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ぶらっでぃ☆まりぃ



5 『全ての始まり』

「ぎっ!?」「ひゅっ…」「あ…」
  目で追う必要もない。ただ的確な方向に、斬撃を真横一文字に放つ。それだけだ。
欠伸が出そうなスピードで間合いを詰めて来た敵兵の首が、まとめて空を舞った。

――――――――くだらない。

「その首、もらったァァァッ!!」
  ため息を堪えながら三人の敵兵の死を確認すると、背後から怒号が上がった。
私が背を向けていたのがかつてない好機だとでも言いたげに、間抜けな兵士が長剣を振り上げている。
ご丁寧に声で奇襲を知らせてくれたその敵兵の、ガラ空きだった胴を。

「…ッ!」

 鎧ごと、力任せに切断した。

――――――――馬鹿馬鹿しい。

 びちゃ、びちゃ。
地に落ちた上半身の切り口から覗く、ピンク色と黄色の物体。
ツンと一際強い死臭が鼻孔を刺激した。

「…退きなさい」

 私の声に、周りを囲んでいた敵兵たちが一歩だけ後擦さるが、包囲を解く気はないらしい。
私の首を刈り取らんとする者たちの、ギラついた目を一人一人確認する。
……今日此処で私が殺す者たちの顔だ。

 

 こんなところで。
私も彼らも一体何をやっているの…?
殺して、殺して、殺して。人を殺す罪悪感もすっかり麻痺してかれこれ一年。
まわりに促されるまま、大した想いもなく授かった騎士の位。
状況に流されるまま、参加したこの戦争。
何もかもが。くだらなくてくだらなくて頭がどうにかなりそうだった。
  吐きそうな気分に追い討ちをかけるように鼻につく死臭。私は溜まらず眉根を顰めた。
薫るのは……血と臓物と、糞尿の匂い。すっかり嗅ぎなれた戦場の匂いだ。

「これが最後です。…下がりなさい」

 敵兵たちを睨みつけて、私は再度忠告する。
どこを見ても、まわりは敵国の鎧を身につけた兵士、兵士、兵士。すっかり退路は絶たれていた。
一時後退する本隊の背中を守っていたのが仇となったか……いや、不幸なのは孤立した私ではなく、
包囲している敵兵たちの方だ。

 もう一度だけ、敵兵の顔を見渡した。
恐怖に慄く者、私を殺そうと息巻いている者。浮かんでいる感情は様々だけど全員が全員、
真剣な表情だった。
彼らが羨ましい。何がそこまで彼らを掻き立てているのか、私にはさっぱり理解できなかった。

 彼らは何を思って戦場に赴いているのだろう。ときどきふと考えてしまう。
国のため?家族のため?お金?名誉?それとももっと他の何か?
だけどそのうちのどれもが私には興味のないものばかりだ。
愛国心など生まれて此の方、持ったことなどないし、家族と言っても、十七歳になった今までに
数える程しか話したことのない父親が一人。
お金や名誉に至っては、私にはしがらみにしかならない邪魔な代物だった。

 私にとって、戦争は単純作業の繰り返しだ。
間合いに入った敵の急所に向かって、剣を振るうだけ。
胸を突けば串刺しに。首筋を撫でれば頭と胴が切り離され。頭蓋に剣を振り下ろせば、縦に真っ二つ。
そういう作業をずっと繰り返す。
そして、ひとしきり周りに敵が居なくなってから、
何の感慨もなく人を殺している自分に気が付くのだ。
自己嫌悪すらも今ではもう慣れた。

 

「い、戦姫と言えど相手は独りだ!一斉に斬り掛かれば倒せないわけがない!
皆の者、私に続けーっ!!」
 

 そして今日も。
人を人とも思わない冷徹女が、志に溢れた人間たちを殺すのだ。

「うおぉぉぉっっっ!!!」
  捨て身で襲い掛かってきた一人目の首を刎ね、次の敵兵の胴を薙ぎ、三人目の頭を叩き割る。
ずっと。ずっとそうやって殺してきた。そして多分これからも沢山殺すのだろう。
先のことを想像して、私は胃から何かが込み上げてくる感覚を覚えた。

