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Bloody Mary 2nd container



1

このお話は、完全な続編のため、2から読む人を度外視して書いちゃっているので訳が解らなくなるかも。
未見の方は先に1から読むことを強くお薦めします。

<前回からの登場人物>

ウィリアム・ケノビラック(ウィル)・・・元アリマテア王国騎士団の『王の盾』。
                    幼馴染を目の前で殺された暗い過去を持つ。
                    現在贖罪探しの旅の真っ最中。でも女を侍らせてる。
                    彼がその気になれば酒池肉林なのにねぇ。

マリィ・トレイクネル(団長)・・・・・・ウィル大好き、元王国騎士団長。一度覚醒した前科有り。
                    ヒロインの中で一番年上なのに一番精神年齢が低いため
                    いつもマリベルに口喧嘩で言い負かされている。
 
マリベル・ノブレス・アリマテア(姫様)・・城を脱走しちゃったアリマテア王国王女。
                    やたらとウィルに甘える。
                    実はその辺は割りと計算尽くだったり。
                    マリィを小馬鹿にするのが趣味。
                    いつかウィルを“おとな”の魅力で骨抜きにしてやろうと
                    考えている。

シャロン・・・・・・・・・・・・・・・マリベルの朴念仁侍女。
                    ウィルとは騎士団入団時から知り合いだった。
                    この人、やけにウィルにちょっかい出すが真意は不明。
                    何考えてんだか。
                    漁夫の利でウィルを我がものにしようとしている…?

ベイリン(師匠)・・・・・・・・・・・・ウィルの剣の師匠でベイリン傭兵旅団のリーダー。
                    娘がいるがいつも邪険にされて心で泣いている。
                    ちなみに彼の妻は既に死亡している。

 

 

 

 

「も〜いやじゃー!!わらわは疲れたっ」
「街までもう少しですから…頑張って歩きましょう」
  とうとうへたりこんでしまった姫様に声を掛けるが一向に立ち上がってくれない。困った。

 アリマテアの遥か南方、オークニーの街を目指して森林地帯を抜けていた。
  俺や団長はともかく姫様に徒歩の旅は少々、いやかなり過酷すぎたのかもしれない。

「まいったな…もうすぐ日が暮れちゃうし…」
  このまま歩けば今日中にオークニーに着くのに。いい加減風呂にも入りたい。
「ウィル、置いて行きましょう。
  放っておいてもどうせ野犬か何かが処分してくれます」
  頭を悩ます俺の横からとんでもない提案をする団長。
「やかましいぞ、マリィ」
  姫様がへばったまま怒鳴るが全然迫力がない。
「これも運命です。我々は姫様の屍を越えてでも先へ進まなければなりません。
  お辛いでしょうがご決断ください」
  シャロンちゃんまで酷いことを言う。……ホントに姫様の侍女?
「とにかくもう動きたくないのじゃーっ!」
  こりゃ駄目だ。テコでも動いてくれそうにない。
「しょうがない。…姫様、こちらへ」
  そう言って姫様に背を向け、しゃがみこんだ。
  その様子を見てさっきまでの疲れはどこへやら、急にぱぁっと顔を輝かせた。
「おお、ウィリアム!おぶってくれるのかっ」
「特別ですよ。いつも背負ってたら俺がへばってしまいますから」
  うーん、ちょっと甘やかしすぎかなぁ…でもまぁ今日も野宿は嫌だし、皆も納得してくれるだろう。
「やったーっ!おんぶ♪おんぶ♪」
  姫様が俺の肩に手をかける。やけに楽しそうだ。本当はまだ歩けたんじゃないのか…?
  ともかくこれでなんとか街まで行ける、そう思ったんだけど。

 今度は突然残りの二人がその場に座り込んだ。……次は何事ですか。
「私も疲れました。もう歩けません」
「右に同じく。ペース配分を間違えたようです」
  団長とシャロンちゃんがそれぞれボソボソ呟いた。
  なにゆえ三角座り?しかもあなたたち、さっきまで俺より元気じゃありませんでしたっけ?
「二人とも何言ってるんですか。早く街に行きましょう。街に行けばふかふかのベッドで寝られますよ?」
「ウィルがおぶってくれなきゃ歩かないもん」
  …もんって、団長?キャラ変わってません?
「右に同じく。でなければ今日はもう此処で野宿する所存で御座います」
  シャロンちゃんまで……
「団長は俺より体力あるし、シャロンちゃんはこの中で一番旅慣れしてるでしょう。
  駄々こねてないで早く立って、立って!」
  一旦姫様を下ろしてぱんぱんと手を叩くが二人は無視。
  あー…俺はどうすればいいの?

 もうこれは野宿しかない。
そう覚悟して荷物を降ろそうとしたが後方から馬車が見えたので中断。
……天の助けだ。アレに乗せてもらおう。
「お〜いっ!お〜いっ!」
  馬車に向かって手を振る。止まってくれると有難いんだけど……
  追剥ぎとかと勘違いされて逃げられたら最悪だな。
  嫌な想像が脳裡をよぎったとき、馬車の荷台からひょっこり見知った顔が現れた。
「よぉ!!ウィル、奇遇だなぁっ!!」
  あの野太い声は……
「師匠ッ!!?」

 師匠が同乗していたおかげでなんとか勘違いされずに馬車が俺たちの前で止まってくれた。
「師匠、なんでこんなところにいるんですか!?」
  荷台に駆け寄って師匠の顔を近くで確認する。
「そりゃオレの台詞だ。お前らがアリマテアから姿消したっつーからどうなったのかと思ってたぞ」
「いや…まぁ色々ありまして……」
  俺が質問に答えあぐねていると。
「お久しぶりです。おじさま」
  さっきまで拗ねていた団長がいつの間にか復活して師匠に挨拶していた。
「こりゃ驚いた。トレイクネルの嬢ちゃんか、半年ぶりくらいか?」
「はい。最後に会ったのは戦争中でしたからそれくらいですね。ところでベイリンおじさまも
  オークニーへ?」
「あぁ。これからウチの部隊と合流するところよ。
  …にしてもウィル。本当に何がどうなってるんだ?
  騎士団長様がこんなところにいるわ、メイドさんがいるわ…おまけにあそこにいるの、
  アリマテアの姫さんじゃねぇか」
  少し離れてこちらを見ていた姫様に目をやりながら、俺に小声で再度尋ねる。
「その…話すと長いんですが…」
「ま、その辺は荷台の上でゆっくり聞かせてもらうぜ。
  とにかく乗りな。オークニーまで乗せてってやる」

 

 

「はっはっはっはっは……!!!そりゃ傑作だ!!」
  街へ向かう馬車の荷台に師匠の笑い声がこだまする。
「笑い事じゃないですよ。本当に一歩間違えたらヤバかったんですからね」
「いや〜悪ィ悪ィ。にしても……ぷっ…お前、ジゴロの才能でもあるんじゃねぇか?」
  笑いを堪えきれず俺を茶化す師匠。
「やっぱ師匠に言うんじゃなかったよ…まったく」
「だから悪ィって…そういや、マローネがお前に会いたがってたぞ」
  口を尖らせる俺の機嫌を直そうと思ったのか師匠は話題を変えた。
「元気でやってますか?」
「さぁな。手紙の文面を見る限り無駄に元気そうだったが…
  って、ほら、見えてきたぞ。オークニーの街だ」
  師匠と同じ方向を向くと道の先に見えている街。しばらくはあの街で厄介になりそうだ。
「あれ…?」
  街の入り口、馬車の停留所で見知った姿が見えた。
  長めのボブと垂れ耳のように両サイドに付いている肩まで伸びたツインテイル。
  マローネだ。
  うん、元気そうだな。
「お兄ちゃーーーーーんっっっっ!!!!!!!!!」

