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鬼ごっこ



1

それは小さい頃の、たった一日の思い出。
『一緒に遊ぼうよ。鬼ごっこ。きっと楽しいよ。』
友達がいなくて、本ばっかり読んでいた私を、あの人は誘ってくれた。
『鬼ごっこ?』
『うん!』
それから日が暮れるまで、二人っきりの鬼ごっこ。私が鬼のまま、彼を捕まえられなかった。
でも、彼の背中を追うのは楽しかった。そんな楽しい時間……永遠に続くと思ったのに。
『ごめん……もう行かなくちゃ。』
『え?…だって鬼ごっこ……』
『今日、引っ越しちゃうんだ。だから、もうお終い。』
両親に連れられていってしまう彼。これで終わりにしたくない。そう思った私は……
『名前……あなたの名前は!?』
そして彼は笑顔で……でも、泣き崩れた顔で……
『…海斗……水瀬海斗だよ!』
『水瀬……海斗君……』
彼の名前を、笑顔を永遠に。これが私の最初で最後の恋、けっして逃がさない。
まだ鬼ごっこは終わってない。まだ私は鬼のまま。だから、ね?
私は追い続けるよ?あなたが逃げるのなら、追いつくまで……その背中を……追い続けるから……
カンタンニツカマラナイデネ?

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
夜の街。誰もいない通りを駆けていく。いるのは僕だけ……
タッタッタッタッ
タッタッタッタッ
訂正。僕ともう一人。どれだけ逃げても隠れても、確実にその足音は追ってくる。
毎晩毎晩、学校の帰りに追ってくる。
タッタッタッタッ!
タッタッタッタッ!
「はぁっ、はぁっ、こなくそっ!」
立ち止まって振り返っても、姿は見えない。自分の足音が消えるとともに、
もう一つの足音も消える。ゆっくり歩き出す。それと同時に、また足音が増える。
タッタッタッタッ!!!
タッタッタッタッ!!!
スピードに緩急をつけてみても、その足音は正確に追い続ける。距離は開かず、されど縮まらず。
常に一定の距離を保つ。
「ふふふ……あはははは……」
時折漏れる女の声。追いかけてくるのが女なのだろう。女の子に追いかけられるのは
うれしいことだけど………相手がストーカーだなんて勘弁だ!
バタン!
「はぁ、はぁ……た、ただいま…」
無事に家にたどり着く。
「おかえり……って、また走って来たの?」
迎えてくれるのは、唯一の家族である妹。その顔をみて安心する。

「う、うん。まあね。」
「はぁ、体力づくりだかなんだか知らないけど、恥ずかしいから近所の人に見られないでよね。」
「うん、わかってるよ。注意する。」
それだけを言い残して二階に上がる妹。まだストーカーのことははなしてないから、
こうやって誤魔化してる。
靴を脱ぎ、僕も二階へ上がろうとするが、なにか嫌な視線を感じ、振り返ると……
カラン
「?」
なにか郵便受けが揺れたみたいだけど……気のせい…だよね?
自分の部屋に入り、ベットに寝転ぶ。本当に怖いのはこれからだ……
〜〜♪
着メロが鳴る。手に取って見てみると……
『おかえりなさい、』
と、短い文。相手はわからない、登録されて無い携帯。でも……誰が送ってきたのかわかる。
〜〜♪
『ご飯はちゃんと食べた?』
『シャワーは浴びた?』
『宿題は終わらせた?』
『妹さんと一緒にいちゃだめだよ?』
『まだ起きてる?』
『まだ起きてる?』
『まだ起きてる?』
『眠れないの?』

何日も続いているけど、やっぱり怖い。だけど……相談できない……
部屋の電気を消し、布団にくるまる。そして……いつものように、最後のメール。
『おやすみなさい、海斗君。明日も私が鬼だね。』

2

「ゴール……ふぅ、海斗、またタイムが速くなっとるぞ。」
「え、本当ですか?」
今は体育の時間。五百メートル走でのタイムをはかり、ゴールしたとたんに先生に溜め息をつかれる。
「まったく……陸上部でもなければ運動部でもない。ましてや文化部だというのに
なんでそんなに足が速いんだ……」
「あ、あはは……」
「もったいない……三学年全部合わしてもダントツで速いぞ……どうだ?陸上部に入らんか?」
「い、いえ、遠慮しますよ。」
そうか、とつぶやきながら、先生は去っていく。まさかストーカーのせいで足が速くなったなんて
自慢できるはずもなく、陸上部も当然はいらない。
「はぁ……体力もまだまだ余裕あるしな……」
五百を全力疾走してもまだ余る体力。うれしいのやら悲しいのやら。とても複雑な気持ちだ。
「はぁ、はぁ、か、海斗……おま…化け物かよ…」
クラスの友達が息絶え絶えになりながら聞いてくる。
「え……あはは、帰り道を走って帰れば、これぐらい普通じゃないかな?」
「いや…はぁ、はぁ…お前だけだと思うぜ、それは……」

「はぁ…」
体育の授業が終わり、昼休みに入った。着替えようと廊下を歩き、教室に向かって行くと……
「かーいとっ!」
バッ
「う、うわっ?なに…って、沙恵ちゃんか……」
いきなり後ろから乗っかってきたのは、同じクラスの高坂沙恵ちゃん。こっちへ来て小さい頃からの
お隣りさん……いわゆる幼馴染みというやつ。
グリグリ
「い、痛いよ!沙恵ちゃん!」
「むふふ〜。海斗ったら、また足速くなったんだって?」
「え?もう知ってるの?」
「うん、さっき先生に見せてもらったよ、記録。ほーんと、まいっちゃうよねぇ。
陸上部のボクより速いんだからさ。あの速さは性別の差以外にもなにかあるね。」
「あ、あはは……」
うーん。さすがに彼女を廊下のど真ん中で背負ってるのは……人の目が恥ずかしいかな?
「ま、私には、この豊かな胸が重いからねー。」
「うわっぷ!」
その豊かな胸とやらをさらに押しつけてくる。豊かな、とはいえ他の女の子とあまり変わらない
気もするけど……それは言わないのが優しさかな。
「うぅ……胸……当たってて苦しいよ……沙恵ちゃん…」

「ボソ…当たってるんじゃなくて当ててるのに……」
「え?なに?」
「なんでもないよーっだ。それよりボク、お腹空いちゃったよ。」
「うん、じゃあまた屋上でまってて。」
「うんっ。」
背中からおりた沙恵ちゃんをみると、自称チャームポイントである髪を留めているリボンが、
いつもと違っていた。
「あ、リボン、変えた?」
「え?…う、うん。」
「へぇ、似合ってる。かわいいよ。」
「っ〜〜〜!」
そう言って髪を撫でるとなぜか沙恵ちゃんは真っ赤になって黙ってしまった。
「?…どうしたの?」
「こ、こいつは〜……そうやって無意識にそんなこと言えちゃうから〜…もてちゃうのよ〜。」
「え?なに?」
「な、なんでもないっ!いちいち独り言を追及するなー!」
そう言い残して、走って去ってしまった。
「……な、なにか気に触るようなこと言っちゃったかな?……」
でも本当に似合ってたんだもんな。
〜〜♪
「ん……」
ピッ
『私にも、リボンが似合ってるって頭撫でてくれる?あの女より似合ってるって言ってくれるよね?
海斗君?(^〇^)/』

「お兄ちゃん。」
「あ、麻理。」
中庭で待っていると、いつものようにお弁当を作ってくれている麻理が、弁当箱を届けに来てくれた。
「ありがとう、麻理。いつも悪いね、作らせちゃって。」
そう言って頭を撫でる。どうやら僕のこの癖は、昔から麻理にやっているかららしい。
なにかをしてもらってうれしいと、ついつい頭を撫でてしまう。
「うぅ…べ、別に、お兄ちゃんのために作ったっていう訳じゃないんだからねっ。
私のお弁当の余り物よ!」
「うん、それでもうれしいな。麻理が作ってくれるんだから。」
「あぁ〜うぅ〜……えと、お、お兄ちゃん?」
「なんだい?」
「そ、その……一緒にお昼…た、たべ、ない?」
あちゃ〜。いきなりっていうのはマズいなぁ。
「えと、ごめん。沙恵ちゃんと約束しちゃってて……」
「え?……そ、そう、なんだ……」
「うん、だからまた今度。それでいいかい?」
「い、いいわよ!別にどうしても一緒に食べたいっていうんじゃないんだからっ。
ほら、沙恵さんが待ってるんでしょ?早く行けば?」
急に怒ったように行ってしまう麻理。
「うーん。女の子って難しいなぁ。」

