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煌く空、想いの果て



序章

 何もする事がない放課後は本当に暇で、友達は部活や用事とかで掴まることはなく、
  ただ一人で退屈を持て余していた。だったら、学校で特に訪れることがない場所に趣き、
  くだらない時間を消化でもしようかと思った。

 図書室などといった、優等生しか利用しない施設に行き、
  豪快に居眠りをしていると司書の方に怒鳴られ、以後立入禁止というレッドカ−ドを喰らったり、
  放送室を無断に占拠して、カラオケ大会を始めたりすると間違えて校外のスピ−カにスイッチが入り、

 華麗な音楽が世間の皆様にご披露したりなど、
  平凡の日々を送っている俺には今の状況は少し刺激が足りないような気もする。
  が、学校中の先生たちから要チェックされているため、

 今はどの教室の鍵を借りようとしても、職員室に入るとすぐに
  パワフルな体育教師や生活指導の教師が駆け寄ってくる。
  そういうわけで、校内にいても、何もすることができないのであった。

 不名誉な事に不良のレッテルを張られている。
  俺は傷ついた心を癒すため風に当たろうと思い、屋上を目指していた。
  わざわざ、階段を登ってもアトラクションも何もなく周囲の景色を見渡せるだけの
  退屈な場所は本来なら学校を卒業するまで来ることはないだろう。 
  屋上に辿り着くと、なんと先客が二人いた。
 

 そのうちの一人は見知った、幼なじみの顔があった。
  しかも、この角度から見える限りではその、キ、キ、キスをしているように見える。

 幼なじみである、風椿梓(かぜつばき あずさ)

 長い黒色の髪を黄色のリボンで纏めて、この上なく整った顔立ち。
  麗しいつぼらな瞳は男の保護欲を注ぐ。性格は誰にも優しい穏やかな性格であり、

 この学校の多くの男子生徒が憧れて、告白する人間が絶えないという噂を聞く。
  しかも、その生徒たちは誰もが撃沈されている。

 そんな女の子と知り合いであり、幼なじみでもあるのは、
  単に家が近所同士であり、小学生の頃から一緒に遊んだりとケンカしたりなどと
  よくあるエロゲーの設定のような少年少女時代を過ごしてきた。
 
  今も仲良く登下校や遊びに行ったりする仲であった……。
  それはもう過去形になったと言うべきだろうか?
  梓は名前も知らない男子生徒とキスをしている。
  キスをしているってことは、あれが梓の好きな人。つまり、梓の彼氏ってことだ。

 今、ここで勇気を持って告白しよう。
  実は、俺こと水野翔太は梓の事が好きだ。

 幼なじみという身近な関係だからとかじゃなくて、純粋に梓に惚れていた。
  それは、一緒にいる時間も多かったせいもあるが、

 梓といると一緒にいると楽しかった。
  少なくても、孤独という時間を味わうことはなかったんだよ。
  寂しくもなかったし、一緒に笑い合えたり、俺が心を許せる唯一の人物だった。

 でも、今日で俺の恋は終わりは告げている。
  二人の姿をこれ以上見たくなかったので、

 さっさと後ろを振り向いて、慌てて登ってきた階段を同じように降りた。
  瞳から頬を伝って冷たい雫が流れていた。
  それは、俺の涙であった。そう、知らない間に泣いているのだ。
  本当に、失ってわかる大切な人に好きだと言えなかった俺が俺自身を責めていた。
  だが、もう遅い。

 大切な人は他の男に奪われてしまった。戻ってくることはない。

 だから……

 さよなら、梓。

 

 俺が大切な幼なじみと決別を決めた日。
  それが惨劇の序章になるとはこの時、まだ気付いていなかった

第1話 『運命の黒い糸』

 何もする気がおきない。
  あれから、ずっと泣き寝入りを続けて、夜もロクに眠れなかったからだ。
  告白する前にフラれるという、失態を犯した俺は本当に道化師のようである。

 未練がましく、思い出のアルバムを開けて、ありし日々の俺と梓が映っている写真を見ていた。
  二人とも楽しそうに笑っていた。今、思うとこの時が一番楽しかったかもしれない。
  でも、現実は残酷すぎて、梓は他の男のモノになってしまった。
  その事については、梓が選んだ男性なので俺がとやかく言う必要がないのはわかっている。

 だが、感情はそう簡単に納得できるものではない。
  まして、ずっと一緒にいた幼なじみに彼氏が出来たという報告はあってもおかしくはないだろうか?
  そんな風にマイナス思考に陥っては、落ち込んだり沈んだりを繰り返してると

 すでに学校の登校時間である。
  本来なら、幼なじみの梓が家に迎えにやってくる。
  いい加減にやめろと言っているのに、梓は全然言うことも聞かずに懲りることなく迎えにやってくるのだ。
 
  これが日常茶飯事であった。
  もう、梓はもう迎えに来ることはないんだろうな。
  と、過去を懐かしく思っていた時であった。
 
  インタ−ホンの音が壁の向こうから聞こえてきた。
  窓を勢い良く開くとそこにはいつもの日常のように梓が手を振ってニコニコと笑っていた。
 
 
 
  あれ?
 
  どうして?

 梓が俺を迎えに来るんだ?

 すでに恋人がいるはずの梓が俺を迎えに来る必要性はない。
  どちらかというと、交際している彼氏を迎えに行くのが恋愛の王道ではないんだろうか? 
  未だに幼なじみの枠にはまっているようなら、俺ははっきりと言わなくては。

 もう、俺を迎えに来なくていいぞって。

 そうしないと交際している彼氏に誤解を受けて、
  梓と彼氏の関係が俺のせいで亀裂が走るのは良くないことだ。

 両親が海外で仕事をしているために年中一人暮らししている俺は梓に今まで家事や食事など、
  身の回りの事を依存してきたが。これも終わりにしなくてはいけない。
 
  幼なじみの関係にピリオドを打つ。
  それが梓のためでもある。

「翔太君。おはよう!!」
  元気のいい声で朝日の遮光よりも眩しい笑顔で梓は言った。
「もうすぐ、学校だよ。早く支度済ませておかないと遅れるよ?」
「いいよ。もう、いちいち送り迎えとかしなくていいよ」
「えっ?」
  笑顔のまま固まった梓は硬直していた。
「後、もう家事とか食事を作りにこなくていい。正直、欝陶しいんだよ」
「え、え、翔太くん……?」
  その言葉に反応して、笑顔が崩れていき、今にも泣きそうな表情を梓が浮かべる。

 最初からわかっていたさ。
  梓に彼氏が出来たとしても、優しい性格をしているお前はいつもと変わらずに
  俺に接してくるだろう。恋人でもない俺に優しくしてどうする? 

 あれことおせっかいを焼かないといけないのはお前が愛する男だろうが?
  だから、ここではっきりと幼なじみと決別しなくちゃいけないんだ。
  例え、梓を傷つける言葉を俺が言っても心配ない。彼氏に慰めてもらえばいいことなんだから。

 胸に突き刺さる鋭い痛みを無視して、俺は徹底的に言葉を突き付ける。

「もう、俺に構わないでくれ!!」
  梓の反応を見せずに、俺は逃げるように後ろを振り返って、乱暴にドアを閉めた。

「待ってよ翔太君!! どういうことなの!! ねえってば!!」
  取り乱す梓の憔悴した声が聞こえても、俺はただ耳に手を押さえて、聞こえないフリをするしかなかった。

 俺が梓を避け続けてから、もう一週間になる。
  あれほど仲が良かった二人の態度を見て、
  クラスメイトたちはあれこれと噂が流れているようだが、あえて気にしなかった。
  いや、気にしていても、翔太が梓を苛めたとか、梓以外の女に乗り換えたとか信憑性のない噂ばかりだし。

 その時期からだろうか、梓をチラチラと様子を見ていると何故か元気がなかった。
  どこか落ち込んでいるように見えるが、あの彼氏と上手く行ってないんだろうか?
「よう。水野」
「なんだよ、山田」
  いきなり、乱暴に声をかけてきたのは悪友の山田。名前はどういう名前か忘れたがあえて気にしない。

「お前と風椿さん。一体、何があったんだ? クラスであれこれと噂になってんぞ。
  あれほどべったりな新婚さんだったのに。何があったんだってな」
「別に何もないよ」
「それにここ一週間でお前の機嫌が死ぬほど悪そうだしな」
  うっ。さすがは長年付き合いしている悪友。見抜いてやがる。
「よしゃあ。だったら、放課後は俺と付き合え。てめえが欝憤しているモノを聞き出してやるよ!」
「へいへい。山田の奢り決定な」

 すんなりと俺は返事した。
  それから、山田が連れて行った先はカラオケ店。
  真っ先にオ−ダーしたのはアルコ−ル類であった。
  何か親戚の兄ちゃんが働いているらしく、すでに手筈は整っていること。

