キーンコーン…
「ふぅ……おわった……」
五時間目の数学が終わり、帰りの準備をする。体育後の授業ってなんでこう眠いんだろ。
ましてや窓際なんて最高の位置だ。
鞄を持ち、部活に行こうとすると………
「かーいとっぉ!」
教室のど真ん中から沙恵ちゃんに大声で呼ばれる。
(クスクス…相変わらず仲良いわね、あの二人。)
(ああ、クラス一のバカップルぶりだな。)
ああ、もう。僕と沙恵ちゃんはそういうんじゃないのに。あんなふうに呼ぶから
誤解されちゃうじゃないか。
「な、なに?どうしたの?」
慌てて沙恵ちゃんの元に行き、用事を聞く。はぁ、近付く度にそんなに嬉しそうな顔されたら
怒れなくなっちゃうじゃないか。
「うん、今日ボク、部活が休みだから一緒に帰らない?最近一緒に帰らないからさ。」
「あぁっと……こ、ごめん、今日は僕が部活あるんだ…」
「あ…そ、そうなんだ……ふぅん…」
そう聞いた途端、急に悲しそうな顔をする。罪悪感が積もるが、
さすがに部活をさぼる事はできない。確かに最近一緒には帰ってはいないから
気持ちはわかるけど………
「うん…だから、ごめんね?」
「いいよ……美術部って……あの美人の先輩もいるの?」
「え?そうだけと……別にあの人だけっていうわけじゃないし…」
「ふーん……いるんだ…やっぱり。」
「沙恵ちゃん?」
「ううん!なんでもないのっ!ほらほらー、ボクの事は気にしないで、部活に行った行った!
ボクのせいで遅刻しただなんて勘弁だからね!」
「あ、うん。じゃあまた明日ね。」
別れを告げて、今度こそ部室に向かう。
〜〜♪
また着信……とはいえ、全部が全部『あの』メールとは限らないので、
一応見とかなくちゃいけない。今回は……
『from麻理
今日の帰りにお醤油買ってきてよ、バカ兄貴。』
あいつは一言余計なんだよ。でもまあ、こういう頼みごとをしてくれる分、まだかわいいほうかな。
まったく無視されるよりはマシだな。
『to麻理
了解。』
簡単な一言だけ送信…
〜〜♪
と、また着信が……
『誰とメールしてるの?女の子と?そんなはずないよね?男友達とだよね?(-_-#)』
「っ!?」
辺りを見回す。この学園は人口が多いので、どこにいても多くの人がいるため、特定は出来ない。
僕は怖くなって部室へと駆け出した……
「はぁ、はぁ……あ、こんにちは、部長。」
「あ、海斗君。こんにちは。」
ぺこりと僕なんかに礼儀よく頭を下げる先輩……さっき沙恵ちゃんが言っていた、
美人……秋乃葉 華恋(あきのは かれん)先輩だ。
いわゆる学園のアイドル。成績優秀、頭脳明晰。お洒落だけどケバいような派手さではなく、
まさに清楚といったタイプ。
運動は苦手なようだけど、そこがまた人気のポイントにもなっているようだ。
こんな絵に描いたような人がいるなんて、会ってみるまで思いもしなかった。
「どうかしたんですか?息を切らして?」
「あぁ、いえ。ちょっと走ってきたんで。」
「ふふ、せっかちさんですね。まあ、私も早く来過ぎちゃって、今一人で描いてたんですけど……」
「ええ…あはは…」
昔から沙恵ちゃんみたいな元気な女の子を相手してきたから、華恋先輩みたいなタイプはどうも苦手だ。
「そうだ、今日の部活は自画像を描きますから、海斗君……私とペアになってくれますか?」
「え?僕なんかと?」
「海斗君は謙遜しすぎです。美術部の中じゃ、抜き出た実力を持ってますよ?」
「はあ、部長に言われるとうれしいですけど……でも、部長とは差が有り過ぎますよ。
さすがに美術推薦で進学する実力の持ち主にはかないません。」
そう言われると、部長は嬉しいような困ったような顔をした。きっと褒められる事に
慣れていないのだろう。これから先、部長は褒められる方が多いと思うのに……大変だな。
部長の隣りに座り、鏡を見ながら自分の顔を描く。この部活は大抵二人一組となり、
たがいの絵を評価する……そんな方針だ。
(……おい、海斗の奴、秋乃葉さんとペアになってるぞ。)
(うわー、いいなあ。俺だってまだペアになったこと無いのに。)
(つーか秋乃葉さん、男子とペアになるの初めてじゃないか?)
