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ハーフ&ハーフ



『プロローグ』

季節は春。出会いと別れが溢れる、良くも悪くも変化に富んだ季節です。
しかし変化が必ずしもいい事とは限りません。もしかしたら変わってしまう
ことで不幸になってしまうこともこの世には腐るほどあります。
そしてそれはこの女の子にも当てはまります。

但し、不幸なことに彼女の場合はそれが普通ではなかったことだった

「プロローグ」

 

「みなさん、今日は転校生を紹介します。なんと可愛い女子ですよ?男性生徒は喜びなさい。」

クラス担任の先生から転校生の紹介、しかも可愛い女生徒となれば喜ばないにしても
少しは気になるっていうのが男子生徒ってもんです。
案の定男子生徒の中には「やったーー!!」や「ヒューヒュー!!」
と騒ぎ始めた生徒もいるようだ。

「はいはい静かに!それでは紹介しましょう!入ってらっしゃい!」

静かに引き戸から入ってきた女性生徒は……はっきり言えば普通であった。

ちょっと肩に掛かるくらいのセミロングの髪
女子としては平均的な身長に体形
人懐っこそうな目に、普通に収まっている鼻に口……

どこをどうとっても普通の女の子であった。
名前と性格以外は……
女の子は黒板の前まで歩き、チョークで名前を書いた。

「半 文子」

「え〜、こほん。私の名は「はんふみこ」です。決して、決して
「はんぶんこ」では無いです!!「はんぶんこ」と呼んだ奴は殺します。それじゃ、よろしく!!」

「はんぶんこだって?あはははははは、面白いなごぶっ」

一人の男子生徒が言い終わる前に文子はダッシュで飛び膝蹴りを顔面に食らわせていた。

「私の話……というか忠告聞かなかった?「はんぶんこと呼んだら殺すから」って。
次は無いわよ……判った?」

クラスにいた全員が顔面が陥没した男子生徒を踏み付ける文子を見て、深く肝に命じた。

一ヵ月後

「文ちゃーん、今度のバレーボールに助っ人に来てー!!」
「あ!文ーー!!頼む!!100M競争出てくれ!!」
「おーい、半分………ごふっ、な、なんだよ冗談、いたたたほ、骨折れる!!」

禁句さえ言わなければその他は明るくてスポーツ万能の文子はクラスに溶け込み、
クラブの助っ人や男女関係なく遊んだりとすっかり学校に馴れ始めた。
そんな新しい学校生活が始まって二ヶ月後、事件は起きた。
なんと文子に彼氏が出来たのだ!!
お相手は隣のクラスの佐々木博史という男子生徒だった。
既に学校ではスポーツ万能で有名だった文子に彼氏が出来たことに学校中が大騒ぎになり、
校内新聞に載るほどだった。

出会いは今から二週間前に遡る……

学校の近くにある商店街を文子はのんびりと歩いていた。

うん、この街は中々良いわね。あんのクソオヤジの転勤話を聞いた時は
「1人で単身赴任しろボケ!!カス!!」って言ったけどいざ来てみると
学校も意外に早く打ち解けたし交通や買い物も便利で気に入ったわ。
何しろ全部が家から歩いて10分以内なんだもん。
ここまで好条件が揃えば気に入らないわけないわ。家が前より狭くなったのは我慢我慢っと。

