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ぶらっでぃ☆まりぃ



13 『宴の夜に(前編)』

『ウィル。姫様は騎士が大層お嫌いですから、どんなに邪険にされても腹を立てちゃダメですよ?』

 まるで子供に言い聞かすように、前もって俺に注意していたマリィ隊長。
さすがに王家の人間の前で逆ギレするほど俺も短気ではないが、
彼女の言葉のおかげで前持って覚悟して挨拶に臨めた。
……のだが。

 

「戦姫マリィ、そしてその懐刀ウィリアム。
そなたたちのおかげでこの国は大した被害もなく勝利を治めることができた。
そなたらがこの二年以上もの間死力を尽くすたびに、
他の兵たち、そして我々が何度助けられたことか。
この国を代表して例を言うぞ、マリィ、ウィリアム」

「はっ。我々には勿体無き御言葉」

 隊長の動きをマネて、一層深く頭を下げる。

 マリカたち訓練部隊が解散し、マリィ隊長の部隊に配属されてからおよそ一年と半年。
二年半に及ぶ隣国との戦争はこちらの大勝利に終わった。
無論、それは戦姫マリィの力によるところが大きい。
とくに俺が騎士になった前後からは大陸中に知れ渡るほどの活躍ぶりで、
こうして陛下直々に呼び出されるくらい国内では英雄視されている。
  戦勝パーティーの最中にいきなりお呼びがかかるのは構わないのだが、何故俺も一緒なんだ。
戦姫の懐刀なんて持て囃されてはいるが、所詮は彼女の腰巾着にすぎない。
陛下の言葉を賜るほど、そんな大層な器の人間じゃないんだけど。
それを隊長に言ったら、『私たち二人揃ってこその戦姫ですよ』と笑顔で返された。
……意味はよく解らない。俺が配属される以前から隊長は戦姫と呼ばれていたはずなんだけど…。

 

「そなたらの噂は国内はおろか近隣諸国まで届いておるぞ。私としてもこのような騎士たちに―――」

 陛下の言葉を傅きながら聞いていた俺は内心むちゃくちゃ緊張していた。
この手の畏まった空気は元々苦手な方ではあったが、これほど緊張しているのはそれとは別の理由だ。

(うぅ…。まだこっち見てるよ……)

 頭を垂れたまま、心の中で泣き言を呟く。蛇に睨まれた蛙とはこのことだ。
視界の隅からじっとこちらを見つめる視線に身震いを禁じえない。

 陛下と謁見始まってから一言も喋らず、ずっとこちらに視線を縫い付けて放さない人物。
陛下の隣に鎮座し、先ほど隊長から『騎士が大嫌い』と聞かされた、アリマテア王国の王位継承者。
マリベル王女が、穴でも開けようかというくらい俺を見ていた。
  どうやらマリィ隊長に聞かされていた通り、姫様は本当に騎士を嫌っているらしい。
その証拠に謁見の間中一言も口を開いていないし、表情はさっきからずっと変わってない。

 

(苦手…なんだよなぁ…)

 聞こえないように小さくため息を吐く。
静かに俺を見下ろす、小柄な黒髪の少女―――マリベル・ノブレス・アリマテア。
実際にこうして顔を合わせるのは初めてだったが、俺は以前城内で彼女の姿を見たことがある。
そのときの印象は衝撃的だった。おかげで今でも心の奥では混乱しっぱなしだ。

(やっぱり、似すぎだよ…)

 煌びやかなドレス、そして時々チラリと見える八重歯を除けば、王女はキャスに瓜二つだった。
最初に姫様を見たときは夢でも見ているのかと自分の頬を抓ったほどだ。
まるで、キャスが実は生きていて本当は一国の王女でした、ってくらいそっくり。

―――本当にそうだったら、どんなに良かったか。

 見る限り似てるのは外見だけらしく、気の強そうな目つきなんかはキャスからは
殆ど見覚えのない表情だ。
それでも外見が似てるのいうのは少なからず俺に動揺を与えるようで、
彼女の姿が視界に入るだけで息苦しい気分になる。
無理もない。思い出として頭の中で浮かべるしか方法がなかったはずの顔立ちが、
今目の前にこうして存在しているのだから。

 まぁ、そういう理由で苦手なわけなのだが、そうでなくとも王女に四六時中凝視されれば
誰だって戦々恐々とするだろう。
今の俺には、とにかく陛下の有難いんだかどうかも解らない話が早く終わらないかと、
地面に目を落としながら祈り続けるしかできなかった。

