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さよならを言えたなら



21

もうこれ以上は限界だった。ハルがあの女の前で幸せそうな顔をするのが。
いつものノリで今日も騒いで、平気なふりをしてたけど、もうダメだ。
私があれだけハルにアプローチをかけていたのに………葵はそんなハルを一瞬で奪っていった。
幸せそうに笑い合う二人。
幸せそうに話す二人。
幸せそうに手をつなぐ二人。
そして………夜もきっと……
「うぅ……あぁ…うえぇ……」
もう誰もいないロッカールームで一人佇む私。ここ最近はずっとこうだ。家では泣けないし、
ハルの前でもこんな姿を見せられない。
私の身も心ももらって欲しかったハルが……もう今じゃ手の届かないところに居る。
ただの『お友達』。そんな関係でストップ。これ以上は葵という邪魔が入る。
ただ一人ここで……二人が引き離されることを願う。願う。願う。私にできるのはそれだけ………
でも……もしかしたら、神様はいるのかもしれない。私の願いは、願いに願い続け、
冬にやっと叶ったのだ。でもその願いは、悪魔も聞いていたのかもしれない。
最高と最悪な。二つの結果を私に与えてくれたのだから……

冬……
降り積もった雪が光を反射し、商店街を彩っている。
……とはいえ、ラストまでバイトをしていたため、時間は遅く、通りには誰もいない。
そんな無人の雪の中を、葵と二人、肩を並べて歩いている。二人の間には、一つの赤いマフラー。
互いをしっかりと繋いでいる。……つくづく俺も変わったなぁと思う。
「晴也さん、晴也さん。」
「ん?なんだ?」
相変わらず葵は俺をさん付けで呼ぶ。どうも呼び捨ては恥ずかしいらしい。……一度でいいから
聞いてみたいものだが。
「来週のクリスマス、どうしますか?」
「あー……」
しまった。なにも考えてなかった。
「ふふっ、その様子だと、忘れてたみたいですね。」
「…すまん。」
「いえ、いいんですよ。……それで、一つ提案があるんです。」
そう言って葵は、コートのポケットから紙を取り出す。それは、遊園地のパンフレットだった。
「ここの遊園地、クリスマスにパレードをやるんです……ですから……見に、行きません?」
断られるんじゃないかと心配そうな顔で、上目遣いで俺を見る。……相変わらず卑怯だよなぁ。

「ああ、もちろん大丈夫だ。楽しみにしてるぜ。」
それをきくと、花を咲かせたように嬉しそうな顔をする。付き合ってだいぶ経つが、葵は未だに、
俺のやること言うことに大きな反応を示してくれる。それがまた愛しい。
「良かった……私も楽しみです……」
また互いに体を寄せ合う。ああ、この幸せが怖い。いつかこの足場が崩れ、奈落のそこに
落ちてしまうのではないか、という不安にかられる。
……馬鹿だよな。葵はここにいるんだから……そんなはずはない…
だが、この世に悪魔はいるのだろうか。この瞬間ばかりは、俺は世界を呪った。
商店街を通り抜け、大通りに出た途端。眩しいほどの光が俺達を照らした。
その光はこっちに迫ってくる。
……雪と、逆光のせいでその正体が分からなかったが……気付いた時には遅かった。
迫りくるトラック。ホーンに消されかかる葵の悲鳴。俺はそれを理解し、ただ握っていた葵の手を
強くにぎることしかできなかった……もう逃げるには間に合わなかったからだ。
そして……世界が回転した。自分の体がゴミのように宙に舞った。……二人を繋ぐマフラーは、
無残にも引き千切られていた……

ドサッ!
「……あ、……く……」
地面に叩き付けられ、全身に衝撃が走る。寒さのせいか、もはや痛みも感じられなかった。
全員がバラバラになったような感覚だったが、どうやら肢体は付いている。
……意識だけが消えかかる………そうだ…葵…葵………
「……………」
葵はぐったりとし、壁にもたれかかっていた。地面には、白い映える真っ赤な血。
…葵の……綺麗とも言える真っ赤な血………
「あ………ぉ…い………」
自分の体がどのように動いているのかも解らないが、少しずつ……少しずつ…葵に近付いていく。
そんなに血を流して…………痛かっただろ?…………心配……すんなって……俺がいてやるから……
すぐに……助かるさ……
消えそうになる意識……まだもってくれよ………葵が…葵が待ってるんだ……
視界が赤く染まる。…俺も流血してんのかな……わかんねぇや……葵………………葵…………
葵の手まで………あと少し…………なんとか自分の手を伸ばし、葵に近付く。
……あと……ほんの数cm…………
「…………は…は…」
葵の手を軽く握った瞬間、俺の意識は闇へと落ちた。

 

「………」
病院へ向かう途中で、思い出した過去のことを振り返っていた。
あれから急いで救急車を呼び、セレナを病院へ運んだ。血は出ていたものの、傷は浅く、
命に別状は無かった。
……たた、何故か意識を取り戻さないらしい。医者が言うには、
体調はもう大丈夫なのだそうだが………精神的なものなのか。
「……セレナ………葵……」
あれから葵を何日も探したが、全然見つからない。マスターも事情を理解し、
店はしばらく休みになった。その合間に探し続けているのだが……
手掛かりさえも見つからない……まさかもう消えた……
「……いや、あいつか何も言わずに消えるかよ……」
セレナから流れた血のおかげで、記憶を取り戻した。それから部屋を片っ端から探したところ、
新聞の切り抜きが出てきた……俺と葵の事故の新聞だ。
そこには、意識不明が一名、死亡者が一名と記されていた………事故があってからの事は
思い出せないが、俺がこうやって生きてるんだ。死亡者は……葵のことだろう。
「……ちくしょう……」
取り戻しても、変えられない過去を呪いたくなる。
そうこう悩んでいるうちに、セレナのいる病院についた。俺の住んでいる街にも、
郊外に病院はあるのだが、大量殺人が起こり、しばらく使えないため、隣り街まで来ている。
……ちなみにその犯人は手掛かりさえ掴めないらしい。恐ろしい話だ。
「……まだ早いな……」
時計を見ると、面会時間までは十五分ほど余裕があった。
午前中は葵を探し、セレナの見舞いは毎日午後の面会時間に来ている。
だが、今日に限って少し早めに来てしまった。
………どうするか。別に行っても大丈夫だろうが、なんだか文句を言われそうだし。
……かといって、どこか近くの店で時間を潰すほどの余裕があるわけでもない。
はて………

A:「まぁ、もう大丈夫だろう。病室に行こう。」
B:「そうだな………少し院内を歩いて時間潰すか。」

To be continued...

 

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