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唐突に腹部を貫いた衝撃を、私は理解できなかった。

「…え?」

衝撃が突き抜けた箇所に目を向ければ、そこに突き刺さっているのは細い腕。女の腕だ。
それを認識して、痛みよりも先にきたのは熱。そして急激に高まる圧力。

プシュ

気の抜けた音で血が飛沫いて、私の中から血液と一緒に何か大事なモノが抜けていく。

「な、んで」

問い掛けに逸早く返ってきたのは、腹部から這いずるように広がる激烈な痛み。
外皮を破って内臓すら蹂躙している女の腕が、私の内部で何かを探すように蠢く。
その度に、痙攣を始めた私の体から面白いように血が噴出して…

「ん〜違うな、ここじゃない。どこにあるんだ?」

内部で好き勝手に動く腕の持ち主が、意味の解らないことを呟く。
でも、本当に解らないのはそんなことじゃなくて、爐覆鵑如愃枯咫戮糧狃が、
『右腕』の私を殺そうとしているんだろう?瓩辰討海箸世辰拭

解らない
解らない
解らない

だからもう一度問い掛けよう。今度は『左腕』の彼女の名前も添えて、

「カイナ  なん、で」

 

名を呼んだのが良かったのだろうか。私の中の腕がピタリと止まる。
そして、私のお腹に注がれ続けていたカイナの視線が、漸く私の目へと合わせられた。
霞みだした視界の中で、彼女はその碧の双瞳を、猫のようにしならせて、

「なんで?って、ヤヨイさぁ、お前もうすぐ死んじゃうじゃないか。だからその前に
『右腕(お前)』の力を貰っておこうと思って探してるんだよ」

嬉しそうに、楽しそうに、問いの答になってない答を返しながらカイナは笑う。
だいたい、死んじゃうのは誰の所為だと思っているのか…
再び動き始めた腕を痛みと感じながら、どこか他人事のように考える。

「ココかなぁ〜?」

グチュ、グチュ、と掻き回される内部。
腕が動く度に噴出していた血液も、もう滴るほどしか失くなっちゃったみたい。
あ、内臓がまた一つダメにされちゃった。

「…また違う」

残念そうに呟いて再捜索。
ところで本当に何を探しているんだろう?
猯呂鯡磴Ν瓩辰董△修鵑覆海判侏茲襪錣韻…

「あ、…  」

「すごいな、ヤヨイ。もうズタボロもイイトコなのに声が出せるのか。まぁ、紛いなりにも
『命(ミコト)』の『右腕』だもんな。もうちょっとの辛抱だから、私が力を貰い受けるまでは
生きてるんだぞ」

「ひ、…あぁア」

「アハハッ!もう脳にも血が殆ど巡ってない筈なのに反応できるんだな?う〜ん、
その声も悪くないけど、探し物の最中には妨げにしかならないから、少し黙ってくれないか」

それとも先に喉潰しとくべきだったか、なんて言いながら動く腕。
あぁ、本当だ。
もう血が残っていないみたい。
只でさえ朦朧としていた意識がだんだん遠、のい  て…

 

「あった!」

 

 

 

ズブリと、腹部の穴が拡げられる感覚で、一時的に意識が戻ってきた。
私、まだ生きているんだ。
感覚の正体を知りたくて下に視線を下げてみれば、突き刺さっている腕が2本になっている。
私の体をなんだと思っているんだろう。

「あった!あったぞ!あぁ、これでやっと…」

でもカイナには、そんなコトはどうでも良いコトみたいで、

「それじゃあ、貰うから」

その言葉と共に、2本の腕を私の中から抜き出した。

「    」 …あ

…それで、出来る筈はないと思っていた猯呂鯡磴Ν瓩辰胴坩戮、実現したんだと思い知らされた。
だって解っちゃったのだ。
お腹にポッカリ開いた空洞から伝わる空虚さとは別に、例えようのない喪失感に見舞われる。
私の、『命』様の『右腕』である為の力が、体から消え去ったのが解ってしまったから…

ズシャ

感覚がないから予想だけど、これは私が地面にくず折れる音みたい。

人間としての機能はとうに死んでいる筈なのに、両の目から涙が溢れてくる。
カイナの腕がお腹に刺さっていなければ、自分で体を支えることすら出来ない今の私。
でも、悲しいのはそんなコトじゃなくて。

事ここに至って、漸く私は実感したみたいだ。
私は、長年共に『命』様の『腕』として過ごしてきた仲間、カイナに殺さ(裏切ら)れたのだ。
しかも、『命』様の『右腕』としての誇りと力を奪われた上で、お腹をドーナッツにされて、
無様に、惨めに、死んでいくのだ、と。

