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分裂少女



『起』

 「起」

どうやら私は寝ていたようだ。
いや、寝ていたかどうか分からないのに「寝ていた」という表現はおかしいな。
「多分」寝ていた私は目覚めてみると、あるベットで寝ていた。
まったく見慣れない風景だった。

見知らぬ部屋
見知らぬ自分

……ん?今なんて考えた?

見知らぬ自分

そういえば……私、だれ?

名前を思い出してみる……ダメ。少し前のことを思い出してみる……ダメ。
うん、よく世間一般でいう「記憶喪失」というやつだろう。

「アハハハハ……」

……まあ笑うしかないか。
とにかく現状を把握してみよう。
周りを見渡してみると、窓が無くドアが有り家具も今自分が横たわってるベッド
のみの殺風景な部屋だった。周りには誰もいない。壁に掛かっている時計を見ると
どうやら深夜のようだ。
それと今気づいたが、右目が全く見えない。触ってみようと手を動かした瞬間

「!!!!!!!!」

筆舌に尽くしがたい激痛が全身に走った
どうやら私は大怪我をしているようだ。だぶんそれでこの病院に運ばれたって所だろう。

右目はどうやら肌の感覚からどうやら包帯が巻かれているようだ。
なんとか見える左目で少し顔を上げて、自分の体を見てみると……

「な、何これ…」

私の体は顔の一部を除き、全身が包帯で覆われていた。
両手、両足、体全部……隙間なく巻かれていた。こりゃかなりの大怪我だったんだろう。
不幸中の幸いというべきか、五体満足な上に感覚はあるから下半身不随とかは無いかな?
最悪体は何とか大丈夫と思ったら少し気持ちに余裕が出たのか

「よく見ると、服着てない上にノーパンノーブラじゃん
…まあ包帯で隠れているから良いけど」

つまんないことを考えながら、とりあえずどうするか考えた。

「まあどうするもこうするも、まともに動かないし……寝るか」

そう自分に言い聞かせて、静かに目を閉じた。
しかし「女」は分かっていた。寝たのは眠いからじゃなくて、「自分」の存在が
分からなくなり、不安でパニックになるのを防ぐための一時凌ぎということを……

(次目が醒めたら元の生活に戻っていた、っていうのだったら良いんだけどな…)



どのくらい時間がたったのだろう。「女」は静かに寝息を立てていた。
病室のドアが静かに開き、二人の白衣の男が入ってきた。
その内の一人が持ってきたバッグを開け、中から一本の注射器を取り出し、
「女」の腕に刺した。その際の痛みで「女」が若干目覚めたようだ。

う………なんだろ、今腕がチクッてしたような……あれ、誰か立っている。
でも……あれ?声が出ない。体も鉛みたいに重い。部屋もなんだかグニャグニャと
動いている……でも声は僅かに聞こえる。

「麻酔は効いたか?……で生きてるのは奇跡……**さん……」

あ、今もしかしたら私の名前言ったような……よく聞こえない。

「人体実験……既に死亡扱い……どうしようが自由……」

何か危険な単語が聞こえるけど……意識が保てない…教えて……私はだれ?

『承』

「承」

私が生まれて60日が経とうとしていた。
正確には60回寝たので、60日ぐらいは経っただろう。
「生まれた」というのも表現がおかしいが、それ以前の記憶が無いのだからまあ妥当だろう。

