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ぶらっでぃ☆まりぃ



15 『その後』

 Side:Will―見ようによっては穏やかな暮らし―

 カン、コンッ、カン、カーン――――

早朝。オークニーの広場にて。
人影の疎らな広場の一角で、
一組の男女が剣――といっても樫の木を削った棒切れだが――を交えていた。
  小気味良い木のぶつかり合うと、二人の息遣い。
剣を交えている間中、彼らは口を開くことなく黙々と棒切れを振るっている。
傍から見れば、本気で殴りあう喧嘩のように見えなくも無いが、
本人たちにとっては準備運動と同程度の認識だった。
いや、男の方は確かに本気ではあったのだが。
少なくとも殺意の混じった取っ組み合いではないことはお互いによく分かっている。

「あぐっ…!?」

 二本の樫の棒が宙を舞い、それを握っていた少年はその場に尻餅をついた。
それが、いつもの終わりの合図。

「……参りました」
  喉元に剣(樫の棒)を突きつけられていた少年――ウィルは、深くため息をついて降参を宣言した。

「…ふぅ。腕を上げましたね、ウィル。最後の一撃は少しヒヤッとしましたよ」
  厳しげな眼差しを緩め、微笑みながらウィルに手を差し伸べる銀髪の女性、マリィ。
「……よく言いますよ。汗の一つも掻いてないのに」
  ややスネ気味の声を漏らしながら、マリィの手を借り立ち上がる。

 早朝の訓練を始めて早一ヶ月。もう何戦したか分からないが、
ウィルが彼女に苦渋を飲ませることは今までに一度たりともなかった。
彼とて『懐刀』の二つ名を持つ剣の使い手だ。それなりのプライドがあったが、そこは相手が相手。
ついぞ一勝もすることはできなかった。

「私だってあなたの元・上司ですから。そう易々と負けてあげられません」

――――多分、一生かかっても勝てないと思います。
  得意げにその控えめな胸を反るマリィに、内心でそう突っ込む。
だけど、その後になって負けを認めている自分に気付き、ほんの少し悔しくなった。

「……はぁ。マリカが躍起になる気持ちが今になってやっと解ったよ…」

 かつて自分に何度も試合を申し込んできた同期の女騎士。
来る日も来る日も果し合いを強要してくる彼女を不思議に思っていたが、
今頃になってようやく彼女の気持ちに少し触れることが出来た。

というのも、当時は他の騎士たちと競い合う闘争心など欠片もなかったのだ。
眼中に無かったと言えば聞こえが悪いが、
その頃のウィルは仇の所在以外に興味がなかったのも事実だ。

 そういえば、今彼女は何処で何をしているのだろうか。
こちらに向かって叱責する彼女の表情を思い出し、僅かに郷愁の念が込み上げてくる。

――――不思議なものだ。
  ウィルは己を皮肉るように笑みを浮かべた。
あの頃は一時的に止んだ戦争に対する苛立ちと仇探しで特に荒んでいた頃だ。
対外的には平静を保っていたが、無意識下――いや、敢えて見ようとしなかっただけか――
では吹きすさぶ情念を飼っていた。
  だというのに、それでもあの頃を懐かしむ気持ちが沸くのは
少なからずマリカの存在のおかげだろう。
前述したウィルの感情を抜きにして考えれば、なかなかに楽しかった日々に違いない。

『此処に帰ってきたとき、もう一度勝負をして欲しいのだ』

――――彼女と交わした約束。
マリカが帰国する前にあんなことになってしまい、国を去ってしまったけれど。
  マリカは怒っているだろうか。それとも呆れているのだろうか。

(ごめん、マリカ…)

 ウィルは約束を反故にしたことをかつての戦友に詫びた。

「ウィル?」
  急に黙り込んだウィルを訝しげに見つめるマリィ。
どこか怪我でもさせてしまったのでは、と彼女は少し心配していた。
「ああ、すいません。ちょっと昔のこと思い出して………。
団長、マリカ=トリスタンのこと覚えてます?
ほら、俺マリカと同期だったから―――
ちょうど入団したての頃こうやって朝から手合わせしてたんですよ。
それで、そういえば彼女はもう帰ってきたのかなぁ…って」
  言い訳がましく早口で言葉を並べ立て、頬を掻く。

「ふーん……そうなんですか」
「……?え、えぇ、そうなんです……け、ど?」

 小鳥のさえずりが一度聞こえるくらいの、僅かな沈黙。
そののちに。

「ウッ・ィッ・ルッ!!」

「いだっ…!いだだだだっ!?」
  恨みの篭った声と共に、いきなりウィルの耳が引っ張り上げられた。
彼の情けない叫び声は早朝の広場に響き、小枝で休んでいた小鳥が数羽、
それに驚いて飛び立っていった。

