INDEX > SS > Daring, please don't die!(仮)

Daring, please don't die!(仮)



1

俺には奇妙な同居人がいる。

「今日も遅かったな、人間」

神の芸術といっても何ら遜色のない美貌に、宝石をそのまま削りだし、至高のカッティングを
施したようなアイスブルーの瞳。
背中に流れるのは腰まで届くほどの青みがかった銀色の河。
部屋の乏しい照明でも信じられないくらい煌き、一点のくすみもないほど気高い。
更には現実世界にはありえないほど膨らんだ胸と、不思議なくらい括れた
ウエストからヒップにかけてのライン。
そして全女性が嫉妬に駆られてもおかしくないほどの肉体を、セパレート式の黄金の鎧に包んでいる。
この殺風景な部屋に浮かんでいなければ神話や宗教画にでも登場しそうなほど、
人を惹きつける媚薬じみたオーラ。
そのアンバランスさが弾けて混ざるほどの魅力と、神々しいまでの存在感に磨きをかけているように
見えるが、俺にとっては悪夢でしかなかった。
その圧倒的なまでの美しさ、天地が凍って全世界が傾きそうな色気も、深いため息を更に積み上げる
きっかけにしかならない。
なぜなら…

「お前の寿命もあと1000日を切ったのだぞ。大して足しにならん勉強などやめて短い余生を
十二分に楽しんだらどうだ?」

鈴の鳴るような聴くものを骨抜きにする美声に乗った言葉のとおり…
そう。
その言葉どおり、まったくを持って信じがたいことだが、こいつは俺の魂を刈り採りにきた
天界の戦乙女…
一般に浸透している言い方をすれば、俺専属の死神だからだ。

「それを毎日言うのは止めろ。聞くだけで生きる気力がうせてこのままベッドに飛びつきたくなる」

「ならばそうすればいいだろう?天の理から見たらお前の存在など豆粒以下で埃にも満たない
矮小なものなのだよ。
  その一つが神の美徳である勤勉に背いたとしても世のバランスにはまったく影響がないのだから」

妙に清清しい笑顔を浮かべて言うんじゃない。

折れかけた心に更なる亀裂が走るだろうが。
俺はもうひとつため息を吐きつつ、学生鞄から参考書と問題集を取り出す。
受験生の身にはその言葉ひとつを耳に入れる時間すら惜しいのだ。
だから、俺は心と耳と、無駄な欲望に栓をしていつもどおりのストイックな姿勢で机に向かう。

 

「ふぅむ…これを言うのも653回目だが、お前は一生懸命勉強した結果入学した大学の三回生の時、
運悪く飛び降り自殺をしたご老人とヘッドトゥーヘッドの人身事故に巻き込まれて
命を落としてしまうのだよ。
だから今のうちに人生を楽しんでおくべきだと私は重々伝えているのだが…」

無、無、無…
俺は何も聞いていない、俺は何も聞いていない。
戦乙女ぇ、天の理ぃ?
いつもいつもいつも思っていることだが、何で俺なのだろうか。
これまで表彰されるようなこともなければ、誰かに後ろ指さされるようなこともしたことがない
勤勉潔白な人生を送ってきたというのに。
老い先短いジジィの自殺に巻き込まれて人生終幕なんて笑えなすぎる。
いや、むしろ面白すぎて腹が捩れてそのまま一回転でもしたのだろうか?
それならこんな戦乙女とかいうヤツが俺の人生に闖入してきても疑問じゃない。

「最近はとみに帰りも遅いし…まったく、短い人生をもっと短くしてどうするつもりだい?
  もしかして、人間は皆マゾなのか?うぅむ……」

うるさい、うるさい。
戦乙女ならそんな言葉を使うんじゃありません。
黙ってゲームやら小説やらに登場していればいいものの、何を間違ったか俺の人生に登場しやがって。

「ところで、お前とであってそろそろ730日だな。年数の概念など戦乙女の私にとっては
無きに等しいが、それなりに感慨深い」

感心するな、何もないところを見るな。
大体、会いたくなんてなかったんだ!!俺だって。

「今でも思い出されるよ、お前が柄にもなく勇気を振り絞って車に轢かれそうになった子猫を
助けてみればただの縫い包み。
  まったくの無駄死にだとは不謹慎とはいえあの時ばかりは大笑いさせてもらった」

それを言うな…
できれば一生この腹に詰め込んで死んだあとも、安らかに埋めるように消したかった思い出を…

 

 

