び合う程の仲になったんですね」

 二人ともさっきよりも険しい顔をして問い詰めてくる。
テ−ブルの対面上に座っているのでいつでも自分の部屋に逃げる距離は充分にある。
これ以上、黒化するならば俺は喜んで自分の部屋に逃げ込むよ。
その辺にあるチンピラやヤクザ以上よりも恐い。何とか我慢しているが、
さっきから膝が震えが止まらない。

「まず、月君。その鷺森音羽さんのことをお姉ちゃんに教えてくれないかな? かな?」
「わ、わかったよ。鷺森音羽。虹葉姉も紗桜も覚えてない? 
隣の家に住んでいたけど、連帯保証人の借金を背負うことになって夜逃げした一家のことを。
音羽は、俺がこの家にやってきた時、虹葉姉と紗桜と気まずかった頃に知り合った幼なじみなんだよ」
  音羽が親を失って孤独になっていた俺を励まして支えてくれなかったら、
今の俺はここにはいなかっただろう。
それと同じ意味で虹葉姉と紗桜が俺を家族として認め、弟や兄と慕ってくれるおかげで
俺は自分の居場所を見付けられたのだ。
感謝してもしきれないこの二人をこれ以上を怒らせるのは俺の胸の痛みに電気が走る。
必死に宥めようとしたが、更に情況は悪化していた。

 虹葉姉も紗桜も頬を膨らませて拗ねていた。
「むぅ。ダメです。お姉ちゃんは再会によって盛り上がる恋の炎……そんなものは認めないんだから」
「兄さん。とりあえず、これ以上鷺森音羽さんには近付かないようにしてくださいね。
主に私とお姉ちゃんの機嫌が悪くなってしまいますからね」
  ゴゴゴと黒いオーラを発しながら、虹葉姉と紗桜はこれまでない以上に脅迫行為で迫ってくる。
猫と犬の協奏曲は綺麗に重なると破壊力と迫力が増す。
  ここは大人しく姉妹の脅しに屈するべきなのか?

 いや、違う。
  本当の自由は戦って得るものだ。
  俺にだって長年水澄家の食卓を守っていた誇りというものがある。
  清き交際。彼氏と彼女の関係。恋人同士。
  男なら一度は夢を見る理想郷。叶わない夢。
  届かない夢と決め付けて、簡単に諦めていいんだろうか?
  ならば、立ち上がれ。
  人は地球という星から抜け出し、月へ行くと偉業を成し遂げた。
  ならば、きっと俺にはやれる。
  叶わない夢なら、叶えるだけだ。
  大丈夫。天草月はきっと強い。だったら、言えるはずだ。
「一つだけ聞きたいんだが。前にも言ったんだけど、
どうして俺の女性の対人関係や恋愛事情などに虹葉姉と紗桜は過剰な反応を返す?」
「うっ?」
  虹葉姉と紗桜が同時にはもった声を出す。

 驚くことに二人とも真っ黒なオーラーを消え去り、恥ずかしそうに赤面させていた。
長い髪の毛で顔を隠して表情を隠す。いつも沈着で頭脳明晰な虹葉姉ですら
この言葉の応答は真っ先に返ってはこない。
戦況は一気に逆転した。ここで徹底的に追い詰めれば、俺の勝ちになるはずだった。
  虹葉姉が静かに立ち上がると、俺の方を見つめて言った。

「それはお姉ちゃんがブラコンだからなんだよーー!!」

 と、全身を真っ赤にして部屋の方へ逃げ去っていた。
  虹葉姉がブラコンって……。あの人は今ようやく自分がブラコンだということに気付いたのか? 
ちょっと呆れ気味で嘆息を吐いた。
  残された紗桜に視線を合わせるとぴょんと驚いて反応してから言った。

「え、え、えっとね。私は普段からだらしない兄さんをしっかりと監視しなきゃいけないと
思うんですけど。兄さんが悪い女の人にだ、だまされないようにわ、わ、わたしが守ってあげないと
だめなんです。だから、兄さんの女性関係は妹の私がしっかりと管理して、
誰とも突き合わせないように見張って行くのがいいと思うんだけど。
で、で、でも、私はお姉ちゃんと違ってブラコンじゃないんだからね。
兄さんがいないとダメダメになって、
泣きだしてしまうような人じゃないんだから。私は単純に兄さん想いでお姉ちゃん想いなだけです。
家族に何か身があれば、私は命懸けで守ってあげます。
もう、核ミサイルをかの国から仕入れて零距離発射します。もう、無敵です。完璧です。
  あぅぅぅ。私は一体何を言っているのかわかんないよ。
  とりあえず、私が何を言いたいかと申しますと。
  兄さんは私の大切な兄さんなんだから。
妹の私やお姉ちゃんにもっと優しくするべきなんですっっっ!!」

「はい?」
「あぅぅぅぅうぅぅっっっ!!」
  意味不明なマシンガント−クで俺は思わず首を傾げた。
本来の紗桜はこんな風に取り乱さずに常に冷静を保っているはずだったが、
胸につもっている想いを解き放った途端にいろんな意味で壊れた。
「に、に、兄さんが門限時刻に帰ってこなかったことを冬子さんに言い付けてやるんだからぁぁぁ!!
  うわ−んっっ!!」
  羞恥心に耐えきれずに姉同様に素早い動作でこの部屋から紗桜が逃げ出して行く。
  冬子さんて……。
  これはさすがに俺も命をいろんな意味で覚悟しておく必要があるな。
  水澄姉妹の伯母。
  この家の最強の支配者。

第4話 『接触』

 昨日の件もあり姉妹と顔合わせたくなかった俺は朝食とお弁当だけをせっせと作り、
家を早く出ることにした。
虹葉姉と紗桜とは紛争状態が続いているせいか、顔を合わせることになったら
昨夜の問い詰めの続きを開始しそうで恐い。
だったら、早朝の時間に学校に着き、ぼっとお日様を眺めて光合成をしている方が健康的である。
夏の陽射しが眩しいが熱いという時間帯ではないため、俺はのんびりと気持ち行く歩くことができた。
  学校に辿り着いてから、教室で呆然と時間を過ごしているとまったりと時間が流れる。
しばらくするとクラスメイトが徐々に教室に入ってくる。ようやく、ホ−ムル−ムが始まる頃には
教室の席は見事に埋まった。
  ただ、一人を除いては。

「花山田忠生。久々の学校に復帰。やあ、僕の子猫ちゃんたち。俺がいなかったら寂しかっただろ。
いいんだよ。遠慮なしに俺の胸に飛び込んでくれぇぇぇぇ」
  一人の性犯罪者がクラス全体に話し掛けようとするが、誰も相手することなく無視を通していた。
この学園のダメ男最強と噂されている花山田忠生は大人しく自分の席に座った。
といっても、俺の席の前だけどね。
「よう。この前はよくも親友であるこの俺を見捨てて逃げてくれたな月」
「っていうか、お前誰?」
「がっぴょ−ん。無二の親友の俺を忘れるとはお前は悪魔か。この前の露地裏に連れて行かれた俺が
どんな目に遭ったのか知っているのか?」
「別に単位偽装の話題よりもどうでもいいことじゃん」

「うるせぇ。俺はあの後、ナンパした女の子の彼氏が経営するホストクラブの雑用係として
無給で強制的に働かせられたんだよ」
「そりゃ、ご愁傷さま」

「完全に他人事だなオイ。だったら、ちゃんとした慰謝料を要求するぜ。
  花山田忠生の名に命じる。水澄姉妹よ、俺の性奴になれ!!」

「ごめん。そのネタはわかんねぇ」
「ようするにだな。学園で美人姉妹の水澄姉妹とデートさせてくれ。
俺なら姉妹を一日で攻略することは可能。フラグは親友が同居している美人姉妹。充分に攻略可能だ」
「その台詞のやり取りは今年で何百回目だ」
「俺は勝つまで諦めない。炎の男、花山田忠生の恋の炎はどんな強風でも消すことはできないぜ」
  あーあー。いい加減に暑苦しくなる前にヤッてしまうか。
「こっちは虹葉姉と紗桜との仲が悪くなっている事に悩んでいるのに」
「問題ない。虹葉さんも紗桜ちゃんも俺が頂く」
「うるさいわぁぁぁぁぁぁぁ」

 俺の回し蹴りが忠生の顔面にまともに入る。
声もなく倒れて行く忠生を俺は肩に担いで窓際まで運ぶ。
この教室は3階に位置する場所だが、俺は躊躇なく忠生を窓から放り投げた。
「これでようやく俺の周囲の席は落ち着くよ」
  まあ、この程度では忠生は死なない。ぐったりと気絶しているようだが、
3時限目の他のクラスの体育時間には完全復活していることだろう。
女子のブルマ姿を見るだけで何事もなく完全復活しているのは世界では彼しかいないだろう。