のんびりと散歩がてら買い物をしていたら、何やら人だかりが出来ていた。

ん?商店街のど真ん中で何だか騒動でもあったのかしら。ちっ、通行の邪魔ね。

野次馬を掻き分けて騒ぎの元を見てみると、いかにも不良と言わんばかりの
ゴロツキ5人がなんだかひ弱そうな男を取り囲んでいた。

「てめえ!!もういっぺん言ってみろ!!」
「で、ですから道の真ん中で座り込んで話をするのは通行の邪魔です、と言ったんです」
「へん!いい度胸だな!!」

多勢に無勢というのか、ひ弱な男はゴロツキ5人にフクロ叩きにされてしまった。

あーあ、弱いものなんかいぢめちゃって。ま、私にゃ関係ないか

「あーすいません、通りますよー」

申し訳なさそうに横を通りすぎようとした文子。
しかしゴロツキの一人と目が合ってしまい

「あん?なんだお前!!邪魔するのか、チビが!!」



「大丈夫?立てる?」
「あ、はい。大丈夫です。助けてくれてありがとう。」
「あー、うん、まあ……そういうことにしとくか」

文子の足元にはさっきまでイキがっていたゴロツキ5人がモザイクを掛けなきゃ見れないほど
「人」として原型を留めていなかった。

「あ、俺の名前は佐々木博史っていうんだけど、君の名前は?」
「あ!え、え、名前?あ、あー、半文子っていうけど……」
「へー、文子ちゃんか。古風で良い名前だね」
「え!良い名前?良い名前……」

今まで名前のことでバカにされたことは数多あったけど、「良い名前だね」と
言われたのは初めてだわ。
ちょっと嬉しい……かも

文子がぼーっとしていた時、不良の一人が立ち上がり、近くにあった木の棒を
振り上げて文子に襲ってきた!

「死ねーー!!」
「あ!危ない!!」

文子の頭に当たる直前、博史が文子を突き飛ばして身を挺して庇った!!

「ぐっ!!」

博史はまともに木の棒を背中に受けて、倒れこんだ。

「おーおー、女を庇うたぁお優しいこって。それじゃあお前から先に……!!!」

殺気を感じて振り返ったその時、不良は見た。文子から立ち昇る怒りの赤オーラを。

「な、何だお前。やるってのか?……う、う、うわーー!!」


「ちょっと、怪我とかない?大丈夫?」

向かって来た不良を壁にめり込ませて文子は助けてくれた博史に駆け寄った。

「ちょっと背中が痛いけど、何とか。けど助けたつもりがまた助けられちゃったな」

ちょっと恥ずかしいのか博史は、はにかんだ笑顔をしていた。

ドクン

「殿!城攻めの準備が整いました!!」
「うむ。あの難攻不落の城、落としてみせる!!城攻め開始!!」

自分でも動悸が激しくなったのが判った。
あれ?おかしいわね。この助けたモヤシ男の笑顔を見ていたら何か……心臓が熱いな。
たぶん疲れているのね。うんそうだわ。ここんところ色々あったから。

この場は適当に話を切り上げ、文子は逃げるように走っていった。

しかし次の日

「あ!やっと見つけた。文子ちゃーん!」
「ん?……あ、あんたは!ど、ど、ど、どうしたのよ。な、な、な、何か用?」

いきなり教室に現れた佐々木博史に文子は冷静を装っていたが、動揺してしまい、
どもってしまった。

「うん、お昼でも一緒に食べようと思って。どお?屋上で」
「お、お、お、屋上!い、い、いいわ。行きましょ」

な、何で急に来るかなこの男は。まあいいわ。こいつのことをもう少し知っておくのも悪くないわ。
べ、別に嬉しくないんだから。本当なんだから!

必死に自分自身に言い訳しつつ、顔が真っ赤になっていた文子は、博史の後に付いて屋上に行った。

「殿!内堀も埋め終わりました!本丸に切り込みましょう!」
「うむ。ついにこの時が来たか……。皆の者行くぞ!!」

「え!佐々木くんってそんなに頭良いの?」
「博史でいいよ。……そんなことないよ。今の成績なら何とかなるし、
金銭的にも国公立の方が安いしね」

文子の脳みそには

国公立の大学=天才

とインプットされているので、そこを受験するということは少なくとも自分よりも
遥かに頭が良いってことは分かった。

私なんて真っ赤っ赤かか、よくてギリギリだもんな……

「文子ちゃんは進学するの?」
「文子でいいわよ。……そうね。どうせ私の学力じゃ大学は無理だし……はなから諦めてるわよ。」

何?もしかして自分の頭が良いのを自慢してんの?えーえーそうですよ!
あんたは大学を受験できるぐらい頭が良いんでしょうけど、私なんか頑張ったって
せいぜい専門学校止まりよ!そうやって頭悪い人間馬鹿にして楽しい?

