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ぶらっでぃ☆まりぃ



12 『戦姫は17歳』

「お前が、ウィリアム=ケノビラックか?」

 強面の屈強そうな男が、俺を見下ろしながらそう尋ねる。
その風貌は騎士というよりむしろ傭兵か賊の類に近い。
射抜くような瞳の間に走る刀傷は、それだけで彼が歴戦の戦士であることを証明している。
俺との長身差が大きいせいもあって向き合うだけで威圧感を感じてしまうほどだ。

「あ、はい。本日付で配属になったウィリアム=ケノビラックです。
えと…あぁ、あった。これが異動命令書と身分証明です、どうぞ」
  バッグをがさごそと探った末、くしゃくしゃになった紙を男に手渡す。
昔なら睨み付けるような眼光に少したじろぐところだったが、
今となってはこの手の顔は正直、師匠で見慣れていた。
あの人、見た目だけで言ったら典型的な悪人だからなぁ…。もう慣れっこだ。

「ちょっと確認させてもらうぜ?」
  受け取った書類を更に目を細めて目を通す。………んー。やっぱり悪人面だ。

 どう考えてもヤバい仕事とかやってそうで、騎士とは程遠い彼の態度。
遊撃隊というのは他の部隊と一風変わった雰囲気をしていると聞いていたが、このことなのだろうか。
同じ騎士の鎧を身につけていなければ、彼が部隊の人間だと全く気付かないところだった。
だが逆に、それがどうも師匠たちと同じような空気を感じさせたので、
俺には却って緊張を和らげる結果になった。
…変に肩肘を張らなくて済みそうだ。

「んん……トレイクネルの家紋も王家の紋章も本物みたいだな……。よし、こっちだ」
  書類を確認すると、男はニカッと歯を見せて俺を奥へと案内した。

 

 

 

「いやぁ、スマンなぁ。お前の見た目が相当若かったモンだから、本当に新入りか疑っちまった」
  悪ぃ悪ぃ、と付け加えてから「がっはっは」と豪快に笑う。
………おもいっきり師匠と同じ匂いがした。
「……いえ。俺もその辺りを考えてから接するべきでした」
  どうにも感覚が傭兵をやっていた頃に戻った気がして、脳裡に師匠たちの顔が浮かんだ。

「……ん?」

 その先輩騎士に案内される途中、駐屯施設の向こうで馬防柵を組み直してる一団が目に入った。
どうやら暫く使われていない様子で、ちゃんと組みあがっているかチェックしているらしい。
王都では半信半疑だったが――本当にここ最近戦闘らしい戦闘は起きてないようだ。

「あん?どうした?」
「…なんでもありません」
  こちらの様子に気付いた先輩騎士が怪訝そうに尋ねるが、俺は視線を戻してかぶりを振った。

―――――とうとう俺が戦姫の部隊に配属される日が来た。
あの後俺は王都を離れ、敵国との国境――戦争の最前線にいる。
  マリカは近衛部隊として王都に残り、俺は遊撃隊として戦場に、
そしてシャロンちゃんに至ってはどうなったのかのすらも解らない。
師匠たちも何処かの戦場で元気にやっているんだろう。
  楽しかった日々は昨日で終わり。
この国を取り巻く現状を考えれば、この一ヶ月こそ夢のような時間だった。
皆、それぞれの道へ。俺もそろそろ本来の目的に戻らなければ。

……本来の、目的に。

 軽く顎を上げると、視界に灰色の空が一面に広がる。
戦場らしい、でも王都とは対照的な、薄ら寒い空だった。
だけど俺にはこれくらい鬱々とした曇り空の方が丁度いい。
王都の空だと自分が何のためにそこにいるのか忘れそうだったから。

「おっと、ここだ」
  一角にある小屋の前で足を止めたのを合図に、俺は現実に引き戻された。

「……新入り。これから皆に紹介するわけだが……覚悟しとけよ?」
  俺に向かってニヤニヤ笑う騎士。
これは解る。何か悪巧みをしている顔だ。師匠に散々酷い目遭わされてきたから嫌でも解った。
「…なんか良からぬこと企んでますね?」
  探る視線で先輩騎士の表情を窺うと、彼は俺の眼から逃れるようにそっぽを向いた。

