「ところでお主らここらでは見掛けんが、旅のものか?」
「え? そうだが何でンなこと聞くんだ?」
正直この妙な連中とは早く離れたい。どうするかとササに目配せをすると苦笑して首を振った、
どうやらササも俺と同じ意見のようだ。皆に笑顔を向け、歩き出す。目的地まで
あと一刻だ、辛いかもしれないけれど、頑張ろう。
しかし、
「お待ちなさい!!」
強烈な足払いが掛けられ、二人で倒れ込む。振り替えれば、騎士が先程の巨大な光剣を持って
こちらを向いている。これで足払いをしたらしい、本当に峰打ちで良かった。
下手をしたら足首から下がさよならしているところだ。流石にそこまでの敵意はないらしいが、
肩をいからせながらこちらに詰め寄ってくる。首から上を覆う鋭いデザインの兜を被っているので
表情は分からないが、雰囲気からなんとなく怒っているのが分かる。
「ほら、さっきクラウンが乳で比べたからじゃない? 小さそうだもの」
それだけで比べた訳ではないが、確かに小さそうだ。鎧で押さえられているのかもしれないが、
あの竜の娘とは歴然とした差がある。効率の良い平坦な鎧が物悲しく見えた。
「可哀想に」
「聞こえてますわよ!!」
「ヒステリーは嫌だのう」
おかしそうに声を漏らしながら、竜の娘が歩いてきた。背後には双娘の魔物も見える。
「ヒステリーじゃありませんわよ!! それと貴方達」
「はい、何でしょうか」
迫力に負け、思わず敬語になってしまった。
「これからギリィに行くんですの?」
目的地の街の名前は確かにそんな名前だが、嫌な予感がしてきた。
「守護騎士として、街の中に入れる前に少し調べさせて貰います」
「なに、気張ることはない。名前と種族、目的を聞かせて貰うだけじゃ。面倒だが決まりなんでの、
おとなしく喋ってくれればそれで良い」
体を鎧で固めた騎士と半裸の竜、中身も外見と同じようで分かりやすい。
分かりやすく説明してくれたお陰で、大体のことは分かった。変なことを聞かれるのも無さそうだし、
目的をはっきりさせている分、もしかしたら協力してくれる者も出てくるかもしれない。
それは良い。
利益の方が多そうなので質問される分には構わないが、この騎士が守護役だということに
目眩がした。これから移動する先が一緒だということは監視なり何なりで、
街まで一緒になることだろう。生真面目な騎士も気さくな竜の娘もどこか妙な性格をしているので、
可能ならばこれ以上関わりたくない。なので大人しく答えることにした。隣に居るササにも
素直に従うように目で合図をする。
「はい、まずは名前ですわ。申し遅れましたが、私はユマスティ・グス・リーズベルグ。
皆からもそう呼ばれておりますし、貴方達もユマで結構ですわ。そして隣の半裸姿の馬鹿は
クリヤ・フォウラ。二人でギリィの守護役を致しておりますわ」
「馬鹿ではないぞ、宜しくの」
「俺はクラウン、こっちはササ。名字はない。種族は二人とも半竜、目的は竜害治療」
簡潔に言ってフードを脱いだ。クリヤが俺の竜証である竜眼を覗き込んでユマに何かを伝え、
ユマはそれを紙に書き込んでいる。若いながらも守護役に着くだけあって、
仕事はきちんとこなすらしい。先程までのふざけた様子は全く感じられない。
ペンの音が止み、二人の視線がササを向いた。
「良いよ、どうせ見せなきゃいけないみたいだし」
俺は一瞬躊躇い、しかし結局ササのフードを脱がした。全体を覆っていたものが外れたことで、
幾つもの竜証が見えてくる。最初から備わっていた竜掌に加え、側頭部から斜め下に伸びる
二対の竜角、背から伸びる一対の竜翼、視線を下にずらせば竜尾が見え、
更に下に行きブーツを脱がせれば竜脚が現れる。それを見て二人は息を飲んだ。
当然だ、竜証は全部で五ヵ所、半端な数ではない。その姿は半竜という言葉そのもの、
人間と竜の丁度中間点のような姿だ。前の街で調べた資料によると、もってあと一年程だという。
本当に時間がない。大丈夫だろうか、と願い二人を見ると、複雑そうな目でこちらを見ていた。
「駄目なのか」
「いや、そういうことでは無い。それに実際に竜害を治した者も幾らか居る。