「某女子生徒は見た。」
「…ど、どうしたの?いきなり……」
屋上の金網にしがみついたままの沙恵ちゃん。
「海斗君は誰彼構わず頭を撫でる男の子でした。私だけの特別な行為じゃありませんでした。」
「……ああ、屋上から中庭、丸見えだもんね。あはは…恥ずかしいなぁ。
別に、シスコンっていうわけじゃぁ…」
「海斗はお鈍さんだからわかってないだろうけど、麻理ちゃんは重度のブラコンよ。」
「えー…それはないと思うなぁ。だって自分で作った残り物だって言ったし…」
「その端から端まで全部手作りのお弁当がっ、手抜きに見える?ボクの冷凍物とは雲泥の差だよ?」
「うーん…でも、麻理が言ったんだから、きっと本当だよ。」
「あー!もう、この馬鹿兄貴わぁっ!」
「お、怒らないでよ。仲が悪いよりマシじゃないかよ。」
「仲が良過ぎるの。キミ達二人の場合は。ま、血が繋がってるぶん、向こうは不利だよねー。
本人は唐変木だし、このままいけばボクが一番優勢かな?」
…また沙恵ちゃんがわからない事を言い始めたなぁ。
〜〜♪
『あははは、何言ってるんだろうね。私と海斗君との間に割り込める隙間なんて、これっぽっちも
無いのに。妄想女って空しいね┐('〜`;)┌』

3

キーンコーン…
「ふぅ……おわった……」
五時間目の数学が終わり、帰りの準備をする。体育後の授業ってなんでこう眠いんだろ。
ましてや窓際なんて最高の位置だ。
鞄を持ち、部活に行こうとすると………
「かーいとっぉ!」
教室のど真ん中から沙恵ちゃんに大声で呼ばれる。
(クスクス…相変わらず仲良いわね、あの二人。)
(ああ、クラス一のバカップルぶりだな。)
ああ、もう。僕と沙恵ちゃんはそういうんじゃないのに。あんなふうに呼ぶから
誤解されちゃうじゃないか。
「な、なに?どうしたの?」
慌てて沙恵ちゃんの元に行き、用事を聞く。はぁ、近付く度にそんなに嬉しそうな顔されたら
怒れなくなっちゃうじゃないか。
「うん、今日ボク、部活が休みだから一緒に帰らない?最近一緒に帰らないからさ。」
「あぁっと……こ、ごめん、今日は僕が部活あるんだ…」
「あ…そ、そうなんだ……ふぅん…」
そう聞いた途端、急に悲しそうな顔をする。罪悪感が積もるが、
さすがに部活をさぼる事はできない。確かに最近一緒には帰ってはいないから
気持ちはわかるけど………

「うん…だから、ごめんね?」
「いいよ……美術部って……あの美人の先輩もいるの?」
「え?そうだけと……別にあの人だけっていうわけじゃないし…」
「ふーん……いるんだ…やっぱり。」
「沙恵ちゃん?」
「ううん!なんでもないのっ!ほらほらー、ボクの事は気にしないで、部活に行った行った!
ボクのせいで遅刻しただなんて勘弁だからね!」
「あ、うん。じゃあまた明日ね。」
別れを告げて、今度こそ部室に向かう。
〜〜♪
また着信……とはいえ、全部が全部『あの』メールとは限らないので、
一応見とかなくちゃいけない。今回は……
『from麻理
今日の帰りにお醤油買ってきてよ、バカ兄貴。』
あいつは一言余計なんだよ。でもまあ、こういう頼みごとをしてくれる分、まだかわいいほうかな。
まったく無視されるよりはマシだな。
『to麻理
了解。』
簡単な一言だけ送信…
〜〜♪
と、また着信が……
『誰とメールしてるの?女の子と?そんなはずないよね?男友達とだよね?(-_-#)』
「っ!?」
辺りを見回す。この学園は人口が多いので、どこにいても多くの人がいるため、特定は出来ない。
僕は怖くなって部室へと駆け出した……

「はぁ、はぁ……あ、こんにちは、部長。」
「あ、海斗君。こんにちは。」
ぺこりと僕なんかに礼儀よく頭を下げる先輩……さっき沙恵ちゃんが言っていた、
美人……秋乃葉 華恋(あきのは かれん)先輩だ。
いわゆる学園のアイドル。成績優秀、頭脳明晰。お洒落だけどケバいような派手さではなく、
まさに清楚といったタイプ。
運動は苦手なようだけど、そこがまた人気のポイントにもなっているようだ。
こんな絵に描いたような人がいるなんて、会ってみるまで思いもしなかった。
「どうかしたんですか?息を切らして?」
「あぁ、いえ。ちょっと走ってきたんで。」
「ふふ、せっかちさんですね。まあ、私も早く来過ぎちゃって、今一人で描いてたんですけど……」
「ええ…あはは…」
昔から沙恵ちゃんみたいな元気な女の子を相手してきたから、華恋先輩みたいなタイプはどうも苦手だ。
「そうだ、今日の部活は自画像を描きますから、海斗君……私とペアになってくれますか?」
「え?僕なんかと?」
「海斗君は謙遜しすぎです。美術部の中じゃ、抜き出た実力を持ってますよ?」
「はあ、部長に言われるとうれしいですけど……でも、部長とは差が有り過ぎますよ。
さすがに美術推薦で進学する実力の持ち主にはかないません。」
そう言われると、部長は嬉しいような困ったような顔をした。きっと褒められる事に
慣れていないのだろう。これから先、部長は褒められる方が多いと思うのに……大変だな。
部長の隣りに座り、鏡を見ながら自分の顔を描く。この部活は大抵二人一組となり、
たがいの絵を評価する……そんな方針だ。
(……おい、海斗の奴、秋乃葉さんとペアになってるぞ。)
(うわー、いいなあ。俺だってまだペアになったこと無いのに。)
(つーか秋乃葉さん、男子とペアになるの初めてじゃないか?)
気付けばぞろぞろと部員が集まり、いつものように自然と部活が始まっていた。
絵を描くのに集中すると、周りが見えなくなるため、いつも人が来るのに気付かない。
「海斗君。終わりましたか?」
「ええ。一応、簡単には。」
互いに絵を見せ合う。
「うふふ、ちゃんと描かれてますね、海斗君のかわいい顔。」
「へ?あ、ありがとうございます。」
「そうですね、この顎のラインが……」

部長から指導を受けた後、僕が部長の絵を見る番。その絵は……
「…綺麗だ。」
「え?」
ごく自然に、この言葉が口から出た。それぐらいに、部長を丸写ししたかのように美しかった。
当の部長は…顔を真っ赤にして俯いていた。
「あ!い、いや、そういう意味じゃなくて…あのー、絵が綺麗という……あぁ、その、
部長も綺麗ですよ?……って僕、何いってるんだろ?ははは……」
「う、ううん。その……うれしい、です。」
なんだか恥ずかしくなってしまったので、再度絵を描くのに集中する……はずだったが、
なぜか……何が不安だったんだろう。僕は。
「あの…部長?」
「はい?」
「部長って、携帯もってます?」
「ええ、ありますよ。」
そういって、ポケットから可愛らしいストラップの付いた携帯を取り出す。
「えっと……よければ、アドレス教えてくれませんか?」
(((!!!!)))
周りが驚きに満ちるのがわかった。馬鹿だな、僕は。部長がストーカーな訳が無いし、
アドレスを教えてくれるわけないじゃないか。
でも部長は、少し考えた後に………
「いいですよ。」
と、うなずいた。

((((ナ、ナンダッテー!!?なんで海斗の奴が!?))))
「い、いいんですか?」
「ふふ、海斗君から聞いてきたんでしょ?」
そう笑いながら、アドレスを書いたメモを渡される。正直、まったく逆の結果に内心大慌てだった。
「あ、ありがとうございます…あとで、送りますんで。」
「ええ、楽しみにしてます。」
ああ、なんだか今になってまた恥ずかしくなってきた。うん、今度こそ集中して描こう。
……ちなみにそのアドレスは、ストーカーの物とは違った……当たり前か。





「うわっ。もうこんな時間!?」
気付けば七時丁度だった。美術部は時間が決まっておらず、好きなように帰っていい上、
部室が学園とは別棟にあるために先生が声を掛けることもない。
だから集中のし過ぎで誰もいない……なんてことはたまに有る。
「あら、まだやってたの?海斗君。」
「あ、部長もまだ残ってたんですか?」
「ええ、今度出展する作品の準備を、ね。」
僕が片付けをしている間、部長はなにやら部屋をウロウロしている。
……まさか、待っててくれてるのかな?
「あの…部長?」
「え、え?」
「家まで送っていきましょうか?」