「ははは。いや……企んでることは何もねぇんだが……お嬢が、ちょっと…な」
「……お嬢?」
「まぁ、入ってみりゃ解るからよ。ついてきてくれ」

 半ば強引に話を打ち切ると、ゆっくりと小屋の扉が開かれた。
渋々、彼の後について小屋の中に入る。今になって緊張しているのかちょっと息苦しい。

………だけど、入った途端。

「あーーーーーーーッ!!!?」

 兵たちの駐屯地にしてはえらく場違いな、可愛らしい声が小屋の中に響いた。
そのせいで気が抜けて、身構えていた感情が一気に霧散する。

「フレッドさんっ!!いったいどういうつもりですかっ!?」
  小屋の奥から、銀髪の少女がいかり肩でずんずんとこちらに歩み寄ってくる。
端整な顔立ちと俺よりも更にタッパが低いせいだろうか、
怒った表情でも可愛らしさが抜け切っていなかった。
「わたしが迎えに行くとあれほど言ったのに!!どうして勝手にその人を連れてきてるんですか!」
  腰に手を当てて、俺をさっき出迎えてくれた騎士――名前はフレッドと言うのだろうか――
その彼を見上げる。

「いやぁ。…ですが、お嬢はさっきまで傭兵隊のヤツらと話があったじゃないですかい。
それまで新入りを待たせるよりは手の空いてるオレが迎えに行った方が効率的でしょ。
どう考えたって」

 悪びれもせず少女に答える。
だが、その回答は彼女の肩をより一層わなわなと奮わせるだけだった。

「効率だとか非効率だとか関係ありません!部隊長命令を無視したんですよっ、あなたは!」
「部隊長命令って…。お嬢…いけませんぜ、職権濫用は」
「ああっ…もうっ!だいたいあなたはいつも―――」

 むきーっ!…とか言い出しそうな仕草で両手をぶんぶさせる少女と、それを宥める大柄な騎士。
彼らの態度だけ見れば駄々をこねている子供と、
その子供に言い聞かせている父親に見えなくもなかった。

「それよりいいんスか?さっきから新入りが珍妙な顔してこっち見てますが」
「……っ!!
くっ……。フレッドさん、あなたは減給です。少し反省しなさい」

 吐き捨てるように最後にそう宣告すると、今度は俺に向き直った。
彼女の後ろから「横暴だ〜」と大の大人が泣き声を上げているが、気にしない。
視線を合わせたらこちらにまで火の粉が降りかかってきそうだったし。

「ウィリアム=ケノビラックさん――ですね?」

 柔らかい笑顔で右手を差し出しながら俺に尋ねる。
だけど俺はその声も耳に届かず、ぼけーっと彼女の顔を眺めていた。
いや、別に見惚れていたとか、そんなんじゃない。
ただ…彼女は誰なのだろう、と漠然とそんなことを考えていた。

「……?」
「あ、いえ、すいません。
今日から第零遊撃隊に配属になったウィリアム=ケノビラックです。よろしくお願いします」
  黙考していた俺を怪訝そうに見ていたので、誤魔化しの苦笑を浮かべて彼女の右手を取った。

「ええ。歓迎しますよ」
  にこにこしながら答えてくれるのは嬉しいんだが、そもそもこの子は誰?
鎧を着ている限り騎士なのだろうが……俺と年はそう変わらないっぽいけど……。
同い年だと仮定した場合、彼女は部隊の従者だという可能性が高い。
あ、でもさっきフレッド氏は敬語使ってたし、だいいち従者がこんな質の良さそうな鎧を
身につけてるはずないか。…うーん。

「ははははははははっ!!」

 俺が首を捻っていると、前方…つまりは銀髪の少女の背後から、男たちの笑い声がこだました。
いつの間に集まっていたのだろう。騎士たちが数人、すぐ近くで俺たちを見物していた。
多分、遊撃隊の面々が何人か様子を見に来たのだろうとは思うが。

「え?……何か可笑しいんですか?」
  不安そうな顔で少女が男たちに振り返る。だが、彼らはその発言に益々吹き出すばかりだった。

「はははっ!何か可笑しい…って、なぁ?」
「いや……くくっ。お嬢、自分の自己紹介してませんよ?」
「だから新人がさっきから『あんた誰?』って顔してるんスよ」

 男たちが口々に言った。
それを聞いた少女は、合点がいった、と言う風にぱんっと両の掌を叩くと再び俺に向き直る。

「嗚呼すいません!失念していました、私の自己紹介がまだだったんですね。
えっと、私は―――この部隊の隊長を務めさせてもらってます、マリィ=トレイクネルです」

……ああ、部隊長か。
どうりてあの出迎えてくれた騎士が敬語を使っているわけだ。
一般の騎士とはやや形状の違う甲冑を身に纏っているのもそういうことか。
なるほど、なるほど………って。

