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ユメノマタユメ(仮)



1

 東海道を埋め尽くす大軍が列を成して進む
その行軍する兵士たちの顔には若干の疲労が見えるがその表情は明るい
家族の元に戻れる
褒美がもらえる
その理由は様々だが共通するのは生きて帰ってこれたということであろう
そんな凱旋行列の中に1人の騎馬武者がいた

真島半次郎久信
数え年16歳

時の天下人豊臣秀吉の直属の荒小姓の一人であり真島家の現当主である
天正12年(1584年)半次郎が10歳の時、父・真島久時が小牧・長久手の役で討ち死した
父は当時秀吉の甥である三好信吉(後の関白・豊臣秀次)旗下の一武将だった
この戦で信吉は徳川家康の挑発に乗り軍を進めて散々に打ち破られ多くの将兵が戦場に骸を晒した。
久時もその一人に過ぎない

その後色々あったが秀吉の小姓として召抱えられ今に至る

半次郎はこの戦が初陣であった
敵は関東の雄・北条家
どのような激しい戦になるかと出陣前は武者震いに戦慄いていたが蓋を開けてみれば
(半次郎本人にとっては)なんと言うことも無い戦であった
3月に秀吉に従して京都を出発して4月には敵の本拠地・小田原の目と鼻の先に陣を敷き
ここからさぁ城攻めかと思いきや
陣中では和歌や舞,果ては宴会まで催すという有様であった。
挙句の果てに秀吉は5月に入って側室の茶々姫を小田原に招き、
これが戦かと半次郎は同僚の荒小姓たちと隔靴掻痒の日々を過ごしていた

6月に入り半次郎は小姓達と夕餉を供していた秀吉に直談判という暴挙に出る
初陣の戦に弓も比べず槍も交えずは生涯の障りであるとその場での打ち首覚悟で秀吉に直訴した
だが秀吉は半次郎を咎めず、むしろ笑いながら半次郎を褒めた

「武士の本分を忘れぬ半次郎の気概至極天晴れ也」

そういって秀吉は半次郎に直々に杯を取らせた。小姓の身分であるということを鑑みれば
分限に過ぎた扱いであった

その後は何事もなく7月に入り北条家は降伏した

結局半次郎の初陣は弓も比べず槍も交えずに終わった。
しかしその胸中に不満の火種が燻ることは無かった

8月に京都に入り半次郎は約半年ぶりに自分の屋敷に戻った

半年振りに戻る我が家である。その感慨も一塩であったが半次郎にはもう一つ胸に来る要因があった

「お帰りなさいませ半次郎さま」

門をくぐった半次郎を鈴音のような涼気を纏わせた声が出迎える

腰まで届く艶やかな黒髪を夏の風にそよがせ夏の太陽にも焼けない白い陶磁器のような白い
しかし暖かな笑顔を乗せた少女が半次郎を出迎えた

「いま戻ったよ、沙夜」

「はい」

そう応えて沙夜は半次郎の胸に飛び込んできた

「さ、沙夜?」

「半次郎さま、もう少しこのまま…」

「う、うむ…苦しゅうない…ぞ」

そう応えた半次郎であったが内心は嵐が巻き起こっていた

心臓は早鐘のように動悸を繰り返し頭の芯から熱気を纏った何かが染み出してくる

「半次郎さまの匂いがします…」

「じ、陣中であったからふ、風呂にはいれなんだから臭うであろう?」

「いいえ、沙夜の好きなお日様のような暖かなです…とっても居心地のいい…」

「ま、まず屋敷に入ってから風呂に入る故、な…沙夜…」

「はい、準備はできておりますので参りましょう」

若干名残惜しそうに半二郎から離れるとその腕をとって屋敷に入っていった

「ふう…」

余り広くは無いが十分に体を伸ばせる湯船に体を浸らせながら半次郎は一息ついた

「帰ってきた…」

屋敷の門の前に立ったときよりもあの春の温かさを纏わせた少女――沙夜――の顔を見た瞬間こそ
半次郎は自分は帰ってきたのだという実感を感じた

「初陣も無事に凱旋した…真島家の当主としての、武士としての責を一つ背負った…ならば…」

沙夜を、あの少女を正室として迎えるといっても問題は無いのではないか?

