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スクエア☆アタック



第1回 『プロローグ』

―――朝―――
小鳥の囀り、新聞配達のバイクの音、学校の校庭での運動部の朝錬、
遠くの公園から聞こえるラジオ体操の音楽………
よく朝は静か、なんて言うけれど我が家の周りに限っていえばそうでもないだろう。
……いや、「周り」じゃなくて、「内」も喧しかったな。
まだ重い瞼を無理やり開けて時計を見た。

6時30分

「そろそろ始まるかも………」
すると一階の台所から女性の言い争う声が聞こえて来た。
「これで後30分は寝れるな。」



「当番を勝手に変えないで!!今週は私が料理当番なんだから!!」
「や〜だ〜!!占いで言ってたもん!!「蠍座のあなたは料理をすれば異性運アップ!」って。
だから優那が料理する〜〜!!」

料理当番の三条千晴(さんじょうちはる)とそれを横取りしようとする氏本優那(うじもとゆうな)
が料理担当の証である「エプロン」を綱引きのように
引っ張り合っていた。

「は〜な〜せ〜!!」
「や〜だ〜!!」

渾身の力で引っ張りあうので、エプロンがいよいよ千切れるかという時

「お姉ちゃんたち!!何やってるの?喧嘩してる場合じゃないでしょう?
全く、朝から飽きもせず……」

部屋に入ってきた尼知友紀(あまちゆき)の一喝でエプロンの取り合いをしていた二人は
しゅんとなった。

「千晴お姉ちゃん、もう時間もそんなに無いし大至急朝食の用意をして。」
「わ、わかったわ。」

争奪戦に耐え抜いたエプロンを掴んで台所へ走っていった。
まだ諦めきれない優那は恨めしそうに千晴を睨んでいたが、友紀の眼光に気負い負けしていた。

「優那お姉ちゃん!」
「は、はい!!」

友紀はドスの効いた声で姉の我侭を嗜めた。

「ダメじゃない!!決められたルールを破っちゃ!!今週は千晴お姉ちゃんが料理当番で、
優那お姉ちゃんがお買い物と大智お兄ちゃんを起こす当番でしょ?
この当番制を破るつもり?」
「うう〜」

この家では留守にしがちな大智の両親に代わり、三人の「幼馴染」がこの家の生活を支えていた。

大智の家を向いて右隣が「クラスメイト」で「幼馴染」の三条千晴が住む家
左隣が「お姉ちゃん」で「幼馴染」の氏本優那が住む家
お向かいが「従妹」で「幼馴染」の尼知友紀が住む家

この三人、とにかく昔から大智を巡って死闘を繰り広げてきた。

おままごとをすればだれが奥さん役をするかでケンカになり
プールに行けば溺れたふりをして抱きつこうとしたら、嘘がばれてケンカになり
花火をしたら互いに打ち上げ花火をぶつけ合って、火傷し
クリスマスにはプレゼントに三人とも「私の初めてをア・ゲ・ル♪」と言って、
ケーキをぶつけ合う大喧嘩になったりもした。

しかし、大智の両親が留守にしがちになってきたことと、ある事件をきっかけにして
数年前に紳士協定を結んだのだった。

「いい?喧嘩ばかりしていた私たちが紳士協定を結んだ理由は知ってるでしょ?」
「う、うん。」

優那と友紀はその理由を思い出したのか、俯いてしまった。

「あの事件を教訓にして私たち三人は、たとえ表面上だけでも仲良くやってきたんだから。
ここで優那お姉ちゃんが協定を破ると言うのなら……」

友紀は掛けていた眼鏡を掛け直し

「大智お兄ちゃんの家を出入り禁止に……」
「やだやだやだ!!!それだけはやだー!!」

優那は友紀に掴みかかって泣き崩れた。泣きながら、ごめんなさいごめんなさいと
連呼しながら泣く姿はとても痛々しかった。

私たち三人にとって出入り禁止は「死」を意味しているからね……

友紀はビービー泣き叫ぶ優那を落ち着かせ

「分かってもらえればいいのよ。だからもう泣かないで。仮にも一番年上なんだから。
さ!そろそろ朝食も出来るから早く大智お兄ちゃんを起こしに行ってきて。」
「ぐすっ……すん……わかった……」

泣きはらした真っ赤な目と、鼻を啜りながら大智を起こすために二階へ上がっていった。



くすん、なによ友紀ったら……。ちょっと頭が良いからって偉そうにしてさ!
あの時アメリカの……なんていったっけ……なんとか大学に留学すればよかったのよ!
それなのに「大智お兄ちゃんを置いてはいけません!!」なんていってさ!!
……優那はみんなのお姉ちゃんなんだからね!偉いんだぞ!!だけど千晴と友紀ったら
いっつも馬鹿にして……大智だけね。ちゃんとお姉ちゃん扱いしてくれるし、頼りにしてくれるし。
千晴と友紀!覚えてなさいよ!いつか必ず協定なんか破って、
二人を出し抜いて大智と結婚しちゃうんだから!!

