「当社にはミカゲという社員はおりません」
……一時間も玄関で待たされた結果がこれだった。
そう答えた受付嬢に、歓迎の念は無いという事はわかる。
私のような一般人にそれを察せられる限り、この人は受付向きの人材ではなさそうである。
だが……この場で嘘を言う理由は見つからなかった。
なら仮にこの言葉が本当だったとしたら……
待った、一回頭を整理してみよう。
1・京司の勘違い説
説明としては一番自然な説明がつく仮説。
とは言え、それはそれで京司が何と勘違いしたのかが問題になる。
ミカゲという名で、京司のクラスメイトで、白羊出版の記者で、祝賀会にも出席した。
……そんな人物が居るとどうして京司が思い込んだのか?
それに対する答えは見えてこない。
2・ミカゲ、アルバイト説
ミカゲという名の記者は白羊出版の正社員ではなかった。
だから受付嬢が調べてもその名は出てこなかった。
仮に私とミカゲが同年齢だった場合、ミカゲの年齢は24、
先輩だった場合は多めに見積もって29、後輩だった場合は19だ。
その年でフリーターというのも不自然な話じゃない。
……ただし、この説には一つだけ問題点がある。
いくら有名所では無いにせよ、賞を取った直後の作家を取材するのにアルバイトを起用するか否か。
普通はしない……たぶん。
白羊出版がそんなに抜けているとも人材不足とも思えない。
3・白羊出版の陰謀説
白羊出版が何らかの事情でミカゲの存在を隠そうとしている。
……却下。
隠そうとしている人物にしては露出が多すぎる。
あるいは何か汚職でもやらかしたのかしら?
残念ながらそんな噂は聞いた事も無かった。
とすると……
「……で、貴方はいつまでそこでうんうん唸っているのでしょうか?」
……受付嬢から放たれた殺気で思考が中断された。
「あははっ……ごめんなさい……」
一瞬だけ心臓が停止したかのような錯覚を覚えた。
一瞬だけ人で在らざる者の気配を感じたような気がした。
その感覚が脳のある神経を繋げた……ミカゲって人間なのかしら……と。
第四の説……ミカゲ人外説……
……ガタンッ
……ゴトンッ
電車に揺られながら、私は先ほど思い至った第四の説を形にする。
ミカゲが本当に人で在らざる者であるかどうかはこの際関係無い。
問題は、ミカゲに常人を超えた能力があるかもしれないという事だ。
なら……具体的なミカゲの能力は?
これは推測するしかない。
ハッキリと言ってミカゲの情報が少なすぎる。
それでも今までの状況を綺麗にまとめる仮説をなんとか考える……
考える……も、想像すらつかなかった。
それは仮説と言うには余りにも不恰好かつ御都合主義。
小説として出されたのなら佳作にもなる事はないだろう。
それでも……それでもあえて一番まともそうなのを選ぶとするなら……
違った、一番しっくりと頭に馴染む仮説だ。
それは……ミカゲは他人の記憶を改竄する事ができる……といった内容の物だ。
「バカバカしい……とは言い切れないのよね、残念ながら」
周りに人が居ない事を確認し、意識的に独り言を呟いてみる。
この世に二桁を超える子を産ませ、娘兼孫である母さんに手を出し、
あまつさえ当時中学生だった私にすら手をつけようとした変態近親相姦ロリクソエロジジィの存在。
私と全く同じ親、同じ家庭、同じ環境で育ったにも関わらず、
確かに宮間の血統を受け継いでいる私の弟。
その弟の周りに集まる人でない者達。
私は確かに小説よりも奇妙な事実を知っているのだ。
故に私は、今更記憶の改竄程度で驚きはしない。
そして私は考える……この説には一つだけ問題点がある。
他の点は全てこの仮説で説明できる。
左腕の文字はやはり私が書いた物で、おそらくこれ以外の方法で記憶を失った私に
危険を伝える方法が思いつかなかったのだろう。
白羊出版では周りの者にミカゲという人物を居ないものだと思い込ませているのだろう。
時々飛んでいる記憶は、ミカゲに会っているのか、あるいはミカゲについて
重要な何かを眼にしている時なのだろう。
では……何故京司の記憶は改竄しなかったのか?
白羊出版の社員の記憶を改竄している点から考えて、
祝賀会に出席した者にも能力は及んでいると考えた方が良い。
京司の記憶がそのままなのは忘れてほしくなかったからだろうか?
それとも忘れさせる事ができなかったからだろうか?
いかんせん、情報はまだまだ少ない。
……とにかく、今から向かう場所で調べられる事を全て調べ終えたら、
祝賀会に出席していた全員から話を聞く必要がありそうね。
もう一度車内を見渡し、無人を確認する。
包帯を解けば、まだ左腕の文字はハッキリと確認できた。
「ミカゲ、シラベロ……か」
この文字を見る限り、ミカゲの能力は完璧ではない。
たったそれだけが私の希望であった。
だが……もしも全てがミカゲの掌の上での出来事だったなら……
もう間もなく、私と京司がかつて通っていた小学校へと辿り着く。
私は一度思考を中断させ、懐かしい景色を眺める事にした……
変態近親相姦ロリクソエロジジィこと、宮間麟太郎。
享年:116歳
死因:首を切り落とされ即死
鑑識は凶器を鋭利な刃物であると断定。
現場には激しく争った跡があり、付近には多量の血痕が付着。
頭部は胴体から2m離れた場所にて発見、胴体部には多数の切り傷があった。
凶器らしき物は現在の所発見されていない。
血液の鑑定により、現場の血痕は宮間麟太郎の物と浅野巧の物であると判明。
また事件発生と同時に浅野巧が行方不明となっており、警察は重要参考人として行方を追っている。
浅野緑:当時15歳
浅野巧:当時13歳 |