 昼休み。
  誰にも邪魔されない平和かつ平穏な時間は俺にとっては何よりも癒しの時間である。
五月蝿い忠生は予想どおりに3時限目に復活し、女子たちを本能に従って運動場中に追いかけていた。
今頃、生活指導教室で正座ともっこりの刑を受けている頃であろう。
  だが、そんな平和な時間はすぐに終わりを告げた。

『2−A組の天草月君。ただちに職員室に来なさい。繰り返して言います。2−A組の天草月君。
ただちに職員室に来なさい』

 昼休みに俺をドラフト指定するかのように放送が流れた。
あの声はウチの担任の声であった。なぜ、呼ばれたのかは理解できないが、
俺は満腹になったお腹を抑えて、重い腰をようやく上げた。
特に用事もなければ、すぐに終わるだろうと気楽な気分で下に降りてしまったのが
今日一日の不幸の始まりであった。
  職員室に辿り着くと多数の教師たちが昼食を食べているなか、俺は担任の姿を探す。
担任は去年奥さんと離婚したばかりの壮年の童顔にメガネをかけた気弱な先生である。
その担任の先生の姿を見付けると、俺は驚愕した。
  そこには音羽が笑顔で手を振っている姿があった。

「天草君。鷺森さんが懇願して君に校舎の案内をしてもらいたいと頼まれたんだ。
別に余所のクラスの人間が校舎案内してはいけないという規則もないので、
お願いできないかな? かな?」
  メガネ君は黒いメガネを取り出して白い手拭で拭きながら言った。
「花山田君をよく校舎の外に放り投げているだろう? あれをたまたま目撃した主婦が
慌てて学校に電話をかけてくることはよくあるんだ。
生徒想いの僕がどうやってオレオレ詐欺並みの演技力で弁解していると思うんだ。
引き受けないと内申書がどうなってもいいのかな? かな?」

 メガネ君が穏やかな口調で脅迫まがいに俺を脅している。全く、この担任だけは敵に回したくない。
仕方なく俺は了承し、首を縦に振った。

「うわっ。月ちゃん。ありがとう」
  嬉しそうに抱きついてくる音羽を俺は必死に引き剥がそうとしたが、無駄な努力で終わる。
この場面を虹葉姉や紗桜に見られたら、更に厄介な事に状況が悪化する。
「ふぅ〜ん。月君。嬉しそうだね」
「何っっつ!?」
  最悪最大最強の今日の不幸予測が一秒後にあっさりと実現してしまった。

 虹葉姉が俺たちがいる反対席からこちらに向かって睨んでいる視線を向けている。
あっちは3年生側の教師たちの机ということはたまたま職員室に用事があったということか? 
いいや違う。そんな考え方では駄目だ。
  よくよく考えると全校に向かって、俺を呼び出す放送がさっき流れたばかりじゃん。
「転校してきたばかりの女の子を親切に校舎の中案内するなんて。お姉ちゃん、嬉しいわ」
  黒い殺気と殺意の視線を俺に送りながら、冷たい微笑を浮かべる虹葉姉に俺は思わず息を呑んだ。
2年生側の教師の机と3年生側の教室の机の間には遠く重い溝というのが生まれている。
敏感にも空気を読んだ音羽は俺に抱きついている行為をやめて、
挑発するかのように虹葉姉に指を刺した。
「あの人は誰? 月ちゃんのお友達なの?」
「い、いいえ。友達じゃないです」
「ストーカー?」
「それは次回作の構想ネタです」
「じゃあ、一体何なの?」
「それは僕が説明しよう」
  メガネ君が会話の途中から割り込んできた。
この先生の内面は気弱そうに見えるのだが、性格はいろんな意味で壊れているおかげで
トラブルメーカー的素質を持つ。
もし、メガネ君の口から出る言葉は今の事態を油に水を注ぐことになる恐れがある。
「彼女の名前は水澄虹葉。天草月が居候している家の家主さん。
二人の関係は血の繋がらない姉と弟という関係だ。だが、その下に水澄紗桜という妹もいるため。
天草月は学園でも有名な美人姉妹と同居していることになる。なんて。うらやましいんだオイ!! 
姉と妹から慕われて、わざと姉妹がお風呂入っているところに間違って入っても、
警察には通報されることはない。
更に風呂上がりのバスタオル姿まで何の遠慮なく拝めることができる。
天草月。貴様は全世界の男の敵だ!! これはモテないバツイチ男の総意として
全教科は赤点にしてやりたい!」
  何を言っているんだこの変態教師。
  その一言を一字一句真剣に頷いている音羽。

「うふふ。バスタオル姿ねぇ」
  音羽が壊れた表情を浮かべて、こっちを見てくる。
まさか、あの変態教師の言うことに間を受けたわけじゃないだろうな。
音羽はゆっくりとした歩調で虹葉姉がいるブラックゾーンに辿り着くと社交辞令の微笑みを見せる。
誰もが恋に落としそうな笑顔だ。だが、同性である虹葉姉に全くの効き目もないし
表情は笑顔を浮かべているけど、
目は全く笑ってはいなかった。
「初めまして。鷺森音羽と言います。これからもよろしくお願いしますね。虹葉さん」
「お、音羽って……。まさか…」
  虹葉姉は名前に気になることがあるのか少し頭を傾げていた。
まあ、音羽は水澄家の隣の家に住んでいたのだから、記憶の片隅に音羽の名前ぐらい
覚えているかもしれないが。
「ど、ど、ど、泥棒猫っっ!!」
  普段では考えれない優等生の仮面を脱ぎ去り、
感情が高ぶって虹葉姉は音羽に向かって大声を上げた。
「何を言っているんですか? 虹葉さん」
「忘れたとは言わせないわよ。月君が引き取られたときに私たち姉妹から
月君を奪い去った泥棒猫はあなたでしょう!!」
  今にも音羽の衣服を掴みそうな剣幕で虹葉姉は顔を真っ赤にして怒っていた。
こんなにも感情を抑えきれない虹葉姉を見るのは始めてだ。
だが、ここは職員室の中なので俺は慌てて虹葉姉の元に近付いてから乱暴に腕を掴んだ。
「なにするのよ月君」
  俺は虹葉姉の制止の声を無視して職員室の外へと逃げ出そうとした。
表面上は優等生で通っている虹葉姉に余計な傷を付けたくなかったし、ここは戦略的撤退である。
ドアを開けてから、俺は後ろに振り返って音羽に言った。
「じゃあ。放課後にな」
「うん」
  音羽は笑顔で微笑んで頷いてくれた。それを見た虹葉姉は更に激怒したので俺は彼女を連れて
安全地帯まで逃げるしかなかった。

 虹葉姉が予想以上に感情が高ぶって取り乱してしまったことを気になったが
俺は音羽を校舎を案内してから重い足取りで家の帰路をゆったりと歩く。
昨日、一昨日とすでにパターン化されているだろう虹葉姉と紗桜の問い詰めは
今日がもっとも過激な事になるのは間違いない。
今まで女の子とは親しくなることもなかったのに、二人は過剰にやきもちを妬く。
全く、俺はモテないことをわかっているんだから、そんなに怒る必要はないと思う。
  家に帰ると玄関にある靴がいつもより一足多い。
  まさか……。
  リビングに向かうとこの家の最強の支配者。
  冬子さんがソファーに座ってのんびりとお茶を飲んでいた。
「おかえりなさい。月さん」

第5話 『冬子さん、悠長にお茶を飲む』

 優しい微笑と穏やかな雰囲気を無防備に漂わせているオーラの持ち主が当たり前のように
ソファーに座ってお茶を飲んでいた。
少し離れた場所のソファーに虹葉姉と紗桜がジト目で睨んでいた。
「ああ。お茶がおいしいわ」
  年頃は20才後半を迎えているがその容姿は童顔のおかげで虹葉姉と紗桜と変わらない
年頃の女の子のように見える。
長い髪を三編みにして垂れ流すようにぶら下げていた。
「月さん。虹葉ちゃんや紗桜ちゃんから詳しいお話を聞かせてもらいましたよ。

昨日は幼なじみの女の子を口説いて、決められていた門限時間に帰って来なかったようですね」
  冬子さんが笑顔のまま、俺に問う。更に厳しい視線で睨んでいる水澄姉妹の重圧も
充分に俺の心の負担は倍増する要素となっていた。
  冬子さん。
  虹葉姉と紗桜の伯母。水澄家の保護者代行として俺達の世話や面倒をいろいろと妬いてくれている。
今回のような水澄家が危機的状況に陥る時には必ず家にやってきて家族会議を開くために
冬子さんが家へとやってくる。
つまり、今の状況は水澄家にとって何かの危機的状況になっているってことだ。
  まさか、紗桜の捨て台詞通りに冬子さんを呼んで来るとは。なんて恐ろしい事を。

「どうして、門限時間を守らなかったんですか?」
「それは……ちょっと」
「幼なじみのあの子とイケナイことをやっていたのかな?」
「やっていません。何年ぶりかに再会した幼なじみと喋っていたら、
気が付いたら門限時間を忘れていただけです」
「でも。月さんが悠長に幼なじみさんを口説いている間にこの子たちがどういう状態に
追い詰められていたのか知らないわけじゃないでしょう?」
「うっ……それは」

