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ツイスター



外伝

チャイムを聞くと、伊勢はそそくさと玄関へと向かった。
初詣に誘ってくれた太郎が、迎えにきたのだ。
伊勢は、相手を確かめもせず、ドアを開けた。太郎に、一刻も早く自分の姿を見せたかった。

「あけましておめでとうございます。先輩」

「ああ、あけましておめで、と、う」

伊勢の思惑通り、太郎は伊勢の振袖姿に驚いたようだ。
ピンク色をベースに、白い花模様があしらってある、華やかな着物だった。

「あの、どうですか、これ?」

伊勢はそういって、その場でくるりと回った。

「ああ、いいよ、すごく似合ってる。何かいつもと雰囲気が違って新鮮だ」

「うふ、ありがとうございます」

伊勢は、にっこりと笑った。履物を履き、太郎の腕を取った。

「じゃ、いきましょ、先輩」

そうして、玄関を出たとき。

「伊勢さん、おめでと、今年もよろしくね」

聞きなれた、だが聞きたくはなかった声が聞こえた。

「は、ははは、そうよね、絶対ついてくるわよね……はい、おめでと」

伊勢は、がっくり肩を落としながら次子にいった。
太郎が出かけるというのに、この娘がついてこないわけがなかったのだ。
しかも、次子も振袖を着ていた。真っ赤な生地に、白い花が散っていた。

「ごめんね、伊勢さん。この子がどうしてもついてきたいって。
わたしはその、次子のお目付け役だから。ああ、それからおめでとう」

次子の横には、一子がいた。こちらも振袖を着ている。
次子とは逆に、白い生地に、赤い花をあしらったものだった。
どうやら、振袖のインパクトは、あまりなかったようだ。

「ううん、わたしは大丈夫だから。おめでとう、簸川さん、それから山鹿さん」

伊勢は、内心の忸怩たる思いを隠しながら、なんとかそれだけいった。
次子と一子だけでなく、その後ろには山鹿までもがいた。水色の和服を着ていた。
ちなみに太郎は、普段のコート姿だった。

「ああ、おめでとう。まあ、たくさんでいった方が面白いぞ、多分」

したり顔でいう山鹿に、伊勢は心の中で悪態をついた。

「じゃ、みんなそろったところで行こうか」

太郎がいった。

「でも、どうやっていくんですか?」

ここから初詣をしにいく「妹姫神宮」までは、歩きでいくにはつらい距離があった。
その答えは、家の門を出たところにあった。大きなリムジンが止まっていたのだ。
山鹿の家のものに違いなかった。

これまで経験したことのないほど快適なドライブを終えて、妹姫神宮に到着した。
車から降りると、一行はぞろぞろと神社へ向かって歩き始めた。
その集団は、なかなかに目立った。振袖すがたのかわいい娘が3人、
しかもそのうち二人はそっくりな双子。
そしてその双子の片割れとめがねの娘は、それぞれ一人の男の両側で腕を組んでいる。
二人の美少女をはべらせる太郎に、嫉妬まじりの視線が突き刺さった。
太郎は苦笑いを浮かべるしかない。

「すごい人だねえ、お兄ちゃん」

次子が感心したようにいった。

「でも、初詣って何?こんなにいっぱい人を集めて何するの?」

「あれ?いってなかったか?初詣ってのはそうだな。
年の初めに神様に今年一年のお願いをするのがメインか。
みんな普段は神社になんかこないけど、このときだけはそれをしに集まるんだよ」

「へえ。ねえねえ、お兄ちゃんは、何をお願いするの」

「え?はは、まあそれは心の中にとっておいてだな」

「わたしはね、わたしはね、お兄ちゃんとずっと一緒にいられますようにってお願いするよっ」

次子は、これ以上ないほど朗らかな笑顔でそういった。
太郎はそれを聞いて照れ笑いを浮かべ、伊勢はぎりぎりと歯軋りをした。

「でも、次子ちゃんもいつまでもお兄ちゃんにべったりなのはどうかと思うな、わたし」

気を取り直した伊勢が、太郎を挟んで反対側から次子にいった。

「ほら、先輩もいつかは結婚したりして、あの家にお嫁さんが来たら次子ちゃんも
居辛くなるんじゃないのかなあ。兄妹では結婚できないってことぐらいは、
いくら次子ちゃんでも知ってるよねえ」