「……え?」

 納得して頷きかけたところでやっと気付いた。
彼女がこの部隊のリーダーを務めている騎士だとするなら、それは同時に――――。

「……ぶ、部隊長ってまさか―――――あなたが…いくさ、ひめ…?」
「え?…ええ、そう呼ぶ人も中にはいるみたいですね」

 何食わぬ顔で答える少女の顔をまじまじと眺めた。
……正直、信じられない。
戦姫がこんな小柄な少女だったとは。
今まで聞いていた数々の武勇伝から、てっきり見上げるほどの大女だと思っていたのに。
実際には、百戦錬磨の戦姫どころか騎士だということすら耳を疑うほど彼女の腕は細かった。

「あれ…?ということは本当に今まで私が誰か解らなかったんですか?」
「……う。えと、はい。その…すみません」
  首を傾げて尋ねる戦姫に、歯切れ悪く答えた。

「………そ、そうですか…。
(わ、忘れられてる……。一度戦場で会ったはずなのに…私、忘れられてる……)」

 ちょっとショックだったらしく、ブツブツ何かを言いながら項垂れている。
…本当に彼女が戦姫なのか、よりいっそう疑いたくなるような姿だった。
  だけどそれもすぐに持ち直したようで、気持ちを切り替えるように小さく咳払いをした。

「んっん。……まぁいいでしょう」
  さっきまでとは違う、少し厳しい表情。
それに対面している俺は人知れずゴクリと喉を鳴らした。

「あなたが此処に籍を置くに当たって、ひとつ注意してほしいことがあります。
これからあなたは私の元で戦うことになるわけですが――
私が部隊長である以上、甘えは許されません。
あなたは傭兵をしていたようですから問題ないと思いますが、
騎士としては新人であることに変わりありません。
これから覚悟しておいてください」

「は…はい」
  緊張した面持ちで答えた。少しだけ引き締まった気分だ……ったのだが。

「お〜い、新入りぃ。身構えなくていいぞ〜。お嬢は初めて年下の部下が出来て
張り切ってるだけだからな〜」
  茶々を入れる声が俺をすぐに脱力させた。……さっき減給を言い渡された、フレッド氏だった。

「フレッドさんッ…!タダ働きしたくないのなら、少し黙っててくださいっ!!」
「それはあんまりですぜ……」
  少女に叱られ、項垂れるフレッド氏。
その様子は、どこか傭兵隊の師匠とその娘マローネのやりとりを彷彿とさせた。
……苦労してるんですね、フレッドさん。

 騎士団の一部隊にしてはあまりにもかけ離れた雰囲気。
本当に此処がアリマテア王国始まって以来の猛者たちが集う、第零遊撃隊なのだろうか。
とても礼節と義を重んじる正規の王国騎士に似つかわしい――とはお世辞にも言えない。
いやまぁ騎士とはちょっと違う意味で、義に厚そうではあるけど。
  とりわけ戦姫の印象の食い違いは筆舌に尽くしがたい。
こんな少女が戦場で上手く立ち回っているというのが不思議でならなかった。

「でも本当のことじゃないですか、お嬢。
今日になって急にお姉さん風に吹かれたみたいに態度を変えて」

「なんですか!そのお姉さんって!
わっ、私はただこれを機に普段からもっと隊長らしくしようと思っただけです!
それとっ!もういい加減"お嬢"はやめてください!!」

「…それ、どっちも今さらって気がしますが」
  フレッドと呼ばれた騎士とは別の、彼より少し真面目そうな騎士が呆れ顔で横槍を入れる。

「は、ははは……」
  もう、乾いた笑いしか出なかった。

 

「――もうっ。
えーと……さて、ウィリアムさん?」

「あっ、はい」

 急にこちらに振り向かれたせいで、俺は反射的に姿勢を正した。
ふぅ……と気持ちを入れ替えるためらしい、小さなため息。
それを見守りながら、まだ何かあるのだろうかと身を固くしていると。

 

「―――――改めて、ようこそ。我が部隊に」

 そう言って、俺ににっこり微笑んだ。
その表情は戦場を駆ける百戦錬磨の戦姫とはとても思えない、柔らかい笑顔だった。
白い白い、返り血など浴びたことなどないとしか考えられないほど、白い笑顔。
彼女が色素の薄い白い肌をしているからか、俺はそんな印象を受けた。

「――――はい!」

 

 この日。
俺は戦姫と出会い、新人として彼女の側で戦うことになる。

 配属後すぐさま大きな戦闘が重なり、俺たちは各地の前線を転々とする血生臭い日々が続く。
その間、俺が王都に帰還できたのは片手で数えられる程度。それも半日も経たない短い滞在だった。
その折マリカと再会することはあったが、どれも二言三言挨拶を交わすのみで、
彼女とちゃんと話をできたのは一年と半年後―――つまり戦争が終わった後になってからだった。

2007/04/22 完結

 

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