僕の思考回路は、その無垢で純粋な想いの前に機能を停止させられてしまった
沈黙が続く・・・・
「あ、あの・・・・」
これ以上の静寂に耐えられなかったのか秋乃さんが料理の手を止めて振り返った
「涼さん、好き嫌いとかありますか?」
まただ、彼女のそれは悪意とも純粋ともとれるそれだ
夏姉ちゃんや冬香と対峙したときのドロドロとした独特の威圧感
僕に向ける純粋なまでの恋心
今はどちらだろうか?
ちょうど狭間のような感じがする、僕を想う気持ちと、僕をどうにかしようとしている黒い感情
間があったのでようやく僕も平静を取り戻し、辺りを見回した
出かけた時よりも部屋が綺麗になっている、彼女が片付けてくれたのだろう
感謝もつかの間だった、テーブルの上に無造作に置いてある首輪を見て鳥肌が立った
「あ、それですか?涼さんに似合うと思って買ってきたんです」
まるで、恋人のために買ってきたプレゼントを見せるかのように彼女は嬉しそうにそう言い
僕に差し出した
僕は間違っていた、彼女のドロドロとした威圧感も純粋な想いも、
二つとも同じものでありそれこそが彼女そのものだったんだ
今確信した、無邪気な笑みという仮面の下に見え隠れする彼女の本性が・・・・
彼女は化け物だ、そして僕は狙われてしまった獲物
じりじりと足音を立て近づいて来た彼女に気づかず僕は間近まで迫ることを許してしまった
そして・・・・もう目と鼻の先まで迫った彼女は僕を捕食しようと今や遅しと舌なめずりしている
かちゃり――――彼女は首輪を握り締めなにかしている
「付けて、くれないんですか?」
俯き加減の彼女が少しよろめきながら僕に近づいてくる
「く、来るな・・・・」
恐怖が足の先から頭に掛けて廻り、僕は後ずさる
だが、もう遅い、彼女は鋭い牙をむき出し僕に飛びかかろうとしている
「う、うわぁぁぁぁぁ!!!!!」
僕は悲鳴をあげながら、駆けた
思考がうまく周らない、僕は裸足のまま冷たいコンクリートを蹴り飛ばすように走った
「あ・・・・あ」
光が見えた、無我夢中で走っていると向こう友達の家が見えてきた
「涼さ〜ん♪」
暗闇が背後から近づいてくる、僕に選択の余地はなかった
マンションの階段を駆け上り僕は友達の家のインターホンを何度も押しもう片方の手でドアを叩いた
「なんだよ、うるさいな・・・・ん?」
友達はただならぬものを感じたのかすぐに出てきてくれた
僕は強盗のように玄関に入ると振り返り鍵を閉めた
「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」
息が荒い、吐き気もする、でもそれ以上に恐怖が僕の身体を侵食していた
「な、なんだよ・・・・涼?」
「ごめん・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・少しかくまってくれないかな?」
「痴女かなんかに夜道で襲われたか?」
痴女?そんな生易しいものじゃない、彼女に比べたら痴女なんて可愛いもんだ
「ま、まぁそんなところ・・・・」
「お前は中性的でそういうのに狙われやすいのかもな・・・・」
同情の念を出しつつ友達は僕を家に迎え入れてくれた
「ありがとう・・・・」
やっと、落ち着けた
「しばらくここにいろ・・・・何時間かすれば痴女も諦めてくれるだろ」
その言葉に僕は現実に引き戻されてしまった
そうだ、帰りはどうしよう?このままここに居座るわけにいかない
しかも相手は痴女ではない、完璧なまでのストーカーだ
諦めるわけがない
「ん・・・・?」
絶望感に苛まれていると僕のケータイが鳴った
「彼女か?」
友達は興味津々といった風でディスプレイを覗き込んだ
「秋乃?
その言葉に背筋が凍った
「ああ、あの噂本当だったのか・・・・お前と南条さんが付き合っているっていうあれ」
噂・・・・?
知らない、でも・・・・発信源が誰なのか簡単に想像出来た
彼女自身がその噂を広めたのだろう
「出ないの?」
「あ、ああ・・・・」
なんと言っていいのか解らずに僕がそう答えると友達はにやりといやらしく笑んだ
「お前、奥手だからな・・・・よっしゃ!俺がでてやるよ!」
「あ!ああ!ちょっと!!」
善意も今の僕にとってはとんでもない悪意に感じる
そんな僕の態度を照れているのだと思ったのか本当に電話に出てしまった
「はい・・・・ああ、俺?涼の友達の真柴っていうんだ・・・・あ、うん・・・・はぁ?」
嫌な予感が僕の頭を埋め尽くした
「おい・・・・」
電話を切った友達の声が妙に低かった
「痴話げんかに俺を巻き込むなよ・・・・彼女、玄関まで謝りに追いかけて来てくれてるってよ」
「ち、違う!痴話げんかなんかじゃない!!!」
「なら、早く仲直りしろ!」
僕は引きずられながら、玄関まで連れてこられた
なにも知らない友達は玄関を開けてしまった
隙間から見える彼女の微笑は、もう既に勝ち誇ったかのように晴れやかな物だった
「あ、ありがとうございます!」
彼女は丁寧にお辞儀した、友達はいやいやと手を振ると僕の背中を押し無理やり部屋から出した
「こんないい彼女が謝ってるんだ、許してやれよ・・・・な?」
友達の友情が僕に死刑を宣告した、終わった・・・・
扉が閉まっていく、最後の砦が・・・・崩れてしまった
「涼さん♪」
かちゃり――――
僕の首に何かが巻かれた
「帰って私と〜、い〜っぱい・・・・楽しいことしましょうね〜」
死刑執行が・・・・始まってしまった |