気付けばぞろぞろと部員が集まり、いつものように自然と部活が始まっていた。
絵を描くのに集中すると、周りが見えなくなるため、いつも人が来るのに気付かない。
「海斗君。終わりましたか?」
「ええ。一応、簡単には。」
互いに絵を見せ合う。
「うふふ、ちゃんと描かれてますね、海斗君のかわいい顔。」
「へ?あ、ありがとうございます。」
「そうですね、この顎のラインが……」
部長から指導を受けた後、僕が部長の絵を見る番。その絵は……
「…綺麗だ。」
「え?」
ごく自然に、この言葉が口から出た。それぐらいに、部長を丸写ししたかのように美しかった。
当の部長は…顔を真っ赤にして俯いていた。
「あ!い、いや、そういう意味じゃなくて…あのー、絵が綺麗という……あぁ、その、
部長も綺麗ですよ?……って僕、何いってるんだろ?ははは……」
「う、ううん。その……うれしい、です。」
なんだか恥ずかしくなってしまったので、再度絵を描くのに集中する……はずだったが、
なぜか……何が不安だったんだろう。僕は。
「あの…部長?」
「はい?」
「部長って、携帯もってます?」
「ええ、ありますよ。」
そういって、ポケットから可愛らしいストラップの付いた携帯を取り出す。
「えっと……よければ、アドレス教えてくれませんか?」
(((!!!!)))
周りが驚きに満ちるのがわかった。馬鹿だな、僕は。部長がストーカーな訳が無いし、
アドレスを教えてくれるわけないじゃないか。
でも部長は、少し考えた後に………
「いいですよ。」
と、うなずいた。
((((ナ、ナンダッテー!!?なんで海斗の奴が!?))))
「い、いいんですか?」
「ふふ、海斗君から聞いてきたんでしょ?」
そう笑いながら、アドレスを書いたメモを渡される。正直、まったく逆の結果に内心大慌てだった。
「あ、ありがとうございます…あとで、送りますんで。」
「ええ、楽しみにしてます。」
ああ、なんだか今になってまた恥ずかしくなってきた。うん、今度こそ集中して描こう。
……ちなみにそのアドレスは、ストーカーの物とは違った……当たり前か。
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「うわっ。もうこんな時間!?」
気付けば七時丁度だった。美術部は時間が決まっておらず、好きなように帰っていい上、
部室が学園とは別棟にあるために先生が声を掛けることもない。
だから集中のし過ぎで誰もいない……なんてことはたまに有る。
「あら、まだやってたの?海斗君。」
「あ、部長もまだ残ってたんですか?」
「ええ、今度出展する作品の準備を、ね。」
僕が片付けをしている間、部長はなにやら部屋をウロウロしている。
……まさか、待っててくれてるのかな?
「あの…部長?」
「え、え?」
「家まで送っていきましょうか?」
嗚呼、僕はまたなんてことを……でも夜道を一人で帰すのは気が引けるし……
「うん。お願いしちゃおうかな?」
「わかりました。家は、どの辺りですか?」
「自然公園のすぐそば。」
「ああ、じゃあ僕の家に行くまでの途中にありますね。
僕の家、その先の商店街を抜けたところなんですよ。」
「ふぅん…よかった、途中まで一緒で。」
「ええ。今の時代、変な奴が多いですからね。夜は特に、気をつけないと。」
自分で被害に合ってるんだから、世話ないな。……もし部長に被害が及ぶようなら、
なんとかしと守らないと……
「よし。じゃあ帰りましょう。」
「はい。」
笑顔の部長と一緒に部室を出て、僕達は校門へと向かった。
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相変わらずこの学園は、もとい、この街の街灯は少ない。百メートルに一つ、
有るかどうかも怪しい。校門にだって一つしかない。これじゃあ本当に襲われたらたまらない。
「それにしても、この街って暗いですよね。特に夜は。」
「ええ、そうでよすね。本当に……あら?」
部長が何か気付いたらしく、凝視する。僕も部長の目線の先に目をやると、
校門の灯の下に一つの人影が。
そこに座り込んでいたのは……
「あ……海斗…」
「さ、沙恵ちゃん?……どうしたの?」
先に帰ったはずの、沙恵ちゃんだった。 |