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ぶらっでぃ☆まりぃ



4 『映し鏡の三角関係?』

「おーい、ウィル。そろそろ見回りの時間じゃないか?」
「……解ってる。解ってるんだけど……」
  俺は同僚に苦笑いを浮かべてから、ちらりとマリカの方を盗み見た。

 城の詰め所にて。
今日は俺たちが街の見回り当番だった。
同僚に指摘された通り、間もなく城を出なければならないというのに、
未だ詰め所で二の足を踏んでいる。
別に忘れていたわけではない。俺の方はいつでも出発できるのだ。ただ……。

「マリカ。時間だ。そろそろ出ないと」
「もう少し。…もう少しだけ待ってくれ」
  マリカがすっかり詰め所に根を張って、席を立とうとしないのだ。
そう、今日の見回りはマリカとペアを組むことになっている。
いつもは騎士の仕事を生真面目にこなすのに、今日に限って任務そっちのけで本を読み耽っている。

「………はぁ」
  しかし……まさかマリカが重度の本の虫だとは思わなかった。
読むのだとしても実用書とか…そう例えば騎士のための指南書の類くらいしか興味がないのだと
勝手に想像していたのだが。
今彼女が熱心に読んでいるのは、間違いなく小説だった。

「……ッ」
  ぺらりとページをめくるマリカ。
残りのページから察するに、もうクライマックスらしい。
……それにしてもなぜあんな険しい顔で読むんだろうか。まるで何かに耐えるように、
時折眉根をひくつかせている。
その表情がちょっと恐いので、時間がないにも関わらず俺はじっと彼女が本を置くのを待っていた。

(そろそろ限界だな…)

 流石にこれ以上は待てない…とマリカに声を掛けようとした、まさにそのとき。

 

「おのれッッ!!!
何が『もう、つかまっちゃった……』、だ!!恥を知れッ!!」

 爆発したように本を床に叩きつけた。
もんのすごい形相だ。殺気すら立ち込めている。
その勢いに詰め所内にいる全騎士がビクリと身を震わせた。
小説にここまで怒りをぶつけられる人間など、いかに世界広しと言えど彼女くらいなものだろう。
視線で人を殺せる、という表現がぴったりの顔だ。

「ケノビラック!!」
「うわっ!?はい!」
  そんな表情でこちらを睨みつけてきたもんだから、思わず悲鳴を上げてしまった。
「見回りの時間なのだろう!呆けてないでさっさと行くぞ!」
  いかり肩で詰め所を出て行くマリカ。
すれ違う同僚たちが皆恐れをなして道を譲っていく。
「……って、ちょっと待って!」
  慌てて彼女の背中を追いかけながら、俺は世界の理不尽さについて考察していた。

 

―――――――――・・・・・

 

「……にしても、マリカがあんなに熱心に本を読むタイプだとは思わなかったよ」
  城下町の様子を見回りながら、隣のマリカにそう切り出した。
「…いや、普段は小説などは読まないのだが……。
どういうわけか主人公の立場が他人事とは思えなくてな。不覚にものめり込んでしまった」
  やや恥ずかしげに顔を赤らめながら答えるマリカ。
機嫌が悪かった彼女も、外の空気を吸って少しは落ち着いたようだ。

「へぇ…。どんな話だったんだ?」
  あのマリカが仕事をサボってまで読んだ小説だ。俺はその内容が少し気になった。

「それがな――――――――――」

 マリカが読んでいたのは、戦争を題材にした小説だ。
祖国を奪われた剣士の少年が、苦難を乗り越えて国を再興するという話らしい。
マリカらしいというか……戦時中のこのご時世にわざわざ戦争ものの小説を選ばなくてもいいのに。
そう思っていたが、どうやら彼女の着眼点はそこではないらしい。
  彼女が読破目前にも関わらず、途中で読むのをやめた理由。
それは主人公の幼馴染みであり、亡国の王女でもあるヒロインにあった。
  当初は相思相愛だった二人が戦争によって引き裂かれ離れ離れになる。
以後も主人公の少年は一途にヒロインのことを想い続けていたのだが、
彼女と再会したときには既にヒロインは別の男と只ならぬ関係になっていた。
しかもその男は、主人公の国を滅ぼした敵国の将軍。
  そしてそのまま、その将軍は主人公が所属する軍に加わることになってしまう。
それからの主人公は二人の仲睦まじい様子を見せ付けられながら戦いに身を投じていくことになる。

 …このヒロインの一挙手一投足が、マリカの精神を酷く逆撫でするらしかった。

「信じられるか!?
かつて主人公と婚儀を約束した場所で他の男と愛を誓い合ったのだぞ!?それも…目の前で!!
それだけに飽き足らず、彼の気持ちを無視しているとしか考えられない悪行の数々…!」

 俺にあらすじを説明している最中に再び怒りが込み上げてきたのか、ギリギリと歯を軋ませている。

「おまけにその恋敵が"できた"人間だと言うのが尚腹が立つ!」

 まあ確かに主人公の立場から見た場合、精神的に辛いものはあるが。
だからって小説にそこまで目くじら立てんでも。
  彼女の知る"できた"人間の中に、恨みのある人物でもいるんだろうか。

