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姉妹日記 『もう一つの姉妹の形』



8A

 僕の思考回路は、その無垢で純粋な想いの前に機能を停止させられてしまった
  沈黙が続く・・・・
「あ、あの・・・・」
  これ以上の静寂に耐えられなかったのか秋乃さんが料理の手を止めて振り返った
「涼さん、好き嫌いとかありますか?」
  まただ、彼女のそれは悪意とも純粋ともとれるそれだ
  夏姉ちゃんや冬香と対峙したときのドロドロとした独特の威圧感
  僕に向ける純粋なまでの恋心
  今はどちらだろうか?
  ちょうど狭間のような感じがする、僕を想う気持ちと、僕をどうにかしようとしている黒い感情
  間があったのでようやく僕も平静を取り戻し、辺りを見回した
  出かけた時よりも部屋が綺麗になっている、彼女が片付けてくれたのだろう
  感謝もつかの間だった、テーブルの上に無造作に置いてある首輪を見て鳥肌が立った
「あ、それですか?涼さんに似合うと思って買ってきたんです」
  まるで、恋人のために買ってきたプレゼントを見せるかのように彼女は嬉しそうにそう言い
  僕に差し出した
  僕は間違っていた、彼女のドロドロとした威圧感も純粋な想いも、
  二つとも同じものでありそれこそが彼女そのものだったんだ
  今確信した、無邪気な笑みという仮面の下に見え隠れする彼女の本性が・・・・
  彼女は化け物だ、そして僕は狙われてしまった獲物
  じりじりと足音を立て近づいて来た彼女に気づかず僕は間近まで迫ることを許してしまった
  そして・・・・もう目と鼻の先まで迫った彼女は僕を捕食しようと今や遅しと舌なめずりしている
  かちゃり――――彼女は首輪を握り締めなにかしている
「付けて、くれないんですか?」
  俯き加減の彼女が少しよろめきながら僕に近づいてくる
「く、来るな・・・・」
  恐怖が足の先から頭に掛けて廻り、僕は後ずさる
  だが、もう遅い、彼女は鋭い牙をむき出し僕に飛びかかろうとしている
「う、うわぁぁぁぁぁ!!!!!」
  僕は悲鳴をあげながら、駆けた

 思考がうまく周らない、僕は裸足のまま冷たいコンクリートを蹴り飛ばすように走った
「あ・・・・あ」
  光が見えた、無我夢中で走っていると向こう友達の家が見えてきた
「涼さ〜ん♪」
  暗闇が背後から近づいてくる、僕に選択の余地はなかった
 
  マンションの階段を駆け上り僕は友達の家のインターホンを何度も押しもう片方の手でドアを叩いた
「なんだよ、うるさいな・・・・ん?」
  友達はただならぬものを感じたのかすぐに出てきてくれた
  僕は強盗のように玄関に入ると振り返り鍵を閉めた
「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」
  息が荒い、吐き気もする、でもそれ以上に恐怖が僕の身体を侵食していた
「な、なんだよ・・・・涼?」
「ごめん・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・少しかくまってくれないかな?」
「痴女かなんかに夜道で襲われたか?」
  痴女?そんな生易しいものじゃない、彼女に比べたら痴女なんて可愛いもんだ
「ま、まぁそんなところ・・・・」
「お前は中性的でそういうのに狙われやすいのかもな・・・・」
  同情の念を出しつつ友達は僕を家に迎え入れてくれた
「ありがとう・・・・」
  やっと、落ち着けた
「しばらくここにいろ・・・・何時間かすれば痴女も諦めてくれるだろ」
  その言葉に僕は現実に引き戻されてしまった
  そうだ、帰りはどうしよう?このままここに居座るわけにいかない
  しかも相手は痴女ではない、完璧なまでのストーカーだ
  諦めるわけがない
「ん・・・・?」
  絶望感に苛まれていると僕のケータイが鳴った
「彼女か?」
  友達は興味津々といった風でディスプレイを覗き込んだ
「秋乃?

