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一掴みの優しさを君に



プロローグ

「あんのヴァカ親どもが!」
事の発端は先週の親父の一言だった。
「あー、そうだ、言うの忘れてた。来週から俺ら、USAに住むから。
ふふん、ハイクオリティだなUSAって言い方。」
「もちろん私も晋也についていくからね。亮夜達も私たちがいなくても大丈夫でしょ。」
三日前に思い出すとは、なんともウチの親らしい。そして今日の朝、「アデュー!」と置き手紙を残して
旅立っていた。取り残されたのは俺、笹原亮夜と………
「ふぁ……朝からうるさいよー。お兄ちゃん。」
今起きてきた双子の妹、笹原美夜。双子とはいえ男と女なので、あまり似てはいない。
「なんちゅー親なんだヨ!朝飯にコーンフレーク置いて旅立ちだぜ?」
「今に始まったことじゃないと思うなぁ。」
それを言われると終わる。あの二人の伝説は伊達じゃない。学生の身で俺たちを産み、
PTAを押し切り結婚。今でも夏校の伝説と化している。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私が作ってあげるから。」
「だが断る!全力で断る!全身全霊で……」
「それ以上言うと、ご飯たべれなくなるよ?」
そして差し出されるは伝家の宝刀。ってか本当のナイフ。

今年の誕生日に、母さんからもらったプレゼントだ。ちなみに俺は……親父から、
『淫乱教師〜いけない補習授業〜』をもらった。
曰く、「お前もその時が来たのだよ。」と。ちなみに小説なので、実用性は低い。悪しからず。
「ま、まあ落ち着こうよ。とりあえずそれをしまえって……」
時計を見る。……5、4、3、2、1…
「兄ちゃん!おはよう!」
「キタァーーーー!冬奈!飯を作ってくれよ!」
「うん、そう言うと思って、お家から作って持ってきたんだ。」
「グッジョ!」
ブを言わないのがマイブーム。ビシッと親指を立てる。
「いいもん……今度お兄ちゃんのジュースに下剤まぜちゃうもん……どうせ私の料理なんか……」
「ほらほら、お前もいじけてねーで冬奈の飯食おうぜ。」
烏丸冬奈。もう一人の俺の『妹』。名字が違うのは、異母兄弟だから……らしい。
詳しくは知らされていない。というか、親父に聞いたら「エヘッ」と答え、母さんに聞いたら
ひと睨みされ、次の日にパソコンのエロデータ(親父の含む)が消されていたのだ。
それ以来、その真相にちかづくのは止めている。知る権利はあるのにな。クスン。

2

作った料理を器に移す冬奈。エプロンをかけたその姿はもう見慣れた物だが、何度見ても良い。
腰まで伸びた髪が綺麗に揺れる。
某友人が、『短髪+活発っ子。これは絶対定義だ。』とかぬかしていたが、冬奈はそれをぶったぎる、
長髪活発っ子だ。
性格的には美夜は静かな方なのだが、なぜか冬奈が一緒に居る時はやたらと元気になる。
そんなに冬奈が来るのがうれしいのか?
「あ、そうだ、兄ちゃん。志穂おばさんから聞いてる?」
「んあ?なにを?USAに行くってしか聞いて………」
「今日から私も兄ちゃんの家で暮らすんだ。」
沈黙。…冬奈を見る。ウキウキした顔をしている。美夜を見る。無表情。てか呆然か。もう一度冬奈。
さらにウキウキ。もういっちょ美夜。…え?なんで般若…
「ど、ど、ど、どういうことよー!」
突然食いかかる様に冬奈に飛び付く。ソファーから冬奈まで、推測二秒!
「うーん。だって志穂おばさんがそうしろって……だって、うら若き乙女が一人暮らしだなんて
危ないでしょ?その点、兄ちゃんがいれば大丈夫。
あ、兄ちゃんだったら私を襲っても無問題だよ。」