「アハハはハははッ!やった、やったよ『命』!これで。やっと。ようやくお前の!
完璧な『腕』になれた!!いいや、私はここから始まる!お前の『全て』になるんだっ!!!」

気が違ったかのように狂喜するカイナの声に、今更悔しさがこみ上げて来た。
もう漠然としか働かない視覚。
その眼球だけを動かし見上げたそこに、声と同等の狂喜を孕んで乱舞する彼女が見える。
満ちた月を背景に舞い踊るカイナと、その度に翻る紅く長い彼女の髪。
怜悧な美貌に、凄惨なまでの笑顔を浮かべて。

…え、がお?
待って、待ってよ。
私が彼女の笑顔を見たことなんて、今まで一度でもあったっけ?
いや、無い。無いナイない。
そんな貴重な笑顔を、私を殺した末に大盤振る舞いなんて、なんて酷い女なのだろう。
それこそ涙が止まらない。

 

「…ッ」

遅れてやってきた手遅れな激情が、私の口から声にすらならない音を出す。

「ん、なんだヤヨイ。お前まだ生きてたのか?」

その音を聞きとがめたカイナが、ピタリと踊るのを止めて私を見下ろしてくる。
顔には、今まで一度とて見ることの無かった笑みをそのままに貼り付けて。

「っていうか、なんで泣いてるんだ?お前」

・・・!
なんでも何もない馬鹿げた質問は、限界だと思ってた私の激情を更に燃え上がらせて、
それが私に声を出させてくれるっていうのはどんな皮肉だろう。

「仲間じゃ…なかった、の」

そう。私たちは『命』様の『腕』。
左右対称の共同体だった筈。
この身に猛る怒り、悲しみを復讐という形で表せないのならば、せめてカイナの行動の理由を、と。

コポリと、口から血と共に吐き出したその言葉が、私の最後の灯火だったらしい。
かろうじて生きているのは、視覚と聴覚だけみたいだ。
だから、後は彼女の返答を目で、耳で、受けるだけ…

そんな、私の最期の執着を、

「仲間?生き汚く泣き出したと思ったら、何わからないコト言ってるんだよ、ヤヨイ」

さも下らないコトのように切り捨てた。

仲間、と言う言葉が皮切りだったのか、カイナは訥々と言葉を漏らす。
浮かべた笑みを嘲笑に変えて。
あるいは、私以上の激情に身を焦がして、か。

「なぁ、なんでお前みたいなバカ女と今まで行動を共してきたか解るか?」

解らない。
私は仲間だと思っていたのだから。

「私がどれだけの間、お前を殺したい気持ちを押え付けてきたか知ってるか?」

知らない。
私は仲間だと思っていたのだから。

「何の為だと思う?」

それだけは、…わかる。
冷静沈着を旨とする彼女の感情が爆発するのは、
いつ、いかなる時でも、彼女(私たち)が最優先に位置づけるのは、

「『命』の為だ!」

ほら、やっぱり。

 

「だから、我慢した!『命』はお前の力を『右腕』として愛してたから!私よりも弱いくせに、
先に『命』の一部だったってだけで『右腕(利き腕)』にして貰ったお前を、私は『命』の部位の中で
一番憎んでた!私がどれだけお前を殺したかったか…」

「私は、カイナ(腕)だ!『命』の唯一つのカイナなんだ!!なのに『右腕(お前)』なんかが
いるから!唯一つの『腕』になりたいからって、ただお前を殺したら、
『命』が片腕になっちゃうから、それは『命』が泣いちゃうから、我慢してたんだ!」

「だけど、いくら『命』の為の我慢でも限界があった!それじゃあどうすればいい!?」

そんなこと知るもんか。

「それで私は考えたんだ。『命』が愛してるのは『右腕』としてのお前の力であって、
ヤヨイそのものじゃない」

ふざけるな。
『命』様でないアンタにそんなことわかるもんか。

「なら、力だけ奪って私が『両腕』になれば、お前なんかいなくても『命』は喜んでくれるって」

イカレてる。
つまりこの女は、

「でも気づいたのはつい最近でさ。私には爐修諒法瓩鮗孫圓任る力があるって。
今は最高の気分だけど、それだけが少し残念だよ。…もっと早く気づいてれば、
もっともっと早くお前を殺せたのに!」

