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さよならを言えたなら 〜愛しき過去よ、さよなら〜



22A

「まぁ……もう大丈夫だろ。早めにいくか。」
別にやることもないので、早めにセレナの病室に行くことにした。見舞いの花束は持ったし……
エレベーターに乗り、セレナの病室の階まで行く。どうもこの病院特有の匂いは好きじゃない。
まあ好きな奴なんていないか。
意味も無いことを考えていると、すぐにセレナのいる病室までたどり着く。
もう何度も足を運んでいるのだが、どうしてかここで緊張してしまう。
ガチャ
開けたドアの奥に広がるのは、殺風景な病室。いかにも綺麗にしてありますっ、てぐらいに
白い壁や天井。そしてベットの上には……
「来たぞ、セレナ……」
呼び掛けるが、相変わらず返事はない。腹の傷は浅いものだったため、それほど大袈裟なことには
ならなかったのだが、何故か意識だけが回復しない。
医者が言うには精神的なものだと言うのだが………きっと原因は俺にあるんだろう。
ほとんどの記憶を取り戻した俺は、もうセレナを愛することは無理かもしれない。
ただでさえ記憶を失ってた時もギクシャクしていたんだから。
でも……葵はもう死んでいるんだ……

「……ごめんな、セレナ。」
罪悪感にかられ、セレナの綺麗な髪をそっと撫でる。外国の血が混じった、天然の茶色だ。
眠っていてもなおその整った顔は崩れない。
「……はぁ。」
無意味な溜め息をし、立ち上がろうとする。意識の無い人間相手に、いつまでもこうしていたって
意味が無い。
「じゃあな、また来るよ、セレナ。」
そして立ち上がった時……
ガシッ!
「うおっと!?」
いきなり腕をつかまれ、思い切り引っ張られた。こんなことするのは一人しかいない!
「せ、セレナ!?」
セレナが薄目を開けたまま、物凄い力で俺の腕を引っ張っていた。
さっきまで意識を失ってたというのに、いったいどこにこれほどの力が……
「セ、セレナ、ちょ、痛いからはなせって!」
そう言ってふりほどこうとするも、相変わらず力は込められたままだ。
「…や…」
「は?」
そんな俺をみて、セレナは何か小さくつぶやく。下をうつむきながら言ったため、よく聞こえない。
「やだ!やだ!絶対に放さないもん!」
そう叫んで顔を上げたセレナの目には、溢れるほどの涙を溜めていた。

俺の腕を振り回すように、ヤダヤダとだだをこねるセレナ。その姿はまるで子供そのもの……
幼稚化したようなものだった。
「お、おい!落ち着けって!セレナ!」
「じゃあ、ずっと私と一緒にいてくれる?もうどこにも行かないって約束してくれる?」
「あ、ああ……ここにいるから、な?」
「うん!」
本当に子供のような笑みを浮かべ、今度は体に抱き付いてくる。そんなセレナの背中を擦りながら、
片方の手でナースコールを押す。
『どうかしましたか?』
「あ、セレナの意識が……いででで!」
コールに出た看護師さんに状況を伝えようとすると、セレナが怒った顔をしてほっぺたを抓ってくる。
それがまた目茶苦茶痛い。
「ねえっ!誰と話してるの!?女の人の声聞こえたよね!?私がここにいるのに、
ハルちゃんのばかっ!」
ぎゅううう!
「いでーー!は、ハルひゃん?」
『だ、大丈夫ですか!?』
「は、はひ、大丈夫でふけどはやくきてくらはい。」
『は、はい!わかりました!』
それからすぐに担当医と看護師がきて、やっとセレナをはがしてくれた。