「だめに決まってるわよ!」
……それ、俺のセリフじゃないかなぁ……
「まあ、確かに危ないし。冬奈も一人じゃ寂しいだろ。いいぜ、今日の帰り、荷物持って来いよ。」
「ほんっとに!?やったぁっ!さすが兄ちゃん!だから好き!」
そう言って背中に抱き付いてくる。うごぁー。髪の毛のいい匂いが……て、変態か?俺……
「は、離れなさいよぉ、冬奈!」
無理やりひっぺがされ、ちょっと不満そうな顔をする冬奈。どうもこの二人は折り合いが悪い様な
気がするんだが………まあ、気のせい木の精。
素早く食事をすまし、学校へ向かう。慌ただしかったせいで時間が無かった。
「ダーッシャアァァァァーーーー」
ちんたら歩く夏校生徒供を奇声と共に退かしながら、通学路を突っ切る。
と、その途中で見た背中そこに………
「トウッ!」
ライ○ーキック顔負けの飛び蹴りを、後頭部に叩き付ける。まあ、これごときで
怪我をする様な奴じゃないからいいか。
「く……幾分にも増して威力が上がっているな、亮夜。」
傷一つ無く起き上がるつわもの、高橋陸。なんでも父親はギャルゲーシェアNo.1を誇る会社を立てたとか。

「昨日は夏休みデートイベント直前のデータ作成に徹夜だったんだ。手加減してくれよぅ。」
ちなみにこいつもギャルゲーマニア。あの親にこの子ありといったあたりか。
「はぁ、はぁ、お、おに……兄さん、急に走らないでよ……」
「兄ちゃん…ふぅ…速すぎ。」
置いてきてしまった二人がやっと追いつく。美夜は学校では俺を兄さんと呼ぶ。本人曰く、恥ずかしい、と。
「いやぁ、相変わらずだなアニメ声姉妹。」
「うちの妹に変なこと吹き込むのは止めてもらおうか?」
「そんな事より、今日は転校生が来るらしいぞ…まあ、興味はないがな。」
情報を得ている時点で十分興味有りだと思う。ま、今更転校生なんざと仲良しこよしになる
気力はないからスルーだな。
なんだかんだ話ながら教室へ。冬奈は一つ下の一学年。俺と美夜は二学年である。
双子だと言うのに珍しく同じクラスなのだ。
「オラー。席に着けぇ。愚徒どもぉ。」
意味不明な言葉と共に入って来たのは担任の鬼山。今やこの学園の古株だ。
………生徒に馬鹿にされるのは相変わらずというらしい………無念、鬼山サン

3

「あー…今日は転校生がいる。っとまあ、みんな早く見せろって顔だな。まあいい。入ってこい!」
鬼山の怒声と共にドアが開く。そこから入って来たのは一人の女生徒。まだ制服が届いてないのか、
見慣れない服を着ている。
長いが纏まりのある髪。黒く、切れ長の瞳。背は小さい方か。……面倒な評価は止めよう。
総括『おおおおーーーー!!!!』
と、まあクラスの男どもが声を上げる程かわいいってこった。
「ふん、三次元の何がいい!?」
一人例外有り。俺はというと……何故か、彼女の顔を見た途端、視線が外せなかった。
かわいいからとか一目惚れではなく、なんだか…不思議だった。
以前に会ったことがあるような。そんな懐かしい感覚。明らかに初対面なのに。
「…!」
目が合う。なんでだろう。向こうも目をはなさない。それは二秒か三秒か。
いや、もっと短かったかもしれないが、その感覚が脳裏に焼き付いた。
「ああ…いかんいかん。」
目を伏せ、頭を振る。なんだか脳内スパーク状態だ。
「それでは自己紹介を……」
「はい。…初めまして。遠藤沙羅です。」

