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『睡眠倶楽部』祐二



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 今日も一日疲れた。
  大きな音をたてながら布団に倒れ込むと枕を抱き寄せ、そこに顔を埋めた。
  それだけで一気に疲れが体から抜けていくような、そんな感触が心地良い。
  一日の内で最大の幸福の時間だ。軽く目を閉じると、それだけで他には何も要らないと思えてくる。
「「お兄ちゃん、もう寝るの?」」
  わざとタイミングを合わせているのではないかと疑いたくなる程に揃った声で、
  華祈と華折が話しかけてきた。これはいつものこと、ここから先もいつも通り。
「「あたしたちも」」
  軽い音をたてて、僕の左右に二人が寝そべってきた。そのまま腕に抱きついて小さく笑い、
  肩に顎を乗せて甘えてくる。少しうっとおしいけれども慣れてしまえば
  あまり気にならないもので、今は平均よりやや低めの体温が快い。
「「今日はどんなことがあったの?」」
  左右からかかる吐息をくすぐったいと思いながら回想し、話し始めた。
  外出を極端に嫌う癖がある二人は、こうしないと身近な話題からどんどん離れていく。
  本当は外に出るのが一番だけれども、どうも強要出来ないのは身内の弱さだろうか。
「「面白かった。おやすみ、お兄ちゃん」」
  その言葉を合図に、僕は眠りに落ちた。

 お兄ちゃんも、カオリちゃんもよく眠っている。本当に気持ち良さそうで、
  最近の不眠症が悩みのあたしとしては少し羨ましい。
  特にカオリちゃんなんかとは全く同じ生活をしているのに、
  どうしてこんな風になっているんだろう。
  まぁ、お兄ちゃんの寝顔を見れるのは幸せだけど。
  本当に、可愛い寝顔。普段の凛々しくて格好良い顔も好きだけど、
  あたしはこの無防備な表情が一番好き。
  本当に、あたしたちを心の底から信用してくれてるって感じがするから。
  そうでもないと、こんな風に隣で寝ていることなんて出来はしない。
  幸せだなあ。
  このまま、お兄ちゃんも学校に行かずに家の中に居れば良いのに。ずっとずっと三人だけで、
  楽しく遊んで寝て暮らす。それはどんなに楽しいんだろう。想像しただけで、
  笑いが喉の奥からどんどん湧き出てくる。
  あ、笑った。お兄ちゃん、どんな夢を見てるんだろう。
「華祈」
  何で、カオリちゃんの名前が出てくるんだろうな。
「華折、華折」
  あ、今度はあたしの名前。しかも二回も。
  嬉しいなぁ。
  もう、我慢できない。
  気が付いたら、あたしは腕を掴んでいる両手をほどいて、お兄ちゃんの顔へと手を伸ばしていた。

 最初は自分の目を疑った。
  カオルちゃんが、お兄ちゃんにキスをしていた。潤んだ目をして、舌を絡めて、
  昨日や今日に始めたことじゃないのは、見ていれば分かる。
  一体、いつからこんなことをしていたんだろう。
「カオルちゃん」
  冷たい声に、自分自身が一番驚いた。お兄ちゃんを起こさないように小さい声を
  出したつもりだったけど、結構大きな声だったみたい。耳に強く響いて、少し頭がくらくらした。
  それでも、カオルちゃんはキスを止めない。
「カオルちゃん!!」
  さっきよりも大きな声を出すと、やっとカオルちゃんはキスを止めてあたしを見た。
「起きてたの?」
「偶然目が覚めたの」
「見た?」
「もう、あんなことしないで」
  少し考えた様子で天井を向いたあと、カオルちゃんはこっちを向いた。
  口の端をいやらしく釣り上げると、唇の形だけで発音する。
  い・や・だ
  頭を強く殴られたような衝撃が来た。
「何でいうこと聞かなきゃいけないの?」
  仲良しだと思っていたのに。
「大体、昔からカオリちゃんのことは嫌いだったの」
  仲良しだと思っていたのに。
「だから、止めない」
  仲良しだと思っていたのに。
「我慢も、しない」
  仲良しだと思っていたのに。
  だから、あたしは今まで我慢していたのに。
  渡さない。
  お兄ちゃんは、あたしのものなの。

「お兄ちゃん、起きて」
  目が覚めて、ふと違和感を覚えた。
「朝御飯、もう出来てるよ」
  声を聞いて、その違和感に気が付いた。普段はいつも重なっている筈の声なのに、
  今は華祈の声しか聞こえない。どうしたんだろうと思って声の方向を見てみると、
  やはり華祈だけが立っていた。喧嘩の後でさえ、いつも二人揃って立っていたから
  妙な感じはするけれど、一般的はこれが普通のことなんだし、特に気にしないことにした。
  たまにはこんな日も、あるんだろう。
  腹が鳴る。
  少し恥ずかしくなって、逃げるように洗面所に向かった。立派な兄貴でいるように
  心がけているつもりなのに、毎回しょぼいところばかり見せてしまうのは何でだろうね。
  顔を洗ってテーブルに着くと、いつもより少し豪華な朝食が並んでいた。
「何か良いことでもあったの?」
「うん」
  それ以上は何も言わなかったけれども、深く追求しないことにした。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「今日は、お散歩に行こ。休みだし、晴れてるし」
  少し感動した。
  外出をあんなに嫌っていたのに、まさか自分から言い出すなんて。限りなく普通の一言だけど、
  僕にはそれがとても嬉しかった。
  だけど、気になることが一つ。
「華折はどうだって? 除け者は駄目だろ」
  一瞬僕を睨んだ後で、すぐに笑みを浮かべると、
「知らない」
  いつものように小さく笑った。

2006/07/20 完結

 

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