それでもまだセレナは嫌がって、必死に俺を掴もうとしていた。それはまるで子供が
大切なおもちゃを取り上げられた様子そのものだった。
それからしばらくし、やっとのことでセレナが落ち着いた。俺は病室から出され、
診察が終わるのを待っている。……さっきのセレナ、なにか嫌な予感がする……
ガチャ
「ああ、ここにいたか……」
「先生…」
先生は俺をみるなり、深刻そうな顔をする。どうやら俺に話したいことがあるというので、
場所を変えることにした。
「それで…セレナは?」
「うむ……まぁ、知り合いの君ならわかるかもしれんが……あの娘は前からあのような
性格だったのかね?」
「いえ、……あんなに子供っぽくは……」
確かに騒がしいほうだが、今のセレナは前と比べて何か違う。
「やっぱり……か………彼女は恐らく、幼稚化している。小学生と同じぐらいの精神に
なっているだろう。」
「やっぱり……」
なんとなくそんな気はしたんだ。だが、先生の暗い声はまだ続く。
「そのせいかもしれないがな……彼女、記憶喪失になっているな。なにも覚えて無いらしい。」

「そんな……」
記憶喪失だって?俺が戻ったと思ったら、セレナが?
「だが、何故だかはわからんが、……晴也君、だったかね?君のことだけは鮮明に覚えているんだよ。」
「俺……だけ……どうして俺だけなんです?」

「うーん……それは……医者の私が深入りしていいかもわからんが………
君とセレナさんの仲というのは………」
ああ、そうか。いくら先生でも患者のプライベートに立ち入るのは気が引けるか。
でも……なんて答える?恋人?でもそれは記憶喪失だった俺に吹き込んだ嘘だったんだ。
でも…ただのバイト仲間なんかじゃ怪しすぎる。俺以外を忘れるぐらいなんだから。
「……俺と…セレナは…付き合ってます……」
それを聞くと、先生はふぅ、と溜め息をつく。
「まぁ…そうとは思っていたが………なんだな、記憶喪失になっても、あれだけ君のことを
思ってくれてるなんて、よほど君を好いてるんだね。さっきの診察も、
君のことしか話してくれなかったよ。」
ハハハと笑いをこぼす先生。俺はそれに愛想笑いで答えるしかなかった。……そのときは、
葵への罪悪感でいっぱいだったからだ……

先生が言うには、セレナは精神的に非常に不安定らしい。そのため、常に俺にそばにいて欲しいと、
すまなそうに頼んできた。
……今回のことはすべて俺に原因があるんだし、当然その頼みを受け入れた。でもそうなると
葵を探す時間が極端に減る。もしこのまま消えてしまったら……
それだけは嫌だ。こんな後味の悪いまま終わるだなんて。でも………セレナはそんなにも俺を……
「………」
結局考えもまとまらないまま、病室の前まで来てしまった。先生からは二十四時間いつでも来て良いと
言われたので、遠慮なしに入れるのだが………
悩んでも仕方ない、入るか。
ガチャ
「あ、ハル!」
「っとと……セレナ、大丈夫なのか?」
入るなりいきなり飛び付いて来るセレナ。
「え?なにが?」
「いや、傷……」
「ううん、別に体におかしいところなんてないよ?」
「そっか……」
自分で体を刺したことも忘れたのだろうか。
「ねぇ、今日はもうどこにもいかないよね?ずっと一緒にいてくれるよね?」
必死になって、服を掴んで聞いてくるセレナ。
「ああ…一緒にいるよ。」
そんなセレナを拒否することは出来なかった………

23A

「ねえ、ハル。ほら、早く来て?」
体をずらして開いた隙間のベットをポンポンと叩く。その笑顔は本当に無邪気な子供のようだった。
「来てって…。」
一緒に寝ようということなのだろう。とはいえここは病院。いくら面会に制限がないとはいえ、
それはまずいだろう。
「ダメだ。セレナは一応怪我人なんだから、一人で寝ないと。」
心を鬼にして、セレナに説教するように言ってみたものの…
「うぅー…うー!」
「げ!」
何かうなっていると思ったら、セレナの目にはたくさんの涙がたまっていた。
そしてその涙は頬へと流れてきて……
「うぅ……うぁぁん!は、ハルはぁ……うえぇ……わた、私なんかと寝たくないんだぁぁ!」
夜の病院でギャアギャアと泣き始めるセレナ。本当に幼児化している。
「お、おい、泣くなって。いくら個室だからって周りに迷惑かかるだろ?」
「た、だ、だっで……ハルがわた、わたひと……うぐ…ねて…くれ、ない……」