嗚呼、僕はまたなんてことを……でも夜道を一人で帰すのは気が引けるし……
「うん。お願いしちゃおうかな?」
「わかりました。家は、どの辺りですか?」
「自然公園のすぐそば。」
「ああ、じゃあ僕の家に行くまでの途中にありますね。
僕の家、その先の商店街を抜けたところなんですよ。」
「ふぅん…よかった、途中まで一緒で。」
「ええ。今の時代、変な奴が多いですからね。夜は特に、気をつけないと。」
自分で被害に合ってるんだから、世話ないな。……もし部長に被害が及ぶようなら、
なんとかしと守らないと……
「よし。じゃあ帰りましょう。」
「はい。」
笑顔の部長と一緒に部室を出て、僕達は校門へと向かった。




相変わらずこの学園は、もとい、この街の街灯は少ない。百メートルに一つ、
有るかどうかも怪しい。校門にだって一つしかない。これじゃあ本当に襲われたらたまらない。
「それにしても、この街って暗いですよね。特に夜は。」
「ええ、そうでよすね。本当に……あら?」
部長が何か気付いたらしく、凝視する。僕も部長の目線の先に目をやると、
校門の灯の下に一つの人影が。
そこに座り込んでいたのは……
「あ……海斗…」
「さ、沙恵ちゃん?……どうしたの?」
先に帰ったはずの、沙恵ちゃんだった。

4

「沙恵ちゃん……」
「部活…遅かったね。こんな時間まで先輩となにしてたの?」
ゆっくりと立ちながら聞いてくる。
「なにって……部活だけど?遅くなったから送ってくって言ったんだ。」
「そう……優しいんだね、海斗は…」
うーん、そうかな?誰だって同じ事すると思うけど……
「それより、沙恵ちゃんの方こそどうしたの?部活がないのに、こんな時間まで…」
「え?あー…いやぁ……えへへ。実は急に部活が有るって事になっちゃってさ、
いままでやってて……今から帰りなんだ。」
それは…嘘だとわかった。部室からグラウンドが丸見えだからだ。今日は誰もグラウンドで
走っているのは見なかった。でも、僕は……
「そう。」
それだけしか言えなかった。僕を待っててくれたの?なんて言ってもひっぱたかれるのがオチだからね。
「あ、えっと…こっちは秋乃葉華恋先輩。…って、沙恵ちゃんは知ってたっけ?」
「うん…名前と顔だけなら。」
「先輩。この娘は、高坂沙恵ちゃん。僕の幼馴染み。」
「はじめまして……秋乃葉先輩……噂には聞いてますよ。学園のアイドルだって。」

「え、ええっと…はじめまして…高坂…沙恵ちゃん、でしたっけ?うふふ、よく部活の時に
海斗君から話を聞いてますよ。」
「えっ?」
「いや…よくって言っても一回じゃないですか……それより、沙恵ちゃんも今から帰り?」
「う、うん…そうだよ。」
「じゃあ一緒に帰ろうよ。構いませんよね、部長?」
「………」
部長は聞こえていなかったのか、返事もせず、ただ沙恵ちゃんのことをじっと見ていた。
いや、睨み付ける、といったほうが近いか。それはいつもの部長とは違う、なにか怖い雰囲気だった。
「…部長?どうかしたんですか?」
「…へ?あ、いい、いえ、いえ。大丈夫ですよ。一緒に帰りましょう。」
なんだか様子がおかしかったけど…大丈夫かな?
「ほーらっ!そうとなったら、こんな所にいないで早く帰ろうよ。ボク、お腹空いちゃったよ。」
「うわっ。ちょっと沙恵ちゃん、引っ張らないでよ!」
「ふふ…じゃあ、帰りましょうか。」
その後、部長の家が有るという自然公園に行くまでは、二人とも仲良く話していた。
さっきの変な雰囲気は気のせいだったのかな?

「それじゃあ、私はここで……」
「え?もういいんですか?家まで送っていきますよ?」
「いえ、大丈夫ですよ。すぐそこですし、商店街とは逆方面になってしまいますから。
………それに……」
「それに?」
「…いえ、なんでもありません。おやすみなさい!」
そう言い残すと、暗闇の中に走って消えてしまった。なんだったんだろうなぁ。
またさっき沙恵ちゃんのこと見てたけど……
「ねー。早く帰ろうよ。かいとーぉ。」
「あ、うん。そうだね。…ちょっと買い物してきたいんだけど、いい?」
「むぅ、しょうがないなぁ。ジュース一本!どう?」
「はいはい。わかったよ。」
それから麻理に言われたように醤油を買う。そういえばシャンプーとリンスが切れてたんだ。
買い足して……
「げ。」
いつも使っている物が売り切れだった。仕方ない、他のやつを買おう。
……髪に合うといいんだけどね。麻理とかそういうのにうるさいし。
買い物を終え、帰り道。……今日は足音がついてきてないきがする。沙恵ちゃんの足音もあるが、
それ以外は特に聞こえない。さすがに二人の時はついてこないか。
もし、ストーカーが沙恵ちゃんに手を出すようなら……なんとしても守らないと。
こうやって二人で帰るのを見ていたら、黙っているはずがない。
沙恵ちゃんにもなにかしらの被害が及ぶはずだ。
「ね、ねぇ。海斗?」
「ん、ん。なに?」
沙恵ちゃんの事を考えた時に、本人に声を掛けられて少し戸惑う。
「今日みたいに…秋乃葉先輩を送ってくってこと、多いの?」
「まさか。そんなの今日が初めてだよ。たまたま沙恵ちゃんが一緒になっただけさ。」
「たまたま、か…」
なにかつぶやいて、少し歩くと、沙恵ちゃんは急に走って前に出て、こっちを振り向く。
その顔には、いつも笑顔があった。
「いい、海斗!最近は日も短くなってすぐに暗くなっちゃうじゃない?」
「うん。」
「だからっ、このボクが変質者に襲われないよう、毎日放課後は一緒に帰ること。いいね?」
「………」
「海斗?」
「うん。なにがあっても。絶対に沙恵ちゃんだけは守ってみせるよ。」
「っ〜〜。や、やだなぁ、そんな真面目に……か、海斗はいつもみたいに照れ笑いしてればいいの!
恥ずかしいじゃんか。」

「そ、そう?あはは……でも、本当に守るからね。」
「あーっもうっ。じゃあ約束だからね。忘れちゃだめだよ。ばいばい!」
そういって、沙恵ちゃんは走って家の中に入っていった。
「ただいま〜…ぁ…」
玄関を開けると、そこには鬼のような……麻理が仁王立ちしていた。まずい。絶対に怒ってるよ…
「随分と遅いお帰りですね。お兄様?」
ほら、怒ってる。
「あはは…部活に夢中になっちゃって…ごめん…」
「それならそうと連絡してよねっ!夕飯作るのにお醤油欲しかったんだから!!」
「うわっ、ほ、本当にごめんってば。ほら、お醤油…」
それをひったくるように取ると、麻理は台所に入ってしまった。
「今からご飯作るから、先にお風呂にでもはいってて!」
「うん、わかった。」
言われたとおりに風呂場へ。こういう時の麻理には逆らえないもんなぁ……





「ふぁーぁ……」
やっぱりお風呂は気持ちいい。なんでも洗い流してくれるっていうのは本当だね。
あの新しいシャンプー、意外と髪に合うな。今度からあれ使おうかな……麻理がなんていうか
わからないけど。
「お風呂、あがったよ。」
「こっちもご飯できたわ。私は……お風呂は後でいいかな。どうせ洗い物とかあるし。」
「うん、じゃあ食べようか。」
二人で向かい合い、少し遅めの夕飯。今日は和食だ。それにしても麻理のご飯のレパートリーは
日に日に増えていくな。今度感謝の印にどこか連れてってあげよう。
「麻理。」
「え?」
「今度の日曜……」
〜〜♪
「…携帯、なってるわよ。」
「ごめん。」
折角話し掛けたのに、出鼻を挫かれた感じだ。誰からだろう………
ピッ
『今日いつものシャンプーと違うの買ったんだね。だから私も海斗君と同じやつ買って、
早速使ってみたよ。海斗君はもう使った?
うふふ、海斗君と同じ匂いのする髪の毛だっていうだけで、クラクラしちゃう♪』
……髪の毛を触り、掌の匂いを嗅いでみた…
「……どうしたの?おにいちゃん?」
「ああ…いや、なんでも……」
確かに『クラクラ』した。
「ま、麻理?」
「え?なに?さっきの続き?」
「うん……今度の日曜日、暇だったらどこか遊びに行こうか?」
ついでにいつものシャンプーも買ってこよう……