「とりあえず、飲め。そして、お前の欝憤を吐き出すんだ水野!!」
  匂いを嗅ぐ時点ですでに出来上がっている山田は容赦なく俺と梓の事に聞き出そうとしている。
  心配してくれる友達には隠すことでもないし、ここは正直に言ってしまおう。
「実は……」
「なんだってーーー!!」

 山田にあらゆることを告白した。
  梓が他の男をキスしている所を目撃したこと。
  恐らく、交際している彼氏なわけだが、幼なじみの俺に何も言ってくれなかったこと。 

 彼氏がいるのに朝から迎えにやってきたこと。
  いつまでも、幼なじみの関係じゃいられないと思って、梓に突き放すような態度をしていたことなど。
  今まで他人に言えなかったことを俺はお酒の力を借りて、
  なんでもかんでも喋っていた。
  山田はうんうんと頷きながら、わかるわかると言いながら、コップにお酒を注いでいてくれた。
  その後、お酒を飲みまくった泥酔状態になりがらも、
  男二人で閉店までラブソングを歌いまくるという狂乱のひとときが過ごされた。

 そして、深夜。
  親戚の兄ちゃんらしき人物に肩を貸してもらいながら、山田は俺に向かって叫ぶ。
「水野! 適当に……適当に生きるなぁぁぁぁぁ!!」
  それは某エロゲ台詞だが、山田はそれでも叫び続けていた。
  ありがとうよ。

 ちゃんとお前の魂の叫びは届いてるよ……。
  ようやく、俺は一つの失恋を乗り越える勇気を持てたような気がする。

 深夜。
  自宅に帰宅してみるとテーブルの上には料理とメモが置かれていた。
  俺の家の合鍵を持っているのは梓だけ。
 
  普段から家事や食事をするためにやってくるので、その合鍵を使って、忍び込んで作ったんだろう。
  だから、俺は作ってくれた料理は手を付けずに流し台に放りこんで、水道水で流す。
 
  メモは読まずに破り捨ててゴミ箱へと捨てた。
  梓の誠意を無駄にする行為だが、もう受け取ったら駄目なんだ。
  そう、俺は自分を納得させて、さっさと寝ることにした。

 更にそれから一週間後。
  俺は梓と視線を合わせることなく、ずっと無視を繰り返していた。
  携帯に送られてくる数十件のメ−ルが送られてきたので、メルアド変更
  後、着信拒否に設定を変える。朝早く迎えに来るので、それよりも朝早く起きて、
  さっさと学校に登校。昼休みも一緒に食べようと誘ってくるので、速攻に教室を出ることにする。
  思っている以上に梓は幼なじみとして行動をとるので、その度に俺はヒヤヒヤとしていた。
  噂の彼氏に誤解されるってことは必然的に俺が原因で別れることになってしまえば、
  それはそれで俺の目覚めが悪くなる話だ……。
  でも、彼氏と上手くいっていないのか、梓の顔から笑顔が消えている。
  あんなに明るかった梓が常に落ち込んでいた。
  助けてやりたいが、今の俺が手を差し出すことはできないのだ

 そんな、ある日。
  下駄箱に可愛らしいピンク色の封筒が入っていた。
  中身を開けると、女の子らしい筆跡でこう書かれていた。

 愛しい愛しい水野先輩へ

 私と先輩はきっと運命の黒い糸で結ばれています。
  もし、宜しければ。
  今日の放課後、屋上に来てください。待ってます。

                  猫崎猫乃

 

 

 と、何か痛い内容のラブレターだが……。
  長い人生で初めて、俺はラブレタ−という物をもらってしまったらしい。
  頬がいろんな意味でにやけている。
  失恋を癒すためには、新しい恋ってことか。
  俺は喜び足で急いで屋上へ駈け上がった。

 

 ここは梓とその彼氏がキスしていた嫌な思い出がある場所だ。
  だが、夕日の陽をバックにした少女の姿を見かけるとその事自体がどうでもよくなってきた。

「初めまして。水野先輩。あのラブレターの方は読んでいただけたでしょうか?」
「ああ。読んだよ。運命の黒い糸ってなんだよ」
「それは先輩と私が結ばれる運命を指しているんですよ。
  糸が黒いのは別にわたしが腹黒いとかそういうわけじゃないんです」
  猫乃は優しく微笑した。単にあちらの興味を持たせるためにジョークってことか。
  それにこのような文章を書かれるとどうしても気になって、屋上まで来てしまうだろう。
「わたし、入学してからずっと水野先輩に憧れていました。
  校内では知らない程の問題児で、唯我独尊の道を行く先輩の心強さに惚れてしまいました」

 そりゃ、この学校でいろんなことをやりまくっていたから。
  後輩にそういう目で見られるのは仕方ないことだけど。

「好きです。わたしと付き合ってくださいっっ!!」

 猫乃は首から上まで真っ赤に染まっていた。体全身が緊張してあちこちと硬直させている。
  今日初めて会った後輩が俺の事が好きだと告白してくれた。
  脳裏によぎる幼なじみの梓の姿。
  だが、梓はもう他の男と付き合っているんだ。
  だったら、俺が他の女の子と付き合っても別にいいだろう。

 俺だってすでに終わってしまった恋にしがみ付いてる訳にはいかない。
  新しい恋に向かって走らないと行かないんだ。
  俺たちが乗った列車は途中下車できないんだ!

「付き合ってもいいよ。でも。まだ、猫崎の事はよく知らないし、最初は友達からってのはダメかな?」
「ううん。それだけでも私は大感激ですよ!! もう、一生ついていきます。先輩!!」

 胸に鋭い痛みを突き刺さるが、あえて俺はできるだけ気にしないようにしていた。

第2話 『戻らない刻』

 最近、翔太君は私を避けている。

 そう、二週間前のあの日からずっと避け続けている。
  わたしこと、風椿梓は翔太君が何で私を避けている理由を常に考えていた。

 それは世界に問い掛けた難題よりも難しく、どんな解答を出しても正解を得ることができない。
  よって、私は昼休み中にその、お、男心とか知るために友人たちに相談に乗ってもらっていた。 
  ずばり、仲良くしていた幼なじみが私を避ける訳を。

「普通に水野君が彼女が出来たからじゃないの? 
  梓みたいにいつもベタベタしていたら、その彼女が嫉妬して別れる原因になるからでしょう」
「し、お、り……!!」

 私は怒気を篭もらせた声で友人である志織に睨みをきかせていた。
  あの翔太君に彼女?
  本当に笑えない冗談だよ。
  もし、恋人とか作ったら、私はショック死するか、今ここで教室の窓から飛び降りるしかない。
  それに、翔太君はいつも私の事を想っていてくれている。
  それがわかるから、私は彼の傍にいたいと思うのに。

「はいはい。どうどう。梓、ちゃんと落ち着きなさいよ。どれもこれも推測ばかりなんだから」
「うみゅ〜。だって、だって、だって、翔太君に彼女が出来るわけないよ」
「そりゃ、あんたがぎっちしとガードを固めているからね。他の女の子が寄ってくるはずないじゃん」
「うん。泥棒猫の家をレクイエムで蒸発させているよ?」
「いきなり、地上から蒸発させなくても・・・」

 そう、学校内、家に他の女の子が寄り付けないように私は厳重に翔太君の隣にいる。
  翔太君に想いを寄せる女の子が勘違いしてくれるように、常に彼女に見えるような位置付けにいるのだ。
「でも、水野のバカが梓を避ける理由は具体的に私にもわからないよ。
  二週間前は教室内で恋人同士のようにお弁当を広げて、あ〜んって食べさせている程に
  バカップルぶりだったのに」
「翔太君は優しいからね。た、た、た、例え、彼女が出来たとしても、幼なじみの私にはちゃんと
  言ってくれるはずだよ」

 翔太君に彼女がいると考えただけで胸のモヤモヤは鋭く突き刺す痛みへと変わる。
  でも、志織は真剣に私の相談に乗ってくれていることに感謝しながら、
  お家から作ってきたお弁当に箸を進める。

「逆の発想で考えると、梓が何か悪い事をしたとか?」
「私のせいで、翔太君の機嫌を損ねたことか……。う〜ん。それは」

 この二週間を思い出してみた。
  俺に構わないでくれと宣言された日から、

 私は本当に必死になっていた。

 翔太君に嫌われるってことは私の存在意義を否定されるのに等しい。
  あらゆる手段で翔太君にコンタクトを取ろうとした。

 朝早くから迎えに行ったり、休み時間になる度に翔太君の後を追い掛けると、
  男子トイレへ速攻に逃げられた。
  昼休みの時間に毎日、翔太君のために作ってきたお弁当を手に一緒に食べようよ作戦で攻撃を仕掛けるが、
  翔太君はダッシュで教室から離脱していた。