只の、次の儀式が一年後なんじゃ。それまで耐えられるか……儂もここまで進んだ者は見た事がない」
一年、本当に危ういところだ。しかし可能性は0ではなくなった。そのことが嬉しくて
つい笑みが溢れてきた、ササなどは涙を流しながら僕に抱き着いてくる。竜掌での腕力で
されているので苦しい、というか骨が危険な音をたてているので正直な話死にそうなのだが、
肺の空気を絞り出されているせいで声が出ない。それにこんなに嬉しそうなササを見ていると
止める気もなくなってくる。
「あぁ! クラウンさんがニヤけた表情のまま真っ青になってる! どうしよう!」
魔物の声で我に帰ったらしいササは慌てて身を離し、顔を覗き込んできた。
表情に俺を心配するような色があるのが見え、大丈夫だとジェスチャーで答える。
俺は空気がこれ程までに美味いものだとは思わなかったと命の大切さを再確認しつつ、
魔物の娘を見た。
「助かった」
「気にしないで下さい! あたしもクラウンさん達に命を助けられました!」
笑みを浮かべて元気に答えるが、本当に魔物らしくない。
「そう言えば忘れておったの。どうする?」
「殺ります?」
「殺るかの」
背後で不穏な言葉が聞こえ、振り向いた。見ればユマが真剣な様子で双娘を見ている、
クリヤもそれなりに真面目な表情だ。確かにそうだろう、守護役の仕事の一つである魔物の退治は
街にとって大切なものだ。街を脅かす脅威であるそれを殺すことによって平和が成り立っている
と言っても過言じゃない。命を守護役に預け、また守ってもらっているという自覚が
あるからこそ安心して暮らすことが出来るのだ。
しかし、
「ちょっと待てよ」
「クラウン?」
「クラウンさん!?」
俺は魔物の前に立った。
最初は俺がこの娘達の命を助け、先程は俺が助けられた。だから今度は再び俺が助ける番だと、
そう思ったのだ。こいつらは魔物だが、しかし悪い奴らではないと思う。
「こいつらは俺が保護をする。いざとなったら俺が殺すから、だから勘弁してやってくれ」
数秒。
「……約束じゃぞ」
「ちょっとクリヤ!! どういうつもりですの!?」
怒鳴るようにいうユマに面倒臭そうな顔を向け、クリヤは吐息した。
「うるさいのう、馬鹿だが悪い奴らではなかろうて」
「魔物ですのよ!?」
「だから、さっきクラウンが責任持つと言ったんじゃろ。いざとなったら儂も協力する」
「だからって」
「なに、クラウンの言葉が信じたくなっただけのことよ。何故かそんな雰囲気があるでの」
何か言いたそうだったが、真剣な表情にユマが押し黙る。そして癖なのだろうか、
兜とガントレットの組み合わせにも関わらずユマは頭を掻いた。表情は見えないが、苛々しているのが
全身から伝わってくる。だが何も言わないのを見ると、取り敢えず認めてもらうことは
出来たのだろうか。
「やった! 生きてて良いんですね!?」
「あぁ! クラウンがニヤけた表情のまま真っ青になってる!」
ササが双娘を引き剥がしてくれた。命とか空気って素晴らしい。
「じゃあ大丈夫みたいだし、さっさと街に行こうか」
「それは良いが、お主大丈夫なのか?」
それは聞くな。
「ところで名前を聞いていなかったな、お前ら名前は?」
双娘に向いて訊くと、首を傾げられた。
「それがですね、無いんですよ。産まれたばっかりだし、今まで二人きりだったんで必要が
無かったので。だから、クラウンさんが付けて下さい」
僕は少し考え、
「チャクムとタックムだな、意味はお喋りと無口」
「で、出来ればもう少し可愛いものを!」
「ならラビシャとラグシャ。可愛いだろ、夏兎と冬兎だ」
聞いて嬉しそうな顔をしたのも一瞬のこと、何かに気付いたように少し考える。数秒、
首を傾げて黙り込み、そして漸く意味が分かったらしくこっちを向いた。
「さっき食べたお肉じゃないですか!!」
「因みに二択な」
「酷い!!」
一々反応が面白い娘だ、俺は嗜虐趣味という訳でもないのに、ついついおちょくりたくなってくる。
俺が面白そうにしているのを見ると、よく喋る魔物は肩を落とした。
「もうチャクムとタックムで良いです。良いよね」
元気な魔物改めチャクムは静かな魔物改めタックムの方を向くと尋ねた。