 門限時間を過ぎて帰ってしまったら、虹葉姉と紗桜の精神状態が少し錯乱していたような気がする。
主に空鍋とか。だが、ああいう風に現実逃避行動に走ってしまうにはちゃんと理由があった。
  両親を亡くしたあの飛行機事故の原因になったのは虹葉姉と紗桜が当てた商店街の温泉旅行券だ。
それを両親にプレゼントした結果、あんな悲惨な事故に巻き込まれてしまったことに
二人の心はとても深く傷ついたのだ。
今は普段通りに振る舞っていることができていたが、事件の当初は信じられないぐらいに
虹葉姉と紗桜は取り乱していた。
自分を責め続けていた。
そんな二人を見て、俺と冬子さんは精一杯虹葉姉と紗桜を励まして支えてきた。
俺も中学時代は部活や友人の付き合いもすることもなく、
虹葉姉と紗桜のために早く家に帰って傍に居続けたのだ。
その結果、虹葉姉と紗桜は見事に立ち直って現状に至る。
  ただ、一つ問題点があるとするならば。
  虹葉姉と紗桜の俺に対する依存度はますますと増加の一方にある。

ただ、門限時間に帰らなかっただけで姉妹にとって、
俺は両親と同じように戻ってこないのではないかと危惧し精神が不安定になってしまったのだ。
  気を付けたとはいえ、これは迂闊であった。
  冬子さんが俺に問い詰めるような言い方するのは無理ないと思う。

 と、普通はそう思うだろう。だが、冬子さんは感性は人並みとはずれていた。
「そこでどうしてHDDレコーダーで録画してくれなかったの? 
いい意味で壊れている虹葉ちゃんと紗桜ちゃんを私もちゃんとこの目で見たかったのに。
嫉妬スレで私の親戚がこんな風になってしまいましたって書き込みしたかったよ!!」
「冬子さん。それはあんまりでは」
「でもいいもんね。これからは虹葉ちゃんと紗桜ちゃんの恋のライバルである
幼なじみの女の子の出場で二人が焼き餅を妬くところはちゃんとデジタルカメラの画像に
いくらでも残すことができるもん」
  当然、虹葉姉と紗桜がヤバイ状態だったときも冬子さんは今のように接していたりする。
「虹葉姉も紗桜も冬子さんのオモチャじゃないんだから」
「二人なら憎むべき泥棒猫を倒す情報と協力を惜しまないって言ったら、
天使の笑顔で了承してくれたわよ。3秒ぐらいで」
  虹葉姉と紗桜に視線を向けるが、二人とも頬を膨らませて首を横に振る。
俺が二人に目を訴えたいことは『冬子さんに余計なことを言うな』だったが
すでに姉妹は俺の考えている事は見抜いて、ご機嫌ナナメで俺に視線を合わせたり
助け船を出しませんよと意思表示を行なっている。
「ということでそろそろ来る時間かしら?」
「誰が?」
「鷺森音羽ちゃんが」
「なんですとぉぉぉぉぉぉぉ!!」
  俺だけではなく、虹葉姉と紗桜と同時にハモって叫んだ。

 食卓は久しぶりに賑やかに席の空白を埋めていた。
いつもは俺と虹葉姉と紗桜の3人しか使っていないテーブルに今日は冬子さん、
そして、音羽が座っていた。
  冬子さんの謀略により音羽は家族の団欒の場に強制的に呼ばれた。
表向きは俺の名前を語って、音羽を食事会に誘ったこととなっている。

もちろん、俺は誘った覚えはない。全ては冬子さんの嫉妬好きが仕組んだことなのだ。
  おかげでこの食事会は冬子さん以外は険悪な雰囲気を漂わせている。
俺が夕食の準備に取り掛かっている間に何があったのか知らないが、

虹葉姉も紗桜も表面上は穏やかだが、黒いオーラに殺気が更に篭もられていた。
対する音羽は笑顔を崩さずに外面だけはいつものように振る舞っている。
ただ、音羽に視線を合わせると背中から悪寒が走ってしまうので俺には想像できない
何が起きているんだと勝手に納得して夕食の盛り付けした皿を皆の元に運ぶ。
  今日の夕食はきっと味覚が失ったような味がすることであろう。いろんな意味で。

「修羅場♪ 修羅場♪ 修羅場♪」
  冬子さんは一人で盛り上がっている。修羅場に相応しいメンツを揃えて満足していることであろう。
こっちは胃に穴が空きそうなのに。
「月ちゃん。月ちゃん。月ちゃんが作った料理はとても美味しいよ。
もう、ほっぺたが落ちそうなぐらいだよ」
「まあな。この家の家事は基本的に俺がやっているからな」
「月ちゃんは私のいいお嫁さんになれるね」
「いやいや待て」
「そうですよ!! どうして、兄さんが音羽さんのお嫁さんにならなきゃいけないんですか?」
  紗桜が思わず椅子から立ち上がって音羽に向かって叫んだ。
音羽は冷静にその乱暴な言葉を受けとめている。
余裕たっぷりな姿にある意味感服したくなる。
「だって、あなたたち姉妹は月ちゃんが一生懸命に夕食を作っている間は
何も手伝おうとしてなかったでしょう? 
仮にも女の子なら料理の一つや二つぐらい作れて当たり前。
居候の月君がこんなところで奉仕させられるぐらいなら、私と結婚して、
私のためだけに愛情たっぷり詰まった料理を作った方がいいに決まっているんだよ」
「むぅ」
  紗桜は音羽の言動に圧されて思わず怯んでしまった。まあ、怯む理由は全く料理もできないし、
暗黒料理を披露して死人が多数を出してしまう程に最悪である。
だが、音羽は怯んでしまった今こそが攻撃する場面だと開いた口は止めることがなかった。
「ということで私のためにお弁当とか作ってくれたら嬉しいな月ちゃん」
「即刻却下だな」
「そんなぁ。月ちゃんたら恥ずかしがらなくてもいいんだよ」
「わざわざ負担を増やしたくないし」
「家族じゃない人に月君がお弁当を作る必要はありません!!」

 妹の敗北で次は姉の虹葉姉が椅子から立ち上がって、橋を音羽に向けて突き指した。
食事のマナーとしては最低行為であるが、俺は関わりなくなかったので自分で作った料理を
口に入れてゆく。

「月君のお弁当は本当に美味しいんだから。私なんか残さず食べまくっていたから、
思わず2キロぐらい太ってしまったけど、
泥棒猫に食べさすお弁当はないと思いなさい!!」
「虹葉さんも料理しないんですね?」
「ええ。だって、料理の才能は全然ないんだもん」
  さすがは虹葉姉。音羽の嫌味を軽々と受け流した。
年上の余裕なのか、平然と落ち着いて天然の微笑を浮かべている。
「それは居候の月ちゃんを奴隷のようにこき使っていると解釈していいんですか?」
「奴隷? 違うよ。月君が私たちの姉妹のことを想って料理を作ってくれているんだよ。
だから、私たちはその想いを応えるためにも残さず食べないようにしてるの」
「本当なの? 月ちゃん」
「ああ。たぶん」

 食欲旺盛な虹葉姉と紗桜はちゃんと残さずにいっぱい食べている。
成長期なのだから、今の時期はよく食べるわけであって、
そこに想いがあるかどうかなのは今知ったよ。

 音羽はハンマーに殴られたような衝撃的な表情を浮かべている。
それに満足したのか、虹葉姉は勝ち誇って胸を張っていた。
更にとどめの一言を敵に告げる。
「月君。今日も一緒にお姉ちゃんとお風呂に入ろうね!!」
  全ての空間が静寂なる時に包まれた。
  虹葉姉の一言がこの食卓にいる人間全てが驚愕していた。
「に、兄さん?」
「つ、月ちゃん?」
  睨み付ける視線で紗桜と音羽が俺を見る。
「つ、月ちゃん。女の子と一緒にお風呂に入るなんて不潔だよ。変態さんだよ」
「ご、誤解だ。この年になって、虹葉姉や紗桜と入るわけないだろう!!」
  顔を真っ赤しておどおどしている音羽は今まで余裕ぶりが嘘だったかのように
これ以上もなく慌てていた。
  どうやら、男と女の関係に関してはウブらしい。
「えっ? お姉ちゃんと一緒に入ってくれないの?」
  こっちは今にも泣きそうな表情を浮かべて、月君はそんなことを言わないよね光線を
キラキラと送っている。
「むぅ……。お姉ちゃんと入るなら、私も一緒に入りますよ兄さん!!」
「どないしろと」
  この姉妹の最強コンボを退ける方法があるなら、ぜひご教授してもらいたいもんだね。 
  騒動が収まらないと見て、冬子さんが俺に向かって言った。
「月さんは今好きな女の子とかいますか?」
「はいいっ!?」
「月さんもお年頃の男の子ですし、そろそろ好きになった異性がいてもおかしくないですよね?」
「何を言っているんですか? 冬子さん」
  冬子さんの一言で虹葉姉と紗桜と音羽がほぼ同時に耳を傾けていた。
「だって、知りたいじゃないですか? 月さんの好・き・な・女の子ことを」
「あのね……。俺は」
「ここにいる虹葉ちゃんや紗桜ちゃんや音羽ちゃんの中にいるんじゃないですか? うふふ」
「いやいや待て待て……」
  三人の目が獲物を狙う狼のような鋭い眼光が俺に突き刺さった。
  ヘタなハンターなら、その瞳を見るだけで体の全てが震えて動けなくなってしまうことであろう。
  俺は冬子さんの謀略にまんまとはまってしまったようだ。
「なぜ、そこで視線が俺に集中するんだ」
「だって、月君はこの中で誰が好きなの?」
「兄さんが鈍いから悪いんですよ」
「はぅ。月ちゃんのバカ」
  この3人の中から仮に一人を選んだとしても、最終的にその後のことを考えると
不幸な結末しか用意されていないような気がするんだが。
「あらあら。月さん。頑張ってくださいね」
「やれやれだぜ」
  と、俺は全く味がしなかった食事を食べ終えてから嘆息するしかなかった。
  トラブルメーカーの冬子さんは悠長にお茶を飲んでいた。