「―――と、すまんな。気を抜くと話が冗長気味になるのが私の悪い癖のようだ」

 俺の願いが通じたのか、国王陛下が少し苦笑いを浮かべて話を切ろうとしていた。
……ありがたい。さっさとこの場を退散して、祝勝パーティーの方へ馳せ参じたいものだ。

「そなたらも早く仲間と共に勝利を分かち合いたいはず。
…すまなかったな、私の我侭に付き合わせて。もう下がってよいぞ」

「はっ。失礼致します」
  マリィ隊長の声に倣い、俺も深く傅くと、早々に腰を上げた。
―――やっと解放される。そう胸を撫で下ろそうとしていたとき。

「ま……待たれよ」

 初めて聞く、誰かの呼び止める声。キャスによく似た…澄んだ声だった。

「…え?」

「おっ、おぬし、確かウィリアムと申したな」
  俺も隊長も、果ては陛下さえも驚きで目を見開く中、
姫様が緊張のせいか時々声を詰まらせながら言葉を紡ぐ。
いったい何の冗談か。騎士を毛嫌いしていた姫様が、向こうから俺に話しかけてくるなど。

「せ、せっかく謁見したというのに、わらわは無視か…?あいっ、挨拶くらい、したらどうじゃ」

 話に加われなかった怒りの為か、はたまた大嫌いだという騎士に我慢して話しかけたせいか。
姫様の顔は吹き出してしまいそうなくらい真っ赤だった。

「あ、挨拶…ですか?」

 当惑する俺に向かってゆっくり手の甲を差し出す。
その手は、微かに震えていた。

 

 

――――………

 

「なんなんですかっ!まったく!」

 謁見がやっと終わり。
恐らく隊の、いや騎士団全員が今頃ドンチャン騒ぎしているであろう、中庭へ向かう途中。
何がそんなに腹が立つのか、マリィ隊長が肩を怒らせて俺の隣を歩いている。

「ずっとウィルを見てたかと思えば、『挨拶くらいしたらどうじゃ』?
挨拶のひとつもしなかったのは姫様の方でしょう!
いくら王族で騎士嫌いだからって、非礼にもほどがありますよ!」

……謁見の前は、あんなに姫様をフォローしてたのに、今はどういう風の吹き回しか。
偉くご立腹のようである。……それにしても隊長の姫様のモノマネ、似てないなぁ…。

「…そうでしょうか?俺は思ってたより騎士が嫌いではないように見受けられたんですが」
  真っ赤になって必死でこちらに手を伸ばしていた彼女の表情は、
一瞬人見知りの激しかったキャスの顔と被った。
だからというわけではないが―――
姫様が、城内で噂されるほどの我侭娘ではないように感じられたのだ。
  声を掛けられるまでは正直言って怖かったけど。
よくよく考えてみれば、見られている間も別に凄い形相で睨まれていたというでもない。

 だけど、隊長にとっては俺が姫様の側に立った発言をしたのが気に食わなかったらしい。

「ウィルッ!!あなたは姫様の味方なんですか!?それとも私の味方なんですか!?」

「うわっ!な、何怒ってるんですか、隊長。俺、なんか悪いことしましたか…?」

「えぇ、しましたよ!しましたともっ!ウィルが全部悪いんですっ!!
―――なによ…もうっ……私だって、キスされたことないのに…」

 涙目で俺を非難した挙句、しまいにはそっぽを向いて何やらぶつぶつ文句を言い始めた。
……わからん。この人との付き合いもかれこれ一年半になるが、
たまに変なところで怒ったりして俺を困惑させる。
この一年と半年の間、彼女と一番長く共に居たのは恐らく俺だろうが、
その俺でも彼女の考えてることはよくわからない。
…"女心と秋の空"とはよく言ったものだ。

「ま、まぁともかく……」
  こんなときの俺の対処法と言えばたったひとつ。話を変えることだ。

「早く皆のところに戻りましょう。きっとみんな隊長が居ないから淋しがってますよ」

「私は別にパーティーなんて……って、そうだ!」
  苦し紛れの話題転換をする俺に半眼で睨みつけたかと思ったら、突然顔を輝かせて手を叩いた。

「いいこと思いつきました!ウィル、戦勝パーティーはこのままバックレましょう!」
「はい…?」

 いきなり何言い出すんだ、この人は。
まさに名案だとでも言いたげに俺の手を取るマリィ隊長。
ぐいぐい腕を引っ張りながら「街に繰り出しましょう」とか言ってる。……もう日は暮れてますが。
断るには忍びないほど満面の笑みだったが………さすがにマズイでしょ、それは。

「隊長〜…お願いですから遊撃隊の長たる人が、堂々と部下にサボるとか言わないでください……」
「そんなこと、どーでもいいから早く行きましょう、これは部隊長命令です!」
「それ、むちゃくちゃ公私混同ですよ…」

 たまにハジけたことを言って部下(主に俺)を困らせるのはこの人の悪い癖だ。
祝勝会自体はいつでも退席してかまわないのだが、
国王謁見で呼び出された際、同僚たちに「すぐ戻る」と言った手前
このまま帰ってしまうのは彼らに悪い。
それに陛下に失礼がないようにと鎧を着込んでしまったため、
このまま城を出れば街の人間は見回りか何かだと思うだろう。
だけど、いくらそう説明してもサボタージュは撤回したくないらしく、
街に出ると言って聞いてくれない。
……隊長にも困ったものだ。

