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煌く空、想いの果て



水野翔太END

 校内に金属音が静かに響き渡ってゆく。二人の少女がたった一つの大切なモノをかけて、
  命懸けの殺し逢いを行なっている。一人は、ずっと幼なじみとして傍にいた少女。
  もう一人は、彼女からの告白で交際を始めた恋人である少女。この二人の戦いは
  両者という存在が消えてなくなるまで永劫に続く。
  二人の戦いに見惚れながら、俺はずっと心の奥底からが突き刺さる痛みに問おう。
  汝が俺の恋人なのか?

 梓と猫乃を見比べても、どちらとも俺にとっては身分相応の相手なのではないか? 
  俺よりも相応しい男性がいるはずに決まっている。
  でも、思い出せ。
  梓が他の男と付き合っていたと誤解した時の事を。
  どれほど、俺は落ち込んでいたと思っているんだ? 
  まるで人生の終わりが来たように世界に絶望したのではないか?
  なら、答えは最初から決まっていた。
  ずっと、すれ違いを続けていた水野翔太の気持ちと向き合う時が。
  戦わなきゃ。現実と。

「もう、やめるんだ。二人ともっっ!!」
  この台詞を吐いた時、前にも同じ事を二人に言ったような感覚に襲われる。
  ゆるりと頭の中が軽く揺れて、周囲の風景が捻れるように歪んでゆく。
  これは?
  一体……。
 
  頭の煌めきと共に、記憶の全てが暴走した。
  過去・現在・未来が暴走し、それらは全て一つ繋がった。

 あらゆる結末が頭の中に刻み込まれてゆく。猫崎猫乃と風椿梓の決闘の結末の果てに起きる
  惨劇の全てが脳内に入ってきた。
  そう、二人が引き起こす惨劇。
  例えば、二人と結ばれなかった未来で。
  俺の家族が容赦なく殺されたり、俺のクラスが人質となり全員爆死したりするなど、
  惨劇は数多くの可能性を秘めている。

 未来がどんな結末かになるのかは、俺の選択一つで決まる
  つまり、選択肢次第では俺は間接的に梓を殺し、猫乃を殺し、クラスメイトたちを殺し、
  身知らずの家族を殺し、殺して殺して殺して殺して、
  俺自身さえも殺されるという最悪な結末しか用意されていない。
  梓が鋸を老婆から譲られた時点で全て未来は惨劇の果てに死ぬと強制的に決められているのだ。

 そう、これまで梓と猫乃のおかげで何百回殺されてしまったことやら。
  過去に殺された記憶が現在の俺にあるってことは、俺は長い螺旋の果てから離れた
  一つの意志ってことだろう。
  バカみたいに同じ事を繰り返しても、耐久的に世界の基盤から壊れてゆくのだ。

 そう、どこぞの制御盤にプログラムミスがあったように。
  ならば、過去何万通りの内に俺が唯一やらなかったことを今ここで行なえば、未来は確実に変わるのだ。
  梓と猫乃の決闘は両者の内どちらかが死者になるか、人間として生きられない程の致命傷を負い、
  常に勝者は一人。

 二人とも無事生存させて、俺の想いが壊れた少女に届くなら、この惨劇のループから
  抜け出すことができるかもしれない。
  そう考えると想いを口にした。

「俺は梓が好きなんだぁーーー!!」
  血塗れの少女たちの得物がぴたりと止まった。
  戦いをやめろと叫んでも、止められなかった戦いは俺の予想外の告白でこちらに視線が集まってきた。

「どういうことなんですか? 先輩」
  猫乃が信じられないような瞳で俺を見る。今にも泣きそうに目に涙を浮かべて、心細い声で尋ねた。
「あの屋上でわたしと付き合うって言ってくれたじゃないですか?」
「最初は友達からって言っただろ。それに俺が自分の気持ちに偽ってから、全てがおかしくなったんだと
  思う。だから、俺は今ここで正直な気持ちでもう一度言う。水野翔太は風椿梓の事を愛している!!」
  高らかに叫んだ俺の言葉が廊下に響く。