 と、俺を見つけたマローネがこちらに走ってきた。
  相変わらず落ち着きのないヤツだなぁ。

2

 あたしには好きな人がいる。
  あたしより二つ年上のお兄ちゃん。三年前お父さんに引き取られた人だ。
  初めて会ったときは何を言っても反応がない無口な人だった。挨拶やお礼なんかも言わない、
  無愛想を体現したような。
  ヘンな人。最初の印象はそんな感じだった。
  ある日、その人はお父さんに剣を習いたいと言った。
  てっきりお父さんは断るかと思ったんだけど、意外にもあっさり承諾したみたい。
  あの人から何か感じ取ったのかな?
  そこで初めてあたしはあの人に興味を持った。
  淡々と剣の訓練をこなすあの人をあたしは少し離れて眺めていた。
  なんでこの人はこんなに、まるで何かにとり憑かれたように訓練するんだろう。ますますヘンな人。
  そう思いながらもその人から目が離せなかった。無愛想な彼に少しずつ世話を焼くようにもなった。
  もともと天賦の才能があったのだろう。それに加えてあの努力。
  その人が戦場に出る日はすぐに来た。
  お父さんと同じように腰に二本の剣を挿し、戦場に向かう後ろ姿。それをあたしは見送った。
  新兵が戦場で死亡する確率は高い。待ってる間不安で押し潰されそうだった。
  以前、旅団の人が初陣だったときもここまで心配していなかった。
  どうして…?どうしてこんなにあの人が気になってるの…?
  答えは簡単だった。
  ――――あたし、あの人が好きなんだ。
  呟くとそのときの自分の感情とピタリと符号した。
  あの人が無事に帰ってきたのを確認すると我を忘れて泣きながら飛びついた。
  その日を境にあの人は少しずつあたしに話しかけてくれるようになった。
  彼の心境にどんな変化があったのか解らなかったけどあたしは天にも昇る気分だった。
  それまではどちらかというと殺伐としたイメージだったのに実際に話をしてみると凄く優しい人だった。
  とても争い事を生業にしている人間とは思えないくらい。
  これは後からお父さんに聞いたのだけど、彼は例の事件で心にかなり深い傷を負っていたらしいから
  本来の性格はあんな感じだったんだと思う。
  嬉しい。あたしがあの人の心を開いたんだ。
  自惚れかもしれないけど、もしかして自分はあの人の中で結構重要な位置にいる人間なのかもしれない。
  そう思って告白してしまおうかと思った。

 でもそれはすぐに思いとどまることになる。
  彼が毎夜、うなされながら女の人の名前を何度も呼んでいることを知ったからだ。
  キャス――――死んでなお、あの人の心を捕らえて放さない女性。
  羨ましかった。あの人にそれほど想われている、顔も知らないキャスという女性に嫉妬した。
  でも、あたしにはまだ未来がある。死人には決してマネできないアドバンテージだ。
  だからあたしは彼が過去と決別できるようになるまで影で支えることにした。
  いつか彼の隣に立ち、手助けができるようになるため、銃の扱い方を猛勉強した。
  あの人が騎士になると言い出したときは心が張り裂けそうだったけど我慢した。
  戦争が終わったら騎士を辞めると思っていたのに結局辞めなかったことにも文句を言わなかった。
  全ては彼が過去の悪夢を断ち切るため。
  ただでさえあの人が騎士になってから殆ど会えてなかったのに、
  そのうえアリマテアを離れるというのは正直気が変になりそうだった。
  いや、それは現在進行形。オークニーに来て約半年。さすがに我慢の限界に来ている。

 早く、早く、あの人に会いたい。
  ――――――――ウィルお兄ちゃん。

「遅いなぁ…お父さん。手紙ではそろそろって書いてあったのに」
  馬車の停留所で独り呟く。お父さんが帰ってきたらお兄ちゃんが半年間何してたか聞かなくちゃ。
「あ!」
  街の入り口から見える道の向こうから馬車がやって来るのが見えた。お父さんが乗ってるのあれかな。
  少しずつ近づくにつれ、荷台に乗っている人の形がおぼろげに見えてくる。
  乗客の一人に体格のいい人影。間違いない。おとう―――――

 ドクン

 あれ……?お父さんと話してる、あの人……誰?
  見間違えるわけない見間違えるわけない見間違えるわけない見間違えるわけない見間違えるわけない。

 ウィルお兄ちゃん!!!!!!!!

 心臓が壊れたように鼓動を早めていくのが解る。
  どうしてここにいるのかなアリマテアの方はどうしたのかな騎士はもう辞めちゃったのかな
  鎧は着てないから
  そうなのかもううんきっとそうもしかしてあたしに会いに来てくれたのかな
  もしそうだったら嬉し――――

「お兄ちゃーーーーーんっっっっ!!!!!!!!!」

 気が付けばあたしは全力で駆け出した。
  お兄ちゃんに会えるお兄ちゃんに会えるお兄ちゃんに会えるお兄ちゃんに会える!!!!

 あ、お兄ちゃんが驚いた顔してる。すぐにそっちに行くからね。
  ちょっと危ないけど、走行中の馬車に飛び乗った。体術の訓練サボらなくて良かった。

「おにいちゃんっ!!」

 すぐにお兄ちゃんに飛びついた。半年振りの懐かしい匂いが鼻孔をくすぐる。
  …あれ?でも何か違う匂いも混じってない?
「こら!走ってる馬車に飛び乗る馬鹿がどこにいる!?」
  馬車の運転手さんに怒られちゃった。別にいいや。お兄ちゃんに会えたし。
「危ないだろ、マローネ」
  嗚呼、お兄ちゃんの声!!鼓膜から甘い痺れが全身に広がる。
「えへへ。格闘訓練の賜物だよー。
  それよりお兄ちゃん、あっちで身体壊さなかった?ちゃんとご飯食べてる?歯は磨いた?」
「俺は子供か」
  お兄ちゃんのトレードマーク、困ったような笑顔。久しぶりに見れた。嬉しいな。
「お前の方こそ元気にしてたか?」
「誰に言ってるの。このマローネちゃんが体調崩すハズありませーんっ」
「まぁ馬鹿は風邪ひか……むごっ」
  要らないこと言う前に口に拳を突っ込んだ。
  あ、手がお兄ちゃんの唾液でべちょべちょ…えへ。後で舐めちゃお。
「あー、マローネ。父親は無視ですか?」
「お父さん、うるさい」
  なんか言ってるお父さんを一蹴。
「……娘がグレちまった……」
「はいはい、オカエリナサイオトウサン」
  拗ねてしまったお父さんにも一応挨拶。そこで少しだけまわりの状況が目に入る。
  ……あれ、やけに視線が痛いんだけど……
  周囲を見ると三人の女性が穴を開けてやろうかというくらいこちらを凝視していた。
  やだ。他に乗ってる人たちにあたしたちのラヴっぷり見せつけちゃったぁ。にへら。
  三人を見ていることに気づいたお兄ちゃんが不意に口を開いた。
「あぁ、マローネ。紹介するよ。この人たちとはアリマテアから一緒に旅してるんだ。
  手前の銀髪の人が――――」
  何か信じられないことを言おうとするお兄ちゃんの声を、こちらをずっと見ていた三人が
  途中で遮るように同時に声を上げた。

「ウィルの妻のマリィ・ケノビラックです」
「ウィリアムの妻、マリベル・ケノビラックじゃ」
「ウィリアム様の妻でシャロン・ケノビラックと申します」

 

 ――――――――なに……それ。

「ちょっとっ!?三人とも、変なところでシンクロしないでください!!
  俺は結婚なんかしてません!!」

 さっきまでの幸福感がなりを潜め、代わりに苛立ちと不安があたしの心を埋めていく。

 なんで、楽しそうに話すの…?お兄ちゃん。
  なに?この人たち。
  何なの……このドロドロとお腹の底に溜まっていく嫌な感情は。

3

 師匠の紹介で旅の宿屋――――――暫く滞在する冒険者向けに長期宿泊させてもらえる宿に
  俺たちは連れてこられた。
  ベイリン傭兵旅団の皆もここに泊まっているらしい。
  俺たちもそこで暫く過ごすことにした。
  それはいいんだけど。

「ねぇねぇお兄ちゃ〜ん」
  歩いている最中、やたら俺にくっついて離れないマローネ。
  歩きにくいったらしょうがない。おまけに背後から六つの白い目が俺を見つめている。
  胃に穴が開きそうだ。
「しばらくは一緒にいられるねっ」
  嬉しそうに俺の腕をぎゅっと絡める。こいつ、こんな甘えん坊だったか…?
  ……う〜む。しかしマローネのヤツ、半年会わないうちにまた一段と成長したな。
  特にむ……あっ!痛い痛い!!背中の視線が猛烈に痛い!!