 その言葉に背筋が凍った
「ああ、あの噂本当だったのか・・・・お前と南条さんが付き合っているっていうあれ」
  噂・・・・?
  知らない、でも・・・・発信源が誰なのか簡単に想像出来た
  彼女自身がその噂を広めたのだろう
「出ないの?」
「あ、ああ・・・・」
  なんと言っていいのか解らずに僕がそう答えると友達はにやりといやらしく笑んだ
「お前、奥手だからな・・・・よっしゃ!俺がでてやるよ!」
「あ!ああ!ちょっと!!」
  善意も今の僕にとってはとんでもない悪意に感じる
  そんな僕の態度を照れているのだと思ったのか本当に電話に出てしまった
「はい・・・・ああ、俺?涼の友達の真柴っていうんだ・・・・あ、うん・・・・はぁ?」
  嫌な予感が僕の頭を埋め尽くした
「おい・・・・」
  電話を切った友達の声が妙に低かった
「痴話げんかに俺を巻き込むなよ・・・・彼女、玄関まで謝りに追いかけて来てくれてるってよ」
「ち、違う!痴話げんかなんかじゃない!!!」
「なら、早く仲直りしろ!」
  僕は引きずられながら、玄関まで連れてこられた
  なにも知らない友達は玄関を開けてしまった
  隙間から見える彼女の微笑は、もう既に勝ち誇ったかのように晴れやかな物だった
「あ、ありがとうございます!」
  彼女は丁寧にお辞儀した、友達はいやいやと手を振ると僕の背中を押し無理やり部屋から出した
「こんないい彼女が謝ってるんだ、許してやれよ・・・・な?」
  友達の友情が僕に死刑を宣告した、終わった・・・・
  扉が閉まっていく、最後の砦が・・・・崩れてしまった
「涼さん♪」
  かちゃり――――
  僕の首に何かが巻かれた
「帰って私と〜、い〜っぱい・・・・楽しいことしましょうね〜」
  死刑執行が・・・・始まってしまった

9A

「涼ちゃん・・・・」
  艶かしい声と共に夏美が涼さんに口付けを交わそうとする
  大丈夫、涼さんは・・・・もう私の物になっている
「あ、く・・・・っ!」
  唇が触れ合う直前で涼さんは顔を真っ青にして夏美を押し退けた
  第三者から見て、この光景は間違いなく嫌いな人間に迫られた時の反応に見えるだろう
  涼さんの目がそれを物語っていた
  唇をかすかに震わせ、瞳の焦点はあっていない
  その姿はまるでホラー映画に出てくる殺される人間のようだった
「りょ・・・う・・・・ちゃん?」
  自分を突き飛ばした涼さんの両手を見つめ夏美は子供が小さく泣くような声でつぶやいた
「ご、ごめん・・・・僕・・・・やっぱり、秋乃のことが・・・・好き・・・・なんだ」
  ―――――勝った
  この勝負・・・・私の勝ちです・・・・夏美!冬香!

 友達の家に逃亡した涼さんに、私はきついお仕置き・・・・もとい調教を行った
  最初はベットに拘束して、そのまま放置・・・・
  食事は私が食べ物を口に含んで噛んだ後に口移しで与えた
  お水も同様に与え、おトイレの方は・・・・とにかく、私が全てのお世話をしてあげた
  三日目ほどになると涼さんも抵抗しなくなっていた
  私はその時を待っていましたとばかりに涼さんの上に馬乗りになり、この身を捧げた
  驚いたことに血が出て痛がる私を涼さんは気使いってくれた
  もう彼は私の虜だ、その確信はあったけど・・・・まだ不安は残っていた
  その不安を消すために私は一時間おきに涼さんにこの身を捧げた
  たぶん数なら、夏美や冬香よりも多いだろう、
  涼さんの純潔を汚されてしまったのは悔しいけど・・・・
  でも最終的に涼さんの心を射止めた者が勝者なのだ
  数週間で彼と愛し合った回数は既に三桁を超えている
  それなりに私は涼さんを喜ばせる術を体得していた
  涼さんが私の身体なしには生きていけないと判断した私は彼の拘束を解いた
  そして鍵もない部屋に一人残して私は食料の買出しに向かった
  不安がないわけではなかった
  けどその不安もすぐに杞憂だと理解できた
  帰って来た私を出迎えてくれたのは涼さんの暖かな笑顔だった
  このとき私はようやく手に入れた、長年想い続けた涼さんを射止めることが出来たんだ!
  けれど涼さんを手に入れたからと言って夏美と冬香への憎しみが消える訳ではなかった
  私は毎日のように夏美と冬香よりもいかに自分が涼さんを大切に思っているか、
  いかに涼さんに相応しいかを説いた
  涼さん盲目過ぎるほどに私の言葉に従った
  夏美は汚らしい存在・・・・
  冬香は卑しい存在・・・・
  この二人は私と涼さんの愛を壊そうと企む悪魔なのだ・・・・と
  その結果が、この拒絶だ・・・・

 天井裏の穴からその光景を見つめていた私の左手にひやりとした物が触れた
  私はその冷たい物を手に取った
  瞬間、背筋が凍った
『夏美も冬香も・・・・嫌い、僕が愛しているのは秋乃だけ』
『ダメ!もっと大きな声で!!!』
  自分の叱咤の声が屋根裏に響いた
  共に何かで涼さんを叩く音が響く
  振り返ると冬香が勝ち誇ったように微笑し、私を見下していた
「バカな子・・・・」
  下の部屋から夏美の哀れみの吐息が聞こえた・・・・