確かに沙夜は真島家の侍女に過ぎない。だが我が家はそれほど家格のある家ということでもない
ならば侍女上がりの奥といってもさほど波風は立たぬはず…
実際侍女上がりの正室などいくらでもいる。ならば自分がそうであっても何ら問題は無い

「そうだ、何も問題はない」

次の登城で殿下に、秀吉様に願い出よう。

「よし」

半次郎が心を固めて湯船から出ると戸の向こうからその意中の少女が声をかけてきた

「半次郎さま、お背中をお流しします」

 

 

大坂城

現在この国の最高権力者――農民から関白にまで駆け上った稀代の出世人――
豊臣秀吉は今回の戦の論功行賞の試案を頭の中で纏めつつあった

「これで権大納言(家康)は関東に置き、後は東海道を固めればまずは安泰じゃ」

秀吉にとっての最大の懸案事項はこの一点に尽きる。北条家の残党などは折を見て
自分の懐を覗かせてやればそれで済む

東海道の諸国を自分の腹心で固め北陸に上杉、東北に伊達、蒲生を据え置き、
信州にあの真田を置いておけば家康といえども其方への備えに注意せざるを得ない
後の余力で精々関東の地を豊かに栄ることに力を注いでくれれば秀吉にしてみれば何も言うことは無い

「さて、後は家臣に配る飴の思案じゃて」

こちらは秀吉にとっては楽しい企みである
家臣が自分が与える飴に対して見せる喜びや平伏する様は秀吉の心を大いに満たす瞬間である
さながら犬が餌に尻尾を振りながら飛びつく様を眺める飼い主の心境に近い

「まずは些事から練っていくかのう…」

従軍した兵卒には一律に銀をばら撒けば事足りる。少しばかりの功を立てた者には金を与えれば
尻尾を振る
将士連中には幾許の加増
後はなにか手落ちは無いか…そのとき自分の周りに付き従う小姓連中にも心が向いた

「小姓共にも何ぞ飴をしゃぶらせるとするか。さて何が良いか…」

名刀か茶器か…その辺りに思案が行ったとき秀吉は自分に直訴してきたあの子倅に思い至った

「そうじゃそうじゃ陣中でこのワシに直言しおったあの子倅には懐を存分に見せてやるとしよう」

子供に新しい着物を与えてみせる心境で秀吉は思案を張り巡らせる

「何ぞ適当な役に取り立ててやるか…いっそ1万石程度の大名というのも面白いかもしれん」

「いやいやそれは流石に妬む輩が出てくるとも限らん、さて何が良いか…」

あの子倅はどのようなもので肝を潰すか、自分があの位の年のときに何に心を巡らせたか…
そのとき秀吉の脳裏に天啓とも言うべき舞い降りた

「そうじゃ女子じゃ娘じゃ、あの時分の子倅なら女子のうなじを見ただけでも胸が波立つっ!
こりゃ妙案じゃ!」

ただ市井の娘を宛がうのでは芸が無い、どこぞの良家の年頃の娘を八位程度の官位を添えて
あの子倅にくれてやろう

「こりゃ我ながら見事な妙案が練れたものだハッハッハッ…」

秀吉は上機嫌で側人を呼びつけた

2

「三成」

「はっ」

「飴の配分に手落ちは無かろうな?」

「委細殿下の御意に沿っておりまする」

「三成、ここは大阪じゃ、聚楽第ではない」

言外にこれは表の場ではないと三成に仄めかす

「殿?」

公式の話ではないと悟り三成は殿下からあくまで自分の主君としての秀吉を表す殿という呼び方に変えた

「ワシに直言しくさった子倅への飴のことじゃ」

「は…娘の方は目星は付いておりますが官位に関しては…」

「まずいか?」

「殿の小姓とは申されども小姓はあくまで小姓でございますれば…」

外に対する名分が立たぬ…という言葉を飲み込み三成は淹れられた茶碗を覗き込んだ

「ふん…あの子倅…真島半次郎であったの…あの家にはどれほど与えておったか?」

「されば…真島家は現在100石の禄を食んでおります」

 

「100石?」

そんな低い禄高のはずは無い。天下の太政大臣・関白豊臣秀吉の小姓は
どれも家格の知れた家の次男三男を取り立てていたはずだ

「真島家は先の小牧・長久手の役にて前当主・真島大膳久時が討ち死、当時10歳の嫡子・半次郎が
家督継承を赦されており、
その折に秀次様の与力を外され本来の禄高100石にて殿に奉公に上がっております」

「ほう…いかなる経緯でワシの小姓に取り立てたのであったかの?」

「前野長康殿の推挙となってござります」

「長康か…」

前野長康は秀吉の命で秀次の補佐についていたからその絡みかと秀吉は見当をつける

「ならば話は早い、子倅をワシの小姓から外す」

「はっ」

「変わってそうじゃな…京都所司代に与力として遣わすか」

「御意のままに」

「秀次の元ではどれほど与えていたか?」

「2千石の目付部将格にて」

秀吉の問いによどみなく応える三成

「なればそれを以後真島家の本録とし少初位下の官位を与えるが散位とする」

「は…」

「代々の忠勤の褒美とでもしておけ。それで名分は立つであろう?」

「仰せのままに」

「ならば子倅を呼び出せ。関白直々に飴を与えてやろうにの…もう一つの飴は?」

「こちらも1両日中には」

「ウム…そういばどこの家の娘かの?」

「上意!」

「ははっ」

「真島半次郎久信、右に関白殿下直々のお言葉を下される儀に寄り本日早々に登城せし事を
命ずる返答や如何に?」

「御下命しかと承り候と殿下にお伝え願いたく存じ上げまする」

 