「ひっ…!や、やめ―――え゛ぉ…」
  敵兵の喉から飛んだ血飛沫が私の頬を濡らす。

……本当に馬鹿馬鹿しい。一体誰が好き好んでこんな戦争を始めたんだろう。
少なくとも、この戦場には誰一人戦争を望んでいる者なんていないのに。
こんなくだらないもののために、部下を何人も死なせ、殺したくもない人間を山ほど手にかけ。
代わりに手にした物と言えば、『戦姫』と言う嬉しくもない二つ名だけ。

 さっき私が手に掛けた兵たちの中には、私たちに戦友を殺された者もいただろう。
高い志を胸に秘め、理想を求めて戦場にやってきた者もいるだろう。
貧しい家族を養うために仕方なしに鎧を着込んだ者も。

 此処に居る者たちは皆、各々の理由で戦っている。
…では、私は?

「…はっ」
  八人目の心臓を貫きながら、自嘲気味に笑った。

 何もない。何の理由もなく、ただ状況に流されて私は今、此処に立っているのだ。
守りたいものは何もなく。かざすべき目標すらもなく。私は此処に居る。
  そんな私に人生を絶たれた者たちは一体どれほど口惜しいのだろうか。私には及びもつかない。
それでもなお、私は無心で剣を振り下ろす。私に恨み言を吐く者にも、命乞いする者にも、
皆もろともに。
……この、化け物め。

 

 

「―――――ッ!?」
  首筋の後ろからチクチクした痛みが走って、私は思わず顔を歪めた。

 私の後方。包囲の隙間を縫って私に弓を向けている者がいる。
騒音の中、随分とクリアに聞こえてくる弦を絞る音。
  その音に集中していたせいか。
敵兵の包囲を割ってこちらへやってくる、一人の傭兵の存在に私は全く気付かなかった。

「このっ―――!」
  矢を叩き落とそうと振り返った瞬間。

「ぐっ…!?」
  二本の剣を握った少年が、矢の射線軸上に躍り出た。

 

―――――――――・・・・・

 

「それでは私はこれで失礼します」
  あからさまに私にゴマを擦ってくる貴族に別れを告げ、半月振りの城内を見て回ることにした。
城内は戦時中とは思えないほど活気に溢れている。先月のフォルン平野の戦いで
戦況がこちらに有利に傾いているせいだろう。
城の者たちも時々笑顔を見せていた。

 

 あれから一ヶ月。私は前線警備を一時離れ、所用で王都に戻って来ていた。
あちらはまだ依然として睨み合いが続いている。
表面的には穏やかな状況が続いているが、向こうも再戦する機を窺っている。
潜伏している兵によると、敵国も不穏な動きを見せているようだ。
近いうちにまた戦いになるだろう。
  そうなれば、こういう空気は今度こそ終戦までお預けだ。
今のうちに味わっておくべきかもしれない。

「………?」
  城の食堂を通りかかったとき。
男の人たちの騒ぎ立てる声が聞こえてきた。やけに楽しそうな雰囲気だ。

 気になってそっと中を窺ってみた。

「おい、無駄だって。トリスタン、シャロンちゃんのウィル贔屓は今に始まったことじゃないだろ?」
「そーそー。人間諦めが肝心」

食堂のテーブルで、二十人ほどの騎士が食事を取りながら笑い声を上げている。
一人の女騎士が侍女に詰め寄り、それを他の皆が囲っているという感じだ。
  彼らの身に付けている鎧の形状が正鎧ではない。どうやら最近入団した訓練部隊の騎士たちらしい。
あれ…?よく見れば、侍女に詰め寄っている騎士はトリスタン家のマリカさんだった。
彼女の顔を見たのは一体何ヶ月振りだっけ…?以前より少し大人びて見えたのが印象的だった。