「私の前で他の女の人の話とはいい度胸ですねっ!?」
「ててて……べっ、別にそういうわけじゃ――――」
「言い訳は結構!前言撤回ですっ!ウィルはまだまだ修行が足りません!」
  ウィルの言い分の一切を遮って樫の棒をブンブン振り回す、元・アリマテア王国騎士団長。
とても間もなくハタチを迎えるお方とは思えない御姿だった。

「その性根、今すぐ叩きなおしてあげます。さぁ、解ったなら早く剣を拾いに行きなさいっ!」
「え…そんな、さっき休んだばかりなのに……。
そ、それなら徒手空手で組み手しましょうよ?そっちなら俺にも勝機が――」

 嗚呼、騎士団長殿のその禍々しい形相たるや。
ウィルの発言にますます眉間に皺を寄せ、肩を振るわせ始めた。

「駄・目・で・すっ!!早く行きなさ〜いっっ!!」
「わっ、わっ解りました!解りましたからソレ振り回さないでくださいっ!!」

 情けなさ全開、四つん這いの格好で樫の棒を取りに行くウィルの尻を眺めて、
マリィがぼそりと一言。

「うぅ…。この浮気者……」

 その日。
訓練は珍しく日が最も高く登る時間帯まで続けられた。
オークニーのとある住民が目撃した情報によると、
その日のウィルの体にはあちこち青痣ができていたらしい。
まだ日は高かったのに、すっかりくたびれた様子だったとのことだ。

 これは余談だが。
その日の夜、朝のそれよりも過酷な『訓練』がウィルを待ち受けていたのだが、
そのときの彼にはまだ知る由もなかった。
のちに彼はその知られざる夜のことをこう語っている。

『男には限界がある。…が、女性は底なしだ』と。

 Side:Marica―追いかける者―

「……いったいどういうつもりなのか、話して貰おうか。マリカ」

 とある一室で厳しい眼差しをマリカに向ける、中年の男。
書斎に腰を掛けているのにも関わらず、得も言えぬ威圧感を放っている。
マリカの父、グレイ=トリスタンだ。

「他に言うことなどありません。そのままの意味です、父上」
  父親の鋭い視線に臆することなく正面から見据えて、
帰国したばかりの女騎士――マリカ=トリスタンはそう言い放った。
「今、この国がどういう状況か解って言っているんだろうな?」
「ええ。この国が自ら犯した過ちの尻拭いをしきれず、国民から大きな反感を買っている……
そういう状況のことであれば」

「………」
  鼻を鳴らしながら告げる娘の態度に、グレイ=トリスタンは軽く肩を竦めた。
「解っているなら、なぜ騎士団長の座を断った?私はお前を遊ばせるために
半年以上も旅することを許可したわけではないぞ」

「わたしも腐ったこの国に貢献するために諸国を回っていた覚えはありませんが?」

 己の父に冷ややかな視線を向けるマリカ。
もともと反抗的な娘ではあったが、帰国後にフォルン村の事件に纏わる噂を耳にしてからは
人とも思わぬ目つきで父と接するようになった。
  彼にもその真意は解っている。マリカは無言で責めているのだ。
父も事件に一枚噛んでいたのではないかと。
そうでなくとも、何故ゲイル=トレイクネルを止められなかったのかと。

 だが、グレイ=トリスタンは彼女の無言の問いには気付かぬフリをし、

「腐っていようがいまいが関係ない。下手をすればこの国そのものが空中分解するかも知れぬのだ」
  より険しい顔でマリカを直視した。
「…だから?」
  なおも冷淡な瞳で一笑に伏すマリカ。
我関せずの態度を崩さない彼女に、とうとうグレイは堪えていた苛立ちを露わにした。

「今アリマテアは窮地に立っている!本来ならばお前も祖国を助けるのが筋というものだろう!
ただでさえ我が国は混乱しているのだ!
少しでも優秀な人材を欲しているのが解らぬお前ではあるまい!
それを――――騎士団長の椅子を蹴ったばかりか、マリベル王女捜索の任を志願するなど…!」

 言葉を詰まらせながら、目の前の机にドン、と拳を打ちつけた。
同時に机上の蝋燭立てがガタリと音を立てる。

――――いかん。

 ガラにもなく怒声を上げてしまったグレイは頭痛を堪えるようにかぶりを振った。

 マリカは帰国後すぐに用意されていた騎士団長の位を断り、
代わりに行方知れずとなったマリベル王女捜索の任務を志願したのだ。
マリベル王女の捜索――――以前ならいざ知れず、国内情勢が傾いている今、
王女の行方探しには殆ど人員を割けていない。
世継ぎがいないことは国にとって大問題だが、今はその王家すら存続が危うい状況だ。
まったく足取りの掴めない王女の捜索より国を建て直すことの方が、今は遥かに重要である。
  いや、とても消えたマリベル王女を捜している暇などないのが正直なところだ。
今更マリカが加わったところで王女が見つかるとは到底思えない。
それでも、彼女はその任に着くと言い張って聞かないのだ。というのも――――。