今ここに狐と狸の騙し合いが始まろうとしていた。

第2回 『優那の下心』

友紀に窘められ、大智を起こすために渋々二階に上がっていった優那だったが、
階段を一歩上がるごとに、渋い顔は段々と頬が緩み、二階に着いた時にはデレデレ顔になっていた。

まあ料理当番は駄目だったけど、この大智を起こす当番は特別だわ。
協定上、普通じゃ二階に上がれないけど、この時だけは堂々と行けるし、
それに何より大智の部屋に入れて寝顔を堪能できるから……ハアハア。

一、 特別の理由なく、二階に上がることを禁じる。
但し、緊急の要件や大智もしくは、他二名の許可があればこの限りではない。

大智の寝ている姿を想像するだけで顔は赤くなり、息は荒くなり、心臓の鼓動は
激しくなる一方だった。

早く、早く会いたい。

ドアの前に立つと、深く深呼吸し優しくノックした。

「大智〜〜朝よ〜〜起きなさ〜い。」

しかしドアの向こうで起きた気配はしなかったので

「も〜しょ〜がないな〜、直接起こすか〜。」

全然しょうがなくない顔をして、いやむしろ笑顔で優那は大智の部屋に入った。
大智の部屋は六畳部屋で、部屋の中央に布団を敷いて寝ていた。ゆっくり近付くと、
足に何か当たった。よく見ると

「これは……Tシャツ?」

たぶん昨日着ていたのを脱いで、投げっぱなしにしたのだろう。

「あらあら、大智ったらだらしないわね〜。お姉ちゃんが片付けてあげる。」

片付けると言いながら、なぜかTシャツを懐に仕舞い込むと、布団で安らかに寝ている
大智に近付き、耳元でそっと囁いた。

「大智?早く起きなさい。でないとお姉ちゃん悪戯しちゃうよ?」
「ぐ〜ぐ〜」

どうやら全く起きる気配はないようだ。少し思案した優那はいい案が閃いた。

「そういえば「眠れる森のなんとか」って絵本では寝ている王子様に王女がディープキスしたら
目覚めて、王子様が一目ぼれで結婚しちゃう話だったわね。そして優那の王子様は……」

優那は大智を見ると、やっぱり熟睡していた。

「……うん!しょうがないわね。起こすためだもの。本当はイヤだけど、
仕方ないからキッスで起こすか♪」

あーだこーだ屁理屈を言いながら、嫌な顔どころか嬉しそうに
無防備の大智の唇を奪おうとしていた。

(うふふ……ファーストキスは優那がもらったわ!)

しかし、悪いことは出来ないもので、あと数センチの所で、一階から荒々しく
階段を駆け上がる音と叫び声が聞こえて来た!

「優那お姉ちゃん!!一分経ったよ!!何やってるの!!」
「お姉ちゃん!!また大智に変なことしてるんでしょ!!」

一、 一分以内に大智を起こすこと。
事情によりそれ以上掛かる場合は他二人を呼び、協議すること。

「ちっ、もう時間か。少しくらいのオーバーで目くじら立てて……」

友紀と千晴が大智の部屋に乱入した時、優那は大智の布団を揺すっていた

「大智〜。朝だよ〜。起きて〜。あっ起きた?朝だよ」

一生懸命起こそうとしている優那を見て、二人は目を合わせた

((怪しい……))

とはいえ大智も起きたし、パッと見では何も怪しい所は無いので

「優那お姉ちゃん!一分過ぎるようだったら私たちを呼んでよ!!
でないと無用の誤解を受けることになるよ!!」
「そうよ!唯でさえ朝から我侭全開だったんだから、「何かしている」って
思われても仕方ないよ!!」

さすがに二人に責められては分が悪いので、「ごめんなさい」と素直に謝った。

「?何だか素直ね。まあいいわ。大智お兄ちゃんも起きたし朝食にしましょ。」

大智が着替えるので皆が部屋から出ようとした時、友紀は優那の体の変化を見逃さなかった。

「優那お姉ちゃん……いつからそんなにお腹大きくなったの?」

見ると優那のお腹は何だか不自然に膨らんでいた。千晴も見て

「あれ?本当だ……変ね」
「二人とも何言ってるのよ。元々これぐらいあったわよ。」

二人の疑惑の指摘に優那は必死に言い訳していた。しかし友紀は

「もしかして、大智お兄ちゃんの私物を隠してない?」

友紀の確信を突いた指摘に優那はあわてて

「な、な、何言ってんのよ!優那が大智のTシャツを取るわけないでしょ!」

友紀は深く溜息をついた
優那お姉ちゃん……バレバレだよ。全く…どうしてそうすぐばれる嘘をつくんだか……
さて、腹に隠してる物を無理に引っ張りだそうとすると乱闘になるだろうし、
かといって見逃すのはもってのほかだし……うん、ちょっと引っ掛けるか。

友紀は大智に近づいて

「大智お兄ちゃん、ちょっとこのズボン借りるね。」
「あ、ああ。」

大智からズボンを借りた友紀は

「優那お姉ちゃん、これあげる。」

優那めがけて大智のズボンを投げた。

「あ!大智のズボンだ〜♪」

両手で優那はズボンをつかんだ。するとお腹から何かが落ちた。素早く友紀がそれを取ると

「これ……大智お兄ちゃんのTシャツ?」
「あ!本当だ!お〜ね〜え〜ちゃ〜ん!!!」

「え?……あ!いや、これは……えへへ」
「笑って誤魔化そうとしても駄目よ!もう今日という今日は……」
「千晴お姉ちゃん!落ち着いて。ここは大智お兄ちゃんの部屋だよ」