5

「えっ?に、日曜日って……あさって?」
「あ、そうか。今日はもう金曜日だったっけ……急すぎたかな?なにか予定入っちゃってる?」
「ううん!ぜんぜん!なにも!」
ブンブンと何度も頭を横に振る。そんなに振ったら目が回っちゃうよ。
「うん、じゃあ日曜日。出かけようか。」
「あのっ、その……どこへ行くとかの予定は……」
「うん、そうだなぁ…麻理が行きたいところでいいよ。麻理のために出掛けるんだし。」
「じゃ、あ……映画!見たい映画があるの!だからおにいちゃんと見たい!」
「うん、じゃあそうしよう。」
よかった。いつもはなんだかんだで怒ってばかりだけど、こうやって笑顔も見せてくれるんだよな。
………こんなこと、沙恵ちゃんに言ったらまたシスコン扱いされるかな?
でも仲が悪いよりはマシだよね。
結局麻理はそれから鼻歌交じりで過ごし、どんな話をしてもご機嫌だった。
ご飯を食べ終え、テレビを見ながら話していたら、もう遅い時間だった。
「もう寝ようかな…おやすみ、麻理。」
「うん、おやすみなさい、おにいちゃん。」

ベットに横になる。まだ残暑が厳しく、夜になってもまだ蒸し暑い。窓際にベットがあるため、
風が通って気持ちいいけど。
「あっ、部長にメールしなくちゃ…」
折角アドレスを教えてもらったんだ。連絡しなくちゃ失礼だよな。
『To秋乃葉先輩
sub海斗です。
今日は遅くまでありがとうございました。こんな時間にメール送ってすみません。』
どうもメールって苦手だな。どうやって送ればいいかよくわからないや。
ましてや秋乃葉先輩だし……まぁ、こんな感じでいいかな。
送ってから少しして。
〜〜♪
『frm秋乃葉先輩
こちらこそ家まで送ってくれてありがとう♪また今度機会があったら一緒に帰っていいかな?』
『To秋乃葉先輩
喜んで。部長がよければいつでも送りますよ。暗くても、明るくても。』
『frm秋乃葉先輩
うーん…二人っきりの時やメールやってるときは部長って呼ぶのはやめて欲しいかなぁ。
華恋、て呼んでほしいな。あと…一緒に帰るなら、二人っきりで、ね♪』
『To秋乃葉先輩
わかりました、「華恋」センパイ。』
それから何通かメールをして、おやすみを言った。

〜〜♪
「ん?誰だろ……華恋先輩はさっき終わったし……沙恵ちゃんかな?」
よく沙恵ちゃんともメールをやるから……いや………この時間なら…
『誰とメールしてたの?隣りの家のあの女?それとも私の知らないお友達?
…随分と楽しそうな顔してたね(怒)
隣りの女だったら……殺してこようか?そうすればその分私からのメールを見てくれるもんね♪♪』
果たして冗談か本気か。いや、『彼女』のことなら本当に殺しかねない。……っていうか、
なんでメールしてたのを知ってるんだ?
「っ!?もしや…!」
網戸を開けて窓から体を乗り出し、辺りを見回す……ダメだ、暗くてこっちからじゃあ何も見えない。
恐らく外からなら電気のついてる僕の部屋は丸見えだろう。
「くそぉっ!」
慌てて窓とカーテンをしめる。外から見られてるとなると、のんびりと涼んでもいられない。
それにしても……どこから見てるんだ?
〜〜♪
また着信。
『アはハはハ♪恥ずかしがらなくってもいいのに。もういまさら隠しても意味ないよ?
海斗君のことはなんでも知っちゃったんだから。』

……これで確定した。絶対に外から見られてる。
そうだ、沙恵ちゃんは大丈夫だろうか。この様子だとまだ何も起こっていなさそうだけど……
「一応…確かめてみようかな……」
安全確認のため電話をする。こんな時間なら寝ちゃったか?とおもったら、
二回コールがなっただけで電話に出た。
「も、もしもし?か、海斗?」
「あ、沙恵ちゃん?…だよね?」
「や、やだなぁ、あったりまえじゃんか。ボクの携帯に電話かけたんでしょ?」
よかった。本物の沙恵ちゃんだ。カーテンをしているとはいえ、一応部屋の隅に移動し、
外からの死角に座る。
「いったいどうしたの?こんな時間に。」
「あ、ごめん。寝てたかな?」
「ううん。お風呂からあがって、ごろごろしてたところ。……それで、何の用?」
しまった…まさか誰かに襲われてないか心配だったか電話したなんて言ったら怪しすぎる。
ましてや用もないなんてのは失礼だし。
「えと…うん……」
「あっ!はっはーん。わかったぞ。さては寂しくってボクの声が聞きたくなったんだなぁ。
うんうん、憂いやつめ〜。いくらでも聞かせちゃおう。」

「へ?…あ、あはは。そ、そう。そうだよ。なんとなく、沙恵ちゃんの声が聞きたく
なっちゃって……電話しちゃった……」
しどろもどろで言われた通りの返事をする。
「えっ?ええっ!?」
物凄い勢いで大慌てする沙恵ちゃん。その慌て様はおかしいぐらいだ。自分から言ったのに……
「えっ……か、いと……うく……う…」
「?…さ、沙恵ちゃん?…」しばらく受話器からはなにも聞こえない。
「も、もしもし?沙恵ちゃん?」
「うぐ……うぅ…ひく…か、ひっく…かい…ぃ…とぉ…うぅ…うええん…」
「さ、沙恵ちゃん!?どうしたの!?泣いてるじゃんか!なにかあったの!?」
受話器の奥からいきなり沙恵ちゃんの涙声が聞こえ、一気に不安になる。
まさか、なにか痛い目にあったとか?
「ま、待ってて!いまからそっちに行くから!」
「うく…あ、あは…ううん、だ、らひじょうぶ…らから…ちょ、ちょっと、
テレビで感動しちゃって…ぐず…えへ、ボクとしたことが、らしくないなぁ。」
「は、はぁ…よかった…」
「ごめんね、心配させちゃって。ホントに大丈夫だから。じゃ、ボクはもう寝るね。」電話を切り、
またベットに寝る。よかった。なんだかほっとしたら眠くなってきちゃったな……
〜〜♪
〜〜〜♪
電話がなってるみたいだけど……だめだ…眠くてとる気も無いや…寝ちゃおう……
〜〜♪









〜〜♪♪





〜〜〜♪♪
『もうっ、海斗君たら優しいんだから。そんな所が好きなんだけどね。
だから今回は特別に許してあげる♪
でも……誰か他の女に手を出すようなら……そのときは本当にそいつを殺すよ?我慢できないからね。
(^з^)-☆Chu!!』

6

日曜日
「麻理ー!仕度できた?」
「ま、まだっ!女の子はいろいろと準備がいるから時間がかかるの!」
「はぁ。」
待つのは男の甲斐性とはよく言うけど……妹が相手じゃなぁ……あまりに遅いので
麻理の部屋のドアの前で待つ。
「ぶつぶつ……」
「ん?」
部屋の前まで来ると、麻理がなにやら呟いているのが聞こえる。なにを言ってるんだろう。
ちょっと趣味が悪いが、聞き耳をたててみる。
「うーん……これじゃあ派手すぎるかなぁ……かといってこれは地味過ぎだし……
おにいちゃんはどんなのが……」
ははは、麻理も女の子だなぁ。兄と出掛けるのにも服を選ぶのに一生懸命だなんて。
妹の成長を微笑ましく思いながら、そっと立ち去り、玄関の外に出る。
今日は絶好のお出かけ日和だ。天気予報じゃまだ残暑のせいで暑くなるって言ってたんな。
………不意に道に出て、自分の部屋を見てみる。あの位置だと何処からでも丸見えだな……
こんなことになりまで気にして無かったけど。頼むから、今日ぐらいは静かにしててくれよ。
「えへへ、お待たせー。おにいちゃん。」
「ん、ああ……」
仕度が終わった麻理が出て来たので、振り返って見てみると……
「………」
「ど、どう?じろじろ…見てるけど……」
不覚にも実妹に対してかわいいと思ってしまった。友達曰く、義理ならまだしも
血が繋がってたらタブーらしい……けど…
「うん、すごくかわいいよ。」
悩むに悩んで着てきた服は黄色いワンピースだった。シンプルだけど小柄な麻理には
とても似合っていた。それに加えた麦藁帽は、それこそ夏の少女というイメージだった。
「ほ、本当?えへへー。」
かわいいと言われて嬉しかったのか、万円の笑みを浮かべる麻理。……うん、やっぱりかわいい妹だ。
「……むー…」
そう思ったのも束の間。僕を見た途端に拗ねた顔になる。
「ど、どうしたの?」
「おにいちゃんももっとお洒落しなくちゃだめだよっ!」
「えぇ!?」
自分の服装を改めて見てみる。履きこなしてるジーパンに明るめのタンクトップ。
その上に学校の半袖Yシャツを羽織ってるだけだ。
「これで十分じゃないかな?」
「だーめ!おにいちゃんのことだからどうせ適当に手に取ったのを着ただけでしょ?」

