とある休日。
あまりにも汚濁に包まれている俺の部屋に我慢できなくなったらしい、
有華が掃除しちゃうもんね宣言を発令させる。
俺の、面倒臭いという非常に説得力が満載である却下の理由は即座に撤回された。
そして――もちろんと、言ってしまえば当然か。
「この、本棚の隅っこに何気なく置いてあったいかがわしい書物はあたしの主導で処分します。
……文句とか、ある?」
「ありません、ありません」
かつての相棒たちは、今や有華の手中に収められてしまった。
というか有華よ。怖いから、そんな、ぎらついた眼球で俺を凝視しないで……っ。
俺は母親に叱られている子供の心境だった。
「だいたいね、もうこんなのいらないし、エー兄には」
「うえっ……?」
どさりと、それらを床にこぼす。
俺は正座した姿勢のまま、有華を見上げた。
びくりと……背筋に、悪寒が迸る。
「ゆ、有華、どうした……なんか、怖いぞ」
俺を見下す視線には、いつか繋いで帰った手を想起させる、冷淡さが垣間見える。
おいおい。
まさか……ほ、本気で、その、エロイ本くらいで……怒ってるっ?
嘘だろ。ははっ……まっさか。
「あたし、怖いかなっ……? そう見えたのなら、そうだね――あたしが怒ってるって、
理解してるの、エー兄は」
「い、いやでも、俺くらいの年頃のやつは持ってて当然って、感じで」
「うるさい」
パンと、渇いた響きが――俺の頬から、発せられる。
有華に平手を浴びせられたと気付けたのは、自分で数秒叩かれた箇所を撫でてから、だった。
「い、つゥ……っ」
「前は叩かないで、許してあげたけど……今日は駄目」
しばしぼうぜんとしながら……しかし、段々とこの理不尽に、怒りを覚える。
なんだよ。
確かに、お前は俺の彼女なのかもしれないけど……そこまで、干渉してくるか、普通。
あまつさえ――この体罰。
「――いたかったよね、ごめんね、エー兄」
などと、有華の指先が頬に触れる。
見れば――有華は、俺に目線を重ねるためか、屈んでいた。
もう片方の手も伸ばしてきて……両手で、顔を固定される。
有華に……この瞬間、束縛されていた。
「ゆ、有華――っう、ぁ」
「――っん」
気付けば……俺の意思を無視して。
有華から、強制的なキスを……されてしまっていた。
貪るみたいに、口内で舌を蠢かす。
あたしは、初めてのキス。
エー兄にとってもそうであったら――あたしは、嬉しい。
「あむ……っ、んっ……ぷぁ」
「ぅあっ」
一旦舌を抜いて……唾液だけで、エー兄の口内と繋がってみる。
透明な糸が、エー兄の舌と、あたしの舌に。
顔を離すと――熱に浮かされたように、ぼうっと、あたしを見据えるエー兄。
可愛いよ。
あたしだけの、エー兄。
「エー兄ぃ……っ、可愛いんだぁ」
「ゆ、か……ぁ、んっ」
口を塞ぐように――また、唇を重ね合わせる。
一心に、エー兄の舌にあたしのそれを絡めて――っ。
「んっ……あ、むぅ」
ああ。
エー兄も……戸惑うように、ゆっくりと、舌を動かしてきた。
真実――混ざり合っている。
自然に、あたし達は、お互いを抱き合っていた。
続いて……ズボンに手が伸びる。
ゆっくりと、優しく――盛り上がっている部分だけ、手の平でさすってあげる。
「あ、ぅあ……んっ」
「ぷぁ……っ。エー兄ぃ、気持ち、よかったの……っ?」
キスを中断して、問いかける。
あたしの手の平が触れている部分は……ひどく、熱くて、かたかった。
潤んだ瞳で、エー兄があたしを見据える。よだれが垂れているのも、また、
幼さが垣間見えて、愛らしかった。
「あ……ぅ、ん」
赤面して頷かれると、抱き締めたくなっちゃうよ。
同時に嗜虐の心も生まれる。
「あたしに、なにを、して、ほしいの……っ? エー兄が、ベッドの下の件を謝って、
ちゃんとお願いしてくれたら……なんでも、してあげちゃうよ、あたし」
ぞくりと。
弄る快感が、背筋を疾走する。
「あ、謝る……っ?」
「そう――悪いことをしちゃったら、ちゃんと、ごめんなさいって、言わないとね」
切なそうに、目尻にためた雫を――唇ですくう。
エー兄の涙なら……あたしには、非常に美味だと思えたのだ。
「んっ……。ほら、言わないと……して、あげないよ……っ?」
「く――ぅ、う」
火照った表情で俯く。
恥ずかしいんだよね、きっと。今まで妹みたいな存在だった幼馴染みに、
こんな、主導権を握られて……でも、快感には抗えなくて。
だから、理解させないと。
あたしこそが――エー兄の、女なのだと。
先日の、メールのアドレス。
あれで思い知ったんだ。……エー兄には、決定的に理解力が欠損してるって。
だからこの方法を選んだ。
最も安易で、確実で――何より、あたしも、肉体の重なりを、強く望んでいたから。
「ご、めん、なさい……っ。許して、ゆ、か」
元々中性的な顔立ちのエー兄が、こうやって赤面して謝罪すると、
女の子じゃないかと錯覚してしまう。
本当に――可愛いよぅ。
「じゃあ次は……お願い、するっ?」
「あ、ぅ……っ」
流石に躊躇してみるみたい。
でもあからさまに拒絶しないのは――何でかな、エー兄。
「どう、するの……っ? あたしは」