 だが、以前はもっと固い印象を与える人だったんだそうだ。
開戦当初から部隊に所属していた先輩の話では、
戦争が始まった頃はもっと規律に正しい人だったらしい。
加えて壮絶を極めた最前線で戦う部隊だったから、彼女に対して感情を押し殺した冷徹な人物、
という印象を持っている者まで居たんだとか。
今の彼女からは想像し難い話ではあるが。
  というのも、俺が入隊したときの彼女は新任隊長のような……よく言えば初々しい、
悪く言えば頼りなさげな第一印象だった。
一度戦場での彼女の姿を見れば、そんな印象など一瞬で吹き飛んだものの、
それでも俺にとっては冷徹なイメージからはほど遠い人物像だったのは確かだ。

まぁ、確かにあのころは突然「サボる」とか言い出すことはなかったから、
規律正しい人ではあったんだろうけど……はは…。

「ほらほらっ、善は急げです!」
「ちっとも善行じゃないですよ、隊長」

 うぅむ……痛いくらいに腕を引っ張る、このトレイクネル卿閣下をどうやって説得しようか……。
もしこのまま彼女の言うとおりパーティーをバックレようものなら、
後日同僚たちに何言われるか分かったもんじゃない。

『パーティー会場から夜闇に消えた戦姫とその部下、二人っきりで何処へ――』

 同僚たちには向こう一週間は暇にならない、格好のネタだ。なんとしてもそれは避けなければ。
俺がからかわれるだけならともかく、免疫のない隊長に矛先が向けられれば
一波乱どころでは済まされない。
……やっぱり俺がちゃんと断らないと。隊の同僚たちの命に関わる。

「…オホン。えーとですね、マリィ隊長―――」

 本腰を入れて隊長を説得しようと、軽く咳払い。……だが。

「―――ケノビラック」

 誰かが、俺を呼び止めた。
背後から声を掛けられたせいか、それとも声の主があまりに懐かしい人物だったからか。
俺は一瞬だけ、姿勢をそのままにして固まっていた。

 懐かしい声。
そして騎士になって一年半が経つというのに未だ慣れない姓で俺を呼ぶ者。……それは彼女だけだ。

「…マリカ!」
  俺は少し興奮ぎみに振り返った。
そこに立つ、意志の強そうな眼をした女騎士。
俺と同期の、だけど今は近衛隊に所属している次代のホープ。
第一近衛部隊所属、マリカ=トリスタン。
  彼女と最後に会ったのはいつだったっけ。
戦争の後半は殆ど王都にはいなかったから、一年は会ってない気がする。
あの頃に比べて、少し髪が伸びたからだろうか。今の彼女は以前よりも少しだけ大人びて見えた。

「久しぶりじゃないか!元気そうで何よりだよ」
「ああ、お前もな」

……勝ち戦だったとはいえ、やはり戦争が終わっても互いに生き残っているという事実は嬉しかった。
俺自身、この戦争で生き残れるとは思っていなかった。
俺の所属する第零遊撃隊は常に最前線に配備されていたし、
何しろ俺の戦い方が無茶極まりないものだったから。
  師匠に『死に急いでいる』と何度も注意を受けた単身特攻の戦い方。
何度改めようとしても気付けば回りより一歩前に立って戦っていた。
それでも今まで生きてこられたのは、師匠や隊長、仲間たちのフォローがあってこそだ。
俺は、自分のためだけに戦っているというのに。…彼らには感謝してもし尽くせない。
  一方のマリカも、近衛隊であるがゆえに戦場に出ることはなかったろうが、
何度か王族暗殺の刺客が城内に侵入したという話を聞いたことがある。
彼女もそのたび危険に身を晒していたはずだ。

「一年ぶりくらいかな?見違えたよ、マリカ」
「ふふっ。そういうお前は昔と何も変わってないな。相変わらず弛んだ顔だ」

 やはりあの頃とは少し雰囲気が変わった。
こんな柔らかい笑みを浮かべられるようになったのか、彼女は。
それに釣られて自然と俺の顔も綻んでいるのを、彼女は見逃さなかった。

「ほら、それだ。どうしてお前は普段からもう少しシャキッと出来ないのか」
「いいんだよ。いちいち眉間に皺寄せてたら肩凝っちゃうだろ。
―――そういえば、マリカはここで何を…?」

 会場では鎧を脱いだ騎士たちがドンチャン騒ぎの真っ最中だというのに。
今のマリカは甲冑を着込んだ、いつもの騎士のスタイルだ。顔も見る限り、恐らくシラフだろう。

「何を言っている。近衛騎士は今日も通常業務だぞ。
いくらめでたいと言っても城中の騎士が騒ぐわけにはいくまい」
「あ、そうか」
「まったく……。まぁいい。私たちは殆ど大事な作戦に参加しなかったからな。
こういう貧乏くじくらいは甘んじて引かせてもらおう」
「それこそ、何言ってるんだ、だよ。王都の防衛だって大事な任務じゃないか。
たとえ実際に戦闘が起きなくてもね」
「………。ふっ、お前は本当に変わらないな」