「ウィル、本当に三部屋で良かったのか?」
  部屋に案内される途中で師匠に尋ねられた。
「えぇ。やはり妙齢の男女が同室というのは問題があると思いますし」
  色々危険だからな。主に俺が。
  と、そうこうしているうちに宛がわれた部屋に到着した。
「よし、部屋は手前からウィル、トレイクネルの嬢ちゃん、一番向こうの若干広めの部屋が姫さんと
  メイドさんの部屋だ。
  それからウィル、明日オレの部屋に来てくれ。話がある」
「わかりました。一階でしたよね?」
  話ってなんだろ?仕事を紹介してくれるんだろうか?
「じゃあお兄ちゃん、また後でね」
  やっとマローネが開放してくれた。
「ん、後でな」
  俺に手を振りながら師匠と共に階下へ降りていくマローネ。
  …よし、とりあえず荷物を整理するか。
「それじゃあ、みんな。荷物をせい……」
  三人を振り返ると。
「裏切り者」
「女たらし」
「私の方が巨乳」
  それぞれ俺に捨て台詞をぶつけて部屋に入って行った。
  ……とほほ。

 

 

 

 翌日の朝、部屋を訪ねると中で早速師匠が酒をあおっていた。朝っぱらから酒かよ。
「ウィル坊ちゃん、お久しぶりッス」
  部屋にはもう一人、傭兵旅団のメンバーのロブさんが師匠の酒に付き合っていた。
「ロブさんもお元気そうでなにより」
  挨拶すると彼は俺に珈琲を用意してくれた。
  二人の様子を見ながら椅子に腰掛ける。……何かちょっと変な空気だな。
「ウィル、お前こっちに来て仕事のアテはあるのか?」
「いえ。冒険者の斡旋所にでも行って依頼を受けようと思っているんですけど」
  やっぱり仕事の話か。その割にはやけに雰囲気が重いな……どうしたんだろう?
「ならちょっとオレたちの仕事を手伝わねぇか?」
  師匠が空になったコップにまたなみなみと酒を注ぐ。
「それは俺も願ったり叶ったりですが……いったいどうしたんですか?」
  そこでやっと俺は先程から感じていた違和感を口にした。
「……」
  師匠とロブさんが顔を見合わせる。
  二人が嘆息した後、ゆっくりロブさんの方が口を開いた。
「…それはアッシの方から説明させてもらいます。
  今回のお仕事、要は西の町への荷物運搬の護衛なんですが…ちとこれが厄介でして」
「厄介?」
  聞く限りではベイリン傭兵旅団なら朝飯前でこなせそうな依頼にしか思えない。
「えぇ。ここから西の町に行くには険しい山道を通らなきゃならねぇんですが
  どうも最近その道が物騒なんス」
「物騒って…山賊でも出るんですか?」
  まぁ山賊が出たところで旅団はおろか師匠一人すら相手に出来なさそうだけど。
「有体に言えばそうです。ですがこの山賊、どえらい手練れが首領やってるらしくて。
  ここ最近の犠牲者が右肩上がりなんすよ。荒くれ者を束ねてるってだけで相当なもんなのに
  山賊のくせにやたらめったら統率が取れてるとかって話で」
  ……凄いと言えば凄いけど何か眉唾っぽいなぁ。
「いくらなんでも嘘臭くありません?それ。
  犠牲者が増えて噂だけが一人歩きしてるように思うんですけど」
  俺の言葉を聞いて何故かロブさんは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「オレもそう思ってたんだがな……どうやらマジっぽいらしい」
  師匠がグッと酒を流し込む。
「オレの知り合いがよ、その山賊退治に行ったらしいんだが……
  返り討ちにあった」
「え?」
「その知り合い、言っとくが腕はオレが太鼓判押せるぜ。そういうのが五人揃って出かけて、
  帰ってきたのは一人。
  致命傷を負ってな。で、そいつも一部始終をロブに話してポックリ逝っちまった」
「…ってソレ、本当にヤバくないですか?」
  その返り討ちにされた五人がどれくらい強いかは解らないが、師匠が言ってるんだから
  相当なものなんだろう。なのに殺された。
  ……この仕事は危険だ。
「まぁな。かといって途中で受けた依頼を降りるわけにもいかねぇ。
  相手がどれくらいの人数でどれくらい強いのかもわからない。だが出来るだけ安全に事を運びたい。
  っつーわけで今は少しでも人の手を借りたいんだよ」
「俺でよければ構いませんが……あ、それなら団長にもお願いしておきましょうか?」
「そうだな。あの嬢ちゃんが居てくれりゃ百人力だ。頼めるか?」
「わかりました。伝えておきます」
「その仕事までまだ日はある。それまでこの街に慣れとくんだな。
  あ、そうだ。ロブ、聞いてくれよ」

 話題が変わって空気が軽やかになった。ってか軽すぎない?
「ウィルのヤツよー、三人も女連れてやがってよー…まったく最近の若いヤツは性が乱れてるよな?」
「ぶっ!」
  飲んでいた珈琲を吹いてしまった。
「いけませんね。坊ちゃん、重婚できる国はまだここから西っすよ?」
  あー…忘れてた。ここの傭兵の人たちはいつもこうなんだった。
  重い話をした後は必ず最後に何か冗談を言って場を和ませる。いいことなのかも知れないけど…
  いつも俺が槍玉にあげられるんだよなぁ。
「誰が本命なんだ?」
「勘弁してください…」
  いいから教えろよー、と追求してくる師匠。このオッサン、酒が今頃まわり始めたな。
  うーん、どうやってこの酔っ払いを掃除しよう。
  師匠に肘で突かれながら考えていると。

「お兄ちゃんっ!!」
  バンッと扉を勢いよく開け放ち、マローネが部屋に入ってきた。
  なんでちょっと慌ててるんだよ。
「お兄ちゃんはこの辺、詳しくないよね?あたしが案内したげる!
  だから、ほらほら!早く行こっ!?」
  俺の腕をしきりに引っ張る。楽しそう、というより必死に見えなくもないのは俺の気のせいか?
「わかった、わかったからそんな引っ張らないでくれ」
  俺の困惑の表情を見て我に返ったのか、「ごめん」と言って俺の手を放してくれた。
「それじゃあ師匠、ロブさん。俺はちょっと街を見てきます」
  二人に断ってから俺は席を立った。
「おー、行ってこい行ってこい。
  ―――――ただし、避妊はしろよ?孫の顔を見せてくれるっつーんなら別だが」

「娘の前で下ネタ吐くなっ!!」
  このオッサンは最後に余計な事を言わにゃ別れられんのか、まったく。

4

 オークニーの街。主に交易で栄えた街だ。南に広がる大海や、東に存在する帝国領から
  珍しい物品を輸入している。
  中でも最も盛んなのが“火薬”と呼ばれる魔法の粉だ。火を付けるだけで膨大な熱と衝撃が発生する。
  火薬を利用した代表的な兵器に銃と呼ばれる長筒―――――マスケット銃があるのだが。
  アリマテアで戦争してた頃に一度それを見たことがある。
  新兵器だけあって確かに脅威だった。だがそのくせ致命的な欠点がある。
  命中すればほぼ確実に相手を無力化できるが如何せん精度が悪い。
  おまけに次射が撃てるまでのスキも長い。
  その間に白兵戦に持ち込めば難なく片がつく。せいぜい物量で以って相手の戦意を削ぐ程度にしか
  役に立たない代物だ。
  だから戦時中に見かけることは殆どなかった。特に単独での仕事もこなす傭兵や冒険者の類の連中には
  頗る不評だ。
  そういうわけで。

「なんで、わざわざマスケットなんて面倒臭い武器選んだんだよ」
  マローネがいつも背負っている長筒。まごうことなきマスケット銃だ。
「何?お兄ちゃん、今さら」
  街を案内している最中、いきなり脈絡のない話題をされたせいか目をパチクリさせた。
「いや、だってさ。マスケットって手入れの手間かかるし、命中精度だって弓より低いだろ?
  なのに数ある武器からどうして銃を選んだのかなぁ・・っと」
  俺の問いにマローネは自分の指を絡ませながら。
「んー…あたし、剣とか槍って苦手だし…かと言って弓を使えるほど豪腕でもないし」
「何言ってるんだよ、そんな重い長筒しょってるだけで充分ごう…むごっ」
  拳を口に突っ込まれた。何故かマローネはいつもこうやって俺の口を塞ぐ。
「女の子にそんなこと言っちゃダメだよ、お兄ちゃん。
  で話を戻すけど、あたしこういう複雑な道具、結構好きだから手入れもそんなに苦じゃないんだ。
  精度だってちょっとイジれば弓より凄いよ?
  あ、でも一番の理由はやっぱりお兄ちゃんが・・・・・」
  そこで口を一旦閉じて俺の顔をチラチラ盗み見た。
「なんだ?俺がどうかしたのか?」
「…やっぱいい。お兄ちゃんってホントいつまで経っても女心が判らないんだねっ!」
  怒られてしまった。わけわからん。
「それにそれに、あたしのマスケットそんじょそこらの市販の物とはワケが違うよ〜。まずね―――――」
  そこからはマローネの銃の仕組み講座だった。
  火薬の調合が一味違うだの、筒の中に螺旋状の溝を造ったから普通のとは精度が段違いだの。
  俺には解らない銃の構造を事細かに説明。いやもうマローネが銃好きだってことはよく解ったから…

