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恋と盲目



11B

『浅野骨董品店』

明治時代から度重なる修理と共にこの町に居座り続ける古い家屋……
その出入り口の上には、確かにそう書かれた看板があった。
やや立て付けの悪い引き戸を開き、古木の匂いのする店内を覗く。
次に目に入ったのは、狸の残骸、穴の開いた屋根、焼けた柱、エトセトラエトセトラ……
ついでに壁を見ると、いつもより五割増しの張り紙。

『店内での戦闘はご遠慮ください』

はぁ……と、ため息が漏れていた。
変わらない風景に安堵するべきなのか、変わり果てた風景に呆れるべきなのか。
「……で、今回は何があったの?」
横目で床の修繕をする一人の少年を見ながら訪ねる。
「乱闘」
変わらない……本当に変わらない風景……
前回も前々回も前々々回も前々々々回も……
考えてみたら、結構ここに顔を出している自分が居ることに気づく。
無事な店内を覗いたのは、もしかしたら開店直後の一回きりだったのかもしれない。
「もしかして、狙ってやってるのかしら?」
そうでも考えないとやっていけない。
「狙ってない」
その少年……不肖の弟にして宮間の血脈を最も色濃く受け継ぐ者、
浅野巧(あさの たくみ)は振り向かずに答えた。
トンテンカンと金槌を振るい、黙々と床に釘を叩きつけながら。
「直りそうなの?」
「大丈夫」
手を休めないまでも、返答はしっかりとしてくる。
詰まる所……いつもの巧だ。
しかし……何かが足りないような気がする。
再び店内を見回してみる……
思い出した。
何かが足りないと思ったら、看板娘の姿が見えない。
「あの娘は?」
……聞いてみた。
「買出し」
やっぱり振り向かずに答える。
最後に会った時から一年近く経ても、弟の無愛想は相変わらずみたいだった。
近くに転がっていた椅子を立て、腰を落ち着ける。
「もう少しお姉ちゃんとの再会を喜んだらどうなの」
「………………」
……あら?返事が返ってこない。
同時に槌音も途絶える。
私が状況を理解するよりも早く、巧は正座を保ったまま向き直る。
「ありがとう、会いに来てくれて」
不覚にも……ドキッとした。
完全な不意打ちをくらった。
忘れてた、巧はこういう台詞を真顔で言う事を。
私が女の子だったら惚れてるわよ……あ、女の子か。

そのまま無言の業が続く事、おおよそ10分。
床の修繕作業の大半が終わった時の事だった。
「たっだいま〜。巧、私が居なくて寂しくなかった?」
……と店中に響いた無駄に元気な声。
「げぇ、緑」
そして響いた無駄にムカツク声。
どうしてこうもあからさまに不満そうな声をあげるのかしらね……
義妹になってほしくない人物、堂々の第一位。
浅野骨董遺品店の看板娘……アヌビス(流石にこれに読み仮名は必要ないだろう)。
巧に拾われた時に自分で自分につけた名前らしいけど……それで神様の名前を詐称する辺り、
かなり恐れ多い事をしていると思う。
見た目は10代後半のインド人っぽいこの女の子、何故か日本語はペラペラ。
私は信じちゃいないけど狐言語もマスターしてるとか。
……どこまでも胡散臭いこの娘、今は巧の(自称)恋人一歩手前だとか。
そしてこの娘、何故か私を敵視している節があるのだ。
「アヌビス、謝る」
「……ごめんなさい」
これ以上無い程に簡略な巧の指示に従って、これ以上無い程に眉間を皺を寄せて謝る。
「なんで謝る?」
「いきなり『げぇ』だなんて言ってごめんなさい」
さらに不機嫌そうな謝り方を見せてくる。
見方によっては恐喝にさえ見えてしまいそうだ。
「……で、何でここに来たの?この……」
「アヌビス」
「……このお義姉様」
巧が途中で止めなかったら一体何て呼ぶ気だったのかしら?
個人的にはお義姉様と呼ばれるのも勘弁してもらいたいけど……もういいわ。
こんな所で時間を無駄にしたくはない。
「刀頂戴」
「うん」
所要時間……1秒。交渉成立。
理由さえ聞かずに了承する巧に潔ささえ感じる。
「ちょっと巧、もしかしてタダであげちゃう気なのっ!?
せっかく巧が精魂込めて打った剣なんだから、こんな下衆野郎にはもったいな……」
「アヌビス」
「……こんなお義姉様にはもったいない」
「いいわよ別に無理して言い直さなくても」
……正直に言って、さらにムカツクわ。
「巧ぃ……うちだって慈善事業やってる訳じゃ無いのよ。家計だってそんなに楽じゃないし」
しつこくアヌビスが食い下がる。
「天井壊したの、アヌビス」
「だってあいつが巧になれなれしくするからっ!」
「お客さんに手を出したら駄目」
「巧ぃ……」
「そんな顔しても駄目」
そう言われるとアヌビスはみるみる内に萎んでいく。
そんな姿は見ていて面白くさえ感じる。

「この下衆緑……もといお義姉様が来ると急に饒舌になるんだから……
そんなに近親相姦が好きなら駆け落ちでもなんでもしたら良いじゃないっ!」
「いいの?」
「嘘です、ごめんなさい、やめてください、捨てないでください」
狼狽するアヌビスと割と本気の眼の巧。
一瞬、ゾクリッ……と身の危険を感じた。
(私を含め)宮間の血族の者は本当にやりかねないから恐ろしい。
基本的に(私を含め)近親しか愛せないのが『宮間』なのだ。
……一応、釘を刺しておこう。
「言っておくけど。私は貴方と駆け落ちなんて御免被るわよ」
「大丈夫」
「……本当に?」
「義兄さんから姉さんを盗るのは駄目」

 ……ビキリッ!!

「……姉さんっ!?」
一瞬……意識が真っ黒になった。
漫画表現でなく、目の前に星が飛んでいる錯覚を覚える。
「アヌビス……今私に何かした?」
アヌビスはブンブンッと首を横に振る。
片膝を床に着けていた事に今更の様に気がつく。
なん……だろう?
今の感覚、前にもどこかで……いいえ、前に何度か経験したいたような気がする。
「姉さん、大丈夫?」
巧が青ざめた顔をして私の方を覗き込んでくる。
原因探しは後にしよう……弟に変な心配をかけさせちゃいけない。
頬の筋肉を総動員させて……笑顔を生み出す。
「大丈夫……ちょっと目眩がしただけよ」
「アヌビス、布団敷いて」
「大丈夫だって言っているでしょ。寝不足で目眩がしただけ、本当に大丈夫よ」
「ちょっと……寝不足だったらなおさら少し休まなくちゃ駄目じゃない。
癪に障るけど、今布団敷いてあげるから待ってて……」
「いやだから大丈夫だって言っているでしょ」
珍しくアヌビスまで私を気遣い始めた。
そんなに顔色悪いのかしら?今の私って。
それでも私はなるべく笑顔を維持しつつ、元気なように見せる。
「義兄さんには連絡するから、休んで」

 ……ビキッ!!

また……嫌な頭痛。そして嫌な汗。
「何を言ってるのよ。巧以外に兄弟なんていないわよ」
反射的にそう答えた。

その言葉が……巧とアヌビスの眼つきを変えたのだった……

2007/04/01 To be continued.....

 

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