 まただ。
驚いた表情の後にまた、柔らかい笑顔。
あの事件が彼女にどういう心境の変化を与えたのか分からないが、
今の彼女を見るときっと悪い変化ではなかったのだろう。
いつも苛立たしげに俺を叱責していたマリカが、こう何度も笑顔を向けるとは。

「……もういいですか、マリカさん?私たちはこれから会場に向かわなければならないので、
そろそろお暇したいのですが」

 マリィ隊長がゆっくり俺より前に出てマリカを見つめる。
戦場に居るときのような…と言えば大袈裟だが、それに近い厳しい眼差しだった。

 空気が、少し変わった気がした。

――――――なんだろう。ヤケに緊張する。
……って、パーティーはバックレるつもりじゃなかったんですか、隊長?

「それは構いませんが。
…ですが、ケノビラックの方は暫くお借りします。少し彼と話したいことがあるので」

 隊長に答えるマリカの表情にもきつい眼差しが浮かんでいた。
戦姫相手に一歩も引かないあたり、実に彼女らしい。

「ダメです。ウィルはこれから私とパーティー会場に向かわなければならないと、
さっき言ったはずですよ?」
「……しかし祝勝会は退席自由だったはず。つまりこれは騎士としての任務ではなく、
飽くまで非番の催し物に過ぎません。
ですから彼が構わないのであれば、いくらあなたが上司でもそれを止める権利はない。
違いますか?トレイクネル卿」

 挑戦的な微笑みで見返すマリカ。
その表情に隊長はぎりっ、と奥歯を噛み締めていた。

―――――えーと。この二人ってこんな仲悪かったっけ。
  マリカの方はともかく、マリィ隊長は特に彼女のことを嫌ってなかったような覚えがあるんだけど。

「ぐぐぐっ……。ダメと言ったらとにかくダメです!
ウィルは私と一緒にパーティーに出席するんですっ!これは決定事項なんですから!!」

 あ。さっそく隊長がキレた。相変わらず口論になると途端に弱くなるなぁ。
戦場では常勝無敗、鬼神のごとき強さを誇る彼女だが、
舌による喧嘩となると幼児化したのかと疑わしくなるくらい発言が幼くなる。
『あなたの方こそ仕事中でしょう?』くらい言えばいいのに。
……。まぁ多分思いついてもいないんだろうな……。戦場での機転は何処へやら。

「…あなたは一体いくつですか。
いくらなんでも駄々をこねて可愛らしく見える年ではないでしょう?」
「ぎぎぎぎッ…!」

 鋼鉄の剣すら砕けそうな勢いで隊長が歯を軋ませる。
―――――隊のみんなにはいつもからかわれた挙句、可愛い可愛いと弄り倒されているが、
今それを言ってもフォローにはなりそうもないので発言は控えよう。

「隊長、落ち着いて落ち着いて」
「うぅっ…」
  で。
最後に隊長を宥めるのはいつも俺の役割だ。これも戦姫の懐刀としての役目なのだ、致し方ない。

「俺もすぐ戻りますから。隊長は先に会場行っててください」
「なっ…!?そんな…!!私を見捨てるんですかっ!?」

 いつも思うんだが隊長は一体何のタイミングで駄々をこねたりするんだろ。
普段はあんなに楚々としているのに。
大抵は俺が真摯に説明すれば分かってくれるので、
それほど困るわけでもないから構わないと言えば構わないんだけど。

「そういうわけじゃないですってば。
彼女とは話す機会もあまりなかったですし…。なるべく早く済ませますから」

「…でも――――」
  俺に諭されて勢いは萎んだものの。それでもなおマリカと俺をチラチラ見ながら、
胸の前で指を絡ませている。
うーん。今日は引っ張るな。本人は最初の予定では街へ行くつもりだったから、
ヘソを曲げているのかもしれない。
……参った。どうしたもんか。

「そうですね。じゃあこうしましょう。
確か明後日、城で勝利宣言集会のときに挨拶する予定ですよね?」
「え、ええ、まぁ…」
「そのとき、俺も一緒に隣に立ちます。隊長、前にその方が気が楽だって言ってましたよね?」

 実は彼女は、大人数の人前に立って喋るというのが致命的に苦手だ。
第零遊撃隊はもともと少人数だったし割と気心も知れた仲なので、
隊長としてみんなに話をするときはどうってことはなかったようなのだが。
騎士団まるまる全体となると話は変わってくる。

 来たる明後日、マリィ隊長は戦勝の最大の貢献者として、
団員全員の前で挨拶しなければならないのだ。
それが決まったとき、隊長は酷く慌てて俺に助けを求めてきた。自分は人前で挨拶など出来ない、と。
そのときはさすがに諦めてくださいと返したのだが、丁度いい。
せめて俺が隣に立てば多少は緊張もほぐれるだろう。