はっきりいってこの60日間は退屈な日々だった。
何の変化も無く、精々一日三回の食事やたまにくる看護師の定期検診ぐらいだろう。
それでも無いよりはましだが……

生まれて10日ぐらいまでは体が思うように動かず、痛みに顔を歪ませていたが、
20日目ぐらいから痛みは無くなっていき、今は歩けるぐらいには回復した。

そのかわり考える時間は腐るほどあったので、あれから色々考えたが……

「なーーーんにも思い出せないや。」

そう、結局昔のことを思い出そうとしてもここで目覚めた所までは思い出せるが、
れ以前となると真っ白だった。そうなると……

「やはり、ここから脱出するしかないか」

ドアには当然鍵が掛かってて、食事はドアの下から出てくるので全くスキがなかった。
チャンスがあるとすれば

「あの定期検診の時にあの無愛想な看護師をぶっとばして……」

そういえばあの看護師、私がいくら聞いても何も答えてはくれなかったわね。
まあ看護師には悪いけど、恨まないでね。

しかし不安もあった。記憶のことは当然だが、このドアを出てた先はどうなってるんだろう。
もしかしたらこの建物から出るまでに何枚ものドアを突破しなければいけないかもしれないし、
途中で警備の人に見つかったらまたここに逆戻りになるだろう。
でも何もしないよりは当たって砕けろだ。覚悟を決めた

「よし!次看護師が着たら死なない程度にボコボコにして、あのドアから脱出だ!」



チャンスは意外に早く来た。
覚悟を決めてから二回寝たら看護師がやって来た。ただしいつもとちょっと違った。
いつもの薬などの他にちょっと大きいリュックサックを持ってきたのだ。
「女」はなぜかぶっ飛ばすことを忘れて看護師の挙動を見ていた。いつもと同じように薬を渡され、
それを飲む所まではおなじだ。だが、その先は違っていた。
突然看護師が、持ってきたリュックサックを「女」に投げつけてきた。そして

「……開けろ」

初めて聞いた看護師の言葉だったが、その驚きよりリュックサックの方に興味がいっていた。
そのリュックサックを触った瞬間、「女」の頭に鮮明な映像が浮かんできた。

「これ……私のだ」

この肌さわり、この匂い……間違い無い!私のだ!
逸る気持ちを押さえて、ゆっくりとリュックサックを開けた。中には

「……服?」

可愛い絵柄がプリントされたTシャツにジーパンが入っていた。ただ、所々破れている上に
何か染みが夥しく付いていた。「女」その染みが何なのかすぐ分かった。……血だった。
何かが思い出せそうなそんな気がして考えていたら

「それを持って逃げろ。チャンスは今日だけだ。」
「え?」

何この看護師、今までどんなに話し掛けても口を開かなかったくせに「逃げろ」だあ?
何たくらんでんのよ。でもチャンスでもあるのよね。
……罠、というのも可能性はあるけど……ええい!ままよ!!

「あと10分後、この建物は停電になる。その間セキュリティーは解除になるから
ドアも普通に開く。……もう会うこともないだろう。」

それだけ言って看護師はドアから出ていった。
とりあえず、あと10分後が脱出のチャンスということだ。

「罠だろうが何だろうが、やるっきゃないか…」

「女」はリュックサックに入っていた服を着てみた。サイズはピッタリだが、よく考えてみると
服は血糊が付いてて、腕と顔の右半分は包帯で巻かれてるこの姿はおそらく目立つだろう。

「でもスッポンポンよりましか」

暫くジーパンを眺めていたら、突然足がガクガクと震え出してきた。顔からは汗が溢れ、
自分で自分を支えていないと分裂しそうな感覚に息も荒くなってきた。この服には何かがあった。
直感的にそう感じていた。だが

「逆に考えてみれば、この服は私の記憶を取り戻す手がかりでもあるわ!」

そう自分に言い聞かせていた時、フッと蛍光灯が消えた。「女」はドアを押してみた。すると

「……開いた」

何の抵抗も無くドアは静かに開いた。「女」はまるで
自分の頭の中のような真っ暗な廊下を無我夢中で走っていった。

『転』

「女」は建物から脱出した。
時刻は夜だったことが幸いし、すれ違う人も無かった。
まったく地理に明るくなく……というか記憶が無いので、とりあえず
道なりに歩いていた。
20分ほど歩いた時、噴水のある大きい公園に着いた。

「ふう……とりあえずちょっと休むか」

「女」は近くにあったベンチに腰を落とし、一息ついた。

ああ、外はやっぱり気持ちいいわ。目覚めてからずっと狭い部屋だったからな……
でも、あまりゆっくりはできないわね。早く自分自身の記憶の手掛かりを掴まないと。
記憶の無いままこんな血糊が付いた服をきた包帯巻きの女がうろうろしていたら、
なに言われるか……。とはいえ手掛かりね……この辺の景色に見覚えは無いし……どうしよう。
……そうだ!!あの時渡されたリュックサックに何かまだ手掛かりがあるのかもしれないわ!!