 放課後も一緒に帰ろうと誘おうとするが、翔太君の足は速くて、女の子の私には追い付けることも
  できなかった。夕食を作りに翔太君のお家に行っても、鍵はかけられている。
  しかも、居留守を使っているのが丸分かりだけど、翔太君は出てこようとはしなかった。
  本当に酷いよ。翔太君。

「わからないよ。そんなの」

 わかったら、どんなことをしてでも謝りたいと思う。
  頭を下げるだけで元通りの関係に戻れるなら、何でもしてあげたい気分になる。

「でもさ……。梓はモテるじゃん。容姿もいいし、性格は穏やかで癒されるし。
  多くの男子生徒から告白されているじゃないか。
  それで、水野がたまたま告白していた男子生徒と梓の関係を誤解していたらどうなる?」
「それこそ本当にありえない。ううん、絶対にありえない」

 本当に告白してくる男子生徒には迷惑している。
  私には翔太君という将来を決めた相手がいる。
  そのために人生を全身全霊で生きているというのに、他の男の相手をしている時間は私にはないのだ。

「だって、私は翔太君一筋だもん」
「おお。そりゃ、大きく出たね」

 その言葉に私の顔が赤く染まっているのが自分でもわかっていた。
  本当に好きな人の事を語るだけで胸の鼓動が激しく揺れる。
  それが何よりも嬉しい。これが水野翔太に恋をしているということなのだから。

 その後も、志織との恋愛相談に心強く悩みを相談を続けた。
  おかげで私の気力は回復して、今日も頑張って翔太君にアタックできそうである。

 そして、放課後。
  私は今日こそ獲物を狩る恋の狩人になってみせよう。
  だが、ロングホ−ムル−ムの終了直後に勢い良くドアは開かれた。
  そこから現われたのは小柄で細身、猫を思わせるような独特な髪。
  屈託のない明るい笑顔は周囲の人間を虜にしそうな少女だ。

「水野先輩。一緒に帰りましょうよ!!」
  その少女は手を振りながら、翔太君に視線を向けていた。
  このクラスが空気がとてつもなく凍っているのに気付いていないのはあの少女だけだ。

「どうしたんです。せっかく、可愛い彼女が迎えにやってきたんですよ。いろんな場所に寄って、
  一杯遊びましょうよっ!!」
「あ、あ、あ……そうだな」
  クラスメイトの冷たい視線を浴びながら、翔太君は
  居心地が悪いのか逃げるように駆け足で教室を去って、あの少女と肩を並べて歩いて行く。

「おいおい、どういうことなんだ」
「水野君、風椿さんと別れたの!?」
「これはスクープだぞ!!」
  と、クラスメイトのぼそぼそした呟きは私には頭が入らなかった。
  ただ、目の前の光景が嘘のように思えていた。
  いや、何も考えたくなかった。
  すっかりと思考停止していた。

「水野の奴。ついにやりやがったな!! それでいい。これからも適当に生きるなよ!!」
  と、クラスメイトの翔太君の友人である山田って人が自分事かのように喜んでいるのは私には
  印象深く残っていた。
「大丈夫、梓?」
「えっ……?」

 志織が優しく私の頭の上にぽんと優しく手を置いて撫でた。
  そう、これまでぐらいに頭を撫でてくれた。
  他の女の子たちも心配そうに集まって来てくれている。
  私は優しくしてもらった事でようやく糸が切れた。
  頬を伝わって零れていく大きな涙を流して、私は声を殺して泣いてくれた。
  志織が優しく抱き締めてくれると、私は素直にそのまま泣き崩れてしまった。

 わかってしまったんだ。
  私はどれだけ水野翔太を愛しているってことを。
  どんなに愛しても、想いは届いてくれなかった。

 その事に気付かないフリをして、無意味に翔太君を追い回していた。
  彼の気持ちを考えていなかったかもしれない。
  いや、私の想いそのものが彼にとって迷惑なものかもしれない。
  今までの積み重ねていた幼なじみの関係が崩れて行くのが私は恐かったんだ。
  何よりも恐かったのは、私を見捨てて、他の女の子と幸せになることだ。
  それが今、現実のモノになってしまった。

 これは悪夢だよね?
  朝、目覚めると翔太君はいつもと変わらずに私に優しく接してくれて、
  昼休みには私の愛情のこもったお弁当を二人で食べたりして。放課後は一緒に手を繋いで……。
  そんな日常が今まで続くはずだった。
  これからも。

 どうして、こんなことに。
  なってしまったの?
  問い掛ける世界は誰も答えることはない。
  どんな解答を出しても、正解はないのだから

 私はクラスメイトや友達に励まされながら
  傷心した状態で鈍い足取りで家に帰宅しようとしたが、無意識に翔太君の家に辿り着いていた。
  帰巣本能があるのかわからないけど、私の帰るべき居場所はあの家なんだとつくづく思い知らされた。

 翔太君の恋人になれなくてもいい、ただ一緒にいないと私は生きてはいけない。
  一人でなんか生きてはいけないよ。
  でも、拒まれることが恐くて私はあの場所に踏み入れることができなかった。

 時間だけが流れて行く。
  すでに陽が落ちてしまって、周囲はもう真っ暗だった。
  どれだけ立ち尽くしていても、疲れることはなかったけど。
  ふと、水野家の玄関が開かれる。
  私は急いで電柱に姿を隠すようにしゃがみ込み、水野家を睨むように見ていた。
  そこから出てきたのは、あの憎き少女であった。

「私の愛が篭もった手料理は味わって食べてくださいね。
  もう、先輩たら。最初に一人暮らしって言ってくれたら、毎日でも泊まっていったのに」
「いや、泊りはさすがにヤバイだろ」
「冗談ですよ。でも、長い休みとかは同棲生活をたっぷりと楽しみましょうね」
「ああ。そうだな」
  恋人同士のイチャイチャな会話が聞こえてくる。さ
  さすがにこの会話で二人がどれだけ親密になっているのかわかる。
「本当に家まで送っていかなくていいのか。猫乃?」
「大丈夫です。先輩はゆっくりしてください。今日はもう寝た方がいいですよ」
  二人の会話に胸のモヤモヤは最高潮を迎えている。私は抑えきれない想いを抑えるために必死であった。
「先輩。さよならする前にお休みなさいのキッスは?」
「やるのか?」
「やらなきゃ、嫌です」
  や、やめてよ。
  もう、お願いだから。
  わ、わたしの翔太君はこれ以上取らないでよ!!

 私は見た。
  翔太君と猫乃と呼ばれた少女の唇と唇が重なっている。離されるとべったりと唾液と唾液が
  くっついている。
「じ、じ、じ、じゃあ。お休みなさい先輩」
「ああ。気を付けてな!!」

 

 う、う、う、嘘だっ!!
  こんなのって、非道いよ。翔太君!! 翔太君!!
  私はあの女、猫乃を去った道を眺めて人を殺せる程の憎悪を向けていた。
  これほど、人は誰かを憎むことができるのかと恐怖には思わなかった。
  むしろ、この憎悪で殺せるなら、今すぐ殺してあげたかった。

 翔太君が悪いんだから。
  私を、こんな風にした翔太君が悪いんだもん。

 風椿梓は全力で翔太君を惑わす、あの泥棒猫から奪って見せます。
  それが私たちにとって、何より幸せなんだから。

第3話 『壊れる心』

 猫崎猫乃の交際を始めてからすでに一週間も経っていた。
  恋人というよりは仲のいい友達同士って感じだが、徐々にお互いの距離は縮まっているように思える。
  昨日は、俺が一人暮らしと聞いて、猫乃は「じゃあ、わたしが夕食作ります。一緒に食べましょうね」
  と言って、
  見事な料理がテーブル上に並んだ。あの梓とは劣るとも勝らない料理は全て俺の腹の中に収まった。
  今日は、朝から迎えに行くと断言していた猫乃がやってくる。
  それまでにちゃんと歯を磨いて、朝ご飯を食べなきゃ。
  学校の制服を身に纏い、鞄に教科書の代わりに暇つぶしの漫画を押し込んでいるとインターホンが
  鳴り響く
  案外、早い時間だな。
  俺は急いで玄関に向かって、ドアを開けると驚愕した。
  そこにいたのは、幼なじみの梓がニコニコと笑顔で立っているのだから。
「おはよう。翔太君」
「お、おはよう」
  さすがにこの事態は予測不可能であった。梓が家に迎えに来るのは日常茶飯事だったが、
  俺が断固に梓を拒否し続けたおかげで、ここ最近来ることはなかった。
「どうしたの、翔太君。さっきから、おかしいよ」

 おかしいのはおまえだっての。

 脳裏に恋人である猫乃の姿が浮かんだ。迎えにやってくるという、
  猫乃と梓が鉢合わせするという最悪の悲劇を防げるかどうかが俺の生命線を握っているだろう。

 1・梓と猫乃の運命の鉢合わせ。誤解した猫乃は泣きながら、俺をフッてしまう。
    現実的にありえるってか、何もしなければ最悪の修羅場を迎えるパターン。
    あれ? これは確か梓の彼氏が誤解する時の状況と物凄く似ている感じが。