文子は我慢出来なくなって文句の一つでも言ってやろうと博史の目を見た。
しかし、その目に映っていたのは蔑視や嘲笑ではなく、ただただ自己卑下していた自分の姿だった。

あれ?え?え?何で?何でよ!頭の悪い私を馬鹿にしてんでしょ?違うっていうの?
そんな目で見ないでよ……自分自身が馬鹿みたいじゃない……

「そんなに自分を卑下しない方がいいよ。人にはそれぞれ向き不向きがあるんだから。
例えばいくら頭が良くても昨日みたいに不良に絡まれても何の対処も出来ずに
やられっぱなしだった自分とそれを助けてくれた文子ちゃん……もとい文子。
果たしてどちらが人として上か下か分かる?」
「え?そ、それは……うーん……」

急にそんな哲学的なこと言われても……分からないわよ

博史は食べていたパンの袋などのゴミを片付けて、立ち上がった。

「たぶん急に言われても分からないかもしれないけど、人の価値を一面だけで
判断しちゃ駄目ってこと。その人全部を見てからでも遅くないよ」

全てを悟っているかのような口振りで、博史は屋上を後にした。

人の価値……考えたことなかったわ。

それから博史はことあるごとに文子の教室へやってきた。
帰宅時、昼休み……
最初こそ文子はめんどくさそうにしていたが、いつのまにか博史のことばかり
考えてしまう自分がいた。しまいには

放課後のひとコマ 教室にて
「博史、今日は来るの遅かったわね。どうしたの?」
「ごめんごめん。ちょっと数学で分からないことがあったから先生に教えてもらってたんだ」
「そう……」

文子は眉間にシワを寄せて、明らかに機嫌がわるそうだった。

「それなら許してあげる。じゃ、帰りましょ」

文子はそう言って博史の手を握り、顔を真っ赤にして帰っていった。

こんな生活を暫く続けていたある日、運命の日はやってきた。
この日、放課後に屋上に呼び出された文子は博史の姿を見てにやける顔を必死に押さえつつ、
近づいていった。

「どうしたの?急に呼び出したりして。」
「うん、どうしても話したいことがあるんだ」

何か変な雰囲気ね。緊迫した空気……そんな感じだわ。それにしても今更話なんて
あるのかしら。大体のことは話尽くしているような……。!ま、まさか!!

「うだうだ考えていてもしょうがない!文子!俺の彼女になってくれ!!」
「!!!!!!!」

あーびっくりした。話しってそれか。答えなんてもう決まっているわ。今更考えるまでもない。
もう少し遅かったら私から告白していたわね。でも博史に出会ったおかげで初めて分かったわ。
この燃えるような心………そう、これが……恋。初めて会った時に生まれた心……

「殿!見て下さい!!本丸が燃えております!!」
「難攻不落と言われた城が遂に落ちたか……」

「うん……うん!彼女になってあげるわ!特別だよ!感謝しなさいよ!!」

目に涙を溜め、精一杯強がっているが、顔から滲み出る嬉しさと手足の震えは隠しようがなかった。

そんな青臭いラブラブワールドを展開していた二人だったが、反対側の校舎の屋上にいる
人物の怒りの視線には気が付かなかった。

そしてこの時、学校の近くの公園で事件が起きた。本来なら文子には全く関わりが無いし、
知ることも無かったはずだったが、この事件の波紋は意外な形で文子に降り掛かるのであった……

第1話 『嫉妬と裏切り』

「あれ?おかえりなさい。見回り早かったですね。」
「…………」

三井久美子(みついくみこ)は周りの教師が話しかけても沈黙のまま自分の椅子に座り、
怒りに耐えていた。
多分教師になって一番……いや2×歳生きてて一番忍耐に忍耐を重ねている瞬間だった。
そして我慢しているその姿は恐ろしい、としか形容出来なかった。顔のあちこちに血管が浮き出て、
下唇を強く噛みすぎて血が垂れ、目尻は吊り上がった上に充血し、
手に持っているボールペンは真っ二つに折っていた。
普段の朗らかで明るい様子しか知らなかった他の教師はその異様というか、
暗黒のオーラに近付けないでいた。