早速「女」は持ってきたリュックサックの中をよく探してみた。
すると底の方に何かあった。取り出してみると

「これは……手帳?」

可愛いキャラクターがプリントされている手帳を発見した。
かなり気に入っていたのかあちこち擦り切れてて使い込んでいたようだった。
恐る恐る開いてみるとそこには

「ん?写真?」

知らない女と男が仲よさそうに写っている姿がそこにはあった。
たぶんこの女が私なのだろう。うん、可愛いわね。とするとこの男は一体……

考えられることは兄弟……男友達…………そして彼氏。
「彼氏」というキーワードを考えた瞬間

「ああああああ!!!!!あ、頭が割れる!!!!!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!」

「写真の男」「彼氏」この二つのキーワードが合致した瞬間、「女」の頭が割れるかと
思うほどの激痛が襲った!!

地面を転がり、髪を掻き毟り、暴れ回ってやっと収まった。

「はあ、はあ、げほげほ……うーー、頭が爆発するかと思ったわ」

まだ痛む頭を抑えつつ埃だらけの服を払い、手に持った手帳をじっと見た

でも一体どうして写真の男を彼氏と考えただけで激痛が走ったのかしら。
写真を見る限りじゃ、仲良さそうだけどな。まあ写真だけじゃ分からないことがあるかも。
この写真の男が彼氏かどうかはともかく、私の記憶に何らかの関係があるのは間違い無いわ!!

他に手掛かりがないか手帳を捲って見ると、ほぼ毎日書いてあったスケジュールが、
ある日を境にぱったりと書き込みが無くなっているのだ。

この書き込みが無くなった日に何かが起きたってこと?

最後の書き込みには

「17時デート。モアイ像の前で待ち合わせ。」
何それ?モアイ?そんなの知らないわ。……そうだ!くる途中に駅があったからそこで聞いてみよう。
「女」は道を戻り、駅に向かった。幸い、まだ駅は開いていたので、
改札口に立っていた職員に聞いた。最初「女」の姿を見た職員は驚いた様子だったが、
口八丁手八丁でなんとか誤魔化した。
どうやらモアイ像はここから電車で数駅行った先にあるとのことだった。
お金が無いか探してみると、ポケットに小銭が入っていたのでそれで目的地まで
の切符を買い、ホームに入っていった。
電車が入ってくる1番ホームに立った瞬間、「女」は気分が悪くなっていった。

な、何?これ……気分が……頭に映像……いやああああああああああああああ!!!

ここは駅の1番ホーム。電車が来るのを待っている乗客で溢れていた。
ふんふーん♪今日は楽しいデートの日。早く電車来ないかな。今日は何しようかしら。
まず買い物して、遊んで、食事して、それからそれから……ああん、それ以上は……うふふ。
それにしても混んでるわね。ちょっと押さないでよ!んもう……
暫く待っていたら、電車がやってきた。

あ、やっと来た。待ちくたびれたわ。

電車の先頭が自分の前を通り過ぎるかと思った瞬間、不思議なことが起きた。
体が前に飛び出していたのだ。

あ、あれ?なんで私前に飛んでるの?でもこの浮遊感はちょっと気持ちいいかも。
でも目の前に電車が迫って来てるわ。こりゃだめだわ。

鈍い、何かが潰れたような音を立てて「女」は数百の肉片となった。
大声で叫んだ絶叫、飛び散る血……だが、ばらばらになった中で
目だけは見てしまった。こちらを見て笑っていた女の残忍な顔を……

その笑顔、その突き出た手……そう、あなたなのね。一番の親友と思っていたあなたが……
なるほど。あなたは私を亡き者にして、彼の「彼女」というポジション
を手に入れようって魂胆ね。
単純だけど直接的ね。よくわかったわ。
許さない……絶対に許さないわ!!
私はもうまもなく死ぬわ。でも……でも……
化けてでてやる!!呪ってやる!!祟ってやる!!
そしてこのことを忘れないように、細胞の一個一個にまで記憶させるわ。
忘れるな!!必ず!!必ず復讐してやる!!そのポジションは私の物だ!!