「わかった、わかったから。寝るよ。一緒に寝ればいいんだろ?」
仕方ない。このままだとこうでも言わない限り泣きやまないだろう。

「ほん、とぉ?」
「ああ、本当だ。」
「じゃあ、ここ。」
そう言ってまたベットをポンポンと叩く。靴と上着を脱ぎ、セレナの隣りに寝る。
別にセレナと同じベットで寝るのは初めてではないのだが、何故か罪悪感を感じる。
それが病院だからなのか、葵に対してなのかはわからないが。
「うふふ、ハールー……」
一緒に横になるやいなや、体をすり寄せるように近付いてくるセレナ。
その笑顔を見ると、罪悪感も薄れてくる。……やっぱり俺はセレナも好きなんだな。
はは、自分でも気が多いのに嫌になる。
「ハルの……匂い……良い匂い……それに暖かい……」
胸に顔をうずめ、幸せそうに呟く。ああっと……そんなに近寄られると…
いくら精神が幼児化しているとはいえ、体は元のまま…外国の血が混じった、グラマーな肉付なのだ。
「う…」
胸を押しつけられるだけでなく、足も絡み付けてきた。そ、そんなにされたら…さすがにやばい…
「あれ?ハル…」
「あ、ああ…これは…その…」
我慢できずに立ち上がったモノが、ちょうどセレナの股間をおしつけていた。

「あはは、すっごい硬いよ?これ……なんか……ん…これに触られるの、気持ちいいよぉ……」
スリスリ……
「ぅぁ…」
限界まで大きくなったペニスを、物珍しそうに擦る。前にもセレナに言われたように、
しばらくヌいてなかったため、だいぶ溜まっている。そのため、少し擦られるだけでもやばい。
「はっ……ぁ…はぁ……は、ハル、気持ちよさそうだよ?これがいいの?」
「ああ、いいよ……」
こういった行為事態も忘れてしまったのか、初々しい反応のセレナ。
「あは……ん、なんだか思い出してきたよ……ハル、たしかこういうの好きだったよね?」
「え?…おい!」

妖艶な笑みを浮かべたかと思うと、いきなり布団の中に潜り、俺のズボンを脱がし始める。
抵抗すればできたのだが、このときは欲望が勝っていた。
そして……
「えい♪」
フニ
「おぁ!?」
股間にとても柔らかな感触。驚いて布団を捲ってみると……
「んむ……ぷぁ…」
セレナはその豊満な胸で俺のモノを扱きながら、亀頭部分を咥えていた。
「はぁははぁ……は、はるぅ……気持ちいい?」

上気した顔、色っぽい声、潤んだ瞳の上目遣い……当然俺は絶えることができなかった。
「ああ…いいよ。もう少し強く……」
「あはぁ……うれしい……んぶ…ふぅ…」
喜びの笑みを浮かべると、セレナは更に奉仕を強くする。硬くなった乳首が竿を擦り、
亀頭を甘噛みする。急激に強くなった刺激に耐えられなくなり……
「くっ、い、くぞ……飲め……」
「んんー!んぅ…ふぁ…ぷぁ……んぐぅ。」
思わずセレナの頭をおさえつけ……
ドクン!ドクン!
「んぅー!……んぶぅ……あぅ…んく、んく……んん!ぷぁ……はぁ、はぁ…」
相当溜まっていたのか、大量の精液はセレナの口絡み付けて溢れ、髪、顔、胸と汚していった。
「けふっ…えほ……もう、ハルったら……たくさん出し過ぎだよー?ゼリーみたいで飲みにくいし……
でも、嫌いじゃないよ、ハルのだか、ら。……むぅ〜…ふぁ…眠くなっちゃったぁ……うん……」
そう言って早々とティッシュで精液を拭き取り、服を着てベットに横になってしまった。
……ほんとに子供かよ!?
「おやすみぃ……はるぅ…」
「お、おい!セレナ!」
……俺の止まらない欲望はどうすれば……