第6話 『恋愛一直線(姉妹2本立て)』

*水澄虹葉 過去の回想
  私こと水澄虹葉は一人の男性に恋をしている。
ずっと、彼が私の家にやってきた頃からずっと想っていたの。
もう、わかってしまっていると思うけど。
  私の大好きな人は天草月君。
  私の大切な弟君です。
  ただ、彼が水澄家に来た頃は私たち姉妹は彼をずっと避けてきた。
お父さんやお母さんに今日から家族ができるよと言われて、
リックサックを背負って不安そうな男の子がやってきても、
そう簡単に容認できるものではなかった。
この頃は近所の男の子たちにいろいろと悪戯やからかわれて男の子のことが大嫌いでたまらなかった。
だって、女の子が嫌がることを平気にするんだよ。意味もなく頭を手で叩いたり、気持ち悪い虫とかを
  投げ付けたりとやりたい放題だ。
そんな男の子が家族として迎えることは本当に恐怖に等しかったんだよ。
  私と紗桜ちゃんは月君を最初からいない者として扱った。
今となってはとても残酷で昔の私の頬を叩いたぐらいに後悔していることだ。
親を失った月君の悲しみとかに気付くことなく、月君が話しかけてきても私たちは無視を貫き通した。
  男の子は頑丈で平気で嫌なことをばかりやってくるんだから、これぐらい仕打ちは当然と
子供心にそう思っていたかもしれません。

単純に言うなら、私は男の子の接し方が全くわかっていなかった。
  そんな日々が月君が来てから半年以上も続きました。
  水澄家の生活に慣れてきた月君は私たちに変わることなく関わりを持とうしましたが、
私たちは彼をまだ空気のように扱っていた。
  だから、水澄家にいる時間は辛くて月君は隣の泥棒猫と遊ぶ時間が増やしていきました。
私たちのことを言うのはあれですが、いろんな意味で月君を奪っていた泥棒猫の存在が
憎くてたまりませんでした。
この気持ちは子供の頃から全く理解できずに複雑な胸に心を痛ませてしまいました。

 ええ。
  今になったらわかりますよ。
  この気持ちは大好きな月君が他の女の子と遊んでいるだけで私は嫉妬していたのだ。
泥棒猫と遊ぶぐらいなら、どうしてお姉ちゃんと遊んでくれないの? 構ってくれないのよ! 
  本当はただ男の子のことは大嫌いだけど、月君とは仲良くしたかったんだと。
  それが私の子供の頃の本心だった。

 泥棒猫が夜逃げしてから、月君は水澄家にいる時間が前よりも格段に増えました。
今度こそは今まで無視してごめんねと謝って、仲良く遊ぼうと月君に言うつもりだった。
でも、月君は男の子だから恐い。
  私は勇気が全く持てなかった。とても、情けなかった

 とある日。

 私は紗桜ちゃんと一緒にお母さんから頼まれたお買い物を頼まれた。
  妹の紗桜ちゃんはその頃はべったりとお姉ちゃん子だったのでいつも仲良く手を繋いで
  買いに行っていた。
  ただ、その買物の途中で予想外なことが起こった。
  私たちの小さな体よりも一回り大きな犬がいつもの買物に行く道の真ん中に立っていた。
  狂暴そうな犬が怯えている私たちを標的にしたのか、大きな声で吠えて走ってきた。
  私は紗桜ちゃんの手を引っ張って逃げた。

 追い掛けてくる犬が恐かった。

 もし、追いつかれたら、私と紗桜ちゃんは絵本にあった赤ずきんのおばあさんのように
  食べられてしまう。
  必死に逃げても、後ろから迫ってくる狂暴な犬は私たちを見逃すつもりはなかった。
  やがて、逃げ果てた場所が行き止まりで私たちはその壁に背を向けて、
犬が一歩ずつ迫ってくるのを待つしかなかった。
  私は紗桜ちゃんを庇うように前に出て、犬が襲いかかってきても紗桜ちゃんだけは
  逃げれるようにと私は震えた足を一歩だけ前進する。

 でも、それが限界だった。
  犬は吠えると一気に襲いかかってきた。
  その時であった。
  犬の後頭部に石が投げられた。
  見覚えのある少年が手に石を一杯持って、私たちに襲いかからないように
  自分が標的になるように仕向けた。

 怒った犬は月君を追い掛けて行きました。月君も慌てて逃げて去りました。
  私たちはお互いを抱きしめ合って恐怖が回避されたとわかると二人で思わず泣いてしまった。
  男の子にからかわれること以上に今回の事は恐かったんです。
  頭が冷静になってゆくと、犬を追い払って自分が標的になって追いかけられた
月君の事を思い出しました。
  あの犬は足が迅くて狂暴だった。

 例え、男の子だったとしても、あの犬相手に無傷でいるはずがありません。
  私と紗桜ちゃんがこれまでない以上に月君を心配して待っていると。
  月君は左足を引き摺ってゆっくりと現われました。左足の足下のところから血が流れていた。
  犬の歯形がぎっちしと残っており、見た目以上に痛々しかった。
  私が泣きながら、大丈夫? 大丈夫と尋ねると月君は優しく微笑して。
『大丈夫だよ。お姉ちゃん。紗桜ちゃん」
  本当は痛いのに。泣きたくてたまらない程の痛さなのに。
  月君は全然泣かなかった。私たちの事ばかり心配してくれた。

 その想いに私は今までの事を反省した。

 月君が他の男の子とは違うと。

 私たちのことを常に想ってくれている優しい男の子なんだって。

 子供の私はようやく月君を家族の一員のように大切な存在のように想うことができた。
  それが私の初恋の始まり。

 この事件を境にして、私たちは月君と家族以上に仲良くなれた。
  子供の頃の想いは今でも純粋に持ち続け、その想いを届くことを祈っている。
  大切な月君と結ばれることを。

 

*水澄紗桜 回想

 思い出は優しくて懐かしいモノだ。
  私の大切なお姉ちゃんと兄さんの3人で築いてきた思い出のアルバムの写真は
  どれも幸せな事だらけ。
  その写真で笑っている兄さんの姿はどれもかれも私は覚えている。
  私が初めて好きになった異性。
  お姉ちゃんは男性嫌いを小さな頃に克服することができたみたいだけど。
  私は今でも男性が恐くてたまらない。

 小さな頃から苛められ続けていた事が今でもトラウマになっているようだ。
  子供の頃の私は内気で社交性もなく意地悪な男の子たちにとっては格好の苛めの対象になることは
  間違いないであろう。
  といっても、子供の頃は単純にからかうとか好きな女の子にちょっかいを出して
  苛めたくなる程度のことだ。
  ただ、その程度のことで私は少し男性恐怖症に近い拒否反応を引き起こす。
  男の子と視線を合わせたり、喋ったりするのが全く意志疎通もできない状態になるぐらいに悪い。

 今は少しマシだが、長時間は話すことができないだろう。
  でも、兄さんだけは特別だ。
  兄さんだけは私の男の人が苦手の分類に当てはまらない。
  家にやってきた頃はお姉ちゃんと同様に恐怖の代名詞に当てはまった。
  だが、狂暴な犬に襲われた時に兄さんは身を犠牲にしてまで私たち姉妹を守ってくれた。
  感謝してもしきれない。兄さん。ありがとう。
  犬に噛まれた傷は今でも兄さんの左足の下に古傷として残っている。
  その傷を見る度に申し訳なくてたまらなくなる。
  その頃から兄さんと私たちの隔てた壁は解き放たれた。
  でも、私は少しだけ男の子は苦手で、その頃はお姉ちゃん子だった。