「沙夜、登城する」

「はい半次郎さま」

「沙夜」

「はい?」

「城から戻ったらそなたに話がある故…」

「お話?」

訝しむ沙夜に半次郎は床几から取り出した硯箱の蓋を開けてみせる

「半次郎さま?」

「これは母上が父上から贈られた櫛じゃ」

それは柘植造りの質素なりに細工の施された櫛であった

 

「まぁ…」

「これで髪を梳いて待っていて欲しい」

「え…?」

沙夜の手を取り形見の櫛を握らせる

「あの…半二郎…さま?」

「は、話はその時に…な?」

耳朶を赤くしてそう話す半次郎の様子に沙夜はハッとしたが胸が一杯にになり段々と視界が滲んでいく

主人として以上の想いは自覚していた

でもそれは報われることは無い、そう覚悟もしていた

だがそうではない

自分の半二郎への思いは報われることを赦された!

「半次郎さまぁ!!」

そこに思い至った沙夜は半次郎の胸に縋りつき滂沱の涙を流した

涙で胸元に染みができる様を半次郎は沙夜の身体から立ち上る匂いに耽りながらジッと見ていた

「沙夜、沙夜、泣くでない…な…沙夜」

ひとしきり泣いて落ち着いた沙夜は半次郎の胸元から離れ佇まいを正して半二郎に頭を下げた

「お帰りをお待ち申し上げます…旦那さま」

恥じらいに頬を朱に染めながらもハッキリとそう口上した

半次郎、では無く旦那様、と

3

大坂城 謁見の間

秀吉からの呼び出されていつもの小姓連中の詰所ではなく謁見の間に通された半次郎は瞑目していた

謁見の間に通されるということは小姓としてではなく真島半次郎としての用向きという事であるが――
誰もいない謁見の間の静けさが半次郎の思考に若干の鉛を乗せた

(やはり陣中での直言による処罰か)

杯を頂いた以上切腹ということは無いであろうが謹慎乃至は御役御免はありうる

「関白殿下のおなり」

半次郎はいつも道理の所作で平伏した

「おお、半次郎そう畏まるでない」

普段太刀持ちの時と同じような気軽さで秀吉が声をかけて来た

「真島半次郎久信。関白殿下のお召しにより参上仕りました」
「ウム、平伏したままではそちも肩が凝るであろうが、苦しゅうない故まずは表をあげい」
「ハハッ」
「よしよし。さて半二郎」
「はっ」
「本日お許を呼び出したのはのう、小田原の陣中での振舞いにも関係があるが
それだけというわけでもないのじゃ」

やはり処罰か―

(しかしあの直言以外とは?)

「真島家はお許の父の代の前から織田家に忠勤を尽くしてきた家柄じゃがその忠勤に報いる所が
ワシの見る所些か薄かったようじゃ。
だがこれは決して総見公(信長)の手落ちというわけではないぞ」
「決してそのような…」
「よいよいお許がそのような異心を膿むような輩ではないことはワシがよう判っておる。
判っておる故此度の褒美はお許のみに与えるものではなく、真島家代々の忠孝に対する報いとして
総見公の名代としてワシが賜すものと思わっしゃい」
「あのう…此度は小田原での分限を違えた戒めでは…」
「ハッハッハッ…こりゃ半次郎が面白い事を言うたぞ…よいか半次郎、関白はな、小姓連中の囀りに
イチイチ角を立てるようなケチな器では勤まらんものじゃ。帝に成り代り天下の大事を預かる
関白の目にはの、お許などはつむりを撫でて伸ばしてやるべき苗木のような者なのじゃ。
その苗木の枝が関白の裾に引っかかったというて何程の戒めが必要だというのじゃ」
「恐れ…恐れ入りましてござりまする」

半次郎は自分でもわからぬ内に平伏していた

半次郎の屋敷では沙夜が鏡の前で髪を梳いていた

髪の中を櫛がスルリと通る
丁寧に丁寧に
髪を梳く毎に自分の髪に半次郎の匂いが篭るような陶酔感がゆたう
半次郎様は梳いた髪を褒めてくださるだろうか?
綺麗だと言ってくれるだろうか?
私を見て喜んでくださるだろうか?
褒められたい
綺麗だと喜んでもらいたい
梳いた髪に触れてもらいたい
私に…触れてもらいたい
私からではなく半二郎様から
優しく抱きしめて欲しい
掻き抱くようにこの身体を捕まえて欲しい
どっちが本当の私の望みなのだろう…

