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クロックワーク・ホイールズ(仮)

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「なんじゃと!?」

 謁見の間に大声が響く。それは、王の座る玉座のすぐ隣りから発せられた。
  報告を発した使者は勿論、周囲の武官や文官、隣にいる王も、驚きに目を見開いて声の主を見る。
  それは、この国の王女だった。
  今でこそ豪奢なドレスを身に纏い、生来の美貌もあって人形のように見える彼女だが、
  その実彼女は戦姫として名高く、周辺諸国に知らぬものはない。
  大陸一の大国が誇る、戦の天才なのだ。
  どんな報告がなされようともその無表情を変えることは滅多にない王女だ、
  周りの驚きも当然だろう。
  しかし王女をよく知る数人は、今回ばかりはそれも仕方ないことだと思った。

「あいつが・・・あいつが死んだだと! デタラメを申すな!」

 王女は使者の報告に、掴みかからんばかりに激昂する。
  彼女の言うあいつ・・・それは隣国の同盟国の王子のことだ。
  と言っても弱小国であり、対等な同盟というより傘下にあったと言う方が正しい。
  事実、つい数年前まで跡取りの王子を人質としてこの国に差し出していた。
  大国で日々を過ごしながら、王子は聡明で武勇にも優れた人物へ成長した。
  成人するとともに新たな人質と交代で国へ戻ったのだが・・・。

「ほっ、本当です。帝国との戦争で・・・。王子も善戦されましたが、圧倒的な戦力差の前に敗北。
  自軍を逃がすべく撤退のしんがりを務められ・・・重傷を負った状態で崖から転落。
  死体は確認されておりませんが、おそらくは・・・」

 顔面を蒼白にした王女を案じてか、最後まで言葉は紡がれなかった。
  しかしその場に居る誰もが、かつてこの宮廷で親しまれた少年の生存が
  絶望的であることを悟っていた。

「王女様、こちらへ・・・」

 呆然自失になった王女の下へ、奥に控えていたお付のメイドが近づく。
  王へ一礼すると、王女の背中に手を回して謁見の間を出て行った。
  されるがまま出て行く王女を、周囲の者たちは痛ましげに見つめていた。

 

 

【王女】

 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ。あいつが死ぬわけが無い。
  あいつは強い。私ほどではないけれど強い。あいつがどれだけ努力してきたかは、
  幼馴染の私が一番よく知っている。
  幼少時に人質となってやってきたあいつは、私の初めての遊び相手となった。
  当時、父上は戦争で忙しく、今は亡き母上も病床の身で、
  私は寂しさから周囲に当り散らすような子供だった。
  加えて大国の王女ということもあり、貴族の子弟たちでも近づいてくるのは
  私の身分にあやかろうという者ばかりだった。
  そんな中で、あいつだけは違った。どれだけ邪険にされ、
  時に手を上げられても私の後ろをトコトコ付いてきた。
  人質という境遇への同情もあったけれど、いつしか私も態度を軟化させ、
  同時に周囲へ癇癪を起こすことも少なくなった。

『いーい? 将来私をお嫁さんにしたかったら、私より強くならなきゃダメよ?』
『ええっ? それはムリじゃないかなあ。君って大人の騎士さんより強いんだもん』
『だったらあんたも強くなりなさい! 女の子に負けて恥ずかしくないの!?』
『君は特別だよぉ・・・。それに、君と僕じゃ立場が・・・』
『ええいっ、ツベコベ言わない! 子分のくせに、あたしの言うことが聞けないの!?』
『わ、分かった・・・僕、頑張るよ』
『その言葉、忘れるんじゃないわよ。約束よ!』

 他愛も無い会話が思い出される。結局私は素直になれず、いつもあいつを子分扱いだった。
  でも、私は真剣だった。あいつだってきっとそうだ。武術、戦略論、政治、その他色々・・・。
  あいつは毎日必死に勉強していた。時に私と遊びに行く約束を忘れるほど。
  その時は怒りもしたが、その努力も私の為と思うと自然と胸が高鳴った。
  別れの日、私は表面上は何とも無い顔をしていた。いつも通りの仏頂面に、
  凛々しく成長したあいつは変わらぬ笑顔で苦笑していた。 
  でもそれから数日、気分が優れぬと言って自室に閉じこもり、泣いて過ごした。
  10年も一緒だったあいつは最早私の半身も同然だったのに。
  どうして最後まで素直になれなかったのだろう。
  それから私は、父が薦めるどんな縁談に首を縦に振らず、政治や軍事に没頭した。
  周りは嫁の貰い手がなくなると嘆いたが構わない。
  私にはあいつがいる。あいつは私のこんな側面を知っているし、
  それで態度を変えるような男じゃない。
  あいつが国に戻って以来、あの弱小国も周辺国に一目置かれるようになっている。
  立場の差を越えて私に求婚に来る日も遠くないと、
  内心期待に胸を膨らませていた。