 兄さんを私の本当の兄以上に想い始めたのは犬に襲われてから2週間後ぐらい経った頃だろうか。

 兄さんは犬に噛まれた傷で針を何針も縫う程の怪我を負った。兄さんは痛そうな顔もせずに
  大丈夫大丈夫と私たちの前では平気な顔を浮かべていた。
  兄さんはその怪我の痛みよりも私たちが無視もせずに普通に接することが
  何よりも嬉しかったようだ。

 そう、兄さんと会話して始めて気付いたけど。兄さんとお姉ちゃんと私の3人がいるだけで
  楽しかったのだ。
  でも、内気な私は兄さんと楽しいお話は出来なかったと思う。男の子のまでは緊張して
  あがってしまっていた。
  全身が強張って話したいことや伝えたいことが全くできなかった。
  今思うと私は男の子の前だからあがっていたわけではなくて、兄さんの前だからこそ
  緊張していたと思う。

 それが胸の奥深くにひそむ恋の始まりとは幼すぎる私は気付いてなかった。
  好きだとか恋しているとか愛しているとか、子供同然の私にわかるはずがない。

 お姉ちゃんと兄さんは上手く解け合っているのを見て、私はただ一人拗ねていた。
  兄さんと楽しく話したい。お姉ちゃんのように話せるようになりたい。
  でも、内気すぎる私には叶わない願いだ。
  そんな私を心配してくれた兄さんとお姉ちゃんは私のために一芝居をうった。

 紗桜ちゃんともっともっと仲良くなる会が結成された。
  兄さんとお姉ちゃんが作ったわけわからない会の趣旨は
  私に兄さんと普通の会話ができるようにすること。
  そこでお姉ちゃんと兄さんはお母さんとお父さんから貰った大切な小遣いを足して
  買ってくれたものは、猫と犬と兎の手にはめこめる人形だった。

 猫はお姉ちゃん。

 犬はわたし。

 そして、兎は兄さんだった。

 その役割はどういう風に当てはまったのかは知らなかったけど。
  私のために買ってくれたことが何よりも嬉しかった。犬さんを手にはめ込むんで、
  お姉ちゃんの猫とじゃれ合った。
  兄さんの兎と一緒に話し込んだりした。
  不思議なことに犬さんをはめ込んで犬さんの役に成り切ると兄さんとは普通に喋ることができた。
  今まで強張ってしまったことが全てが嘘だったかのように。
  お姉ちゃんと兄さんのおかげだった。

 猫と犬と兎による人形劇ごっこをしてゆくうちに、私の内気は自然と解消して、
  誰とでも話せるようになった。
  今でも男の子と話す時はこの犬君がないと喋ることができないけど、兄さんとは犬君がなくても
  普通に喋ることができるようになった。
 
  年月を重ねる度に人形劇ごっこや犬や猫や兎で遊ぶことなくなったけど。
  私は知っている。
  兄さんとお姉ちゃんは今でも大切にそれを持ち続けていることを。
  私はそれがとても嬉しかった。
  私にとっては、猫と犬と兎の人形は私たちを結ぶ姉兄妹の絆である。
  お金では決して買えない幸せだと。

 
  私は兄さんにずっと恋をしている。
  初恋のきっかけは犬に助けられた頃だと思うけど、自覚したのは一緒に人形劇とかを
  していた頃からだと思う。
  大好きな兄さんと過ごした日々。
  これからも変わらない、ただ想うだけの毎日。

 想いは兄さんに届く時がやってくるのかな……。
  でも、私は知っている。
  現状を維持することが私とお姉ちゃんの双方の幸せ。

 家族の関係を壊さずに、胸の奥深くに眠っている気持ちを。
  永遠に混沌の海に沈ませておく。
  でも、微妙な境界線はあの女のせいで破られた。
  それが私たちの家族の関係に終わりを告げる終焉であった。

第7話 『猫・犬・狐・による協奏曲』

 朝の登校風景。
  俺は欝な表情を浮かべて、だらしなく歩いていた。その足取りは鉛を付けられたかのように重い。
別の表現の仕方をすると虹葉姉と紗桜に重要殺人事件の被疑者を連行するように
ぎっちしと俺の両腕を組んで、歩いていた。
  姉妹と一緒に登校するのは一ヵ月にあるかないかだったが。
  今朝は違った。
  朝ご飯の支度する前から虹葉姉と紗桜は俺が起こされる前から起床し、制服を身に纏っていた。
日直か当番なのかと尋ねると二人は首を横に振って、今日は一緒に登校するからと言い放ち。
  現在に至る。
  一緒に登校するのは悪くないと思っていたが、俺は改めて考えを変える必要があった。
二人の美少女と腕を組んで登校するのは一般の男性が羨ましい光景に見えるであろう。
だが、俺にとっては鬼門だ。
  校内にファンクラブが設立する程の人気を持つ水澄姉妹とこんな登校していると俺は
  鋸で頚動脈を切られる展開になっておかしくはない。
  俺は額に冷汗を垂らしつつ、ニコニコと笑顔を振り撒いている虹葉姉と紗桜に言った。
「ほらっ。もうすぐ、学校だから腕を組むのはやめような」
「嫌ですっ!!」
  姉妹がハモった声で拒否の意志を示す。
「こんな姿を目撃されると俺はいろんな意味でやばいんだけどさ……」
「どういう風にやばいんですか? 兄さん」
「まさか、泥棒猫さんに見られて誤解されるのが嫌って言うんじゃあないでしょうね。月・君・?」
「違うっての。一応、血の繋がらない姉弟妹なんだよ。いろんな意味で周囲の人間に
  奇異な視線で見られるだろうがぁ」
「大丈夫だよ。皆は私たちが仲のよい姉弟妹って知っているよ」
「あのな……」
「兄さんは私たちと腕を組んで登校するのは嫌なんですか?」
  紗桜が思い切り腕を組む力を入れる。大胆に胸を当ててながら、顔を真っ赤にしていた。
それを見た虹葉姉が対抗しようとしているのか胸を当てるように深く腕を組んでゆく。 
この姿を誰かに見られるのは確かにやばい。
  だが、胸中にそう思った途端に嫌なことを見事に重なった。
  ちょうど、交差点を曲がったところで俺の天敵がいた。

「のっぴょぴょんーーーー!!」
  忠生は日本語が怪しい発音の罵声を浴びて、すぐにこっちに向かって走りだした。
鬼のような形相は幼稚園児を泣かせてしまう程に強烈である。
「どういうことだ。俺の水澄姉妹と腕を組んでラブラブ登校しているんだよ」
「これには深い訳が……」
「虹葉さんに紗桜ちゃん。こんなセクハラの常習犯で女の生きとし生きる者の天敵は
  マリアナ海溝の深くに捨てて。
俺と今からラブホテルに直行しよう。そして、俺の子供を産んでくれ!!」
「全力で遠慮したいと思います」
  虹葉姉は冷笑を浮かべて、忠生に向かって殺意の視線を込めていた。
紗桜の方は動揺して腕を組みをやめて、俺の背中の後ろに隠れた。
「あぅぅぅぅ……」
「紗桜ちゃんだけでもいいから俺と退廃的な生活を送ろうじゃないか!!」
  忠生が紗桜に向かって近付こうとした途端に俺の肩から奇妙な物体が現われた。
犬の人形であった。
手にはめ込んで口をパクパクして、手を左右に動かして犬は忠生に向かって一言だけ言った。
「ヘンタイさんは一光年ぐらい離れてください。出来れば、この世から姿を消してくれ」 
犬君というか、紗桜は渋い犬の声を腹話術のようにパクパクと口に合わせて演技をしていた。
男性恐怖症の気がある紗桜はこの犬を通して話すことが多い。
これをなくしてはまともに男性と会話を設立することができない。
それほどまでに男性が苦手ということだ。 
だが、忠生は諦めてはいない。相手は男性恐怖症の女子。
  恋の狩人である彼にとっては兎を狩るのに等しい。
獅子は全力で獲物を狩るように、忠生は全力で女子を狩る。
「都合よく解釈すると俺の彼女になりたいだと。いいだろう。
  紗桜ちゃんは一生俺の性奴隷として生きる道を与えてやる!!」
  犬君の瞳が輝きだす。
「がるるるる」
  獣のように威嚇行為を行い、紗桜はこれ以上話し掛けるようでは問答無用に噛み付き、
  骨をも切断するという意思表示をしている。
この迫力に圧されて、忠生は10歩ぐらい勢い良く下がってゆく。なんていう、ヘタレぶりだ。
「もしかして、俺は水澄姉妹に嫌われてる!?」
「うん」
  三人ほぼ同時に頷いた。
「いいや。違う。花山田忠生をこんなものじゃない。超えてやるぞ。花山田忠生を超えてやる。
  あっはははっはははっははは」

(だめだ。こいつ、なんとかしないと)