友紀の言わんとしていることが分かり、千晴は黙ってしまった。

「千晴お姉ちゃんの言いたいことは分かるから。まずは大智お兄ちゃんに着替えてもらって、
朝御飯にしよ。その後優那お姉ちゃんにはちょ〜っとお灸を据えないと」
「じゃあ、優那は大智の着替えのお手伝いを……、ん?友紀どうしたの?さっさと
下に行って……痛い痛い!!髪の毛引っ張んないでよ〜!!あ〜ん大智〜!助けて………」

友紀に髪の毛を鷲掴みにされて、引きずられていく優那を大智は
ただ黙って見ているしかなかった。

着替えも終わり、一階の茶の間に行くと既に朝食の用意は出来ていた。

「あ、大智お兄ちゃん来たね。じゃ、食べましょ。」
大智はいつもの指定席のテーブル中央に座り、その両隣には友紀と千晴が座った。

「あれ?たしか今日は千晴と優那お姉ちゃんが俺の隣じゃなかったっけ」

大智が壁に掛かっているスケジュール表を見ると

「月曜日 優那 大智 千晴」

となっていた。しかし、今大智の隣は友紀と千晴が座り、優那はというと……

「うっ……ううっ……お姉ちゃんなのに……」

髪の毛は乱れ、目を腫らし、唇を尖らせながらぶつぶつ文句を言って
大智の正面に座っていた。

一、通学、食事の際、大智の両隣は三人が協議をしてスケジュールを決め、
それに従うこと。但し、大智もしくは他二人の要望があれば変えてもよい。

「大智お兄ちゃ〜ん、えへへ」
「あ!大智!トマトも食べなきゃダメでしょ!口開けなさい、私が食べさせてあげる」

友紀と千晴は大智との朝食を楽しんでいた。ただ優那は……

何よ……ちょっとTシャツ持って帰ろうとしただけで髪の毛鷲掴みされて
引きずられるなんて……髪の毛全部抜けるかと思ったわ……いたた

ぶつぶつ文句を言いながら、パンを齧っていた。しかし、神は優那を見捨てなかった。

「あ、優那お姉ちゃん、そこのリンゴ取って」

大智が優那の近くに在ったリンゴの皿を取って欲しいと言ってきた。優那は笑顔で

「ん?リンゴ?……!お姉ちゃんが食べさせてあげる♪あ〜ん」

優那はリンゴを先割れスプーンで刺して、大智の口へ運んだ。

「おいしい?じゃあもう一個。あ〜〜ん」

大智と優那のやり取りを友紀と千晴は目で会話していた。

(ちょっと!アレいいの?)
(残念だけど、優那お姉ちゃんは何も違反していないわ)
(くっ……)

千晴はギリギリと歯軋りをして

お姉ちゃん、全然反省の様子はないわね!……まあいいわ。これでペナルティーが
終わったと思わないでよ!!……ふふっ朝の通学が楽しみだわ。

第3回 『友紀の秘密』

優那、友紀、千晴の三人は学校へ行く準備のために一旦それぞれの家に戻っていった。
三人が呼びに来るまでの数分間は数少ない大智が一人になれる時間だった。
テレビの情報番組を見ながらコーヒーを飲む……
この一時は大智にとって落ち着ける時間だった。

ふう……今日も今日とて慌ただしい朝だったな。
それにしても三人ともあの時と比べれば仲良くしてるようだな。
……あの時……あの時か……

「みんなみんな、大智に近づく女は殺してやる――!!」

優那が狂気に取り付かれた時のことを思い出して寒気が走った。

もう大丈夫。あの時のようなことは起きないはずだ。三人が仲良くしてる限りは……

「大智お兄ちゃん!学校行こ!」
「大智!学校行くわよ!早く早く!!」

玄関から友紀と千晴が呼んでいたが、時計を見るといつもの出発より随分早かった。

あれ?今日はいつもより早いな。どうしたんだろ。

学校へ行く準備をし、玄関に出てみると、制服姿の二人が笑顔で立っていた。

「さ、大智お兄ちゃん。行きましょ」
「大智、お弁当持った?忘れ物ない?さっさと行くわよ!」
二人に両手をがっちりとホールドされ、歩きはじめたが何か忘れてるような……。あ!

「ち、ちょっと二人とも!優那お姉ちゃん忘れてるよ!置いてくの?」

二人は大智を引きずりながら

「ああ、優那お姉ちゃんならほっといていいから」
「そうそう。ちょっとお仕置きしないと。そんなことより早く行くわよ!」

二人にズルズルと引きずられながら、大智は一抹の不安を感じた。

大智が通う学校までは電車で通学しているが、場所がかなり郊外にあるため、
殆どの学生が電車通学を余儀なくされていた。もちろん大智らもその例に漏れず、
電車に乗るためにホームで電車が来るのを待っていた。
いつもより早くホームに着いたが、電車待ちの学生で混雑している中、
大智は何か胸騒ぎがした。

心配だな……優那お姉ちゃん。暴走してなきゃいいけど……

しかしそれは無理な話だった。

ホームに溢れている学生を掻き分けて、誰かがこちらに走ってきた。

「うわ〜〜〜ん、大智!大智〜!!」

あ!……やっぱり。

目からは大粒の涙を流しながら、優那は大智の元に真っ直ぐ駆け寄り、抱きしめた。

「大智!大智!!酷いよ置いていくなんて!!お姉ちゃん怒ってるんだからね!!
怒って……うわ〜ん!!」
「優那お姉ちゃんごめん。置いてくつもりはなかったんだけど……」

すると今まで泣いていた優那がピタリと泣き止み

「……まさかあんたたちが!!」

優那に睨まれた友紀と千晴だったが、全く悪びれた様子もなく

「大智お兄ちゃんの手、と〜っても暖かかったわ。」
「全く、大智ったら手握らないと通学1つ出来ないんだから。」

二人とも!これ以上挑発しないで!!