「うっ。」
図星。だって麻理と映画見に行くだけだし……
「あーあ。デートに誘ってくれるから、期待しちゃったけど………やっぱりおにいちゃんは
おにいちゃんだね。」
「む。なんだよ、それ。」
「なんでもないよっ!ほら、早く行こ。」
また笑顔の花を咲かし、腕をぐいぐいと引っ張って行く。はぁ。女心と秋の空。
ころころと変わっていくな。
〜〜♪
「……今日ぐらいは…」
さすがに一日中なりっぱなしなんてのは勘弁なので、携帯の電源を切る。
うん、僕もリフレッシュしよう……





「この映画?」
「うん。結構友達からの評判がよかったから、見てみたいなって思って…」
麻理が選んだのは、今話題のラブストーリーの洋画だった。
「うん。この俳優さん好きだし、楽しめるかな。じゃ、早速入ろうか。」
チケットを買い、入場するここは僕がお金を出したというのは言わずもがな。
たとえ妹でも女の子だからね。
適当にジュースを買い、中にはいる。人の入り具合はそれなりだ。まだこれから混むだろう。
真ん中辺りの席を見つけ、麻理と座った。







上映中





やはりラブストーリーというだけあって、それなりにラブシーンがちりばめられているわけだ。
しかも洋画。キスシーンだけにとどまらず、ベットシーンもあるわけだ。
キスシーンだけで顔を真っ赤にしてる麻理は、もう直視できないのか、
こっちへ目をそらしてしまっている。照れているのか、かなり強く手を握ってくる。
「大丈夫?麻理。」
「う、うん……まともに見れないけど…」
それは大丈夫とは言わないぞ。
「お、おにいちゃんは……平気なの?こういうの。」
「ああ……まぁ。」
平気かどうかと言われれば恥ずかしい。とはいえ僕も男。それなりの耐性はついているので、
目をそらさず見ることぐらいはできる。
「むぅ〜……おにいちゃんのスケベ。」
「なにゆえ。」
結局それ以降、麻理はビクビク震えながら最後まで見ていた……まだ麻理には早かったかな?
映画が終わり、外へ出る。時計を見たらちょうどお昼だった。
「あそこのレストランで休もうか?おなか空かない?」
「うん、お昼にしよっか。」裏路地にはいった所に、こじゃれたレストランを見つけた。
看板には『Fan』と書いてある。このレストランの名前だろうか。なかなかいい雰囲気の店だ。
カランカラン
麻理と二人で店内に入ると……
「いらっしゃ…」
僕と同じ年ぐらいの男の声……
「申し訳ございません、お客様。本日カップルのご来店はお断りさせていただいておりますので。」
「へ?」
を、遮るように綺麗な女性が笑顔で、だけども何処か怖い顔で割り込んで来た。
「あ、いや……僕たち兄妹なんですけど……」
「え?兄妹!?あ、あははぁ…失礼しましたぁ。二名様、ご来店〜」
反転したような態度で案内され、なんだか拍子抜けな感じだ。男の人はやれやれといったかんじで
溜め息をついていた。
席に着き、メニューを見る。レストランというより喫茶店と言った感じだな。
とりあえず腹にたまりそうなものを頼むと、麻理が身を乗り出して聞いてきた。
「ね、ねえ。私達、カップルに見えるのかな?」
「うーん……若い男女って言う組み合わせなら、大抵そう見えちゃうんじゃないの?
よくわからないけど。」

「『私』と『おにいちゃん』が、カップルに見えるかどうかだよ。他の女の子じゃなくってっ!」
「え、ええと……」
「あんまりここで色恋沙汰は話さないほうがいいぜ。」
「うわっ!」
「きゃあ!?」
二人間を割るように、さっきの男性店員が飲み物をテーブルに置いた。
「あ、ワリィ。驚かせるつもりじゃなかったんだがな……それより、あいつ、
機嫌悪いからカップルだの恋だのは止めたほうがいいぜ。」
「……フられたりでもしたの?あんなに綺麗なのに…」
「まぁ、な。そんなとこ…」
「はいはいはい、お客様口説いて無いでさっさと仕事しましょぉーねぇー!」
「あだだだだっ!やめっ、ひっぱんな!ちぎれるってば!」
その女性にひっぱられ、店員さんはいってしまった。確かに……機嫌が悪そうだ。
それから一通り食事を済ませ、休んでいる時に携帯を確認してみた。
センター問い合わせ………
50件
「ぶっ!」
思わず食後のコーヒーをはきそうになった。誰からかは予測できるけど……
一応送信者だけ確認していく。
……やっぱり、登録されて無い……『あの』アドレスだった。
「…あれ…」
だが、途中に一件だけ…
『frm沙恵ちゃん』
沙恵ちゃんからのメールがあった…

7

……沙恵ちゃん、どうしたんだろう。一応内容を確認する。すると……
『frm沙恵ちゃん
いたいよ。』
「?」
たった4文字の簡単な文だった。でも…痛いって?もしかして…もうストーカーが手をだしたのか?
だとしたら危ない!
「どうしたの?おにいちゃん。怖い顔して……」
「え?…いや…な、なんでもないよ。」
麻理にもわかるほど怖い顔してたのかな。でも、やっぱり心配だ。痛いって……普段沙恵ちゃんが
送ってくるメールと全然違う。
時間が経つ度に、どんどん不安が広がっていき、それを内側に隠しきれなくなる。
「それでね……って聞いてる?おにいちゃん。」
「あ……うん……あのさ、麻理……」
「え?」
「ちょっと電話しても…いいかな……」
「だ、誰に?なんで今…」
「うん…ちょっと沙恵ちゃんに……」
そう言うと、さっきまで笑顔でしゃべってた麻理の顔が、一気に怒った顔になる。
「どう……して…」
「え?」
「どうして!?今は私と一緒にいるんでしょ!?なのに……なんで沙恵さんに電話なんかするの!?
他の女の子の事なんか心配してるの!!?」
「ちょっ…ま、麻理…」
「うるさいうるさいうるさい!!もういいっ!おにいちゃんなんか死んじゃえ!バカァッ!!」
バシッ
鞄からなにか袋を取り出した麻理は、それを僕に投げ付けて外へ走って行ってしまった。
突然のことに、呆然としている僕。
麻理に投げられた袋を手に取り、開けてみると………
「あっ!」
中に入っていたのは、僕が前から欲しいと思っていた腕時計だった。もちろん、
安いものなんかじゃない。麻理も時々臨時のバイトをしていたけど……まさかこれを買うために?
「僕は……なんて最低なことを……」
いくら相手が兄でも、一緒にいる時に他の事に気を取られていては、心中穏やかじゃないだろう。
それに……僕は気付いている。麻理の気持ちに……気付かないフりをしているだけで……
「追えよ。」
「え?」
気付けば、さっきの店員さんが声を掛けてきた。
「今は追うべきだと思うぜ。」
「……あ、うん!」
そう返事をした直後、僕は店から飛び出た。
「……お代はあんたの給料から差っ引くわよ。」
「あああ〜〜!!金払ってけぇ!!!!」