 思い返せばマローネとこれほどたくさん話をするのは久しぶりだ。
  騎士になってからはあまり会う機会がなかったから足掛け二年ぶりってところか。
  こうしていると初めて彼女と話したことを思い出す。
  最初、俺はマローネに話しかけられても殆ど無視していた。
  当時はあの事件が頭から離れず、静かな憎しみだけで生きていた。
  だから彼女と話をする余裕も興味もなかった。ただ奴等を殺せる腕を磨くだけの日々。
  マローネとの関係が変わったのは俺が初陣から帰ってからだ。
  彼女は俺の無事の帰還に泣いて出迎えた。
  彼女は泣いてくれたんだ。世話をされても無視していた俺なんかのために。
  それからようやく俺も現実に目を向け始めた。相変わらず復讐のことが頭から離れなかったけど。
  少なくともそれを剥き出しにすることはなくなった。マローネのおかげで今の俺がある。
  彼女が居なければ俺はただの殺人快楽者になっていただろう。
  マローネには随分迷惑をかけた。自分も戦うと言い出したときはどうなるかと思ったが。
  まぁ今となっては情けない話、徒手空手で勝負したら勝てるかどうか判らないくらいに強い。
  さすがは師匠の血を引く子供だ。
  今はそれくらい傭兵としての腕を身につけているが、当時は戦闘に参加すると言い出したのは驚きだった。
  世話焼きの彼女のことだ、多分俺を心配してあんなことを言ったんだろう。
  彼女には頭が上がらない。
  ……いつか、マローネにもお礼がしたいな。

「―――――それに……あたしが次弾用意してるときはお兄ちゃんが守ってくれるもんね?」
  相貌を崩して俺に笑いかけた。
「あのなぁ…騎士辞めたからって俺が傭兵旅団に戻るって決まったわけじゃないぞ?」

「あははっ。駄目だよ、お兄ちゃんはあたしを守らなきゃ。絶対に連れ戻すんだから。
  ―――――あんな女どもには渡さない」

「え?」
  最後の部分はよく聞き取れなかった。一瞬マローネの顔に戦慄したが……見間違いか?
「あ、お兄ちゃん。あそこはロブおじさんの好きな酒場だよ」
  道の向こうにある一軒の寂れた酒場を指さす。もう彼女は笑顔だった。やっぱり見間違いだったんだろう。
  気を取り直して俺も酒場の方に目を向けた。

「はー……ありゃ、また……
  師匠もロブさんも…どうしてああいうボロい酒場を好き好んで通うんだろ」
  アリマテアに居た頃もそうだったけど二人とも酒が多少不味かろうがあんな雰囲気の潰れそうな酒場が
  好きだ。
  なんでも「いかにも傭兵が好みそうな感じがたまらない」んだそうだ。
  彼らの妙なこだわりは理解できない。
「あ、誰か出てきた」
  呆れて天を仰いでいるとマローネが店から客が出てくるのを見つけた。
  って、他にもあんな店を好む変わった感性の人間がいたのか。
  そう思いながら顔を確認する。

 ズクン。

 胸に激痛が走る。

 ―――――?

 どこかで見た顔だな。    (何を言っている。)
  えーと。          (忘れるわけないだろう。)
  確か…           (あの男だ。)
  随分昔に見たような…    (×××を×した男だ。)
  誰、だったかな。      (たとえ神が庇おうとも神ごと×××やるとお前が誓った男だ!)

『いやぁぁぁぁぁッッッ!!!!!』

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「―――――お兄ちゃんッ!!!」
  マローネの叫び声で俺は現実に引き戻された。
「・・はぁ・・はぁ・・・はぁ・・・・はぁ」
  知らない間に肩で息をしていた。どうなってるんだ?
  マローネが俺の腕を痛いほど強く掴んでいる。
  見れば、俺は無意識のうちに腰の剣に手をやっていたらしい。剣を鞘から抜こうとしていた。
  こんな街中で抜剣しようとするなんて……何考えてんだ、俺は。

「だ、大丈夫?お兄ちゃん」
「あ…あぁ。もう平気だ、心配かけたな」
  背中をさするマローネに笑顔で返し、気分を落ち着ける。
「長旅で疲れたんじゃない?今日はもう帰ろう?」
「…そうだな」
  まったく…マローネに諭されるまで気づかないとは。
  不慣れな長旅で気づかないうちに相当疲れが溜まってたんだろう。タチの悪い幻覚だ。
  もう一度酒場の方を見るが、店を出た客の姿は見当たらなかった。

5

「はい、お兄ちゃん。珈琲」
  お兄ちゃんを気遣いながら宿の部屋に帰ると珈琲を淹れてあげた。
「ありがとう」
  お兄ちゃんが珈琲を飲んで喉を鳴らす。あたしが淹れた珈琲を飲んで。あたしが、淹れ、た……
「……んっ…」
「マローネ?」
  思わず上げてしまった声にお兄ちゃんが訝しそうな顔をした。
「う、ううん!何でもない」
  危ない危ない。久しぶりに世話を焼いた快感にちょっと濡れちゃった。
「…そういえばマローネの淹れる珈琲も随分と久しぶりだな」
「えへへ。懐かしい?」
  昔を思い出して懐かしそうに飲むお兄ちゃん。
「あぁ。あの頃は朝にこれが出なきゃ一日が始まらないって感じだったなぁ」
  エヘ。嬉しい。
「今度は飲まなきゃ禁断症状を起こすくらい美味しいの淹れてあげるねっ」
「あはは。恐いな」
  そう。あたしがいなきゃ生きてけないくらいのね。

「ね、ね、お兄ちゃん。ホントに騎士辞めたの?」
  あたしは気を良くしてお兄ちゃんの隣に座った。
「昨日言っただろ。色々あってな」
「どうせだから聞かせてよ、アリマテアの話」
  最初は軽い気持ちだった。離れて暮らしていた半年間、いや二年間を埋めたいという純粋な気持ち。
  ただそれだけ。
「聞いてもあんまり楽しい話じゃないぞ?」
「それでも聞きたいの!」
「わかったわかった。そうだな、まず―――――」
  だけど。
  お兄ちゃんの口から出たのは本当に楽しくない話だった。

 

 

「―――――で団長たちと旅に出て此処に来たってわけ」

 何なの……それ。

 じゃあお兄ちゃんは仇のトレイクネルの娘と旅してるって言うの…?
  あの銀髪の女はそれを解ってて厚顔無恥にもお兄ちゃんの隣で笑ってるって言うの…?
  あのお姫様は自分の国の汚い謀略の所為で苦しんだって解ってるのにお兄ちゃんに
  付き纏ってるって言うの…?
  お腹の中が煮えくり返りそうなのを必死で抑えた。
「どうした?マローネ」
  お兄ちゃんの声が随分遠くから聞こえる。

 あたしはお兄ちゃんが一番辛かった時から支えてきたのに。
  離れたくない想いを堪えて二年間も我慢してきたのに。
  それを横から掻っ攫った牝豚どもはよりにもよってお兄ちゃんの仇ッ!?

 ゆるせ、ない……ゆるせない。許せない。許せない許せない。
  許せない許せない許せないッ!許せない許せない許せない許せないッッッ!!!!