「友紀!千晴!そんなにひどい事するなら、優那がやっつけてやる!!」

ボクシングのファイティングポーズっぽいポーズを取る優那。だが友紀、千晴にしてみれば、
そもそもの始まりは優那の我儘だっただけに堪ったものではない。

「はあ?何言ってんのよ!ケンカはご法度よ!!」

一、本気の喧嘩は理由の如何を問わず、両成敗とする。
   これ一切の例外を認めない禁忌とする。

「そうよそうよ!!大体優那お姉ちゃんがケンカ出来るわけないでしょ!!
デカ尻!ウシ乳!アソコがゆるゆるのあ〜ぱ〜お姉ちゃんのくせに!!あっかんべー」

友紀!!いくらなんでも言いすぎだよ!!優那お姉ちゃん怒っちゃうよ!!

友紀のあまりの暴言にさすがの優那も眉を吊り上げ、頬を膨らませた。

「お姉ちゃんを……ばかにするな――――!!!!」

遂に優那は怒り、取りあえず目の前にいた千晴に向かって腕をブンブン振り回して
ポカポカ叩きだした。しかし全然痛くない上に……かわいい。

「ち、ちょっとお姉ちゃん!落ち着いて!……あだ!!」
「優那お姉ちゃん!元はといえば優那お姉ちゃんの我儘が原因なんだから!!」

嗜めようとした友紀だったが、今の優那に理屈は通じなかった

「優那ゆるゆるじゃないもん!キツキツだもん!大体アソコに毛の一本も生えてない
パイパン娘に言われたくないもん!!」

「な!!!!!!!!!!!!!」

その瞬間沈黙がホームを支配し、誰も彼も言葉を発することが出来なかった。
ただ、暫くしたら徐々に周りからヒソヒソ話が聞こえてきた。

(パイパンだって……)
(パイパンだったのか……)
(学校一の才女と謳われていたのに……パイパンとは……)

今まで隠してきた秘密がよりによって公衆の面前で優那の口から暴露され、
今度は友紀が我慢の限界を超えた。

「優那お姉ちゃん!!!殺す!今ここで殺してやる!!!」

友紀は顔や耳を真っ赤にして腕をブンブン振り回して優那をポカポカ叩いた。
やっぱり痛くない上に……かわいい。

「ふーーんだ!チビでつるつるでひんぬーのくせに生意気なのよ!!」
「あー!言ったわね!占いバカの赤点女が!!」

二人がお互いをポカポカ叩いているのを大智と千晴は溜息まじりに見ていたが、
反対側のホームにいたこの二人も面白可笑しく眺めていた。

「先輩、何ですか?あのコントは」
「え?ああ、知らないのか?我が校名物の三人娘を」

後輩は頷いた。
すると先輩は一枚の紙を後輩に差し出した。

「あの三人にはそれぞれにファンクラブがあるぐらい有名だぞ。
しかもトラブルの種も尽きないときたもんだ。この紙に三人娘の基本データが載ってるから
これを見て、トラブルに巻き込まれないようにしろよ」

後輩はイマイチよく分からない顔をしながら、その紙を見た

     「尼知友紀」
    身長「149、5」

所属クラス「1−2」
    属性「従妹」「幼馴染」
所属クラブ「科学部」
装備スキル「口撃」(論理的かつ辛辣に相手を言い負かす)
      「天才」(大学教授も真っ青)
      「眼鏡」(萌えポイント)
      「行動力」(即断即決)

パワーバランス「魏」

     「三条千晴」
    身長「155,3」

所属クラス「2−3」
    属性「クラスメイト」「幼馴染」
所属クラブ「弓道部」
装備スキル「弓攻撃」(ハート以外は百発百中)
      「独占欲」(大智のみ)
      「家事全般」(特に料理)

パワーバランス「呉」

     「氏本優那」
    身長「163,3」

所属クラス「3−1」
    属性「お姉ちゃん」「幼馴染」
所属クラブ「帰宅部」
装備スキル「お姉ちゃんこんぴゅ〜た」(大智のみ)
      「お姉ちゃんれ〜だ〜」(半径2キロにいる大智をキャッチ)
      「お姉ちゃんあたっく」(フライングボディアタック)
      「お姉ちゃんふぁいなるうぇぽん」(大智に夜這いし、妊娠して結婚を迫る)