24A

「んん……」
寝れない。結局あのまま病院のベットで寝ようとしたのだが、全然寝付けない。時計を見てみると……
「まじか……」
まだ十二時だった。この病院の消灯時間は九時。それから一発やって……
そうか、本番がお預けだったから早かったのか。
「はぁ…」
やっぱり寝れない。その理由は……まぁ、本番をスルーされたってこともあるが、
やっぱり一番の理由は……
「葵…」
強い罪悪感を抱きながら、名前を呟く。なにをやってるんだ、俺は。セレナとこんなことをして……
葵を、探さないと。
「ごめん、セレナ。いってくるよ。」
「んむ……」
頭をなでながら、そっとキスをする。今から葵を探しに行くというのに、俺はなんてひどいことを
しているんだろう。セレナを起こさないようにそっとベットを出る。
いくら面会無制限とはいえ、あまりこんな時間に病院内をうろうろするのはよくないだろう。
看護師たちにみつからないよう、こっそりと病院を出る。
春の夜。暖かい風が流れている。果たして葵はこの空の下のどこにいるのだろう。
暗闇の中へ、俺は足を進めた。

夜中なため、大声をあげて探すわけにもいかない。思い付く場所を片っ端から探していく。
商店街、俺の家、河川敷、葵と行った遊園地……どこにも葵はいない。
まさか本当に消えてしまったのか?…あんな別れ方のままさよならなんて嫌だ。
……俺はまだ、葵のことが好きなんだ。でも……もう死んでいるという真実。
そして、生きているセレナは俺をあれだけ求めている……どうすればいい?
セレナか?葵か?
「はぁー……くそっ!」
葵と一緒になるなら、俺も死ななくちゃいけないのか?だけど、やっぱりそれは怖い。
情けないかもしれないが、死とは恐怖以外のなにものでもない。
それに……死んだらセレナが悲しむ。…ましてやあんな状態だ。俺が死んだとしったらセレナは……
後を追うように死ぬかもしれない。
「みんなで仲良く死ぬなんて………」
ごめんだな……俺は…生きてる。葵は……死んでるんだ……たとえ霊でも、
死んだということを認めないと…
「あ?」
考えながら歩いていたら、いつの間にか葵の通っていた学校に着いていた……
そうだ、まだここを探していなかった。

「葵…!」
慌てて学校に入ろうとするが、どこも鍵がかかっている。と……外周を歩き回ってみると、
一つだけ小窓が開いていた。
かなり狭そうだが、なんとか入れそうな幅だ。壁をよじ登り、強引に入る。
ドサッ!
「いってぇ……」
入った後の考えておらず、モロに床に激突してしまった。頭の痛みをこらえながら見回してみると、
そこは段ボールが山済みになっていた。
「倉庫か何かか?……そんなことより、葵!」
何故だかわからないが、ここに葵がいるような気がする。部屋をでて、片っ端から教室を調べていく。
一階……二階……三階………すべての部屋を調べてみたが、葵はどこにもいなかった。
やっぱりここじゃなかったのか………いや、まだ見ていない場所がある。屋上だ。
最後の希望に賭け、階段を駆け上がった。屋上へのドアの内鍵を開け、思い切り開ける。
屋上のドアによくある、風の抵抗を押し切り、外へ出ると………
「……あ、おい…」
居た……青い月の下。屋上から町を見渡すように、葵は背を向けて立っていた。
強い風にもその髪がまったく揺れていなかった。