何事かと噂していたその時、久美子は勢い良く椅子から立ち上がり、
「ちょっと暗室へ行ってきます」と言い残して職員室を後にした。

この学校にはもともと写真部はあったのだが、部員がいなくなってしまい、
今では元顧問の久美子の私室と化していた。

このデジカメ全盛の時代でも久美子は昔ながらの印画紙が大好きだった。
「撮った」という感覚が強く残る上に、人物だけでなくその場の空気まで撮っているようだったからだ。
暗室に入り、鍵を掛け今日写した写真を現像すると、その写真には全て博史が写っていた。
登校時、授業風景、お昼休み、放課後の補習……、そして問題の屋上での告白シーン。
博史の写真を見てニコニコしていた久美子だったが、最後の告白シーンの写真を見た瞬間
怒りが湧いてきた。

あの転校生!!よくも私のヒロくんに手出ししたわね!転校早々私のヒロくんに手出しするなんて
いい度胸だわ!!……私の、私だけのヒロくん。初めて会ってから私は女子高生のようなトキメキを
覚え、ヒロくんが補習を私とワンツーマンでやった時は食べちゃうのを我慢するので大変だったわ。
ヒロくんが卒業したら即プロポーズして私のマンションで愛の営みをするっていうのが作戦だったのに、
あの!あの転校生がーーーーー!!!

怒りに我を忘れ、手に持っていた屋上での告白シーンが写っている写真を破り捨てた。

はあ…はあ…そうよ、ヒロくんは優しいからあんな塵の告白でも断りきれなかったのよね。
うんうん、先生は何でも知ってるんだから。そんな優しいヒロくんも大好きよ……そうね、
ヒロくんを困らせる塵は捨てないと。よし!まずは……

久美子は、壁という壁に博史の写真が張っている暗室を後にした。

翌日の放課後、久美子はとある人物を屋上に呼びつけた。呼び出した
久美子は真剣な面持ちに対して、呼び出された方は怪訝そうな顔をしていた。

「突然屋上に呼び出したりしてごめんなさいね。香苗さん」
「…………」

香苗と呼ばれた女子生徒は眉を顰めつつ

「先生、一体こんなとこに呼び出したりして何の用ですか?これから生徒会があるんですけど?」
「大丈夫よ。手間と時間は取らせないから。それに貴女にとっても悪い話ではないはずよ」

今度は胡散臭そうな顔をした香苗に対して久美子は

「単刀直入に言うわ。私と手を組んで文子を倒さない?」
「!」

香苗は表情を変えない。だがこの提案を頭で思考した

この教師自分で何言ってるか分かってるの?よりにもよって自分の教え子の生徒を倒すなんて……。
ただこの提案、中々面白いわ。別にこいつの手を借りなくても近いうちに文子にはこないだの
ソフトボールの借りを返そうと思っていたのよね。
うう〜〜、考えただけでこの腕の傷が疼くわ……。だが、この教師を無条件で信じるほど
オマヌケではないわ。こいつの狙いや目的を知って、逆に私が利用してやるわ!!!

「その提案の返事の前に幾つか聞きたいわ。貴方の目的は?」

う、やっぱりその質問が来たか。……どうしよう。下手に真の目的を話せば後々までに
弱味を握られるし、教師生命やヒロくんとの家族計画がパーになってしまうわ!!
ここは適当に嘘八百並べとくか。

「あいつが転校して来てから、クラスは乱れっぱなしだわ!!平気で遅刻するし、
授業中はいびきかいて爆睡……。体育だけは良いのにその他は全滅。テストなんて
見れたもんじゃないわ!!問題児1人のせいでクラスの空気が悪くなって、そのせいで
私の教師としての評価が悪くなるのは御免蒙るわ!!」

なるほど、要は自己保身ってことか……でもなぁ〜んか怪しいのよね。
まだ何か隠してるような……。

「もう1つ。「倒す」って言うけど具体的には?まさか殺せって言うんじゃないでしょうね」
「そこまで言わないわ。死んでくれた方が嬉しいけど、とりあえずこの学校から居なくなればいいわ」

ふむ……目指す所は分かったけど、手段方法は任せるってことか……。しかしこの教師、
自分の手を汚さずに事を成そうって考えてるわね。だめよ!イザとなったら
教師の権限を使わせてでも手伝わせるからね!!

