INDEX > SS >ひとりワルツ

ひとりワルツ



1

ホントに、あいつはどうしようもないヤツだ。
人に強く言われればへこたれ、不良に絡まれれば米搗きバッタのように頭を下げる。
細長い顔に、目つきの悪い一重瞼、長くてサラサラした髪は女々しくて腹が立つ。
身長ばかり高くて体の線は蹴れば折れてしまいそうなほど細い。
スポーツは苦手で、外に出るより家でピアノを弾いている時間のほうが長い。
だから夏でも肌が白くて、体も薄っぺらい。
しかも、そんな姿でいつもへらへら笑っているから気に喰わない。

そう。

あいつがあたしみたいにいい女と付き合っているのは一つの僥倖だ。
神が何のとりえもないあいつに与えた唯一の機会。
あたしとあいつは古くからの知り合いで、所謂幼馴染。
だからもっとあたしに感謝して、その気持ちをもっと体で表現して欲しい。
毎日一度は必ず抱きしめて、一時間おきに『愛してる』って囁く。
当然他の女なんかに目を向けず、ずっとあたしだけを見て、あたしのことだけを考えていればいい。

なのにあいつときたら…

困っている人を見つけては声をかけ、必要以上に干渉する。
それも女ばかり。
気に喰わない。
あたし以外の女に優しい目をするな。
あたし以外の女に興味を向けるな。

そのたび、あたしはあいつに辛く当たる。
この間は思いっきり蹴り飛ばして、腹と脚に痣を作ってやった。
本当はもう二度とあたし以外の存在を気にかけないように一生部屋に飼ってやりたいのだが、
その程度で済ませてやったのだからもっといい顔をしてればいいのだ。
それなのに、あいつは反抗的に眉を顰めて歯を食いしばっていた。
何よりもこのあたしの気持ちに背いたことが許せない。
昔から告白された回数は数え切れないほどのあたしが、わざわざあいつの彼女に甘んじているのだ。
だからあいつはあたしの言いなりになって当然なのに…

すぐさま頬をひっぱたいて連れ去り、学生が入るにしては高すぎるレストランでディナーを奢らせた。
音大で学費がかかるあいつはアルバイトで賄っているが、そのほとんどを
食事とあたしの洋服に使わせた。
感謝して欲しい。
あんたの大切なひとがそれで機嫌を直して、より美しくなるのだから。

でも、あいつは少しも笑顔を見せなかった。
捨て猫みたいな悲しい目をして、まるでモノでも見るようにあたしを射抜いていた。
あまりにも腹が立ったあたしは、そのままあいつを置いて家に帰った。

何で嫌そうな顔をするのだろうか。
付き合い始めのころはとても優しい目をしていたのに。
全然タイプの顔じゃないけど、ドキッとするくらいの笑顔を浮かべていたのに。
気づけば柔らかな表情は消えうせ、連絡の回数は減っていた。

この間だって二週間ぶりに会ってやったというのに、課題の練習があるといって
初めは嫌そうにしていた。
勿論無理矢理連れてきたけど、結局あたしが腹を立てて帰ってしまった。

 

もしかしたら、あたしに興味を失ったのだろうか?
まさか、そんなはずはない。
昔からずっと一緒でなにをするにでもあいつだった。
だからあいつがあたしを好きじゃないはずがない。
たとえ太陽が燃え尽きても、地球が滅んだとしてもありえない。
そうよ、あいつみたいな冴えない男があたしを逃したら他の誰があいつを気にかけてやるのよ。
あたししかいないじゃない。
だから、あいつがあたしを必要としない道理なんてあるはずがないのだ。

そう考えていると、何故か胸が弾んでくる。
まぁ、付き合って“あげてる”んだけど必要とされるのは悪い気持ちがしない。
それにあたしだってあいつのことはほんの、ほーんの少しだけど大切に思っているから。
感謝しなさいよね。

あんたはあたしから離れたら、何もできないんだから!!