遠藤…遠藤………どっかで聞いたことがあるような。思い出せそうで思い出せない。
『相談できるんですか?』『そうだん(なん)です!』とかいう駄洒落をぶっこいた金融会社名が
思い出せないぐらい気持ち悪い。
そんなことで悩んでいると……
「ん、じゃあ亮夜。隣り空いてるから座らしてやれ。」
「え……」
そう先生が言うやいなや……
「せ、先生!」
美夜が立ち上がる。さすが委員長。クラスのために働くねぇ。
「転校生なら私の隣りがいいかと……えぇっと…い、委員長として…えぇ…いろいろと教えたいんで…。」
「いえ、私あそこの席がいいでーっす!」
かなり元気よく転校生……沙羅さんが叫ぶ。ざわめく教室。美夜は……仰天していた。
そんな騒然としたなかを、悠々と沙羅さんは歩いて来る。
「初めまして…えっと、亮夜くん?」
「ああ、はあ…初めまして……」
いきなり握手。すっごい照れる。どうやら気さくな人らしい。このタイプは
親父(初対面の人にパッチンガムやるのは気さくと言うのか?)でなれているのでやりやすい。
「教科書とか、あるか?なけりゃみせちゃるよ。」

「うん。助かりますよー。」
そう言うと即座に席をつける………いや、ってか。
「椅子まで近付けなくってもいいだろ!?」
「はっは〜。照れるな照れるなぁ。」
ここまで気さくな奴とは!ってかそういうことされると……嗚呼!ほら。周りの男どもの視線がぁ!
嫉妬と羨望のまなざしがぁ!
そんな厳しい状況の中、授業は淡々と進んでいった……






「昼飯だあ!」
やっと解放され、自由な時間を手にしたと思ったのだが………
「ナニヲナサッテイルンデスカ?」
俺が言いたいことを美夜が先に言ってくれた。うん、まあ、妥当な質問かな。
「いいじゃないっすか。ここまできたら、お昼も一緒にたべましょ?」
机をくっつけたまま、弁当を広げる。ついでに俺も。
「それ、誰が作ったの?」
「ん?ああ、妹が…つってもこいつじゃなくてもう一人の、な。」
そこんとこ間違えると大変だ。
「ふーん……妹ねぇ。…今度、会わせてよ。」
「はい。」
そう言って興奮している美夜を指差す。
「違う。こっちじゃなくてお弁当作った方よ。」
うわぁ……こっち扱いで美夜サン激怒ですよ………

4

「一コ下なんだけどな……ま、また今度ってことで……」
「…軽く…釘打っとかないとねぇ」
「ん?なんか言ったか?」
「いえいえー。なーんにも。」
そう言ってニコリと笑う。その笑顔に胸がドキリ……いや、何故かズキリとした。
なんでこんな罪悪感が溜まるんだ?結局そのまま五時間目が終わるまで机と椅子を
くっつけたままでいた………生き地獄だヨ!
キーンコーン……
終了。いつもなら爆睡コースのはずが、今日はまともに勉強してしまったではないか(普通)
「ここまできたらなんですから、学園内の案内もお願いできますか?」
そう言われて断るのはドSかゲイだ。もち、了承。こうなりゃきのむくままだーい。
「んじゃ、行くべ。」
とはいえ、特別紹介するような所は無いので、流すように紹介。ただ屋上は俺のお気に入りの場所なので
立ち入り禁止と言っとく。
「んで、ここが食堂。……ここには伝説があってね。」
「伝説?」
「永遠の二十歳と呼ばれる受付のおねーさんが居るんだ。それと毎回水だけを飲んで
そのおねーさんにアタックかけてた人がいるたらしいよ。……全部失敗したらしいけどな。」

「あはは……報われないね。」
全くだ。そんな好色野郎の顔を拝んでみたいもんだ。カウンターの中を覗いたが見当たらなかったので、
食堂を出ると………
「あ、いたいた。おーい!兄……ちゃん?」
冬奈だった。最初はこっちへ笑顔で走ってきたが、失速するのに比例して、元気まで無くなっていった。
……どうかしたのか?
「…えと……誰?」
絶望を迎えたような顔してんなぁ。本当になんかあったのか?……沙羅のことか?
別に冬奈は人見知りするタイプじゃなかったんだが……
「ああ、噂の転校生さん、遠藤沙羅さん。」
「あ、さんづけしなくていって。同い年なんだしさ。もっとフランクにいきましょうよー。」
「ん、そっか。じゃあ、改めて遠藤沙羅。今案内してたんだ。夏校のさ。」
「っ!……な、なんで兄ちゃんが案内してるの?…そういうのは…美夜ちゃんの……
クラス委員長の仕事でしょ?」
確かにそうなんだが……なんで俺がやってるんでしょーか?
「うーん、なんていうかなぁ。委員長さんからやたらと敵視されちゃったし……
それに、亮夜君は良い人だしねぇ。好きだよ。亮夜君みたいなタイプ。」