「ウィリアム=ケノビラック。まだあの男に拘っているのか」

 グレイがそう言った瞬間。

「当たり前です。それが何か問題でも御有りかッ、父上!!
元を正せば彼はこの国の傲慢さの犠牲になった、言わば被害者!!
その彼を罪人扱いするのがわたしには我慢ならないッ!」

 あの少年の名を口にした途端、マリカは激昂した。
ウィリアム=ケノビラックはマリカと同期の元騎士。マリベル王女失踪の直前に騎士団を去り、
王女と同じく姿を眩ました者だ。
王国にとっては『戦姫』マリィ=トレイクネルに次ぐ、件の重要参考人の一人だ。
状況を鑑みればマリィ=トレイクネル、ウィリアム=ケノビラックの両名が
王女を誘拐したのではないかと、子供でも容易く想像がつく。
  マリィは既に父親殺しの容疑がほぼ確定しているし、
ウィリアムについてもフォルン村出身であることから動機は充分だ。

――――それでもマリカはウィリアム=ケノビラックが無実であると主張し続けている。

「彼が謀反を起こし王女を攫ったなど絶対に信じられないッ!」

「だが…ウィリアム=ケノビラックは以前から傭兵にフォルン村の事件の調査を
依頼していたというではないか。
加えて、あの男が虐殺事件に特別な感情を持っているのは周知の事実だったのだろう?
これほど御誂え向きの動機はあるまい。
いや…そもそもあれだけの悲惨な出来事を目の当たりにして何とも思わない方がどうかしている、
と考えるべきか」

 声を張り上げるマリカに対して、あくまで冷静に、淡々と述べるグレイ。
個人の感情に流されず、常に客観的に物事を考えるのがグレイの信条だった。
しかし、今のマリカからすればその態度は油に火を注いでることに他ならない。

「…ッ!!よくもヌケヌケと…ッ!!ケノビラックがそうなったのはこの国のせいだろう!!
それをまるで他人事のように!!」

 普段から沸点の低いマリカだったが、今の彼女は父の掴みかからんばかりの形相だ。

「確かに彼の生い立ちについては同情に値するが……
しかしそれでも、王女誘拐が許されるはずがないだろう」

「だからそれはっ…!」
  グレイに言い返そうと、一層声を張り上げるものの。

「あいつはきっとマリィに絆されただけだ……。あいつが…罪人、なわけが……」
  どういうわけか、さっきまでの勢いがみるみるうちに消え失せ、
最後には言葉尻が聞こえなくなるくらいにまで失速していた。

 帰国後耳にした、ウィリアム=ケノビラックが逃亡したという事実は、
彼女に大きなショックを与えている。
これは彼女が胸の内にだけ秘め、誰にも話していないことなのだが。
本当は彼が王女誘拐の容疑者として罪人扱いされていることより、
マリィと共に国を出たということの方が気に食わないのだ。
彼が罪人だと聞いただけなら、ただショックで暫く何も手につかなかっただけだろう。
だが、彼は今マリィと一緒にいる…その許しがたい事実が、彼女の心に火を灯し。
その奥底に燻る炎を原動力にして、彼女に一種の決意のようなものを与えていた。

 

――――ウィルとは『約束』があった。
その約束のおかげでわたしは遠い見知らぬ地でも半年間耐えられたし、
彼も待ってくれると言っていた。
帰国後、真っ先に彼に会い、約束の果し合いをして、それが終わったら。
彼に全てを告白しよう。この想いの全てを。

……そう思っていた。

 なのに。……なの、に。
なんだ?この有り様は。

 "あの女"が横から掻っ攫い、あいつをわたしの手の届かないところまで連れ去ってしまった。
先約があったのはわたしなのに。あいつも待ってくれると言っていたのに。
あの女のことだ。きっとウィルを無理矢理連れ出し、共犯に仕立てたに違いない。
あいつを助けなければ。このままでは彼は大罪人として一生その名を貶められることになる。
約束を果たすことが出来なくなる。全てあの女のせいで。

 だから。
あいつをマリィの手から取り戻したら、二度と彼に手が出せないよう断頭台に送ってやる。
たとえ何年かかろうとも。

 

「ともかく。わたしの配属先が容認できないのならそれで構いません。
あなたが認めようが認めまいが、わたしはやりたいようにやらせてもらうまで」

 忌々しげに口を歪めると、グレイにそう言い残して彼の書斎を後にする。
その背中は、以前の彼女を知る者には別人かと思わせるほどの何かを感じさせていた。

「おい、待て!……待たないかッ!マリカ!!聞いているのか、お――――」

――――バタンッ!