 自嘲的な笑みを浮かべて、バカ笑いしている忠生を俺達は問答無用
  置き去ったことは言うまでもない。

 校門の前に辿り着くと俺の軟弱な胃が胃液で溶けかかっているのがわかった。
忠生を置き去った後でも虹葉姉と紗桜は俺の腕を離そうとはしなかった。
校門の前で俺達を奇異な視線で見るこの学園生徒たちが驚愕を浮かべているが、
この姉妹たちは顔色一つも変えやしない。
俺は生気のない顔色をしていることは自信を持って言える。
  そして、俺は虹葉姉と紗桜が突如このような強行手段に出た真の理由を知る。
「なんていうことなの!?」
  悲鳴に近い叫び声をあげた少女が真っ先にこちらに向かってやってきた。
  怒っている顔は頬を膨らませて、姉妹たちに殺意に等しい視線で睨んでいた。
対する姉妹は俺の腕に必死にしがみ付いている。
「おはよう。鷺森音羽さん」
「おはようございます。鷺森先輩」
  表は笑顔を絶やさずにいるが、目は全然笑ってはいなかった。

 思い出される昨日の夜の晩餐会。
  男の俺では全く理解できなかった戦いがあったことは知っている。
俺の女性関係に敏感でやきもち焼きな姉妹が長年離れ離れになっていた幼なじみのことを
  そう簡単に許容できるわけがないのだ。
  これは前哨戦ではなくて、女の戦いだ。
  だが、俺からするとどうしてこんな戦いが勃発して一体何が目的で何を得ようとしているのか
  さっぱりとわからなかったりする。
  虹葉姉と紗桜と長年暮らしていても、女心というだけは未だに理解できない。

「そ、そ、その月ちゃんのお姉さんと妹の地位を利用していやらしいことしないでください。
  月ちゃんは困っているじゃないですか?」
「いやらしい? これはちゃんとした姉弟妹のスキンシップですよ。
そんな風に解釈する鷺森音羽さんの方がよっぽどおかしいですよ」
「むっ……」
  虹葉姉の牽制で音羽は黙り込む。昨日も紗桜相手なら余裕で白星を得ていたが、
  虹葉姉なら年の功の前には黒星を認めるしかないようだ。
「兄さん。もう、早く行かないと遅刻してしまいますよ。こんな女なんか放っておきましょう。
  野良狐に餌をやると取り憑かれますよ」
  野良狐って……。
  音羽はそんな狐に例えるようなキャラなのか?

 音羽を置き去りにした瞬間、俺は後ろを振り返ることができぬまま下駄箱へと向かう。 
だから、俺は彼女の言葉を聞き取ることができなかった。

「むぅぅぅぅぅ。絶対に許さないんだから!!」

 すでに期末テスト返しが終了し、見事に赤点はなく補習なし夏休みを勝ち得た俺は
  他の授業を聞く事なく居眠りをしていた。
家のことや水澄姉妹や音羽の問題から現実逃避する居眠りは快適であった。
  前の席の忠生は学校に出席していなかったので、昼休みは一人でのんびりと爽やかな夏風に
  当てられながら、自動販売機で買ったコーヒーを飲み。窓の風景を眺めておこう。
  だが、快晴であった雲は真っ黒になり、夏の陽の光は遮られた。
  あれっ!?

第8話 『お弁当対決ですか!?』

*鷺森音羽視点 同日 昼休み
  今朝はあの憎々しい姉妹たちに見事やられてしまった。
私に敗北の二文字の十字架を背負わせた罪は地獄の業火の炎に焼かれても償えるものではないだろう。
  月ちゃんも月ちゃんです。
  一緒に暮らしている姉妹なんかに欲情して。
  腕を組むなんて私に言ってくれたら好きなだけやってあげるのに。
  ううん。それだけじゃあないよ。
  恥ずかしいけど、ちゃんと膝枕もしてあげる。
私のふとももに月ちゃんの頭を乗せていることを考えるだけでぬ、濡れます。
替えの勝負下着を用意しなくちゃ。
  って、そんな妄想を膨らませている場合じゃなかった。
  あの姉妹の次の策はだいたい読めている。
朝のアレは全く予想できなかったけど、月ちゃんはあんな腕を組む程度で満足するはずないもんね。
  よし。
  昼休みのお約束のアルテマウエポンで月ちゃんに私のことを惚れさせてあげるんだからねっ!!
  いざ、出陣よ!!

*水澄虹葉視点 同日 昼休み
  午前中の授業は全く耳に入らなかったな。えへへ。
  頬がずっとにやけていた。これまでもないぐらいに。
  だって、月君と腕を組んで登校するなんて今まで考えられなかったことだもん。
  月君は恥ずかしがり屋だから、お姉ちゃんが一緒に腕を組んで歩こうよと誘っても、
全力で嫌がるんだよ。
だから、今日は紗桜ちゃんと共同戦線を張って月君と腕を組んで、泥棒猫を牽制してやった。
  そのおかげで周囲から恋人同士にみ、見られちゃたりして。して。
  さっさと泥棒猫を撃退して、本物の恋人同士みたいに隣で歩きたいよ。
  と、もう昼休みになる時間か。
  月君の事はずっと監視しているけど。
  あの泥棒猫は迷わずに昼休みに月君を誘ってくることでしょう。
  でも、させません。
  私の秘密兵器で迎撃してあげるんだから。
  首を洗って、死刑台へのカウンとダウンを数えなさい。

*水澄紗桜視点 同日 昼休み 
  今日は午前中はずっと赤面し続けていた。
もう、クラスの女の子たちが今日のことについていろいろ聞いてくるんだもん。
大好きな兄さんとどこまでの仲になったとか、ライバルはお姉ちゃんって面白おかしく聞いてくる。
あぅ〜。恥ずかしいよ。
  昨夜の鷺森音羽という女が私の兄さんを寝取ろうしているとお姉ちゃんから聞いた時から、
私はある一種の覚悟をした。
兄さんをあの女に取られないように姉妹の魅力で兄さんを骨の隅々まで
私たちのモノにするということを。
お姉ちゃんも了承してくれたし。
  覚悟してよね。兄・さ・ん・。
  さてともうお昼休みだよ。
  お姉ちゃんの打ち合せ通りに昼休みは兄さんのとこに行かないと。
  バカな女が兄さんのとこやってくることでしょうに。
  水澄紗桜は全力で叩き落としますよ。
  禁断の業でね。

 

「ってなモノローグがここまでに来る間にあったように思えるんだけど」
「何言っているのかな。月君」
「もう、兄さんの妄想には付き合えませんよ」
「月ちゃんって面白いことを言うね」
  のんびりと過ごしたかった昼休みは虹葉姉と紗桜と音羽の来襲により、
見事に平和な日々は砕け散った。
俺はうんざりな表情を浮かべながら、学園が誇る美少女たちの姿を目撃しようと
クラスや教室の外でも見物人が集まってくることに嘆息していた。
  騒がしいギャラリーに気にすることなく、互いに牽制の視線を送り合っている
虹葉姉と紗桜のコンビとその姉妹を立ち向かう音羽という構図がここに出来上がっていた。
  昼休みになると忠生が教室に復帰し、更に教室は五月蝿く賑やかとなってゆく。
俺の平穏な日々を送りたいとは裏腹に運命は常に最悪な選択肢の道を
強制的に選ばれているようであった。
「昼休みはのんびりと暮らしたいと思うんだけど。三人ともその包みはなんだよ?」
  可愛らしいピンク色の袋らしきものを虹葉姉と紗桜と音羽は教室へと持参してきたものである。
脳裏に嫌な記憶が浮かぶが、現実を直視するのは恐ろしいことなので、俺は思わず尋ねてしまったよ。
「決まっているじゃない。月ちゃんと一緒に昼休みの時間を過ごすために
お弁当を作ってきたんだよ!!」
「なぬっ!?」
  お弁当。
  俺のカオスワーズが思わず発動しそうになったが、直前の所で堪えることができた。
お弁当というものを作ることに何のトラウマもないが、
作ってもらうことは俺のトラウマに触れてしまうのだ。
「鷺森さんだけじゃないよ。お姉ちゃんもちゃんと作ってきたんだから」
「兄さん。私も作ってきましたよ」
「な ん で す と ! ?」
  思わず、俺は虹葉姉と紗桜が作った料理の数々を走馬灯のように思い出す。
恐怖と後悔と絶望以外を思い出すことができない。脳が記憶の奥底に封印した事実を
思い出すことを拒否している。
その時にあった感情以外しか思い出せなかったりする。
「虹葉姉と紗桜には料理禁止令が発令していたはずなんだけど?」
「いい。月君。愛の力に不可能はないんだよ。月君のためなら喜んで破っちゃうんだから」
「うふふ。兄さんのために朝早くから準備していたんだからね」
「まてまてまて。二人が料理したモノは絶対に食べないぞ」
「うにゃ!」
「あぅっ!」
  猫耳や犬耳を生やした姉妹が断然に俺の言うことは受け付けませんと唇を尖らせた。
一方、音羽は余裕の表情を浮かべていた。
  やれやれ。