「「えっ?」」
俺と冬奈がハモる。ちょっとドキリとしてしまった。驚いたなぁ。フランクとはいえ、
会って初日に好きとは………まあ、Likeってことだろうけど。
まあ、行く先々似たようなことやってるんだろうな。
「わ、私だって、兄ちゃんのこと好きだよ?」
「んー、まあ、妹に嫌悪されるよかいいけど……そろそろ兄離れも必要だぞ?」
前々から美夜と冬奈には言ってることだが……どうもこのブラコンは治らないらしい。
ま、仲の良いことには構わないのだが。
「い、いいの!兄ちゃんのことは好きでいていいの!それより、これから荷物運ぶの
手伝ってくれるんだよね?」
…おろ?確かに帰りに持って来いよとは言ったが、手伝うとは……。そう迷ってると、
腕を沙羅に掴まれる。その手にはかなりの力がこもって……痛いヨ!
「ごめんね、冬奈ちゃん。これから亮夜君にこの町の案内もしてもらうことになってるんだぁ。ね?」
出た!スマイル攻撃!
「う、うん。」
そんな約束してはいないのだが、つい返事してしまう。
「…そんな…嘘。………馬鹿!馬鹿、馬鹿!馬鹿!!!兄ちゃんを…奪うなぁ!」

そう叫ぶと、冬奈は走りさってしまった。まいったぁ。こういう雰囲気は好きじゃない。
「うーん………今の馬鹿っていうのは私へ、だよねぇ。…あれがお弁当作ってくれる妹さんかぁ。
…美夜ちゃんより直情的ね。」
なにやら分析を始めましたよ。女の子って強いなぁ。
グイッ
「ヲヲヲ!」
ボーッとしてたら強く腕をひっばられた。
「ほら、行こうよ。町の案内もしてくれるんでしょ?」
……冬奈を追おうと思ったのだが……仕方なし。まあ、家に帰れば冬奈も居るだろうし、
ここまでして沙羅を放置するのも酷だしな。
「じゃ、いくか。」
「あはは、なんかデートみたいだねぇ。」
ズキリ
まただ。また心が痛んだ。全く、この娘はどこまで本気なのやら……あまり、
この嬉しそうな笑顔を見るのは良くない。
罪悪感に心がつぶされそうだ?
「あ、それと……さっきのは、本気だよ?…あんなこと言うの、君が初めてなんだから……」
「え?」
本気?さっき?………何が…
「妹さんになんか……絶対負けない……ううん。負けるわけ、ないよ。」
その後ろ姿はとても愛しくて、抱き締めそうになってしまった………

5

『……おねぇさん……だれ?』
『ふふ……初めまして。僕。私は、遠藤佐奈って言うのよ……』
広い屋敷。隔離された様に生えている林。そこにいつも住んでいた、一人の女性。
『僕はね、笹原亮夜。はじめまして。』
『笹原……。お父さんたちは元気?』
『うん。昨日も騒ぎ合って喧嘩してた……仲悪いのかな?』
『あははは……相変わらず、ね。…違うのよ、坊や。彼らはあれでも仲が良いの。
決して破れることのない絆なんだから……』
『ふぅーん…』
『あ、そうね、紹介しておきたい人がいるのよ。』
…嗚呼、まただ。ここまでくると、視界が……白く……
『こ…娘……って…言う……よ。……ろしく…「……君……君。…夜君!亮夜君ってば!!」
「っ!……ん、ああ?」
「どうしたの?急にぼーっとしちゃって……話しかけても返事してくれないし。」
「いや…よくあるんだよ。……白昼夢ってやつかな?」
「それって、起きながら夢見るの?」
「うん、毎回同じ内容なんだけど……いつも肝心なところで覚めちまうんだな。だから見たあとはこう、
気持ち悪いってかなんというか。」