「……いいわ。引き受けましょう。確かに文子は憎っくき敵だし、排除したいのは確かだわ。
ただし、あんたにも色々手伝ってもらうからね」

香苗が去った屋上で1人久美子はタバコを吹かせながら

これでお膳立ては揃ったわね。あの香苗なら陰湿なイジメや嫌がらせなどをして転校させる……
って所かしら。
私としては目的さえ果たせばあとはどうなってもいいし、脛に傷在りの香苗なんて
所詮捨て駒だしね……

「ごめんな文子、買い物につき合わせて……」
「別にいいわよ。私もスーパーに用事があったし」

放課後、「スーパーまで買い物に付き合ってくれないか?」という博史の誘いを文子は
「いいわよ」と言ってOKした。但し、恥ずかしさからか心では喜んでいても顔には出さなかった。

なーんてね。本当は用事なんて無いんだけど、博史と一緒に帰りたかったから嘘ついちゃった。
両親が共働きってことでよくスーパーに食料品なんか買いに行くんだ……とか言ってたけど、
意外にマメな性格かもね。
とにかく今日は買い物に付き合うふりをして、博史の趣味嗜好をよく把握し、その後家に行って
そのままお邪魔させて貰おうかしら。うん、その線で行こう!!

目的地のスーパーに行く途中、博史が「近道だから」と近くの公園を横切った。
ここは噴水や遊具が充実し、ちょっとしたデートスポットなのだが、文子は入った瞬間
言い知れぬ不快感に包まれた。

うっ……何これ、気持ち悪い。しかも少し臭い匂いがするわ。見た目は綺麗な公園だけど
ここ、何なのかしら。でも博史は何も感じてないようだし私だけかしら。とにかく
こんなとこはさっさと突っ切っちゃいましょ

しかし、博史はそんなこととは露知らずに公園について案内していた。

「どう?ちょっとしたもんだろ?この噴水はこの辺じゃ有名で待ち合わせ場所や
デートスポットとして使われるんだ」
「うっ……へ、へ〜、そうなんだ。じゃ、早く買い物行きましょ」

急かす気持ちを抑えて、文子は博史の手を引っ張るようにして出口へ急いだ。
だが、出口まであと少しという所で

「そういえばさ、すぐそこのでっかい木の下でつい先日殺人事件があって大騒ぎだったな。
何でも近くの高校に通う女の子が刺殺されていたって。」
「おえっ……ふ〜ん………」

博史の指差した方を文子は吐き気を我慢しつつ、何気なくその現場という木を見た。
見る限り普通の杉の木のようだったが文子はハッキリ感じた。この不快感や匂いは
あそこから来てる……そう確信した、その時

「やっと気付いてもらえたわ」
「ん?」

何処からか自分に語っているような声が聞こえて来た……ような気がした。

「博史?今私に話しかけた?」
「え?いや話しかけてないよ。どうしたの?」

周りを見渡してみても、今自分の周りには文子と博史しかおらず、かと言って
遠くから話し掛けられたような感じでもなかった。不気味に感じた文子は一秒でも
ここに居たくなかった。だが

「ずいぶん霊感が強いのね。私の声や公園の空気を感じるなんて……」
「だ、誰!どこにいるのよ!!」
「何処って……あんたの真後ろ」
「え!!!!!!!!」

それを聞いた瞬間、文子は全身の筋肉を使い真後ろに振り向きざま、
渾身の右ストレートを放った!!