「葵……葵!」
ほんの数日だけしか会ってないだけなのに、何故かとても愛しく思えた。その気持ちを止められず、
葵に向かって走るが……
「がっ!?」
突然、全身がまるで金縛りにあったように、硬直して動かなくなってしまった。
いや、硬直というより、重りを巻き付けられたような感覚だ。
その重さに絶え切れず、床に這いつくばるかたちになってしまう。暑くもないのに、
全身から嫌な汗が流れる。
「葵……これ、なん……だ?」
葵に助けを求めるように見上げる。だが、葵は相変わらず背を向けて街並みを眺めたままだった。
「……どこにいたんですか?」
「!?」
その声は、今までに聞いたことのないほど冷たく、黒かった。その声を聞いた途端、
更に汗がどっと溢れた。何とか顔だけを上げ、葵を見る……
「さっきまでなにしてたんですか?」
振り返った葵の顔は、無表情のままだった……だが、その周りには読んで字の如く、
黒いオーラが漂っていた。…いや、葵の周りだけじゃない。屋上全体がだ。
街の景色が黒ずむほどのオーラだ。体が重いのはこいつのせいか?

「あ、お、い……」
声が出ない。まるで喉が潰されたかのように苦しい……息も詰まってきた。
「あれから……ずっとここで待ってたんです。晴也さん来てください、私を探してください、
見つけてくださいって……ずっと願ってたんです……」
表情を変えず、落ち着いた声のままこちらにゆっくりと歩いてくる。
「そしたら……愛の力なんでしょうかね?ここからでも離れた晴也さんの事、手にとるように
わかったんです。」
「が……ぁぐ…」
「嬉しかったなぁ…まるで一日中晴也さんの中にいるみたいで。
本当に幸せでした…でも………あの女がぁ!」
大きな怒声を放った瞬間、体の苦しみが一際大きくなった。
「あの女……なにもかも忘れたくせに、のうのうと私晴也さんに近付いて……あんな事まで……ふふ、
知らないと思ってるんですか?病院のベットであんな悪さした事。」
「!?」
なんで葵が……知って…
「言ったでしょう?晴也さんの中にいるみたいだって……晴也さんのことなら、
なんでもわかるんです。……私のこと、忘れられずに好きでいてくれてることも……」

そう言って優しく微笑みながら、両手を頬に添えた瞬間……
「……っがぁあ!!?」
目の前が真っ白にスパークし、脳が壊れるほどに暴れだした。
「ふふふ……楽にしてください……すぐに終わります。」
葵の声が、脳内に直接響く。それと同時に、体の中に葵の温もりを感じた。
「…!…!!!」
声にならない悲鳴が、喉から溢れ出す。苦しいとしか言い様のない感覚。
そして……手足が自分の意思とは関係なく暴れ出し、床を叩き付ける。
制御しようにも、体が全くいうことを聞かない。それはまるで……
「もう少し……もう少しで、本当に私は晴也さんと一緒になれるの……
大好きでたまらない……晴也さんと……」
体を………葵に乗っとられている……このままだと…意識までも奪われそうだ…
「……が…あ…!」
まるで死を迎えるような、気持ち悪い感覚。
「もうっ、ダメですよ?暴れたりしたら……私『達』の大切な体が…傷ついちゃいますよ…」
まるで子供をなだめるように優しい声。それを聞かされるたび、意識は遠のき、
葵が『俺』の中に入ってくる………

25A

「あっぐぅ……あああああ嗚呼!!!」
必死に叫び、もがく。まるで海から這い上がるように、光を求めてもがく。
バァン!!
「きゃあ!?」
「うっ…ぁ……く…」
次の瞬間、大きな破裂音が響き渡ったと同時に、意識が回復した。体も思い通りに動く。そして…
「葵…ぐぅ……」
視線の先には、葵が倒れていた。まだその周りには黒いオーラが漂っていて……
「ふふ、ふふふ……あっはははは!だめですよ!!晴也さん!抵抗しちゃあ!!」
そう叫ぶと、再び黒い風が襲いかかる。俺は慌てて振り向き、葵から逃げ出した。
ドアを閉め、階段を下り、学校から出る。
「はぁっ……はぁっ…ぁ……」
もう後ろから追いかけて来る気配はなかったが、それでも全力で走り続けた。
もうあれは昔の葵じゃない……なにかに憑かれたような、悪霊だ。
速度を落とさないまま走り、病院まで戻る。さすがに院内は走る訳にいかないので、
いったん立ち止まり、後ろを振り返る。
「………」
そこにはもう、黒い影も、禍々しい声も残っていなかった。俺は息を整え、
ひとまずセレナの病院へと戻った。