「……さん、……さん、お客さん!大丈夫ですか?具合でも悪いですか?」
「……………うー、はっ!!!」

「女」は追憶の旅から帰ってきた。蹲ってウンウン唸っていた所を駅員に声を掛けられたようだ。
全部の記憶が戻ったわけではないが、とりあえず自分に起きた事態は理解した。
駅員に大丈夫だという旨を説明した時、ふと思ったことを聞いてみた。

「ちょっとお聞きしたいのですが、ここで飛び込み自殺ってありました?」

駅員は突然質問されてビックリしたようだが、少し考えて

「ええ、確か半年前ぐらいでしたかね。女性が電車に飛び込みましてね……
ちょうどお休みの日だったもんでけっこう人がいまして……大騒ぎでしたよ。」
「そう……その時、その轢かれた女性の関係者って誰か来ませんでしたか?」

暫く考えて駅員は

「あー、そういえば女性の彼氏と名乗る男性が来ましたね。死体……というかただの肉片でしたが。
それを見てすっかり取り乱しましてね……詳しいことが分かったら電話下さいって
言い残して帰って行きましたよ。電話してみます?」

駅員から彼氏と思われる人物の電話番号を教えてもらい、丁寧にお礼を述べて、
「女」は最終の電車に乗った

 

やっぱり……一瞬見えたあの電車に轢かれたのは私だったようね。
多分モアイ像に向かおうとして電車を待っていたらあの女に……ってことか。
それにしてもどうしようかしら。関係者は分かったけど、自宅の住所とか知らないし……
とりあえずモアイ像に行ってみて、この電話番号に掛けてみるか。

あとはその時に判断しよう。

『結』1

もう間もなく日付が変わろうかという時間、「女」はついに目的地のモアイ像までやって来た。
既に深夜という時間帯にも関わらず、駅周辺や目的地のモアイ像辺りは人で溢れ返っているそんな中、
「女」は改札口から出てきたが、格好が格好なだけにすれ違う人は
皆好奇の目や怪訝な表情をしていた。

これじゃ目立ちすぎるか……とりあえず場所を移そう

「女」はとりあえず、くる途中で車窓から見えた公園に走っていった
しかし、公園に着いても人はそれなりにいたが、諦めて近くのベンチに座り休んだ

何だか……初めて来たって感覚は無いわね。記憶を無くす以前に来たことがあるかもしれないわ。
まあこんな大きな街だったら来ててもおかしくはないし……
さて、どうしようかしら。とりあえず駅で聞き出した電話番号を掛けてみようかしら……
でもいきなり呼び出して会うってのも何か……。そもそも相手のことをよく思い出せないのよね
う〜〜〜ん、よし!この作戦で行こう!!!

何か良い案が浮かんだのか、「女」は近くの公衆電話まで行って駅で教えてもらった番号
に掛けた

プルルル……プルルル……、ガチャ

「あ……、もしもし、えー、詳しいことは話せませんが、駅での飛び込み自殺のことについて
話したいことがあります。……いえ、電話口ではちょっと……、今からすぐ「モアイ像」
までジャージ姿で来て下さい。……では、また」ガチャ

ふ〜〜〜ん、向こうは随分慌ててたわね。やっぱり気になるのかしら
まあいいわ。とにかく向こうから来るってんだから、どんな男なのか見させてもらいましょ

「女」は公園を出て、モアイ像の近くまで来たが、なぜか物陰に隠れて男を待った

とにかくいきなり会うのは危険だわ!まず男の人となりを見て、話はそれからだわ

暫くして、人も疎らになった頃、丁度「女」のいる場所の反対側から赤いジャージ姿の男性が現れた
年はまだ若そうで、20代といった所だろうか。顔は確かにあの手帳にあった写真と同じに見える。
男を見ていた「女」は見ている内に何か胸の奥が熱くなるのを感じていた。この胸を焦がす思いを
「女」は感じ、涙を流し