「うりゃあああああああ!!!!」

もちろん右ストレートは空を切っただけだったが、声は聞こえてきた

「あ、あんた!!いきなり何するのよ!!危ないじゃない!!」
「何だか分からないけど、勘で殴りたくなったのよ!!」
「む、なによそれ!!なんて暴力女なのかしら!!よ〜し、こうなったら…」

やっと声が聞こえてこなくなってほっとした瞬間、文子の頭が少し重くなったような気がした。
だがそれだけじゃなかった

(お〜、入れたわ。私の声が聞こえる?)

なんと今度は文子の頭の中から直接声が聞こえて来た!!

「え?今度はどこにいるのよ?」
(あんたのあ・た・ま♪)

たぶん文子の意識でそうしたのではないだろう。よく「本能でそうした」
ということがあるように文子の本能がそうしたのだろう。まさしく「腕が勝手に動いた」
ってやつだった。
考えるよりも早く、文子の腕は自分の頭を本気で殴りつけたのだ!!

こめかみに拳が直撃し、三半規管にモロにダメージが出てフラフラと歩き
最後に一言「きゅう」と言って文子は視界が反転し、平衡感覚を失い、
意識が遠のく感覚の中で博史の呼びかけが少しだけ聞こえ、地面に倒れた。

(こいつ………真正の馬鹿ね)

第2話 『0,5+0,6=1,1ぐらい』

「どっこい……しょっと」

先程まで狂人と間違われてもおかしくない様な言動をしていた文子は、博史にベンチまで
運んでもらい、博史の膝の上に頭を乗せて目を回していた。
所謂膝枕という奴だが、出来れば俺が膝枕されたいな……などと思いつつ、
文子のこめかみに出来た、まるでマンガみたいなタンコブを優しく撫ででいた

しかし、さっきの文子は一体どうしたっていうんだ?急にぶつぶつ独り言を言ったと思ったら
突然誰もいない後ろを殴ってるし、しまいにはいきなり自分の頭を全力で殴って目を回して
ぶっ倒れるんだもんな。あれは錯乱していたというか……まさか二重人格とか分裂症とか精神病の類?
いやそれはないな。まだ付き合って日は浅いけどそういう素振りは全くといっていいほど無かったし、
別にそんな噂とかも聞かないし。せっかく買い物を楽しみつつデート気分を楽しんでいたのに……。
とにかく目が覚めたら何があったのか聞いてみるか。

 

「あはははは、うふふふふ、わ〜〜〜い楽しいな〜〜〜」
ここは文子の心の中。そこは
「クレヨンで書いた草原」
「クレヨンで書いた雲」
「クレヨンで書いた渦巻き模様の太陽」

が広がり、その中心を文子がクルクルと踊っていた。
一言で言えば「小学生の絵の中を錯乱した文子が踊っている」。正にそうとしか言えなかった。

そんな風景を冷ややかな視線で見つめる一人の女性がいた。

「こ、これは……もう最悪ね。いい年した女子高生がこの程度のイメージしか出来ないってことは
精神年齢は……アホらしくて言う気にもならないわ。」

心底呆れた女性は事態の整理を始めた。まず手始めに中央で頭に花を咲かせて
錯乱している文子を目覚めさせることにした。

「何時までアホ踊りしてんのよ!!起きなさい!!」

女性は頭でイメージしたトゲトゲバットを手に、文子のアホ顔めがけてフルスイングした!!

「ぐぼぁ!!!!」
「へ〜、ここではイメージしたことなら何でも出来るんだ。じゃあ……」

女性は自分自身をイメージした。すると今まで朧げだった自分の身体が徐々にはっきりと現れた。
色が付き、髪が生え、体のラインがはっきりと現れ、最後に顔の造形が出来て
自分がイメージしていた生前の姿形が形成された。完成した自分の身体を見渡して

「う〜〜ん、たしかもうちょっと巨乳で指が長かったような気がしたんだけど……。
しょうがない、これで我慢するか。っと忘れていたわ。」

鼻血を噴出して倒れていた文子を女性は叩き起こした。

「ちょっと!!何時までぶっ倒れてるのよ!!早く起きなさい!!」
「う〜〜〜〜ん、はっ!!」

女性の往復ビンタでやっと目が覚めた文子だったが、事態の把握が出来ていなかった。

「え、ちょっと、あ、あれ?一体……」
「はあ……とりあえず説明するけど、ここはあんたの心の中。今はあんた気絶してるから……
そうね、夢の中って言った方が分かり易いか。そして私は幽霊よ」