 2・ここはなにがなんでも梓にお帰りいただいてもらう。
    直情で思い込みが激しく頑固である梓を説得させる材料がない。
    俺を迎えに来るのが最優先のため、何が何でもやり抜くことだろう。

 3・猫乃の携帯に電話して、今日の送り迎えはやめてもらう。
    付き合っている彼氏がいきなり、今日は送り迎えはいいわ。
   と、言ったら、フツ−に彼女は傷つくぞ。理由は特にないわけだし。
   あう−。どうすれば。
 
4・正直に梓に事情を説明して、俺と猫乃の恋の行く末を応援してもらう。
    昨日のホームルーム後に咄嗟に現われた猫乃のおかげで、
   クラスの空気が10ぐらい下がった気もしなくはないが。そのおかげでさすがに鈍い人間でも、
  猫乃と俺が付き合っているのが梓にもわかっているはずだ。優しいから、丁寧に説明したらきっと……。

「梓。お願いだから、俺の話をよく聞いてくれ」
「うん? 何かな?」
「俺はあの昨日のホームルームに現われた女の子と交際している。
  そう、今から一週間前ぐらいにな。その子が迎えにやってくるんだよ。
  もし、お前と鉢合わせしてしまうとその子が誤解するかもしれないだろ?」
「だから、何かな?」
  いや、お前。その辺はいろいろ気を遣う場面じゃないかな。
「今すぐ帰ってくれないか?」
「嫌だと言ったら?」
  梓が優しく微笑して言う。
  俺の頼みを最初から聞く気はないらしい。
  更に、俺が梓を強制的に追い出そうともしないことも計算済みであるようだ。
  そんなやり取りを繰り返しているうちに、最悪はやってきた。

「先輩。おはようございま、す?」
  滑らかな可愛らしい声と共に現われたのは、恋人の猫乃である。
  戸惑いながらも、視線は真っすぐに俺の方を向いていた。
「先輩。この人誰なんですか?」
「あ、あ、」
  想像していた最悪な場面に俺は声を出すことができない。
  幼なじみの梓と恋人の猫乃が遭遇するという絶対的な状況に追い込まれて、普段なら冷静に
  立ち回ることができるのに。
  今はオロオロと二人のご機嫌をうかがうのが精一杯であった。

「私は翔太君の幼なじみの風椿梓って言います。あなたは?」
  この冷たい声を聞いただけで、男の諸君は誰もが背筋に悪寒を走らせるだろう。
  女の殺気は声だけで男を脅かせることができる。野蛮な男の暴力よりも数十倍の効果があり、
  その威力は絶大だ。
  そのような殺気を向けられても、猫乃は表面上では笑顔を絶やせない。

「そうですか。先輩の幼なじみさんですか。私は水野先輩の恋人の猫崎猫乃と言います。
  よろしくお願いしますね」

 と、猫乃は梓に握手を求めるかのように手を差し出してきた。
  梓と猫乃の両者は笑顔だけど、目が全く笑っていないまま、がっちしと握手を交わした。
  余計に力が入っているように思うけど。
  たぶん、気のせいだ。うんうん。

「じゃあ、さっさと行きましょうよ。先輩。遅れちゃうよ」
「ああ、そうだな」
  表面上の社交辞令が終わって、梓の存在を無視してせがむように猫乃は俺の腕を引っ張っている。
  まだ、学校の仕度ができてないんだが……。
 
  あっ。
  梓がジト目でこちらを睨んでいる。嫉妬する女の子は可愛いんだけど、それは梓の彼氏に
  みせてあげてくれ。
  って、なんで、梓は俺に嫉妬してるんだ?
  そんな事を思いながら、俺の部屋に鞄を取りに戻ってきた時には、すでに梓の姿は消え去っていた。

 昼休み。
  猫乃が作っていたお弁当をごちそうになるために待ち合わせしていた屋上の階段を登っていた。
  相変わらず、この階段を登ると梓と彼氏がキスをしていた嫌な記憶が脳裏に蘇るが、
  その痛みはどんどん小さく鈍い痛みと変わりつつある。
  心地良い風が吹き、猫乃は長い猫のような髪型がゆらゆらと揺れているのが見えた。
「よぉ。待ったか」
「ううん。今、来たとこですから」
  嬉しそうな笑顔を浮かべる度に俺はこそばゆい気持ちになってゆく。
  彼氏彼女の関係になるのはこれほど心が癒される物とは、猫乃と付き合うまでは何にも知らなかった。
  少なくても、梓に彼氏ができたと知ってからは情緒不安定になっていた分、今はとても幸せのような
  気がします。
  作ってくれたお弁当を受け取ると、無我夢中に食べる。その姿をずっと見つめている猫乃。
  他人が彼氏が自分の作ったお弁当を食べてくれるのは純粋に喜ばしいことだ。頬を赤くして、猫乃が
「先輩。は−い。あーん」
  恋人の王道パターン。彼女の手作りお弁当を彼女の手で食べさせてもらうという常套な手段。
  これで参らない男の子はいない。
「まだまだ、一杯ありますから。味わって食べてくださいね」
  果たして、俺は正気を失わずに昼休みを乗り越えて行けるのか……。

 そんな感じに昼休みを過ごした俺は心と気力と腹の中身は最高潮になっていた。
  梓について、あれこれと考えていた頃が嘘のように心身とも軽い。人生は苦もあれば、
  楽もあるって言葉は現実にあるんだなと一人で納得しながらも、
  我が教室の前に辿り着く。
  中が騒動しいが、気にすることなくドアを開ける。
「………」
  俺が教室に入った途端にクラスにいる生徒全員が急に静まり返った。
  これは新手の苛めか? 重々しい空気の中、自分の席に辿り着くと携帯のメールチェックを見る。

 着信が一件。
  あ、猫乃からだ。

 愛しい愛しい水野先輩へ。
  今日、一緒に帰ると約束していましたが、
  美術の課題が終わらずに居残決定していたのを忘れてしまいました。
  遅くなるかもしれないので、先輩はもう帰ってくださいね。

 PS 
    幼なじみの梓さんと浮気したらダメですよ。そんなことしたら、先輩の胸の中で泣きますから。

 OK。
  了解と返信メールを送ると周囲の異変に気が付いた。

 まだ、クラス内の空気は冷たく沈黙していた。しかも、愛すべきクラスメイトの視線が
  見事に俺に向けられている。うーん。俺は何かしたんだろうか?
  やっぱり、虐めかな? これ。
  冷静に状況を把握してみた。
  悪友の山田は梓の友人グループに入って、俺なんかヤバいこと言ったよという感じに
  額から汗が一杯流れているのを確認できた。
  また、あの阿呆は女子相手に何かをやらかしたんだろうか?
  肝心な梓は真剣な眼差しでこちらを見つめている。
  その瞳は何を訴えているのか、俺にはもうわかることができない。
  ただ、幼なじみとして過ごしてきた俺が全く見せたことがない真面目な表情を浮かべていた。
 
  だが、状況を理解する前にチャイムの音が鳴り響いた。
  本玲のチャイムと同時に担当教科の先生が入ってきた。
  おかげでこの昼休みに何が起こったのか、さっぱりとわからずじまいであった。

 そして、放課後。
  猫乃は居残りの課題で一緒に帰れなかったので、俺は夕食のおかずを買うためスーパーに寄って
  帰っていた。
  一人暮らしは何でもかんでも俺一人の力でやらないといけない。食料の買い出しや生活品を買うのに、
  一度家に帰ってから、また出掛けるのは正直めんどうだった。
  買い出しを終わらせてから帰るとそれなりの時間になっていた。
  家に帰って、夕食の仕度に取り掛からなければならない。ポケットに入れている鍵を穴に差し込む。
  ここで異変に気付く。
  ドアが開いている……。
  家を出る前にちゃんと鍵をかけたので、ドアが開いてるはずはないのだが。
  恋人の猫乃には、まだ家の合鍵を渡してはいない。唯一、持っているのは梓だけ。
  そこで閃いてしまった。
  この家の中にいるのは、梓だと。
  最大の警戒心で恐る恐る静かにドアを開くと、玄関に見慣れている梓の靴が置いてあった。
  やはり、来ているのだ梓が。
  もう、以前のような幼なじみの関係ではいられない。
  おとなしく、合鍵を没収するか、鍵を変えてしまえば良かった。
  前は家に上がって、夕食を作ってくれたことが嬉しいと感じた事もあったけど、今となっては、
  不気味に思えてしまった。
  リビングに近付かずに階段を忍び足で登る。とりあえず、俺の部屋で作戦会議を開かないと
  梓を撃退することは無理だ。
  だが、その判断はまちがっていた。
  俺の部屋に、俺のベットの上で梓は電気もつけずに待っていた。
「翔太君。翔太君。翔太君。翔太君」
  俺の名前を連呼して、どこか虚ろな瞳で上目遣いで見ている。
  それは、今まで見知っていた梓はどこにもなく。
  目の前にいる少女は、ただ壊れていた。
  俺は恐怖で足が震えているのを抑えていた。
  一体、何があったんだよ。梓!!