街を走る。全力で走る。昼下がりの人の少ない道を、がむしゃらに走る。
麻理は何処へ行ったんだろう。あの様子だと家に帰ったのかな……
不意に立ち止まり、空を見上げるあれだけ晴れていた空が、今では薄暗くなっている。
一雨きそうだ……
と、そのとき
〜〜♪
携帯がなったこの着信音は電話だ。表示をみてみると……
『沙恵ちゃん』
「あっ!」
もう一つの心配の種であった、沙恵ちゃん本人からの電話だった。慌てて電話に出る。
「も、もしもし!?沙恵ちゃん!?」
「あーっ!やっと繋がったよ。いくらかけても電源切ってるっていわれちゃうんだもん。」
僕の心配とは裏腹に、元気な声の沙恵ちゃん。
「沙恵ちゃん!?大丈夫なの!?『いたいよ』ってメール送ってきたけど…」
「へ?いたい?……ええっと……あ、ああっ!ちょ、待った!」
そう言うと沙恵ちゃんはなにやらぶつぶつ言っている。なにをしてるんだろう。
「あ、えへへ、そのー……送るつもりは無かったけど間違えて送っちゃったみたい……
それに、文も『あ』が抜けてたし……あわわっ!じゃなくてっ!う、うん僕は大丈夫だか!」
「とにかく、大丈夫なんだね?」
「うんっ!ヘーキヘーキ。痛くなんてないよ!…ただ…」
「ただ?」
「心が…痛いかな、なんて……」
「心?」
「わーっ!なんでもないっ!あはは、今日の僕、おかしいね!……そ、それより、
麻理ちゃんどうしたの?泣いて家の中に入っていったみたいだけど。」
「え?麻理が?」
よかった。ちゃんと家に帰ったのか。
「うん……喧嘩でもしたの?今日一緒に出掛けたんでしょ?」
「うん、まぁ、そんなとこ。」
「おおー、ついに喧嘩かぁ。ま、キミ達はそれぐらいが丁度いいよ!仲が良過ぎると……
不安になっちゃうから。」
「……うん。」
「じゃ、じゃあ、ボクの誤解も解けたっていうことで、切るね。ばいばい!」
「うん、ばいばい。」
電話を切り、ホッと溜め息。麻理の無事がわかっただけでよかった……でも、今麻理に会ったら
なんて言えばいいんだろう。このままじゃダメなことはわかっている。
答えが見つからないままでは帰れないので、考えながら時間を潰して帰ろう。
そう決めると、僕は適当に街のなかをぶらついた。




六時を回った頃に家についた。その頃にはそらは真っ暗になり、雲も不気味に黒かった。
とりあえず麻理に会ったらあやまろう。そう決めて家はいる。
「ただいまー。」
……やっぱりいつものおかえりはない。怒って…るよね……
靴を脱ぎ、真っ先に麻理の部屋までいく。
コンコン
「麻理…」
ノックをし、声をかけるが、返事はない。そんなに怒ってるんだろう。
コンコン
再度ノックするが、やっぱり返事はない。仕方ない……ちょっと失礼して。
「麻理?開けるよ?」
ガチャ
断りをいれてドアを開けると……
「なっ!?」
麻理の部屋は衣服で目茶苦茶になっていた。まるで争ったような形跡……そうだ、麻理は?
どこにもいない!?もしや……
再び不安が広がり、家じゅうを探し回るが、麻理の姿はどこにも見当たらない。
「嘘だろ?……麻理、麻理!!」
いてもたってもいられず、家から飛び出た。外はいつの間にか雨が降りはじめていた。
かなりの土砂降りだ。でも、気にしていられない。麻理を探しに、再び街の方まで駆け出した…………

 

「麻理ー!麻理ー!!」
恥も外聞も無く、街中を駆け回る。周りの人がどう思おうが関係ない。今は……麻理を見つけないと…
息が上がってもペースを落とさず走った。けれども努力は虚しく、麻理はいくら経っても
見つからなかった……
「麻理……麻理…」
気付けばもう八時。あれから二時間も探したのか。絶望に包まれながら家に入ると……
「え?」
台所からいい匂いがしてきた。靴を脱ぎ捨て、台所に駆け込むと……
「あ、おにいちゃん……どうしたの?…こんな時間に、ずぶ濡れになって……きゃ!?」
自分でも無意識のうちに、麻理を抱き締めていた。
「よかった……よかった…」
「ど、どうしたの?冷たいよ……」
「心配したんだよ……家に帰ったって聞いたのに……何処にもいなくて……
部屋だってあんなに荒れてたから…」
「夕飯の買い物に行ってたのよ……って、部屋に入ったの!?」
「う、うん。」
「あーっもう!出掛ける時片付けなかったから、服散らかしっ放しだったのよ。」
そうだったんだ。よかった。
「でも……そんなに心配してくれたなら……許してあげる。今日のことは……」
「うん……そのことは、本当にごめん。麻理の気持ち、何も考えてやれなくて……
それとこれ、ありがとな。」
そう言って、さっきの時計を見せる。
「あ…う、うん…」
麻理が照れたように下を向く。なんだかこっちも照れくさい。しばらく沈黙が続いた後……
麻理がさきに口を開いた。
「あのね、おにいちゃん……」
「ん?」
「わ、私…ね。……お、おにいちゃんの……おにいちゃんの事が……す…」
フッ
と、急に目の前が真っ暗になった。
「きゃぁ!?」
不安になったのか、麻理が力強く抱き付いてくる。それを守るように、僕も麻理を抱き留める。
停電だろうか。……いや、周りの家は電気がついている。ならブレーカ?ウチのブレーカは
外にあるから一旦出ないと………
〜〜♪
その時、携帯がなった。今度はメールだ。暗闇の中、メールを見てみると……
『鬼ごっこ再会(^-^)
ターゲットは…その抱き付いてる女!……私は鬼だからね、殺すまで追いかけちゃう♪
それでは、スタート〜』
そのメールを読み終えた瞬間…
ガチャガチャガチャ…ダンダンダン!
玄関をこじ開けようとする音がした……
僕は別の意味で、目の前が真っ暗になった。

8

「な、なに?なんなの?おにいちゃん?」
「静かに。落ち着いて僕についてきて。」
突然の停電。それに加えて玄関をこじ開けようとする音に、麻理は完全に怯え、混乱していた。
まだ現状を理解している僕は落ち着いていた。
「さあ、こっちだよ。」
麻理の手を引き、台所をでる。さて、どうする。逃げるか?隠れるか?
……前者はたとえ逃げ切ったところで、家で待ち構えられたらまずい。
だとしたら、隠れてまくしかない。
僕は麻理を連れ、そのまま裏口のある部屋までくる。ここの床には地下倉庫の入口がある。
……倉庫とはいっても、使わなくなった衣服等をいれる場所なので、僕と麻理が入ればギリギリだ。
もしバレたら……素早く逃げ出すのは無理だろう。一か八かだ。
ガコン
「麻理、ここに隠れるよ。」
「え?…う、うん。」
まだよくわかっていないのか、言われるように入っていく。その時……
ガシャン!
「アハハハハハハハ!開いたぁ…」
玄関をぶち壊した音と共に、どこか聞いたことのある笑い声が家中に響く。これは本当にまずい。
見つかったら……終わりだ。

「あははははは。鬼ごっこ……鬼ごっこ………見つけたら殺さなきゃ…」
ミシッ
意味不明なことを言いながら、廊下を歩いてくる。普段聞き慣れた床の軋みが、
やたらと大きく聞こえる。僕も麻理の隣りに座るように入り、蓋をしめる。
怯えて震えている麻理を抱き締めながら、携帯をとりだす。とりあえずはマナーモードに。
奴のやることは大体見通せる。
明りのない倉庫は真っ暗なため、麻理を不安にさせないように携帯のカメラのライトをつけ、
互いの顔を確認できるようにする。
「おにいちゃん…」
顔を見て少し安心したのか、ホッと溜め息をつく。
「いいかい、麻理。なにがあっても声をだしちゃいけないよ?…麻理は僕が必ず守ってあげるから。」
「…うん。」
それからしばらくすると……
ブーッブーッ!
携帯のバイブが震える。やっぱりな。音でこっちの場所を探そうとしてたか。
『あれぇ?どこにいったの?もしかして隠れんぼに変更?ふふふ、いいよ。
どっちにしても、私が勝つんだから。賞品はもちろん、海斗君だよV(^-^)V』
……頼むから負けてくれよ。僕はそう祈った。

ギシッギシッ
「ハハハハ、……どこかな?どこへいったのかな?」
だんだんと奴の足音と声が近付いてくる。……なんだろう。やっぱりどこかで
聞いたことのある声だ。それもつい最近……女の子の声……
「かーいーとーくーん!でてきてよー!」
一段と大きい叫びが聞こえ、麻理の体がまた震える。そっと「大丈夫だよ」と耳打ちをし、
落ち着かせる。
そして……ついにその足音は……
ギシッ!
僕達のいる部屋に入ってきた。真上にいるのがわかる。それだけ大きい、床の軋みが聞こえる。
ズッズッズッ
なにかを引きずるかのような、不気味な音。麻理もそれに気付いているのか、顔が真っ青になり、
今にも発狂しそうなほどだ。
麻理の口をおさえ、上をみる。この床一枚をはさんだ向こうに……いままで恐怖をあたえてきた
ストーカーがいるのか……
「海斗君……裏口から逃げちゃったかな?」
今度はハッキリと声が聞こえた。誰だ……思い出せそうで思い出せない。胸にモヤモヤがたまり、
不快感が増す。
ガチャガチャガチャ
ストーカーが裏口のノブを回すが、鍵がかけてあるので開かない。