タックムは特に不満そうな様子もなく、笑みを浮かべて頷く。そういえばタックムは今
まで全く喋っていないが、どうしたのだろうか。チャクムはうるさいくらいなのに、
そんな部分では温度差が大分違って見える。
「あ、タックムは喋ることが出来ないんですよ。その代わり、頭は凄く良いんです」
「ふーん。で、チャクムは喋ることが出来る代わりに頭が凄く悪いのね」
こらササ、俺が思っても流石に失礼だと思って言えなかったのに。
「面白いの、お主ら」
「皆馬鹿ですわ」
ユマとクリヤも人のことは言えないと思う。
「まぁ良い、儂は気に入った。どれ、街まで乗せていってやろうかの」
ふと気になった。
「クリヤの竜証はどこにあるんだ?」
眺めてみるが、それらしい部分はどこにも見当たらない。外見は完全に人間と変わらず、
鎧に身を包んだユマの方が余程非人間的に見える。
「乳じゃ」
「マジか!? どんな効果があるんだ!? 是非とも見せてくれ!!」
「クラウン?」
背後から冷たい声がかけられ、俺は瞬間的に土下座した。全身竜の力の塊であるササに
折檻されたことは何度かあったが、その度に死にそうな思いをしたものだ。ササとは恋人という訳では
ないが、こうしたやりとりは珍しいことではない。そして出来ることならばもう痛い目には
遭いたくないので、本能が体を動かした。
「冗談じゃったが。本当は、口じゃよ。炎や氷も吹けるし、竜の姿でしか使えない竜言語魔法も
使うことの出来る優れ物じゃ」
言って得意気に口を開く。その中にはまるで一本一本が研ぎ澄まされた刃物のような、
白く鋭い歯が並んでいた。まさしく竜口、うっかり頼みでもして股間のものを喰えられた男は
必ず地獄を見るだろう。
恐ろしいと思って眺めていたが、瞬間、クリヤの上体がのけぞった。仰向けになっても
形が一切崩れない乳は、まさに竜の神秘。真横から見たことでその豊かな丘がはっきりと
確認出来たが、理由は恐ろしい。クリヤの顔があった空間を、どうやら杖だったらしい槍の石突きが
通過していた。
「何するんじゃ!!」
「あらごめんなさい、丁度良い穴があったものですから」
さっきから思っていたが、この二人はコンビを組んでいる癖に仲が悪いんだろうか。
クリヤはユマを不機嫌そうな目で見ると、こちらを向いた。
「ま、こんな馬鹿だけを乗せるのも嫌だしの。黙って乗ってくれ」
「乗り心地は悪いですけども」
再びユマを睨みながら、クリヤは竜化の呪文を唱えた。その体が光の玉に包まれ、
次第に姿が確認出来なくなる。それは瞬間的に巨大化し、光が弾けると巨大な竜の姿が明らかになる。
元の姿の方が楽なのか気持ち良さそうに鳴き、尾と翼を震わせた。
『乗ってくれ』
思念を伝える声が頭の中に直接伝わってくる。俺達全員が乗ったのを確認すると、
翼を大きく広げて空気を打つ。周囲の木々が揺れる音を背景に、クリヤは飛び立った。
視界が高く、当たる風が気持ち良い。乗り心地もユマが言う程には悪くない。
『どうじゃ?』
「ん、悪くない」
『そうじゃろ? それなのにユマときたら。それと喜べ、父上以外の男を載せたのはお主
が初めてじゃ。誇りに思うが良い』
「男っ気がないだけですわ」
『お主も同じじゃろうが』
唸るような声を発しながら、クリヤは強く尻尾を降る。
「クラウン」
突然、冷たいササの声が聞こえた。続いて、襟首を掴まれる。
「竜化して」
「は?」
「良いからしなさい」
直後、体が中に躍る。
落ちては不味いと俺は竜化し、はばたいて姿勢を整える。背中に軽い衝撃が来て、
ササが飛び乗ってきたのだと分かった。続いてチャクムとタックムも飛ぼうとするが、
ササに威嚇されたのだろうか。脅えたような顔をして乗り出しかけた身を引っ込めた。
『お主ら、本当に面白いのう』
「普通じゃないですわ」
「ササさんったら、投げるなんて凄いです」
強い風のせいで声が流されるが、竜の聴覚でははっきりと聞こえた。他人事だと思って
言っているのだろうが、こちらは本当にしぬところだったのだ。笑い事ではない。
「やっぱりクラウンの乗り心地が一番ね」
抱きつくように首にかかる腕でササが居るのを感じながら、俺は低く唸った。 |