第4話 『恋は盲目であり。そして、残酷でもあった』

 話は今日の昼休みに遡る。
  水野翔太が猫崎猫乃とイチャイチャお弁当タイムでくつろいでいた頃。
  梓はまた同じメンツに恋愛相談を受けていた。

 ついに恐れている事態が起きてしまった。
  あの翔太君にメス猫がさかりに発情している。本当に不潔で気持ち悪い。
  思わず、朝は手を握り潰す寸前までいきそうになっちゃったけど、
  そんな姿を翔太君に見せるわけもいなかったので、憎悪を見事に抑えこんだ。
  よく、私は耐えたなと自分で誉めたいところだけど、翔太君のおかげでもある。
  もし、あの場に翔太君がいなかったら、どこまで進展していたのか全く想像できない。
  だけど、あのメス猫は余裕の表情を浮かべていたのは悔しかった。

 だから、その余裕がなくなる所まで追い詰めるために、私は今日も友人の志織に恋愛相談を
  受けてもらっていた。
「泥棒猫から愛しいの翔太君を奪う方法って……」
  困惑のぎみの志織は眉をひそめて、どういう風に答えればいいのか首を傾げていた。
「翔太君はあの女に騙されているんだよ!!」
  じゃなかったら、あのメス猫と翔太君が付き合うなんて展開はありえないのだ。
「どう考えても、清い交際でしょうあれ?」
「いいえ。とっても不潔すぎます!!」
  翔太君は私としかイチャイチャしないとダメなんです。他の女の子とは絶対にダメなんだから!!
  あの猫乃に愛しい愛しい翔太君の肌が触れるだけで穢れてしまう。
  もう、強制的な手段に出ないと手遅れになってしまう。

「不潔って、恋人同士がイチャイチャするのは普通の事でしょう。水野にも彼女が出来たことなんだし、
  あんたもいい男を見つけたら?」
「し…お…り……!!」
「はいはい。落ち着きなさい」
  わたしの頭をぽんぽんと叩いて、冷静さを失っている私を優しく志織は諭す。
  他の友達も憐れむような視線で語っているが、志織だけは本音でぶつかってくる。
  これはわたしが大事な友達とかじゃなくて、はっきりと物事を主張しないと苛立つ気性であるからだ。
「水野の事が好きなら、思い切ってヤッてしまえばいいじゃないの?」

「や、や、ヤっちゃうって……。えっ、えっ、」
「既成事実をさっさと作ってしまえばいいじゃん。もう、中に出してもらって、赤ちゃんが出来たの、
  責任とってってね」
「あ、赤ちゃんって……」
  翔太君とわたしの赤ちゃん。想像するだけで紅潮しているのがわかっている。
  性に興味がある年頃だけど、翔太君とあんなんことをこんなことをしている姿が想像するだけで
  濡れてしまいそう。
「ある意味、両刃の剣だけどね。あんたが水野に捨てられたら、何もかも失うし」
  捨てられる可能性はないと思うけど、翔太君が恋人を捨てて、わたしをお嫁さんにもらってくれる
  可能性の方が高そうだ。イケルかも?
「だったら、翔太君の家に忍び込んで、襲おうかな」
  私の頬がにやけていた。アプローチを繰り返しても、無意味というなら、翔太君を押し倒して
  既成事実を作る。
  もし、私が妊娠してしまえば、あの付き合っている泥棒猫よりも長い付き合いをしている
  私を最優先に考えてくれるはずだ。

「あんたが押し倒すぐらいに好きだという意志表示を示しているだから、さすがに
  気付かない鈍感はいないと思うけど……」
「これで泥棒猫から翔太君を奪い返すことができるよ」

 そういう風に考えると、今まで欝だった心が少しだけ和らげてゆく。
  久しぶりに食欲も沸いてきた。わたしがお弁当の中身を開けようとした時だった。
  女子グループに睨んだ視線と向けながら、こっちへとやってくる男子生徒の姿が。
  あれは、翔太君の友達の、えっと、誰だったけ?
  思い出した。山田って人だよ。

「聞き捨てならねえな!」

 怒気が篭もった声で、冷たい空気を震わせた。
  両手の拳をボキボキ鳴らし、尋常のない怒りの形相でこちらに迫ってくる。
「水野を押し倒す? てめえら、本気で言っているなら、このフリーダムな毎日を送っている俺が
  絶対に許させないぜっ!!」
「お前には何の関係もないでしょう。あっちに行きなさい」
「そうよ。キモイっての」
  と、志織と女子グループの口数と罵声が飛んで行く。
  いきなり、会話に飛び入り参加をしてきて、キレるなんて誰だって不愉快に思うよ。
「グゥレイト!! 数だけは多いぜ!!」
  大袈裟なリアクションをとって、意味のわからない言葉を告げる。
  なんで、翔太君はこんな猿人と友達関係をやっているんだろうか。
「いいか。お前等。水野は好きな相手に失恋したんだ。あいつが落ち込んでいる姿を見なかったのか?
  ああん? あいつだってようやく、その失恋を乗り越えて、愛しいの彼女と上手くやっているんだ。
  邪魔するなっての!!」
  翔太君が失恋? 一体、誰に失恋したっていうのよ。
「水野が失恋って、何の話よ?」
  わたしが聞きたかったことを志織が山田にも負けない鋭い視線で問い返した。
  さすがは頼りになる友人です。
「元凶はそこのお前だろうが!!」
  山田が指を差して、わたしの方に向かって罵声している。予想外なことに私は動揺して、
  あぅあぅと怯えていた。
「てめえが水野に、屋上で彼氏とキスをしている所を目撃させたのが元々の原因なんだよ。
  水野という男がありながら、他の男と付き合ったことでどれだけ水野が傷ついたのかわかってるのか?
  あん?酒を飲ませた時に本音とか暴露していたぞ。風椿の事がずっと好きだったのに、
  想いを告白する以前にフラれたってな。
  あいつは風椿と彼氏の事を気遣って、ずっと風椿の事を避けていたんだ。
  その彼氏が水野の事を誤解して、恋人関係がギクシャクしないようにな。
  それがどれだけ辛かったのか、俺には知り得ることはできないけど。せっかく、
  あいつが新しい恋を見付けたのに、それを悪戯半分で邪魔しようなんて、あんまりじゃないかっ!!」

 山田の独白でクラスは一気に沈黙して、わたしたちに視線を集中している。
「梓に彼氏? そんなバカな話はあるはずないでしょう!」
  志織が山田にも負けないぐらい怒声で言い返す。
「そうだよ。私に彼氏なんかいないよ。ずっと、翔太君一筋だもん」
  そう、彼氏なんかいない。いるはずがない。もし、翔太君が誤解しているとするならば、
  あの屋上の一件だ。
  わたしが男子生徒の告白を断った時に、屋上に吹く風が強くてゴミが入った。その男子生徒が
  優しく目のゴミを取ってくれた。ただ、それだけのこと。
  それがわたしと翔太君を狂わせてしまった。
  誤解とすれ違いがこんな残酷な運命に変わって行くなんて。
「なんだって!! それじゃあ、水野は……」
  山田も自分の間違いに気付いて、先程の勢いがなくなってしまった。彼も翔太君の事を想って
  出た行動だから、別に何とも思ってもいない。
  逆に言うなら、山田がバカな事をしたおかげでようやく翔太君の真意がわかった。

 その時。
  重々しい空気の中の教室のドアが開かれた。
  その人物は騒動の中心である翔太君であった。クラス中の視線が集まっているのに、
  何事もなく自分の席に座った。嬉しそうに携帯を取り出して、メールを送信している。
  この状況に気付かない程、恋は人を盲目にするのだろうか?
  翔太君がクラスの異常に気付いて、周囲を探るように見ていた。私とも視線が合った。 
  私は目で翔太君に強く訴える。

 風椿梓は水野翔太君の事が小さな頃からずっとずっと好きなんです。
  あなたがいないと私は本当にダメなんです。傍にずっと一緒にいさせてください。
  この想いに気付いてください。お願いっ!!