「ッ……。わかりました。それで手を打ちましょう。
…ですがッ! 話が済んだらすぐに会場に戻ってくるように!いいですね!?」

 少し悔しげに眉根を寄せた後、本当に仕方なくといった表情で承諾してくれた。
……きっと明後日の挨拶はみんな俺に奇異な視線を向けるだろう。
何も用がないくせに壇上に立っているアイツはなんなんだ、って。
でも、ま、しょうがない。これで隊長が手を打ってくれるっていうんだから良しとしよう。

「…と、そういうわけだからさ。マリカ、なんとか了承してもらえたよ」
  側から呆れた表情で事の行く末を見守っていたマリカにそう言いながら振り返った。
俺の笑顔に、彼女は深くため息をひとつ。そして。

「……だから、別にお前がその女に――――もごっ」

 マリカの発言がまた話をややこしくしそうな気がしたので、彼女の口を慌てて手で塞ぐ。

「……それじゃあ、隊長。俺たちは適当に歩きながらでも話をします。
隊長は『俺は後で行く』と言ってたってみんなに伝えてください」

「わかりました。早く戻ってきてくださいね、ウィル」
  彼女の口に手をやったまま、隊長がその場を離れていくのを見送る。
……隊長が見えなくなるまでの間、彼女は八回振り返りこちらに手を振っていた。
……今生の別れじゃあるまいに。
彼女が見えなくなってから、俺はため息と共にマリカの口を開放した。

「はぁ…」
「ぶはっ!いきなり何をする!ケノビラック!」
「一言余計だからだよ、マリカ」

 久しぶりに聞いた、マリカの怒鳴り声。…まるで、あの頃に戻ったような錯覚。
それは一緒に訓練していた一年半前の、俺の知るマリカそのものだった。

「…何をニヤニヤしている。気色悪い」
「いや…ははっ。変わったって言っても根っこの部分は同じなんだなぁって。
やっぱりマリカはマリカだよ、うん。あはは」
  腹を抱えて笑う俺をマリカは怪訝そうな顔で首を傾げていた。

「それより……どうする?何処か場所変える?」
「そうだな――――とりあえず見張り台へ。見回りをサボるわけにもいかないし、
すまないがそこまで付き合ってくれ」

 そう言って隊長が去って行った方向とは反対側を指差した。

14 『宴の夜に(後編)』

 喧騒が遠くから聞こえるものの、人の気配が少ない回廊を二人並んで歩き出す。
時折、鎧が擦れる金属音だけが近くから響き、俺の耳に浸透する。
歩き方の癖なんかが影響しているのだろうか。その音がマリカの放つものだとすぐ解る。
――――本当に懐かしい。
  こうしていると、あの頃二人で街の見回りに出ていたことを思い出す。
『民に見られているのだから、もっと威厳を持った顔で歩け!』……マリカには
いつもそう叱られていた。
  たった一年半前のことだというのに、酷く昔のように感じる。

「……それにしても、大変だな」
「…え?」
  隣を歩くマリカが、顔は回廊の先に向けたまま口を開いた。
その声で俺も現実に引き戻される。

「大変って、何が?」
「城の連中がいつもお前の話をしているぞ。
"戦場であの戦姫に唯一付いて行ける男"。
"戦姫が常に側に置き、騎士団内で彼女に絶対の信頼を寄せられている、ただひとりの騎士"。
それ故に戦姫の身の回りの世話をする従者のようでもある、とな」
  少し遠くを眺めているような目線で、俺に言う。
マリカもこうして二人で並んで歩いていることに懐かしさを感じているんだろうか。
どこか懐古しているような、望郷しているような―――そんな何ともいえない表情をしていた。

「ははっ。そりゃ違うよ、マリカ。
俺が隊長に付いて行けてるんじゃなくて、無茶する俺の面倒を見てくれてるんだよ。ほんとは」

 同じ隊の先輩たちからは"戦姫よりも前に出る命知らず"とよくからかわれたものだ。
実際、戦場での記憶を紐解くと危なくなったときいつも背後から隊長の助けが入っていた。
隊長にしてみれば無鉄砲な部下に面倒事を増やされ、さぞ迷惑していたに違いない。
  ……多分、その様子を見ていた隊外の騎士や傭兵が『俺が戦姫に付いて行っている』と
勘違いしたのだろう。

「だいたい、あの人とまともにやって勝てる人間なんていないよ」
  そうマリカに肩を竦めてみせる。
  隊長のそばで戦ったこの一年半。
彼女を上回る腕を持つ兵はおろか、同じ土俵で戦える者すら見たことがない。
なにしろ、一瞬の目測で矢はおろか、マスケット銃の弾道すら読むような人だ。
俺程度の腕では到底彼女には追いつけないだろう。

「―――ずいぶんと、あの女のことを買っているのだな」
  マリカの声が、少し低くなった。
……気にしすぎだろうか。彼女の表情がさっきより僅かに険しくなっているように感じるのは。