「まぁ、そこでこの私が現れて人間の寿命を五年ほど延ばしてやったわけだがな」

まだ何かおかしいのか、そいつは噴出しながら言葉を続ける。
そう、人が生まれるときに予め決められるという死の章。
それによると俺は無駄死に事件からちょうど五年後に死ぬ予定だったらしい。
しかし何の因果か死の章の律から逸れてしまった俺は、虚仮の人生を一時的に与えられている。
何でも天界が人間一匹の人生に干渉することなんて某救世主の時以来らしいが、
神とやらが定めた運命様から俺は独立してまった。
生きているわけでも死んでいるわけでもない。
要するに、こいつみたいな戦乙女同等、生と死の合間に宙ぶらりんとなったわけだ。

「そう、そこで現れたのが私だな。あの時私が偶然居合わせなかったらお前は
今頃魂の宇宙に投げ出されて永久に彷徨っていただろうからな」

そんな俺のところに現れたのがこの戦乙女、ファリス。
何でも神がもっとも信頼する部隊に所属する一員で、その採魂能力は一晩で二万の人間を
ヴァルハラに導くという。
しかしそんなファリスでも一度、空の存在となった俺を現世につなぎとめるのは一苦労だったようで…

「自分自身の魂を二分割してお前に与えたわけだ。要するに一心同体だな。
お前と私はふたつでひとつ。 どちらかが欠けても存在できない運命共同体ってやつだ」

だからなんでそんなにうれしそうにするんだ?
まぁいいか…と言う何だかどっかのRPGにも出てきそうな設定の中、俺はこうして生きている。
虚仮の生命とはいえ、肉体や精神は人であったころのまま。
毎日大して辛くもないが、刺激に満ち溢れているわけでもない真っ当な人生を送っているわけだ。

「しかし、人間。お前の魂は非常に心地がいいんだ。人の魂というものは思春期を越えれば
大体汚れてくるものだが、お前はまだ清廉潔白なままだな」

 

悲しいかな…
女にモテたことのない俺はきっとファリスいわく清廉潔白なまま死ぬんだろう。
それに隠し持っていた青少年の夜の友達は全部お前が処分したしな。
すんげーいい笑顔で。思わずときめいたよ。
手に持った本が大鎌でシュレッダーにされるところを目にしなければ。
ファリスのお陰で?最近は二週間に一回の割合で夢精するようになっちまった。
そのたび下着を洗う俺の身にもなってほしい。

「しかし、何であと三年後なんだ?神が定めた寿命なら別に今日でもいいだろうに」

耳元で散々解説され、いい加減嫌気が差した俺は参考書を閉じてファリスに向き直る。

以外にも恐ろしいほど美しい面が目の前にあって思わず胸が鳴った。

「戦乙女の魂は、気高く大きいのだよ。だからそれを満たすには多くの年月が必要なのだ。
  だから、ちょうど私の魂がいっぱいになるのがその日なのだよ」

なぜだろうか、少しファリスが寂しそうにしている。

「そうだったのか…そこで俺はお前に連れられてヴァルハラってところに行くのか?」

「…残念ながら、お前の魂を運ぶのは別の戦乙女だよ。私はお前の死を見届けた後、
新たな生を受けることになっているから…」

「なんだそりゃ、俺一人だけ天に召されて終了かよ」

「私だって、最後までお前を見届けたいが…そういう決まりなんだ。
私もようやく人の身に転生できるのだから」

「そうか、お前も早く人間に戻りたいんだな」

そこで、ファリスは黙った。
いつも慇懃な顔つきをしているか、人を食うように笑っているファリスが
神妙な顔つきを浮かべている。
気味悪さよりも、なぜか驚きのほうが勝っていた。
本来、戦乙女は穢れのない少女の魂が死の瞬間に神と契約することによって誕生するという。
ひたすら人間の死に際を見つめ、その漆黒の大鎌で魂を刈取る。
元が無垢な少女なのだから、その苦痛は計り知れないものなのだろう。
だからこそ興味が湧いた。そこまでして神と結んだ契約の恩賞というやつを。

 

「理由を教えてくれよ。お前が戦乙女の契約を結んでまで生まれ変わりたい理由をさ」

「……残念ながら“今は”言うことができない」

でも、キミが生まれ変わったら、すぐに理由がわかる。
そう言って、ファリスは再び唇を閉ざした。

 

 

******************

私が恐れていること。

それは二つある。
ひとつは神と交わした契約が成されないこと、そしてもうひとつは、転生した後リョウキが
私の存在に気がつかないことだ。

私が戦乙女になった理由。
そんなことはリョウキがいつも解いている数学よりも易しい。
ただリョウキの傍で、ずっと彼を見つめていたかった。
ほんとうにそれだけだった。

もう記憶に遠いが、これだけは覚えている。
私がひとりの少女であったころ、確かにリョウキに焦がれていた。
いつもしっかりと前を見つめ、自分に正直なリョウキ。
人間の年齢で言えば10にも満たないほど未熟な魂であったが、この身が火に包まれるほど
リョウキを想っていた。
だからあの身が滅びるとき、神に魂をささげたのだろう。