パワーバランス「蜀」

後輩はこの三人娘のデータが書いてある紙を見て、幾つか疑問があった。

「先輩、このパワーバランスの魏呉蜀って何ですか?」
「ん?それは三人娘のパワーバランスを三国志を例にして表しているんだ。
例えばこの三人の中では友紀ちゃんが「魏」で、他の二人よりも強いってことさ。
まあ高い知性と行動力は他の二人を圧倒しているからな。」
「ふーん、じゃあこの「呉」は?」
「千晴ちゃんの「呉」は実力は有るのだが、チャンスに弱いってことと、
他の二人に比べて存在感がちょっと薄いってことで「呉」と。」
「じゃあ最後の「蜀」は?」

それを聞いた瞬間、先輩は困った顔をして

「う〜ん、優那ちゃんの「蜀」ね……。まあ他の二人より明らかに頭が弱いってことで……。
本当は「匈奴」や「南蛮」ってのもあったんだけど、さすがにそれじゃアレなんで
余った「蜀」になったわけ。ちなみに優那ちゃんのあだ名は劉禅だとさ」

後輩はよく三人の人となりは知らないが、この紙を見て何となくは分かった。

「さ、電車も来たし行くぞ」

第3話 『千春の優越』

千晴は学校の授業が大好きである。しかし、勉強が好きというわけでは無くてむしろ嫌いな方である。
それでも大智にみっともない所は見せたくないのか、何とか成績は真ん中をキープしている。
しかし勉強は嫌いでも体育と家庭科の成績は良く、特に弓道部での成績は県大会に出場するほどである。
さて、勉強嫌いの千晴が授業を好きな理由……それはただ一言。

「大智の隣にいられる」からである。

大智と千晴は机が隣同士なため、邪魔が入ることなく大智の存在、空気、
匂いを堪能することができたのだ。
そして今日も千晴は大智を人知れず見入っていた。

大智ったら随分眠そうね……。天気の良い窓際ってのは気持ちいいからね。あ、もしかして
昨夜ゲームをやりすぎたんでしょー。んもうだめよ!!ゲームのやりすぎは目に悪いし
寝不足は体調不良の原因よ!!
……そういえば優那お姉ちゃんは三日徹夜でネットゲーしたことがあるって言ってたわね。
あ〜〜だから頭がアレなのね。
あっあっそんなに欠伸していたら先生に見つかるわよ!!
でも静かだわ。いつもなら大智の周りには騒がしい連中が多いけど、この授業中だけは静かに、
私だけが大智を独り占めできるわ。
おっとそうだわ!例の作戦を発動しなくちゃ

「ねえねえ大智」
「ふああ……ん?何?」
欠伸をしつつ気だるそうに大智が振り向くと

「ごめ〜ん、教科書忘れてきちゃったんだ。ちょっと見せて」
「え〜、しょうがないな。じゃあ机をくっ付けちゃって」

千晴は必死に嬉しさを隠しつつ済まなそうに机をくっつけた。
二人の机の真ん中にノートを置いて、眠気を堪えつつ何とか勉強する大智を千晴は堪能していた。

こうして大智に密着しながら勉強するなんて……うふふ。これだけは他の二人には無い
私だけのアドバンテージ……。
でもこんな姿を見られたらあのアホな優那お姉ちゃんは
「優那もくっつくーーー!!」って騒ぐだろうし、堅物の友紀は
「乱りに大智お兄ちゃんに触るのはあらぬ疑いが掛かるよ?」なんて言って脅迫するんだろうなー。

―――お昼―――

この学校は食堂があり、結構格安で美味しいと評判のため昼時となると大部分の生徒が
食堂にあつまって食べていた。
ただ大智は食堂を利用した事は無く、もっぱら弁当だった。

というのも三人とも必ず弁当を、今日の食事当番が用意し大智の教室で食べると言い張るので
教室で食べているのだが、その弁当に問題が……
優那の弁当は生の魚を挟んだりしたゲテモノサンドイッチ限定で、友紀はこげこげの弁当と
およそ人の食べる代物ではない。
唯一千晴の弁当だけが美味しく食べられる弁当だった。

「はい、大智の分の弁当よ」
「お、いつも悪いな……ありがとう」
「べ、別に昨夜のおかずの残り物だし、大した手間じゃないからいいわよ」

しかし、大智の弁当のおかずには明らかに昨夜出たおかずとは違うのが入っていた。
そんな千晴に感謝しつつ弁当を食べようとしたら

「あっ!ダメダメ!!まだ二人来てないんだから!!もうちょっと待ってみよ!」

案の定、残り二人もこのお昼は大智と弁当を食べるのを楽しみにしているので、すぐにやってきた。
優那と友紀は教室に入るなり猛ダッシュで大智がいる机まで走り、二人して大智の席の前の椅子を
掴んで離さなかった!