「そりゃあ……あれだけのもの見せ付けられたら…ね」

 隊長はその圧倒的な強さだけでなく一風変わった人望――彼女を知らぬ者にはカリスマ性、
知る者にはマスコット的な……って感じか――
も持っていたことから、騎士団の内外を問わず彼女のシンパは結構多い。
……自負するつもりはないが、俺も恐らくそのうちの一人なんだろう。
これでも、彼女に出会う以前は噂を聞いても大して興味が沸かなかったクチなのだが。
あれほどの強さなのだ。実際に戦場での彼女を目にすれば興味を持たない兵などいないだろう。

「…………」
  今まで特等席で見てきた彼女の武勇譚を思い出し、羨望する。

「……って、なに?」
  黙って俺の顔を見ていたマリカに気付き、眉根を顰めた。
それはマリカにとっても無意識のうちの行動だったのか、俺に指摘されて慌てたように首を振った。

「あ、いや…すまん。この一年半の間にお前も遠い存在になったのかも知れないな、と思ってな…。
あのころと変わらないのは見た目だけで、本当はもうわたしよりもずっと先に行っている――
そんな気がしただけだ」

 少し淋しそうに微笑むと、バツが悪そうに俺から目を離した。

「そんなこと言って……マリカだって凄いじゃないか」
「わたし……? 何がだ?」
「聞いたよ。王都に幾度も忍び込んできた敵国の刺客を、マリカが全部始末したって。
それが評価されて次の『王の盾』になるんじゃないかって専らの噂だぞ?」

「…ああ。そのことか」
  俺が持ち出した話題に、どういうわけかウンザリしたように深くため息をつく。
口元にも呆れたような笑みを浮かべていた。
『どう答えるべきか』と首を捻った挙句、俺に涼しげな顔を向けてこう答えてきた。

「確かにそういう打診はあったが………断った」

「えぇっ!?なんで!?」
  あまりにもあっさりと言うので、思わず身を乗り出して詰問してしまった。

「なっ、何をそんなに驚く?」
「そりゃぁ…」
  マリカは人一倍、騎士という職業に憧れていた。少なくとも俺たち同期の中では
そういう想いが一番強かったはずだ。
そして、『王の盾』は騎士の誉れ。騎士団とは独立した権限を与えられ、
王族の勅命によって動く騎士の中の騎士だ。
だから真の騎士を目指していたマリカがその『王の盾』の座を蹴る理由が全く理解できなかった。

「わたしは、あの程度のことで王の盾になれるとは思っていない。
実際、この一年半を振り返ればわたしなどより他に相応しい人間はいくらでもいるはずだ。
……例えばお前とか、な」

 意地悪そうに口を歪めて、俺の顔を指差す。
その指を遮るように、慌てて「ないない」と手を振った。

「なんでだよ。俺こそ王の盾になれるわけないじゃないか。平民出の俺に―――あっ」

 そこまで声に出してやっと気付いた。
平民出の俺は『王の盾』になれない。…じゃあ、マリカは?マリカの出身はどこだ?
それが理由だとするなら、彼女が最も忌み嫌う理由で『王の盾』に就くことになる。

「そう。だからきっと、親の七光りなのだろうな。わたしに『王の盾』の椅子が回ってきたのは。
そもそも……刺客を退治したのだって、元を正せば王都に侵入を許すほど警備がザルだった
ということだ。その責を問われることはあっても、誉れを賜るべきではない」
  そう言って最後に「これは一騎士の身を弁えぬ発言だがな」と付け加えた。

 二人してゆっくりと狭い螺旋階段を登る。
この先は城でも一番高い見張り台だ。そこからなら下で祝杯をあげながら騒いでいる同僚たちも
よく見えることだろう。
マリカと同じ部隊にいたころは何度も来たことがあったが、
マリィ隊長のところに配属されてから此処を登るのは初めてだ。

「……それにな、ウィル」

 螺旋階段は、その狭さもあって他の場所より数段暗い。
階段に沿って松明が灯されているものの、それでもマリカの表情を確認できるほどの明かりを
俺に与えてはくれなかった。

「今のわたしは、騎士がどうの…というのは正直どうでもよくなってきているのだ」
「…どういう意味だ…?」

 顔が見えないせいでどう口にすべきか迷う。
声には喜びも嘲りも感じない、淡々とした旋律しか含まれていなかった。

「目的と手段が入れ替わったとでも言うのかな。
酷く曖昧なイメージの『騎士』という偶像を追って、
そのためにお前と何度も剣を交えてきたつもりだったのが……。
いつからか知らんが、曖昧なイメージしかないそんなものより、
はっきりと目の前に存在するお前の方を目標にしていたらしい」

「……俺は―――」
  目標にされるような人間じゃない。
俺が今までやってきたことは全てキャスたちの仇を討ちたいがため。全部自己満足のためだ。
自分のためだけに剣を覚え、自分のためだけに騎士になり、自分のためだけに戦争に参加した。
  王国騎士の中で俺ほど騎士の品位を落としてる人間はいないだろう。……だから。