翌日、妙にテンションが高いあたしはあいつの学校で待ち伏せをすることにした。
今日は特別講習で遅くなるらしいが、待っててやることにした。
ほんっと、あたしには返しても返しきれないくらいの借りがあるわね。
真冬で思わず震えるくらいに寒かったけど、
昨日あいつに買わせた革のコートの襟を立てて風をしのいだ。

授業が終った。
生徒達がおのおの雑談に花を咲かせて校門から出てくる。
金曜の夜だからだろうか、カップルが多い。
これからデートなのだろう。
あいつの姿はない。

一時間が過ぎた。
出てくる生徒もまばら。
居残りで勉強していた連中も空腹に耐え切れなくなったか、少しやつれた表情で家路についていく。
あいつの姿はない。

二時間が過ぎた。
校舎からは明かりがぽつぽつと消えていく。
大きな楽器を抱えた一団が去っていく。
あいつの姿はない。

三時間が過ぎた。
いよいよ人の姿は見えなくなってくる。
清掃員が時々あたしを怪訝な目で見つめ、手際よくゴミを片付けている。
あいつの姿はない。

四時間…
立ちっぱなしのせいか、高いヒールを履いたつま先は凍え、
ふくらはぎが鉛でも詰まっているように重い。
ポケットに突っ込んだ指はかじかみ、ぬくもりを求めている。
あいつが買ってくれた新作のコスメでおめかししたというのに、北風のお陰で台無しだ。
きっとグロスも剥げてアイラインも歪んでいる。
どうして、どうして出てこないの?

 

あたしのために早く出てきなさいよ、今日は特別長く抱きしめさせてあげる。
キスだって滅多にさせないけど、今日だけは好きなだけしていいから。
人前で手だって繋がせてあげる。
だから、だから…

早く、あたしに気づいてよ…

心を読んでよ…

暗い闇の底に一人取り残されたように、ぽつりと立ち尽くす。
周囲を夜の静寂だけが支配し、物音一つしない。

そんな中、あたしは一人…

胸が冷え行くのを感じていると、ふと遠くから人の声がする。
男の声と、小さくてよくわからないけど、とにかく声がする。

あいつだ…!!

何故か心が躍った。
本当はあいつが感謝してその悦びを全身で表現しなきゃいけないんだから!!
さぁ、今日はどんな仕置きをしてやろうかしら…と考えていると。

小さくてよくわからなかったもう一つの声が、顔の周りをうろつく子蝿のようなわずらわしさを以って
あたしに耳朶を打った。

一つは、聴きなれたあいつの声。
低くて滑舌が悪いけど、胸に染み渡るような穏やかな声。
そして…
あたしの胸を吐き気を催すくらいに乱してくれるもう一つは。

控えめで、自分の可愛らしさを媚び諂うように強調させた――――――

女の声だった。

瞬間、胸が発火していた。

「誰よっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

鋼の円筒から灼熱の弾丸が吐き出されるように激しく、乾いた火花を散らすように狂おしく。
あたしの喉は大声を上げていた。
そのまま取り憑かれたように声のするほうへ歩いていく。
どんなに足の裏が傷もうが、新品の靴で皮が破れて出血していようが関係なしだった。

体はこんなにも寒いのに、どす黒い太陽を燃やすあたしは、吸い寄せられるように進む。

何故か滲んでいく視界に映ったのは、
何故か見知らぬ女と腕を組んだ、
何故かとても幸せそうで、
何故かあたしを見て、
何故か色を失う、

あいつだった。

「誰、その女????」

 

飛びつくように女とあいつを引き剥がし、襟元を掴んで詰め寄る。
強い態度で出ているのにもかかわらず声が震えていて、とても不快だった。

「……」

あたしがあいつの瞳を覗き込んでも、ばつの悪そうな顔で視線をそらすだけ。
気に入らない。
あんたはあたしを見ていなきゃだめでしょ?
あんたはあたしのことだけを考えていなきゃだめなのよ。
それにせっかく付き合って『やってる』あたしに対して失礼たと思わないの?
ねぇ!!!

「手を離して下さい」

感情に任せて怒鳴り散らすあたしを見かねてか、図々しくも“あたしのあいつ”に触れていた女が
割って入った。
暗闇でもわかるくらいに整った容姿。
どこか護ってあげたくなるような細い声。
あいつが気にかけそうな人種だった。
だからきっとこいつに対してもそういった情けみたいなものをかけているんだ。
そうに違いない。