「はぁ……」
思った以上に、葵がああなってしまったことへの精神的ダメージが大きい。もう葵は死んでいるのに。
俺はまだ未練が残っている。
ガチャ
そーっとドアを開けるとそこには……
「ひっく……うぅ…は、るぅ……うぇぇ……ん……」
「せ、セレナ?おい、どうした!?どこか痛いところでも……」
部屋の中では、ベットの上でセレナがうずくまって泣いていた。
なにか具合悪いところがあったと思い、慌てて近寄ってみると……
「あ…はる、だ……ハル!ハルー!!」
とても安心したような顔で、いきなり抱き付いてきた。笑ってはいたけども、その瞳からはぼろぼろと
涙が溢れていた。
「どうしたんだ?セレナ。どこか体の調子でも……」
「ひっく……う、うん……ち、ち、ちがうの……だって、起きたら、は、ハルが……ひっく…
いなくって、ト、イレだと思って、少しまってみたんだけど……」
そうか…時計をみれば部屋を出てからもう三時間も経っていた。それだけ俺がいないだけで、
こんなにも悲しむのか。
「どこ、にも、いっちゃ、やだ、よぉ……わたひと、一緒にいて?」

「セレナ…」
思わずセレナを抱き締める。幼児化していることを引いても、ここまでセレナを愛しいと
思ったことはないだろう。
セレナは生きている。そして俺をここまで求めてくれている。そして……葵はもう死んでいる。
『過去』の人なんだ。
「わたしが、すぐに寝ちゃったからいけなかったの?だから、怒ったの?だ、だったら謝る……
いまからハルとセックスしてもいいから、だから…!」
「セレナ……違うんだ。」
健気にも服を脱ぎ始め、俺を引き止めようとするセレナを止める。
ここまで俺を必要としてくれる人がいるんだ。
もう想い出と割り切っていいんじゃないか?いつまでもうじうじして
目の前の少女を傷つける事はやめないか?
「セレナ、俺のこと好きか?」
「うん!好き……大好き!もう、これ以上の言葉じゃ伝えられないぐらい、好き……愛してるの……
誰にも渡したくない!」
潤んだ瞳からは、真実だと言う事がわかる。……これでもう、気持ちは揺るがない。
この一途な思いに、答えてやるべきだ。
「ありがとうな、セレナ……」
「ん…」
軽いキスをする。

「セレナ…また少しでかけてくるけど、すぐに帰って来る。今のキスは、その約束代わりだ。」
「え……うん、でも、ちゃんと帰ってきてね?絶対に、約束だよ?」
「ああ……行ってくるよ。」
服の裾をギュッと掴んでいるセレナの手を優しく握り、もう一度キスをしたあと、部屋を後にする。
そして向かう先は……さっきの屋上。そこですべてを終わらせるため、俺は走った。






ガチャ
外からの風による、重いドアを開ける。さっきと何一つ変わらない風景。
そして……街を眺めている葵も変わらなかった。
葵への未練、それが俺の弱さ。それを断ち切った俺がすることはただ一つ……
「葵……」
彼女との本当の別れ。
「晴也さん……やっぱり優しいですね。私のところにもどってきてくれたんですもの。」
狂気に満ちた、嬉しそうな笑顔で振り向くと、また黒い風が襲ってくる。だが……
「もう無駄だよ、葵。」
「!?……どうして?晴也さんの中に……入れない?」
今度はこっちから、ゆっくりと葵に歩み寄る。黒い風が体を取り巻こうとも、もう苦しみはなかった。

