「これより、妹召還の儀を執り行う」
そう聞いて帰りかける太郎を、山鹿が引き止めた。
「まあ、待て。とりあえず話を聞いてもらおうか」
山鹿は、太郎を手じかにあったいすに座らせると、自分もその隣に座った。
「お前も日本人なら、日本が神代の昔より妹に萌えてきたこと、そして国の繁栄を呪術によって
支えてきたという事実を知っていよう」
初耳だった。
「妹と呪術、この二つが融合して生まれたのが妹召還の秘術、
そしてそれが記されているのが、これだ」
山鹿はそういうと、古ぼけた和綴じの本を見せ付けた。
ミミズがのたくったような文字が連なっている。
新月の日に山羊の首を13人の男たちで囲み呪文を唱えれば、男たちの妹念が凝り固まって、
理想の妹が召還される。
そう書いてあるのだという。
「なるほど、まあがんばってくれ」
太郎は、そういい残して帰ろうとした。山鹿が肩を抱えて再び引き止めた。
「まあ、待て。お前にはぜひこの召還式に加わってもらいたい。お前も知ってのとおり、
われわれの妹への思いはほとんど妄想だ。
妄想は純粋だが現実への浸透力に弱く、妹を現界させるのに心もとない。
そこで、現実の妹保有者であるお前の現実的な想念が必要なのだ」
言いたいことはわかった。しかし、太郎にはそんな荒唐無稽な試みに加わるメリットなどない。
そういおうとして、周囲の殺気立った様子に気がついた。ここでできないなどといえば、
何をされるかわからないほど、濃い殺気だ。
平和な人間関係を維持するコツは、こちらが一歩引くことだということを思い出した。
「わかった。やってやるよ」
部室の中央で、山羊の首を中心に、太郎と山鹿を含む13人の男たちが車座になった。
客観的に見て、ひどくシュールな光景だった。その一員であるという事実に、
太郎は悲しくなってくる。
「では、はじめるぞ」
本当にそれ以外の準備はいらないらしい。山鹿が、例の呪文とやらを唱え始めた。
「エロ妹(いも)エッサイム、エロ妹エッサイム、われはもとめうったえたり!」
それに応えて、残りの連中が唱和した。
「いあ、いあ!」
そんなことを二時間以上も続けていると、さすがに太郎も辟易してきた。
しかし、他の連中は一貫して緊張感を保ち続けていた。
なぜその熱意をもっとまっとうなことに向けられないのかと太郎がいぶかしんでいたそのとき、
やっと変化が訪れた。
山羊の首からぼこぼこと血が湧き出し、首全体がぶるぶると震えだした。
不気味極まりない光景だった。
召還されるのが、本当に妹なのかどうか疑わしくなってくる。
「やっと、来たな」
山鹿がそうつぶやいた。もう呪文を唱える必要はないらしい。
「さて、誰の妹になるのやら」
太郎も、さすがにそれを聞き流すことはできなかった。
「どういうことだ!誰の妹になるのかわからないのか」
「ああ、そういえばいっていなかったな。誰の妹になるのかはルーレット方式で決められる。
13人のうちの誰の妹として召還されるのかは誰にもわからん。運だ」
「ちょっと待て、それじゃあ何か。俺の妹になることもあるってか」
「そうだが、まあ13分の1の確率だ。安心しろ。・・・いや、結構高い確率か?」
それを聞いて山鹿に掴みかかろうとしたとき、山羊の首が血飛沫を上げて爆発した。
肉片や血飛沫をまともに浴びた連中が、車座を崩して逃げ惑う。幸い、太郎は無事だった。
やがて、血煙の中に人影があるのを発見した。次第に、その姿がはっきりとしてくる。
最後に現れた姿を見て、太郎は唖然とする。
「い、一子?」
その姿が、一子に酷似していたからだ。いや、そのままの姿だといってよかった。
つややかで短くそろえられた黒髪。少しつり目気味の大きな目。通った鼻筋。薄い唇。
そしてとがったあご。
「お兄ちゃん!」
そういって、少女が太郎に抱きついてきた。
そこで太郎が狼狽したのは、自分が兄にされてしまったからではない。
一子と同じ顔をしていただけに、むしろそれは自然に受け入れてしまっていた。
太郎を狼狽させたのは、少女が裸だったからだ。いくら妹と同じ顔でも、裸で抱きつかれて
平然としてはいられなかった。
わたわたとしていると、いつの間にか山鹿が立ち上がって太郎を見下ろしていた。
「そうか、簸川のものになったか。まあ、それもいいだろう」
あれほど妹に情熱を傾けていた山鹿が、自分の妹にならなかったことを冷静に受け止めているのを
太郎は意外に思った。
だが、他の連中は違ったようだ。
「おい簸川!ずるいぞ、もう妹がいるくせに!」
「世界中の妹を独り占めする気か!」
「この妹コレクターが!」
今にも、こちらに飛び掛らんとする勢いだ。その間に、山鹿が割って入った。
「やめんか、お前ら!誰の妹になっても文句はいわんと最初に誓ったろうが」
山鹿が周囲をにらみつけた。馬鹿なことはやっていても、こういうところは頼りになる。
「何、一度成功したことだ。また今度の新月の日にやればいい。それにこれは最初のケースだ。
何が起こるかわからん。
ならば、妹馴れしている簸川に任せてみるのもいいではないか」
そこまで聞いて、太郎は割り込んだ。
「ちょっと待て。実験台にするつもりか。それに、俺はこいつを妹にするなんていっちゃいないぞ!