 激しい憎悪で食いしばった歯が砕けそう。

「お兄ちゃん」
  なんとか感情を心の奥底に閉じ込めて。
「そんな人たちと、旅してて、楽しいの?」
「旅の目的が目的なだけに、あんまり声を大にしては言えないけど……
  まぁ…楽しい、かな」
  照れたように頬を掻くお兄ちゃん。
  ……あんな女たちといて楽しい…?嘘だよ。お兄ちゃん。
「ねぇ、やっぱりあたしたちのところに戻って来ようよ」
「え?」
「あの人たち、なんか嫌な感じだよ。きっとまたお兄ちゃんを不幸にする。
  だから、ね?その前に旅団に戻ろう?」
  そうだ。あの女たちは絶対にお兄ちゃんを不幸にする。あんなヤツらとはすぐに縁を切るべきだ。
「何言ってるんだよ。そんなワケないだろ」
  笑ってあたしの頭を撫でるお兄ちゃん。
  ……駄目。お兄ちゃんは完全にあの女たちに騙されてる。
「それよりマローネ、おかわり、もらえる?」
  あたしに空いたコップを差し出すお兄ちゃん。
「う、うん…」
  とりあえず今日のところはここまでにしとこう。
  でも、お兄ちゃんがまたあんなことになる前になんとかしないと。

 ―――――あたしが、あたしがお兄ちゃんを助けなきゃ。

6

「お休みなさい、ウィル」
  小声で言って私はウィルの部屋の扉を閉めた。
  かなり疲れが溜まっていたようで、夕食後、私が部屋を覗いたときは彼は既に夢の中だった。
  気付かないうちに無理をさせていたのだろうか。
  もっとちゃんと私がフォローしてあげないと。こんなんじゃウィルの伴侶失格ですね。

 気分転換でもしようと階下のバーに向かうと。
「ほぅ!ではウィリアムは―――――」
  王女の明るい笑い声。誰かと話しているのかな?
「あぁ。あいつは昔っからポトフが好物らしくてよ。
  酒場でも酒飲まずにポトフばっか食いやがるんだよ」
  他に男性の声も聞こえてきた。
  バーの中を覗くとカウンターで王女とベイリンおじさまが歓談していた。内容は…ウィルのことね。
  くっ…あの王女め。私を差し置いてウィルの好物を訊いて一歩リードする気ですね!小癪な!
「その話、私も聞きたいです。おじさま」
  断りもせず、隣に座った。私に気が付いた王女が眉を顰める。
「むっ!おぬしはお呼びではないぞ!マリィ!」
「別にあなたに話があるわけではありません。私はおじさまに訊いたんですよ?」
「ぐぬぬぬぬっ…!!おのれ!マリィのくせに生意気な!」
  拳をぷるぷる震わせる王女。あははっ、顔真っ赤。気持ちぃー。
「はっはっはっは!!姫さん、あんたの負けだ。諦めな。
  それにここは酒を飲むところだぜ?カタイことは言いっこなしだ」
  おじさまが豪快な笑い声をあげて王女の背中をバシバシ叩く。
「けほっ、けほっ…む〜……わらわは不愉快じゃ!!失礼させてもらうっ!!
  ―――――ベイリン、またおぬしと話をしても構わぬか?」
  ぷんすかと怒りながら椅子から飛び降りておじさまに尋ねた。
「勿論だ、楽しみにしてるぜ」
  色好い返事を聞いて王女は笑顔で返し、私には舌を出してバーを去って行った。

「さてと。嬢ちゃん、オレに付き合ってくれるんだよな?」
  王女を見送ると、おじさまは空いた器をこちらに置いた。
「えぇ。喜んで」

 

 

 

「ふーん…あのウィルがねぇ……」
  ちびちびとグラスを傾けながらもおじさまの目は遠くを見つめていた。
「だから、私は彼の助けになりたい。三年もウィルが苦しんだのは私の父のせいだから……」
「そうだな。確かにゲイル=トレイクネルのせいでウィルは苦しんだ」
  ズキン、と胸に刺さる言葉。あはは…容赦ないなぁ。
「だけどな、嬢ちゃん。それはあんたの親父がやったことであんたじゃない。
  それに…あいつを救ったのも嬢ちゃんだぜ。」
「え?」
「あいつが戦争終わってもなんで騎士辞めなかったか解るか?
  あんたがいたからだよ。オレはてっきり村を襲った連中を追うために騎士を辞めると思ってた。
  復讐のためだけに行動していたウィルがそれを曲げて騎士団に残ったんだよ。
  オレたちじゃできなかったことをあんたはやったんだ」
  おじさまは少し自嘲気味に笑った。
「そんな…私は……」
「礼を言わせてもらうぜ。可愛い弟子を救ってくれてありがとう」
  おじさまらしくない、深々と頭を下げた謝辞。
「や、やめてください!おじさま!
  私、そんなんじゃ…そんな人間じゃ……」
  そう、私はそんな人間なんかじゃない。汚い女だ。
  ウィルのためと称して王女を殺そうとした。そういう女なんです、おじさま。

「かっかっかっ!ガラにもないことしちまったな」
  おじさまは笑って頭をかいた。でもすぐに真剣な顔に戻り。
「ついでにひとつ頼んでいいか?」
「え、えぇ…?」
「これは一番ボロボロだったころのあいつを知っているから言えるんだが……
  ウィルがもしまた復讐にこだわるようになっちまったら助けてやって欲しい」
「え?でも彼はもう…」
「わかってる。でもな、いくら本人が変わったっつったって根っこの部分はそうそうすぐには変えられない。
  言い換えれば変わろうとしている今が大事なんだ。だからあいつのことを見ていてほしいんだよ」
  この人は本当にウィルが心配なんだ。これが親心というものなのだろうか?
  父とろくに会話もしなかった私にはあまりよくわからないが何か暖かいものを感じた。
「大丈夫です。おじさま。私、ウィルを見るのは得意中の得意ですから」

 おじさまは私の返事に一瞬目を瞬かせ、すぐに吹き出した。
「ははは!そうか。ウィルもとんだ果報者だな!こりゃ、オレの取越し苦労だったみたいだ。
  安心したぜ。ともかくこれからもウィルをよろしく頼むわ」
  私に手を差し出して握手を求め。
「はい」
  それに私も応えようと―――――

 

「駄目だよ」
  突然の声に驚いて振り返ると、そこにはマローネさんがこちらに怒りの形相を向けていた。
「マローネ…?」
  おじさまもその顔から不穏な空気を読み取った。
「そんな女なんかにお兄ちゃんは任せられない」
  ぎりぎりと歯を食いしばる音がこちらまで聞こえてきそうだ。
「お兄ちゃんが一番辛かったときに側にいなかったくせに……
  今さらあの人の隣に立たないで。お兄ちゃんを助けてあげるのはあたしなんだからッ!!!
  あんたなんかに…あの人が辛い思いをした元凶のあんたなんかにお兄ちゃんは
  渡さないんだからッッ!!!!!」
  憎悪と怒り。その眼はあの日の私と同じ気がした。
「マローネッ!!!」
  ビィィィン…とバーが反響するくらいの怒号。おじさまがマローネさんを一喝していた。
「…いい加減にしろ。それ以上はオレが許さねぇからな」
  彼女は口を閉じはしたものの、それでも私への怒りの眼差しは衰えず。

「―――――ない」
  背骨が凍りつくくらいの低い声。

「あたしは絶対に認めないッッッッッッ!!!!!!!!!」

 私に殺気をぶつけて彼女は走り去っていった。

「…すまんな、嬢ちゃん」
「いえ……」
  そう答えたが私はマローネさんが消えた方向から目が離せなかった。

7

 目覚めは最悪だった。

「ウィリアム〜っ!起きよっ!」
  俺を眠りから引き起こす、姫様の声。それだけなら快調に目覚められた筈だ。
  だが。

 ドシンッ!

「ぐほぅっ!!?」
  腹部に強烈な衝撃を受けて無理矢理覚醒させられた。
「街に行くぞっ、ウィリアム!!」
  腹に重みを感じながら目を開けると姫様が俺に跨って座っていた。
「い、痛いですよ…起きますから、ど、どいて…」
  なんとかそれだけ声に出す。
「どうしたのじゃ、ウィリアム!元気がないぞ」
  あなたのせいです、姫様。やっと姫様がどいてくれたので、瞼を擦りながら上体を上げた。
  姫様もベッドに腰かける。
「…で、なんです?姫様」
「うむ、おぬしと街をまわりたいのじゃが。構わぬか?」
「え?でも俺あんまりこの街詳しくないですよ?」
  俺だって先日マローネに案内されたばかりだ。
「いいのじゃ。……わらわは、お、おぬしとデートがしたい。
  …マリィだけでは不公平というものじゃろう?」
  言ってる最中に恥ずかしくなったのか、俺から視線を離す姫様。
  あ、ちょっと赤くなった。なんだか今日は少し様子が変だな。
「わかりました。朝食を取ったら出ましょうか」
「やったーっ!」
  諸手をあげてはしゃぐ姫様。ここまで喜ばれると俺の方が照れてしまう。
「では早く準備して降りて来い、ウィリアム。さもなければ―――――」
  俺に近づきつつ流し目。やばい、姫様が誘惑モードに入った警告だ。
「元気なソレ、わらわが食べてしまうぞ」
  すっ、と左手で朝から絶好調の息子を撫で上げられた。あふん。
「着替えるからとっとと部屋から出てってくださいっっ!!」
  恥ずかしさが頂点を越えて俺は思わず叫んでしまった。
  朝の生理現象の存在を失念していた。ちくしょう。
「あははっ、待っておるぞ。ウィリアム」
  俺にウィンクを飛ばしながら小走りで部屋から退出。完全に掌で踊らされている。姫様……マセすぎ。

