「ぁ、あの、実は俺、今日、放課後ちょっと外せない用事があって」
「え……っ? あ、そうなんだ」
俺独りだけでお見舞いだと……冗談じゃない。
いかにも困ったように髪をかきながら、どんどん嘘を吐き出す。
「なのですいませんけど、生方先輩が届けてくれませんか」
「まあ、わたしはいいんだけど、いたりが残念がると思うなあ。どうしても外せないんだよね」
確認された。
やっといたり先輩が俺から離れてくれているのだ。
心配でもここは無視する。俺は正しいのだ。
そのはず、なんだよ。
そりゃ怖いからとか、そんな理由もたぶんに含まれてるんだけど……。
「はい」
俺は断言する。
生方先輩は、「ふぅ……ん」と、左右に結った髪を交互に撫でながら呟く。
まっすぐ、視線が俺をいぬく。
「だったらしょうがないね。うん、わかった。今回はわたしに任せたまえっ」
「は、はいっ。お願いします」
苦笑で頭を下げた。
ああ。
言えない、言えないけど……はやく、言わないと。
でもなんかめんどくさいなあ。
(――ぁっ)
……めんどくさいっ?
そんな思考に陥った自分が嫌だった。
初見から、なにかおかしいとは頭の片隅で考えていた。
放課後。ノートを手に。
生方はエレベーターの中で、上昇していく数字をぼんやり眺めながら考える。
俺が、いたり先輩の彼氏って……だ、誰が、そんなこと言ったんですか……っ?
この台詞は変だ。
あのときの瑛丞の表情も同時に思い出しながら、改めてそう判断する。
(あきらかに動揺してたもんねえ……エースケくん、さ)
あのとき、もっと突っ込んで訊くべきだったのか。
(いや……ぃやいや、ああもう、よそう、なんかこういうの、考えるの嫌だと、いうか……)
数字は五階を示している。もう少し。
また数字を眺めながら、ぼんやりとまた考える。
(ああっ……でもエースケくんはアレだな、性格は優柔不断って感じだけど、
笑うとすげえ可愛いよねぇ)
笑わなくてもそうだが。
決して彼の顔は男らしいそれではなく、むしろその逆で。
かなり華奢だし、背丈もそれほど……生方と同じくらいであるから、男としては低いのではっ……?
女装とかできそうっ?
生方のあの言葉は、決して冗談などではない。
(でもだめだ、だめ、もういたりがとっちゃったんだから、うん)
左右に結った髪がふりふり揺れる。
(けど、おしいなあ、ああっ)
想像する。
彼の泣きそうな顔を……っ。
ぞくり。
いじめたい。すげえいじめたい。彼のよわみを握ってそれを材料に罵倒したい。
泣き出した彼の顔はきっと可愛い。それをみおろす。そして彼はいう。
『ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ。許して下さい、生方先輩……っ』
う、うひゃあっ!
いいなあっ……。
ついでに女装させて一緒に無理矢理外出したり。うへっ。
「やば、よだれ出そうっ」
というか出ていた……自分の悪癖に、生方は「はあっ」と吐息。
わたしという女は、どうにも趣味が悪いというか、何というか……っ。
数字は、八階。
「はあっ……さっさと渡して帰るかねえ」
ホールに出て、廊下に。
瀬口の表札を見つける。迷わずチャイムをならす。
ピンポン。
……出ない。
「ぁ、れ」
連打する。しかし出ない。
だがいたりは病気で学校を休んでいるのだ……なら家にいるはずだ。
「ええっ……? あれえ、おかしいなあ」
その後数分、生方はチャイムを連打したのだが。
瀬口至理は結局そのチャイムには応じなかった。
もしくは、自分の家に、いなかったのだ。 |