「ここには……お前と一緒になるために来たんじゃない。……一つ、言うことがあったんだ。」
「いや……だめ!聞きたくない!やめて!晴也さん!!」
予測が着いたのか、耳をふさぐようにしてうずくまる葵。でも俺は、言葉を止めない。
「お前がこうやって霊になっちまったのは……俺がお前に言い残したことがあったからだ…。」
「嫌……イヤァァァ!」
更に周りの空気が黒くなる。でも、もう効かないよ、葵。
「でも、たとえ幽霊でも、葵がいるっていうことに妥協して、言えないでいた……
でももう、これで終わりだ。いつまでもこのままじゃいられないからな。」
「ダメ、駄目!だめぇ!!!…それを聞いたら私……本当に消えちゃう……
晴也さんの想いとの繋がりが…私を引き止めてくれてたのに!」
発狂したように喚き、泣き始める葵に背を向け、そこから立ち去るようにゆっくりと歩き出す。
もう、今の葵を見ていることが辛かった。
「やだ…いかないで……いっちゃ、やだ、よ……私、消えたら独りぼっちになっちゃう……
晴也さんがいない世界なんて、怖い…行きたくない…」

「葵……」
「わ、私!……そ、そうだ、あの女の体を乗っ取って……あの女の精神を殺して……そうすれば、
また晴也さんと一緒になれます!体があの女のだっていうのが嫌だけど……
でも、そうすればちゃんと晴也さんを愛することができます……」
「葵。」
「ね?毎日一緒で……ご飯作ったり、お買い物したり、もちろん気持ちいいことだって、
晴也さんの望むとおりにしてあげます……それから、それからぁ……」
「葵!!!」
「駄目……だから…見捨て、ない、で……」
「見捨てるんじゃない、これが、在るべき別れの形なんだ。」
後ろから葵が追ってくるのがわかる。でも、立ち止まらない、振り返らない。
「正直…お前とすごせた短い間……目茶苦茶楽しかったぜ。」
「……だったら!これからも…」
「……ほんと、楽しい思い出、ありがとな!……そんじゃ…」
「い、や……晴也、さ、ん……」
「さよならだ。」
「…晴…也…さ…」
周りの空気がだんだんと明るくなる。体にのしかかるような重みも消えた。
振り向くと、そこには何もなく、ただゆっくりと朝日が昇り始めていた。
そして……
「さよなら。」
もう一度、誰にとなく呟き、その場を去った………

26A
「それじゃあマスター、今までありがとうございました。」
あれから………セレナは退院してから一か月で記憶が戻った。
だが、なぜか葵のことだけは忘れたままだった。このことを思い出させるのが彼女の幸せか否か……
そして、俺達は『Fan』を辞めた。あれだけの騒ぎを起こした為、さすがに居づらいからだ。
マスターには悪い事をしたが、どうやら新しいアルバイトが掴まったらしい。
マスターは、知ってる顔がいなくなって寂しいけどね、とぼやいていたが。
「また客としても顔出します、それではまた。」
挨拶を済ませ、外へ出る。最後なんだから、ちゃんと周りのゴミ拾いも済ませるか。
ぐるっと一周……とくに目立つゴミも無く、表まで行く。するとそこに…
「うーん…どうしよう……」
そこには、レプリカのメニューを見て悩む……
「チョコレートケーキ……おいしそうだな…」
「あ……」
そんな彼女に近寄ると……
「え?な、なんですか?」
「……いや、その…」
どうやらいつの間にか彼女の後ろに立っていたらしい。まずい、このままじゃ怪しい人扱いだ。
「俺、ここの元店員だったんだけどさ、おいしいから食べてみな。」
「はぁ……そうしてみます……」
まだ怪しそうに俺を見ながら、店に入っていく。
「ふう……」
よくよく見ると、彼女の髪は短く、もっと活発そうだった。
……葵のことは忘れなくても、思い出として大切にしていきたい。そして…一番大切なのは………
「ハール〜〜〜!」
いつも俺を想ってくれた彼女だ。これから先、いつまでも彼女と一緒に生きていこう…………
セレナ・End
2006/10/09 完結

 

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