夢?夢なの?でもそれにしても何なのこのメルヘンワールドは……見てて恥ずかしいわ。
まあ夢はともかく……う〜〜〜ん、目の前にいる幽霊なんてほざいてるコイツの声
どっかで聞いたような……つい最近……

「それじゃ自己紹介するか。私は」
「あーーーーーー!!!思い出した!!!公園でブツクサ言ってた奴だ!!死ね!!」

文子は親の仇を見つけたような目をして左ハイキックを繰り出した!!
迷いのない、殺意丸出しの蹴りだったが、辛うじて女性は手に持っていたトゲトゲバットで防いだ。

「ちょっと!!少し落ち着きなさい!!私は別にあんたの敵じゃないわよ!!」
「うるさいうるさい!!私の頭の中から出て行けーーー!!」
「まず……私の話を聞けぇーーーー!!!」

女性は文子の動きを封じようと、今度は紐をイメージし、それを文子に投げつけた!!
まるで生き物のように紐は動き、文子の手足に巻きつき動きを封じた。
手足を封じられ、倒れた文子だったがさすがにしぶとく
「くんぬ〜〜こんなもん〜〜ぐぎぎ……」
「はあ……口で食い千切ろうってあんたは野獣か!!とにかく話を聞いて」
「ぺっぺっ!!だーれが聞くもんか!!この悪霊!!死霊のはらわた!!」

いきなり手に「50t」と書いてある巨大ハンマーを文子に突き付け、笑顔で最後通告を勧告した

「はーーーい、いい子だからお姉ちゃんの話聞いてね♪」
「ふんっ!!やなこった!!死にぞこないのあんたの話なんてだれが」

「う、うわ!!何だ?文子大丈夫?しっかり!!」

博史の膝の上で気絶していた文子が、突然全身に痙攣を走り、口から泡を吹き、
鼻と目から血が垂れ始めた!!

「と、とにかく病院だ!!文子!!気をしっかり持って!!」

 

「私はつい先日、あの公園の杉の木の下で数人の男どもにナイフでメッタ刺しされたのよ」
「……それで成仏出来なくて、化けて出てきたっていうの?」

このアマ……よくも私をハンマーで殴ったわね!!危なく御陀仏しちゃう所だったわ。
しかし……悪霊に取り付かれるなんて……

「う〜〜ん、本当なら成仏でもしちゃうんだろうけど、気が付いたらあの木の下にいたのよね……
呼べど叫べど誰も気付いてくれなくて、このまま地縛霊にでもなるのかなって思ってたら
あんたが現れたってこと」
「じゃあ、あんたの目的は?」

その質問をした瞬間、女性の雰囲気が変わった!今まで生前着ていた服が暗黒に、
いや服どころか女性全てが暗黒に染まった!さすがの文子もたじろぐ気迫だ

「決まってるわ!!私を殺した犯人たちを八つ裂きにしてドブ川に垂れ流すためよ!!」
「わ、わかったわ!!だからあんたの方こそ落ち着いてよ!!」

はっと気が付き、暗黒色は薄まり、前に戻っていった。

「復讐も大事だけど、アイツのことも心配だしね……」
「ん?何か言った?」
「え!?何にも」

はぁ………面倒事に巻き込まれたわ。どうしようかしら。こんな
赤の他人になんで手なんか貸さなきゃならないのよ!!やっぱり御免だわ!!