「と。…着いたな」
  俺が吐露するのを許さぬように、見張り台に続く最後の扉が開かれる。

 ぎぃ、と軋む音と共に涼しげな一陣が、湿った螺旋階段を吹き抜けた。
そのおかげで俺の鬱屈していた感情も一緒に洗い流されていく。

「先に申し送りを済ませるから、悪いが少し待ってくれ」

 マリカの言葉に黙って頷きながら扉を抜けると、
さっきまでとは打って変わって広い空が真っ先に目に入った。
松明のせいで星はよく見えなかったが、雲ひとつない夜空だった。

「あ、先輩。交代ですか?」

 マリカの後輩だろうか。
見張り台にいた一人の騎士がマリカに歩み寄り二言三言会話すると、
なぜか鼻息を荒くしながら俺に敬礼して階段を降りて行った。
「……?」
  彼の異様に興奮した表情に寒気を感じつつ、俺は首を捻った。

「ふ、ふふふっ……」
  その仕草が余程可笑しかったらしい。
かみ殺すような笑いを零しながら、マリカがこっちに戻ってきた。
「……なんだよ」
「す、すまない……ふふっ。お前の反応があまりに面妖だったものだから、つい……っ。
いや、さっきの彼な。今年入団した新人なんだが……実はお前に憧れて騎士になったらしいんだ」

 さっきの熱い眼差しはそういう意味か。
戦姫ならともかく、俺に……とは珍しい人間も居たものだ。

「わたしたちも知らぬ間に"先輩"になったということだな…ふふっ」
  俺を茶化すようにまた笑うマリカ。

 その後輩が消えていった方にもう一度目をやる。少し居た堪れない気分だった。

「俺に憧れて―――ね」
  そういう人間が出てくるくらい俺は有名になってしまったんだろうか。
『戦姫の懐刀』としての俺の名前だけが一人歩きしてるような気がして、
喜びよりもむしろ不安しか感じなかった。
――隊長が以前、戦姫の噂に難色を示していたのはこういうわけだったのか。

「……『迷惑だ』といった顔だな」
「そこまでは言わないけど……」

 俺はまだ仇討ちを諦めていない。
あるツテを使って仇の居所を探ってもらってるし、もし見つかれば迷わず殺しに行くつもりだ。
そのとき、戦争中だという大義名分はもう存在しない。繕いようもない私怨のみで殺すのだ。
それでもなお、あのマリカの後輩は俺に幻滅しないだろうか……と不安に駆られる。

 そんな後ろめたさが顔に出ていたんだろう。マリカがふっ、と浅く嘆息した。

「まったく……。どうしてわたしもこんなヤツを目標にしたのだろうな」
 
  マリカは、見張り台から見える遥か向こう―――あちらは西の方角か―――に目を向け、
風にそよぐ髪を梳いた。
咎めるような声だったが、その表情は少しだけ笑っていた。
どうしたんだろう?……と彼女の一挙手一投足を見守る中。

「……ウィル。わたしは暫くこの国を離れようと思う」

 突然の告白だった。
脈絡がなかったせいだろうか。
マリカの言葉を数瞬の間、まったく理解できなかった。
何度か前髪が風に揺れるのを感じてから、俺は動揺を堪えながら口を開いた。

「なっ、なんで…?」

「言ったはずだ。お前を目標にしていると。
だというのにこの一年半、お前との差は広まるばかりだ。
お前はいくつもの戦場を駆け巡っている間、わたしは平穏無事な王都でぬくぬくと過ごしていた。
差が開くのも当然といえば当然だが…。それを一気に取り戻したい」

「取り戻す……ってどういうことだよ」

 俺の質問に僅かに目を細める。
視線は依然西の果てへと向けられ、
遠くを見つめるためにそうしたのか風の強さのせいなのか俺には計りかねた。

「西に行けば小国同士の小競り合いが今も絶えない。戦争には事欠かないだろう。
そこでお前と同じように傭兵として、戦場とはどんなところなのか経験するつもりだ」

「何もわざわざ自分から戦争してるところに行かなくても…」

「それくらいしなければお前には追いつけないからな。……で、だ」

 ようやく視線を戻し、彼女らしい自信に溢れた両の瞳に俺の姿が映った。

「お前にひとつ、頼みたいことがある」
「―――?」

 少し…ほんの少し。今、一瞬だけマリカの瞳が揺らいだ。

「半年か一年か、それともそれ以上か―――どれくらい国を離れるか解らないのだが……。
それを終えて此処に帰ってきたとき、もう一度勝負をして欲しいのだ」

「それはいいけど……なんでそこまでして―――」
  探る瞳と、揺るぎない瞳が交差する。

 はっきり言えば、俺は彼女の考えには反対したかった。
自分とは全く関係のない戦争にわざわざ出掛け、己の命を危険に晒そうというのだ。
当然のことだろう。

「………」
  だけど同時に。
ちょうど今のマリカのような顔をしているときは何を言っても無駄だと言うことも知っていた。
今のマリカは俺が騎士になる直前、所属していた傭兵隊の妹分が"ある決意"を打ち明けたときと
よく似た表情をしている。
あのとき、いくら彼女に反対しても聞き入れてくれなかった。…だから。