 グレイの制止の声を遮るように、力強く閉められる扉の音が書斎に響いた。

「……まったく…」
  押し問答の気疲れからか、
背もたれに体重をかけるとグレイのため息を代弁するようにギィ、と椅子が軋んだ。

「お互い、娘には苦労させられるな……ゲイル」
  書斎には似つかわしくないほど大きな、くすんだ油絵に向かって苦笑する。
油絵に描かれているのは、二人の男。
グレイ=トリスタン本人ともう一人、ゲイル=トレイクネルだった。

 その絵は少し前までは表玄関に飾られていた。
二人の友情の証であり、共にアリマテア王国を良き国にすると誓った宣誓の証でもあった。
この絵を見るたび、若き日の決意を思い出し、新たな活力とする。それがグレイの誇りだった。

 だが、今この絵を表立った場所に置くことは叶わない。恐らく、この先ずっと。
書斎で見る油絵は、少し草臥れて見えた。
…疲れているせいなのかもしれない、とグレイは嘆息した。

「いや、お前がかぶった罪に比べれば、私のそれなど苦労でもなんでもないか…」

 己が娘に斬り殺された男。戦争を起こした全ての元凶。
ゆえに未来永劫、民から墓に唾を吐きかけられる者。
――――そして、彼の無二の親友。

「だがな、ゲイル。私からすれば、あの時お前と同じ罪を背負えなかったことの方が…酷く堪える」

 政というのは常に利権が絡み合う。たとえそれが本人の望む望まざるに関係なくだ。
無論、ゲイルがフォルン村を襲ったのは言い訳のしようもない悪事だ。
加えてそれを止められず口を閉じていたグレイも同罪。
  ゲイルの選んだ選択肢は、理由はどうあれ何の謂れもないフォルン村の人々を
虐殺した原因に他ならない。
だが――――敢えて言い訳するとすれば、あれは選ばざるを得なかった。
  グレイとて他にいい方法を思いついていたのなら、全力で彼を止めていただろう。
だが、できなかった。
どう転んでも生贄としてフォルン村を捧げなければならなかったのだ。
そして、そう思ってしまったグレイもまたゲイルと同じ罪を背負っているのだと、彼自身心得ている。

 フォルン村襲撃が密約されたあの日までゲイルとグレイは同じところに立っていたはずだった。
……いや。グレイ自身、今でも彼とはそう違わない立ち位置にいると思っている。
  だが実際は、ゲイルは断罪のときは待たずして実の娘に斬り捨てられ、
グレイの方は依然のうのうと執務を続けている。
それは全て、ゲイル=トレイクネルの先見の明によるものだ。

 フォルン村全滅の報せを聞いた際、ゲイルはこう言っていた。

『――――遅かれ早かれ、私のやったことは白日の下に晒されるだろう。
そうなればトレイクネル家の失墜はおろか、国の存続すら危うくなる。
……関わった他の貴族も無事では済まないはずだ。
だからお前はこのことには関わるな。
全てが明らかになったとき、国を建て直す者がいなくては困るだろう?
……なに、悪いことばかりじゃない。私が倒れるときはノッてきたバカ貴族どももまとめて道連れだ。
それで国の上層部もだいぶ浄化されるはずだ。そのときには今よりもっとやりやすくなってるさ』

 そしてゲイルの予想は的中し、フォルン村の真相は三年の月日を経て民に知れ渡った。
ゲイルの言うとおり例の事件に関わった貴族たちは軒並み失脚し、
国の再建は以前よりかなり進めやすくなっている。
おかげで人手不足は否めないが、それでも邪魔者がいないだけマシというものだろう。
細部に到るまで彼の予想通りだ。
…いや。
さすがの彼も実の娘の手によって命を絶たれようとは思ってもいなかったろうが……。

「ふぅ…」

 グレイはおもむろに立ち上がり、棚から一瓶ワインを取り出した。
コルクの栓を抜き、軽く香りを楽しんでから、グラスに少しだけ注ぐ。

「…国の未来に、乾杯だ」
  絵画のゲイルに向かってワイングラスを掲げ、ぐいっと喉に流し込んだ。味を楽しむこともせず。
胃に溜まったアルコールがじんわりと全身に広がったせいで、誰かに真実を告げたい気分になった。

(はっ…。まだ耄碌するような年でもなかろうに)

 グレイは自嘲をワイングラスの水面に浮かべてから、誰かの視線を感じてハッとした。
不安に駆られ部屋を見わたすと、絵の中のゲイルが非難するようにこちらを見ていた。

「解っている。お前との約束は果たすつもりだ。
たとえどんなに懺悔したくなろうとも――――墓の中まで持って行く」

――――知られてはならない。特にゲイルの娘には。
真実を知れば、彼女は自分を責めるだろう。
彼女が自らの父を殺めたのは、彼が災厄の元凶であったから。そうでなければならない。
ゲイルは最期まで悪役でありつづけることを選んだのだ。ならば、私は……。

「あまり…美味くないな……」

 グラスの中のワインを揺らしながら、グレイは一人ごちた。

16

 Side:Marone ―ambivalent―

 帝都のとある一角に構える銃砲店。
その店先には一台の荷馬車が停まっていて、荷台の上にはいくつもの樽が積まれている。
その荷台の上から体躯のいい商人が一樽担いでは店内に消え、
手ぶらで出てきてはまたひとつ担いで店内に運んでいた。