10A

 私の手に触れた冷たい物がはらりと下に落ちた
  冷たい物の正体はただ一枚の写真だった
  普通の写真ならここまで驚きがしなかっただろう
  映し出された光景を見るまでは・・・・恐怖などなかった
  怖いもの物などない・・・・
  しかし、その自信はささやかなものだと自覚させられた
  薄暗い屋根裏で対峙する宿敵を前に呆然と私は瞳を彷徨わせた
  怖い!怖い、怖い、怖い!
  全てが壊れ奈落に落ちる寸前の感覚
  私は足元に残酷に現実を教える、写真を再び見つめた
  それは、私は涼さんに調教を行っている姿が映し出されていた
  少しでも私に反抗したり、愛している、という言葉に間があった時に行った行為だ
  手の甲にナイフで切れ目をいれていく私の姿と拘束され、なにもできずに行為を受け入れる涼さん
「ストーカー規正法って・・・・知ってる?」
  冷ややかな微笑で、ひざまずく私を見下ろす冬香・・・・
「この世界はね、弱者が有利になるように法律ってものがあるんだよ?」
  その後ろから夏美が姿を現した
  長い髪を片手で払うとまるで母親が子に教えるかのようにそう言う
「私は警告しましたよ?これ以上お兄ちゃんに近づくな・・・・と、ね」

 まさかここまでうまくいくとは思っていなかった
  親戚の家に行く前に私とお姉ちゃんはお兄ちゃんにこう言った
『もし、私たちがいない間にあの女が強行手段に出たら、すぐに連絡してね』
  確信があった、なぜなら南条秋乃にはもう道がないからだ
  私とあの女は似ている、だから面白いほどにあの女の考えていることが解った
 
  お兄ちゃんから連絡があったのは一週間ほど前のことだ
  ようやく拘束が解けたと、泣き声と共に来たお兄ちゃんの『助けて』の声だ
  その電話にお姉ちゃんは冷静に対処していた
  まず従順なフリをすること、信じ込ませることだ
  そうすればあの女はお兄ちゃんを信じる、それこそ盲目的に・・・・
  そして、油断が生じる、あとは簡単だった
  その日の夜には家に到着し、私とお姉ちゃんは前もって用意してあったコテージに向かった
  その日から面白いように、証拠が掴めた、数枚の写真とレコーダーに吹き込まれた声
  嫌がる相手を監禁した、愛しのお兄ちゃんが陵辱させる様に耐えて得た物は大きかった
  これだけではない、ストーカー行為もあるのだ、間違いなく有罪
  もうこの女はお兄ちゃんに近づくことはできない

 私は勝ったのだ、この前哨戦に・・・・耐えた
  人生でここまで耐えたことはなかった
  まずは南条秋乃を潰すことだけを考え、そして・・・・蹴落としことに成功した
  私は次の相手に視線を向けた
  ―――――『冬香』
  そうだ、これは前哨戦なのだ、涼ちゃんは私だけのもの、負けない・・・・
  誰にも渡さない、南条秋乃にも冬香にも
  私は嫉妬深い、そして・・・・一途なのだ
  以前の私なら、その姿に嫌悪していた
  けれど涼ちゃんはそんな私を愛してくれたのだ
  強引な愛で征服してくれた
  私は貴方の虜・・・・そして、貴方を私の虜にしてみせる
「この、泥棒猫!」
  ああ、忘れていた、いけない・・・・今は目の前の敵に集中しよう
「涼さんは、私の事が好きなのに!あんたたちは横から奪った!」
  正直付いていけない、
  ああ、そうか・・・・これが負け犬の遠吠え?
  初めて見たよ、ほんと・・・・バカな子
「あんたたちがなにもしなければ、普通に付き合って、週末とかにデートにいったり、誕生日とか、
  クリスマスとか、年明けとか、バレンタインとか、全部・・・・全部・・・何事もなく・・・・
  結婚して、子供が生まれて」
  残念そんなのただの夢物語、そんなのはあんたの頭の中でだけだっての
  少なからず可能性があったかもしれないけど、バカな子だから気づかずに
  その可能性を消してしまった
「殺してやる!」
  殺意をむき出しにした、哀れなそれはもうヒトでなかった
  飛び掛ってくる、あの女を冬香が教えつける、そういえば運動神経だけはよかったんだっけ?
  まあ、いいわ、これからよ・・・・待っててね、涼ちゃん・・・・もうすぐだから

2007/03/03 To be continued.....

 

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