 着替えを済ませると、一階に下りて入居者に開放されている厨房兼、食堂に入った。
「おはようございます、ウィリアム様」
  食堂にはシャロンちゃんが客に料理を運んでいた。
「おはよう…って何してんの?シャロンちゃん」
「先日から日雇いでここで働かさせてもらっています」
  …なんとまぁ。仕事見つけるの早いな、シャロンちゃんは。怖いくらい様になってる。
「それじゃ俺も朝食もらえるかな?」
  シャロンちゃんに注文を取ってもらおうと席についた。
「では少々お待ちください」
  相変わらず馬鹿丁寧にお辞儀して厨房の方へ消えていくシャロンちゃん。
  ……あれ?メニュー訊かないの…?
  変に思って厨房の方を眺めていると。

 シャロンちゃんが、鍋を抱えた仏頂面の姫様を連れて出てきた。顔が強張っている。
  鍋が重いのだろうか?というか料理してたの?姫様が?
「う、うぃりあむ…」
  おもいっきり緊張した面持ちの姫様が俺の前のテーブルに鍋を置いた。
「姫様?」
  尋ねても固まったまま。普段は自信に満ちたつり目が今は不安気に垂れている。
  後ろに控えていたシャロンちゃんが、見かねてそっと姫様の肩に手を置いた。
「さ、姫様」
「う、うむ。
  ウィリアム、その、えと、ぽ、ぽぽ、ポトフを作ってみたのじゃが、食べてくれぬか?」
「ポトフ?」
  鍋の中を覗く。
  ………うっ。
  俺はポトフが大好物だ。だから別に朝からこんな重い料理が出てきたとしても俺にとっては
  大した問題じゃない。
  だけど。鍋の中はまるで闇鍋だった。魔女の大釜を連想するような凶々しさ。
「た、食べてみてくれ」
  姫様はそう言いながら鍋の中の黒い流動物を皿に盛っていく。
  ところどころにある黒い固形物はじゃがいもか……?ポトフってのはもっと、
  こう色とりどりじゃなかったか?
  なんでなにもかもが真っ黒なんだよ。
「えーと、ポトフ、なんですよね…?」
  黒い物体を指差しながら姫様の顔を窺った。
「やっぱり……ダメ…か?」
  ぐっ。ちょっと泣きそうな顔された。どうやら回避不能らしい。
「わ、わかりました。いっいただきます!」
  姫様が泣き出してしまう前に慌ててスプーンを取り、掬った。
「……ごくっ…」
  恐ろしいものがこれから口に運ばれようとしている。ちらりと姫様を見るとじ〜っと俺を凝視していた。
  ええぃ、ままよ!俺は腹を括ってその黒い物を口に入れた。

 ポトフ(推定)の味が舌を刺激する。……こ、これは。

「ど、どうじゃ?」
  咀嚼している俺に評価をせがむ姫様。
「不味いです。煮込みすぎでポトフの味がしません」
  俺ははっきりと感想を述べた。
「…っ……そ、そうか……」
  姫様がしゅん、と小さくなる。
「―――――でも、俺の為に作ってくれたんですよね?すごく嬉しいです。
  よかったら…また、是非食べさせてください」
「ほ、本当かっ!?」
  ぱっ、と顔を輝かせる姫様。
「えぇ。今度はちゃんとした姫様のポトフが食べてみたいです。また作ってくれますか…?」
「〜〜〜〜っ!!ウィリアムぅ!!」
  感極まった姫様が飛びついてきた。
「あぁ!あぁ!必ずまた作るぞっ!!」
  飛び跳ねながら抱きつくものだから、危なくてしょうがない。
「うわっ、姫様!こ、こぼれますから暴れないで!」
  また掬ってポトフ(推定)を口に運ぶ。…うん。不味くてうまい。
「食べ終わったら街へ行くぞっ、ウィリアム!」
  こちらが身動きできなくなるくらい、ぎゅうっと抱きつく。
  おかげでその日の食事はなかなか進まなかった。

 

 

「何なの……これ」
  誰もいない厨房で呟いた。
  今日はちょっと寝坊してお兄ちゃんに朝ご飯を用意してあげられなかった。
  その報いなのだろうか。
  目の前にある、空の鍋。これにはポトフが入っていたらしい。
  マリベルとかいう子がお兄ちゃんに食べさせた物だ。
  昨晩、厨房で何かガサゴソしているのを偶然目撃したし、
  さっき、窓からお兄ちゃんとその子が楽しそうに街へ行くのが見えたから間違いない。
  あの子は今、お兄ちゃんと一緒にいる。あたしは独り。

「なんで…」
  なんであたしからお兄ちゃんをどんどん奪っていくの?
  ポトフはお兄ちゃんの大好きな料理。だから勿論あたしの得意料理でもある。
  なのに。
  あたし以外の料理をお兄ちゃんが食べた。
  お兄ちゃんに手料理を食べさせていいのはあたしだけなのに。
  お兄ちゃんの世話をしていいのはあたしだけなのに。
  お兄ちゃんの側にいるべきなのはあたしだけなのに。
  お兄ちゃんと話していいのはあたしだけなのに。
  お兄ちゃんを見ていいのはあたしだけなのに。
  お兄ちゃんを愛していいのはあたしだけなのに。
  お兄ちゃんを…。
  お兄ちゃんを…。
  お兄ちゃんを…。

「あたしだけなのにッッッッッ!!!!!!!!!!」

 ガンッ!!
  視界が真っ白になるほど頭にきて、目の前の空鍋を殴り飛ばした。

「はぁはぁはぁはぁ……」
  カラカラとひしゃげた空鍋が床を転がる。

 気分が悪い。憎悪と怒りで失神しそうだった。
  ――――――――――あいつら、すごく目障りだなぁ・・・・・死ねばいいのに。

番外編 第7.5話へ

8

 ただ寂しい。
  それを誤魔化すためにお兄ちゃんの部屋に入った。
  扉を閉めるとすぐにベッドに飛び込んだ。
  シーツに顔を埋める。
「おにいちゃんの…におい…」
  右手には昨晩お兄ちゃんが使っていたスプーン。洗わずに取っておいたものだ。
  そっとそれを口に咥える。
「あむ……」
  お兄ちゃんの味。お兄ちゃんの匂い。お兄ちゃんの味。お兄ちゃんの匂い。お兄ちゃんの味。
  お兄ちゃんの匂い。
  お兄ちゃんの味。お兄ちゃんの匂い。お兄ちゃんの味。お兄ちゃんの匂い。お兄ちゃんの味。
  お兄ちゃんの匂い。
「ん…はっ…」
  興奮が急激に高まってくるのが解る。下半身が熱い。
  熱に浮かされながら、空いた左手を熱る秘部に運んだ。
「は…ぅっ……ちゅぷ……ふっ……おひー…ひゃん……」
  左手を忙しなく動かし、右手でスプーンを何度もねぶる。

 お兄ちゃんはあたしだけのものだよね…? (俺はマローネだけのものだ)
  お兄ちゃんはあたしだけが好きだよね…? (俺が好きなのはお前だけだ)
  お兄ちゃんはあたしだけを抱きたいよね…?(お前だけが欲しい。マローネ)
  お兄ちゃんは――――――――

 頭の中のお兄ちゃんがあたしの望む答えを何度も言ってくれる。
  気が付けば、背中が限界まで反りあがっていた。
「ひ、ひもひいいよ……おひーひゃん、もっと…」
  あたしだけの。あたしだけの。あたしだけのお兄ちゃん。
  お尻が何度も突き出るようにうねり始めた。限界が近い。スプーンを口から離した。
「いひっ……ダメ…お兄ちゃん……ぁ…いれ、て…」
  スプーンを浅く、自分の秘所に押し込んだ。
「はうっっっっ!!!!!!??」
  脳が強烈な快感の信号で埋め尽くされる。
  あたしはだらだらと涎を垂らしながら潮を吹いていた。
「はっ……はっ……はっ……はっ…」
  絶頂の波が引いてくると、さっきよりもっと寂しさが込み上げてきた。
  自慰後の疲れからか抗い難い眠気に襲われる。

 ――――――淋しいよ、お兄ちゃん……

 あたしはそう心の中で呟きながら眠りに落ちていった。

 

 

 

「正直に言うとわらわはまだ物足りぬのじゃが…」
「お、俺は疲れました…」
  どういうわけか旅のときと立場が逆転してる。運動量は旅の方がずっと上なのに。不思議だ。

 夕暮れ時、俺がギブアップの宣告をして宿に帰ることにした。
  今はそれぞれ自分の部屋に入るところだ。

「ウィリアム、ちょっとこっちに来い」
  俺に手招きする姫様。
「なんです?ひめ……んむっ!?」
  油断した。彼女に近づくとキスされてしまった。
  今日は本当に姫様のペースに嵌りっぱなしだ。
「今日は楽しかったぞ、ウィリアム」
  そう言うと笑って逃げるように部屋に入ってしまった。
「……」
  ぼぅっと姫様の部屋を数瞬見つめる。
  可愛い、と思ってしまう俺はやはり掌で踊らされているのだろうか…?