「……ベネットじいさん、これで今月の火薬は全部だね?」

 最後の樽を置いてきた商人が倉庫から顔を出し、額の汗を拭いながら店主に告げた。
「……ああ」
  白い口髭を蓄えた老人――ベネットが商人には目もくれず答える。
彼の目線は常に手元の鉄筒を弄繰り回している自らの指先に注がれていて、
商人への回答すらも殆ど生返事だった。

「それにしたって、じいさん。
いつも思うけど、商売するにしちゃあちょっと入荷量少なすぎやしないかい?」

 店主の態度を気にすることなく、倉庫にある樽の数を見やり呟いた。
ガン・スミスとして生計を立てるにしては明らかに樽の数が足りない。
倉庫の広さにわりに閑散としたその物置は、閉店間際の流行ってない店のそれと同じだった。

「いいんだよ、別に。
この店やってんのも単なる年寄りの暇つぶしだ。
だいたい個人相手のガンスミスなんて貴族の道楽のお相手するのと同義。
これくらいがちょうどいいんだよ」

 マスケット銃は個人が持つにしては性能的にもコスト的にも
「良い」とはとても言える代物ではない。
よって大抵の購買層は、銃の物珍しさに惹かれて買っていく貴族がほとんどだった。
その中で稀に、熱心にもオーダーメイドで注文してくる物好きもいたが、
そういうヤツは決まって外面の華やかさばかりを要求してくる。
また、実際に"使っている"連中を相手にするケースはこれまで数えるほどしかなく、
それも修理や整備の依頼ばかり。

 この辺りで銃砲店をやってる店はどこもそんな感じだ。
一見武器屋に見えるが、その実は宝石屋と大差変わりないのが現状である。

「それに、よ」
  分解された銃のバレルを置いてから、ベネットは軽く一息吐いた。

「……一生の食い扶持分は、もうこいつの代わりに頂いたからな」
  ぽん、と手を自分の左足に置く。
彼の左足は、膝から先がなかった。

 老人はもともとこの国の兵士だった。
二十年ほど前の大きな戦争で、ある人物を庇ったときに左足を失いそのまま除隊。
そのときに皇帝から謝礼として一生生活に困らない額の恩賞を受けたのだ。
後で聞いた話によると、庇ったその人物と皇帝は親しい間柄だったらしい。

 

「ま、おかげさんで好き放題の隠居生活を送らせて―――ん?」

 どたどたどたっ。

 突然階段から誰かが駆け下りてくる音にベネットは眉を顰めた。
この店に住んでいる人間と言えば此処にはベネット以外に一人しかいない。
……彼女だ。

 案の定、栗色の髪をした少女が足音を立てながら階上から姿を現した。

「おい、何をそんなに急いでる?」
  何やら慌てて身支度をしている彼女に向かってベネットが「騒がしいな」といった表情で尋ねた。

「ちょっと雑用!ついでに今晩の買出しも行ってくるよ」
  店の奥から一丁のマスケットを手に取り背負いながら答える。
左手には大きな皮袋を持っている。食料用のものだった。

「そんな急がんでもまだ店は十分開いてる時間だぞ?」
  なおもバタバタとしている少女を諌めるように老人は呆れ声を上げた。

「まぁそうなんだけどね……と。
それじゃあ、いってきまーす」
  長筒と皮袋を背負った少女はそれだけ言うと、
商人の存在に気付くことなくそのまま風のように店を出て行った。

「………」
  ぽかんとした顔で商人が店先を見つめる中。

「ったく。騒がしいことこの上ない」
  ベネットは愚痴を垂れるように一人呟く。……が、その声色はまんざらでもない様子だった。

「あの子もすっかりここの暮らしに慣れたみたいだなぁ。
マローネちゃん……だっけ?」
  あはは、と少し呆れた声で商人が笑う。
商人にとっては頑固者で偏屈なジジィと年頃の若い娘が一緒に暮らせているのが意外だったらしい。

「あーっと……お孫さん、じゃないよね……確か。
じいさん独り身だし。……どういう関係なんだい?」

 商人が考える素振りを見せながら尋ねる。
銃の分解掃除を終え、再び組み直し作業に入っていたベネットは、
その商人の顔を見ることなく答えた。

「あのコが言うには、ワシは『父親の恩人』なんだそうだ」

 

 

 

「………はぁ」
  ベネットの店を勢い勇んで出て行ったのはいいものの。
少女の足はもはや牛歩と言っても差し支えないほどにその速度は萎んでいた。

(……いざ、となるとやっぱり)
  長筒と皮袋を背負った少女――マローネは人目を憚ることなく、ひとり盛大に溜息をつく。
彼女の足はこの辺でも割と大きな食肉販売店へと向けられていたが、
目的地に近づくにつれてみるみるうちに歩幅が狭まっている。
というのも、彼女が外出した理由にその原因がある。
"買出し"が理由なのではない。それは言い訳、もしくは本当にただのついでだった。
もう一方の"雑用"の方が今のマローネを落ち着かなくさせている原因なのだ。
雑用―――彼女はそう口にしていたが、マローネ自身の感情を鑑みれば
実際は最重要課題であるのだろう。