「友紀!!優那が先に椅子を掴んだんだから離せーーー!!」
「うそ!!私が先よ!!優那お姉ちゃんが離してよ!!」

二人してまったく譲る気が無く、力の限り引っ張り合っているので椅子がギギギ…と軋み始めた
このままじゃお互いが譲る前に椅子が真っ二つになりかねないので大智は千春に

「千春、席替わって」
「え?う、うん」

窓側が千春、その隣が大智になりまだ椅子取りをしている二人に

「優那お姉ちゃん、友紀、ほら喧嘩しないで俺の隣か前に座ったら?」

一旦椅子取りを中断した二人はそれを見て、何やらヒソヒソ話をしたと思ったら
友紀が正面、優那が隣に座った。

「やっと食べれる。んじゃいただきます」

しかし戦いはこれで終わりではなかった

「はい大智、大好物の卵焼きだよ。あーーーん」
「あーーーん……んん!!美味い!!やっぱり千春の卵焼きは絶品だな!!」
「とーーーぜんよ!!私が作ったんだから!!」

このお昼という場において、千春は無敵の強さを誇った。というか優那と友紀が料理においては
からきしダメダメすぎるのた。
料理ということにおいては大智の信頼も厚いし、優那も友紀も千春の料理が好きだったのだ。
そんな不利な条件でも、友紀は

「大智お兄ちゃん、お兄ちゃんの唐揚げ頂戴」
「ん?良いよ。はい」

大智が箸に摘んだ唐揚げを持ち上げた瞬間、友紀は大智の箸ごと食らい付いた

「「あーーーー!!」」
「モグモグ……ん。「大智お兄ちゃんがくれた」唐揚げは美味しい♪」
「ちょっと友紀!!あんた何やってんのよ!!」
「う〜〜〜優那もやる!!大智口開けて!!」

その後、大智の口には三人分のおかずが詰め込まれるハメになったのは言うまでもなかった。

放課後、友紀と千晴は部活のため、大智は優那と二人で帰路についた。
夕日に照らされた町並みにちょっとしんみりしつつ、ゆっくり歩いていたら優那が
何か思いついたのか笑顔で

「ねえねえ大智、今から遊びに行かない?」

腕をがっちり掴まれ、体をぐいぐいくっ付ける優那に大智は赤面しつつ

「え?駄目だよ!!道草くっちゃ!!早く帰って家のことしなくちゃ」

友紀や千晴にも色々都合があったりするので、いくら家事をみんなに任せきりでも大智はせめて
早く帰った時ぐらいは洗濯物の取り込みや掃除をしたりしていた。ただ、優那はそれが面白く無いのか
頬を膨らませて

「え〜〜〜〜!!やだ!!せっかく二人きりなんだから遊ぶの!!ねえねえ買い物いこ!!」

大智の腕を掴んで商店街へ向かう優那に、抵抗は無意味と悟った大智は観念して

「わかった!!わかったから引きずらないで!!……それじゃ買い物いこうか」
「わ〜〜〜〜い、やった〜〜!!早く早く!!」

嬉しさのあまりぴょんぴょん跳ね回る優那を見て「しょうがないな」と苦笑しつつ大智は商店街へ
向かおうとした次の瞬間、二人の進路を塞ぐように猛スピードで一台のベンツが止まった。
何事かなと思っていたら勢いよくドアが開き、黒服の屈強な男が飛び出してきて
二人を取り囲み、その中の一人が

「笹本大智だな?我々と一緒に来て貰おう」
「へ?」

大智は何が何だかさっぱりだったが、身の危険を感じて一瞬抵抗しようと考えたが、
男たちの動きは素早く、大智の口と鼻をハンカチで塞ぎ、眠らせてしまった。そして大智を抱えて

「よし、撤収だ」
「ちょっとちょっと!!あんた達だれよ!!私の大智を離せ!!!」

男の一人に優那が掴みかかっていたが、所詮女性一人の力ではどうすることもできず、
逆に男の拳を腹にくらってしまった。
衝撃でアスファルト上に転がった優那は息が出来ず、お腹に穴でも開いたような感覚に苦しみ、
嘔吐しながらその場に蹲ってしまった。
男は懐から写真を取り出し、写真と優那を見比べて

「お前が氏本優那か。お嬢様はお前を見つけたら「生きたまま海に沈めろ!!!」と仰っていたが、
我々はそこまでしたくない。この男のことは金輪際忘れろ。それがお前のためだ」

そう言い残し、男たちは去っていった。

「うう……、ケホッケホッ……、痛いよ大智……、大智……行っちゃやだ……」

優那は苦しみながらも大智の名を呟き続けて手をのばしたが、
ほどなく意識が途切れ倒れてしまった

第4話 『咲希の嘲笑』

「大智様、お目覚め下さい」
「う〜〜〜〜ん」

何者かに体を揺すられ、眠らされていた大智はゆっくりと目覚めた。

「あ、あれ?ここは?確か下校途中に………!!!!」
「無礼を働いたことはお詫び致します。詳しい説明は後ほど致しますので今は暫くの間、
無言のまま座っていて下さい。」

隣に立つ黒服の男の威圧するような空気と言動によって、大智は
何も言えずに従うしかなかった。

でもここは何処だろう……。真っ暗で何も見えないけど、前方からスピーカーごしに
誰かが喋っているのが聞こえるな。

「……………で、ございますので私はこの街に帰ってきました。それではご紹介致しますどうぞ!!」

次の瞬間、真っ暗だった大智の前方が下から除々に明るくなってきた。
見渡してみると、どうやら何処かの舞台の上にいて、前方の幕が上がっているのがわかった。

「この方が私の許婚の!!笹本大智様ですわ!!!」

高台に設置されていたスポットライトによって大智に光が集まり、眩しくて目を細めていたら
多分さっきまで喋っていた人であろう、誰かが近づいてきた

「やっと………逢えましたわ」
「え?」

やっと聞き取れるぐらいの声で語りかけてきたと思ったら、今度は観客に向かって

「皆様方!!私はこの笹本大智様と共にこの街で暮らし、一生を添い遂げる想いです!!!
どうか暖かく見守っていて下さい!!!」

主催者なのか、スピーチが終わった瞬間、観客席から割れんばかりの拍手が沸き起こった!!!
観客席の人々は立ち上がり、口々に祝福の言葉を述べていた。
スポットライトの光が眩しくてよく見えないが、どうやら観客席の方はなにかパーティーでも
しているのかいくつものテーブルを囲んで食事でもしているようだ。
ある程度拍手が鳴り止んだ所で