 なのに。

「・・・おるか」
「はっ、ここに」

 私の声に答え、‘影’が気配を表す。

「帝国の情報を集めよ。あいつを手に掛けたという者を探せ。
  それから、騎士団長にここへ来るよう伝えよ」

 怒りと悲しみが、時間を置いて一つの感情を引きずり出す。それは、暗い復讐の炎だった。

「かの帝国を滅ぼす。あの国の者は皆殺しじゃ」

 それくらいせねば、あいつの無念に報いられぬ。それだけの手土産を持っていけばあいつも喜び、
  あの世で私を愛してくれるだろう。
  あいつがいない、こんな世界に未練は無い。全て、滅ぼしてしまおう。

【メイド】

 私はただのメイドでなく、王族付き候補である、戦闘や諜報の訓練を受けるメイドでした。
  王族付きともなると、ただ身の回りの世話ができればいいわけではなく、
  暗殺などからも守らねばなりません。しかし常にゴツい騎士が付いていては相手も警戒するし、
  何より堅苦しい。
  そこでメイドにそれらの技術を教え込むのです。
  出自は問わず、素質のありそうな子供が選ばれます。
  そして、幼いうちから厳しい訓練に明け暮れます。メイドなので、戦闘系の訓練ばかりでなく、
  家事全般や礼儀作法も勿論勉強しなくてはなりません。
  今でこそ王女付きのメイドですが、昔の私ははっきり言って落ちこぼれでした。
  辛くて逃げ出したかった。でも、孤児だったところを拾われた私には他に行くところなどない。
  メイドになりたいわけじゃない、でも捨てられたら生きていけない。
  僅かな休憩時間、私はいつもお気に入りの湖に来て泣いていました。
  そんな時でした、あの方に出会ったのは。

『ねえ君、泣いてるの?』
『えっ、あ・・・私は・・・』

 誰も来ないような場所だったので、驚いた私は間の抜けた返事しか出来ません。
  その少年は涙に濡れた私の顔を持っていたハンカチで拭き、
  さらに湖の水で濡らすと訓練で怪我した手首に巻いてくれました。
  そして隣に座り、ただじっとしていました。
  きっと、私から話しかけるのを待っていたんだと思います。
  でも私は俯いたまま何も言えなくて・・・結局そのまま別れて・・・
  私には、手首に巻かれたハンカチだけが残りました。

 後日、私は王女に怒られているその少年を見かけました。
  彼は隣国から送られた人質だったのです。訓練で政治的知識の教育も受けていた私には、
  彼がどういう立場なのか分かりました。
  もしかしたら、私より辛い境遇にある人なのかもしれない。それでも私に笑いかけてくれた。
  その日から、私は人が変わったように訓練に打ち込みました。王族付きに、王女付きになれば、
  あの方の傍に居る機会も増える。
  守って差し上げられると思って。また、例の湖にいると、思い出したようにあの方が現れます。
  初めて会った時のことを覚えていてくれて、他愛の無い話をするのが私の一番の楽しみでした。
  彼が思い出さなかったので、ハンカチは返していません。あれは、今も私の宝物です。

 王女様、私は貴女が好きです。お付のメイドとなった私に良くしてくれました。
  貴女には幸せになって欲しいと思います。
  でも、それ以上にあの方に幸せになって欲しい。そしてそれは王女様、貴女には出来ないことです。
  知らないでしょう、貴女は。弱小国の人質であるあの方が、
  貴女の視界の外でどんな目に遭ってきたか知らないでしょう?
  貴女との仲の良さに嫉妬した貴族たちにいたぶられ、しかし立場ゆえそれに抵抗できず、
『訓練でケガしたんだ』と嘘をつくあの方を。
  貴女の気持ちは知っています。でも二国の力の差が生む現実を、貴女は分かっていない。

 あの方は死んでいない。私は冷静な判断からそう思っています。
  弱小国とはいえ、今やあの方の勇名は大陸に広く響き渡っています。
  首級(しるし)を上げるのがどれほどの武勲になるか計り知れません。
  きっと誰もが血眼になってあの方の遺体、身体の一部を捜しています。
  なのに見つからない。それは、つまり‘そういうこと’なのです。私はそう信じています。
  王女様、命令通り私はこれから帝国の諜報へ向かいます。
  でも、途中で‘思わぬ発見’をしたら、もう戻れないかもしれません。
  その時は、私も死んだものと思ってくださいね。