グス……そう、そうだったの……、事故の前の私はあなたを愛していたのね……
この胸一杯に広がる熱い想いがそれを物語ってるわ。
ああ……、またこの目で見れて良かったわ
で、でも事故で死んだと思っていた人がいきなり現れたらどう思うだろう。たぶん
信じてもらえないわよね……。
よし!せめて何処に住んでるのか、それだけでも知りたいわ。

「女」はそのまま物陰に隠れ、待ちつづけた。
暫くして、男は諦めたのか来た道をまた戻っていき、
こっそりと「女」もその男の後ろに着いて行った。
ホテル街を抜け、ちょっとした住宅街に入り、とある一軒のアパートに着き二階に上がって行った。
その様子を見ていた「女」は確かに見えた。幸せだった頃の記憶を……

(へ〜〜、ここに住んでるんだ。……ちょっとボロくない?)
(しょうがないよ、お金もないし。……ゴメン)
(べ、別に謝らなくてもいいわよ。建物がボロいのはちょっとアレだけど、もう少し経てば愛の巣に
なるんだから……ちょっと!何笑ってんのよ!!もう知らない!!!)

あの時、アパートはボロかったけど此処で早く同棲したくてウズウズしていたわね……

もう少し近くで見ようとアパートに近づいた時、おもむろに男が住んでいる部屋のドアが開き、
男を迎え入れていた

「あ、お帰りなさい。どうだった?」
「いや、来なかった。悪戯だったかもな……」
「きっとそうよ。ささ、早く入って」

その光景を見ていた「女」は点と点が線で繋がっていくのを感じた

そういうことなの……。私を殺してその男と一緒になったということか。
あの時、電車に撥ね飛ばされている瞬間に見たあなたの醜悪な面は良く覚えているわ。
なかなかやってくれるわ。男を手に入れるためにそこまでやるなんて……
あなたは幸せを手に入れたようだけど、私はご覧の通り悲惨な物よ。
でもね……そこには本来私がいるはずなのよ
そう、そうだわ……「目には目を、歯には歯を」って言葉通り私も
あなたにやられたことを利子付きで返してやるわ!!!
あ、あは、あはは、あははははははははーーーーーー!!!!!!!

この瞬間、「女」の中にあった暖かい思い出は、ドス黒い嫉妬と憎悪の炎によって失ってしまった

結2

「あ、煙草が切れてたか……ちょっと買ってくる」
「うん、いってらっしゃい」

男が買い物に行ったのを確認し、泥棒猫は深い溜息をついた。

まさか、まさかね。あの時には完全に死角になっていたから誰にも見られてはいないはずだし
肝心の本人はミンチになったし……
でも、あの女の顔は忘れられないわ。空中に飛んでった首が目だけは……
イヤ!!イヤ!!!!思い出したくないわ!!!!
後悔はしていないわ。こうやって幸せな生活を送れて、しかもこのお腹には……
そうよ、ただの悪戯よ。そうに違いないわ……

ピンポーン

「はーい、買い物早かったのね」

泥棒猫がドアを開けた瞬間、突然頭に強い衝撃を受け意識を失ってしまった。
誰かの笑い声を聞きながら……

〜〜♪ 〜〜〜♪

ん……、誰?だれが歌ってるの?

「あ♪こんな所にハンマーがあるわ。えーーと、後は……っとあ、これこれ」

いたた……、頭が痛いわ。……ん?手が動かない。あれ?足も。

泥棒猫が目を開けて見ると、どうやらベットに手足をガムテープで拘束されているようだ

「あーーら、あなたお目覚め?気分はどお?」

何?誰よこの女は?服は血糊でべっとりだし、顔や手は生々しい手術の跡が浮き出て
そして何より目が……目?………その目は………あ、あああああああああああああああああ!!!!!