 迷いが生じる前に勢いに乗せたまま肉屋へ行こうとしたが、
結局のところ道程半ばにしてそれを為すべきか為さざるべきか迷い始めていた。

 さて、肉屋へ向かう用事と言えば二つある。
ひとつは勿論、食肉の売買。
そしてもうひとつは手紙の投函なのだ。
この帝都だけでなく、大陸中の食肉店は郵便屋の事業も行っている。
  生鮮食品を扱う食肉店の、素早く生肉を運ぶ流通力はそのまま飛脚としての役割も
果たしているのである。

 マローネが言った"雑用"とは、この後者のことだった。
ある人物に宛ててしたためられた手紙を投函する。
何のことはない、本当に只の雑用のはずなのだが……彼女は迷っていた。

 手紙をポケットから引き出すと、あのときの暗い感情が蘇ってくるようで怖くなる。
かと言って、それを引っ込めると今度は彼のまわりの女性たちのことを思い出して悔しくなった。

(まだ、会いに行くべきじゃないのかな……)

 迷惑を掛けたくないと思って彼の元を離れた。
そうすれば時間と共に落ち着くに違いない、と。
だが、実際は会いたい思いを募らせるのみで――――それはつまり、あのときと同じだった。
会いたい想いを募りに募らせて、爆発させた……あのとき。
逆上する怒りに身を任せ、邪魔する者を皆殺しにしようとした挙句、彼に迷惑を掛けたあのときと。
今会いに行っても、結局同じことを繰り返してしまうだろう。
それだけはしたくない。
  そういう不安が、今の彼女を足踏みさせている。

 だが、彼女は気付いていなかった。
本当に以前と同じであれば、こんな迷いは絶対にしなかっただろう。
想いのままに走り抜けて、自分を省みることなど絶対にしなかった。

(まだ、駄目。……でも、会いたい)

 相反する思いが鬩ぎ合い、ずるずると三ヶ月。
ここの暮らしもすっかり板につき、ちょっと古臭いけど心機一転のつもりで髪も切ってみた。
だけど、それでも彼女の気持ちが収まることはなかった。

(この手紙……どうしよう)
  この期に及んでまだ躊躇しているマローネ。
――手紙を出すべきか、出さざるべきか。とにかく決めてから店の方に行かないと。

……が、いくら牛歩したところでいずれは目的地についてしまうものである。

 

 

「いらっしゃい……お、ベネットじいさんとこのお嬢ちゃん。
今日は何にするんだい?……実はねぇ、こないだラム肉を安く仕入れられたんだよ。
今ならサービスするよ?どうだい?」

 店の前で立ち往生しているマローネ。そんな彼女の心情を知ってか知らずか。
肉屋の店主があざとくその姿を見つけると、口早に話しかけてきた。

「えと……あの、その――」
  彼女の右手には一枚の便箋が握られている。
ポケットの中で強く握っていたらしく、書いたばかりのものだというのに
その手紙は既に皺々になっていた。

 ラム肉を掲げいかにして安く仕入れたか自慢げに語っていた店主は、
普段からは想像もつかないマローネのしおらしい態度にやっと気が付いた。

「……ん?あ、手紙かい?
ごめんごめん、今日はそっちの用事だったんだね。
――オホン。帝都肉屋郵便へようこそ!それはどこ宛てかな?」

 仕切りなおしとばかりに、声色まで変えて肉屋の店主が商売魂を発揮させた。

「え、あ……その、これは……」
  ぎゅっと更に強く手紙を握り、紙の皺がより一層深くなる。

「……?」
  口ごもるマローネに向かって、店主が首を傾げる。

 

――どうしよう。
手紙を差し出すべきか、一瞬……だが深く逡巡。

嫌らしく笑っている銀髪の女の顔。
今の己の立場もわきまえず、未だに高貴な身分だと言わんばかりの厚顔無恥な少女の態度。
何も語らず只々、冷たい視線を浴びせてくる女中。

……そして、困った顔でこちらに笑いかける一人の少年。

 四人の顔が何度も脳裡を過る中、逡巡。逡巡。逡巡。逡巡。逡巡。逡巡。
……その末。

 

「ううん。これは違うの。
それよりおじさん、じゃあそのラム肉ちょうだい?」

 手紙を再びポケットに引っ込めて、マローネは朗らかに笑った。

「そうかい……?
よし、それじゃあ今日は香草もおまけしちゃおう。いつも贔屓にしてもらってるサービスだ!」

 再び肉屋の声に戻った店主は、どんっ、とラム肉を棚の上に置いた。

「おじさん、この肉……安い代わりに古いとか、そういうことはないよね?」
「……マローネちゃん、オレを何だと思ってるんだい、この帝都でも指折りの―――」

 マローネが探りを入れるような視線で店主を見、店主は自信たっぷりにラム肉を叩く。
その頃には、マローネはもう手紙のことを頭の隅に追いやっていた。

 

