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血婚



00-追憶の夢

そんなことはとうの昔に知っている。
この人には「最愛の恋人」とやらがいて
私はセフレ・友人・相談相手のどれかだと。
「お前髪きれいだよなぁ」
この人はコトが終わった後は必ず髪に
触れたがる。2人でベッドの上にいる
今が私の至福の時だ。
今日はいつもより格段に優しかった。
そして触れてくる手や口唇や降ってくる声が
覚悟を告げていた。
とうの昔に知っている。

私はベッドサイドのテーブルに手を伸ばして
バタフライナイフを手にとった。
これを弄ぶのは私のいつもの仕草だ。
隣にいるこの人には、恋人にもらった
イミテーションだと言ってある。
本当は恋人などいないのだけど。
だって、私が愛してるのは。
私が、欲しいのは。

「あのさ、言わなきゃいけないことが」
多分私の考えた通りの結末が来るんだろう。
そんなことはとうの昔に知っている。
この人は私を絶対に選ばない。
「最愛の恋人」とやらを選ぶ。
この人が私の物になることは絶対に無い。
それでも、私は。この人を。

 

「俺さ。結婚、する」
「じゃあこんなことしてたらダメじゃん」
笑いながら、ナイフをいじりながら言う。
私はあくまでドライな女を演じる。
重い存在になればこの人は私を遠ざける。
軽い友人という表の関係にとどめられる。
だから私はこの人が話しかける全ての人を憎み
この人が触れる全ての物を妬んでも決して
それを悟らせない。
でも、そんな努力も今日限りで意味は無い。
「うん、俺もダメだと思う。だから、ごめん」

ほら。とうの昔に知っていた。
この人は「最愛の恋人」とやらのために
私の存在を切る。だから私は、この人を
私だけの物にする方法をずっと考えていた。
だって私は。私はこの人だけを。この世で何より。
どうしてもと。この人を。私は。私だけの物に。
ずっとこの人だけを。欲しいと。私は。
ずっとこの人を。私は。私だけに。会った瞬間から。
この人を。この人だけを。ただそれだけを。
私は。何をおいても。私が欲しいのは。
私が。私は。心から。私は

私は

アイシテル。

パチン、と音をたててこの人がイミテーションだと
思っているナイフの刃を煌めかす。
「ねえ」
ナイフの刃をこの人の首筋へ。
力一杯引けば一瞬で私だけの物になる位置へ。
「私、嘘をついたの。恋人がいるなんて嘘」
私が真剣な話をする時はまばたきの回数が極端に
減るらしい。きっとすごく緊張してるんだねと
この人は笑っていた。

「私、ずっとずっとあなただけが好きだった。
あなたがそばにいてくれたら何もいらない。」

「私の最愛の人」の右手が私の頬に触れる。
ああ、この手は私のためのものでは無い。
なんでだろう。
私の右手はナイフを握ったまま。
今はまだ決して傷つけないよう注意を払う。

「最後に言って。愛してるって。」
微笑んでいたつもりだった。私の頬を離れた
手は何故か涙に濡れていた。
泣くつもりなど無かったのに。

そして、私は抱き寄せられる。

「愛してる」

残酷で優しい声が耳元で嘘を囁いた。

私は右手を力一杯引いた。

この人にはもう一つ嘘をついた。
ナイフがイミテーションだと。

だってこの人を私の物にするためには
これしか方法が無かったから。

部屋が鮮血に染まる。

酷く驚いている最愛の人を
私は抱きしめた。

腕の中の人が動かなくなって
刃こぼれが心配なナイフの代わりに
包丁を自分の首に当てて

私は、とうの昔に知っていた結末に
やっと辿り着いた。

2006/11/14 完結

 

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