わからない

嘘だ

本当はわかっている
どちらも私の望み
どちらのようにされても私は喜んでしまうだろう
乱暴にこの身を掻き抱かれて優しく髪に触れられて
そのままこの身体を貫かれてしまっても
きっと私は泣きながら歓喜の声を上げるだろう
どのような痛みなのかはわからないけれども
きっとその痛みすらも私は喜びにしてしまうだろう
それは私が半次郎様のモノになったという証なのだから
それを私が喜ばないはずが無い

半次郎さま
はんじろうさま
ハンジロウサマ

はやく帰ってきてくださいませ
沙夜は髪を梳いて待っております
半次郎様を待っております
半次郎様だけを待っております
私の身体に私でない私を持て余し半次郎様の帰りを待っております

半次郎様……

4

半次郎が大坂城で秀吉と謁見する前の日

梅屋六衛門

大坂城下に店を構える大店の一つである両替商梅屋の主は突然の来客に若干の緊張を強いられていた

石田三成
関白豊臣秀吉の側近中の側近の一人でありその才覚は五奉行随一とも囁かれる切れ者である

「これは石田様。わざわざ当家にご足労願いまして恐悦至極に存じます。
本日はどのような御用向きで?」

「ウム」

出された茶の香気を堪能し一呼吸置く

「梅屋」

「はい」

「こなたには長男の他にたしか娘御をおったな」

「はい確かに当家には長男の七郎と娘の夏がおりまするが…」

「その娘御に良い話を持ってきた」

「は?」

「縁談じゃ」

「縁談…でござりますか」

縁談という言葉を聞いて六衛門は見当がつかぬという顔をしてしまう

確かに娘の夏は今年で16でありそろそろそういう話の一つも持ちかけられても可笑しくはない
しかし娘の縁談と目の前の石田三成という組み合わせには今一つの現実味に欠けていた

「あの…石田様がその…夏を所望ということで…」

「たわけめ」

あまりと言えばあまりな見当違いに三成には珍しく苦笑を漏らした

「関白殿下の覚えめでたい若侍にそちの娘を嫁がせようと言っておるのじゃ」

「はぁ…」

「この話は殿下直々の御下命である」

直々の御下命という言葉に六衛門は顔には出さずに肝を潰した
関白・豊臣秀吉直々に嫁を探さねばならぬとはよほどの大身の家子である
そのような家に大店とはいえ所詮は商家でしかない我が家の娘を嫁がせるという
その話の大きさと娘の縁談というのにもやはり現実味が欠けているように六衛門は思えた

「あの…殿下のお声がかかるような大身の御武家様の家に我が家のような商家の娘では
釣り合いというものが…」

「梅屋」

「はい」

「こなたの家は確かに商家ではあるがそちの娘はそうではあるまい」

今度こそ六衛門は狼狽を顔に出してしまった

「わしとて当て推量でこなたの娘に白羽の矢を立てたわけではない。
こなたと京の公家周りの因縁は先刻承知の上じゃ」

切れ者という話は聞いていたがまさかこれ程とは…
六衛門は目の前の男が秀吉の懐刀であるということを嫌が応にも痛感した

「そこまで承知でございましたか」

六衛門は精一杯であるかのような声で応じた

「案ずるでない。これはあくまでわしが白羽の矢を立てた理由であって縁談の相手先にも
そちにも障ることはない。これは石田三成の言葉じゃ」

「なればこちらからは何も言うべきことはござりませぬ。この御縁談、ありがたく承りまする。
して、先方はどちら様でいらっしゃいますか?」

「真島家現当主。真島半次郎久信。先ごろまで殿下の小姓を務めておったが、
先の小田原の役の論功行賞にて京都所司代の与力に抜擢され
2千石の加増を賜り、また、散位ではあるが少初位下に叙せられる事が既に内定しておる。
年はそなたの娘と同じ16じゃ」

大名の家子でもない16の若者が散位であるが官位を賜りあまつさえ京都所司代に抜擢されたという
殿下の覚えめでたいというのもあながち誇張ではなかった

「それはそれは…16で一家の当主でござりますか…それに武功もお立てになりましたとは…
さぞ頼もしき方でござりましょうなぁ」

武功、という言葉に気を向けたが三成はそれを顔に出すことはなかった

「ウム、なれば早々に娘御を…夏と言うたかの…この場に呼んで来るが良い」

「はぁ…それが今日は生憎と他所に呼ばれておりまして不在でござりますれば、
娘に手前の方から言い含めておきますので
今日のところはご猶予を頂戴したく存じ上げまする」

「そうか。なれば本日は暇を乞うが娘御にはよう言い含めておくようにな。
では、馳走になった。礼を言う」

三成に出されていた茶はまだ室内に香気をたゆませていた

2006/12/02 To be continued

 

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