【少女】

 私の村は、大国に挟まれた弱小国の小さな農村。
  周辺国への機嫌取りにいつも貢物を送っているので税金は高く、生活も厳しかった。
  でも数年前から、そんな生活が少しずつ向上する。ずっと隣国で人質生活を送っていた
  王子様が帰ってきたからだ。
  王子様は優しくて勇敢で頭も良くて、無駄ばかりだった予算をぎゅっと絞ると、
  その幾らかを国民に還元した。
  弱小国なので軍備に力を入れざるを得ないのか、税金は少ししか安くならなかったけど、
  村の皆も喜んでいた。
  私も、私に色目を使うばかりで何もしてくれない嫌なお役人が来なくなって嬉しかった。
 
  ある時、敵対関係にある帝国が攻めてきた。宣戦布告もない奇襲だった。
  王子はすぐにかつて人質だった国に援軍を頼んだけど間に合いそうも無くて、
  少ない軍隊で迎撃に出た。王子の為なら、と多くの人が義勇軍として参戦し、
  私のお父さんも帷子と斧を装備して出かけていった。
  結局、戦いは敗北。でも戦死者は少なく、参戦した村の人たちも殆ど帰ってきた。
「王子がしんがりを務めて、わしらが逃げる時間を作ってくれたんじゃ」とのことだった。
  そう、殆どみんな無事で帰ってきた。・・・私の、お父さんを除いて。
  母は既に亡く、私は一人きりになった。多くの人たちが私を引き取ると言ってくれたけど断った。
  この家を捨てるなんて考えられなくて。
  数日後、王子が戦死したという情報が入った。みんな、もうこの国は終わりだと嘆いた。
  私もそう思ったけど、もうこの国のことなんてどうでもよかった。
  そしてその日も何とはなしに川辺に出かけた私は・・・ボロボロの鎧を纏った、
  とても綺麗な男の人を見つけたのだ。

 騎士さんだろうか。その人は息をしていなかった。
  パニックに陥りかけた時、一つの手段が浮かんだ。
  ――人口呼吸――
  瞬間、私は沸騰する。人助けとはいえ、唇を合わせるなんて、合わせるなんて!
  でもやるしかない。人を呼んでくるには時間が掛かりすぎる。
  人助けだからと自分に言い聞かせ、私はその人にそっと唇を重ねる。
  慣れないながらも何度も続けると、咳き込むと共に水を吐き出し、呼吸をし始めた。
  安堵した私は、この人を運ぶため、人を呼びに一旦村に戻ろうとして・・・。

「・・・・・・・・・」

 この人の鎧を脱がすと、茂みの中に隠した。何故か、そうするのがいい気がして。
  ボロボロになっていたので脱がすのは簡単だった。

 男の人たちに手伝ってもらい、彼は私の家に運ばれた。今はお父さんのベッドに寝ている。
  ずっと川を流れてきたからか、まもなく熱を出し、うなされている。
  怪我もひどかったけど、それは村の薬師さんのお陰で大分マシになっている。
  私はずっと傍にいてタオルや枕を変えたり、服を脱がせて汗を拭いたりした。
  細身で綺麗なのに全身は傷だらけ。無駄な肉の全く無い引き締まった身体に、
  思わず顔が熱くなるのを感じる。

 数日後、その人は目覚めたけど・・・何も覚えていなかった。
  強いショックを受けての記憶喪失だろう、と薬師さんは言った。
  そして私は、そんな彼を引き取りたいと申し出た。
  何人かは心配したけど、お父さんが死んで一人になった私を思ってか、最後には納得してくれた。
  男の人はすまなそうに礼を言った。思ったとおりの優しい人だと、私は嬉しくなった。
  次の日から、二人での生活が始まった。
  私は彼をお兄ちゃんと呼び、本当の家族のように生活を始めた。
  お兄ちゃんも日を追うごとに体調を回復し、今では農作業に出たり、
  一緒に家事をしたりしている。
  向かい合って食卓に座り、その日の他愛の無い出来事を笑いあった。
  人柄からか村の皆にも受け入れられ、もうすっかり私のことを任されてしまった。

 幸せだった。お父さんと暮らしていた時とは違う幸せが、ここにある。
  穏やかなだけでなく、時折胸の奥にむず痒いような熱を感じる
  幸せさ。お兄ちゃんの顔を見るだけで全身の紅潮を感じる。この幸せが、ずっと続けばいいと思う。
  でも不安もある。夜、時折うなされているお兄ちゃん。寝言で誰かの名前を呟く。
  ――女の名前だ。なぜか直感的にそう思った。どうしようもない不安と、
  どろどろとした嫌な苦しさを感じる。

(何も思い出さないで。きっと、辛いことだから忘れたんだよ。そんなこと思い出す必要は無いの。
  ずっと私の傍に居ればいいんだから)

 初めてお兄ちゃんがうなされた翌日、私は川辺に隠した鎧を川に流した。
  やっぱり隠しておいて良かった。これはお兄ちゃんが昔を思い出すかもしれない物。
  そんな物ないほうがいい。
  お兄ちゃんには、私だけ傍に居ればいいんだから・・・。

2006/08/15 完結?

 

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