「だからって、ボーッとしてたら危ないよ?そのまま車道に飛び出したりしたら。」
幸いそれは今までにない。……まあ、あったらここには居ないが。
「んー…オッケー。」
夢の続きを思い出そうとするが、なかなかうまくいかない。気付けば夕焼け。こういうきれいな夕日を
見ると、あの夢を見る。夢の中でも夕日だからだ。
「いやー。今日は助かりましたよ、本当に。町の案内までしてもらっちゃって。」
「いやいや、礼はいらないさ。」
沙羅が夕焼けをバックにこっちを向く。この町は夕焼けがとても強く、明るいのが有名だ。
その明るさのせいで、沙羅の表情が逆光で見えない。
「……本当はね、亮夜君に案内してほしかったんだよ?だから、キミ以外の人からの案内は、
断ったんだ。」
「え?」
それは……どういう…
「それに、私達、はじめまして、じゃないんだよ?どっちかというと……久しぶり、なのかな?」
「前に……会ったことあったっけ?」
「うわーぁ、ひっどいなぁー。私なんて、名前と顔見ただけで、一発で思い出せたのですよ?」
そこまで早く思い出せる仲だったのか……沙羅…沙羅……

「ダァーメだぁ!思い出せん!いつ会ったっけ?」
情けないが、他力本願。こういうモヤモヤは早くなくしたいものだ。
「だめですよーだ。自力で思い出すまで、頑張って悩んで下さい!」
むう。この調子だと当分かかるような気がする。そのことについてさっそく思考をめぐらしていると………
「兄妹は……結婚できないんですよ?」
「は?」
なんの脈絡の無い、唐突な発言。それはいままでの雰囲気とは違い、いっきに場の空気が
凍て付くのがわかった。抑揚の無い発音。逆光でただ黒く見える顔……
「兄妹は結婚できない…故に、愛し合えない……復唱……」
そういいながらゆっくりと近付いてくる。その顔は無表情。なんの色も無い顔。
「き、兄妹は結婚できない……故に、愛し合えない………」
「よろしい!」
そう言うと、いつの間にか目の前にあった顔が、花のように明るくなった。
スッ
「え?」
その顔の近さにドギマギしていると、腕を首の後ろに回され、更に距離が近くなる。
「うん、それじぁ……」
反応できなかった。その突然の行動に。
「んっ…」
キスされた。

「え?…え!?」
「ふふ……これは、私を思い出してくれるようにっていうおまじない。それと……」
再度顔が近付く。でも今回はキスではなく、口を耳元へ持ってきて……
「私以外の女の子を見ませんようにって言うノ、ロ、イ。」
ゾクリとした。別にMとかじゃなく。その冗談混じりの一言が、背筋を撫でるような
寒気を引き起こした。冗談ではなく、本気なんじゃないかと思う程に。
「あはは……破ったら、どうなるかなぁ…呪いって言うぐらいだからぁ…シンジャウカモネ?」
その笑顔はさっきまでとは違う、目に色の無い笑い方だった。
「それじゃあまた明日!じゃねー。」
そんな呆然とした俺を置いていき、振り返って走り去ってしまった。
しばらくほおけるように立ち竦んでしまう。
唇を指でなぞると薄く口紅がついた。嬉しいのやら恐ろしいのやら。その二つの感情が入り交じる。
「はははは……はは…は。」
そんな俺のファーストキスだった。
「お兄ちゃん?…ここで何してるの?」
「え?」
振り返って見ると、美夜が立っていた。
「……え?あ、と。み、みた?」
動揺すんな!俺。
「…なにを?」
良かった。気付いて無い。
「あ、ははは。いや、何でもないさ。さ、かえろ。」
美夜を催促する。
『兄妹では結婚できない。』
…まさか。俺は鬼畜じゃない………