 残酷にも、本玲を報せるチャイムが鳴り響いた。
  担当教科の先生が入ってくると、翔太君は私に興味をなくしたように黒板の方に集中した。

 放課後になると、私は翔太君の後を静かに追っていた。
  あの山田の言葉を信じるなら、翔太君は今も誤解したまま、本当の自分の気持ちを誤魔化して
  嫌々に泥棒猫と付き合っているのに違いない。
  翔太君が私を避ける真相を知ったおかげでどんな戦法を仕掛けても、私には勝ち目がある。
  だが、義理堅い翔太君のことだ。誤解の真相を話しても、あの猫乃の交際を続けるかもしれない。
  それなら、真相を話しても特に何の効果もなくなってしまう。
  やはり、志織に言われた通りに、こ、こ、ここは押し倒すしかないんでしょうか。
  胸の鼓動が激しく揺れる。考えるだけでも、赤面してしまってるし。
  ああ!! 何かエロい妄想している間に翔太君がスーパーに入っているしっ!! 追い掛けなきゃっ!!

「待たれよ」
  その言葉はBダッシュをしようとしていたわたしを制止するかのように重々しく聞こえた。
「其方、恋をしておるな」
  怪しい老婆がいかにもうさんくさい置物を置いて、何か店らしきもの営業をしていた。
「あの、私に何か?」
  さっさと翔太君を追いかけたいのに。
「其方の恋を成功させるためのご商品があるので、ぜひ見ていただけませんか?
  損はさせませんからのぅ」
「いいですけど。くだらない商品なら、買いませんからね」
  老婆の言葉に何か引っ掛かるモノがあった。私が恋をしていることを見抜いた老婆に
  少しだけ興味が沸いたというべきだろうか。老婆の商品が私と翔太君の恋の状況を変えると
  直感ながら感じた。
「この商品でございます」
  差し出されたのは古ぼけた鋸であった。刀身は茶色に錆びており、
  すでにこの鋸の使い道はすでに終わっているように思える。
「ある少女が彼氏を寝取った泥棒猫を17分割したいわく憑きの名鋸でございます。
  この鋸を使えば、どんな泥棒猫でも分断することができましょう」
「って、明きからにヤバイ商品じゃないですか!!」
「恋する少女の望み、夢、届かない想いを持つ少女たちには大絶賛でした。
  あなたもこの鋸を手に持てれば、満足致します」
  老婆がいわく憑きの鋸を私の手にしっかりと持たせる。
  鋸を持った瞬間に頭の隅々が冴えてゆく。これは今まで感じたことがない高揚感に包まれ、
  あの泥棒猫を殺したい衝動が襲ってきた。
(殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、あの泥棒猫をっっ!!)
  私じゃない女の子の声が頭の中で聞こえてきた。
(死んで、死んで、死んで、死んで、お願いだから死んで、あの人の顔を見れないように
  私が私が私がグチャグチャに潰してあげるから。どこがいい?
  頭、腕、足、胴体、ううん。泥棒猫に相応しい死に方は、グチャグチャに潰してあげる!!)
  少女の悲痛の叫びが頭の中に入り込み、感情そのものがわたしと同調してしまう。
  同じ感情を抱いたことがある私にとっては、それがもっとも自然であった。
  大好きな人を独占して、近寄ってくる女は全て殺す。
  これこそが恋に苦しむ女の子の至高の目的だ。
「お婆さん。これはいくらですかっ?」
「その鋸は人を選ぶ。其方が選ばれたなら、お代はタダでございます」
「ありがとうございます。お婆さん」

 円満なる笑顔を浮かべて、お婆さんにお礼を言うと、私はYダッシュで走りだす。
  目的は、翔太君を自分だけモノにすること。
  だったら、先回りして翔太君のお部屋で待ち伏せしておこう。そっちの方が何かと手間が省けるし。
  うふふふふっっっ。どんな風に料理しようかな。てへっ。

第5話 『邂逅明暗』

 これは悪夢だ。
  襲いかかってきた梓に体を押し倒されて、ベットに沈む俺。
  小柄な梓がこれだけの力を出せるはずがない。男である俺が本気でどかそうとしてもビクともしない。
  すでにぎっちしと固定された俺は抗う手段を持つことはできなかった。
「や、や、やめるんだ。梓っ、んっん」
  俺の言葉を騙されるように甘いキスが口を塞ぐ。口内に入り込んできた梓の舌は求めるように
  唾液が流し込まれる。
  その感覚は体中に電気が走り、男の本能に火が付きそうになる。
「だ、だめ。翔太君は未来永劫わたしのモノになるための誓いなんだから」
  そう言って、更に二度目のキスで口を塞ぐ。梓のキスが俺の理性を奪って行く。
  かつては好きだった女の子とするキスに興奮を覚えない男はいない。
  俺は自然に梓を求め始めていた。
「っんんん」
  唇と唇を離れた時が互い唾液が繋がって糸を引いていた。それを見て、梓は満足笑みを浮かべる。
  俺の体の上に体を預けている梓が頬を舐め始める。
「翔太君が私を避けている理由がわかったんだよ」
「うん?」
「あの屋上で私が他の男とキスしてた翔太君が誤解していたでしょ。本当に何もなかったのに、
  翔太君が先走って、私に彼氏がいると思ったのかな?」
  えっ?
「ううん。そんな人間はいないよ。私が好きなのはいつも一人だけ。私はずっと翔太君の事が好き。
  好きで好きでたまらない程に愛している。これが生涯偽らない私の正直の気持ちなんだよ」
  それじゃあ? 全て俺の誤解だったのか?
  勝手に思い込んで、俺は梓を避けていた。本当は何もなかったのに、俺が良ければやったこと全てが
  梓を傷つけていた。
「だから、あの泥棒猫に発情していることは許してあげるから、私だけを愛してよ」
  泥棒猫? ああっ!!
  咄嗟に猫乃の笑顔が脳裏に浮かんでいた。交際して短い間だが、梓に彼氏がいると思い込んでいた時に
  あいつの笑顔がどれだけ俺は癒してくれていたのか。
  今、本能に任せて梓とやってしまうと猫乃はどうなる?
  恋愛で傷心したあの悲痛を、俺の身勝手のせいで猫乃も味わうことになるのか?
   猫乃を傷つけるのか? 笑顔が似合っている彼女を。
  少なくても、梓と肉体関係を結ぶことは間違っている。
「私ね。ずっと、翔太君にこうやって甘えたかった。ずっと、寂しかったんだからね」
  俺の胸に頬摺りする梓の表情はどこか幸せそうに赤く染まっていた。
  梓の幸せも壊したくはなかったけれど、俺は……。
  今は……。
  猫乃の彼氏なんだ。
  だから、俺は猫乃の彼氏として相応しい行動を取る。それがけじめって奴だよ。

「もう、やめよう。梓」
「し、翔太君」
「今はお前とこういう関係になるのは間違ってる」
「間違いじゃないよっっ!! 私と翔太君は結ばれる運命なんだよ。だから、抱いてよ。
  私のことを見捨てないでっ!! ずっと傍にいさせてよっ!!」
  悲痛に篭もった叫びが俺自身の決心が揺らいでしまう。
  梓が俺を想う心がちゃんと届いている。例え、梓を壊れてしまっても、俺だけは拒まない。
  ちゃんと、受け入れてやる。
  だから、今だけは俺の我侭を許してくれ。
「頼むからどいてくれ……。お願いだ」
「い、嫌っ!! 私はあんな泥棒猫に負けないんだから。翔太君を私のモノにするんだ。
  ううん、私は翔太君のモノなんだよ。だから……」
  押さえ付けられた体が更に重くのしかかってくる。梓の一体どこにそんな力があるんだろうか、
  俺がどんなに抵抗しても無駄であった。
 
  その時、着信のメロディが流れた。
  俺のズボンのポケットから流れるメロディの設定は一通のメール。
  淀んでいた部屋の空気は一気に拭き飛んだ。
  無言で梓は俺のズボンのポケットから乱暴に携帯を取り出す。
  そして、手慣れた手付きでメールを確認すると梓の顔が怒りの形相へと変わってゆく。
「やっぱり、元凶はさっさと片付けないといけませんねっ!!」
  鬼の形相に変化した梓が俺に興味をなくしたのか、部屋を飛び出した。梓が激怒した原因だと
  思われるメールは、恋人である猫乃からであった。
  その内容は、ごくごく普通の内容であった。

 先輩。
  今、私は居残り課題で残ってます。
  その課題は今は恥ずかしくて見せられないんですけど
  完成したら真っ先に先輩に見せてあげますから。
  先輩を想って、わたしは描きます。
  タイトルはもう決まってるんですよ。