「つまり纏めると、成仏するために復讐を手伝えってこと?」
「ぴ〜んぽ〜ん♪正解」
「でもそれって私がやらなきゃならないんでしょ?やだ!!反対!!」
「それは最終手段だけど、まあそこは私のためにってことで………」
「やだやだやだやだやだ!!やーーだーー!!この年で犯罪者はいや!!」

すると女性の目が細くなり、鋭いナイフのようなトゲトゲしい空気が漂い始めた

「……言っておくけど、あんたに拒否権は無いのよ。出来れば穏便にことを進めようと思ったけど、
そこまで拒否するなら実力行使よ!!」

来る!!文子は迎撃の構えをしたが、何かおかしい……。女性の体がどんどん薄くなっていった!!
そして最期に……消えた。拍子抜けした文子だったが、突然声が聞こえ

「片方の「目」の感覚は渡すわ!!その目で見てみなさい!!」

 

「先生、文子の様子はどうですか?」
「はっはっ、そんなに心配しなさんな。こめかみのタンコブ以外は特に検査に異常はなかったよ。
まあ君の話の鼻血などは極度の興奮でなっちゃったんだろう」

突然の奇行や出血で心配した博史は、近くの総合病院へ連れて行ったが特に異常が無い
ってことでひとまず安心した。診察室のベットで寝ている文子を見てみると確かに見た目には
タンコブ以外には異常はないのだが、まだ言い知れぬ不安を感じていた。
とにかく今は暫く寝かせておこう、と考え一旦診察室を出ようと立ち上がった瞬間、
文子が跳ね起きた!!

「クケケケケケケ!!!キーーーーー!!」
「おい!!文子!!ここは病院だから落ち着いて!!……うわっぷ!ん?これは?」

博史の顔に何か被さって来たので、取ってみるとそれは文子の制服だった!!
ベットの上で暴れていた文子は何時の間にか服を脱ぎ始め、残りはしまパン一枚になっていた

「何も飾らない私を見て…………」
「文子!!正気に戻って!!君はそんなことをする子じゃないはずだ!!」

必死で押さえ込もうとする博史だったが、文子の怪力の前になすすべがなく振り払われてしまった!!
そして最後のしまパンに手を掛けた瞬間、文子の動きが止まった。

「ごめんなさい!ごめんなさい!!何でも言うことを聞きます!!復讐も手伝います!!
だから!!だから博史の前でこんな恥ずかしい格好はやめて!!!」

文子は心の中で今自分の体を操縦している女性に向かって土下座をしていた。
常勝無敗を誇った文子も、愛する彼の前で痴態を晒されるぐらいだったら
土下座でもなんでもするだろう。

何でよりにもよって博史の前で奇声を上げたり、裸踊りをしなきゃならないのよ!!
別に博史に裸を見られるのは良いんだけど、もうちょっとロマンティックな場所じゃないと。
こんな病院で、しかもキチガイじみて裸になっても意味ないわよ!!!

暫くして、靄が集まって人の形になり、あの性悪女が現れた。

「ふふん、どうやら魂のレベルやイメージ力は私の方が上みたいね。あんたがいても
私がこの体を乗っ取れるんだから。……で、私の復讐を手伝ってくれる?」
「仕方ないわ。それで気が済むなら。」
「あ、ちなみに私は強制はしないわよ。あくまでもあなたが「自主的に」手伝ってくれるって
いうんだったら手伝わせてあげるわ。」

ぐっ……文子!ここは我慢よ!今は言いなりになったフリでもしないとこれ以上は
精神科行きになってしまうわ!!

「……お願いします。手伝わせてく、下さい」

してやったり、と顔に書いてあるかのような笑顔で

「そう、それなら手伝わせてあげる。これで私とあなたは運命共同体ね。じゃ、改めて自己紹介するわ。
私の名は……名は……」

?何言い澱んでんのよ。もしかして変な名前なのかしら。
ウ○コ太郎とか山田万子だったら窒息死するほど笑ってやるわ!!

「…………私の名は羽明歩(はねあきあゆむ)。まあ、あゆむって呼んで」
「……………………………(ぼそっ)ハーフ」

今、この心の世界の支配者は歩だということを文子は身をもって知った。
空から落ちてきた足に下敷きになってしまったのだ

「誰がハーフよ!!!次その言葉吐いたらあんたの初めてはこけしにするからね!!」

薄れ行く意識の中で文子は初めて、悪霊こと歩に対して勝利の気分を味わっていた。

2006/09/09 To be continued.....

 

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