「開かない……まだ逃げて無いってことだよね?」
誰にとうわけでもなく、ストーカーの独り言は続く。
「ふふふふ…昔は一度も追いつけなかったけど……今はもう違うんだよ……
海斗君を掴まえられる……でもその前に………邪魔者は消さないと……」
ギシッ!
裏口から戻って来たストーカーが、再び倉庫の蓋の上にのり、立ち止まる。
この床の入口は、ただでさえ見つけづらく、蓋を開ける取手も、裏返して床と同じ柄になっている。
だから知らない限り、こんな真っ暗闇では見つけられるはずがない………
「………」
「………」
「………海斗…君………海斗君……もーいーかぁーい……アハハハハハハハ…」
「…!」
見つかったか?あきらかにここに立ち止まっている時間が長い。心臓が飛び出しそうなほど
ばくばくしている。
もういっそのことここから飛び出て、暴れてやりたいほどだ。
だが……
「………はぁ、留守だったのかなぁ……うーん、残念。…また今度一緒に遊ぼっと。
次こそは、私が勝つもんね。」
そう言い残すと、ストーカーは部屋から走りさってしまった。

行った……のか?
それからどのくらい経ったのだろう。確信がもてず、しばらく倉庫の中に隠れていたが、
足音や笑い声が聞こえなくなったので、勇気を出して蓋を開ける…
ガコン!
やけに蓋を開ける音が大きく聞こえた。そんな音にビビりながらも、顔を出して辺りを確認。
……いない……
念のため、裏口に置いてある傘と懐中電灯を持ち、家中をくまなく調べる。
台所……トイレ……お風呂場……洋間……リビング……僕の部屋………麻理の部屋……
全て調べ終えたが、どこにもストーカーはいなかった。だが、どの部屋も誰かが漁った形跡が
あるため、ストーカーが僕達を探していたのは確かなことだ。
さらに念のために家の外へ出て、庭や周りの道を見てみるが、こんな雨の夜に外に出ているのは
一人もいなかった。
ブレーカを上げると、家の電気が再びつく。……もうストーカーも見てないし、大丈夫だよね?
まだ隠れたままの麻理を迎えにいく。
「麻理、もう大丈夫だよ。出てきても……って、麻理?」
声を掛けても返事がない。……麻理は気絶していた。そうだよな。あれだけ怖いめにあったんだから。
とりあえず麻理の安全を確認すると、僕も恐怖のためか、腰を抜かすようにその場に座り込み、
しばらく立つことが出来なかった………

9

「ん…うぅ……あ、あれ……おにいちゃん…?」
「あ、麻理。おはよう。」
結局あれから麻理は目覚めること無く、そのまま朝になってしまった。
僕はまたストーカーが来た時のことを考えて起きていた。
「……そ、そうだ!昨日の……昨日の家にあがりこんできたのは誰だったの!
おにいちゃんを探してたよね!?」
僕の顔を確かめるなり、攻めるように問い詰めて来る。……無理もない。僕が悪いんだから。
「それは……」
「おにいちゃん知ってるようだったよね!?ねえ、なんなの!?なんであんな風に襲われたの!?」
「わかった……全部話すよ……」
もうこれ以上は隠すことはできない。隠したとしても、気付いてしまうのは時間の問題だろう。
麻理のためにも、この事は教えておいたほうがいいだろう。
「あのね、落ち着いて聞いて。僕はね……」
それから僕は、麻理に全部話した。高校に入ってからストーカーにあっていたこと。
頻繁にメールが送られてきたこと。そして、昨日の襲撃がストーカーによるものだったということ……
話しが進む度に、麻理の顔は暗くなっていった。

「そんな……高校に入ってからなんて……もう二年近くもストーカーにあってるじゃない!
なんで私に相談してくれなかったの?」
「麻理には……心配かけたくなかったんだ。僕のことで麻理の高校生活を壊したくなかったんだ!」
「で、でも……私、おにいちゃんのことなら、なんだって耐えられるよ?おにいちゃんが
一人で苦しんでるのなんて……見ていられないよ……」
「ごめんな、麻理…」
「ううん……でも、このままじゃダメだよね。うん、ストーカーをやっつけようよ、おにいちゃん。」
「やっつけるって……そんなの穏やかじゃないなぁ…」
「別に物理的にやっつけなくても、精神的に…ストーカーがおにいちゃんの事を諦めればいいのよ。」
「…どうやって?」
「例えば……面と向かって『嫌いだ』って言ったり……多分、そのストーカーは
おにいちゃんのことが好き……というより、あまりに純粋すぎる愛が狂愛にかわっちゃったのよ。」
「純粋すぎる愛?」
「うん、ストーカーは、恨みから来るものと、愛から来るものがあるのよ。おにいちゃんは……
前者はありえないわね。」

「なんで?」
「おにいちゃんは馬鹿がつくほどお人好しだからよ。」
む。それは褒められてるのかけなされてるのか……複雑な気持ちだ。
「……ていうか、心当たりないの?昔自分に惚れた女の子がいるとか……
あんまりいてほしくないけど……」
「い、いるわけないよ。僕だよ?」
「はぁ………それだからストーカーに狙われるのよ…」
それにしても麻理は強いな。さっきまで気絶してたっていうのに。最近の女の子は度胸があるよね。
「あ、学校の時間だよ。ほら、麻理。準備しなくちゃ。」
「……なんでそんなに普通なの?…おにいちゃんは……」
時計を見るともうギリギリだった。急いで着替え、学校の準備を済ます。すると……
ピンポーン
玄関のベルがなった。昨日の事のせいで、麻理と二人でかたまってしまうが……
「おーい!かいとー!学校いくよー!」
その不安はすぐに消え去った。いつものように沙恵ちゃんが迎えにきたのだ。
「あ、沙恵ちゃんだ。ほら、行こう、麻理。」
だが……
がしっと麻理に腕をつかまれ、動けなかった。
「待って!おにいちゃん。……沙恵さんがストーカーかもしれないよ?」

「は?あはは……まさか。沙恵ちゃんがストーカーなわけないでしょ?ほとんど
毎日一緒にいるんだから…」
いくらなんでもそれは無茶があり過ぎだぞ、麻理。
しがみついて止めようとする麻理を、引きずりながらも玄関にむかう。
「や、いや、だから、その……沙恵さんとは一緒に登校しないで……私と一緒にいこう?」
「だったら、沙恵ちゃんも一緒でいいでしょ?そのほうが、ストーカーが来ても
二人同時に守れるしさ。」
そう。守るのは麻理だけじゃない。沙恵ちゃんだって危険なんだ。
それでも腰にしがみついて離さない麻理を無視し、玄関の戸を開ける。
「おはよ、沙恵ちゃん。」
「おっはよ〜!海斗!。今日も一緒に元気に登校……し…よ?」
毎度の事ながら、朝からハイテンションな沙恵ちゃんだったが、僕に抱き付いている
麻理をみたとたん、一気に顔が暗くなる。
「ふぅん…朝から抱き合ってるなんて、仲いいんだね。兄妹のくせに。」
「ち、ちがうって、沙恵ちゃん。抱き合ってるなんてないよ。麻理がしがみついてるだけだよ。
ほら、麻理…」
いいかげん麻理をひっぺがす。

「ほら、麻理。そんな恥ずかしいことしてないで、早く行くよ。」
「うぅーぁー……」
なるべく沙恵ちゃんに昨日の事は悟られないように、あくまでも自然にいこう。
「ささっ!遅刻しちゃうよ。妹さんはほっといていっくよー!!」
ガシッ
「う、うわっ!沙恵ちゃん、走んないで!」
今度は沙恵ちゃんが僕の腕をつかみ、走って引っ張っていく。
「あ、こらぁ!まちなさい!おにいちゃんをはなせー!!って聞きなさいよ〜!!」
麻理が目をつり上げておっかけてくる。良かった……いつもの麻理だ。
昨日の事を引きずったままではないようだ。
「はっはっはっ……ね、ねえ、海斗!」
「……な、なに?」
沙恵ちゃんがまだ僕の腕を引っ張りながら話し出す。
「う、ん…はっ……き、今日だ、け……部活…や、休めない?」
「…え、えぇと…なんで?」
さすがに理由がないと休めないけど……
「うん……海斗に……話……大事な話が…あるんだ…」
心なしか、沙恵ちゃんの横顔はいつもより寂しく見えた。ここで断ったら……
もっと悲しい顔をするんだろうな。沙恵ちゃんの悲しい顔は見たくない。
「うん、いいよ。じゃあ放課後は一緒に帰ろうよ。」
「……うん!よぉーしっ、ボク、今日の授業頑張っちゃうよ!」
「うああ!」
さらに沙恵ちゃんはスピードをあげる。さすが陸上部。ぐんぐんスピードが伸びる。
そんな速さの景色は、いつもストーカーに追われているものとは違い、
とても気持ちいいものだった……