「うん、それはこの前お兄ちゃんに聞いたから。
でも大丈夫、お兄ちゃんが結婚してもわたしずっと一緒にいるから」

伊勢は、それを聞いてさらに歯軋りした。その顔を見たすれ違いの参拝客が、
思わず後ずさりしてしまうほど怖い顔をして。
「そりゃ何かい、われ。わしらが結婚した後も邪魔しくさるつもりっちゅうことかい。
そりゃ宣戦布告のつもりなんか、われ」とはき捨てたいのを伊勢は堪えた。

「あはは、そう、いつまでも先輩と一緒にいるつもりなんだ。あはは、そうなんだ、あはは」

「うん、そうだよ」

「あはは、そう、あはは」

新春のさわやかな空に、伊勢のむなしい笑い声が響いた。

それぞれ、五円玉を賽銭箱に放って手を合わせた。
いや、山鹿だけは、五枚のお札を賽銭箱にいれた。しかも、一万円札を。
周りからどよめきがおこった。

「おい、さすがにそれは多すぎじゃないのか」

「何をいう。これはいわば巫女さんたちへのご祝儀だ」

「巫女さん?」

「知らなかったのか。この妹姫神宮の巫女さんはすべて妹なのだ。もちろん処女のな」

「なるほどな。お前がこの神社を勧めたわけがよーく分かったよ」

太郎の両脇では、次子と伊勢が両手を合わせていた。

「(先輩と幸せになれますように。先輩と結婚できますように。
小姑に邪魔されない甘甘でエロエロな新婚生活が送れますように)」

そう拝みながら、伊勢はちらりと次子の方を見た。なぜか、次子の方も、伊勢の方を見た。
そして、馬鹿にしたように舌を出した。
伊勢はそれを見て内心金切り声を上げながら、拝殿に向き直り、さらに深く祈りに没頭した。

「ずいぶん熱心に拝むんだな、伊勢は」

「まあ、事情があるんだろ、事情が」

次子が舌を出したのに気がつかなかった太郎がそういったのに、山鹿はくつくつと笑いながら答えた。
太郎がふと目を山鹿の隣にやると、一子が静かに手を合わせていた。
伊勢ほどではないにせよ、それでも熱心に拝んでいた。それを見つめていると、一子が顔をあげた。
そして、ずっと見ていた太郎の視線に気がつくと、ぷいっとそっぽを向いた。太郎は苦笑する。

「おみくじ、引いてくか?」

全員の参拝が終わって、太郎は聞いた。

「当たり前だろう。ここに来て巫女さんからおみくじを受け取らなくて何をするというんだ」

「はいはい、じゃ、いきますか」

やはり参道を歩いてきたのと同じような格好で、一行はおみくじ売り場へと向かった。

「すみません、おみくじいいですか?」

「うん、お兄ちゃん。こっちから引いてね」

太郎は耳を疑ったが、それは間違いなく目の前の巫女装束の娘の言葉だった。

「「お兄ちゃん」?お兄ちゃんって」

次子もまた混乱していたが、それは太郎のそれとは若干違っていた。

「お兄ちゃん!いつの間に私以外の新しい妹なんて作ったのよ!!」

次子が太郎の胸倉をつかんで揺さぶった。

「ち、違う。俺は、知らん。というか、これは、妹じゃ、ない、だから、止めろ!」

次子の誤解が解けるまで、太郎の頭はシェイクされ続けた。

太郎はふらふらになりながら、山鹿は「妹と巫女、巫女巫女妹、いや巫女巫女シスターか」
などとぶつぶつつぶやきながら、次子は散々迷った挙句、伊勢は真剣なまなざしで、
そして一子は気のない振りを見せて、おみくじを引いた。
それぞれが引いた番号のおみくじを受け取る。
太郎は「小吉」だった。そして、プラスともマイナスともつかないような
微妙な今年の運勢が書いてある。
召還された妹と同居しているという奇妙な状況にあるものとしては平凡な結果に、
太郎はどこかほっとした。
伊勢は、玉砂利の上に、がっくりと膝をついていた。次子は、飛び上がって喜んでいる。
どうやら対照的な結果だったらしい。
山鹿は、どちらともつかないいつもの無表情でおみくじを読んでいる。
確かに、おみくじの結果に一喜一憂する山鹿というのは想像もつかないが。
意外だったのは一子の様子で、あからさまに残念そうな顔をしていた。