 ポリポリ頭を掻きながら自室の扉のノブを捻ると。
  ……施錠が外れてる。合鍵は団長たちにも渡しているし誰かが開けたのかな?
  一応警戒しながら扉を開けた。
「って、マローネか……」
  マローネの姿を確認して俺は安堵した。
  何の用事で入ったのか解らないがベッドの上で小さな寝息を立てて眠っている。
  彼女の隣に腰掛けて様子を見ようとすると。
「お………ちゃん……にお……」
  マローネがボソボソ何か言いながらゆっくり目を開けた。
「あ……れ…?」
「目が覚めたか?マローネ」
  寝ぼけ眼のマローネが俺の目を見つめる。
  少しづつ目に光が戻ってきた。現状を理解し始めたようだ。
「うひゃっ!!?」
  マローネが慌てて飛び上がり右手に持つものを後ろ手に隠した。
……スプーン…?
「お前、食い意地張ってるなぁ……何もスプーン持ち歩かなくても…」
「い、いいでしょ!別に!」
  なに怒ってるんだよ。変なやつ。
「それより、此処にいるってことは俺に何か用があるんじゃないのか?」
「え?あ、いや…その、何処、行ってたの?」
  少し目を泳がせたがすぐに俺に質問してきた。
「あぁ、ちょっと街までな」
  答えると少し俯くマローネ。
「………マリベル、って子と…?」
  声がさっきより少し低くなっていた。
「そうだけど……マローネ?」
  様子が変だ。こっちに来てからというものマローネはちょっとおかしい。
「その子のこと、好きなの?」
  話が突然飛躍した。本当にどうしたんだよ、マローネ。
「急に何言い出すんだよ、お前ちょっと変だぞ?」
「いいから答えてッ!!」
  マローネの張り上げた声が部屋に響き渡る。さすがに俺も動揺した。

「わ、わかったよ。
  好き…かどうかはわからないけど……うん。大切な人ではあるかな」
  とりあえず正直に答えた。
「…そう」
  それだけ言って黙り込むマローネ。表情は髪で隠れてよく見えなかった。
  …何かマズイことを言ったんだろうか…?不安になった矢先。
  マローネがふらりと立ち上がった。夢遊病みたいで少し怖い。
  そのままゆらり、ゆらりと部屋を出て行こうとする。
「おい、マローネ。いったいどうし――――もごっ」
  呼び止めようとするとスプーンを口に突っ込まれた。

「……てやる。……てやる。……てやる。……」

 最後に聞き取れない声でぶつぶつ独り言を言いながら部屋から出て行った。

「あいつ、本当にどうしたんだ……?」

 咥えたスプーンは何故か少ししょっぱかった。

9

 その日の夜。
 
「よぉ〜!ウィル!ちょっと来い!」
  バーの前を通りかかったのが運の尽きだった。
  師匠がバーの中から俺を呼んでいる。楽しそうなのはただ酔っ払ってるのか、何か企んでるのか…。
「な、なんか用ですか」
  げんなりした表情を全く隠さずに師匠のテーブルへ近づくと。
  師匠が楽しそうな理由が後者だとすぐに気づかされた。

「あっれ〜。ウィルぢゃないれすかぁ〜?」
  うっ……。
  ひどい酔っ払いがもう一人いた。
「いや〜お前ンとこの騎士団長様は酔うとおもしれぇなぁ」
  ぐびぐび〜と飲酒している団長を見ながらゲラゲラ笑う師匠。あんたの仕業かい。
「師匠!何やってるんですか!笑ってないで団長を止めてくださいよ!…うぉっ」
  俺が注意しようと団長の隣に移動した瞬間、凄い力で引っ張られ無理矢理隣に座らされた。
「ふふふ〜、つ〜かまえたぁ〜♪」
  さ、酒臭いです…団長。なんとか説得して今日はもう寝かせないと。
「だ、団長、その辺にしましょう?明日は積荷の護衛ですよ?」
「うりゅさ〜い!誰の所為でこんなことになったと思ってるんれすかっ!」
「だ、誰の所為って…誰?」
  酔っ払いにまともな受け答えをしてはならない。傭兵時代に培った教訓だ。
  その日はそれをうっかり忘れていた。

「それはれすねぇ………あーたに決まってるれしょーがっ!!」
  ビシィッと俺を指す指が鼻にささった。
「今日は寂しかったんれすよぉ…朝からず〜っと姫様と出かけてるしぃ〜」
  しなを作りながら俺に擦り寄って。
「私ぢゃらめなんれすかぁ?」
  俺の胸の上でのの字を書いた。
「だ、駄目ってことは、ない、ですけど……」
  助けを求めて視線を動かす。あ、師匠と目が合った。
  ニヤニヤ笑ってやがる……憶えとけよ…あの酔っ払いオヤジ。
「ウィルはぁ…私が嫌いなんれすか〜?」
  依然として酔っ払い上司の口撃が続く。
「い、いえ…そんな訳ないです……」
  団長の柔らかい肌の感触が右半身の至るところを刺激する。
  非常に危険だ。今の団長はとにかく危険だ。
「らったら〜私にちゅーしてくらさい」
「ちゅ、ちゅー?……ってうわわっ!?」
  俺に唇を寄せてきた。失礼とは思いながらも彼女の額を押さえて防御する。
「ちゅ〜…」
  さて。この人、どうしたもんだろう。
「う〜…やっぱり私が嫌いなんら…」
  今度は拗ね始めた。団長って酔っ払うとこうなるのか……次から気をつけよう。
「そんなことないですってば」
「じゃあ、じゃあ、せめて『愛してる』って言ってくらさい」
「えぇ!!?」
  ずずいと顔を寄せてくる。息が猛烈に酒臭い。
「早く、早く。ほら、愛してりゅ〜、って」
「うぅっ…」
「あ・い・し・て・りゅ〜♪」
  戦局は不利。撤退もしくは降参を提案。撤退は却下。降参を推奨。相手の要求に従え。
  俺の脳内会議はとうとう白旗を揚げた。
「あ、あい…」
「………」
「愛して……」

 ポテンと。俺の肩に彼女の頭がもたれかかった。
「団長?」
  顔を覗くと彼女はすやすやと眠りこけていた。やっとダウンしたらしい。
「ふぅ〜……」
「首の皮一枚で繋がったな。ウィル」
  安堵のため息をつく俺を見ながら師匠がニヤニヤしていた。
「これは何の拷問ですか…」
「くくっ…でもなかなか可愛かっただろ?」
「だとしても悪趣味すぎます。……あ、そういえば師匠」
  酔い潰れた団長を部屋に運ぼうと抱えると、ふと夕方のことを思い出した。
「あん?」
「ここのところ、マローネの様子がおかしいんですが……何か知りませんか?」
  その質問にちょっと苦い顔をして黙り込む師匠。何か心当たりがあるんだろうか?