「猫乃。ゴメン」
「そ、そ、そんないやぁぁぁぁぁっっつーーー!!」
  猫乃は悲鳴と共にこの場から逃げるように走りだした。目元にたくさんの涙が零しながら。
「さてと」
  愛の告白を行なっても、長い黒い髪で表情を隠している梓は何の反応も示さなかった。
  手元には鋸を堅く握られており、俺は警戒を解かなかった。
「翔太君。わたし、思ったんだけどね」
  体全体を震わせる程に冷たい声で梓は言った。
「翔太君が生きている限り、あの泥棒猫のようなメス猫がたくさん寄ってくるんだと思うの。
  だから、わたしがこの手で翔太君を殺してあげるから、一緒に行こうよ」
「待て梓っ!!」
  いきなり、鋸で素早く一線する梓の一撃を躱し、俺は間合いから離れた。その瞳は薄黒く濁っていた。
  心が壊れてしまった梓の瞳には俺はもう映っていない。あるのは本能に従って、俺を殺して、
  梓だけの水野翔太にするためだ。
「どうして、避けるの? 私の事を愛しているって言ったのに」
  甘えた口調で舌足らずの声で梓は鋸を構えた。相手の有利は揺るがない。
  武器も何にも持っていない俺が異常に強くなった梓に立ち向かうことはできない。
  と、梓は考えているだろう。
  甘い。
  ダテに俺が学校の問題児として扱われてはいない。何かをしようとすれば、
  危険な不良とも絡まれて喧嘩しなくちゃいけない。そのために俺は相手の予想もしない
  一打を用意している。

「今度は避けないでよっっ!!」
  さっきと比べものにならない、斬撃が神速のように襲いかかる。
  本来なら避けきれなかった一撃は金属音と共にあっさりと防がれた。
  背中から取り出した、鉄バットが夜の月の明かりと共に映し出されていた。
「鉄バットーー!?」
「カモン」

 梓の一撃を受けとめたのは、俺が愛用している鉄バットである。喧嘩が始まった途端に
  背中から隠してある鉄バットを取り出し、相手のどタマを叩き落とす。
  相手は俺を丸腰だと思って絡んでくるので油断してくれるのだ。
  他校の生徒ならすでに俺が鉄バットを使うことは必然的な事実として流れているが、
  喧嘩しているところを一度も目撃していない幼なじみの梓が知るはずもない。
「いい加減に目を覚ましなさいっっ!!」
  鉄バットの一撃が鋸を受け切れずに弾かれて放物線を描くように落ちて行く。
  元凶である鋸さえ梓の手から離れれば、正気に戻ってくれるはず。
「梓」
「翔太君。わたし、わたし、」
  梓が戸惑うようにオロオロしていた。先程の壊れた少女の面影はなく、
  俺の知っているいつもの風椿梓であった。

「もう、終わったんだよ」
  泣き崩れそうな梓をしっかりと抱き締めて、優しく頭をグシャグシャと撫でてやった。

 老婆が好む惨劇は惨劇の駒になる梓が正気に戻ったことで回避される。
  俺が自分の気持ちに正直になることでこれ以上の修羅場は起きるはずもない。
  今度は何があっても、他の女に心を揺らぐことはあるまい。ただ、梓が好きだという気持ちを
  いつまでも大切に想っていれば、惨劇など起きないのだ。
  過去・現在・未来を通して、惨劇は様々な可能性があり、未来は鮮血ENDに辿り着くために
  人生を生きていた。
  だが、これからは違う。
  惨劇は回避され、未だかつて体験したことがない未来へと俺は梓と共に歩んでゆく。

「さあ、帰ろうか」
「うん」

 二人は手を握って、どこまでもどこまでも進んで行く。

 

 後日談
「は〜い翔太君。あ〜ん」
「あ〜ん」
  学校の昼休みの教室でクラスメイトの男子から冷たい視線を浴びながら、
  俺は梓が作った手作りお弁当をご馳走になっていた。梓は常に笑顔を絶やさずに箸におかずを摘む。
「本当にあんたたちのバカップルには呆れるわ」
「だって、私たちはラブラブな恋人同士だもん。お弁当を食べさせるのは女の子の必須でしょう。
  まあ、翔太君は夜の営みを頑張ってもらうけど」
  志織がからかうように言うが、梓は動じない。更に教室の温度が一度下がるぐらい
  冷たくなる一言で撃退しようとしている。
  これも梓と恋人同士になる前と変わらない日常である。

「ふふっ。昨日は激しかったよね」
  この一言が決定打になった。
  クラスメイトの男子たちがゾンビのように這いずりながら、俺の机の方に向かってこようとする。
  前は梓の手作りお弁当攻撃のおかげで逃れることができない。
  嫉妬の炎に燃やした男たちの餌食になりたくはない。
  さて、どうする?