「おい、よくなかったのか?」

太郎がそういうと、一子は読んでいたおみくじを背後に隠した。

「べ、別にいいでしょ!見ないでよ、馬鹿!」

「いや、見はしないけどさ」

「結んで」

ぷいと顔を横に向けていた次子がぽつりといった。

「へ?」

「だから木に結んでよ。高いところに結んだほうがいいっていうでしょ。
こんなときくらい、その無駄に伸びた背を役に立ててよ」

「あ、ああ、そのくらいいいけど。じゃあ」

太郎が手を差し出すと、一子は「絶対読まないでよ」と念を押しながらおみくじを渡した。
太郎はそれを、他にもおみくじの結んである椿の木に結んだ。なるべく高いところを選んで。

「うん、でも別に山鹿さんにやってもらってもよかったんだからね。勘違いしないでよねっ」

「勘違いって、お前、なにいってんだ?」

太郎がそういうと、一子は顔を赤くした。
山鹿はそれを「うんうん」とうなづきながら見ていた。

「あー、ずるいです先輩、わたしのも結んでください!」

「あ、わたしもわたしも!!」

「次子ちゃんは、よかったんだから結ばなくていいの!!」

「えー、どうしてー?」

伊勢と次子がまた掛け合いを始めた。
太郎はそれを見て、実は二人は仲がいいのではないかと思い始めていた。

騒がしかった初詣を終えて、まず伊勢を家まで送り、それから太郎たちも自宅に戻った。
めったに人ごみの中にでない次子は疲れてしまったのか、
夕食をとって風呂に入ると、そのままソファで寝付いてしまった。

「おい、次子、寝るならベッドで寝ないと風邪引くぞ」

「うーん、お兄ちゃん……」

「しょうがないな」

次子の寝言に苦笑した太郎は、その体を抱えて次子の部屋へ連れて行こうとした。
持ち上げた瞬間、風呂上りの石鹸の匂いが立ち上がる。

「じゃあ、次子、ベッドに寝かせてくるから」

太郎は、同じソファでテレビを見ていた一子にそういうと、リビングを出ようとした。

「うん。……あのね、兄貴」

だが、一子は太郎をそのまま見送りはしなかった。

「なんだ」

「今日さ、あのおみくじ、いやなことが書いてあったんだよね」

「そりゃそうだろ、だから木に結んだんだし」

「そうじゃなくって!……最近できた大事な人がいなくなるって、
そんな感じのことが書いてあってさ」

「そうか」

そう書かれてあって、連想するのは次子のことだけだ。

「わたし、今って、結構いい感じっていうか、それって多分、次子のおかげかなって思うんだ」

一子は、ぽつりぽつりと話し出した。

「でも、それだけじゃなくて。なんていうか、わたし多分次子のこと、妹みたいに感じてしまってて」

「それは俺も一緒だよ」

「だから、もしだよ、もし次子がいなくなったら、
それって家族がひとりいなくなるってことだって思って」

一子の声の調子が落ちた。心なしか、言葉の端が震えているようにも聞こえる。
だから、太郎はできるだけ安心させてやれるよう、心を込めていってやる。

「大丈夫だよ。大丈夫。次子はいなくなったりしないし、俺だってそうだ。
何も変わらないよ、ずっと」

「……うん、そうだよね。わたしももう寝よっかな」

一子はそういって、目の端をぬぐうと、立ち上がった。

「だから、ほら!早く次子をベッドに連れて行ってやってよ。
あ、でもいやらしいことしちゃだめだからね!」

早くもいつもの調子にもどった一子に、太郎は笑っていった。

「ああ、お休み、一子」

「うん、お休み」

やがて簸川家の明かりがすべて落ちて、それきり静かになった。
明日になれば、いつもと変わらぬ朝が来るだろう。
次子が太郎を起こし、3人で朝食を取って、学校で山鹿と伊勢と出会う、そういう朝が。


2007/01/01 完結

 

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