「五月蝿いわね、汚い手で触らないで!!この泥棒猫!!」

あたしの手首を掴んだ指を払う。
嫌味なくらいに細くて華奢な指先だ。
思わずあいつがピアノを弾く姿を重なる。
――――――あわててかき消す。

「…泥棒猫はどっちですか?いきなり出てきて、彼は私の恋人なんです!!手を離してください」

その清楚なイメージからは想像もつかないくらいに強い口調。
突き飛ばされてあたしは尻餅をついた。
痛い。

「こい、びと…?違う違う!!こいつはあたしのもんなの!!だから勝手に手を出さないで!!」

「違います…彼はほかに付き合ってる人なんていないって言ってました!!
腐れ縁で煩わしい遊び人の幼馴染はいるけど何の関係もないって!!」

荒い息を吐きながら女が大声を上げる。
でもそれ以上に、あたしはその言葉の内容に深く傷ついた。

「なんの、かんけいも、ない?…ちがうでしょ?あんたはあたしのかれしで、
あたしはあんたのかのじょでしょ?…」

「……」

どうして目をそむけるの?それにどうしていつも他の女にするみたいに手を差し伸べないの?
ほら、早く。
地面、冷たいんだから、腰冷やしちゃうよ?
あたし、風邪引いちゃうよ?
痛いんだよ。
風邪こじらせて肺炎になっちゃうよ?
肺炎になって、もしかしたら死んじゃうかもしれないよ?
ねぇ、あたしが死んでもいいの?
だめでしょ?あんたにはあたししかいないんだもの。
だから早くあたしの手を取って、あたしたちの関係を説明しなさいよ!!
僕は彼女に付き合って“いただいて”ます。って!!

 

「ほら、やっぱり関係ないじゃないですか。そういうの、困ります。幼馴染だからって
大事な彼に付きまとうのは止めてください。
  不快です。それに彼に無理矢理お金を使わせないでください。
学費もあるし、卒業したら一緒に海外に留学するんですから」

?????
ねぇ、どうして何もいわないの?
早く、早くして!!
その女が妄言を吐き続けるから。
卒業したら留学するって、嘘でしょ?
あたしを置いてどこかいくわけないよね?
ずっと傍であたしのことを考えていけなきゃいけないんだから、どこにもいかないよね?
ねぇ???

ここに来て、ようやくあいつが重い口を開いた。

「…そうだよ。これまでずっと我慢してきたけど、もう限界なんだよ。付き合ってやってるって
いうくせに、手も繋がない、キスもしない。もう五年も経つんだ。
  それなのに毎週毎週俺を引きずりまわして好き勝手やった挙句、一人で帰っちまう。
それでいまさら“彼氏”かよ!!」

「え?…だって、あんたみたいな男には、あたししか…」

「大きなお世話なんだよ!!!それに今の俺には“彼女”がいる。
もうお前のままごとに付き合うのは限界だよ」

その手で、薄汚い猫を抱き寄せないで。
病原菌が移るでしょ、だめ、だよ…

「前から知ってるんだよ。お前が中三の時付き合ってた先輩に無理矢理犯されて
男性恐怖症になってたこと。
  それで昔からの知り合いで無害そうな俺を選んで好き勝手弄んでたんだろ??
俺がお前に何もできないことを知っててさ!!」

その、女の顔、殴りつけたい。
ナイフでズタズタに引き裂きたい。
満足そうにほほエんデいる、そのメに、ふぉークをつッこミたい…

「おい、なんとかいえよ!!それで今更これかよ?もうお前には本当にうんざりだよ。
それで…楽しかったか?“恋人ごっこ”はよぉ!!!」

普段は出さない音量で、細い目を激情に滾らせて…
ぁぁぁあ…
あ…

焼ききれそうな喉を押さえて、あいつは女と去っていく。
伸ばしたあたしの指先を、手の甲で殴りつけて。

そのまま、あたしは取り残される。

もう…

なにも、かんじない…

 

巡る――――――あいつとの思い出。

あれだけさむかったのに、なにもかんじない…

こんなさむいのは、はじめて…

巡る――――――時にはあたしを包み込んでくれた腕が。

もうさしのべてくれるゆびさきは、ない。

ずっと、ひとり。

巡る――――――本当は、好きなのに。そばにいて欲しいのに。

このさむぞらで、ひとりいきてゆく。

ずっとこのばしょで。

巡る――――――素直に、なれなかった…あいつを、傷つけてしまった…

 

「さようなら、捨て猫さん」

つめたくひびく、おんなのこえをさいごに。

あたしのこころはコナゴナにこわれた。

2006/09/30 完結

 

inserted by FC2 system