 「私の愛する人」

 PS

 今日、先輩の家に泊りに行っていいですか?
  私たちもそろそろ、エッチとかしてもいい頃だと思います。

 これを見て、梓は何で激怒をした?
  部屋から抜け出して、どこに向かった。
(やっぱり、元凶はさっさと片付けないといけませんねっ!!)
  あの狂気に犯された梓がするべき事は、まさか……。
  邪魔者になった猫乃を殺すってことか?
  最近のゲームでは、寝取られた主人公を奪うためにヒロインは奪った相手を虐殺して、
  愛を取り戻すゲームが社会的ブームを興した。
  そのブームはあらゆる分野において、最高潮の売り上げを見せた。
  時を同じく、現実世界でもおとなしい恋する少女がゲームと同じように鋸や剣や槍など言った
  武装をして、相手を虐殺する事件が多発している。
  ゲームの影響が現実世界に侵食されるかのようにこのヤンデレブームはこの国のあちこちに
  事件として起きるようになった。
  その加害者は語る。
  ある怪しい老婆が自分の背中を押してくれる商品を売ってくれると。
  その商品を手にとると、自分が抑圧していた心の闇の部分を引き出してくれる。
  その商品を使った女の子たちの悲痛の叫びで、女の子は種割れして覚醒する。
  老婆の存在は長年警察は追っているが、その存在は掴むことはできないと聞く。
  最後に老婆は商品の代金はタダでございますという噂だが、そんなもん嘘ぱっちらしい。
  老婆が望むモノ。
  それは、女の業。
  嫉妬・三角関係・修羅場。
  それらを演出をして、自ら楽しむ傾向があるらしい。
  老婆はその磨けば光る原石を探しては商品を売り付ける。そして、惨劇を心存分に楽しむ。

 もし、梓が老婆に商品を買ったことで狂ってしまったなら。
  惨劇は起きる。
  恋人の猫乃の切り裂かれた死体と共に明日のニュースを飾ることだろう。
  そんなこと、させるわけにはいかないっ!!
  猫乃を殺されるわけにも、梓は殺人者するわけにはいかない。
  急いで、梓の後を追わなければ。

 でも、居残りの課題が終わってないって事は学校か。
  一体、何の課題なんだよっ!!

第6話 『猫の記憶』

  わたしはキャンバスと一生懸命睨めっこに没頭していた。
  すでに誰もいない美術教室で居残りの課題を仕上げるため。
  とっくの昔に下校時間は過ぎていて、周囲の風景はすでに陽は落ちており、暗闇が世界を覆っていた。
  猫乃は大好きな先輩のために頑張って課題を仕上げてるんですよ。
  その課題は肖像画を描く。相手は誰でもいいので、クラスの人間か親や友人など
  いろいろな選択肢があったのに私は先輩を描くことに決めた。
  先輩の顔なら、見なくても描けます。でも、先輩を描くと決めたからこそ、
  全ての工程において丁寧に描きたかった。
  それで他の子よりも時間がかかって、居残りするはめになっちゃったけど。
  その分、やりがいのある事だと私は思う。好きな人を想い浮かべて描く事は私の胸に充実感で一杯になる。
  この作品が完成したら、真っ先に先輩に見せよう。先輩は喜んでくれるかな。
  猫崎猫乃作『愛する人』を捧げるイメージを浮かべるだけであっちの世界の住人になりそうで恐いです。
  でも、今思うと先輩と恋人関係でいられることは不思議にならない。

 

 いきなり、ここで告白しますが、実は私は猫なんです。

 

 そう、猫崎猫乃は私が猫だった時を意味する名前。
  先輩に出会った日、そのとき私は猫だった。

 学校帰りに先輩は私の頭を優しく撫でて、餓えていた私に餌をくれた。それが日課になっていて、
  私はいつも餌と頭を撫でてくれる男の子の事が好きだった。
  だから、彼の下校時間になると決まった場所に行き、彼が来るのを待っていた。
  それが猫にとって、最上の幸せであった。野良猫に優しくしてくれる人間は今までいなかった。
  この男の子だけが私に優しくしてくれる。温もりをくれる。
  その人間が好きで好きでたまらなかった。
  でも、所詮は人間と猫。結ばれるはずもなかったが、先輩が傍に来てくれるだけで満足だった。
  そう、満足だったんです。

 あ、あ、あ、あ、あ、あの女が邪魔さえしなければ。
  今も忘れはしない、あの女の顔。
  風椿梓。

 いつものように待っていた私に、殺意の視線を向けた女がやったこと。

「翔太君が餌をくれるから、勘違いしないでよ野良猫……。翔太君は私にだけしか
  優しくしないといけないんですから!!」
  猫の首をぎっちしと掴んで、尋常なる圧力で絞めてゆく。

 苦しい、苦しいよ。やめてよ。
  助けて……。
  猫は泡を吹いて、失禁してゆく。
「あはははははは。死んじゃったの。でも、猫さんが悪いんだよ。わたしの翔太君を奪おうとしたから。
  これに懲りて、来世も翔太君に近付かないことね」

 その言葉は聞こえなかったが、嘲笑した笑みは私の瞳に焼き付けられていた。

 死んだと思われた私は次に目が覚めた時は人間の女の子になっていた。
  そう、生前の死の記憶と人間である猫崎猫乃の統合人格の元で生まれ変わったのだ。
  あの愛しい人がいる時代にと。
  何より嬉しかったのは、人間に生まれ変わることで私は翔太君と結ばれることができる。
  彼の赤ちゃんを産むこともできるのだ。
  そして、もう一つ。

 憎々しい風椿梓に復讐できることだった。あの女が大切にしている人を私が奪い、
  永遠の敗北を突き付ける。
  それが私の描いた理想のシナリオだった。
  だから、先輩とあの女がギクシャクした関係にどれだけ私が喜んだでしょうか。
  傷心した先輩を癒すために下駄箱にわたしは精一杯の想いをラブレターに込めた。
  先輩が屋上に来てくれた時、どれだけ胸がときめいたことやら。
  そして、交際してくれると言ってくれた時は私は心の中で感涙した。

 

 狙い通り!!

 これで風椿梓を完璧に下すことができた。もう、先輩は私だけモノだ。絶対に離さないし、
  傷つけることもしない。
  私の完全勝利だ。

 このキャンバスを完成させて、今宵は先輩に抱いてもらう。
  これで王手ですよ。風椿梓。

 筆をとって、色の色彩を丁寧に塗っていく。難易度の高い技術はいらない。
  わたしの想いをキャンバスに込めるだけ。大好きな先輩を愛している私の純白な心は絵に描かれてゆく。
  常にイメージするのは理想の先輩。描き上げる前は真っ白な用紙が魔法のように
  一人の男の子の肖像画を描いていた。
「よし、これで完成かな」
  えへへとにこやかに頬が緩んでいた。これで先輩を見せて誉めてもらうんだから。

 一人、妄想に酔う私は気付かなかった。
  暗い廊下から静かに聞こえるが、重々しく響く足音を。
  それは一歩一歩と近付いていることさえも。
  ただ。
  私の中で笑ってくれている先輩の肖像画が告げていたかもしれない。
  ここから逃げろと。

第7話 『鮮血・鮮血・鮮血』

 第7話『鮮血・鮮血・鮮血』
  あのメールを見て、私は目障りな猫崎猫乃をこの手でバラバラにしたい衝動にかられていた。
  いや、誘惑に乗ってしまっていた。だって、翔太君と恋人関係にいる猫乃と表面上とはいえ、
  言葉を交わさなければならない。
  本音では絶対にそう思ってもいない白々しい言葉があの泥棒猫の口から出てくると考えるだけで
  耳が腐りそうだよ。
  それだったら、さっさと殺して、翔太君を私だけモノにした方がてっとり早いでしょ。
  うんうん。
  どんな勝負の世界でも勝者の椅子は一つだって決まっているんだよ。
  相手がその椅子に座っているなら、惨殺してでも奪ってしまえばいい。
  恋愛は命懸けの決闘。死と隣り合わせの戦いと言ったもんだ。そういえば、この鋸を買ってから、
  心が晴れ晴れして気持ち良すぎてたまらない。
  もう、こうやって握り締めているだけで何でもできる気がしてしまう。
  待っていてね。
  今、おいしい血を飲ませてあげるから。

 猫崎猫乃は居残り課題をやっているとメールに書かれていた。
  私の予想では学校内のどこかにいるはずなんだけど、すでに職員室は閉められて教師連中は
  帰っているらしい。
  だったら、すでにあの女は下校しているのか? いや、それはない。
  裏門から侵入して、昇降口から忍び込んだ。ちゃんと、下駄箱で猫崎猫乃の下靴があるのは確認済み。
  生徒一人がこの時間まで居残りをするのは物騒かもしれないけど、これは私にとっては神様がくれた
  チャンスだと思えた。
  ここで猫乃を惨殺しても、怪しまれるのはこの時間まで生徒を残している学園側に非があり、
  校内に侵入してきた変質者の犯行だとして片付けられる。
  ふふっ……。
  やれる。思い切りやれるわっっ!!
 
  さてと。
  わたしは明かりがついている部屋を下の階から見上げていた。
  あそこに泥棒猫がいる!!