 三人が取り出した包みの中からお弁当が俺の机の中に置かれる。
蓋を開けてみるとそれぞれの料理が露わになった。そこで俺は自分の席を取られて
場に取り残されている忠生にアイコンタクトを送ってみた。
「忠生」
「何だ」
「お前にこの子達のお弁当を毒味する権利を与えよう」
「あなたは神か?」
「どっちかというと魔王です」
「神なら証明を」
「稲荷寿司? カーボン? 暗黒料理? 何のことですか?」
「神はこのお弁当を食べたくない。そうですね」
「はい」
「では後は神のご自由に」

*と言った会話が目だけで行なわれています。

「だが、普通に俺が食べるだけでは面白くない。そこにいる忠生がお前たちのお弁当を一口を食べて、
  どのお弁当が美味しいのか評価してもらう。そして、一番美味しかったお弁当を俺が食べる。
それでいいな?」
「どうして、月君以外の人に愛の篭もったお弁当を食べさせなきゃいけないのよ」
「さすがに花山田先輩に箸を付けられた時点で妊娠してしまいそうですけど」
「月ちゃんは他の人にそういうプレイするのが好きなのかな? かな?」
  虹葉姉と紗桜と音羽の反応は見事に予想通り。俺ですら時分で作ってきたお弁当を忠生ごときに
食べさせるのは勿体ない。
  だからこそ、餌はちゃんと用意しておく。
「ちなみに美味しいお弁当だと忠生が評価した人には豪華プレゼントがあります。
もし、選ばれた人には、俺が膝枕する権利を与えます」
「つ、つ、つ、月君の膝枕っっ!?」
「兄さん。本当ですか?」
「これは絶対に負けられませんね」

 ふっ。
  女なんて簡単なもんだ。

「この花山田忠生。我が学園を代表する美少女たちのお弁当を食べることを快く頂こうと思います。
まず、水澄先輩のお弁当から」
  虹葉姉が作ってきたお弁当はご飯からおかずまで真っ黒であった。
  さすがの忠生も驚きを隠せずにいたが、恐る恐ると橋でおかずを掴もうとしたが。
  ボロボロとおかずは崩れ去った。忠生は仕方なく崩れ去った黒色の物体を口にした。
「ぐぎょぉぉぉぉぉおおっぉぉぉぉーーー!!」
  喉を抑えて大げさに床に倒れて激しく横転する。その姿にクラスメイトとギャラリーが
異常な忠生の姿に恐怖に満ちた表情を浮かべていた。
  さすがはカーボン。
  数分後。
  意識不明であった忠生はなんとか意識を取り戻して、今度は紗桜のお弁当に手を付ける。
  紗桜のお弁当は正に暗黒であった。暗黒料理の中身はドロドロした液状が沸騰しているのか
泡らしきものがぷくぷくと浮かんでいる。
  どこぞの漫画の世界に出てくる魔界そのものを現しているようだ。
  忠生が一口を口に摘むだけで。
「どぴょぉおぉぉぉぉぉぉぉぉおぉーーーーーー!!」
  声にならない断末魔が教室一斉に響き渡った。人間が出せるはずのない声をあげて、
忠生はそこでまた気を失った。
  普通の人間なら死んでしまいそうだが、忠生ならきっと大丈夫であろう。
  何故に俺が虹葉姉と紗桜に家で料理を禁止する理由をわかってもらえるだろうか。
  人では作れない料理を作ることができる姉妹をこの世から抹殺した方が世のためになると
正直に思うが、
  これでも大事な家族なのでせいぜい台所禁止令を発令するのが精一杯であった。
  再び数分後ぐらい経つと忠生は再び起き上がった。歴史に残る立ち上がった忠生は
俺に懇願するような瞳で訴えた。再びアイコンタクト。
「もう、やめていいか。死ぬ。ころされるぅぅぅ!!」
「貴君には二つの選択肢がある」
「一つはこのまま音羽の料理を毒味するか。もう一つはオレンジ畑を耕すかだ」
「うぬぬぬ……ちくしょうっっ!!」
  返答もせずに忠生は問答無用に最後のお弁当の毒味をする。
  もはや、残っているのは勢いと美少女が作ったお弁当を食べたいという強い意志のみ。
  その意志に俺は敬服したくなった。
  音羽が作ってきたお弁当は見た目は普通の稲荷寿司であった。
  一体、どういう風に考えて稲荷寿司を昼のお弁当に作ってきたのか問い詰めたいが、
  俺はこれ以上を関わることが恐くなってきたので何もしないでおこう。
  忠生は震えた橋で稲荷寿司を摘んで、口に一個だけ口にくわえて喉に押し込んだ。
  その途端に忠生の顔色は青白くなって泡を拭いたまま倒れてしまった。
  さらばだ。花山田忠生。
「で、花山田君が死んだら誰が勝者になるの? 月君」
「判定は俺が決めよう」
  虹葉姉と紗桜と音羽の顔を真っすぐに見つめて、しばし間を置いて俺は言った。
「勝者はなし!!」
  当たり前の結果であった。
「ど、どういうことなんですか!? その結果はちょっと間違ってますよ兄さん」
「間違いもクソもあるか。最低限、犬畜生でも食べれるようなお弁当を作ってこい。
人間外の奴が死ぬような料理を人様に食わせるなっ!」
「酷いよ。月ちゃん。私の純情な心を騙して。その責任をちゃんと取ってください。
さあ、膝枕して。しないと泣いちゃうんだからね」
「あっ……泥棒猫の分際で何どさくさに紛れて月君になんてことを言っているのよ。
どうせなら、お姉ちゃんに膝枕してよ」
  さすがにお弁当の味判定に関係もなく迫り寄ってくる三人に俺は思わず嘆息した。
  さっさとお昼休みは終わってくれないかな?

第9話 『そんな夜の出来事』

 全て家事の作業を終わらせてから、俺はベットに横になって思わず嘆息を洩らしていた。
今日一日の出来事のおかげで疲労はかなり溜まっていた。虹葉姉や紗桜と音羽が積極的に
お弁当を作ってくるとは思っても見なかった。
普段は学園で一緒に昼食を食べる機会は滅多になかった。
虹葉姉や紗桜はそこまで俺のプライベートな生活に踏み込んでくることはなく、俺も彼女たちの領域に
踏み入れることはなかった。
なのに、今回だけは幼なじみの音羽と対抗するかのように姉妹が協力し合って牽制している。
  まあ、どうしてそんな構図が出来上がってしまったのか疑問に覚えるわけだが、
俺の頭程度では女心を知るのは到底無理な話だ。
  しばらく、天井を眺めているとドアのノックする音が聞こえてきた。

「兄さん。お風呂が空きましたよ」
  風呂上がりの紗桜がパジャマ姿で長い髪をタオルで拭きながらやってきた。
「わかった。後で行く」
  俺は面倒臭そうに応えると再びベットでだらしなく横になろうとした。
疲れが溜まっているので何事にも関わろうとすることなく、俺は戦士の休息に浸りたかったが……。
「兄さん。私ちょっと肩がこっているんです。ちょっと揉んでもらえませんか」
「めんどい」
「可愛い妹がお願いしているのに兄さんは断るんですか?」

 ちょっと迫力のある声で俺を恐怖に陥れる。
女性という生物は暴力や脅しなどを使わずとも男の一匹ぐらい一言を喋るだけで脅かすことは
いくらでもできるのだ。
  可愛い妹は俺に背中を預けると俺は紗桜の肩を手において優しく揉んでいた。
肩を揉むことは別に特別な行為ではない。
普段は俺は虹葉姉や紗桜に揉んでもらったこともあるし、逆に俺が揉んでやったりもしたが。
  今回だけは何か嫌な予感がした。

「あっ…。んっっ……。いいよ。兄さん。気持ちいいよ」
「ってか、いつも揉んでいる時と声が違うんですけど」
「そ、そんなことないよ。あんっ。んんっ。お風呂に入ったおかげで血色が良くてちょっと
敏感になっているだけだよ」

 本当にそうか?
  女性特有の男を誘うような色っぽい声は男としてそそるものがある。
紗桜の表面は可愛らしい容姿をしている。どこかにお持ち帰りたいぐらいだ。
だが、兄という立場のおかげで男の醜い性欲には耐性があり、何か問題がありそうな場面でも
耐える自信だけはある。
「んんっ!! いいよ。あっっん!! 兄さん。もっと強く揉んでぇ」
「何か紗桜の声だけ聞いていたら誤解されそうだな」
「そ、そんな誤解する人なんてぇ。あんっ。い、いないよぉ」
「そうか?」
「んっ。あんっ! 気持ちいいよ。兄さんもっとしてぇ!!」
  と、誰かが聞いていれば誤解してそうな事を俺は気にすることなく紗桜の肩を揉んでいた。
この家には虹葉姉ぐらいしかいないのだから。誤解されることもないだろうと
楽観的に考えていたのがまずかった。
  勢いよくドアを開かれて、そのドアを開けた持ち主は驚愕した表情を浮かべてこっちを見ていた。
「紗桜ちゃん。月君。二人で何をやっているのかなぁ!!」
  虹葉姉が鬼の形相を浮かべて、二人に近付いてくる。その迫力は先程の紗桜の比ではなかった。
紗桜はわざとらしく虹葉姉に向かって言った。
「どうしたのお姉ちゃん」
「月君と紗桜ちゃん。とてもいやらしいことをしていたんでしょう。紗桜ちゃんの喘ぎ声が
ちゃんと廊下まで聞こえてたよ」
「そんなのは誤解です。私は兄さんに肩を揉んでもらっただけです」
「本当に本当?」
「本当に本当ですからね。お姉ちゃん」
「だったら、どうしてあんな喘ぎ声が出るのよ」
  動揺する姉を必死に誤魔化そうとする妹。俺は飛び入る火の粉を避けるために会話に入らずに
消極的に事態を暖かい目で見守っていた。
頑張れ紗桜。お前の頑張り次第で修羅場を回避することは可能だ。
「女の子なら男の人に揉んでもらっているとそんな声いくらでも出ますよ」
「紗桜ちゃん」
「あぅ?」
「嘘・を・吐・か・な・い!!」