「もしかして、思い出した?そう、あなたが駅で突き飛ばした女よ。記憶を失い、彼氏を失い、
人生を失い……でもあんたに復讐するためにこうやって地獄から戻ってきたわ。
うふふふふ………ゆっくりとこ・ろ・し・て・あ・げ・る♪」

それから、「女」の復讐が始まった。
手と足の爪を剥がし、ハンマーで指を全て叩き潰し、前歯を折り、耳を引き千切り、
手に握った包丁で体のあちこちを切り刻んだ。
もはやこれは正気の沙汰ではなく、笑いながら行為に及んでいる姿は正に狂気に支配されている
鬼そのものだ―――

「あれ?もう叫ぶ元気も無くなった??」

口にタオルを詰め込まれ、最初は何か叫んでいたようだったけど、今は息も絶え絶えになっていた
そろそろフィニッシュかな?と思った瞬間、玄関のドアが開き男が帰ってきた

「ふーー、疲れた。おーい、もう寝たか?」

あの人が部屋に入ってくる……。そう考えた「女」は部屋入り口の影に身を隠し、
男が入ってくるのをじっと待った。そして暫くして男が部屋に入り

「な………………」

あまりの惨状に事態の把握が出来ていない男の後ろに「女」は回りこみ、
ハンマーを後頭部めがけて振り下ろした



「さ、早く目を覚まして」
「う、う〜〜ん……」

目隠しをされ、手を縛られた男は「女」の呼び掛けでゆっくりと目を覚ました

「え?あれ?何?どうなってるんた?」
「落ちついて。今から説明するから」

「女」の呼び掛けでもさっぱり事態の把握が出来てない男は、まずは「女」の話を
聞くしか無かった。

「あなた……駅で電車に刎ねられた女のこと知りたがってたわよね……愛してた?」
「え?……何でそれを。確かに前は愛してた。死んだって連絡をもらった時は絶望もした。
でも今は……あ、そんなことよりお前!!早くこの手を縛っている物をとれよ!」

「でも今は」「そんなことより」……「女」の心を傷つけるには十分だった。
なんてこと……この男は泥棒猫に騙され、洗脳されてしまったわ!こいつの!こいつのせいで!!

ベットの上で息も絶え絶えに、痛みに苦しんでいる泥棒猫にゆっくりと近づく「女」は
殺気の籠もった目で

「あんたの……あんたのせいで!!この人は…………死んじゃえ!!!!!」

「女」が高々とハンマーを振り上げた時、男は言ってしまった。決して口にしてはいけない
禁断の言葉を………

「待って!待ってくれ!!命だけは奪わないでくれ!!俺の子供を宿しているそいつの
命だけは……」

 

 

 

 

時が止まった。

 

 

 

 

 

 

身動き一つしなかった「女」は握っていたハンマーを落とし、ギ・ギ・ギと軋みながら
男の方を振り向き

「今………何て言った?」
「そいつの中には俺たち二人の子がいるんだ!!だから………」

「女」は間違いなく人間だった。
何者かによって人為的に作られたとしても、確かに「心」があり「人」であった。

しかし今、最後に残っていた人としての心までも黒い炎によって燃やされてしまった……
そして「女」を構成していた細胞の一個一個が分裂を止め……死滅していった

「女」にとって何もかもどうでもよくなり、今ここに居るのはもはや人間ではなく、一匹の獣だ。

「がああああああああああ!!!!!」

傍らに置いてあった包丁を手に取り、ベットで息も絶え絶えの泥棒猫の下腹部に
渾身の力を込めて何度も何度も突き刺し―――

「ん――――!!ん――――!!!」

突き刺した包丁をそのまま下へと動かし、下腹部全てを引き裂き――――

「!!!!!!!!!」

「女」は引き裂いた血まみれの腹に手を入れ、何かを探し、そして見つけた。
腹から引き摺りだした「ソレ」はものすごく小さく、人の形をし、僅かに動いていて、
何か紐みたいな物で繋がってるようだ。

「………………………………」

先ほどまで痛みで暴れていた泥棒猫は、おびただしい血の海に沈み、まったく動かなくなったが、
「女」はお構いなしに紐を切り取出して―――

「おい!何やってるんだよ!頼む、手荒な真似は止めてくれ!!」

男の嘆願に全く耳を貸さない「女」は何か閃いたのか、「ソレ」を持って台所に向かい―――

「…………………」

一体全体あいつはなんなんだ!!……くそっ!!手足は縛られ、目隠しされてちゃ何が起きたのか
分からない……。何とかしないと……。ん?台所から何か焼く音が聞こえてきたな。
う〜〜〜〜ん、フライパンで肉を焼いてるような………何してんだ??