 

「…………お前もマローネもまだまだガキってことか…」
「師匠?」
「何かアドバイスでもしてやれりゃいいんだが…オレは女房一筋だったしなぁ…」
  脈絡のないことを言う。意味がさっぱりわからない。
「何の話ですか?」
「なぁ、ウィル。明日の護衛のことだけどよ、マローネのやつに目をやっといてくれないか?」
  本当に脈絡がない。何を言いたいんだ?
「それは構いませんけど…どうしたんです?藪から棒に」
「ま、親のエコヒイキってやつだ」
「はぁ?」
「明日は気ィ引き締めてかかれよ?じゃねぇと分け前やらねぇからな〜」
  俺にひらひらと手を振りながら師匠はバーを去っていった。

「師匠まで様子が変だ…」
  泥酔する団長を抱き上げたまま俺はそうぼやいた。

 

 

 同刻、オークニーより西の山小屋にて。
  誰にも使われていないことが一目で解るほどの朽ちた山小屋。
  小屋の中は勿論のこと、外にまで幾人もの強面の男たちが翌日網にかかるであろう獲物を待っていた。
  総勢は優に五十人を超える。

 小屋の中で一際自信に満ち溢れた隻眼の男。
  その男が手下から報告を受けていた。
「ふーん……これ、間違いねぇんだろうな?」
「もちろんです。冒険者の斡旋所から今日盗ってきたものですから」
  鋭い眼光で手下を睨む。どうやらここに集まっている男たちの頭らしい。
「そうか。もう下がっていいぜ」
  男は受け取った用紙をパラパラ捲りながら手下を下がらせた。
「積荷の護衛……ベイリン傭兵旅団、か。
  ………こりゃ面白ぇことになってきやがった」
  紙に目を通しながら口角を吊り上げる男。
  笑ってはいるが、その男の目はギラギラとした殺気に満ち溢れていた。

「三年前の借り、返させてもらうとするか」
  紙をぐしゃりと握りつぶす。

 ――――――――隻眼の男の名は、モルドといった。

10

 翌日。
  山道へと続く街の西口、そこで今回の仕事の依頼主と合流した。
  ベイリン傭兵旅団の七名と、俺、団長を含めた計九名で護衛に当たる。
「積荷は何なんですか?」
  俺は荷台に被せられた布の隅を捲って馬車の御者に尋ねた。中にはいくつもの樽が載せられている。
「火薬、だよ」
「げっ……じゃあ火の気はヤバイですね」
  驚いて荷台から飛びのく。
  どうりで報酬額が高いわけだ。山賊の出る山道を火薬の積荷を護衛しながら通る。骨が折れるな。
  後でマローネには注意した方が良さそうだ。

「ぅ……」
  マローネの姿を求めて回りを見ると団長が荷台に手を着いて顔を蒼くさせていた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ…ウィル…平気です。情けないですけどただの二日酔いですから。
  実は昨日ちょっと飲み過ぎまして……」
  照れて笑う団長。
  実は…って、昨日俺に絡んだこと覚えてないのか。
  昨日のことは俺の胸の内に閉まっておこう。
  あんな可愛……いや自分がどんな酔い方したか知らない方がいいだろう。
「お、お大事に…」
  団長から目を離してマローネを捜した。

 …いた。少し離れたところでマスケットをいじっている。
  どうやら銃の調整をしているらしいマローネに駆け寄って声をかけた。
「積荷は火薬らしい。
  マローネ、気をつけろよ。引火したら終わりだ」
「ん、わかってる…」
  生返事。ずっとこんな調子だ。
  落ち込んでいるのかそれとも何か考え事をしているのか…
  どちらにせよ、元気が取り得のマローネのこんな姿は見たことがない。
  これは師匠の言うとおり彼女をちゃんとフォローしていた方が良さそうだ。
「気分が悪いんなら俺か師匠に言えよ?」
  黙ったまま二丁め――――予備の方の銃の調整を始める。
「…マローネ?」
「ねぇ、お兄ちゃん……」
  マローネとは思えない覇気のない声。顔も俯いていてどんな表情なのか確認できない。
「ちゃんと、守ってあげるからね」
  パチンと火薬の乗っていない火皿の上の当たり金を火打石が叩く。
「俺のことはいいから。それよりお前はちゃんと俺の後ろにいるんだぞ?
  約束通り、お前が弾込めしてる最中は敵に指一本触れさせないからな」
  そう言うとやっと顔をあげた。今日初めて見た彼女の顔はやや驚いた表情だった。
「ありがと」
  少しだけ元気を取り戻したのか俺に笑顔を見せてくれた。
  うん、マローネはこうでないと。

 ふとこちらの様子を窺っていた師匠と目が合う。
  師匠は「やれやれ」と俺に肩を竦めていた。
「よし…じゃあお前ぇら、準備はいいな?」
  師匠の集合の号令と共に俺たちは出発した。

 

――――――――・・・・・

 

「出てこないですね」
  俺の隣を歩いていた団長が呟く。
「……このまま街まで無事に行けたら有難いんですけどね」

 例の山賊が出るという山道に入って一時間。一向に姿を見せない。
  今歩いているところは左が崖で右側が断崖絶壁になっており、おまけに道幅が狭い。
  馬車の隙間には人一人がやっと通れるほどの隙間しかない。
  なので師匠を始めマローネ以外の旅団のメンバーは前方を、
  団長や俺、マローネは後方警戒の陣形で山道を歩いている。
 
  だけど流石に警戒しっ放しで肩が凝る。いい加減、みんなの集中が切れる頃だ。
  マローネが心配で少し後方を歩く彼女の様子を見た。
  銃を両手で抱えたまま、目は少し虚ろ。団長の方を見ているようだが焦点が定まっていない。
  うーん…やっぱ変だな。
  俺は見かねて、歩く速度を落としてマローネの隣に移動した。
「緊張してるのか?マローネ」
「あ…お兄ちゃん」
  俺に声を掛けられるまで気付かないとは。これは相当調子悪いんじゃないのか?
「大丈夫だよ。師匠だっているし、俺もついてる。
  それに団長は百戦錬磨のアリマテアの英雄だぞ?……二日酔いだけど」
  頭を片手で押さえている団長に目を向けてほんのちょっとだけ不安になった。
「だから不安なんだよ…」
  団長を見ながらぎゅっと銃身を掴んだ。
「え?」
「…なんでもない。お兄ちゃんは持ち場に戻って」
  マローネに言われて仕方なく団長の元に戻ったが、結局彼女の瞳は虚ろなままだった。

 道幅の狭かった険しい山道を抜けると、道幅が広くなり傾斜も緩やかになった。
  先程とはうってかわって緑も生い茂っている。

「マローネさん…ですか?」
  しきりに後ろを振り返っていたら団長に気付かれてしまった。
「えぇ。今回の仕事の内容がちょっと危険なものですから気になって……ん?」
  団長に顔を向けようと首を動かすと。
  彼女のやや斜め前方――――――つまりは積荷に被せてある布が不自然に動いたのが見えた。
  見間違い、じゃない。

「どうしま…」
(しっ!団長、前にいる師匠に言って馬車を止めてください)

 団長の言葉を遮って小声で言う。
  彼女もそれに不穏な空気を感じ取ったのかすぐに先頭を歩く師匠の元まで黙って走って行った。

 ……積荷に誰かいる。
  こんなところに隠れてるってことは街からずっと此処にいたのか?
  俺は布が動いた辺りに意識を集中させながら剣を抜いた。
  馬車がゆっくり停車した。
  師匠が合図してくれたのだろう。皆が荷台を取り囲んで配置につく。
  師匠に目配せしながら荷台に近づいた。
「……出て来い。黙って出てくれば危害は与えない」
  剣を構えつつ布の向こう側に隠れているであろう人物に警告した。
  緊張の糸が張り詰めた沈黙。やがて。

「あ、あはは……ウィリアム…」
  布を捲くって現れた、引き攣った笑いを浮かべる少女。……姫様だった。
「はぁ〜……こんなところで何やってるんですか」
  脱力して剣を収める。呆れて怒る気もしなかった。
  警戒していた周りの皆も呆れて持ち場に戻っていった。
「す、すまぬ…ウィリアム……
  マリィだけ一緒なのはズルイとおもったのじゃ……」
  今回は流石にやり過ぎたと感じたのか縮こまって俺に謝った。
「まったく……これっきりにしてくださいよ?
  次、こんなことしたらいくらなんでも怒りますからね?」
  荷台で小さくなって俯いてしまった姫様を降ろした。
「ウィル、姫さんから目離すなよ」
  師匠も苦笑いを浮かべて馬車の前方に戻った。

「俺の側を離れないでください、姫様。
  団長、フォローお願いします」
  俺一人で姫様とマローネ両方を見ているのは辛い。
  団長にも力を貸してもらえるよう願い出た。
「わかりました。任せてください」
「マリィもすまぬ…」
「え…?い、いえ」
  姫様に謝られて面食らう団長。姫様が真剣に団長に謝るなんて。
  相当堪えたらしい。まぁ確かに今回は強く反省してもらわないと。
  物騒な場所を姫様連れて歩くのはリスクが高―――――

 ヒュッ

 馬車が再び動き出そうとした刹那。
  何かが風を切る音が聞こえた。戦時中よく聞いた音だ。これは……

 ヒヒーンッ!

 直後に馬の悲鳴。
  矢が馬の首に刺さっていた。
「出たぞーーーーーーーーッッッッッッ!!!!!!!!!!」
  誰かの叫び声につられて、木々の影に目を凝らすと。

 何人もの男たちがこちらに向けて弦を絞っていた。

2006/06/18 To be continued....

 

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