10

放課後……
いつもように帰り支度をする。……とはいえ、今日は少し違う。沙恵ちゃんが大事な話がある
というのだ。
そのせいなのか、今日一日、沙恵ちゃんはずっとボーッとしていた。話しかけても上の空だし、
お昼もいつもなら一緒に食べるのに、今日は一人でふらふらとどこかに行ってしまった。
………これは余談だが、今日に限って僕以外の男子とよく喋っていた。……まぁ、別に沙恵ちゃんは
ただの幼馴染みなんだからさ、誰と話してもいいんだけど……
なんか……悔しいな……結構楽しそうに話してたしな……
っと、そんなこと考えてる場合じゃない。その沙恵ちゃんから話があるんだ。
「えっと……あ…」
今日を見回すと、丁度沙恵ちゃんがこっちに向かってきていた。その顔には相変わらず不安を
まとっている。
「い、いこっか……海斗……」
「うん…どこで話すの?」
「えっと……他の人に聞かれたくないから……ボクの部屋まで、来てくれる?」
「…わかった。」
沙恵ちゃんの部屋か……よく考えればしばらくいってないな……恥ずかしいっていうのが
理由だったけど。

帰り道でも、沙恵ちゃんは焦ったような顔をして僕の前を歩いていく。
二人の間に会話はいっさい無い。……なんだかいつもと違う。間が持たない。
なんで沙恵ちゃんは話しかけてこないんだろう?いつもみたいに今日あったこととか……
昨日のテレビの事とか……なんでもいい、沙恵ちゃんと話したい。
今日ずっとまともに話してないだけで、心の中のモヤモヤが急激に膨れ上がっていく、
もう……今の僕に沙恵ちゃんが必要不可欠となっているんだ
……たとえストーカーのことで落ち込んでも、沙恵ちゃんが居たおかげでやってこれたんだ。
もしかしたら……そのストーカーの事がばれて……もう近付くな……とか…ああ…だとしたら…
そんな事を考えたせいか、目の前が真っ暗になり、クラクラしてきた。
いやだ……沙恵ちゃんだけは失いたくない……
不安に心が押し潰されそうな状態で、僕は沙恵ちゃんの家にあがり、部屋まで案内される。
「そ、それじゃ、適当なところに座って。」
言われたとおり、テーブルの前にある座布団の上に座る。沙恵ちゃんも、僕と向かい合うように座った。

「あの……沙恵ちゃん…話って……なに?」
「う、うん……えっと、あはは……」
歯切れの悪い笑い声を出し、気まずそうに目をそらす。ここは……沙恵ちゃんが話し始めるまで待とう。
沙恵ちゃんは何度か深呼吸を繰り返したあと、覚悟を決めたように話だす。
「あのさ……海斗……今日一日、私達あんまり話さなかったじゃない?学校で…」
「う、うん。」
「それに、ボクも他の男子とよく喋ってたじゃん?」
「うん……」
「か、海斗はさ、今日ボク達がこんな状態でいたのを……その……どう思った……かな?」
さっきまで考えていたことを読まれていたかのような質問され、内心物凄く驚いている。
「えっと……」
「………」
沙恵ちゃんは真剣な目で僕を見て、反らすことはない。これは……僕も真面目に答えるべきだな……
「うん…正直、モヤモヤしてた。沙恵ちゃんが、他の人と仲良くしてて……
僕が相手にされなかったのが。
でも、それを口に出したら……なんか、嫌な男みたいだからさ……黙ってたけど……
沙恵ちゃんにそう聞かれるなら、今言ったことが本心だよ。」

それを聞くと沙恵ちゃんは、なにやら俯いたまま体を震わしている。
「……った…」
「え?…」
「よか…った…よぉ……」
気付けば沙恵ちゃんの目からは涙が出ていた……それが何の涙なのか理解できなかった。
「さ、沙恵…ちゃん…」
今までたまっていた不安がいっきに爆発し、沙恵ちゃんを抱き締めたくなる。
「だって……だ、ってね……最近……海斗、ボクといる時間が少なくて……学校だって、
行く時は一緒でも……帰りは……ボクの部活待ってくれないようになったし……」
それは、ストーカーの行動が危険を増したからだ。暗くなった校門で、一人待つのは危なかった。
「……それで…それで、一人で帰るのも…うぅ…すごく寂しくて…ひっく…気がついたら…
知らない間に…ぶ、部活の…先輩と仲良くなってて……」
ああ、確かに。秋乃葉先輩とは最近になって急激に近付いたような気がする。
「い、妹さんとも……スン……急に……ひっく……兄妹以上に……仲良くなって……
ぼ、ボク……すごく……うぅ……すごく不安だったんだよ……」
ああ、僕はなんてことを……

沙恵ちゃんをストーカーから遠ざけようとしたのは、それだけ沙恵ちゃんが大切だったから
じゃないか。妹の麻理より、ストーカーから守るのが簡単だと考えていた……
でも、そのせいで沙恵ちゃんがこんなにも悲しんでるじゃないか。僕がしたかったのは
こんなことじゃなかった……笑って欲しかったんだ……
「……ボク、嫌な娘だよね……ちょっと海斗と離れただけで、こんなに不安になって……
海斗と一緒にいる女の子を、うらやましく思ってた。」
僕が悪いのに、沙恵ちゃんが悪く思う必要なんてない……
「だ、だから……ボク…決めたんだ……こんな思い、二度としたくないから……海斗に…は……
ボクとずっと一緒にいてもらいたい……」
もう沙恵ちゃんの目からは涙が止まり、声もしっかりしていた。そして、一度姿勢を直すと、
また僕の目を真っ直ぐ見た……
「正直にいいます……ボク……ううん、私は、幼馴染みではなく、一人の女の子として
海斗が好きです……だ、大好きです!だ、だから、恋人として私と付き合ってください!
もう……幼馴染みの関係はいやだから……海斗を…愛しているから…」

……薄々気付いてはいたけど……やっぱり直接言われると少し戸惑う。
「…ほんとに僕なんかでいいの?」
「うん!か、海斗じゃなきゃやだっ!今までも……これからも、海斗だけが好きだから……」
「…うん、ありがとう……うれしいよ。」
そう言って沙恵ちゃんを抱き締める。ああ、よく考えればこうやって沙恵ちゃんと抱き合うなんて
初めてかもしれない。近すぎて遠かった。
そんな沙恵ちゃんにやっと触れる事ができた。
「うぅ…あぁ…か、かいとぉ…うれしいよ。……私も……うれしいよぉ。……うぐ……ひっく…」
また僕の胸の中で泣き始める沙恵ちゃん。いつもとは違う。こんなにも小さかったのかな、
沙恵ちゃんの体……
「いい?浮気したら許さないんだからね?私以外の女の子て話したりするのは
必要最低限にすること!わかった?」
「うーん…む、難しいなぁ。家には麻理もいるし…」
「……そろそろ麻理ちゃんも兄離れが必要だよ。…いつかは別れるんだから。」
「うーん…そうだね……」
麻理とはストーカー撃退同盟を組んだばかりなんだけどなぁ……
〜〜♪
くそっ、またこいつか。こうタイミングよくメールが来るもんだ。……沙恵ちゃんの部屋も
僕と同じでカーテンが開いてると外から見えやすいのか……
じゃああいつはまたこの部屋を覗き見てるのか?………だったら、彼女には諦めてもらうような
光景を見てもらおう。
「沙恵ちゃん。」
「え、え?」
「僕は沙恵ちゃんが大好きだ。愛してる。……だから、沙恵ちゃんを抱きたい。…いいかい?」
沙恵ちゃんは驚いたような顔をしたが、一息置いて……
「うん……いいよ…んぅ…」
同意の返事として、キスをしてきた







〜〜♪♪〜〜♪♪♪
『や、やめようよ、ね?海斗君。そんなことしたら、私、君を殺さなくちゃいけなくなるよ?
鬼ごっこ終わっちゃうよ?
ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ!やめてよ!やめてってば!!!ああ、もう!!!!嫌!!!
本当に殺すからね!!君も!!その女め殺すからね!?』

To be continued.....

 

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