6

「ただいまーっと……」
「あ、お帰り、兄ちゃん!」
「う、お、おう。いらっしゃい。」
帰った途端、冬奈の笑顔で迎えられた。さっきの食堂での事があったため、
何かしら落ち込んでいるかと思ったが、余計な心配だったらしい。
「すぐにご飯にするから待っててね。」
そう言い残して台所へと戻っていった。
「なんか機嫌良いみたいだね、冬奈ちゃん。」
「だな。」
それに越したことはない。荷物を置きに部屋に戻り、着替えながら鏡を見ると、まだうっすらと唇が赤い。
「うわぁ……」
再度恥ずかしさが込み上げてきた。キス…したんだよなぁ。でもあれだけ開放的な性格なんだ。
行く先々で似たようなことをしてるかもしれん。
「イカンイカン。何を期待してんだ…俺は…」
楽な姿になって下に降りると、美夜が電話していた。
「あ、いえ。まだ帰ってきませんので……はい、すみません。」
ガチャ
俺の顔を見るなり、慌てて電話を切った。なに焦ってんだ?
「電話、誰から?」
「あ、ううん、お父さん達に。居ないから、連絡先教えといたの。」

「ふーん。」
親父達に対して『まだ帰ってきませんので』っつー言い方はおかしいと思うが……まあ、
日本語って難しいからネ。
「兄ちゃん、ご飯だよ!」
うーい。今日はいろいろあったせいで腹ペコだ。はやく飯にあやかりたい。
「いただきます!」
今日は焼きそば。冬奈の最も得意とする料理だ。
「兄ちゃん、おいしい?」
「ん?ああ、相変わらず旨い。」
おかしいな。沙羅についてなにか聞いて来るかとおもったが、終始にこにこしながらご飯を食べてる。
ま、いっか。自分から面倒ごとを作るなんざ具の骨頂だ。
「ごちそうさんっと……」
「あ、食器はかして。私が洗うから。美夜ちゃんはお洗濯お願いできる?」
「え、ええ。」
うーん、さすが家事全般は万能なだけある。家に夕飯を作りに来る時は毎回冬奈が仕切っている。
「俺は?」
「兄ちゃんは部屋で休んでて。後で遊びに行くからねー。」
とまあ、いつものように追い払われる。クスン。
「あーー!食った食った!」
ごろんと別途に横になる。やべぇ。完全におっさん化してる。不毛な思想にしけっていると……
ダン!ダン!!ダン!!!ダン!!!!
ものすごい勢いで階段を上る音が………

バァン!
「兄ちゃん!!!!」
ドアを開けるとともにすざましい怒鳴り声が。冬奈は……まるで雷神のごとき怒り顔で乗り込んできた。
「兄ちゃん……今日、女の人とキスしたでしょ?」
「へ?」
予想外の問いに、ま抜けた声を出してしまう。…てか図星だし。
「いい、い、いやいや。そんなこたぁないぞ?」
驚きの余り吃りまくり。俺の反応を見て、冬奈の顔はさらに怒りに染まっていく。
「嘘!じゃあなんでお箸に口紅ついてたの!?兄ちゃん口紅なんてつけないじゃない!
それにこのお箸…口紅の味がしたもん!!」
「は?味って……おま、舐めたのか?」
一瞬で場が凍る。冬奈も気まずそうな顔をしている。が、すぐに詰め寄り……抱き付かれた。
「うふふ……そうだよ……私、いつもここで料理したときは、兄ちゃんのお箸食べちゃうんだぁ……
だっておいしいんだもん……兄ちゃんが咥えたってだけで、ガマンデキナイヨ?」
これは……さっきの沙羅と同じ顔……色のない顔だ…
「もしかして……あの女?…一緒に食堂にいた……あの女なの!?」
「うぐぅ……」
またも正解で痛い。抱き付く力が強くなっていく………
「あんなぽっと出の転校生なんかに渡さないよ……許せない……絶対……してやる…」
よく聞こえない。冬奈の声に耳を澄ましていると…
バァン!
「お兄ちゃん!なんで制服に香水の匂いがするの!?どこかで女に抱き付いたの!?……って冬奈!
なにを!?」
デジャブかい……
この先のことを考えただけで余計疲れがたまった……まずい…どうしよ…