暫くして台所から焼く音が途絶え、「女」は皿に何か乗せて持ってきた。
黒焦げになった「ソレ」を箸に摘んで―――――

「………」

「女」は男の口を無理やりこじ開け、黒焦げの「ソレ」を口に詰め込み、顎を掴んで
強引に咀嚼させ

ゴクン

おえっ……何だこれは。苦くて不味い……何食わせたんだ!!!

しかし「ソレ」を食わせた「女」は無言のまま周りを見渡し、何かを探し始めた。程なくして
何か見つけたのか手に持っていた物……ガスボンベを持ってきた。
カセットコンロに取り付けるタイプの小型ガスボンベを十数本持ってきて、部屋の中央に置き
男の目隠しを取った

「うっ…………」

部屋の明かりに目を細めていたが、慣れてきて部屋を見渡してみると

ベットは血の海――――
なぜか置いてあるガスボンベ――――
そして自分の目の前にいる――――

「うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

ハンマーで数回殴り、おとなしくさせ、「女」はおもむろに服を脱ぎ始めて言った。

「コレヲミてミロ」

喉が潰れているのか、酷くノイズが混じったような声で「女」が喋ったが、
顔の痛みでそれどころじゃなかった。
だが、一目見た瞬間痛みさえ忘れてしまった
裸になった「女」の体は全身に手術痕が荒々しく走り、皮膚の色が所々違い、
さながら全身モザイク模様と化していた。

「せめて、セめテさいごニよごれたあなたをきれいに……」

「女」は手に持ったライターに火を着けてガスボンベに近づけ……たが、ここまでだった。
下腹部、足、背中……体のあちこちの皮膚が剥がれ落ち、黒い血が口元から滴り落ちて

「あなタヲ………き…れ…イ…に……」

最後の言葉と共に、五体全てから黒い血を噴出して膝から崩れ落ち、ただの肉塊と化してしまった。

「し、死んだ……のか?」

しかし「女」が死んだその時、男は確かに聞こえた。「女」の声……いや、想いを

 

コンドハライセデアオウネ

 

「女」が握っていた、火が着いたままのライターが床に落ち、カーペットに引火し、そして―――――

epilogue

「ねえダーリン、上手くいったの?」
「……………………」

アパートが良く見える高台に、双眼鏡を覗いている二人がいた。
一人は金髪のロングヘアーに、虹彩異色症によって左右非対称の色が違う目を持つ女性と
もう一人は年は40代前半といった感じの男性だった。
双眼鏡の先には炎上しているアパートがあり、その姿を真剣な目で見つめていた

「薬の効果は立証できたけど、こんな惨事になるなんて………」
「…………女の情念のなせる業…か」

溜息を一つ吐き、双眼鏡を下げた男性は隣の女性の方を振り向き

「君のせいではないよ。あの薬は未完成だったにもかかわらず、あそこまで命を繋ぎ止められたのは
ひとえに彼女の一念、「会いたい」……ただそれだけだったんだろう」
「確かに……。本来でしたらもうとっくに墓の下に入っているはずの彼女が
執念で本懐を遂げることができた……。本望でしょうけど……けど!」

やっとけたたましいサイレンの音と共に消防車が駆けつけ、消火作業を見ていた男は

「しかし、これで薬の有効性ははっきりしたから私の研究も次の段階にいけそうだ」
「そうですね。ここまでこれたのも全て弥生さんという素晴らしい協力者あってのことですね」

協力者か……、弥生くんが聞いたら何て言われるか……まあこれでメドはつきそうだ
私の研究………「人造人間」の研究がいよいよ現実味を帯びてきたな…………

 

   

 

    「分裂少女」  完

2006/10/25 To be continued....

 

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