結局、嫉妬という感情に身を任せて、

「だから、これからは時間は掛けない。お前ほどじゃないけど他の部位もムカついてしょうがないんだ」

ただ『命』様を独占したいが為だけに、

「『命』には私だけでいいんだからさ!アイツらもみんな、
力を奪った後でお前のトコロに送ってやるよ」

部位同士の争いという禁忌を犯して、

「そうして私は『命』の全てになるんだ!!!」

私をこんな風にしやがったのか。
恍惚とした表情で、どうしょうもないことを長々と語りやがって。

「そういうワケだから、お別れだなヤヨイ。大丈夫、『利き腕』のくせに『左腕』に簡単に負けちゃう
お前なんか、失っても『命』は絶対悲しまないからさ!」

今はもう私が『両腕』だし。なんて、死体1秒前の私ですら見惚れかねない満面の笑顔で
のたまった後、

「じゃ、しぶと過ぎるのはウザイから、消えちゃってよ元『右腕』さんっ!」

それはそれは嬉しそうに、私の頭を踏み潰すべく足を振り下ろした。
頭が弾け飛ぶ最後の最後、私の脳裏に浮かんだのは、元『右腕』の死を悲しんでくれる『命』様で。
死に際した儚い幻想あるとはわかっていても、それだけで、…少しは救われた気がした。

 

足の裏にこびり付く、ヤヨイだったモノを地面に擦り付けて落としながら、完璧な『腕』となった
カイナは、幸福の絶頂にいた。

最高の気分だった。
あのクソ忌々しい元『右腕』を消し去ったコトも嬉しくはある。
正直、ヤヨイの内臓を掻き回している時はイキそうになったし、頭蓋を潰す感触を足の裏に感じた時は
もっと危なかった。
それが、『命』の為になることなのだから気持ち良さは尚更だ。
…でもダメだ。
私はまだイッちゃダメ。
私がホントの一番サイコーなエクスタシーを迎えるのは、『命』の『全て』になって、
『命』と一緒にって決めているのだから。
だから、それまでは我慢我慢。
大丈夫。『左腕』であり続けなければならなかった時間を考えればこんなの
大した辛抱じゃ無いんだから…

 

 

 

しかし、それ以上に気持ちを昂ぶらせるのは、『命』の『腕』として完全となれたコト。
右でも左でもない、ただ唯一の『腕』。
それは、長年『左腕』に甘んじ続けた彼女が、今この時に至るまで己の内で育み続けた
本能とも言える願望だった。
それが叶ったのだ。と、カイナは天上に佇む月を仰ぐ。

「まずはひとりっ!見ていてくれよ、まぁるいまぁ〜るいお月様!これから私はお前が
頭上に満ちる度、他の『一部』を貰った上で殺していくから!!それから、取り敢えず
今日はありがとう!アハハハハ」

そして、『命』。
待っていて。
お前だけのカイナが、満月の夜に一つずつお前の『全て』になっていくから!

「もう少しで、わたしは約束を果たせるからな『命』。その為には」

次の月夜には、どの部位の力を貰おう。
『右目』か?『左目』か?どちらかの『脚』でもいい。
あのぶりっ子の『耳』なんてのもいいかもしれない。
いや、順番なんてどうだっていい。
ムカつくヤツ、『命』に媚を売るヤツから力を奪って殺していけばいい。
どっちにしたって、只でさえ強かったこの私が、完璧な『腕』になったんだ。
誰にも負ける筈なんてない。
悩むのはそう、『命』に打ち明けた時、アイツが少しでも楽しんでくれるように、
如何に惨たらしく殺すか、だ。
だから『命』。今は嘘つくことを許して欲しい。私がお前の『全て』なれば、お前も他の『一部』の
コトなんかどうでも良くなるに決まってるんだから。
考えただけで最高だ。最高だ!サイコーだ!!
加速する思考。
けれどそれがある『一部』に差し掛かったところで、私の高揚は一瞬で醒め切ってしまう。

「あぁ、ヤヨイに嘘吐いちゃったな。一番憎たらしい部位は『右腕』なんかじゃなくて、
『元(ハジメ)』のクソババァだったじゃないか」

そう『元』だ。
一番初めの部位にして、最強の部位。
私の許可も無く、『命』の一番近くに当然のように寄り添う年増。
そして、私たち『一部』のまとめ役。
くそ。最高の気分が、一変に殺意に塗り変わってしまった。
まぁ、良い。とにかく『元』。お前は一番最後に、一番惨たらしく、

「殺してやる」

思考に没頭しすぎたらしい。
月が消えて、太陽が昇りはじめている。
さぁ、次回の満月まではせいぜい大人しくしているとしよう。
さしあったっては、『元』にヤヨイの死因をなんて伝えるかを考えなくちゃならないな。

2006/10/15 To be continued

 

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