――マローネのポケットの中。
  見るに耐えないほどくしゃくしゃになったその便箋の裏には。

 "オークニー、ウィリアム宛て"と書かれていた。

 Side:Margaret ―待チ人来タル―

「ふぅ……」

 今日もオーバーワークとしか言いようがない執務を終え、背もたれに体重を預けた。
最近は富みにあの古狸――ジャン皇弟の嫌がらせが酷くなり、余計な仕事が増えたせいだ。
どうやらあの男はわたくしを過労死にでもさせたいらしい。……無駄なことを。

 先代の皇帝の実弟、ジャン・ロード・グレイル。
私利私欲のために帝国を食い物にする溝鼠、兼わたくしの家――ロラン家の犬猿の仇敵。
稀代の英雄と謳われた『剣帝』の実弟でありながら、当の本人は能無しの、皇家のツラ汚し。
非常に不愉快な話ではあるけど、わたくしの目下の頭痛のタネだ。

 剣帝の七光りでいつまでも権力にしがみ付くハイエナめ。
狸は狸らしく山奥に篭っていればよいものを。

「―――ふっ」

でもまぁ……それもせいぜい今のうち。
何れはわたくし直々に三等市民以下の底の底まで叩き落してさしげますわ。

「………」
  口角を吊り上げたまま、顎の下で指を組んで固まる。
……とてつもなく心が寒かった。

 

「……今の状況では虚勢にもならないかしら…」
  暗がりの中で悪代官のように独りほくそ笑む自分の滑稽さに、かくりと首を垂れた。

 

 書斎の窓から見える、夜の帝都。
本来なら深い暗闇に包まれるはずのこの時間帯でも、
大陸指折りの大都市では数多の松明で淡い灯かりに包まれている。

 一見すればこの夜のしじまは平和そのものに見えるのだろうけれど。
実際は―――いや、わたくしたち帝国の官僚にとっては、内部抗争でいがみ合う毎日だ。

 皇弟派と反皇弟派。
剣帝が崩御してからこっち二つの勢力が、どちらが実権を握るかで躍起になっている。
勿論、わたくしもその渦中の人物のひとりだ。
  北の大国との戦争が終結して約二十年、表面的には戦禍の傷が癒えているものの実際には
過去のような強固な国に戻ったとは言い難い。
この現状を見れば、貴族から三等市民まで国民全員が、
いかに剣帝を拠り所にしていたかは語るべくもないだろう。
こんなまとまりのない状態でもう一度あんな大規模な戦争が起きれば今度こそ、この国は崩壊する。
自国を自らの肥やし程度にしか思っていないジャン皇弟に全実権を奪われても、また然り。

……だが。

 己の実の息子――シャルルマーニュを代理皇帝の椅子に座らせて以降、
ますます調子に乗っているあの古狸に比べ。
わたくしの方といえば次第に首が回らなくなってきている。

 かつては剣帝の腹心として栄華を誇っていたロラン家も、今はただの反皇弟派の一派に過ぎず。
年々我が家の力は失墜の一途を辿っている。
その原因はあの古狸が何かと締め付けに掛かってきてるだけではないだろう。

 旧態然としたこの国の習慣―――男尊女卑。
……忌々しいことに、わたくしが女というだけでロラン家の力が落ちているのは
誤魔化しようのない事実と言えよう。

 せめて――わたくしが女でなければ。
生まれ持ったハンディキャップ。女がロラン家の家督を継いだというだけで、
こうも力を削がれるものなのか。
この国の悪習とも言える伝統に嫌気が差す。
  やはり女がのし上がるのは到底無理な場所なのだろうか、この国は。

「あの古狸を叩き落とすには、やっぱり決定的な……"とっておき"の奥の手が必要ね……」
  そんなものがあればとうの昔に古狸を駆除できているわけなのだけど。

 今のわたくしでは力不足なのだ。どう転んでも、古狸に負かされるのは時間の問題。
悔し涙が溢れてくるのを感じて、わたくしは無理矢理唾を飲んでこらえた。

「……八方塞がりですわね……」

 机に突っ伏して、もう一度ため息をつこうとしたとき。

「お嬢様」
  扉の向こうから突然聞こえた執事の声で、ぱっと背筋が伸びた。
今日はもう休もうと思っていたのに……。だけどこれ以上溜息を付いたって何も変わらない。

「……お入りなさい」
  できるだけ威厳のある声で執事を迎え入れる。
相変わらずツマラナイ仏頂面で入室してくる執事に、内心ウンザリしながら用件を急かした。

「何か用かしら?」
「以前"例の捜索"の際、偶然見つけたという、彼の者の身元調査についてご報告が」

 片手に握られている用紙を涼しげな表情で一瞥してからわたくしに告げる。
――たったそれだけのことで。
  わたくしは忙しいといつも言っているのにどうしていちいちわたく………?
………えっと、彼の者?

