「あっぐぅ……あああああ嗚呼!!!」
必死に叫び、もがく。まるで海から這い上がるように、光を求めてもがく。
バァン!!
「きゃあ!?」
「うっ…ぁ……く…」
次の瞬間、大きな破裂音が響き渡ったと同時に、意識が回復した。体も思い通りに動く。そして…
「葵…ぐぅ……」
視線の先には、葵が倒れていた。まだその周りには黒いオーラが漂っていて……
「ふふ、ふふふ……あっはははは!だめですよ!!晴也さん!抵抗しちゃあ!!」
そう叫ぶと、再び黒い風が襲いかかる。俺は慌てて振り向き、葵から逃げ出した。
ドアを閉め、階段を下り、学校から出る。
「はぁっ……はぁっ…ぁ……」
もう後ろから追いかけて来る気配はなかったが、それでも全力で走り続けた。
もうあれは昔の葵じゃない……なにかに憑かれたような、悪霊だ。
速度を落とさないまま走り、病院まで戻る。さすがに院内は走る訳にいかないので、
いったん立ち止まり、後ろを振り返る。
「………」
そこにはもう、黒い影も、禍々しい声も残っていなかった。俺は息を整え、
ひとまずセレナの病院へと戻った。
「はぁ……」
思った以上に、葵がああなってしまったことへの精神的ダメージが大きい。もう葵は死んでいるのに。
俺はまだ未練が残っている。
ガチャ
そーっとドアを開けるとそこには……
「ひっく……うぅ…は、るぅ……うぇぇ……ん……」
「せ、セレナ?おい、どうした!?どこか痛いところでも……」
部屋の中では、ベットの上でセレナがうずくまって泣いていた。
なにか具合悪いところがあったと思い、慌てて近寄ってみると……
「あ…はる、だ……ハル!ハルー!!」
とても安心したような顔で、いきなり抱き付いてきた。笑ってはいたけども、その瞳からはぼろぼろと
涙が溢れていた。
「どうしたんだ?セレナ。どこか体の調子でも……」
「ひっく……う、うん……ち、ち、ちがうの……だって、起きたら、は、ハルが……ひっく…
いなくって、ト、イレだと思って、少しまってみたんだけど……」
そうか…時計をみれば部屋を出てからもう三時間も経っていた。それだけ俺がいないだけで、
こんなにも悲しむのか。
「どこ、にも、いっちゃ、やだ、よぉ……わたひと、一緒にいて?」
「セレナ…」
思わずセレナを抱き締める。幼児化していることを引いても、ここまでセレナを愛しいと
思ったことはないだろう。
セレナは生きている。そして俺をここまで求めてくれている。そして……葵はもう死んでいる。
『過去』の人なんだ。
「わたしが、すぐに寝ちゃったからいけなかったの?だから、怒ったの?だ、だったら謝る……
いまからハルとセックスしてもいいから、だから…!」
「セレナ……違うんだ。」
健気にも服を脱ぎ始め、俺を引き止めようとするセレナを止める。
ここまで俺を必要としてくれる人がいるんだ。
もう想い出と割り切っていいんじゃないか?いつまでもうじうじして
目の前の少女を傷つける事はやめないか?
「セレナ、俺のこと好きか?」
「うん!好き……大好き!もう、これ以上の言葉じゃ伝えられないぐらい、好き……愛してるの……
誰にも渡したくない!」
潤んだ瞳からは、真実だと言う事がわかる。……これでもう、気持ちは揺るがない。
この一途な思いに、答えてやるべきだ。
「ありがとうな、セレナ……」
「ん…」
軽いキスをする。
「セレナ…また少しでかけてくるけど、すぐに帰って来る。今のキスは、その約束代わりだ。」
「え……うん、でも、ちゃんと帰ってきてね?絶対に、約束だよ?」
「ああ……行ってくるよ。」
服の裾をギュッと掴んでいるセレナの手を優しく握り、もう一度キスをしたあと、部屋を後にする。
そして向かう先は……さっきの屋上。そこですべてを終わらせるため、俺は走った。
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ガチャ
外からの風による、重いドアを開ける。さっきと何一つ変わらない風景。
そして……街を眺めている葵も変わらなかった。
葵への未練、それが俺の弱さ。それを断ち切った俺がすることはただ一つ……
「葵……」
彼女との本当の別れ。
「晴也さん……やっぱり優しいですね。私のところにもどってきてくれたんですもの。」
狂気に満ちた、嬉しそうな笑顔で振り向くと、また黒い風が襲ってくる。だが……
「もう無駄だよ、葵。」
「!?……どうして?晴也さんの中に……入れない?」
今度はこっちから、ゆっくりと葵に歩み寄る。黒い風が体を取り巻こうとも、もう苦しみはなかった。
「ここには……お前と一緒になるために来たんじゃない。……一つ、言うことがあったんだ。」
「いや……だめ!聞きたくない!やめて!晴也さん!!」
予測が着いたのか、耳をふさぐようにしてうずくまる葵。でも俺は、言葉を止めない。
「お前がこうやって霊になっちまったのは……俺がお前に言い残したことがあったからだ…。」
「嫌……イヤァァァ!」
更に周りの空気が黒くなる。でも、もう効かないよ、葵。
「でも、たとえ幽霊でも、葵がいるっていうことに妥協して、言えないでいた……
でももう、これで終わりだ。いつまでもこのままじゃいられないからな。」
「ダメ、駄目!だめぇ!!!…それを聞いたら私……本当に消えちゃう……
晴也さんの想いとの繋がりが…私を引き止めてくれてたのに!」
発狂したように喚き、泣き始める葵に背を向け、そこから立ち去るようにゆっくりと歩き出す。
もう、今の葵を見ていることが辛かった。
「やだ…いかないで……いっちゃ、やだ、よ……私、消えたら独りぼっちになっちゃう……
晴也さんがいない世界なんて、怖い…行きたくない…」
「葵……」
「わ、私!……そ、そうだ、あの女の体を乗っ取って……あの女の精神を殺して……そうすれば、
また晴也さんと一緒になれます!体があの女のだっていうのが嫌だけど……
でも、そうすればちゃんと晴也さんを愛することができます……」
「葵。」
「ね?毎日一緒で……ご飯作ったり、お買い物したり、もちろん気持ちいいことだって、
晴也さんの望むとおりにしてあげます……それから、それからぁ……」
「葵!!!」
「駄目……だから…見捨て、ない、で……」
「見捨てるんじゃない、これが、在るべき別れの形なんだ。」
後ろから葵が追ってくるのがわかる。でも、立ち止まらない、振り返らない。
「正直…お前とすごせた短い間……目茶苦茶楽しかったぜ。」
「……だったら!これからも…」
「……ほんと、楽しい思い出、ありがとな!……そんじゃ…」
「い、や……晴也、さ、ん……」
「さよならだ。」
「…晴…也…さ…」
周りの空気がだんだんと明るくなる。体にのしかかるような重みも消えた。
振り向くと、そこには何もなく、ただゆっくりと朝日が昇り始めていた。
そして……
「さよなら。」
もう一度、誰にとなく呟き、その場を去った……… |