「と、とりあえず落ち着いて…」
  街の治安を守るための見回りだってのに、恐ろしい形相で街を練り歩かれちゃ困る。
こんなところを住民が目撃すれば安心させるどころか恐怖を駆り立てることになり兼ねない。

「だいたい主人公の方にも問題がある!どこに黙って耐える必要があると言うのだ!
そんなにその女が好きだというなら相手の男を斬り捨ててでも奪い取れ!」
「おいおい…。いくらなんでもそれはやりすぎだろ」
  こっちの言葉に全く耳を貸さないマリカの発言に俺はこめかみを押さえた。

「貴様!何を暢気なことを言っている!
おのれぇ…私があの少年であったなら即座にこのイゾルテの錆にしてくれたものを…!」
「うわぁぁっ!?頼むから街中で剣を抜かないでくれ!」
  突然マリカが腰の剣に手をやったので、俺は慌てて彼女の右手を掴んだ。

 

「あ……」
  それでやっと我を取り戻したのか、こちらの眼を見てそっと剣柄から手を放した。
「だいたい相手の男に非はないんだろう?それなのに斬るなんてマリカらしくないよ……ってマリカ、
聞いてる?」
  反応の薄い彼女の様子を見ようと目を向けると、マリカはぼうっとしたまま右手首を摩っていた。
さっきまでの勢いはどこへやら。本当に今日のマリカは調子が狂う。

「あ、いや。何でもない。
………相手の男に非があろうがなかろうが、主人公の立場から見ればそんなこと大した問題じゃない。
恋人を奪ったという事実だけで充分万死に値する」

 マリカが一瞬呆けていたことでこの話はもう終わりかと思ったが。どうやら彼女は
まだ続ける気らしい。
このままだとなんだか彼女の逆鱗に触れてしまいそうなので、本当はとっとと話を
切り上げたいんだけど…

「―――――――第一、お前ならどうなのだ?腹は立たないのか?」
「ええっ?俺…?」
  …困った。どうコメントしたものか。
適当に受け流そうと思っていたのに聞き返されてしまった。
あんまり突っ込んだこと言うとまたヘソ曲げられそうだしなぁ…。

「そうだ。お前ならこの少年の立場だったとしたら…どうする?」
  マリカは色恋沙汰には全くの無関心だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
結局のところ、マリカも年頃の女の子だったということか。

「んーと……そうだな……」
  慎重に考えを巡らす。
幼馴染み―――――やはり脳裡に浮かぶのは、今は亡きキャスの笑顔だった。
キャスとそのヒロインを重ね合わせて、やっと俺は答えに至った。

「きっと泣いて泣いて、酒に溺れるかもなぁ…」
  フォルン村に居た頃は彼女なしの生活など考えられなかった。
もし、キャスが他の男とくっ付くようなことになれば―――――少なくとも暫くは何も
手につかないだろう。

「軟弱な…」
  マリカは俺の答えを聞いて呆れ返ったようにため息を吐く。
「あははっ。酷いなぁ。
でもそのときは、マリカ。君が付き合ってくれよ?」

「―――――――え…?」
  その言葉はマリカにとって意外だったらしく、目を見開いて俺を凝視した。
「何そんなに驚いてるんだよ。同僚の中で一番仲がいいのは君だと思ってるし―――――」

「あ、え、う……だ、だが私は……」

「――――いいだろ?一緒に酒飲んで、愚痴を聞かせるくらい。
あ、それとも酒飲めないのか?マリカは」

「……は…?
…………あぁ、なんだ。飲酒に付き合えと。お前はそう言っているのだな?」
  そのときのマリカの表情は何とも言い難い…落胆しているような、ホッとしているような
微妙な顔だった。
「…マリカ?」
  怒ったり驚いたり落ち込んだり―――――今日のマリカはいつにも増して感情のふり幅が大きい。
さっきから全くマリカの内心を読み取れない俺はただ首を捻るばかりだった。

「マリカ、今日は随分と情緒不安定だよ?」
  彼女を心配して顔を覗き込んだのだが。

「貴様のせいだッ!」

……ゴインッ!

 拳がとんできました。

「ってぇぇ…!何するんだよ!」
  鈍い痛みの走る頭を押さえながらマリカを見る。
彼女の顔は酷く不機嫌になっていて、俺のどの言葉が引き金になったのか全く解らなかった。
「やはり貴様はヨヨと同じだ!恥を知れ!」
  怒り心頭のまま、俺を置いてどんどん先に行ってしまった。

「ちょっと、待ってくれ!ヨヨって誰だよ!?」

 今日は後ろから彼女の背中を追いかける機会が多いな。
とかなんとか思いながら。どうやって彼女の機嫌を取り戻そうか策を練っていた。

 

―――――だけど結局その日、マリカの機嫌が直ることはなかったんだけど。…とほほ。
今日学んだ教訓。世界はやっぱり理不尽だ。

2006/10/12 完結

 

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