「………。
…ああ!そうでしたわ!!そうです、その件がまだでした!」
  正直に言うと、執務の疲れで半分眠っていたのだけれど、"彼の報告"と聞いて
わたくしの胸が高鳴った。
大きな期待にそれまでの疲れも吹き飛んでいた。

「それでそれで、結果の方は!?」
「お、お嬢様…?」
 
……あ。しまった。
  思わず小躍りしかねない身の乗り出し方で尋ねたものだから、執事は目を丸くしていた。

「……オ、オホン。
そんなことよりも早く報告を読み上げなさい」
  恥ずかしさを堪えつつ咳払い。
わたくしもまだまだ修行が足りませんわね…。

「は、はぁ…。
それではご報告いたします。
えー………調査対象、ウィリアム=ケノビラック。オークニー東地区在住の十八歳。
数ヶ月前から移住し、報酬の代わりにどんな類の依頼でも請け負う――
いわゆる"何でも屋"というヤツですな。
その"何でも屋"を開業して生計を立てているという話です。
それで、オークニーに移住してくる以前の足跡ですが……。
密偵の調査によると、やはりアリマテア王国の騎士だったようですね。
数ヶ月前のマリベル第一王女誘拐事件の関係者で、恐らくその事件をきっかけに
オークニーに亡命してきたのではないかと。
騎士を叙任する前は傭兵旅団の一員として―――」

……じれったい。
  無表情で長々と報告する執事に苛々しながら、わたくしは机の下で足を小刻みに揺らしていた。

「そこは予想の範疇ですわ。もっと後。そこは飛ばして構いませんから後の方を読みなさい」

 ひらひらと手を振りながら催促。
わたくしが聞きたいのはそんなことじゃない。わたくしが本当に聞きたいのは――。

「………一年前に終結した戦争の原因にもなった、虐殺事件が起こった村……フォルン村出身。
ここから先は事件で殆ど資料が焼けてしまって苦労したそうなのですが……。
フォルン村では病弱な母に代わってよく働く少年として評判が良かったようです。
母子家庭で父親は不在。母親であるマリアも彼が十三歳のときに病で他界。
それ以後は天涯孤独の身だったものの、土地柄、仲間意識の強い村人たちの助けもあって
さほど生活に困ることはなかったそうです。
特に村長の娘、キャサリン=ウェーバーとは幼い頃から親交が深く―――」

「ありがとう。もういいわ。
残りは後で目を通しておくから、下がっていいわよ」

 報告を読み上げる執事の声を遮り、命じる。

「は…?」
「もういい、と言ったのよ。後はこっちで読んでおくから、今日はもうあがってよろしいですわよ?」
「かしこまりました。それでは……失礼します」

 努めて冷静に。
今日仕上げた書類を整理しながら、横目で執事が立ち去るのを待った。

 ばたん、と扉が閉まるのを合図に、わたくしは。

「―――あっは!
間違いない間違いない!わたくしの見込みどおりですわ!」

 年甲斐もなく幼子のように飛び跳ねながら、執事が置いていった報告書を抱きしめた。
誰も見ていないのをいいことに、その報告書に何度もキスの雨を降らす。
……きっと傍から見れば異様な光景だったに違いない。

「わたくしの救世主、わたくしの王子さま、わたくしの―――」
  湧き上がる幸福。
今日ほどの至福のときは生まれて此の方味わったことがない。

「うふ。うふふふふふふふふ」
  自分でも少し不気味だと思う。
だけど際限なく込み上げてくる笑いはどうにも止めることができなかった。

 本当はすぐにでも馬車を出して彼に会いたい。
だけど………だけど物事には順序というものがある。
今は、まだ耐えるとき。

「嗚呼、もう暫しのお待ちを。
ウィリアム様。必ず、お迎えに参ります」

 彼を迎え入れる準備をしなければ。
これからますます忙しくなりそうだ。
だけど、もうさっきまでの疲労感は感じない。楽しくて、楽しみで仕方ない。
彼はどんな顔をしているのだろう。どんな声をしているのだろう。どんな性格をしているのだろう。
それを考えるだけで胸の鼓動は加速度的に早まっていく。

「うふっ。そうね。
とりあえず、焼けてしまったというフォルン村。先ずは此処から調べないと」

 早く準備を済ませれば、それだけ彼との出会いも早められるというもの。
ここからが、ロラン家の……わたくしの力の見せどころですわね。

「本当に……ふふっ……忙しくなりそうね…」
  なおも止まらない笑みを堪えながら、わたくしはまだ見ぬ彼に向かって告げた。

――――あなたとの邂逅の時を楽しみにしておりますわ……わたくしの、ステディ。

2007/05/26 完結

 

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