「それでは皆様方、今夜は記念すべき日ですので大いに飲み、食べ、騒いで下さい」

スポットライトが消え、やっと周りを見渡してみると、そこはどこかのホテルのパーティー会場なのか
豪華で大きい部屋のようだ。そこに呼ばれたのか何百人もの人たちがテーブルを囲んで
談笑しているのが見えた。その光景に唖然としていたら

「大智様、ここでは何ですので別に部屋を用意しております。詳しい説明はそこで………」

その人は大智の手を優しく掴み案内し、大智は案内されるままに付いていった……

一面に広がる草原……白いテーブルを囲む大智と優那……
優那の隣でキャンキャン吠えている柴犬の千晴と友紀……

「はい、大智あ〜〜〜〜〜〜〜ん」
「あ〜〜〜〜〜〜ん、…………うん!!!おいしい!!千晴なんか問題じゃないよ」
「本当?嬉しいな。じゃあ……次は……あま〜〜〜い優那をた・べ・て♪」
「うん!!いただきま〜〜す」
「ちょっとお姉ちゃん!!!起きてよ!!!」




「ちょっとお姉ちゃん!!!起きてよ!!!」
「う〜〜〜〜〜〜〜ん、むにゃ………あれ?」
「あれ?じゃないわよ!!大智は?大智はどこなの!!!」
「大智〜〜〜〜?さっきまで一緒にごはん食べてたよ〜〜〜。え?柴犬が喋ってる……」
「誰が柴犬よ!!!!今すぐ目を覚ましやがれ!!!!!」

千晴のチョップがベットに寝ている優那の頭にクリーンヒットして、
ようやく現実に戻ってきた優那だったが……

「あ、あれ?ここは?……そういえば………う、うわ〜〜〜ん、大智が!大智が〜〜〜〜!!!」
「ち、ちょっとお姉ちゃん落ち着いて!友紀、上手く説明してあげて」

友紀は混乱している優那に、大智が攫われたあと倒れていた優那を通行人が見つけてくれて
救急車を呼んでもらったこと……
病院についた時に優那の学生証を見た担当医が学校に連絡をしてくれ、
こうして二人が駆けつけてきたことを説明した。

「それで、大智お兄ちゃんはどうしたの?事と次第によっては……」

友紀のドスの効いた、地獄の底から響くような声はこの場にいる全員が逃げ出したい衝動に
駆られるぐらい、今の友紀は本気で怒っていた。

「うっ……ぐす……うんとね、途中まで一緒に帰っていたら、黒い車から黒服の男が出てきて、
そのまま大智を連れ去って―――」

優那は二人の表情を見たら、最後まで喋ることが出来なかった。

「ね、ねえ……こ、怖いよ二人とも!!」

千晴は鬼のような、逆鱗に触れたような表情をし、
友紀は無表情だが、青筋が浮き出て、目で見た物全て破壊するような目で優那を睨み付けた

「ねえ友紀?……どうする?ここは警察に行く?」
「警察を待ってたら時間がかかりすぎるわ。それより私に心当たりがあるわ。」

その友紀の言葉に優那と千晴は驚き

「さっすが友紀ね。もう分かったんだ」
「……で、その心当たりって?」

のん気な優那とは違い、千晴は顔の表情を崩してはいなかった

ここまでのことをする人間はそういないはずだわ。しかも大智に少なからず縁があるってことよね。
私たち三人以外にそれに該当する人間って………いたかしら?

「お姉ちゃんたち、最近大智お兄ちゃんの家の裏で今、何か家の工事をしているのは知ってた?」
「こ〜じ〜?……あーー、そういえば何かしてたわね」
「確か空き家だったあの家を改装工事しているってのは聞いたけど……それが?」

友紀は呆れたような目で二人を見て

「忘れたの?昔あの家に住んでいた不倶戴天の敵を……」
「敵って…………あ!!!!!!ま、まさか………………」

不思議そうな顔をしている優那に対して、千晴と友紀は深刻な顔をして

「ヤツが……ヤツが帰ってきたっていうの?……ど、どうしよう?」
「そうね……現状じゃ全く情報が無いから、ちょっと危険だけど―――」

「さ、大智様、お座り下さい」
「う、うん……」

大智が案内された部屋……それは高価な装飾や家具が並ぶ、一目見ただけでも圧倒されるような、
テレビでしか見たことの無いような豪華な部屋だった。

「さて、先ずはこの屋敷に案内する際に無礼を働いたことを深くお詫び致します。
キチンと説明してご案内すればよかったのですが……」

あまりにも色々なことがあったので、まだ状況が理解できなかったが
目の前にいる人は年の頃は自分と同じぐらいだろうか、
ロングヘアーにドレスを纏い、柔らかい表情に抜群のスタイル。
まず間違い無く世間一般基準では「美人」であろう人が、ちょっと頬を染めながら話していた