「いや、駄目だっ!今日という今日ははっきり言わせて貰う!
シャロンっ!いい加減ウィルにだけ別メニューを出すなんてことは金輪際やめてもらおうか!」

「何故ですか?」

「え…? な、何故って……それ、は……その…。
み、皆の士気に関わるからだ!そう……世話係のお前が一人の騎士を特別扱いするなど許されん!
部隊の副将として、この状況を見過ごすわけにはいかんのだ!」

 何か揉めているらしかったが、マリカさん以外は皆にやにやしている。
独り怒っているマリカさんも何処か楽しげに見えた。

――――――?
  気のせいだろうか。顔立ちだけでなく、彼女の雰囲気そのものも最後に会ったときとは
幾分違う気がする。
上手く説明できないが、角が取れたというか……少し余裕みたいなものが全身から
滲み出ているような――――。
事実、怒るときは烈火の如く怒りをぶつけてくる印象があるのに、今の彼女の様子からは
それを窺い知ることができない。
私は少しだけ不思議に思った。

 

「ん…?あれは――――ラモラック卿?」

 マリカさんたちからは少し離れたテーブルで、静かに食事を取っている人物が目に入った。
黙って彼らを眺めている、スキンヘッドに髭を蓄えた一人の騎士。
私とは面識のある人物だ。確か彼は今期の訓練部隊の隊長を任されていたのだっけ。
どうせだから彼に一声を掛けていこうと、ラモラック卿の座っているテーブルに
歩を進めることにした。

「お久しぶりです。ラモラック卿」
「?……おぉ。マリィお嬢様、いつお帰りに?」
「今日着いたばかりです。すぐにまた戻らないといけませんけどね。
……ところでラモラック卿。あそこの人たちは……今期の新任団員たちですよね?」
  テーブルの一角で騒いでいる騎士たちに目をやりながら尋ねた。
「えぇ。今期のヤツらは中々の上玉揃いですよ。
前評判の高かったマリカお嬢様も然りですが、彼女を打ち負かしたとんでもないヤツまで居ます。
何より、チームワークがいい。…いやぁ、あいつらを送り出すのが楽しみですよ」

 満足気に髭を撫でるラモラック卿を他所に、マリカさんの顔を再び眺める。
………やはり、以前とは何処か様子が違っていた。

 と、そこで。

 

「まぁまぁ、マリカ。と、とりあえず落ち着こうよ、ね?」

 

 誰かが不意に、マリカさんと侍女の間に割って入ってきた。
鎧こそ違えど、なんとなくその少年の顔に見覚えがある。

 えーと、確か。

「シャロンちゃん。マリカもこう言ってるし、俺は皆と同じ物で構わないよ?
俺だけ違う物を食べるっていうのはやっぱり問題だと思うから……」
「では、このポトフはもう下げてもよろしいのですね?」
「あ…う……それは…」

――――あ、そうだ。

「ああッ…!まったくもう!貴様がそんなだからシャロンがつけあがるのだ!」
「いや…別に俺は……」

――――――私は彼を知っている。

「嫉妬とは見苦しいですね、マリカ様」
「…ッ!!? き、貴様っ!そそそそれは一体どういう意味だ!!」

――――――彼は。

「ストップ!すとーっっぷ!マリカ!何かにつけて剣を抜こうとするの、やめろってば!」
「ええぃ!放せ、ケノビラック!この女を、今すぐ我が愛剣の露と消してやる!」
「逃げて!シャロンちゃん、逃げてーっ!」

――――――彼は。

 

「……ラモラック卿」
  私は彼に視線を縫い付けたまま、声を震わせた。

「何ですかな?」

 

「…彼の。
あそこに立っている、彼の名前を――――――」

 

 そのとき私は。
生まれて初めて、他人に"興味"というものを持った。

2006/11/05 完結

 

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