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疾走



19B

「ぁ、あの、実は俺、今日、放課後ちょっと外せない用事があって」
「え……っ? あ、そうなんだ」
  俺独りだけでお見舞いだと……冗談じゃない。
  いかにも困ったように髪をかきながら、どんどん嘘を吐き出す。
「なのですいませんけど、生方先輩が届けてくれませんか」
「まあ、わたしはいいんだけど、いたりが残念がると思うなあ。どうしても外せないんだよね」
  確認された。
  やっといたり先輩が俺から離れてくれているのだ。
  心配でもここは無視する。俺は正しいのだ。
  そのはず、なんだよ。
  そりゃ怖いからとか、そんな理由もたぶんに含まれてるんだけど……。
「はい」
  俺は断言する。
  生方先輩は、「ふぅ……ん」と、左右に結った髪を交互に撫でながら呟く。
  まっすぐ、視線が俺をいぬく。
「だったらしょうがないね。うん、わかった。今回はわたしに任せたまえっ」
「は、はいっ。お願いします」
  苦笑で頭を下げた。
  ああ。
  言えない、言えないけど……はやく、言わないと。
  でもなんかめんどくさいなあ。
(――ぁっ)
  ……めんどくさいっ?
  そんな思考に陥った自分が嫌だった。

 初見から、なにかおかしいとは頭の片隅で考えていた。
  放課後。ノートを手に。
  生方はエレベーターの中で、上昇していく数字をぼんやり眺めながら考える。

 俺が、いたり先輩の彼氏って……だ、誰が、そんなこと言ったんですか……っ?

 この台詞は変だ。
  あのときの瑛丞の表情も同時に思い出しながら、改めてそう判断する。
(あきらかに動揺してたもんねえ……エースケくん、さ)
  あのとき、もっと突っ込んで訊くべきだったのか。
(いや……ぃやいや、ああもう、よそう、なんかこういうの、考えるの嫌だと、いうか……)
  数字は五階を示している。もう少し。
  また数字を眺めながら、ぼんやりとまた考える。
(ああっ……でもエースケくんはアレだな、性格は優柔不断って感じだけど、
  笑うとすげえ可愛いよねぇ)
  笑わなくてもそうだが。
  決して彼の顔は男らしいそれではなく、むしろその逆で。
  かなり華奢だし、背丈もそれほど……生方と同じくらいであるから、男としては低いのではっ……?
  女装とかできそうっ?
  生方のあの言葉は、決して冗談などではない。
(でもだめだ、だめ、もういたりがとっちゃったんだから、うん)
  左右に結った髪がふりふり揺れる。
(けど、おしいなあ、ああっ)
  想像する。
  彼の泣きそうな顔を……っ。
  ぞくり。
  いじめたい。すげえいじめたい。彼のよわみを握ってそれを材料に罵倒したい。
  泣き出した彼の顔はきっと可愛い。それをみおろす。そして彼はいう。
『ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ。許して下さい、生方先輩……っ』
  う、うひゃあっ!
  いいなあっ……。
  ついでに女装させて一緒に無理矢理外出したり。うへっ。
「やば、よだれ出そうっ」
  というか出ていた……自分の悪癖に、生方は「はあっ」と吐息。
  わたしという女は、どうにも趣味が悪いというか、何というか……っ。
  数字は、八階。
「はあっ……さっさと渡して帰るかねえ」
  ホールに出て、廊下に。
  瀬口の表札を見つける。迷わずチャイムをならす。
  ピンポン。
  ……出ない。
「ぁ、れ」
  連打する。しかし出ない。
  だがいたりは病気で学校を休んでいるのだ……なら家にいるはずだ。
「ええっ……? あれえ、おかしいなあ」
  その後数分、生方はチャイムを連打したのだが。
  瀬口至理は結局そのチャイムには応じなかった。

 もしくは、自分の家に、いなかったのだ。

2007/01/27 To be continued.....

 

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