そして彼の『死の章』を書き換えたのも私。
ほんとうは平均以上の時間を生き、家族に看取られながら穏やかに逝くはずだった彼の運命を
この手で書き換えた。
なぜなら、彼の『死の章』をそれ以上見ていられなかったから。
私じゃない女と子を成してうれしそうに微笑むリョウキ。
忌々しい悪魔の子を両手に抱きしめるリョウキ。
鬼母と混ざり合うように体を重ねるリョウキ。
絶対に許せない。
神が創った因果だろうが、なんであろうが、絶対に認められない。
だって、彼の『死の章』は本来私とリンクするはずだった。

 

リョウキには運命から孤立しているといってあるが、それは彼のことではない。
因果から抜けて孤独だったのは私が人として生きていたころ。
数千年に一度あるかないかという神の失敗。
でも、そんな私を感じて優しくしてくれたのがリョウキだった。
他人には見えない私。
他人からは相手にされない私。
それに手を差し伸べてくれた彼は、私にとって救世主、いや神以上の存在だ。

だから何があっても私のものにするしかない。
たとえ彼の運命を弄んだとしても、どうか許してほしい。

キミに死が訪れたとき、私たちはまためぐり合える。
こうやって魂がひとつになっているのもいいけど、肉体同士で触れ合いたい。
そして再びひとつになりたい。
今度は、心も、体も、魂さえも。
そんな福音が訪れるなら神の因果も、運命の理も関係ない。
全部どうでもいい。

“ただお前とひとつになりたい”

だからそのときまで待っててほしい。私が傍にいるから。
キミのすべてを見つめているから。

そして必ず伝えるよ、胸に抱きしめた転生への願い。

“ただお前とひとつになりたい”

―――――――それが私の望みなのだよ、リョウキ。

 

珍しいこともあるようで、通学途中の俺の背中にぷかぷかとファリスが浮かんでいる。

なぜか上機嫌だ。
偉そうに腕を組んだり、こっちをずっと睨んでいることもない。
今日ばかりは戦乙女も休業か?

俺は時々後ろを確認しつつも、笑顔のファリスと視線を合わせていた。
昨日いろいろ世の中の仕組みについて聞いたことがそんなにうれしかったのだろうか。
どうやら戦乙女って説明好きっぽいからきっと役得で喜んでるんだろう。
俺は勝手に納得しつつ学園の目の前の坂を上っていく。

実を言えば、ファリスが学校についてくるのは珍しいことではない。
だが、どうも俺の部屋から離れると魂の純度が下がるといって途中で帰ってしまうのだ。
やはり別の人間が傍にいると魂の共有をし辛くなるらしい。

見知った友人たちに挨拶をしつつ、昇降口にたどり着く。
いつもはここまで見送ってファリスは帰っていくのだが。
俺は振り向いてファリスに声をかけようとして…

「リョウキくん、おはよう」

清清しい女の子の声に心奪われた。

「お、おはよう」

とっさの出来事なのでちゃんと挨拶できなかった自分を殴りたい。
戦乙女の力で時間を戻せるなら是非戻してほしい。
そして全力で自分を殴り飛ばしたい。

「リョウキくん、昨日やったところちゃんと復習した?」

そんな俺を不思議そうに見つめながら、ショートカットの似合う彼女は朝顔みたいに微笑む。
甘い、甘すぎる笑顔だ。

「もちろん、せっかく児島さんに教えてもらったんだから」

俺は照れ隠しで頭をかきむるのに必死だ。
落ち着け、俺。
最近家に帰るのが遅い理由、それは児島さんと居残り勉強をしているから。
あまり頭の出来がよろしくない俺がここまで必死になっているのもクラスのアイドルである
彼女と時間を共有できるから、それも理由のひとつになっている。

 

「じゃあ、また放課後に」

児島さんは俺に駆け寄って俺の手を握ると、そのまま春風のように去っていった。
わずかに残る柑橘系の香水の香り。
この余韻に浸っていると残り三年の寿命というヤツが更に恨めしくなる。

「ふぅ…」

うれしさと切なさが入り乱れたため息を吐きながら俺は、

「あの女は誰だ」

地獄から這い上がるような声に凍りつくほど大きく体を震わせた。
胸の深い部分を通して伝わる冷気。
丸ごと握りつぶされそうな圧迫感。
すべてに全身が支配され、動くこともままならない。

「リョウキ、あの女は誰だ」

背後から目の前に移動したファリスを見て、固唾が凍りつく。
慇懃にいつもえらそうにしているファリス。
しかし冷たい瞳の奥には穏やかな光がある。
なのに。

 

「…」

 

アイスブルーの瞳を剣のように翻し、漆黒の大鎌を担ぐ彼女は…

紛れもなく…

―――――――死神だった。

2006/11/04 完結

 

inserted by FC2 system