俺にはもう妹がいるんだ、これ以上いるか!」
それを聞いて、太郎に抱きついたままだった少女が顔をあげた。目をうるうるとうるませていた。
「そんな!お兄ちゃんはわたしを妹だと認めてくれないの?」
「いや、そうじゃなくてだな」
そんな風に迫られると、毅然とした態度は取れない。
それが、少女が一子の顔をしていたからか、それとも裸で迫られたからなのかは、
太郎にもわからなかったが。
「あきらめろ簸川。受け入れてやれ。何、ほんの一ヶ月ほどだ」
「何だって?」
「そいつの寿命は、次の新月まで。つまり、一ヶ月だ。次の新月の晩を過ぎれば消えてしまう。
所詮、妄想の産物だからな」
太郎は、山鹿の言い草に腹を立てるのと同時に、自分に抱きついている少女を不憫に思った。
そして、こんな連中に任せるぐらいなら、自分で保護してやりたいと思ってしまった。
後で振り返ってみれば、これは山鹿の策だったのかもしれなかった。
ふと山鹿の背後を見ると、妹研の連中が少女の背中を、正確には少女のお尻の辺りを凝視しているのに
気付いた。
とっさに少女を後ろにかばって、自分の上着を羽織らせてやった。
「すまんな。気がつかなかった」
山鹿はどこからか取り出した服を太郎に手渡した。この学校の制服だった。
「俺たちは外に出ているから、着させてやれ」
不満の声を立てかけた部員たちを一睨みで黙らせると、そのまま彼らを引き連れて廊下へと出て行った。
太郎は、少女と二人で残された。すると、また少女が抱きついてくる。
「やっと二人きりだね、お兄ちゃん」
「ちょっと待て、何をする気だ!離れろ!服を着ろ!」
「兄と妹が二人きりになってするものなんて、ひとつしかないよ」
「馬鹿!それはどこの世界の兄妹だ。兄妹はそんなことしないんだよ!」
少女は、きょとんとした。
「そうなの?わかった」
太郎から離れると、立ち上がり、服を着始めた。太郎は、あわてて後ろを向いた。
どうやら、根本的なところで兄妹観に欠陥があるようだった。
おそらくは、妹研の連中の妄想が入り込んだ結果だろう。
もし連中の誰かの妹になっていたら。太郎はぞっとした。
「終わったよ、お兄ちゃん」
それを聞いて、体を向き直す。制服を着た少女は、ますます一子と瓜二つになっていた。
「でもね、下着がないんだ」
そういって、いきなりスカートを捲り上げた。初めて女のその部分を見て、太郎は噴出した。
顔を背けるが、目に焼きついてしまっている。うっすらと生えているやわらかそうな毛。
それが覆っている、ぴっちりとしたクレバス。
「馬鹿!スカート下ろせ、手を離せ」
そういいながら、どきどきがとまらない。
少女がスカートの裾を下ろしたのを確認して、太郎は廊下に向かって怒鳴った。
「おい山鹿!下着はどうした!」
着替えが終わったことを確認して、山鹿がばつの悪そうな顔をして入ってきた。
こんな顔をするのは珍しい。
「すまん、忘れていた。今買いに行かせる」
「いいよ、お兄ちゃんの家まででしょ。それまでだったらお兄ちゃんが守ってくれるし」
少女が、そんなことをいった。ずいぶん太い神経をしているようだった。あるいは羞恥心が薄いのか。
本人がそういうのであれば仕方がなかった。せめて、風でスカートがまくれたり
痴漢にあったりしないように守ってやろうと決意した。
そうと決まれば、ぐずぐずしていられない。この妹狂いの部屋に、ノーパンの少女を
いつまでも置いておくことはできなかった。
そのまま、つれて部室を出る。山鹿たちは残って山羊の血で汚れた部室を掃除するらしかった。
何かあれば連絡するようにと、山鹿が太郎の背中に声をかけた。
部室から出て、校門のあたりまで来て、とたんにそれまで喪失していた現実感が戻ってきた。
わけのわからない儀式に参加させられて、そこで召還した妹を押し付けられ、
自分の家に連れ帰ろうとしている。
状況に流されて、自分はとんでもないことをしようとしているのではないかと、太郎は思った。
確かに、あそこに少女を置いておくことはできなかったにせよ、うちに連れ帰るというのも
同じくらい出来かねることではないのか。
大体、本当の妹である一子にどう説明したものか、太郎には考えもつかなかった。
そんなことを考えながら家路についていたので、途中で下着を買うのを忘れていたことに、
家の前まできてやっと気付いた。
太郎がおそるおそる家に入ると、その後に少女が続く。
今日は、「ただいま」を言うこともできなかった。
奥に進むと、昨日と同じく一子はリビングでテレビを見ていた。太郎の気配に気がついて、
後ろを振り返った。
そして、太郎の後ろにいた少女の姿にも気付く。固まった。
自分とまったく同じ顔をしていたからだ。
「え、わたし?え?」
唖然としていた。その隙をついて、太郎が少女を連れて間近に近づき紹介する。
「この子は、新しい妹だ。ほんの一ヶ月の間だが、仲良くしてやってくれ」
「え?え?」
さらに混迷を深めているようだった。ムリもない。
太郎は、立て続けにお願いする。
「それから、お前の下着を貸してくれ」
それを聞いた瞬間に混迷から抜け出したのか、一子は太郎の頬を力いっぱいはたいていた。 |