7

「美夜ちゃんはだまっててよ!…美夜ちゃんにだって、兄ちゃんはあげないよ!」
「なによ!家に来た途端お兄ちゃんにベッタリになって。良い気にならないでよ!」
「冬奈ちゃんはいいじゃない。双子なんだから兄ちゃんと性別以外はほとんど一緒なんだよ?
だったら兄ちゃんを私に譲ってもいいでしょ?」
「ダメよ。それでもお兄ちゃんは別なの。冬奈こそ、私達双子の間に入り込む余地なんてないのよ!」
目の前で繰り広げられる、微笑ましい喧嘩(ハタから見て)がさっきから数十分は続いている。
目の前で小さな二人がひょこひょこ怒っているのはみてて面白い。
冬奈に抱き付かれたのを美夜が発見して、それから今の状態に至る。
「はぁ…」
まあここまで思われているというのは嬉しい事ではあるが……兄妹の壁というのは厚いものである。
血の濃さ、世間体など……
なに考えてるんだ?俺。そんなことありえない……はず。「!?」
そんな騒がしい中突然……さっきのような感覚に襲われる。これは白昼夢に入る時の………感じだ……
二人が騒いでいる中、俺は夢のなかへ落ちていった……

「……君………亮夜…ん……亮夜君!」
「!」
気付いたら真っ白な世界だった。上下左右も分からない世界へほうり込まれた。そんな気分。
ただ、視線の先には常に沙羅がいた………空ろな目をして……包丁を持って………
「亮夜君……ふふ…やっぱり、お家じゃ妹さんにもてもてなんだねぇ…」
床もない世界を、確実に、ゆっくりとこっちへと歩いて来る。
「いったよね?兄妹では結婚できない、故に愛し合えないって………おかしいなぁ。
復唱までして確認したよね?」
急に思考がクリアになる。
「いや…俺はそんな気は無いぞ……向こうが勝手に……」
喋れた…夢の中で自分の意識で喋れたのは初めてだ……
「本当にその気は無い?これっぽっちも?」
「……」
そこまでいわれると否定できない。昔から向けられる冬奈と美夜の想いは、見ていて辛いものがある。
何とかして報われないか。そう考えた事だってある。
「ダメでしょ?私のことを思い出すのも忘れて、他の女の事なんか考えてちゃ……たとえ、妹でもね。」
そう言うとともに、包丁が振りかざされる。

「うふふ……呪いをかけといてよかった。悪い子にはお仕置が……ううん、躾が必要だもんね。
本当はこんなことしたくないけど、自業自得だよ?」
「やめ…ろ!」
抵抗もできず、振り下ろされた包丁は左肩に深々と食い込んだ。
「っぐああああああ!!!!!」
その痛みで、一気に現実世界に引き戻される。だが、夢から覚めてもまだ左肩は痛い。
焼けるように、熱く、まるで切り落とされたように痛い。
「きゃあ!」
「兄ちゃん!?」
二人が前にいる事も気にせず、のたうち回る。だが、どんなに押さえても痛みは引かない。
……どうしろと……
「ど、どうしたの?兄ちゃん?」
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
妹さんにもてもて…
「で、出てけ……」
「「え?」」
「いいから出てけ!!俺は大丈夫だから、部屋から出てけ!」
そう凄まれると、二人は慌てて部屋からでていった。それと同時に、肩の痛みはひいていったが……
「ああ……二人に…あんなふうに怒鳴っちまったのは……初めてだ……」
肩の痛みの代わりに、今度は心が痛かった……こんな事なら、我慢すればよかった………

2006/06/26 To be continued....

 

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