とまどうエー兄の片手を掴んで……あたしの秘所に、指を這わせた。
びくりとして、エー兄の呼吸が――さらに、荒くなる。
理性がとけるまで……あと、僅かだよ。
「こんなに、濡れてるけど」
首を伸ばす。
エー兄の耳たぶを――舌で転がしてから、甘く、噛んだ。
もう、俺のモノを撫でられた時点で――こうなることは、決定していたのかもしれない。
気付いたら……有華を、ベッドに押し倒していた。
俺が、上で。
有華が――下。
さっきまでの構図とは……まるで、逆だった。
呼吸も上手に整えられない俺とは違って、有華は、
母性を感じさせる笑みで、俺を見上げてきている。
「ゆ、か……ぁ」
休日の、昼下がり。
なれど――外の雨足は、激しく。
「いいんだよ、遠慮しなくても」
だらんと、四肢をベッドに投げ出しながら。
「エー兄は優しいって、知ってるし。あたしは――エー兄の、モノだから」
あ、うぅ。
熱い。
「滅茶苦茶に、扱ったって――構わない。大好きだから」
本当に。
さっきまでは、怖いと感じていたのに。
今では……こんなにも、愛しいと、思える。
俺は――っ。
「んぅっ……あ、ぅ」
今度は自分から、有華の唇を貪る。
それが――答えだった。
髪から香る、シャンプーの、女の子の、匂い。
それを意識しながら――濡れた茂みへと指先を蠢かす。
「あ、やぅ……っ、いい、よ……ぉ」
初めてなので、わからないけれど。
有華の嬌声を耳朶が受け止めるたび、ちゃんと、感じてくれているのだと、勝手に納得する。
動作を速めると、喘ぐのも速まる。
「エー兄ぃ、あ、きもちぃ……っ、して、ぐちゃぐちゃって……し、てェっ」
駄目だとは、どこかで思っている。
それでも――この、動く己の肉体を抑制する理性が、有華のキスで、溶解されてしまったのか。
指を、眼前に持ってくる。
ぬめっている……生唾を、ごくりと、飲み込んだ。
潤んだ両目で、有華が、両手をだらんと投げ出したまま。
「やだぁ……っ。もっと、してよぉ、エー、兄ぃ」
もう。
俺は、駄目だと、思う。
無垢な領域を、俺のモノが、破壊する。
――血が。
「んっ、ぅ」
有華が呻く。
だが俺は――未知の、快楽に、溺れてしまっていて。
動くばかりだった。
「あ、あんっ、うあ、あっ」
欲望に流されるまま、同じ動作を繰り返す。
有華の嬌声も――聞き慣れた。
「いいの、ぉっ、あはっ、あぉっ……すきぃ、エー兄ぃ、すきぃ」
有華は――痛がったのは最初だけで、さっきから、快楽に沈んでいる様子だった。
ごめん。
あんまり、今は、構って、やれなくて。
「あ、ぅ……ゆ、か」
「いいよぉ、びゅって、してェ……っ。せいしぃ、せいし、ほしい、よぉ」
俺は。
流されるまま、そうして。
「あ、あひぃ、やあ、ああぁあぁああっ……!」
有華を抱き締めたまま。
果てる。
上方からの物音が停止する。
しばし荒い呼吸が耳朶をつつく――それから、数十分。
すうすうと、寝息。
二人の意識が睡眠に埋没しているのだと判断。
――待機していた場所から、這って、出る。
見下ろす。
ほぼ裸体で抱き合う……阿良川瑛丞と。
谷川、有華。
穏やかに。
幸福を撒き散らしながら――穏やかに、眠る。
見下ろす眼球が、ぎょろりと、収斂され。
拳は握り締められる。
爪が肉に食い込み、流血する。
構わない。
苦痛でしか、この現実のざんこくを、薄めることは、きっとできないだろうから。
こんなに大きな歯軋りは、初めてだった。
発声すると二人が起きる可能性があるので、口だけを動かすことに。
部屋には三人。
一人が、呪文を詠唱するように――口元を素早く動かした。
死ね。
死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねくたばれ心臓を握り潰したいひひひひひ
その罪悪はあらゆる手段での償いで以ても決して許容はされないそれを理解しろ汚濁の豚が
幼馴染みの分際で生意気だと気付けそして是正しろ自らの巨悪を認識してさっさと自殺しや
がれ今度転生するときは是非に蟻という存在を選択しろこの私が思い切りに踏み潰して生前
の清算しきれない過ちを僅かでも減少させてやるというか何回もお前を殺してやりたいんだ
よ私はそう何回も何回もお前という存在を苦痛の海に沈ませてやる死んでも覚悟しろこの糞
女がお前が蟻に生まれ変わるならならば踏み潰し犬ならば蹴り殺し猫ならば絞め殺しとにか
くあらゆる殺しを実践して後悔にむせび泣けよ私のエースケくんをエースケくんをエースケ
くんをよくもよくもよくも奪い取ったなこの外道がくたばれ消えろ呼吸を停止しろお前の位
置を私に譲れ糞糞糞糞エースケくんのとなりとなりとなり私はそこがいいのだからお前は死
ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死んでよ死んでよおおおおおおおおおおおおおおおお
あはははははははははぐひゃげははははは絶対に死ぬ死ね死ね死ねお願いだから消え失せろ
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!
そして。
ドアが閉まる。
部屋には二人。
一人――いなくなった。 |