 すでに暗闇に染まりきった校舎はわたしと猫乃しかいない。
  早歩きで廊下を歩いて、奴がいる教室の扉を静かに開けた。

「ね、猫崎猫乃っっ!!」 
  キャンバスに何かを書いていたようだけど、私は何も気にすることなく、
  この世界でもっとも憎い女の名前を大声で罵声して走り出す。
「う、うにゃ……?」
  椅子に座っている猫乃が振り向いたが、遅い。私はすでに間合いに踏み込んでいる。
  鋸を両手持ちで上から力一杯に振り下ろす。
  これで決まったはずだ!!

 もっとも憎い女、風椿梓が扉を開けてくると3ー4メートル程度の間合いをたった一歩で踏み込んできた。
  予想外の襲撃に私は反応すらできない。彼女の得物が私の首を狙うように真っすぐ一閃するはずであった。
  だが、振り向いた時に焦っていた私は足を踏み外して、あの女の一撃の軌道上から逃げるように
  こけていた。
「ちっ……」
  外したと思ったのか、2、3歩と後退して、鋸を突くような構え方をしている。
  私は現在の状況をまるで把握していない。頭は真っ白になってパニックを起こしていた。
  まさか、私を殺しに来ようとは一体どこの誰が思うんでしょうか?
  ふと、私は先輩に送る肖像画の事が気になって、危険を顧みずに後ろを振り返った。
 
  あれ?
  なんなの、これは?
  あれだけ頑張って仕上げた先輩の肖像画はさっきの一撃で先輩が微笑んでいる顔が見事切り裂かれていた。

 許さない。許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。許さない。
  許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない
  許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。
  許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない
  許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない
  許さない。許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない

 許さないっっっっっっっっっーーーー!!

 頭のどこがぶっちんと音を立ててキレた・
  私の唯一の拠り所を無理矢理殺して奪ったくせに、現世まで私の大切のモノを奪うんですね。
  だったら、今度こそは容赦しない。
  今は猫じゃない。体格もだいたいと同じだから、何の抵抗もせずに殺されたりはしない。
  殺すという憎悪に関しても、あの女とはすでに同等のつもりだ。
  周囲を見渡して、あの女と同等の武器を探した。鋸よりも殺傷力のある武器が欲しくて欲しくて
  たまらない。

 

 そういや、隣の教室に日本刀が置いてなかっただろうか。この美術室の教師は日本刀マニアで
  バレないように真剣を隣の準備室に飾っていると話を聞く。
  しかも、その刀はある伝説のソルジャーが愛用した『正宗』だと聞く。詳しいことは知らないが、
  それがわたしの後ろの扉に置いてあるってことだ。
  あの女が様子を探って、間合いをとっている。動きがあれば私を問答無用に切り裂くことだろう。
  鋸は刃がギシャクシャしているから、あれに切られると傷が後に残ってしまう。
  あの陰湿の女が考えそうなことだ。
  とはいえ、このままでは私は無残に殺される。

 瞬発力、動態視力は前世が猫だった私が有利。後ろを振り返って。
  私は猛ダッシュで準備室に向かう。僅かに反応が遅れたあの女も追い掛けようとするが、
  わたしの方が断然早かった。ドアのノブに手をかけると急いで鍵を閉めた。
  真っ暗の部屋の中、月の明かりに反射して輝く一つの刀に目が映る。
  鞘に入りきらない程、長い刀身は通常の刀よりも長く、一人の人間が決して扱えることができない程に
  大重量でさえあった。こんなもん、何で美術室に置いてあるという疑問などなかった。
  すっかりとこの刀に魅入られてしまった。刀の鞘を掴むと少女である私の細い腕でも持てないはずの
  刀が持ち上げることができた。思わず、ほくそ笑む。

 さあ、始めましょう。
  一人の男の子を奪い合う、命懸けのゲームを。

 私はもう一つの美術教室の扉から抜け出し、廊下に出た。
  暗闇の廊下は私が猫であり、夜行性だったために視えている。

「さあ、風椿梓。あなたの望み通りに殺し合いましょう!!」
  広い場所で充分に戦える場所に相手を引き寄せる。梓はすぐに廊下に出て、鋸を構えている。
「そうだね。あのあなたが書いた醜い絵のようにバラバラに切り裂いてあげるわ!!」
「大切な先輩の肖像画のことか!!」

 全ての努力を無駄にした女に殺意のこもった視線で睨み付ける。
  もはや、互いに言葉はいらない。
  憎い相手をこの世から消し去るためだけにこの場にいるのだ。
「死んじゃえーー!!」
  離れていたはずの距離を一瞬にして埋める風椿梓の身体能力に驚きながらも、
  わたしは正宗を振り回していた。
  カチン。カチン。
  互いの武器が重なる金属音が深淵なる廊下に響き渡った。

「きゃっはははははは」

 狂った笑顔を浮かべて、あの女の笑い声が五月蝿い。すでに正常の人間のものではない。
  狂気を犯された殺人者。
  ファナティック。
  愛ゆえの狂信者。

「し、翔太くんのために、ど、ど、泥棒猫をこ、殺すわっ!! ふふふふはははは」
「いい加減にしてください」
  わたしの込めた必殺の一閃。
  それをたやすく受け止める風椿。すでに同年代の女の子の身体能力を大きく上回っている。
  長期戦になってしまうと、こちらの体力がもたない。
「きゃっははっはっははっは。死ね死ね死んでよっっっっっ!!」
  笑い声と共に鋭い乱撃が襲いかかってくる。

「いっ、」
  鋸が肩を擦った、その痛みが私の集中力を奪ってしまう。
「よ、よ、よ、よ、くもやってくれたわね!!」
  正宗が咆哮するかのように神速の一撃が風椿の胴体を切り裂いた。
  散らばってゆく血をわたしも浴びるが、あの風椿に相当のダメージを……。
「あはははっははははは」
  切り裂かれた場所を気にすることもなく、ただ笑っていた。その呆然としていたことが
  隙になってしまった。風椿の鋸が迫っていた。

「約束された勝利の鋸(泥棒猫虐殺闃)ーーーー!!」
  必殺技なのかは知らないが、高らかに叫んで、わたしの首元を振り下ろすように切り裂いた。
  あの女よりも血があちこちに飛び出している。
  これはさすがに激痛を通り越して、正直ヤバイ……。だが、私は倒れることもなく、
  正宗を構えていた。そう、すでにわたしもあの女のように肉体が精神を凌駕し始めている。 

 こちらも奥義の一つや二つお見舞いしてやらないといけませんね。
  正宗を構えようとした時。私たち以外の足音が聞こえてきた。

「もう、やめるんだーー!! 二人とも!!」
  この戦いを一番見られたくない先輩の姿がそこに在った。

「一体、何をやっているんだ。お前等は!!」
  狂った梓を追い掛けて、学校まで無我夢中に走っていた。
  猫乃が殺されることを阻止するために、惨劇を止めようとしていたのに。
  すでに遅かった。
  猫乃と梓は互いに凶器を持ちだして、殺し合っている。
  すでに両者が致命傷だと思われる箇所から信じられない程の血が出血している。
  このまま、殺し合っていたら二人とも出血多量で死んでしまう。

「何で殺し合っているんだよ。意味がわかんねえよ」
「翔太君。今、あなたを惑わす泥棒猫を殺してあげるから。そこでおとなしく待っていてください」
  壊れた笑みを浮かべて、いつもと変わらない調子で俺に語りかける梓。
  だが、俺の知っている梓はもうここにはいない。ただ、狂気に犯された殺人快楽者に変わりつつある。

「先輩。大丈夫です。この私が守ってみせますからね!!」
  可愛らしい声で言う猫乃も梓と同じく壊れていた。そう、虚ろ瞳で語りかける仕草は
  俺の体全体を凍えさせてしまう程に。
「泥棒猫が私の翔太君に喋りかけるなっっっっ!! 耳が腐るんだよっっっ!!」
「その言葉、あなたにお返ししますよっっっつ!!」

 二人が駆け出す。
  奔る刃、流す一撃。
  互いの技量は常に互角。斬り合う二人の姿に見惚れていた。
  一体、同世代の少女たちはいつ人外を超える領域に辿り着いてしまったのか。
  恋する乙女の想いに限界はない。常に想いの果ての上限を目指し、好きな異性のために
  己を犠牲にしてまで、外敵を排除する尊く儚い強い意志。
  それが彼女らの根源衝動であるのか。
  不意に俺は思う。
  二人の少女の血を流している根本の原因は俺の勘違いであること。
  あのとき、勘違いをして梓を避け続けていなければ? 
  猫乃と付き合わなければ、この惨劇は起こらなかったのでは?

 と、夢想してしまう。
  だが、もう遅い。
  あの老婆の企み通りに惨劇を起こってしまっている。梓が猫乃を虐殺するまで
  この死闘は終わる事なく続く。

 ならば、俺にできることはないのか!?

 分岐ED

 

 1・このまま、傍観する。(猫崎猫乃END)

 2・二人を止める。(風椿梓END)

 3・自分の想いを告白する(水野翔太END)

2006/06/16 To be continued....

 

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