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巷説江戸風嫉妬絵巻



 私は幕府に仕える武士である。名は今日丸。この正月で三〇になる。
  私はかぽかぽと、長い街道を旅の行者を連れて馬に乗って歩いておった。
  尾張の国での二年の出張仕事を終えて、江戸へと戻っている途中であった。
「お侍様。次の宿場が最後でございます」
「左様かっ」
「はい。早ければ明日の夕方には江戸へ到着しますかと」
  行者の言葉に私は馬から乗り出して反応してしまった。
  うぬ、どうやら私は三〇になっても感情を抑えるのが苦手のようだ。
  この感情は、もちろん喜びだ。この二年、ずっと会いたかった気持ちが私の胸を支配する。
 
  私には江戸に一人の妻を残しておった。雪絵という女で、記憶が正しければ今年で二〇になる。
  私が言うのもなにだが、私にはもったいないぐらいの美人な女だ。
  まだ身を固めるつもりのなかった私に、お上が、妻として無理やりあてがった娘だ。
  こんな、幕府の一さむらいに過ぎない私の妻にされるとは、そやつにとってはなんと
  不幸なことだろうと思っておったが、雪絵は私をだんな様だんな様となぜかとてもよく慕った。
  雪絵は恥ずかしがり屋で内気な性格だったが、私にはとても心を開き、なにかあればすぐに
「だんな様の妻にしていただけて雪絵は幸せでございます」と口癖のように言う。
  妻なんぞ面倒くさいと思っていた私だが、そこまで慕う雪絵の健気で可愛い姿を見ると、
  心のそこからいとしいと思う感情に溢れ、雪絵を心から愛した。
  しかし、運命というものはなかなかうまくいかないものである。
  雪絵と過ごすようになって半年がたった頃。私はお上から、尾張の国の殿様の城への
  出張を言い渡された。
  このような出張奉仕はとくに珍しいことではない。これまでも私は何度か北へ西へと
  動き回ったことがある。私は江戸に小さなお屋敷を構えてるが、屋敷にいるより、
  地方で生活していた時間のほうが確実に多い。
  そういえば、半年もこの屋敷に居たのはかなりめずらしいことだった。
  雪絵という妻と一緒になった私に少しの間、お上が遠慮してたのか?
  しかし、このような命。私に拒否権なんぞあるはずがない。
  私は数枚の着物と愛刀を携えて、尾張へ出るしかなかった。

「だんな様。雪絵はさみしゅうございます・・・」
  出発の前日の夜。布団の中で雪絵は私のにおいを体に擦り付けるように、
  私の体に密着したまま泣いた。
  まるで、味でもするかのように私の寝巻きを何度も甘噛みする。
「だんな様ぁ・・・だんな様ぁ」
「雪絵、そこまで泣くな」
「だんな様は…雪絵に飽きてしまったのですか…?」
  雪絵は多少自傷気味な奴でかなりの依存系な女だった。わたしが何度説明しようとも聞かず、
  まるで自分に愛想が尽きたとさめざめと泣く。
「心配するな。現地に着けば手紙も送る。それに、いつもの奉仕だ。
  はやければ一年でまた戻ってくる」
「・・・一年・・・ですか」
  雪絵は潤んだ瞳を私に向けると、顔を私に近づけた。そして小鳥が啄ばむように
  私の口元に唇を押し付けた。接吻だ。
「・・・・・・だんな様の味・・・」
「雪絵?」
  衣擦れの音がする。私の体の上で雪絵が動いている。もぞもぞと動き、外からもれる月の光が
  雪絵の白い肌を照らしてゆく。瞬き数刻。気がつけば雪絵は一糸まとわぬ姿になっていた。
  雪絵の年頃にしてはすこしゆるやかな体つきが露になる。
「だんな様…まぐわい…を……お願いします・・・」
  これに私は少なからず驚いた。
  雪絵は自分の体に劣等感を持っているのか、それとも大切に育てられていたからなのか、
  これまでこういう性交は私とまったくといっていいほどしなかった。
  一度だけ、雪絵の中にいれたことはあるが雪絵は痛みと恥辱にわんわんと泣き出し、
  そのまま幼子をあやすように添い寝しただけとなってしまっていた。
  それ以後、雪絵とは毎晩のように同じ布団で寝ているがいずれも接吻と添い寝だけで
  私は独身の頃となんら変わることも無く右手が恋人であった。
「雪絵…よいのか?」
  私が聞くと、雪絵は赤く染めた顔でうなづいた。潤んだ瞳の奥にはひとつ決心の光が浮かんでいた。

2006/08/24 To be continued.....

 

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