「あーー、それはもういいんだけど……まずさ、君はだれ?」

目の前にいる女性は、ショックなのか少しだけ俯いて

「そんな……もう忘れてしまいましたか?……小さい頃よく遊んだ「許嫁」の女の子のことを……」
「許嫁?………」

小さい頃?許嫁?……そういえば、家の裏のお城みたいな家に住んでいた女の子と
よく遊んでいたな……たしか結婚の約束もしたような……その子の名前は……確か……

「えーーーと、もしかしてさっちゃん?」
「そうですわ!!!あなたの「許嫁」で「幼馴染」の一ノ宮咲希(いちのみやさき)ですわ!!」

感極まったのか椅子から立ち上がり、両手を広げて大智に駆け寄って抱きしめ、その胸に顔を埋めて

「ああ……今日という日をどんなに待ちわびていたか……もう絶対離しませんわ」
「ち、ちょっとさっちゃん、久しぶりだけど今までどうしてたの?怪我はもういいの?」

一瞬だけ、体がビクンと反応したが、顔を上げた咲希は笑顔で

「積もる話もありますが、これからはずっと一緒ですのでゆっくり話しましょ。」
「そういえば、さっきのスピーチでも一生を添い遂げるとかなんとか言ってたね。
それってどういうこと?」

咲希が自身満々で答えるより早く、ドアのノックの音が部屋に鳴り響き、黒服の男が
部屋に入ってきた

「お嬢様、侵入者の身柄を確保致しました。いかが致しましょう?」
「やはりね。予想通りだったわ。……いいわ。ここに連れてきて」
「わかりました」

今の侵入者の話を聞いてから、笑顔だった表情が険しいものになった。
暫くしたらドアの向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきて

「ちょっと!痛い痛い!!離してよ!!」
「あんたたち!!大智にひどい事したら承知しないわよ!!」

ノックと共にゆっくりとドアが開き、見覚えのある三人と共に黒服の男が

「侵入者、連れてきました。」
「ありがとう。外で待機してて」

黒服の男が出ていくと、咲希が立ち上がり簀巻きにされて床に転がる三人を見て勝ち誇った顔で

「ふん!無様で惨めなものですね」
「やっぱり、あんただったのね!!咲希!!」
「下郎の分際で呼び捨てで呼ぶな!!!」

怒った咲希は簀巻きの千晴を蹴り上げ、踏みつけた。
千晴から低いうめき声が聞こえたが、咲希は汚い物を見るような目で睨み

「今までのうのうと大智様と一緒に暮らして……薄汚い雌豚が!!!」
「ふーーーんだ!!お前の方が薄汚いわよ、泥棒猫!!」

悪態をつく優那に対して咲希は――――
無表情でも咲希の目は、憎悪の篭った、怒りで心が満たされているかのような血走った目を走らせ

こいつが……こいつが……私の人生を狂わせ、全てを奪い、拭い取れない傷を付け
あまつさえ自分は大智様の隣にいて……許せない……こいつだけは許せないわ!!

強靭な精神力で、怒りで暴走寸前の心を辛うじて押しとどめ、おもむろに家具の引き出しから
何やら紙の束を出し、それを友紀の前に投げて

「その小切手帖にゼロを好きなだけ書きなさい。その代わり大智様のことは綺麗さっぱり忘れなさい」

投げられた小切手帖を友紀はじっと見ていたが、プイッとそっぽを向き

「お生憎様。お金じゃあ大智お兄ちゃんは譲れないわ。というか大智お兄ちゃんに替わる物なんて
存在しないわ」
「そうよそうよ!!金で解決しようなんて金持ちの傲慢ね」
「誰だか知らないけど、大智は優那がツバ付けてるんだから」

そう……まあ私も金で解決できるとは思っていないわ。残念だわ……出来れば穏便に
事を成そうと思っていたけど、そういうことなら……

「さっちゃん!!!」

黒服に始末の命令を出そうとした咲希に、大智が呼んだ

「さっちゃんお願いだ、皆と話をさせてくれ」

他のこと全てにおいて冷徹な咲希も、大智には甘いのか、それとも惚れた弱みか
大智を見る咲希の目は柔らかく

「ま、まあいいでしょう。大智様がそう仰るなら……。最後の別れでも言ってやって下さい」

三人に近づいた大智はしゃがんで囁くように

「まったく、なんでこんな無茶したの?」
「大智お兄ちゃんが攫われたと聞いて、多分ここにいると思ったんでわざと捕まったんだ。
大智お兄ちゃんがいる限りはアレも無茶はしないと思って……でも甘かったわ。
アレは本気で消す気ね」
「とにかく今は脱出の方法を考えなきゃ」

千晴の脱出の提案に大智は首を振り

「いや、今は脱出は無理だ。皆のことは俺が説得するから先に帰って家で待ってて」
「やだやだ!!大智と一緒に帰る〜〜!!」

我侭を言う優那に大智は優しく

「大丈夫、俺の帰る場所は皆のいるあの家だけだよ。
三人がいて、賑やかで暖かいあの家だけだから……だからちょっとだけ待ってて」

2006/10/07 To be continued....

 

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