 考えている最中に教室の扉が勢い良く開いた。
  見覚えがある人物が男子の背中を踏み潰してこちらにやってくる。
  男子生徒たちは快楽に満ちた表情を浮かべているが気にはしない。
「先輩。先輩。わたしはよく考えたんですけど、あの女の交際は先輩を限りなく不幸にするので
  さっさと別れて、わたしとまた付き合いましょう。その方が私たちのためです」
  別れたはずの猫乃が俺達の愛の巣に入り込み、梓に向かって宣戦布告を言い放つ。
「猫崎さん。あなたねぇっ!!」

「こんなクソ不味いお弁当よりも私の愛情を篭もったお弁当を食べてくださいっ!!」
「ムッ。わたしのお弁当だって、愛液こもってるもん」
  二人は鋸と政宗を取り出し、必死に決戦を行なっている。
  周囲のクラスメイトたちもお弁当を食べながら面白おかしくヤジを飛ばしながら観戦していた。
  山田はどっちが勝つか賭けようぜとテンションを上げて、黒板の前ではしゃいでいる。
  すでにこの二人の争いも日常的な光景となりつつある。
  さすがに最初の争いに刃物を取り出した時は皆ビビってしまっているが、
  毎日同じことを繰り返しているとさすがに耐性できてしまったようだ。

 二人の熱戦を見て、しみじみと思う。

 どっちもオッズ高いよな……。

 激しい争いの余熱も終わらないまま、昼休みのお弁当あ−んタイムは終了し、
  俺は梓に放課後屋上へ上がるように言われていたので、長々と階段を上っていた。
  この階段を上っているとこの数週間に起きた出来事が走馬灯のように思い出される。
  梓が他の男とキスしていたと誤解したり、放課後のラブレターが入っていて、
  指定した時間通りに行くと猫乃から告白を受けたりと。

 それが原因で梓は修羅場や惨劇好きな老婆に鋸を強制的に手渡されて、心が狂ってしまったり。
  本当にいろんな事があった。
  屋上の扉を開けると、柔らかな風を受けて、長い清らかな黒髪が揺れている梓が静かに待っていた。
  俺の姿を見付けると、嬉しそうにこっちに向ってくる。

「翔太君」
「こんなところに呼び出してなんだ?」
「私が狂っていた時に翔太君は私の事を愛しているって言ってくれたよね。
  あの言葉のおかげで私は正気に戻ることができたの」
「その事なら、もうとっくの昔にカタがついただろう」
「ううん。あの時の返事をまだ私はしてないから」

 すでに恋人同士であると俺は思っていたが、よくよく思い返してみるとまともに向き合って
  交際を申し込んだわけでもなかった。
  梓に向かって、愛していると叫んだのはあの時だけ。それから、惰性のまま
  元の幼なじみの日々を過ごしていたように思う。

「本当の事を白状すると、私はとても嫉妬深いの。
  翔太君が他の女の子が楽しそうに話しているだけで胸が苦しくなるんだよ。
  想いを伝えていない私が勝手に嫉妬しているだけなのに、悲しくて泣きそうになった」

 梓が嫉妬深いのは長い付き合いの俺が良く知っている。その限度は今回の出来事で再認識した。
  俺には梓が。梓には俺がいないとダメだってことが。

「だから、猫崎さんと翔太君と付き合っていると知った時。本当にわたしの世界が
  音を立てて崩れてしまいそうだった。毎日、布団の中で泣いて、あなただけの事を想っていた。
  もう、あんな想いはしたくないから。

 私こと、風椿梓は翔太君の事をずっとずっと好きでした。愛してます。
  だから、私と付き合ってください」

 顔を首から真っ赤にして、梓は真摯な想いを解き放つ。
  その想いは俺の胸の奥深くに突き刺さっていた。

「俺も梓の事を愛している。だから、正式に交際を申し込みます」
「はい、申し込まれます。ただし、一つだけ条件があります」
「条件?」
  柔らかな風が吹いた。梓は頬を染めて笑顔を言った。

「私以外の女の子にあんまり優しくしないでね」

「あ、ああ。わかった」
「じゃあ、帰りましょう」

 梓は俺の腕を強引に組んで、必要以上にくっついた。柔らかな体温の感触に感動しながら、
  俺達は思い出の屋上を後にした。

 想いの果ては一体どこにあるかわからない。
  ただ、この温もりがある限り人は互いを信じて支え合ってゆく。
  臆病な俺達に宿る絆の証は過去から未来へと続く平凡な日常。
  傍にいるのは、永遠に大切な人。
  この想いは悠久なる時を越え、煌めく空に刻まれる。

 

 

 煌めく空、想いの果て 水野翔太END

 END 変わる日常

2006/06/24 RouteC 完結

 

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