「はぁ…。 ……わかったよ。約束する」

 結局半ばで説得の言葉を飲み込み、仕方なしに頷いた。

「そ、そうか!」
  安堵の表情と歓喜の声。
表情には出さなくとも、俺に断られやしないか内心不安だったらしい。
文字通り凝り固まっていた肩がストンと落ちていた。
「絶対だぞ?約束したぞ?」
  俺の気が変わらないうちに――とでも考えたのだろうか。
すかさず右手をこちらに差し出す。

「はいはい……」
 
  なぜこうも俺との勝負に拘るのだろう、とか考えながら。
彼女のその挑戦状――差し出された右手を受け取った。

「本当に、絶対だぞ?」
「……ホント、マリカはしつこいなぁ……」
  握手する手にぐっと力を込めて念を押す彼女に、微笑みながら皮肉る。
それに釣られるようにマリカも破顔。
二人してこうやって笑いあう機会など殆どなかったはずなのに。
憂いの混じった笑みをする彼女を見ていると、どうしてだか懐かしい気持ちになった。

「あ、そうだ。それなら――」
  ひとしきり笑ったあと。
"あること"を思いついた俺は頬が緩みそうになるのを堪えながら、空いてる左手でマリカを手招き。
「なんだ……?」
  『おかしなヤツだ』と眉を顰めながら面倒臭そうにこちらに一歩、歩み寄って来る。
マリカが手の届く位置まで来たのを見計らって。

「な…なななななななっ!?」
  彼女の背中に手を回した。
そのとき身体が石みたいに固まっているのが手に取るように解って、思わず吹き出しそうになった。
「う…ウィル、おまえ……」
  狼狽を露わにしているマリカの声を無視しながら一息吐く。
……そして。

「―――貴公に、ヨセフの加護があらんことを」

 いつかの言葉を、彼女に返した。

「は……?」
「……あのときのお返しだよ、マリカ」
  勝手に吊りあがりそうになる頬に力を込めながら、横目でマリカを盗み見る。
さっきまで湯でも沸かすのかってくらい真っ赤だった顔が、今はぽかんと目を丸くしていた。
それを目にして俺はとうとうガマンできず。

「くっ……ははははっ!」
「……か、からかったな」
  笑い声を聞いてやっとその意図が判ったのだろう。
唇を尖らせて、悔しげに半眼で俺を睨み付けてきた。

「戦争は終わったけど、まだやらなきゃならないことがいっぱい残ってるんだ。
だから会えるうちにしておこうと思ってね」

 彼女の背に回していた腕を解き、残り笑いを堪えながらそう告げた。

 国としてもまだ戦後処理が残っている。
そして俺個人としても、まだ成し遂げるべきことは何一つ終わっていない。
いつなんどき、また王都を離れることになってもおかしくないのだ。

「なんだ。見送りはしてくれないのか?」
  静かにマリカはそう言ったが、責めているような口調ではなかった。
「ごめ――」

「いや、すまない。さっきのはわたしの独り言だ」
  謝罪しようとする俺の声を遮り、マリカはかぶりを振った。
「まだ村のこと……済んでいないのだろう?
それを圧してまで見送りしろと言うほど、わたしも無粋ではないつもりだ」

「……マリカ」
「ただし」
  ちょっと重くなりそうだった空気を払拭するように、マリカが一回り大きな声で付け足す。

「帰ってきたら、たっぷり付き合ってもらうからな?」
「………ああ、わかったよ」

 

 その後は、積もる話もそこそこに見張り台を離れた。
本当は……もう少し彼女と話していたかったけど。
近いうちにまた会う機会もあるだろうと、このときはそれほど気にも留めなかった。

「そのときこそ…絶対に。
隣に立つのは―――ではなく、――――――と証明してやる」

 彼女の最後の言葉はよく聞き取れないほど小さい声だったというのに、
端々に滲み出る意志の固さだけはハッキリと感じた。

 

――だけど結局、彼女と会ったのはこの日が最後。

 半年後。
『王の盾』になった俺は故郷の事件の真相を知り、団長と姫様の事件を経て王国を去ることになる。
団長にはゲイル=トレイクネル卿殺害の容疑と、俺には姫様誘拐の容疑。どちらも大罪だ。
きっと王国に戻ることはできないだろう。
  故郷を捨てたこと自体に後悔はない。
それに代わる得難いものを得られたと思っているし、
あのままならきっと俺も団長も破滅していたはずだから。

 だけど。
ただひとつ心残りがあるとすれば、彼女のこと。
すまない、と思ってもその言葉を彼女に届けることは叶わず。
彼女が俺を叱責したくとも再会することは恐らく二度とない。

 経緯はどうあれ、俺は。
マリカとの約束を果たせなかったんだ。

2007/05/13 完結

 

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