 怒り狂った虹葉姉によるエッチなことはいけませんよという説教は一時間も続いた。
あの手に弱い虹葉姉は免疫ないおかげでいやらしいこと=悪いこと。
という脳内変換されているようだ。そのおかげで紗桜は優しいお姉ちゃんのおしおき
(抱きしめなでなで攻撃)を受けて戦闘不能に陥った。
妹にセクハラをしたというレッテルを貼られた俺は今度の休日にお姉ちゃんとデートの約束を
強制的に結ばされた。本当に。
  救えねぇ。
  そんな暗澹なる気分で脱衣室に向かうと俺は着ている洋服を脱いだ。
お風呂にでも入って、少しでも一日の疲れを癒して明日のために頑張る力を養うためだ。
  風呂に浸かっている間に静かな空間はまさに癒される。
湯につかりながら、俺は思わず鼻歌を歌ってみた。
あちこちに音が反響して下手な音程でも上手い音のように聞こえた。
体と頭を洗ってから、体の奥深くまで浸かって暖かくなってから、俺は風呂を出た。
  そこで俺は思わず驚愕な光景を目撃した。
  それはある意味衝撃的な内容であった。

 大抵の家には脱衣室には洗濯機を置いてある。いろいろな洗濯物が纏めて置いてあり、
脱衣室の隣には浴室が繋がっているのは珍しくもない。
そんなどこにも似た家の構図で水澄家の一日の洗濯物が置かれている脱衣室に異変があった。
「月君のシャツはいい匂いだよ。月君の匂いがするにゃあ」
  俺が浴室のドアを開けて目撃した物とは、虹葉姉が俺が先程脱いだシャツを手に取って
匂いを嗅ぐように顔に押し付けて大切な物のように抱きしめている姿であった。
  やがて、俺が浴室に出てきたことに気付いて虹葉姉と視線が合った。
「つ、つ、月君っっ!! ええっ!!」
「虹葉姉。何やっているんだよぉぉぉ!!」

 

 水澄家の家事を全て仕切っている俺だが唯一踏み入れることができない領域が一つだけあった。
それは洗濯である。
年頃の女性が二人いるこの家で男の俺が虹葉姉と紗桜の下着を洗うのは倫理上の問題がある。
幸いにも姉妹は洗濯はまともにやってくれるので安心して任せていた。
最初は俺の下着は二人に任せずに自分で洗濯しようとしたが、
水澄家の家事を立派にやってくれているんだから、
その負担を少し軽くするために虹葉姉と紗桜の強い申し入れがあったので
俺は仕方なく二人の意見を許諾していた。
だが、俺の洗濯は誰が洗うのかという事で虹葉姉と紗桜は思わず喧嘩する事態にまで発展したのだ。
結局は当番制に落ち着いたが。
  その理由がこんなことだったとは。
  嫌悪感を覚えるところか、俺は呆れてしまっていた。
  リビングに移動してソファーには捨てられそうになったチワワのような表情を浮かべて
小刻みに震えている虹葉姉とおしおきを受けて脱力感が抜けない紗桜が座っていた。
俺は濡れた髪をドライヤーで当てながら乾かしていた。

「さて、話を聞かせてもらおうか」
「うにゃ〜。月君。お姉ちゃんのことを嫌いにならないでぇ〜」
  ほとんど半泣き状態になって錯乱状態の虹葉姉。さすがに弟にあんな光景を目撃されたら
正常でいられるはずはない。
「どうして、あんなことをしたんだ?」
「ぐすっ。ぐすっ」
「お姉ちゃん。泣いていたらわかんないよ」
「紗桜ちゃんも月君のシャツの匂いを嗅いだりしてるもん」
「は、はあ? 何、言っているのよお、お姉ちゃん」
  顔が真っ赤に染まってゆく紗桜の反応を見ただけで俺は紗桜も同じ事をやっているのだとわかった。
「とりあえず。これからは俺の洗濯物は自分でやることにするよ」
「ええええっっ!! そんなのはダメぇぇぇ!!」
「そうですよ。兄さん。私たちの楽しみを取らないでください」
  自分の洗濯物を自分ですることにそこまで拒否反応を起こすんだろうか。
「いや常識的に考えても男性の下着を女の子に洗ってもらうには抵抗感が。
今回の件で人の下着を嗅いでにやにや微笑んでいる姿を見るとな」
「月君の記憶の奥底からデリートしてください」
「だったら、仮にも俺が二人の下着の匂いを嗅いでいる姿を想像しろ。
どう見ても、変態じゃねぇか……」

 さすがにそんなことを家でやっていたら、俺は水澄家に居られることはまずできない。
ってか、姉妹の下着の匂いを嗅いで喜んでいるのなら、二人の処女は当の昔に失っていると言っても
過言ではない。
  二人は俺の予想外以上の反応を示す。

「月君が私の匂いを嗅いでくれるのは嬉しいかも」
「もう、兄さんったら。そんなに私が下着が欲しかったらいつでも喜んであげますよ。
できれば、脱ぎたての……」

 この姉妹に倫理感を説いても無駄なのか。
  俺はやれやれと嘆息していた。
  何を言っても無駄なら、虹葉姉の行為を容認するしかあるまい。

そして、就寝。
  明日は終業式だ。明日さえ行けば夏休みを迎えられる。
とはいえ、水澄家の家事をやらないといけないから明日も早起きして頑張らないと。
  再び、ドアのノックの音がした。
  俺は寝ているフリをしていても良かったが、あの姉妹のことだ。
次は何をやらかすのかわからないので疲れた体に鞭を打ってドアを開けた。
  ドアを開けると猫のパジャマを着た虹葉姉がいた。
「紗桜ちゃんがね。月君の下着の匂いを嗅いだ変態とは一緒には寝ませんって言って。
追い出されたの。月君一緒に寝てくれる」
「死ぬ気で却下しよう」
「うにゃ。お姉ちゃんは一人で寝られないのを知っているでしょう。恐くて眠れないからいつもは
紗桜ちゃんと同室で一緒に寝ているのに」
「今の虹葉姉だったら、寝ている間に襲われる」
「襲わないもん。絶対に襲わないもん。だから、一緒に寝ようね」
「寝るかぁ!!」
  唇を尖らせて拗ねるように虹葉姉を俺を見る。
昔は一緒に寝ていた仲だが、この歳になってまで一緒に寝るのは特別な関係だろう。
確かに夜一人で眠れない虹葉姉が俺に頼るのは必然的な展開だと言えるが、
俺は全力で拒否をしていた。
  騒いでいると虹葉姉と紗桜の部屋が勢いよく開かれた。廊下をゆっくりと歩いて、紗桜は言った。
「お姉ちゃん。誰が追い出そうとしたのかな? 兄さんと一緒に寝ようとするなんて。
もう、お姉ちゃんは最低最悪です」
「ううっ……ダメ?」
「お姉ちゃん。おしおきです。今日は死ぬほど可愛がってあげますからね」
「うにゃぁぁぁ!!」
「あぅぅぅぅぅ!!」
  姉妹同士の抱擁を眺めるのは健康上悪いと思うので、
俺は部屋に戻ろうとした・・・ときに強い力で掴まれた。
なんだと思い後ろを振り返ると紗桜が笑顔を浮かべていた。

「兄さんのおしおきは私とお姉ちゃんが眠るまでずっと頭を撫でることです」
  水澄姉妹の部屋に連行されて、俺は紗桜が提案するおしおきに何故か快く引き受けていた。
二人のダブルベットの真ん中に場所を居座り、虹葉姉と紗桜の頭を優しく撫でていた。
二人は気持ち良さそうに撫でられていた。

 一日が終わる。
  いつまでも続く日常の平穏は永遠に続いて欲しい。
  大切な虹葉姉と紗桜の笑顔だけはずっと絶やさないでくれ。
  家族の絆は途切れる事もなくこれからも続いて行く。

 この時はそう思っていた。

 だが、俺が水澄家を出ることになろうとはこの時はまだ思いもよらなかった。

To be continued....

 

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